(投稿者:店長)
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「……
ブリュンヒルデ。上層部より命令が下った……我々は帰還する」
「──すみません、もう一度お願いします」
「即時帰還、だ!……繰り返させるな」
くそ!っと彼は近くにあった折りたたみのできる机に握りこぶしを打ちつけている。
一方のブリュンヒルデは先ほどの言葉を忘失しかねるほどのショックを受けていた。
──何故、彼ら彼女らの救助を出さずに撤退……、帰還!?
停止していた思考が動き出し、一番たどり着きたくなかった結論を出すに至る。撤退、ではなく帰還という内容。
まるで今行っている作戦行動が失敗したのではなく、単純な移動にしか聞こえないその単語……。
明らかに狼狽するブリュンヒルデに、彼は駄目押しをしざるをえなかった。
「上層部はこの
303作戦を”無かったことにする”つもりだ……大方恥を掻きたくないんだろう」
「……」
無いはずの作戦に、参加者はいない。
今ある救援要請の連絡も、あるはずもないと黙殺する。つまり……。
上層部は、今戦っているメードらを見捨てることを決定したのだ。
己や国の恥部を隠蔽するために。
「……」
「ブリュンヒルデ、お前の気持ちはわかる。……こうなった以上、お前が頼りなんだ」
絶望も、憤怒もしている時間は無かった。
同期のメードらが損失した以上、残されたメードは自分を除けば数体程度、残りは製造中なのだ……。
おそらく、帝国は総力を挙げてメードを生産するだろう……それが間に合うまで、ブリュンヒルデは戦わなくてはいけないのだ。
最初期生産型の、最後の生き残りとして。
「……承知、しました」
様々な感情が入り混じったその言葉は重々しく。
撤退が完了するまで、彼と彼女は言葉を発することは無かった。
303作戦が秘密裏に処理されてからというものの、前線では予想されていたメード不足に悩まされていた。
もとより実験テストが終わったばかりという新参の戦力である。
量産化に至るまでにいかないとしても、
開発するまでいノウハウを得るためにもより多くの情報が必要だった。
そのための十分なデータを蓄積する前にメードごと失ってしまったため、帝国のメード開発速度が嫌がおうにも遅れる事となる。
火砲を主体とする砲兵戦力の増員による応急処置によって前線は辛うじて維持されているものの、応急処置はあくまで応急処置なのだ。
新戦力たるメードを投入しない限り、いずれ緩やかな後退を余儀なくされる……。
「……ブリュンヒルデ。出撃だ」
さあ、今日も明日のために悪あがきをしよう。
☆
彼女は出会う。嘗ては仲間であり……今では敵となった男と。
それは数多のGらの中から掻き分ける……否、Gらが自らそれに対して道を譲った。
そのものは……目に包帯らしきものを巻いた、完全な人型をしている。
頭の中では、アレがプロトファスマというGの突然変異種だと認識している。
だが、理性と別のところでは──ブリュンヒルデは彼だと認識してしまった。
「……ヤヌス」
彼は決して何も語らない。
その表情に浮かぶ禍々しい笑みのような……狂気を浮かばせるだけだ。
果たして、彼はブリュンヒルデのことを覚えているのだろうか。
それを知っているものは誰もいないけれど。
最後に別れた時のあの表情を、ブリュンヒルデは忘れられなかった。
──貴方のことは、嫌いではなかった。
「貴方が復讐の念を抱くのは最もです。私やエントリヒは貴女方を見捨てたのですから」
されど、と彼女はヴォータンを構える。
ヤヌスと……同期らとの日々が、一瞬だけセピア色で蘇る。
まるで昨日のことのように、あの星の輝きのような日々を覚えている。
けれどもそれはもう過去。西に沈んだ太陽を、東へと引きずり上げれないのだから。
幻想を切り捨て、現実と向き合う。彼女の表情に最早迷いはない。
「──貴方がそちら側に立ち、私はこちら側に立った。……貴方は、私の、帝国の敵となった」
その槍の先がヤヌスだったモノに……、後に
カ・ガノ・ヴィヂと認識される個体に対し向けられる。
「故に、私は貴方を駆逐する。怨むなら存分に」
彼は即座に人の姿から、戦闘者に相応しい異形の姿へと変貌していく。
マンティス種を思わせるような、指や先端部が鋭利な鎌となっている。
仮面のような頭部は、じっとこちらに顔を向け……数瞬後、両者は激突した。
後にこれが、帝国における初のプロトファスマとの遭遇戦として記録される。
結果は双方痛み分け。
その後人間側が繰り出した自走砲による攻撃にまぎれるようにして
両者は互いにその場を去った故に。
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最終更新:2008年11月24日 23:08