(投稿者:レナス)
「・・・ふむ。状況は拮抗している、か」
珈琲を啜る。味の濃さだけを追及したかの如き濃厚な味わいに顔を顰める。
傍に準備してあるミルクをたっぷり注ぎ、甘くほろ苦くなった味に固まった顔が解れた。
「――やはり紅茶を持ってくれば良かったか」
戦場で嗜む飲み物では無いが、このいい加減な味を啜るよりかは大分マシである。
「それについては後にでも出来るか。だがこの状況を打開するには一手足りないな」
眼前に広げられている地図を睨みながら、軍服に身を包んだ少女は甘くなった珈琲を啜る。
数多の線や記号が刻まれ、刻々と周囲の者が消しては付け加えていく。少女はそんな動き回る大人達中で非常に異質な姿であった。
しかし誰もそれを咎める者はおらず、そして少女も当然とばかりに其処に居座る。
誰に問うでも無く、虚空に対して呟いた。
『何デスカー? ミーは今、無礼ナムシをセーバイ中デース』
それに応える声を聞けるのはこの少女以外には居ない。
当然である、応答したその声の主は最前線で戦っているのだから。
この少女の名は
クリープ。彼女は今、人類の仇敵「G」と交戦の最中にある最前線の一歩引いた仮設基地に居る。
彼女の傍には通信機の類は何一つ無い。クリープというメードにはそうした機器は必要ないのだ。
「そちらはどんな感じだ? 詳細な数の報告が望ましいが、君には無意味な事だろうから判る範囲で頼む」
『エーッとデスネー。ドンドン湧イテ来ヤガリマスヨー。地平線のムコーマデ一杯デース!』
「・・・それで十分だ。戦いの邪魔をして済まなかったな」
『ノープロブレムデース! コンナムシに負ケテはエース失格ネー』
途切れる会話。それはクリープ自身が彼女との交信を絶ったからに他ならない。
クリープには特殊な力、俗に言う『超能力』が行使出来るのだ。今の様に特定の対象にコンタクトと取り、戦況を己の能力だけで把握する事も可能。
だがその行使には度合いに比例して著しく力を消耗する為、こうして地図と睨めっこをして戦場で戦っているメード達に指示をを出している。
「やはり一筋縄では行かないな。数の暴力とは良く言ったものだ」
人類が「G」との戦いで激戦を繰り広げる中、人類が最も恐れている敵の脅威はその物量にある。
低い知能故に恐れを知らず、撤退の二文字すらない。所謂人海戦術方式での侵攻は圧倒的な戦力と化していた。
人類が有する火器では常に最高の威力が必要とされ、会戦当初は劣勢であった。
メードが誕生してからは押し返してはいるものの、数の暴力の前には微々たるものでしかない。
「・・・・あと一手。向こうが駒を進めてくれれば戦況は変わる―――」
戦場の各メード達には戦線の維持を厳命するに留まっている。
あちこちから戦線の押し上げの声が上がっているが、まだその時期ではない。
アルトメリア領西部戦線。アルトメリア大陸最大にして混迷を極めている最前線。
近年では大陸上の豊富な資源を盾に大規模な物量作戦を日々繰り広げているが、そんな物は直ぐに底を着く。
現に今も後方支援として支援砲撃によって膨大な数の砲撃を絶え間なく放ち続けている関わらず、戦線の「G」は減る様子を見せない。
本日の戦闘開始から既に二時間は経過している。圧倒的な数の「G」が最前線に押しかけ、軽く見積もっても一万は驕っていると見て良い。
にも関わらずその数は留まる事を知らない。これを見て敵を圧倒していると見るのは油断ではなく愚かである。
「さぁ、早くそちらのキングを動かしてチェックメイトを賭けに来い・・・」
今はまだ時では無い。クリープは各戦線の情報を逐一耳に入れ、些細な変化も見逃がすまいと目を細めた。
最前線では硝煙が数多の雲を形作って空へと昇って行く。洩光弾の雨が突撃してくるワモンを次々を喰らい、
マンティスやウォーリアも次々と破砕して行く。
だが無数に迫り来る「G」の群れの前には虫の死骸を構築していくだけであり、戦況が進むに連れて逆にその死骸が邪魔で射線が塞がれてしまう。
支援砲撃が「G」の大群の腹を抉り、最前線の負担を軽減させる。進軍する数が減れば最前線に掛かる負担は減り、連携を持ってして「G」の群れを押し留める。
それでも穴を潜り抜けて迫る「G」が居る。肢体を欠損させた蟲が多い中、無傷な「G」も居る。
そしてそれこそが人類が大陸の大半を奪われた最たる原因。戦線を維持している兵士達が「G」の逆襲に遭ってしまう。
戦線を維持していた攻撃が止み、その隙を更に多くの「G」の突破を許す結果を生み出す。その連鎖の末に人類は敗走を続けて来た。
だが、それも過去の事である。
「イヤ~ン。チョットダケヨ~ン?」
光の刃が、
ワモンの人型を取ったウォーリアを両断する。
マンティスの刃が四方より迫り、攻撃の隙を突かれようとしていた。
「オ痛はメッ、ドスエ~?」
逆手に構えた両の手の光が二つ。刃の腕を裂き、止まる事なく首を、腹を四肢を切断する。
数秒とないこの時間の中で彼女はメード――パトリシアは三体の「G」を捨て去った。
「シツコイ男は女二嫌ワレマスヨー」
金髪碧眼の何処ぞの喫茶店の看板娘。そうした風貌の少女が光の刃を発する武器を剣を手に、縦横無尽に駆け回る。
嘗ての人類はこの様な軽武装で立ち回れば容易く喰われていた。だがパトリシアにとってそれで充分。信じる己が武器でこそ意味があるのだ。
「オヤマー、オ客サン? 今日はモウ閉店ナノデース」
挟み込んで対象を潰し裂く長い顎を有する
シザース。
携帯火器でも撃破は難しく、戦車の装甲すらも容易く噛み砕く顎は脅威である。
グレートウォール戦線で最初に確認され、海を跨ってこの大陸にまで出現し出した「G」の亜種。
「困リマスー。ミーを食ベテモ美味シク無イネー」
人間大の「G」の中でも高い戦闘能力を有するシザーズはパトリシアを食らうべく、顎を開いて突撃する。
「アーレー、堪忍ドスー」
高速で噛み付きに掛かるそれを躱す。目標を一度でその顎の内に捉えれば容易く噛み砕くそれをパトリシアは踊る様にひょいひょいと躱し続ける。
「オ痛がスギルオ客サンニはオ仕置キデスー!」
光の剣『月光』が二つ、シザースの四肢を縦の一閃で失われた。
如何に強靭な殻で覆われていても、柔軟性が求められる関節を断たれては抗いようが無い。
動き事が叶わなくなったシザースは暴れるが、見下ろすパトリシアは一閃。
「オ代は付ケトクヨー?」
「フー・・・。ホント、キリ無イネー」
クリープの頭に直接届く声とのやり取りを終えたパトリシアは独り愚痴る。
その間にも彼女の背後から迫ったワモンを振り向かずに両断、屍を晒す。
既に彼女の今日の撃墜スコアは四桁に突入していた。
斬っても斬っても減る様子を見せず、むしろ人類側の攻撃が緩んでいる様にも見受けられる。
戦線を上げようと今日ははりきって戦いを挑んだは良いものの、予想以上の反撃に踏鞴を踏んでいた。
「デモコレコソエースの出番ネ!」
更に四体の「G」を切り裂く、駆け抜けて横切る一瞬にして捨て去る。
彼女の通る後ろの戦場には屍しか残らない。その光の剣は全ての「G」を一瞬にして斬り殺す。
一時間以上も単独で戦闘を継続し、自身が受け持つ戦線を確実に維持し続けるパトリシアはメードの中でもトップクラスの実力を有していた。
「・・・・? 何デスカ、コノ揺レハ?」
不意に感じる大地の揺らぎ。
初めは微かな違和感、だが直ぐにそれは地上に居る者を揺るがす大いなる地震と化した。
這い蹲るワモンには然程影響は無いが、二足で歩く「G」はバランスを崩して倒れる。
兵士達もその地震の影響で混乱し、射撃にも影響が出ていた。
一体何が起こっているのか。戦場に居る全ての者がそう思う中、そしてその原因が姿を現す。
戦場のとある区画で隆起する大地。それは空を舞い、土砂降りと化した。
土煙の向こうより轟く甲高い鳴き声、巨大な体。地上の「G」を巻き込んでの出現に、戦場は一時的に凍て付く。
センチピード。数十mは容易い「G」の中で最大級の蟲が、戦いの場に躍り出た。
「オー・・・、ワンダホー」
パトリシアはそのド派手な登場の仕方に場違いな感想を漏らしたのだった。
関連項目
最終更新:2008年09月25日 10:36