塵函の人形劇場 開幕

(投稿者:レナス)



「・・・はい、お早ようさん~」

眠気眼にぼさぼさ頭。手には温かいコーヒーが注がれたマグカップ。
今起きたばかりであると堂々と主張する様相で、辛うじて羽織る白衣だけが職業柄という理由を主張している。

「ハッ! それでは我々は明日正午に搬送に参りますので、これにて失礼致します!」

綺麗に敬礼を決めた四人の男達がラボを出て行く。
クロエに彼らを見送らせ、キョウコは運ばれて来た"それ"を見ながら頭を掻く。

「搬送、ねぇ・・・」

その表情は少し複雑なもので、目の前に置かれている『箱』だけがその表情を窺っていた。
高さ1.5m弱の横幅は揃って1m弱の長方形の箱。金属で覆われて、金具で板を箱として固定するタイプの奴である。

「あいつらはこの中身を知らずに言ったのか、分かっていて言った言葉なのかどっちなのかねぇ・・・?」

もし分かっていたとしたら正気の沙汰とは思えない。もしくは何かの冗談とても受け取っていたのか知れない。

「何にしてもこの瞬間だけは何時も慣れないんだよな」

嫌な気分を紛らわす為に吸おうとした煙草を口に咥え様として、その手を止める。
深く溜め息を吐いてくしゃりと潰してポケットに突っ込んで仕舞う。

「胸糞悪くなるったらありゃしない」

何故この仕事を引き受けてしまったのか、と自分を責めて止まなくなる時間である。
理由は分かっている。馬鹿な国の連中がこのラボの存在を盾に強要して来たのだ。

キョウコ・アマハラという技師は過去幾度となく違法な研究を続けて来た。無論、単に好き勝手趣味で銃火器の改造を行ったとかそんな程度のモノだ。
クロエというメードを一人で直す程の技量は評価に値するが、そのメードを不法に個人で所有しているのが良くなかった。
相手はそれらを黙認するから黙って引き受けろ、と言って来た。これを引き受けるならば悪くない報酬も約束されており、飴と鞭の商談は成立となる。

「兵士の方々がお帰りになられました」

「そう、それじゃあクロエ。開けて頂戴」

「―――――はい・・・」

クロエの躊躇ある返答。箱に手を掛けるも、彼女も同じ気持なのか動きが止まる。
気持ちが痛いほど良く分かる分、命令する訳にもいかないので頭を勢い良く掻いてやけくそになって言う。

「開ける開けないしろ、そのままだと何にも出来やしないんだからとっとと開けなっ」

「・・・はいっ」

覚悟を決めて金具を一つ一つ外していく。そして全体を固定する最後の金具に手を掛けて、黒江は深い深呼吸を一つ。

「――――っ」

パチンっ。

金具が外れて、全ての板が外れて中身に露になる。



キョウコ・アマハラは脅迫の末に依頼された仕事が初めて送り込まれて来た日の事を今でも忘れない。
四人掛かりで運ばれる大きな箱。彼らが帰って直ぐに面倒な仕事はちゃっちゃと片付けてしまおうとクロエに箱を開けさせた。

『メードの四肢に義肢を着けて欲しい』。そういう依頼だった。

何か極秘にでもメードの実験でも行っているのだろうと楽観的に考えていた。だがもっと疑るべきだったのだ。
何故、脅迫だけで済む筈が報酬を出すのか。何故メードに義肢など必要なのか。どうして男四人掛かりで箱を運んでいたのか。
その時の私は愚かな人間でしかなかったと、今でも後悔している。

その中身を見た時の最初の印象は、


四肢を切断され、売り飛ばされる女性の姿

であった。


四肢を取り付ける前の等身大人形の胴体の如く、服だけを着せといた髪の長いサングラスを掛けた男。
だが人形と言うには口に酸素マスクが装着され、胸が呼吸で上下に動いていたのだ。
況してや人形と思い込もうとした矢先に、その人形が自分で振り向いて言った。


『お前が今度の義肢担当か?』




「新しい義肢が出来たと聞いたが?」

「アンタね、もう少しバリエーションのある言葉を持ってないのかい?」

あの時と寸分も違わぬ姿でのたまうこの男にキョウコは今度は別の意味で盛大な溜息を吐く。
この男は箱詰めにされていたにも関わらず、それについて何一つ不平不満を言わないのだ。

『手足が手に入るのだったら、この程度問題にする程の事でもない』、だそうだ。

さっきまでの嫌悪感などこの男と対峙して無意味だと何度も思うのだが、箱に四肢の無い人間が入っていたら誰だって気は滅入る。
あの時吐いた私の御飯を返せと言いたくなる程に、この男は無愛想で無遠慮である。

「必要無い。それよりも――」

「あー、ハイハイ。新しい義肢の事だろ。今度のは装甲を薄くした分、反応速度が強化されているよ。
エターナルコアから供給される出力専用の配線を試験的に組み込んでみたから、以前よりリアルな四肢の感覚が得られるはずだから動きは良くなる筈だ」

「"筈"、か」

「こんな義肢を創るのはアンタが初めてなんだよ。
理論上は出来上がってるけど、私だって実際にテストしてみなければ確証を得られないな」

「そうか」

「そういう事。クロエ、左脚持って来てくれー」

義肢について話しながらキョウコは義肢を取り付けていく。
クロエは何時も通り黙々とキョウコの補佐として作業に参加しているが、やはり思う所があるのか表情は硬い。

この男の名はルーリエ。人ではなくメードである。女性のみで構成されたはずの「G」に対抗する為に創られた生体兵器の男性型。
クロエもそのメードであり、同じメードとしてこの惨状に心を痛めているのだろう。
元々転がっていた状態の良い残骸から再生されたクロエ。だがその時の記憶などあるはずもなく、純粋に心配していると思われる。

「―――良し、取り付けは終わった。如何だい、新しい四肢の感想は?」

ルーリエはそのまま新しい腕を持ち上げて様々な動作を緩やかに動かして感覚を試していく。
脚も同様に蠢く様に動かして感覚を確かめる。好感触だったのか、彼は一つ頷く。

「問題は無いな」

「アンタね。以前よりすっごく動き易いとか、まるで本物の手足みたいだとかいう感想は無いわけ?」

「動くのならば、それ以上望まない」

「あー、そうですかー」

毎度の事ながら頑張り甲斐の無い返答しか返って来ない。
それでも何度も尋ねてしまうのはお節介なのかもしれない。

「アンタさ、もう少しその手足を大事にしなよ。この二月でどれだけの予備の義肢の発注が私の所に来たか分かってるのかい?」

「相手が「G」だ。換えが利くのならば有効に使うだけだ」

「接続部分まで食われたでしょう? 今ので接続自体に問題が無いのは解ったけど、アンタ入院決定だよ」

「どれくらいだ?」

「戦場に帰るのが一日半だけ延びるだけだよ。流石に生体部分との整合には慎重になるのは致し方が無い所だよ」

「――了解した」

サングラスの奥で落胆の色に染まっているのがありありと分かる。
その理由自体は笑えるものではないが、可愛らしいリアクションを得られたのでキョウコは満足する。

「―――あ、あの・・・」

クロエが彼に声を掛ける。これにはキョウコも少しばかり驚いた。
キョウコの調整中には決して話しかける事も無く補佐し続けたクロエが今日初めて沈黙を破ったのだ。

「怖く、ないの・・・?」

何を、と聞かずとも分かり切った事である。当然「G」に立ち向かう事であり、捕食された時の気持ちの事である。
義肢とは言え、メードの動力源であるエターナルコアのエネルギーフィールドによる各武装と感覚の強化で、あるはずのない義肢の感覚が生じている。
手首がもぎ取られればもぎ取られる感覚が伝達される。痛覚が無いにしろ身体の一部が喪失し、幾度となく欠落する経験は残酷以外の何物でも無い筈だ。

だが、彼の答えはそれ以上のものだった。


「それで奴等を殺せるのならば安いものだが?」


食われる事を、肯定していた。




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最終更新:2008年09月19日 09:07
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