(投稿者:店長)
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ザハーラ共和国の抱える二つの戦線のうちの一つアムリア大陸戦線。
資源の大半を輸入によって保っている
楼蘭皇国にとっても共和国陥落は避けねばならないことであった。
それゆえに、生産の完了したMAIDを戦線に逐次投入していくことになる。
そして、数多のMAIDはその数千倍もの一般兵と共に砂漠の砂へと消えていった……。
絶え間なく後方から放たれる弾丸のカーテンを潜りながら、
楼蘭のMAID部隊は迫り来るワモン級の集団を友軍に牙を向ける前に駆逐していく。
其の当時楼蘭のMAIDの大半は近接武装を好んで使用する傾向にあった。
それ故、アルトメリアやエントリヒ、クロッセルらのMAIDらにとっては
前衛の要を担うことが多かった。
ソレは同時に、最も損耗率が高いことを意味していた。
そしてこの瞬間も。無数の
ワモンの行進に戦友が一人、飲まれて消えた。
「──希沙羅も、死んだか」
始めのうちは怒りと復讐心とで猛り狂っていた心も、
いつしか熱さを忘れるほどに冷静になっていくことに気づいた。
ここはあまりにも生と死が軽すぎる戦場。
いちいち気にしていたのではもう耐えれないまでに磨耗してしまったのだろう。
そう、他人事のように彼女──楼蘭のMAIDである巴は自身を分析していた。
一方でよりどうすれば眼前の敵を駆逐できるかを、冷たく計算しながら武器を振るう。
ワモンの甲殻の隙間をなぞる様に手に持った刀で解体する。
その一方で背後より迫り来る別のワモンに対して背中越しにもう片方の手に握っていた
バハウザーのC96を撃つ。
短い間隔で連射される拳銃弾にエターナルコアからのエネルギーが備わって強化された一撃は、ワモンを肉塊へと変えていった。
「悪いがこの命はくれてやる訳にはいかないのでな……」
巴の知覚できる範囲には、無数の本能のままに動く物体が蠢いているのが直に触っているかのように分かる。
いつしか会得したこの能力は、巴の生存力に大いに寄与している。
たとえ後ろからやってくる敵に即座に反撃できる上に、完全に囲まれる前に離脱ができる。
この地に最初に持ち込んだ量産品の造兵廠刀は初日の夕焼けを垣間見れる前にその刀身を半分にした。
ヨロイモグラ級の急所を貫いた際にそのもう半分は甲殻の間に挟まって砕かれたからだ。
無手になった巴だが、視線を向けて目に入ったのは一般兵が所持しているような拳銃であった。
MAIDの強化能力は弾丸にも作用する。
本当なら握る機会も無かったであろう武器を握る。
使い方は分からなかったが、幸いにも一度引き金を引かれた後のオートマチックであった故にそのまま弾切れになるまで発射できた。
弾切れになった拳銃を数回ほどワモンを殴る棍棒代わりにしたが、
いよいよそれも金属疲労に加えてMAIDの力とに耐え切れずに砕ける。
流石に無手ではワモンは倒せるだろうが、時間がかかりすぎる。なにか武器が必要だった。
──何か武器はないか?
咄嗟に振り向いて、無意識に握ったのは後退する前の陣地に備え付けられていたであろう重機関銃の銃身であった。
咄嗟に怪力で三脚に備え付けられていた機関銃をそのまま抱え込み、引き金を力いっぱい引く。
重機関銃の重低音が前面のワモンを駆逐していく。殲滅するのと弾切れはほぼ一緒であった。
漸く友軍である多国籍軍に戻った巴は、其の日の内に友軍が用いる武器の使い方を学んだ。
初日のうちで武器を複数使うことになるほどに、この戦線は苛烈であった。
この最初の戦闘から、武器を選んでいられないことを学んだのである。
初日で援軍に派遣された楼蘭のMAIDはすでに一割を完全消滅させ、
二割が医療用MAIDによる治療を必要とする被害をこうむった。
残存のMAIDは次の戦闘に備えて……あるものは慟哭し、あるものは狂い、そして過半数は泥のように眠った。
その後も、何度も何度も戦闘を行った。一日に数回もの大規模戦闘が行われることも珍しくない。
その度に多国籍軍は人員を損耗していく。
MAIDもまた、一人、また一人と消えていくのだ……。
こうして、この地に来て二年の歳月が経過しようとしていた。
「これで──同期は私を除いて全滅か」
今先ほど消えていった戦友──希沙羅は同期の中でそれなりに言葉を交し合った仲だった。
嗜好品の煙管を最後まで手放さない、ちょっとばかりお気楽な奴。
そういえば、同じ教育官殿に師事してもらっていたか
……教育官殿は今頃三途の川を越えて死んだ息子に会えたのだろうか?
一瞬だけ過ぎる悲しみは、それでも心を震わせなかった。
戦友が死んだという事実がそこにあるだけである。
其のとき常に思うのである。──もう少し力があれば、戦友らを守れたのではないか?
──やれやれ。無いものねだりとは。
ただの凡骨のなんら特異な能力のないMAIDであった巴は、
最初このまま死んでいくのではないかと思っていた。
だが、それでも巴は死ぬことはなかった。
周囲全体を敵にしたような環境での戦闘を経て、彼女はいつしか気配を察知し、背後の敵に対する対処を行えるようになった。
もう一つ会得したのは戦い方。
どう動けは敵を最速で効果的に駆逐できるかを叶えるための手段を構築する手腕。
そして死を賭けた激戦は一人のMAIDの心の磨耗とを引き換えに修羅の戦を与えた。
凡骨が故に無骨な、ただ実戦の最中に死を賭して鍛え上げられた剣技は正道からかけ離れたものだ。
そもそも、手に握れるものは何でも利用した巴である。
剣であろうが銃であろうが、利用できるものは何でも使った。
ソレがたとえ、同胞の千切れた片腕であろうとも。
ただ一つ残った皇国への忠誠心だけが最後の心の拠り所であった。
転換期は前線に投入されてから3年目を数える頃にやってきた。
カルフと呼ばれるMAID部隊がザハーラの戦線にやってきたからである。
同時にソレは、巴のこの地での役割の終焉を意味していた。
所詮は初期生産タイプの凡庸なMAIDでしかない巴と、
同じ戦闘能力を部隊全員が保有し安定しているカルフの戦力とは比べるまでも無かった。
カルフ参戦から数日後には、巴に帰還命令を伝える書類が司令部に届く。
──結局私だけが生き残ってしまった。
数多くの同胞らが埋まっているであろう砂の大地を眺め、巴は途方に暮れていた。
★
楼蘭の大地を踏むのが、もう数十年も前だったかのような錯覚を覚える。
軍部に出頭した巴を待っていたのは、新しい命令書と転属を伝える書類。
其の転属先の書類は楼蘭皇国天皇近衛師団。
便宜上は天皇を守るために選ばれた先鋭によって構成されるというのが表向きの姿だ。
だが実際はこの国の安泰の為の裏仕事を請け負い、表沙汰に出来ないようなことを行うための天皇直属の師団である。
軍部からも命令系統が独立しているのは軍部に対してもその矛先を向けることが出来るようにという
配慮だというのが、専ら所属するものたちの真実半分の黒い冗談であった。
──なるほど。今度は民を斬れということか。
どうして自分なのだろう?
抱いていた忠誠心を買われたのだろうか?
それともガラクタを使い潰すために?
様々な考えが浮かんでは消え去っていく最中の其のとき自分がどのような表情であったか。
結局どれだけ尋ねても答えてくれるものはいなかった。
ただ、口元が歪んでいたであろうことは自覚していたが。
配属されて最初の命令……同時に明かされた秘密を聞いた。
信濃内親王は既に死亡しており、今はMAIDが其の代役をしているのだという。
その信濃を護衛し、秘密を暴こうとする者を狩り出す。他に命令があれば、そのものを暗殺を行う。
──堕ちる所まで堕ちるか。
私には平穏という言葉は無いのだろうと当時の巴は絶望に似た感情を抱いていた。
それでも自棄にならなかったのは己の命が同胞らの命の残滓──物理的にではなく、
結果として同胞らの犠牲があって自分が生きていたのだろうと考えていたからだ──であることを自覚してたからだ。
ここで自害などしてしまったら、死んでしまった友になんと詫びればいいのだろうか。
そんな黒々とした思いは、信濃に出会って解き放たれることになった。
あの純粋な心に触れることができた巴は、命令の有無関わらずに彼女を守ろうと誓う。
きっと……巴にとって擦り切れた心を癒してくれる存在。過去にあの砂の戦場で忘れ去った何かを思い出させてくれる。
身分は遥かに上だが、どこか妹や娘のように愛しく感じる彼女の為に……何かできることはないだろうか。
其のとき握っていたのはあまり使われることのない台所に仕舞われていた包丁であった。
──料理か。そういえば、最後に料理を作ったのはいつだっただろうか……。
巴が任務についた日の夕方以来、朝廷奥の信濃院からはまな板と包丁とが奏でる音が小さく聞こえてくるようになったのであった。
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最終更新:2008年10月20日 23:04