西部戦線異状無し。 第三幕

(投稿者:レナス)


「あー、今日は暇ですわねー・・・」

そう呟くメイドは足下のワモンの死骸を蹴りながら呟いた。

「どーしてワタクシがこの様な面倒事を成さねばならないのでしょうかねー?」

靴のヒールが非常に長く、鋭利な馬上槍の如き刃の踵で刺し続ける。
その様な靴では一本下駄以上に歩き難いものだが、彼女の場合は然したる問題も無かった。

四本の義手、というには彼女はちゃんとした自前の腕を持っている。
況してや義手というには余りにも大きく、長いその腕四つが足の代わりをし、彼女自身は宙に浮いている。

「―――このまま帰ってしまうのが一番ですわね」

『帰るなっ!!!』


嘯く彼女の頭を人形が思いっきり叩く。敢えて擬音を付けるのならば「スッパーーーン!!」である。

「痛いではありませんの!?」

『何が痛い、だ! 此方から何度も応答を呼び掛けても無視し続ける奴の言う事か、オディエット!!!』

私、怒ってます。を体現した人形から聞こえるクリープの声に怒声を浴びせ掛けるメード、オディエット。
彼女は今回の作戦で斥候(敵情視察)の任に就いており、こんな更地でのんびりしている立場では決して無い。

『他のメード達はどうしたっ? お前には部隊の供にして付いて行かせたはずだが』

「あの方達ですか? 彼女達でしたらばワタクシと反りが合わずに他所へ行かれましたわ。
何分ワタクシ、自身の行動理念に純粋でありますので。ほほほっ」

そう言って足下のワモンを踵でぐりぐりと刺し潰すオディエット。
先の頭を叩かれた事を根に持って、機嫌の悪さがそのまま足下の惨状に直結していた。
そして彼女の礼儀正しい返答とその行動に人形はげんなり。

『―――要するにお前は部隊の仲間と仲間割れをして飛び出していったと言う訳だな』

「それは誤解ですわ。単にお互いの意思疎通に齟齬が生じただけですのに・・・」

『それを仲間割れだと言うのに・・・。まぁ、良い。初めからお前のその性格に期待はしていなかった。
今何処に居る。見た所「G」の姿は見当たらないが、どの辺りの戦闘領域外だ?』

頬杖をついて非常に遺憾であると、態とらしい態度を無視してクリープの人形は周囲を見回して尋ねる。
元々連絡端末であるこの人形は力の消耗を増やせば遠隔操作も出来る。
無論、人形を持たせた当人からの報告が望ましいのだが、このメードは期待出来ない。

「此処は既に「G」が通った跡地ですわよ。大群が抜けて行った後はこの通り。雑草の一本もおっ立ってやしませんわ」

原型を完全に崩して潰し甲斐無くなったワモンを置いて、新たな死骸を漁りに義手である福腕で移動を始める。
この付けた腕はオディエットの操作系能力によって動かされている。
だがその腕で「G」に対抗する程の力もなく、自身の足で動くのが面倒な彼女の足となって使われていた。

『・・・・・・・・・何?』

そして人形が、クリープ自身が眉を寄せて彼女の言葉に息を呑んだ。

『それはつまり、今回の「G」の軍勢はもう其処には居ないと言う事だな・・・?』

「つまりも何も、こうして「G」が通り過ぎた場所でのんびりとさせて頂いているのですから、そうなのではなくて?」

サボっている事を包み隠す事なく述べる彼女の態度を他所に、クリープは即座に斥候部隊のリーダーに連絡を入れる。

『私だ。其方は今何処に居る?――――そうか、では最後尾を確認してくれ、・・・・そうだ、ああ、回り込んで―――』

何やら中空で微動だにしない人形から漏れ聞こえるクリープの声。
他の誰かと彼女の能力で話をしている様だが、オディエットは興味を持たずに新たな屍を見つけて足蹴にしていた。

『オディエット。お前が見た最後の群れが居なくなったのはどれ位前だ?』

「さぁ、どれ位でしたかしら? 十分以上も前の事など覚えておりませんわ」

唐突に問われた事を、一考する事なく返した。だがその返答にクリープが咎める処か沈黙する。

『――――ぅむ、そうか。オディエット、戦線に復帰して味方の援護が望ましいが君はそのまま帰還して構わない。
私はこれからやらねばならない事が出来たので連絡はこれで終わる。この人形はちゃんと基地に持って帰ってくれ、作るのも楽ではないのでな――では』

「ちょ―――っ?」

クリープは言うだけ言って勝手に通信を終わらせた。
力が抜けた人形は地面に落ち、オディエットが拾い上げて揺すってもうんともすんとも言わない。

「・・・何ですのよ、勝手に話し掛けて来たと思ったら勝手に話を終わらせるなんて失礼ではありませんの!?」

話し掛けてもまともな返答が期待出来ない態度を取っていた当人とは思えない発言である。
そのまま人形を叩き落とし、凶悪な踵で潰してしまう。

「ふんっ、ですの。このワタクシとお話がしたければ直接姿を現わす事ですわっ」

聞こえていないにも関わらずに嘯く彼女は、壊した人形を放置して勝手に帰還の途についた。



『セレネ、聞こえるか?』

「はい、良好です。但し周りが小五月蝿いので少し聞き取り辛いですが――」

大地を踏み抜き、発する柔の技で周囲の「G」を薙ぎ払う。セレネを中心とする直径10mが完全なる空白地帯が生み出された。
上空より迫るセンチピードの顎を躱し、大地を抉るその首筋に掌を添えて息を吸う。

「―――覇っ!!!!!」

全身の力、そしてメードとしてのエネルギーを発して押し出す。
強烈な圧力により、センチピードの上半身が大空を舞った。敢えて言うが、このセンチピードは上半身だけで30mはある巨体だ。

『・・・・相も変わらず普段の君の様子からは想像もつかぬ戦いっぷりだな』

「恐縮です―――わっ!!」

左右より迫ったウォーリアとマンティスを肘打ちと回し蹴りによって弾き飛ばす。
この間に攻撃をされてはいたが、まるで第三の目があるかの如き身のこなしで躱していた。

因みに回し蹴りの際に舞ったロングスカートの中身が外部に曝されないのは、彼女の高い技量ならではと言える。

「それで、今になってそちらから連絡が来たという事は良い知らせと受けて宜しいのですか?」

『ああ、此方としても嬉しい朗報だ。今回の「G」の規模が判明した。今一度戦線を下げて総攻撃に入る』

「了解致しました。向こう側のセンチピードはどうなりましたか? 視界が遮られているので此処からは確認が出来ません」

周りはセレネを食べようと群がる「G」が跳ね回っていて視界が大きく制限されている。
空を飛ぶにしても既に銃の弾薬は尽きており、センチピードを引き付け続けるには地上に降りて自身の戦い方で引き付けるしかない。
クリープの方もそれの意を汲み取り、一瞬の間をおいて口を再び開いた。

『問題無く処理した。増援にパトリシアを向かわせ、沈黙させた所を火炎放射器を持たせたメードに完全焼却させ。
あと数分もせずにそちらにも彼女が―――』

「ヘイッ! オマチドウサマネッ!!!」

『・・・もう来たようだな』

高らかに登場を宣言するパトリシアの姿が見える。
彼女が疾走して来たであろう道には「G」の屍が量産されており、『月光』の刃が神々しく天空を差していた。

「ズルイアルヨ、セレネ! ユーの所ニダケ大物が居ルナンテ、コレッテ反則アルネ!!」

『何処の方言だ、それは。元々おかしな言葉が更に陳腐になっているぞ』

「ソレダケ羨マシカッタと言ウ事ネ」

「何れにしましても、助力感謝致します」

こうした会話の合間にも群がる「G」を迎撃し続ける二人。
センチピードは得物が二つになった事で少々狙う対象を選ぶのに戸惑っていた。
そこを透かさずにパトリシアが躍り出て、その身体を二等分に分断。

「コレデ半分コネ! ドッチが沢山ノ「G」を倒セルカ競争ダネ!」

「私はそうした争い事は不得手ですので遠慮させて頂きます」

「モウッ! セレネはイッモツマラナイ!」

「恐縮です」

小型になったセンチピードが二体。
セレネとパトリシアはそれぞれに迫り、互いに獲物を引き付け合う。

『直ぐに火炎放射器を持ったメードが到着する。そいつを片付け次第、総攻撃に移るのであまり無茶はしないでくれ。以上だ』

「了解いたしましたっ」

「モーマンタイネ!」

それぞれが力強く返す。一人は己の拳で、そして一人はその光の剣で戦場を駆ける。



戦線の巻き返しまで、残り半刻ほど。





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最終更新:2008年09月28日 10:53
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