(投稿者:ししゃも)
「アドルフ・ガブリエーレ」
パニッシャーは眼前に立つ長身の女性の名を呟く。しかし銃口を下げず、ガブリエーレの後ろでせせら笑うスカベンジャーを狙っていた。だがそれを制止するようにヴィレッタの視線を感じる。
「その物騒なものを仕舞え。話はそれからだ」
ガブリエーレは無表情だったが、威圧感のある口調でパニッシャーに銃口を下げることを命令した。腑に落ちない、パニッシャーは内心そう思いながら、重々しくMP40を下げた。その様子を見てヴィレッタは安堵する。しかし、一触即発の雰囲気を穏便に済ませたパニッシャーを煽るかのようにスカベンジャーは笑っていた。しゃがれた声が室内に響き、不穏な空気が流れる。
「スカベンジャー、遊びが過ぎるぞ」
後ろで笑っているスカベンジャーをガブリエーレは睨み付ける。口調こそ淡々としたものだったがその眼光は鋭く、スカベンジャーを一瞬で黙らせた。
「隊長、こりゃいったいどういうことですか」
ズィーの声が聞こえ、パニッシャーとヴィレッタは振り返る。ズィーはその巨体に似合わない、唖然とした表情をしていた。
「
ギニーピッグ、か。なかなか面白い人材が揃っているじゃないか」
ガブリエーレは誰にも聞こえないようにひっそりとした独り言をつぶやいた。
第二話「鬼才と呼ばれた女性」
「アドルフ博士が来ているなんて知らなかったですよ。ちゃんと
EARTHの方々に許可をもらったのですか」
メレンスは三つ編みの髪を揺らしながら、アドルフ・ガブリエーレの手前に駆け寄った。ガブリエーレは無表情のまま、自分より身長が低いメレンスの見下ろし、ため息をつく。職員たちが避難しているホールにガブリエーレを案内したパニッシャーはその光景を遠目で見ていた。
エリルスの遺体を回収しようとしたパニッシャーたちの前に突如現れたMAID、スカベンジャー。そして、アドルフ・ガブリエーレ。状況は二転三転としているが、少なくともガブリエーレは敵ではないとパニッシャーは思っている。
「隊長、やっぱあのスカベンジャーが気に食わないんですか」
考えに耽るパニッシャーの隣で、ズィーは腕組みをしながらあるMAIDに視線を向けた。部屋の隅で胡坐を掻き、包帯に巻かれた腕や顔が時折見える不気味なMAID――スカベンジャー。こちらの視線に気づいたのか、スカベンジャーは両目を大きく広げると見返した。ズィーは思わず視線を逸らし、息を吐く。
「奴の能力は『コア抽出』。味方といえどあまり近づきたくない。それより不気味なのが」
パニッシャーはちらりとガブリエーレを見た。虚ろな横顔。それとは対照的にメレンスはにこやかな笑顔でガブリエーレと話す。時折、無表情なガブリエーレの口元が微かに歪んだ。
出会った当初は人間らしさを感じない彼女に疑念を抱いたが、そうでもないらしい。
「いや、気のせいか」
ただの杞憂。そう思っているパニッシャーの心境は知らず、ガブリエーレはメレンスを連れてこちらに向かってきた。パニッシャーは微動だにせず、彼女が来るのを待っていた。
「メレンスから話は聞いた。私の部下を助けてくれたと」
「礼はエリルスに。私たちは当然のことをしたまでです。それで、ご用件は」
パニッシャーの返事に「前口上は要らなかったようだな」と言わんばかりにガブリエーレは目を細めた。
「プロトファスマに出会ったようだな。それもかなり特殊、極めて異例な」
ガブリエーレの視線が、パニッシャーからズィーとヴィレッタに移った。彼女の瞳は研究者特有の興味と興奮に満ちており、不気味だった。少なくともヴィレッタはそう感じており、ガブリエーレと目を合わすのを極力避けようとする。
「あの瘴気を発生しないプロトファスマ――私は『ミュータント』と呼んでいる。」
彼女は軽く咳払いをすると、あのプロトファスマについて話をし出した。ヴィレッタ含めギニーピッグの面々は、当事者ではないガブリエーレがあのプロトファスマについて知っていることに驚く。
「私が奴を発見したのは、バストン大陸での調査中のことだ。君たちも知っているだろう、
バストン固有種を。断定は出来ないが、奴はその一種」
マイスターシャーレで学んだ教養の中で、バストン大陸周辺のことをヴィレッタは思い出す。
アルトメリア南部。同半島を越えた先に位置するバストン大陸。Gに占拠された領土の中で、もっと広大かつ手も足も出ないほどに大規模なGが生息しているといわれている「魔の大陸」。バストン固有種とは、その大陸特有の能力を持ち、G内での食物連鎖において頂点に立つ極めて凶暴なGを指していた。
「もしミュータントが海を渡ってここを襲撃したとすれば、メレンスの様子を見ようと出向いた私を含め、奴と遭遇した君たちは運が良い」
冗談じゃない、といった表情のヴィレッタやズィー、ストレイトと裏腹にパニッシャーだけは違った。ガブリエーレに何か裏があると察しているような表情で彼女を見つめる。
「あのミュータントには裏がある。私はそれを調べたくてね。ちょうど腕っ節が強い者たちを探していたところだ」
腕っ節が強い者――ガブリエーレの視線は明らかにギニーピッグへ向けられていた。
「博士、お言葉ですが」
パニッシャーは先手を打った。ガブリエーレに裏があるとすれば、念のために釘を刺しておかなければならない。
「私たちは非公式の部隊であり、作戦本部からの命令を待機している状態です。例えEARTH直属のMAID技師いえども、私たちに関わることは避けていただきたい」
パニッシャーは強い口調でガブリエーレの頼みを断る。しかし、断れた本人は違った。目を伏せ、鼻で笑う。彼女のその態度に誰もが疑問、あるいは何を考えているのか検討がつかなかった。
呆気に取られるギニーピッグ一同に対して、不気味な笑い声が聞こえてきた。
「いやいや、ガブリエーレ様もご冗談が過ぎること」
顔が包帯で覆われたスカベンジャーは笑いながらガブリエーレの傍まで歩いてきた。その異質な風貌に慣れないのか、メレンスは一歩二歩と後ずさりをしてしまう。
「どういうことだ、スカベンジャー」
「パニッシャーさんや。あんたの部隊、ギニーピッグを含めて、簡単な話ですぞ」
ギニーピッグ。誰にも知られていないはずの部隊名を、スカベンジャーは知っていた。パニッシャー以外の隊員たちに電撃が走り、スカベンジャーに視線を浴びせる。
焦っている。臆している。なぜ知っているのか。スカベンジャーは視線を浴びせるズィーやヴィレッタたちの心境が容易く読みきっており、その驚きに満ちた表情を見るのが愉快だった。しかし、パニッシャーだけは別格だった。彼女はそのような心境をおくびにも出さず、ただ冷ややかな目でスカベンジャーとガブリエーレを交互に見ている。
面白くない。スカベンジャーはそう思った。
「私が命令したからだ。君たちがギニーピッグという部隊に編成され、召集したのも。その様子だと、責任者である私の名前は知らなかったようだな」
いや一人だけ違うか。ガブリエーレはそんな視線と表情をパニッシャーに向けた。後ろでざわめくギニーピッグとは対照的にパニッシャーは冷静で、一言も声を発しなかった。
「隊長、こりゃどういうことですかい」
ズィーは藁にも縋りたい表情でパニッシャーに詰め寄った。
「どうもこうもない。しかしガブリエーレ博士がギニーピッグの権限を握っている確証は取れない。だがアドネイターを使えば、半日で分かることだ」
パニッシャーは詰め寄ったズィーの肩に手を置き、彼女を落ち着かせる。
「ガブリエーレ博士、我々は先に帰還します。後の連絡はアドネイターを経由させてもらいますが、よろしいでしょうか」
「構わん」
返事を聞いたパニッシャーは足早に出入り口のドアへ向かう。その後ろを慌ててズィー、ストレイト、ヴィレッタが追いかけた。
ヴィレッタは、白衣のポケットに手を突っ込み、立ち尽くしているガブリエーレとすれ違った。数十センチも身長が離れている長身のガブリエーレがこちらを見下ろす形で見ている。ヴィレッタは不意に彼女と視線が合ってしまった。
笑っていた。それはとてつもなく歪んだ笑みだった。
夜になり、静まり返ったノイマール野営陣地の一角。仮説宿舎のロビーでギニーピッグの面々は打ち合わせをしていた。お互いに服装は普段着ている軍事用のメード服とは別の、就寝用の軽装だった。
「どうやら本当だったよ。ガブリエーレはギニーピッグの責任者だ」
待合用の椅子に座ったパニッシャーは肩を竦めながら、アドネイター経由で確認した情報を報告した。円形状のテーブルを囲むように椅子へ座っているズィー、ストレイト、ヴィレッタは何ともいえない表情で頷く。
「アドルフ・ガブリエーレ。EARTH直属のMAID技師で、エターナルコアに関する分野で有名。コアを媒体とするプロトファスマの研究については第一線で研究している、と。研究者たちに『鬼才』と呼ばれているらしいです」
ストレイトは事前に調べていたと思われる、ガブリエーレについての情報を言った。しかし知っていることはそれだけだったのか、肩をすくめる。無理もない、MAIDといえども兵士は兵士。EARTH、それも内部で働く人間のことを知りたくもその機会はない。むしろそこまでの情報を引き出したストレイトに賞賛するべきだったが、恐らく仲が良いアドネイターに仕入れたものだろうとパニッシャーは推測した。
「それじゃ私たちはミュータントを追跡する任務をやれと」
ズィーは露骨に嫌な表情を作る。
「本人もそのことを望んでいたが、状況が変わった」
パニッシャーはそう言うと、手前に置かれたマグカップに手を伸ばした。湯気が立ったそれには、ストレイトが入れてくれたココアが上品な甘味を醸し出している。
「正式な発表は明朝に発表されるが、ノイマール野営陣地よりも最前線に位置するヴァーケン地上基地がGの侵攻を受け、陥落。連中は基地そのものを巣に作り変えたらしい」
その場合、Gは此処を真っ先に強襲するだろう。だとすれば、ひとたまりもない。パニッシャーは冷静に「後の事態」を口にする。
「『嵐の前の静けさ』ってことではなさそうですね。何か算段でも」
「一連の情報を仕入れたのは陸軍所属の医療MAID小隊『エンジェルソング』。彼女らは極めて迅速にGの巣窟と化したヴァーケン地上基地に爆薬を仕掛けた。連中の数はぐっと減るほどの量らしい。そしてエントリヒ陸軍本部は進軍するGの軍団を迎え撃ち、そのまま戦線の押し上げを行うつもりだ」
ヴィレッタの問いにパニッシャーはそう答えた。
最前線の押し上げ。つまり、
グレートウォール戦線のパワーバランスがひっくり返る。それがエントリヒなのか、あるいはGなのかは分からない。
「それじゃ我々も作戦に参加すると」
ズィーは武者震いをしながら、鼻を鳴らす。
「もちろんだ。我々はシューベル大佐が率いる装甲化機動大隊と合流し、一番槍を務める」
一番槍。つまり、Gと正面から戦うことが半ば決定しているようなものだった。初めて交戦したGはプロトファスマで、その次はGの軍団と正面衝突を行う一番槍への編入。どう考えても貧乏くじを引きまくるヴィレッタにパニッシャーは同情の目を向けるが、すぐにその態度を改めた。
ヴィレッタはげんなりしているどころか、軍人としての心意気を身体全体から出していた。武者震いをするズィーとは対照的に、感情をおくびにも出さず、まるで自制するかのように感情をコントロールしていた。
なるほど。ここに飛ばされるだけはある、とパニッシャーはヴィレッタのことを見直した。
「作戦決行までに武器のメンテナンスや体調管理をしっかりしてほしい。私からは以上だ」
パニッシャーはそこまで言うと、一息つくためにコップへ手を伸ばした。それに口をつけ、温かいココアを口へ運ぶ。こうして上質なココアを飲むことができるのも、補給が滞りなく行き交っている証拠だった。補給が出来ていない基地や独立部隊のように各地を転々としている兵士たち――Gが占拠した基地に爆薬を仕掛けたという「エンジェルソング」がそうだった。
作戦本部からの報告を聞くより先に、彼女たちの武勲はパニッシャーの耳に届いていた。グレートウォール戦線で活動しているMAID小隊の中で、飛びっきりの肝が据わった連中が勢ぞろいした精鋭部隊だと。なんでも、あの
アサガワ・シュトロハイヒ教官に気に入られたMAIDが隊長を務めているらしい。その話が本当であれば、Gが跋扈する基地に爆薬を仕掛ける荒業ができるものか。
(ゆっくりと話をしてみたいものだ)
そのときは、ストレイトが淹れたココアでゆっくりと語り合いながら。夢見がちな空想を抱きながら、パニシャーはココアを飲んだ。
最終更新:2011年09月23日 00:49