狼と魔女

「よぅ、お嬢さん方。始めましてと言うべきか?俺ァグエン。よろしく頼むぜ。」

獣のような男が、新たに最前線と言う地獄に送られた少女にお決まりの台詞を言う。
いや、”獣のような”ではない。
獣そのものだ。
グエンと言う男は、亜人である。
それも、見た者を時たま恐怖させるほどに、獣としての特徴が濃いのだ。
だからこそ、居場所を得る為に闘ってきた。
”いや、化け物は闘わなければ居場所など無いのだ。”

なればこそ、グエンは精神も身体もすり減らして、戦場を駆ける他無かった。
それはグエンが力尽きるその日まで。


急造の基地の一室で、異質な少女、それも前髪で目を隠した少女が座っていた。
少女は暗い表情で、たった一人そこに座っていた。
友人と呼べそうな人物の姿も見えず、ただそこに一人だった。
少女はザハーラには不向きであろう服装や佇まいであり、
とても友人と呼べる者は居ないように見えた。
それもそのはずである。
少女は常に不気味な雰囲気を醸し出していたのだから。
少女の名はキルシュ
千里眼とも呼ばれていた。

「はぁ……」

キルシュはため息をついていた。
この基地でも魔女だの幽霊だのと言われているせいか、誰に話しかけても避けてしまうし、
まともな会話が成立した事すらない。
普段ならば彼女の数少ない友人が居るのだが、現在その友人すらも別の任務で他の基地に居る。
だからこそ昼間であるのに暗い一室で座り込んでいるのだった。

何をしようと少女が考えに考えふけていたその時、ドアが突然開いて少女の倍は有ろうかと言うような身長の男が入ってきた。
男は毛皮のような毛に覆われ、口からは狼のような牙が見え隠れし、異常なほどに筋肉が発達していた。
その男は正に狼男と言うに相応しく、部屋に入るなり少女に話しかけて来た。

「よぅ、お嬢さん方。始めましてと言うべきか?こんな部屋に篭ってちゃあ気が滅入るぜ?」
「…………」

突然の訪問者にキルシュは声が出なかった。
いや、そもそも2メートルあまりの大男に行き成り話しかけられたら誰でもどう反応すれば良いのか分からないだろう。
しかし男は話を続ける。

「おいおい、どうした?何処にも変なモノは無いけどよ、それともお嬢さんは何か見えるのかい?」
「………目の前に狼男。」

大男はわざとらしく周りを見渡すが、キルシュ以外に何も無い。
ああ、とまたもやわざとらしく気が付いたフリをグエンはした。

「確かにそう言われるがね…俺はただの亜人だ。いや、ただのといっちゃあ語弊が有るけどよ。」
「…………所で。」

狼男と言われた男は少しばかり表情にかげりが有った。
しかし、傍から見ると異様な光景だっただろう。
狼男と魔女、子供なら即効泣き出すだろう。美女と野獣とは行かないのが悲しい。

「なんだ?」
「…………貴方は何者?」

やれやれと言った様子で男はわざとらしく反応した。

「俺ァグエン。しがないメールだ。お前は?」
「……わ、ワタシは…。」
「もったいぶってないで聞かせてくれや。ま、俺としちゃあその前髪の中身も気になるけどな。」

そう言いつつグエンはしゃがみ込み、キルシュの前髪の中を覗き込んだ。
その中身はグエンの予想通りか、何人中半数以上が美少女とでも評価するであろうものがそこにあった。
しかし、覗き込んだ瞬間、キルシュと眼が合った事が原因なのか、グエンは顔を逸らされた。

「悪い悪い、思った時にゃあ行動を起こしてた。」
「………び、びっくりした…。」
「で、名前を聞かせてくれないかい、可愛い目のお嬢ちゃん?」

可愛い目のと言われた瞬間、キルシュは顔を赤くしていた。
キルシュはその雰囲気から、女の子として見られる事は少ない。
それは祖国であるエントリヒでも同じ事だ。
そもそも初対面で行き成り女の子として扱う人間など、一握りも居なかったのだから。
突然可愛いと言われて暴走する思考を抑えながら、キルシュは自分の名前を捻り出した。

「………キルシュ。」
「オーケイ、キルシュだな。ま、同じ部隊でやる事になるだろうからよろしく頼むぜ。
後、顔赤いぜ?」

こうして、魔女と人狼は出会った。
いや、出会ってしまったのだ。
この数時間後に、食堂やら兵舎でバッタリ会ってはキルシュは赤面する事となるのだが、
それはまた別の物語で語られる……かもしれない。



―同日午後10時

基地より数キロ離れた砂丘の上に、遥か遠くを見据えながら徒手空拳のままグエンは立っていた。
彼が見据えた先にはワモンの大群が、基地方向へと蠢いていた。
彼は暫し己が生き残る為に様々な事を思案していた。
この群れを放置すべきか否か。
彼が出しかけた答えは放置する。
しかし、彼の脳裏に今日出会った少女の顔が浮かび、しばし再考してしまった。
シャイで引っ込み思案だが、可愛げのある少女。
しかし見たところ単独で闘う力は無い。
このまま放置すれば、基地ごと消滅するのは火を見るより明らかだった。

「ま、分はちとワリィが、やるしかねえかね。」

グエンはたった一人で、何も持たずにワモンの大群へと駆けて行った。
自殺行為のようにしか見えない愚行を犯してまでも、グエンは一人で闘う事を決めた。
持つ装備は何も無く、便りになるのは肉体のみ。
しかし、グエンにとって、”肉体こそが最大の武器”であった。


その時、キルシュは星を見ていた。
エントリヒの工業地帯や都会と違って、星空が澄んでいるこの夜空はキルシュにとってお気に入りだ。
星を見ながらその日起こった事をふと思い出してしまい、顔が赤くなっていた。
まさか初対面の相手に前髪の中身を見られるとは。
キルシュは恥ずかしさと、自分を褒めてくれたことに嬉しさを感じていた。
そして一寸だけ、何かを期待してしまっていたので、雑念を晴らす為に首を左右に振る。

「…………グエンさん……か。」

何時もの基地へ帰ったらテルマに紹介してみようなんて考えていると、何か変な予感染みたものが反応した。
そう、星を見ると言う少ない楽しみと、嬉しさを反芻する時間を、能力が発する警告が邪魔をしていた。
Gの襲撃だ。
詳細を把握すべく、索敵を開始したが、キルシュは自らの能力が得た情報を信じられなかった。
それは5km先に感知したワモンの群れが、あたかも少し進んだぐらいの場所で止まっていたから。

「………これは………なに?」

いや、止まっているというよりは次々と消滅していると言った方が正確だ。
しかも、その反応の真ん中には、一際大きい何かを感じていた。
これは何なのだろうか?
そう彼女が考えていたが、一つの可能性に行き着いた。
そう、その一際大きい何かが流れをせき止めているのだと。
しかしその大きな何かは何者かは全く分からなかった。


一方、グエンは悪態をつきながら蟲の群れの中を駆けていた。
正確に言えば、群れの中を紛れ込むようにして、蟲の進撃を止めていた。
蟲の最大の武器はその物量と突進力にあり、横合いからの攻撃に非常に弱い。
なればこそ、横合いから小回りの効く戦力が割り込んで暴れてしまえば、その突進力は瞬く間に消えて行くと言う。

「ったく、ひでえ匂いだ。俺しかできねえつってもこりゃ耐え切れそうにねえわ。」

狼の亜人である彼は、その特性を見逃さず、自らが生きる為の戦いを編み出した。
それが、一見無謀のように見える単身による突入だ。
尤もその光景を無謀だと言わない者は居ない。
しかし、その戦いによって、彼は数年間もの間一定の戦果を上げていった。

「ま、仕事は仕事だ。ちゃっちゃと済ませてやるかね。」

グエンは掌を握り、片っ端からワモンを一つ一つ狙って拳を振り下ろしながら、その巨躯によって、ワモンを踏み拉き飛び回った。
本来街中では石畳を破壊する為、不可能ではあるが、これも砂漠が多いザハーラならではの技巧と言えるのかもしれない。
群がる蟲を近づいたモノから破壊する。それは人類が取ってきた戦闘方法を体現しただけのものだった。
しかし人間から見れば、悪魔の具現、人を模っただけの悪夢、ジョークの塊と形容せざるを得なかった。

ひたすら踏み拉き、爪で引き裂き、拳で殴る。
飛び出す体液も、巻き上がる砂埃も何事も無いかのように、
その”狼”はただ破壊を繰り返した。
しかし、群がろうとするワモンは他の個体や死骸に阻まれ、いいようにグエンを攻撃できずに居た。
グエンは同世代の老練なメードよりも少数対少数の戦いにおいて遅れを取る事も知っていた。
数年に1回だけ遭遇したプロトファスマとの戦いにおいてはそれによって大被害を被った。
だからこそ、多数を相手にする事だけを念頭に置き、日々の戦闘と言う名の鍛錬でその術を手に入れた。
単一目的に使用される機動力を追及した単独で機能する対多数兵器。それこそがグエンの有るべき姿だった。

「あ、なんやあれ…?!」

それは、同僚に頼まれて遥か遠くからGの群れをライフルで射止めようとしたメードも、見れば思わず畏怖してしまうような、
残忍な殺害ではない、慈悲も感情すらも無いただの破壊だった。
言わばそれは拳で粘土の塊を潰そうとする行為。
数年間をザハーラの激戦区ですごしたグエンにとって、ワモン単体の群れなどは粘土程度の存在でしかなかった。


「ま、こんなもんか。これで給料分の仕事だと良いんだがそうもいかんだろうなあ、参ったもんだぜ。ああ、それにしてもひでえ匂いだ。」

破壊を繰り返した数分後、グエンは蟲の死骸の前で悪態をついていた。
そう、ワモンの群れは数分の間に一匹残らず、たった一人の素手の男によって殲滅された。
しかし、この戦闘についての記録は確認されておらず、ただ翌朝に多数のワモンの死骸が転がっていた事だけは記録されていたのだった。
後日問い詰められたグエンは、何らかの方法で口封じを行ってしまい、
真相は当事者である魔弾と名乗る自称エースと、グエンだけが知っている…。

後日、その戦闘の直後に必死に身体を洗うグエンの姿が見られたらしい。
流石にそこまでは誤魔化すことは不可能だったらしい。
いや、そもそも狼の亜人で有る以上は匂いを如何にかしなければならないと言ったところかもしれない。

これから魔女と人狼は様々な運命へと立ち向かう事となるがそれもまた別の話になるだろう。
最終更新:2008年11月14日 02:00
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