鳥籠より飛び立つ煉獄の空 First phase

(投稿者:レナス)



其はM.A.I.D。戦う為に生れし戦人。

其は鋼鉄の翼。大空を舞う人の叡智。

其は力。其は希望。其は欲望。其は進化。其は正義。

力は希望となる。希望は欲望である。欲望は進化を促し、正義となる。


我らが宿敵は眼前にあり。些細なる諍いは敵を前にしては戯言にしか過ぎぬ。
さあ、共に立ち上がろうではないか。鉾を、楯を手に取れ。鎧を纏い、共に禍を討とう。
我らが怨敵。世界の災厄。星の膿。なれば為すべき事は自明の理。



正義を成して悪を断罪せよ!





『こちらワイルドキャット。高度10,000mに到達を確認。現在の速度は436km/s 』

『こちらブレイブドッグ。高度、速度共に同じ』

静寂に満たされた空。雲を遥か眼下に見据え、風すらも地上に置き去りして複数のプロペラが回転する音だけが聴覚を支配していた。

『目標地点間近。時間合わせ100秒前・・・4,3,2,1――カウントダウン開始』

『確認。カウントを開始』

二機だけの爆撃機が編成飛行しており、今まさに戦闘が行われているアルトメリア領西部戦線へと接近している。
だが双方の機体には重火器は一切積まれておらず、その腹には自身の燃料以外は空っぽであった。
故に普段は飛べないであろう高高度へと達し、軽い機体は速い速度を維持出来ている。

『切り離し50秒前。エンジン始動』

『確認。エンジン始動。冷却機関、同時に作動を確認』

だが彼らには普段とは決して異なる荷物を有していた。腹に抱えるのではなく、腰に下げているのだ。
二機の爆撃機より伸びる極太の牽引ワイヤーが互いの中間地点後方の物体へと伸びていた。
四つの巨大な筒を束ねたかの如き物体。だがそれはこれから始まる事象の主役である。

『20秒前。カウントに入る。―――12,11,10・・・』

唸り声を上げるは筒の束。『V.O.B Type-Zero Zwei』と呼称されているその最新鋭のジェットエンジン機構が覚醒の時を刻々と待ち続ける。

『8,7,6――リミット解除!』

楔は解かれた。絶対なる牢獄より解放されし獣は喚起する。
蒼穹色の炎を放ち、引き摺られ続けていた首輪の紐を今度は引き始める。

『――!! ワイヤーを強制解除!姿勢を崩すぞ!?』

『了解!強制解除する!!』

爆撃機の腹より弾け飛ぶワイヤー。『V.O.B Type-Zero Zwei』にくっ付いていたワイヤーも外れ、獣は世界へと完全に解き放たれた。
その姿を確認するよりも先に、爆撃機のパイロット達はワイヤーに引かれてあらぬ角度へと傾いた機体の愛艇を取り戻すべく奮闘していた。
両者の相対距離も近く、衝突の危険にも曝されながらも漸くバランスを取り戻した時には獣の姿は遥か先の眼下へと消えていった。

『―――とんでもない出力だな』

パイロットの一人が呟いた。幾ら荷物を一切積んでいない爆撃機とはいえ、その重量は戦闘機の数倍に及ぶ。
況してや自重を加えた上で二機の爆撃機を牽引し掛けた事実。それは驚嘆に値するエンジン出力と言える。

『全くだな。あんなもんを載せた戦闘機は一体どんだけ速く飛べるんだろうな・・・?』

『V.O.B Type-Zero Zwei』の飛行テスト。
純粋にエンジン出力のみに委ねた推力機構の実験の始まりを目の当たりにした搭乗員達は揃って感嘆の声を上げた。
従来の戦闘機では未だに有視界内に収めているだろうその姿が、最早大気の切り裂いた軌跡しか見えない。

『確かにそれを大いに気になる話ではあるが。あれに乗ってる奴が誰だか知っているか?』

『ああ、少しだけならな。メードって話だ。確かにあんな物に乗って無事でいられる化け物は奴等にしか出来ない芸当だな』

燃料の燃焼により得られる推力で飛ぶジェットエンジン。あの機体は燃料が無くなるまで止まる事は決してない。
単純ゆえに制限がなく、また可能な限りの推力を余す事なく発揮する。そんな機体に人間が乗れば圧死する道しかあり得ない。
だが誰かが操らなければ機体は飛ばない。故にメード。人類が生み出した化け物を起用した。

『――良し。最後に少々支障を来たしたが、無事に実験は開始された。ワイルドキャット、これより帰還する』

『確認。こちらブレイブドッグ、これより偵察任務に入る』

彼らの仕事は『V.O.B Type-Zero Zwei』を目標地点より目標高度から投下する事。
それを無事に果たし、重火器を搭載していない彼らは基地へと戻るのみ。
だが一機が帰還の途に着くも、残りの一機は結果を確かめるべくして彼方へと飛び去った機体を追い掛け始めた。

『ブレイブドッグ、良い報告を期待している』

『ワイルドキャット、激励に感謝する』



大気を切り裂くとは、この星の空気の壁を押し退けるという事に他ならない。
普段の人間の動き程度では何一つ抵抗を感じない空間の浮遊物質でも、度を越した速度となれば空気は水中と大差はない。
暴風の比では無い圧倒的な風の壁を突き進み、更なる速度域へと達するべくして加速を続ける。

単なる四つの筒で空を飛ぶには限界がある。ロケット弾とて尾翼が存在し、形状すら整えられていない機体が安定し続けるはずはない。
それを可能としているのが四基のエンジンの先端に搭乗している一人のメードの存在が可能にしていた。

メードとして生まれ、この機体を制御する為だけに生み出された存在。
嘗て人類が到達し得なかった無限の可能性を託されたこのメードは、ただひたすらにその使命を全うし続ける。
自己を強化し、翼の無いこの巨大な鳥を制御する。四基の推進力を一心同体と化したこのメードは微調整をし、安定させ続ける。

しかしこのメードの周囲には戦闘機のような風防は無く、人間ならばその風圧に呼吸困難もしくは凍死に陥るであろう状況下に置かれながらも耐えていた。
人では決して不可能な状況下で、死の加速と風圧に挟まれながら生存を果たすメード。であるからこそ排除された必要機構。不要な物は全て切り捨てられている。

「――――ッ」

喜怒哀楽を知らぬ顔に苦悶の色が生じた。雲すらも弾き飛ばし、尚も加速の終点を見せつけないからである。
既に『V.O.B Type-Zero Zwei』製作者の意図した速度は疾うに超過していたのだ。
最低限の調整を終えただけのメードは、身体を押し潰す風圧と未だに加速する押し出す圧力の板挟みで肉体が軋み出していた。
実験の為に生み出され、碌な教育を施されずして飛ぶ事を決められたメードはそれでも歯を食い縛って制御を続ける。

「―――ァッ」

意図した速度を超えるとはそれ即ちメードだけではなく、機体そのものに掛かる推定負荷すらも超えているという事実。
軋みを上げ出した機体の悲鳴がメードに痛みへと変換され、連鎖的に生じる機体の破損に声が漏れ出した。
制御する為にコアから発するエネルギーで機体とリンクさせていたが故に、ダイレクトにその痛みが脳内を駆け巡る。

「――ァ゛・・・アア゛ア゛ァ゛」

機体の一部が弾け飛ぶ。だがそれはパーツではなく、搭載していたコンテナの一つである。
機体の存在により生じた気流の狭間に存在していたコンテナが、正面に風圧の直撃を食らって中身をぶち撒けた。
中身の物資すらも弾け、原型を留めている物は何一つ無い。

メードが発するフィールドが緩衝材の役割を果たしていたが、想定以上の圧力によってコンテナは剥ぎ取られたのだ。
各部に搭載されているコンテナ群も今にも弾け飛びそうな程に振動を起こし、機体すらも空中分解の危機に瀕している。
既に機体は物理的な限界を超過し、メードによってのみ支えられていた。

肢体は既に機体に押し付けられて不動と化し、船舶の先端に存在する航行の女神の像と同様の姿を晒す。
それでも尚、更なる加速を続ける機体に最早このメードは声を上げる事すら叶わなくなる。
世界は後方へと押し流され、触れる雲は尽く吹き飛ばし、自身が発する爆音を遥か後ろへと置き去りした。

軋む機体が眼前の雲を突き抜けると、その先には数多の黒煙が視認出来る。
そして空に数多の火線、黒点が蠢き、大地には一面を埋め尽くす黒い染みで満たされていた。


限界を間近に控えた『V.O.B Type-Zero Zwei』が戦線に到達したのである。




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最終更新:2008年10月06日 11:10
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