鮮血の雨は喉を乾かす 前幕

(投稿者:レナス)



「ウザったい」

その言葉と共に放たれた斬撃がワモンを斬り伏せる。
両の手にあるふた振りの大型の剣の一撃で周囲の「G」を纏めて殲滅。
自身が起こした剣戟の風で靡く横髪。顔を軽く振って払い、眼前に迫る蟲を睨む。

その少女を肉薄するかしないかの一瞬。それは少女が剣を振る直前にその「G」は数多の銃弾を一身に受けて吹き飛んだ。
更に前後左右より迫っているはずの「G」の群れも、瞬く間に穴を空けられて駆除されていく。
その様を見るまでも無く、そしてその理由を探るまでも無く承知しているので米神が痙攣が深くなる。

「人の獲物を横取りするなって言ったでしょうが!
それともその耳は飾り?ファッション?耳の穴をしっかり掃除してから出張りなさいよっ!」

睨めつけた先に居る二つの存在に向けて発する。一人は大きく肩を怒らせ、もう一人は肩を竦めた。

「ちゃんと聞こえてたわよ。そんでもって『ウザい』とも言ってたから手伝ってあげたんじゃない。
邪魔だったんでしょう? 幾らアンタが凄い腕を持ってるからって、ウチらを置いて先行し過ぎなのよ。
もう少し協調性を・・・・って言っても守りそうにないから連携を考えて欲しいわね。

そんなんじゃこの先他の所に配属されても上手くやっていけないよ、アルヴィ」

「その名で呼ぶなって何度言ったら分かるのよ!?」

「だったらウチの事を名前で呼んで欲しいな~。そうすれば考えても良いんだよ?
ほら、言ってみなさいな、パフィーリアって。照れなくても良いんだよ?」

「ええい、キショい!!!」

「ガ~~~~~~~ン!? キショいって言われた。ウチってそんなキショいの?そうなの?そうなんだ。

――――――・・・処でその『キショい』ってどういう意味なの? アネモネは知ってる?」

二人の遣り取りの話題を急に振られ、少女は耳を大きく跳ね上げるというリアクションで返した。

「あ、え、その・・・・・分かりません」

「その子が知る訳ないじゃない。だっていつもいつもセレナお姉様の後ろでちょろちょろしているだけのウジ虫だもの。
会話をしようものなら正面に言葉も紡げないお子様に高度な言葉を知っている訳ないわね。尤も、知っていても理解は出来ないでしょうけど」

鼻で笑って返される言葉に、少女は更に委縮。その様子を見かねて頭を撫でられる。

「話をするのに不自由をする程の事でもないんだから気にする必要はないわよ。
それを言うならアルヴィ、アンタはその辛口を柔っこくしないとこの先が心配で仕方がないわよ?」

「大きなお世話よ。わたしはこれで十分にやって生けるもの」

剣を一閃し、腹に乗った血糊を払う。三桁にも及ぶ敵を切り裂き続け、刃零れが目立つ刃を鈍く光る。
まるで彼女自身を思わせるその刃に、溜息。本当にそう思っている上に強情な少女にこれ以上進言しても無駄と悟る。

「それと、わたしの事をアルヴィって呼ぶな」

「やっぱ気に入らない? ウチは中々に良いネーミングセンスだと自負してるんだけど。
まぁ、それはそれで今は置いといて、団体さんが到着したみたいだね」

鼻息を一つ荒く吐いて少女は振り返る。その先にここ等一体を殲滅した「G」の新たな群れが迫って来ていた。
先程から同じような事を幾度も繰り返し繰り返し続け、終わりを見せないエンドレススコアアタックのゲームの様でもある。
積み上げるのはスコアという名の蟲の死骸。一面を埋め尽くす数で迫る敵を全て殲滅しない限りゲームオーバーは存在しない。

「ワモンは当然として、マンティスやウォーリアもちゃんと居るね。やっぱり機動性のある蟲が真っ先に来ちゃうか」

「何でも良いわよ、そんなの。所詮は虫けら。さっさと全部駆除して終わらせるわよ」

「そう慌てない慌てない。どうせ向こうから来てくれるんだから、ウチらはどっしり構えてお出迎えをしてあげないと。
今度の集団も数が多いだけみたいだから、何時も通りにアルヴィスが攻めてアネモネがそれを援護、ウチがピンチになった二人を助けるから安心して戦ってね」

「わたしはピンチになんからないらないわよ。精々アネモネが足を引っ張ってわたしの邪魔をしなければ、ね」

言葉と共に向けられる視線に落ち込む少女。その様子に苦笑。

「アネモネはちゃんとしているわよ。余計な敵をアルヴィに近づけさせない様に上手く撃ち分けてるし、援護も的確。
それは支援を受けてるアルヴィも分かってるんでしょ? あんまり意地悪をしてないで、誉めてあげても良いじゃない」

「あんなのまだまだよ。あの程度の数なんて本当ならわたし一人で全部駆除出来るんだから。
あんた達はそこで大人しくわたしの雄姿を篤と観戦していると良いわ。本当にわたし一人で戦えるって証明をね」

そう言って吶喊する。残された二人は思い思いの表情を露わにして武器を構える。

「また何時も通りのパターンなのね。アルヴィももう少しバリエーションのある言動を覚えて欲しいものね。
アネモネはどう思う? あの子っていつもツンケンしてるから、アンタにも色々と苦労を掛けさせちゃってるけど」

「・・・えっと、その、・・・・・・素敵だと、思います。あんなに自分の言いたい事を、ちゃんと話せるのは凄いですし・・」

「う~~~ん・・・? あれはそれとは違うんだけど・・・ま、良いか」

少しズレた答えに小首を捻ってしまうが、既に敵と接敵を始めた少女を援護すべく駆け出す。

「それでは今日も今日とて"スカーレット三姉妹"は頑張りましょうか!」

「・・・・・ぁぅー」

「ほら、そこは『おーっ!』って気合いを入れないと」

「ぉ、ぉー・・・?」

「むー、まだ固いなー。後で特訓だね、これは。セレナにも声を掛けて決めポーズも作ろうかな」

「そ、それは・・・」

「冗談よ、冗談。流石にそこまでするのはウチも抵抗あるしね。
その上誰も見ていない所でポーズを決めても空しいだけだし、見てるとしても蟲だけね。
御巫山戯の話をこの程度にして彼女の援護をお願いするね、アネモネ」

「・・はいっ」

静まり返っていた波が再び息を吹き返した。怒涛の津波の如く押し寄せる「G」の大群。
その圧倒的な物量に対抗する為に生み出されたメード達がアルトメリアの大地を駆け抜ける。




スカーレット三姉妹。鮮血の振り撒く三人のメード達に後から付けられた称号である。
特に最前列で縦横無尽に「G」を斬り殺す少女が辺り構わず、周囲の目を気にせずに敵の血を振り撒くのが原因だ。
非常に高い短時間における撃破率の功績を覆い隠す程に凄惨な光景に実績と評価に開きが生じている。

元より正式な部隊として運用はされてはおらず、特定の組み合わせを示すナンバーも当然存在しない。
パフィーリアを上官としてその下にアネモネとアルヴィスを就かせ、生誕一年未満のこのメード達に実戦経験を積ませる為に行動を共にしているに過ぎない。
その結果としてパフィーリアが予期していた通りの現状と成り、『スカーレット』なる固有の組み合わせとして認知されてしまった。

アルヴィスを先頭に立たせ、アネモネが彼女の援護を込みに前線で戦わせる。パフィーリアはその支援と指示をする。
本来ならば彼女自身も並んで戦うべきなのだろうけど、そこには大きな問題があるので後ろに引っ込んでいる。

「問題というよりも論外なのよね、ウチ」

身の丈ほどもある剣を軽々と扱うアルヴィスと重機関砲を連射するアネモネの背中をパフィーリアは見詰める。
メードは自身に内在するエターナルコアによる恩恵で直接・間接問わずしてその力は強化される。
原理の有無を問われても説明のしようは無いが剣の耐久性の向上、弾丸の初速の強化が今のそれだ。

当然として身体能力も高く、常人の人間であればアルヴィスの動きを目では追い切れないだろう。
先程までマンティスとウォーリアに挟まれていたはずが一瞬にして斬り伏せて次の標的を屠っている。

アネモネは直径1000mmある弾倉という名のドラム缶を背負い、止め処なく弾丸を吐き出す。
六つの砲身を束にした俗称ではガトリングガンは常にアルヴィスの穴を埋めている。
「G」は人という存在を襲うが、大地一面に進撃する全てを彼女一人では対処はし切れない。アネモネはその部分を補う。

だがアルヴィスの撃破率は時には秒間数十体にも及び、高速で動く味方を誤射しかねない。
彼女自身はその憂いを受けても容易く反応して避けるだろうが、パフィーリアが知る限り今まで一度たりとも起きていない。
掃射している領域にアルヴィスが飛び込む事は少なくない。それはほんの一瞬ではあるが、機関砲はその短時間に10発は優にその身を襲う。

アネモネは反応した。それもアルヴィスの服に掠る否かのぎりぎりで留める。
そして彼女を背後から追撃している「G」を排除する。刹那の間隔で速射。体の反射でしかあり得ない反応速度だ。

セレナの話では実動一年未満。アルヴィスよりも経験を積んでいるとは言え、アルヴィスは特別だと言って良い。
あらゆる局面において万能であり、どんな状況においても最高の性能を発揮する。その様に生み出されている。
アルヴィスは両の手に、腰に、背中の計6つの剣を所持している。これは持久力の長さから銃火器は彼女自身が除外しているだけ。
彼女に狙撃銃を扱わせればパフィーリアより正確に目標を射抜くだろう。それも射程すら比では無い。

「おっと、あぶれたワモン発見」

射抜く。堅い体表に覆われても頭部は他よりも脆弱である。そこをピンポイントで破壊すれば一発で沈黙させられる。
パフィーリアが今延ばしたスコアの前の獲物は彼此十分ほど前に遡る。それも今の様に単体だ。二人が積み上げるスコアはそれ程までに凄まじい。
薬莢を排出している合い間にも一体何体屠っているのか。観測すれば容易いが、流石にそんな暇はないのでやらない。

何時も通りにアルトメリア戦線における間引き。「G」が自発的に人類の領域に侵攻するよりも此方から一定期間ごとに攻撃する方が対応し易いのだ。
常に意図的に犠牲を払わなければないらないリスクを負うが、奇襲の憂いを負うよりかは勘定とすれば安いものである。
今回は少し「G」の数が多いようにも見受けられるが、単純にここいらの戦域だけかもしれない。そうした分析は戦いが終わってからだ。

「・・・それにしても動きが何処となく少し変だな。アルヴィスを突破してアネモネが対処している数が何時もより遥かに多い。
此方の動きに向こうが対応し始めた?違うな、無視しているだけ?眼中にない?見えていない?そうだ、"見ていないんだ"、これは。
だとすれば"何故見ない"? "どうして見ない"?何が「G」にそうさせる・・・?」

「G」は人類の敵。それは圧倒的な数の「G」が人間を食べるからだ。「G」は基本的に有機物・無機物問わずに食す。人類は中のその一つに過ぎない。
これは戦争。人類と「G」の互いの生存を賭けた戦争である。「G」が何を考えているのかは分からない。だが人間という種を脅かしているのは確かである。
故に人類は「G」に立ち向かう。その種を全て排除しなければ生き残れないのならば全てを駆除する。この星より全てを消し去る。それが生存。

そうまで認識される敵が『見ていない』。人類の敵が、敵として動いていない。「G」に何かしらの異変が起きている。
だがこれはパフィーリアの主観に過ぎず、情報が少な過ぎる。二人が維持している戦線の背後で周囲を注意深く観察する。
視覚に特化した能力を有している瞳で見渡す世界は灰色だ。大地を埋め尽くす「G」に戦場に飛来する洩光弾。着弾し、炸裂する砲撃群。戦線を維持するメード達。
そこに一つの情報を当て嵌めて見れば、合致する戦況が映し出される。

「――――――逃げている」

何から?それは分からない。少なくとも視界内の戦況は情報と合致している。
逃げているのならば元凶、追撃者が居るのではないだろうか。だがその姿を確認出来ない。空を飛べない上に、通信機関連はこの周囲には存在しない。
アルヴィスが何時も通りに他の戦線よりも突出した状況を生み出し、後方の部隊と断絶している。連携の鑑みない戦いが此処に来て痛い。

「アルヴィっ、一旦戦線を下げるから、戻って! 状況が変わってる。突出しているのは危険だよ!」

「冗談は口だけにしてよね! 今日は調子が良いんだから邪魔しないで!」

駄目元で声を掛けたが、結果は予測と違わなかった。アネモネが此方を何度も目配せをして来る。自分はどうするべきか判断しかねているのだ。
アルヴィスはアネモネが攻撃を止めて後退しても文句は言わない。余計な手だしが無くなって清々したとしか言わないだろう。聞かずとも簡単に想像が着く。
アネモネにはそのまま支援の続行を指示し、頭を巡らせる。杞憂に終わるのならばそれに越した事はないが、戦場で『if』に備えるのは不足は無い。
そして悪い流れには大抵、良くない状況が生じるのは当然の流れと言える。運命とも言えるが、前兆と言った方が正しいのかもしれない。

「これは、酷い・・・」

金切り声。奇声。断末魔。地獄の底より響く声とはこんな音を言うのだろうか。
身体的特徴をそのままに三人はメードの中でも優れた聴覚で脳が認識するので顔を顰めた。

そして周囲の「G」達が一瞬にして後退していく。正確には何者かの手によって引っ張られている。
アルヴィスやアネモネにもその手は及んだ。三者三様に躱し、流石のアルヴィスも大きく後退した。

「何よ、アレ。気持ち悪。奴等は遂に下手物食いにまで落魄れたわけ?」

捕獲の手を避けながら後退するアルヴィスは愚痴る。未知の敵に警戒し、様子を窺うだけの理性は保たれている。

「あれは特殊な部類に入るんだと思う。ウチらだけじゃなくて周囲の「G」も食べてる。恐らく手当たり次第に捕食しているのが正解だろうね」

あれは触手であろう。自身の身体より多方向に、無差別に獲物を捕まえては口に絶えず運んでいる。
咀嚼しているのかどうかは不明だが、あの口の中に取り込まれたら最後なのは理解出来た。

「それで、アレは「G」なの?」

問題なのはその姿。生物とするには不形態。手足と形容する物は無く、その身より生み出す触手で移動している様にしか見えない。
色も絶えず変化し、「G」とも、生き物として断ずるには余りにも歪。移動し、捕食が可能な食虫植物の方がまだ動物と言える。

「さて、その判断もまた難しい。「G」の定義は南方の大陸から侵攻してくる蟲、人を餌として喰らう蟲、人よりも巨大な肢体を持つ蟲とも言える。
でも中には世界全土に分布していたり、草食だったり小さな虫だったりっていう話もあるしね。今の所究極的な「G」の定義は存在しない。
あるとすればこのアルトメリア戦線と同様に苛烈な戦いを繰り広げる相手が「G」だね。とすれば、あれも「G」と言えなくもない」

だがアレは周囲の「G」すらも食している。暴食である。敵味方親兄弟親友恋人問わず、自分以外は食料でしかない。
「G」が共食いをしているのならばこうして人類と相対する事もなかった。そしてそうはならなかった。無数の「G」は人間を食う為に肩を並べて襲って来る。
故に人類の敵。人類はメードを生み出し、敵を殲滅するべくして反攻作戦が遅遅として動き始めた。

「あのぅ、周りの「G」が・・・・・・」

「うん、了解してる。そろそろウチらも本格的に危なくなるね」

アネモネの憂いに帯びた声色にパフィーリアは理解していた。緩やかに後退を続けている三人の周囲に居た筈の「G」が殆ど居ない。
寄って来るものだけを処理し、それでも三桁は居た筈のウォーリアやマンティスを含めた「G」が消えている。奴に食われたのだ。
この短時間の内に直径2000mmも無い存在の腹に収まっている。限界を見据えるのは愚かしく、次の紅葉狩りは自分達になるのは御免被る所だ。

「どうしたものかな。このまま後退して増援を要請して対応するか、威力偵察を敢行して情報を収集するかの二択はある。
前者はアレを味方の防衛線に近付ける危険性がある。増援のメードと共闘して対応出来るかどうかも疑問だ。
後者も同様、ウチらが刺激を与えたら如何反応するかが分からない。ただ手を伸ばして食べてるだけなら僥倖なんだけどね」

「そんな面倒な事、する必要はないわ」

「そう言うとは思ってたよ。その後に言う事も想像が付いてる。
それはそれで一番なんだけどね、もう少し警戒心を培った方がお姉さん嬉しいなー」

「うっさい。見敵必滅。「G」は敵。あれも敵。だったら「G」だわ。「G」は駆除する。だから潰すまで!!」

縮地。ほぼ無動作と言える姿勢から繰り出される加速はアルヴィスを極僅かな時間で未知の敵を肉薄させた。
向こうからすれば餌が自分から寄って来た。いきりなの接近に躊躇する素振りも無く、二つの触手が捕らえるべく伸ばされる。

「邪魔!」

正面より迫る触手を二本とも切断。痛みに痙攣してか、一瞬だけ動きが止まる。アルヴィスにはそれだけで充分だった。
二撃。左右の剣による一撃ずつの斬撃が縦と横を深く抉った。頭部と腹部と思わしき部位を狙い、それを補って余りある程の見た目からして致死の攻撃を叩き込んだ。

「ふんっ、他愛も無い虫けらだったわね」

夥しい体液が切り口より溢れ出している。どれだけ再生力に優れた「G」でも、頭と多量の血液が無ければ出来る筈もない。
血の肥貯がアルヴィスの足下にまで流血している様を見るまでも無く、次の敵を探すべくして彼方へと視線は向けられている。
余りも呆気なく、手応えの無い存在は今まで駆逐して来たワモンと大差がなかった。

故に不意を打たれた。怖気が走るという感覚に近い確信として認識出来るその鼓動。
エターナルコアが躍動した。アルヴィスだけでなくアネモネも、パフィーリアも同様に。突然の大きな脈動に驚愕した。
次に起きた事象を前に、咄嗟に動いたのは流石と言える。二振りの剣を盾に、無理な態勢で行える最大限の跳躍で間近の"それ"から距離を取った。

刹那のタイミングで沸き起こる濁流。屍と化していた筈の未知の敵が傍聴したかの如く溢れ出る触手の群れ。
圧倒的な質量を伴った膨張の圧力にアルヴィスの剣は軋みを上げて砕け散る。そして直撃。体が大きく吹き飛ばされる。

「アルヴィス!」

パフィーリアが声を投げ掛けるが、応答の有無を確かめる暇が無い。
無数の触手が四方より迫っていた。アネモネが砲身を冷却させる間もなくフルに回転させ続け、パフィーリアは弾倉の交換時間が煩わしく感じる程に連射する。
数撃と一撃で容易く撃ち落とせる触手も、数の暴力の前には効果が薄い。二人は互いに離さぬように立ち回る。一度でも離されれば背中がガラ空きとなってしまう。

アネモネは正面より迫る触手の群れの対応が限界であり、パフィーリアは狙撃銃の特性に対応に大幅な制限がある。
撃ち落としても撃ち落としても次々と湧いて伸びて来る触手。回避はこの物量では不可、後退する暇も無い。完全なる八方塞がり。

「アネモネっ、ちょっと無理するよ!」

手榴弾を投擲する。触手の束に飲み込まれる寸前に狙撃し、炸裂。一般兵への支給品とは異なり、威力は数段上回る衝撃に触手の殆どが吹き飛ぶ。
間近に居る二人にも破片の飛来という危険があったが、互いに無事に済んだ。この隙に大きく後退。追撃は無かった。

「アネモネ、大丈夫だった?」

「―――うん、でも銃が・・・」

見れば砲身には手榴弾の破片が深深と幾つか突き刺さっていた。他にも銃身交換寸前まで無理をした時点での衝撃波に拉げている。

「あちゃ~。ゴメンね、無茶しちゃって」

アネモネは首を振る。

「大丈夫。パフィーのお陰で、あの場面を切り抜けられた。でもアルヴィスちゃんが――」

「うん、分かってる」

睨み付けるかの如く見据えれば、奴は非常に濃い靄の中に身を潜めている。蠢く触手が幾つも確認出来る。
それが一体何を意味するのかは分からないが、その前にアルヴィスの姿を探す。そしてそれは直ぐに見付かった。
少し離れた場所で剣を大地に突き立て、片膝を着いている姿が見えた。奴から目を逸らさず、警戒を持ってして近付く。

「・・・アルヴィスちゃん、大丈夫?」

武器を投棄して身軽になったアネモネが真っ先に駆け寄る。唯一の遠距離武器を携えるパフィーリアは構えたまま近づいた。
応急処置程度ならば可能なアネモネは外傷を確かめ、ポーチから薬や包帯を取り出した。

「要らないわよ、そんなもの。この程度の傷なんてすぐに回復するわ。それと、ちゃん付けで呼ぶなっ」

「駄目だよ。見た目の傷だけじゃなくて、きっと肋骨や内臓も傷付いてる。せめて血を止めないといけないよ」

吹き飛ばされた時点で見た目では窺い知れないダメージを被っている。そうでなければこうして彼女が膝を着いている訳がない。
周囲に見える触手の残骸からアルヴィスが然程動かずに迎撃していた。それは詰まる所動けないのだ。

「減らず口があって何よりだよ。それで何か分かった事ある? あれについて」

事の他強めの口調と強引な治療にアルヴィスは口を噤んで沈黙。その機にパフィーリアは尋ねる。
手榴弾の炸裂してからの数秒の間の奴は今の様に靄に包まれて沈黙している。違う地点に居た彼女ならば見ていたかもしれない。

「ああ、あれ。そっちが爆弾投げたらすぐに攻撃を手の一切を引き上げて丸まったわ。そんでもってあの通り、噴き出る様に煙が出て来たのよ」

「煙、か・・・。あれは水蒸気だね。多分回復してるんだろうね。アルヴィが攻撃したから驚いて反撃して、思いの他傷付いたから今度は回復に専念しているのかも」

「だったらこの隙に―――」

強制的に座らされていたアルヴィスが突き立てていた剣に手を伸ばそうとするとアネモネにそれが引っ手繰られた。
ムッとするも、だったら残りの腰にある剣に手を伸ばそうとするが、その前にパフィーリアの溜め息が制する。

「意味は無いよ。さっきと同じ事になるだけだね。下手に刺激するのは得策じゃない。
致命傷と思われる傷からの反撃はこっちの打撃力不足を露骨に証明していたし、今ではアネモネの銃も無い。ウチの弾薬も残り僅か。
アルヴィも負傷して万全とは言い難い。撤退だよ。これは命令。上官命令は絶対だからね、アルヴィも理解しているよね?」

三人の編成においてパフィーリアが指揮権を委託されている。前もって通知され、知っている事実にアルヴィスは閉口。
沈黙を了解と取り、丁度アネモネが彼女の頭部と肢体に包帯を巻き終えたので後退に移る。

「・・・一人で歩けるから離しなさい」

「駄目。アルヴィスちゃんは患者さん。しっかり肩に掴まって」

「―――――ちゃんを付けるな」

足下が覚束なく、細やかな抵抗を一蹴されて膨れる微笑ましい姿にパフィーリアは苦笑して殿を務める。
奴が無差別に「G」を平らげたお陰で敵影は皆無。沈黙を保ったままの現状を刺激せぬように慎重に距離を取って行く。
このままずっと沈黙し続けて欲しいとパフィーリアは思ったが、再び此方へと延びる複数の触手を確認して泣きたくなる。

「アネモネは先に行って! ウチが此処で時間を稼ぐからっ!」

一発で一本を撃墜。先ほどは側面を千切る角度だったから良かったが、正面だと効果は薄い。
その上此方に対応してか硬度を増している。軌道変更と切断に数発を要し、直ぐに弾が尽きる。
弾倉を再装填している間にも迫る触手を視界に収めたまま、冷や汗を流して構える。発砲。弾く。狙撃。撃ち落とす。

寸でまで迫った触手を全て叩き落とした所で弾切れ。最後の弾倉を手に後退しながら交換。何処までも伸びる触手はもう目の前。
既に間に合わない事は知っていた。こんな時にそれが識れる自身の視覚にほとほと呆れる。銃口の照準を合わせる時点で触手は到達している。

「うわっ、ヤバっ」

取り敢えず、何時も通りの口調で倒れ台詞を口にした。

「勝手に終わらせてんじゃないわよ!!」

眼前の触手が叩き切られた。アルヴィスだ。それとアネモネである。
アルヴィスが所持していた二対を剣をそれぞれの手に有し、迫る触手を叩き落としていく。

「何で戻ってきた!?」

「うっさい!一人で勝手に終わろうなんて虫が良過ぎるのよ!こんな雑魚を相手にして遅れを取るなんて笑いを通り越して呆れてものも言えないわっ!」

「・・・アルヴィスちゃん。それ、墓穴じゃないかな?」

「シャラップ!!」

「ぁぅ・・・」

先の撤退させたはずの二人が此処に残っていては殿を務めた意味がない。奴は動き出している。触手を足に追い掛けて来る。
呆けてばかりで居らず、狙撃。確かに奴に命中しているが弱る気配は皆無。何処が弱点なのかまるで見当がつかない。
接近戦ともなれば最早逃れる術は無い。アルヴィスは負傷。アネモネは健闘はするだろうが決定打とはなり得ない。パフィーリアは論外。

「―――ん?」

さて、如何したものかと最後の悪足掻きに思案していたパフィーリアの脇を横切る突風。そして発砲音。
更に生物的にかけ離れた姿へと変貌を果たしていく奴の腹が抉れ、三人を襲っていた触手が千切りとなる。

「吾らの可愛い娘子らを苛めるのは此奴かな」

成人した女性の身の丈ほどもある流線を描く剣を携えた貴婦人が坦々と、尚且つ悠然と口ずさむ。

「皆怪我の方は大丈夫ですか?」

そして空より舞い降りる天使が三人の傍に降り立った。
突如として現れた二人の姿にパフィーリアは盛大な溜め息を吐く。これ以上とない援軍に、苦笑が漏れる。

「良いタイミングで来てくれたね。セレナ、月夜観。二人が本当に女神様か天使様に見えて仕方ないよ。死神だったら洒落にならないけど」




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最終更新:2008年11月10日 11:14
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