道標遠く

(投稿者:ニーベル)


全ての人が笑っている。年齢、民族、肌の色。それらに関係なく、人々が笑い合っている。
その中で、Gが荷物を運んでいる。その姿を間近で見たのは初めてなのだろう。子ども達は少々怯えたが、それはつかの間だった。
恐怖は興味になり、頭をなでたりしてやっていた。その様子を見て周りの人々は微笑む。
これは夢だろうと思った。ありえるはずがないのだ。人間とGの共存など。
同じ人間同士ですら互いに殺し合っているというのに、種族も違い、互いに互いを憎悪している相手と共存など出来るはずもない。
人類とGの共存。
どこからどう考えても、不可能な夢だった。
その不可能な夢を熱く語る男がいた。熱の籠った言い方で、迷いなどは無く、周りの無力さを嘆くわけでもなく、ただ自分の力の無さを嘆いてた。
初めて聞いたとき、鼻で笑った。なんと青臭い夢なのか。だが、どこかで、その青臭さに少しだけ心が揺れ動かされた。
次に話を聞いたときには、大きく心が揺れ動いていた。
三度目には、熱心に話を聞き、考えを活き活きと述べている自分がいた。

「あの頃は、純粋だったのだな」

呟く。今の自分は、あの頃に比べて汚れきっていた。
しかし、理想は違う。理想は、自分がどれだけ血に塗れようと、謀略に手を染めようとも理想だけは美しく輝いてる。
その理想の実現の為に、たとえ実現できなくとも出来なくとも、一歩でも二歩でも進むために、後の者に道を残すために、自分はここにいるのだ。

「我が主。準備は出来ております。グローズヌイ殿が実行の許可を求めていますが」

「待てと連絡しろ。合図はこちらから出す」

「マヤには、用意させておくべきか?」

「頼む。この作戦の最初の要になる」

「承知」

ディートリヒが駆けだしていく。
マヤの能力も最初の要だが、グローズヌイとの動きとも合わせなければならない。

「ここから、始まるな」

「どこまでも、お供します」

「そうだな。お前は、私の、影だからな」

「はい。我が主、通信が入ったようです」

「だろうな。そろそろ知られる頃だと思っていた」


ここから、自分の夢が始まるのだ。












「マークス少佐。これはどういうことかね」

「私はもう、少佐ではありませんよ。ヘラルツェ准将。それに、仰っている意味が理解できません」

グリーデルの新型空母が完成し、試験運用を始めていたときに、軍部に脅迫状が届いた。
普段ならば、相手にする必要のない、ただの目立ちたがり屋の人道主義者か、間抜けな平和主義者のものと相場が決まっているものだ。
相手にする必要すらないし、後でその悪戯に対して、ちょっとお菓子か、手痛いお仕置きをくれてやれば済むことだった。
ところが、そうはいかないことになってしまった。原因は、その例の新型空母。
秘密裏に進めており、ほとんどの者が知らないはずの空母の存在を把握していた。

この自体を、軍部は重く見た。早急に護衛を派遣しなければならないとも。
しかしながら、現在指揮できる人物は、ほとんど『突如』この時期に発生したロブスターの群れの襲撃によって出払っているか、別の指揮に当たっている。
船は余っていても、指揮を任せられる人物がいないという自体に陥っていた。
そこで、グリーデル王国は呼び寄せたのだ。
確実に信頼でき、加えて、実績においても申し分のない軍人だったマークス・ヴァルジニアを。
彼を呼び出した理由は、海戦というよりも接舷され、乗り込まれたときのためというのは周知の事実だろう。
では何故ヘラルツェ准将は、どういうことだと、問うているのか。

「惚けるな、私達軍部が、そこまで愚かだと思っているのか」

「はて、困りましたな。私には質問の意図が」

「惚けるのはいい加減にしろと言っている」

言葉を遮り、通信から大音声が響く。
腹の底から怒りが滲み出ているような、凄まじい威圧感を持った声だ。
自分の部下の通信士は思わず、びくりと身体を震わせ、怯えている。

「情けないな。部下達は」

「何、気にすることはない。さて、話の続きといきましょうか、准将」

「貴様、よくもまぁ手の込んだ悪戯をやってくれたものだな。残念だが菓子はやれんぞ」

「私はもう少し、時間が掛かると思っていたのですが。なかなか、そこまで腐っていませんか」

「貴様がテロリストの真似事をするとはな。かのマークス・ヴァルジニアも堕ちたものだ」

意外に掴むのが、速い。予想ではもう少し、掛かるはずだったのだが。
自分のミスだった。やはりこういう事に関しては、マークスの方が上だったということか。

「貴方の性根に比べれば、まだまだ救いもあるものですよ」

「まぁ、そんなことは、どうでもいい。どうして貴様が、そのことを知り得たか。最期にそれを教えてもらおうか」

既に準備は整っているのだろう。
勝ちを確信し、戦場だけで成り上がってきた若造をたたきつぶせると、ほくそ笑んでいるかもしれない。
だが、そう簡単にくたばってやるわけが、この男にあるはずはない。

「ああ、いいですよ准将。フィッツが教えてくれたのですよ」

「……おいおい、いきなりそこで僕の名前を出すなよ。マークス」

なんだと。という声が微かに聞こえた。
まったくもって心外だと思った。まるで僕が裏切るはずがないと、決めつけたような、間抜けな声。
あの腐ってきていた軍部にいて、反抗するものがいないと信じていたのだろうか。

「どういうことだフィッツ中佐」

「どうもこうも。こういうわけですが。僕が、彼に空母の試験運用期間、装備、人員、その他諸々。全てを喋っただけです」

あきらかにうろたえた声。
聞くだけで虫酸が走った。戦線で血反吐を吐くような思いもせず、謀略などに身を入れるから、こうなるとは思わなかったのか。
夢を失った人間に、本当に人が集まると思っていたのか。本当に思っていたのならば、滑稽ですらある。
いつまでも、こいつらと関わっていたならば、自分も同じようになっていたに違いない。

「貴様も、グリーデル王国に逆らうのか」

「准将、貴方がまるでグリーデルそのものに聞こえますよ。そういう言葉遣いは、よした方が良い」

「そういうことだな、准将。いや、ヘラルツェ」

マークスの声が鋭くなる。今でも部下達と共に、血反吐が出るような調練をしてきていたのだ。
既に言葉だけで、ヘラルツェを圧倒していた。

「貴様ら、つけあがりおって。グリーデルに逆らうとどうなるか思い知らせて」

「ああ、ところでヘラルツェ。今日は良い天気だな」

「何を言ってる。裏切りが発覚して、気でも狂ったの――」

「――本当に、今日は、『海水浴』におあつらえの天気だな」

「だからなにをいって」

言葉は、そこで途切れた。
聞こえてきたのは風のような音と、何かがごろんと転がる音。そして水が流れ出すような音。
次に聞こえてきたのは、怒号と悲鳴。何かが切り裂けるような音。
それすらも聞こえなくなると、次に入ってきたのは、若い男の声だった。

「マークス、終わったぞ」

「ああ、助かったグローズヌイ。今からこちらも終わらせる。お前は先に、内部の制圧に動いてくれ」

「分かった。この部屋の掃除はするべきか」

「いらん。他の者に後でやらせよう」

その言葉を聞いた後、また後でと言い残し、通信が切れた。
内部の人員は、司令部に何が起こったのか、分かってすらないだろう。
それにしても内部に、兵を送っていたとはどういうことなのか。それも気付かれないで、一人で司令部の人員を一人残らず皆殺しなどと。
気になったが、それを聞くのはまた後にしようと思った。今は速やかに、内部の制圧をすることが第一目標なのだ。

「船はもう、ほとんど接舷している。切り込むことも、可能だよ」

「分かった。ならば、ここからは、私の仕事だな。童元」

「はい」

「私は、兵を連れて面を制圧する。お前は先に進み、敵の処理及び点の制圧」

「承知しました。我が主」

「ディートリヒはマヤの護衛。マヤは、ロブスター達をここに連れてきてくれ。これが終われば、しばらくは艦隊相手の防衛戦になる」

ディートリヒとマヤが、それぞれに返事をする。
兵士達は既に甲板にいるのだろう。元々マークスの部下として、修羅場を潜り抜けた者達。その辺の兵士とは比べものにならないほどの精鋭であることは分かっている。
そんなことを考えて、視線を戻すと、童元と言われた男は既に消えていた。

「さて、フィッツ。お前は、ゆっくりティータイムと洒落込んでてくれ」

「そうさせてもらうよ。マークス。こんな良い天気だ。外で日光を浴びながら、茶を飲んでるとしよう」

微笑むと、マークスが出て行く。しばらくは、自分の出番はない。
本当に茶でも飲みながら、自分の部下達と談笑でもしていようとフィッツは、雲を眺めながら考えていた。





『頼む、支援をくれ、支援を!もう持たない。こちらは、もう、もたな――』

次に聞こえてきたのは、ひとしきり続く銃撃の音。そして後に残るのはノイズ。
思わず通信機を叩きつけた。どういうことなのだ。
司令部と連絡が取れなくなり、既に15分が経過。それを不審がっている暇もなく、突然の攻撃。
それも、海賊などではなく、どこかの精鋭としか思えないほどの練度を持った部隊。

なにもかもが、理解が出来なかった。
何故突然、司令部からの連絡が途切れたのか。何故、味方が急に襲われているのか。巡洋艦は何をしていたのか。
いくらでも疑問は浮かんでくるが、ゆっくり考えている暇は、ない。
常に銃弾が飛び交う中で、他のことをじっくり考えていては、自ら死へと飛び込むことだ。

「駄目です。連中。頭を上げることすら許しちゃくれない!畜生、司令部はどうなってるっていうんだ!?」

応急的なものだが、組み立てたバリケードから、手だけを出して応射している部下が喚く。
頭を出したが最後。今ぶっ倒れている自分たちの仲間と同様に天国へと召されてしまう。

「もう少し持ちこたえろ。今に味方がやってくる」

味方を勇気づける為に、大声で言う。
だが、それが叶わぬ事も連絡を受けていた自分が一番知っている。
まず最初に、弾薬庫の連中から、連絡が途絶えた。余りにも時間が短かった為に、故障かと思ったぐらいだ。
次に連絡が入ったのは、敵襲という声。どこだと聞く前に、銃撃音に掻き消され、足で踏みつぶす音が最後の連絡になった。
他からの連絡は来ないが、おそらく似たような状況な筈だ

つまり、増援は来ない。
ここにいる自分たちと数えるほどの部隊しか残っていないのは、明らかだった。
そして、同じような部隊に襲われているのもまた確か。そう考えれば、結論はあっさりと出る。
だが、それを認めたくないから、まだ生きるという望みを諦めていないから、自分たちはここで応戦しているのだ。

「もう少しだ、もう少し耐えろ」

これを何度言ったのか。もう思い出せない。
兵士達の疲労も限界に達しているのは明らかだ。

「もう駄目だ、俺たちは。俺たちは」

「うっせぇ馬鹿野郎、俺だって死にたくねぇよ」

一発、隣にいた部下を殴りつける。
それと同時だった。

『応答願う、応答願う。そちらは、まだ無事なのか』

手を伸ばし、通信機を取り叫ぶ。
疲れ切っていたはずなのに、手は素早かった。

「生きている!!頼む、速やかに援護を。援護を!B-2だ」

『良かった。殆どの部隊と連絡がつかなかった。今そちらへ向かっている。もう見えるはずだ』

部下達に笑みが戻る。
後方を見れば、確かに十数人の兵士が、撃たれないように、姿勢を低くしながら、こちらへと向かってきているのが見えた。
敵ではない。しっかりとした、味方だ。
歓声があがる。自分も、これで安心したようなものだ。少なくとも、人数はこちらの方が多くなり、有利になるのだ。

次の瞬間、信じられないものを見た。
相手の銃撃が、止んだと同時に、味方の兵士が数人纏めて吹っ飛んだ。
何が起きたのか、よく分からない。目を凝らす。
黒い影が、触れている。触られた者が、身体を不自然に曲げて、吹っ飛ぶ。
その影がこちらに近づく。隣にいた、部下達がバリケードの向こう側へ、投げ出される。


その影が近くに来たとき。



やっと自分は、その影が、人間の顔を持っているということを見取った。




最終更新:2008年11月18日 16:47
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