(投稿者:レナス)
イソポッド。西洋海でのみ確認されている「G」。出現場所は不特定で現れる数もその時々。
出会って無事に済む船は存在せず、狙われた船舶は全てを貪られる。大地の
ワモン、海のイソポッドと言われる程である。
西洋海のみが生息域なのは世界全体として幸運であった。だがこの事実は致命的である。
西洋海はアルトメリア大陸とルージア大陸を結ぶ巨大な海域。人類が手を取り合う為には欠かせない交通の要全域が危険地帯。
大陸双方にとって不利益しか被らず、アルトメリアとその他の国との連携に齟齬が生じる原因の一端を担う。
陸の「G」は圧倒的な物量で人類を圧倒し、海でもそれは変わらない。海軍は過去も今も「G」の脅威に脆弱な存在である。
海という未知の領域。人は確固たる足場を持ってして繁栄し、水の中では呼吸は出来ない。遥か上へと翼を伸ばし、下へと進歩する兆しは小さい。
水深1,000m。それが人類が確かめられる海の限界領域である。それ以上先の領域は全くの未知の領域と化し、「G」がその更に"先"に生息している。
イソポッドはその"先"に存在しているのだ。
三隻の船舶が奴等の餌食になるまでも短時間。海軍の索敵行動は絶えず行われ、厳戒態勢であった。それでもイソポッドの奇襲を回避出来なかった。
大きな理由は二つある。一つは索敵技術の限界。ソナーによる反響音で海の中の敵を察知する術しかなく、その限界震度は先に述べた通り1,000m。奴等は更に深い場所に潜む。
奴等が船舶を補足し、浮上するまでに如何ほどの時間の猶予があるのかは知れない。だが、高が1,000mという距離を警戒しようとも、十分な上昇速度を得た「G」が肉薄する時間はほんの数秒程度。回避出来る筈もない。
そして二つ目にして絶対なる理由。人類側には阻止する術が根本的に存在しない事。
自由に海中を泳ぐ敵に対して如何しても受け身に回るしかないのだ。搭載している機関砲も水中では威力は大きく減衰し、機雷缶は命中精度に欠けている。
唯一水中を直進する外装機雷も小回りの利くイソポッドには期待出来ない。
例え陸において「G」に対抗できる存在であるメードも海では活躍出来ない。戦う為の足場が無ければ戦いようが無い。
イソポッドの襲来による輸送船団の被害は駆逐艦二隻及び護衛対象である輸送船一隻の喪失。
襲撃した敵の数は凡そ70体。敢えて言えば三隻の犠牲で抑えられたのは幸運である。
特に物資を満載した輸送船が奴等の腹を満たす時間を大いに稼いでくれた。
三隻を喪した船団は輸送船四隻を先行させ、残りの軍艦が背後をU字型に包囲して敵の追撃に備えている。
海の底より浮上するイソポッドを完全に阻止する術は無い。そして浮上し、勢い余って海上へと飛び出す奴等と衝突する船舶は不幸だったとしか言い様が無い。
今あるイソポッド戦略は犠牲を基に確立している。取り付かれ、航行不能となった船舶を助ける事は軍規においても禁じられている。
『ソナーに感。敵影8。急速に接近して来ます』
『機雷缶順次投下。水深設定を30~100mに設定。手の空いている船員は全員火器携帯して甲板にて待機。敵襲に備えろ』
そして食し終えて尚も餌を求め、またはお零れしか食せずに腹を満たせぬイソポッドが逃げる船団を狙う。
奴等に戦法は無い。徒只管に餌の元へと直進する。イソポッドは一度でも浮上すれば人類側にも勝機が見える。
後部甲板より投下される機雷缶。浅い水深で炸裂し、数多の水柱が盛大に噴き上がる。
奴等には触覚が存在する。その鋭利な感覚器官が機雷の強烈な炸裂音を聞き、泳ぎを鈍らせる。
音に驚いて逃げれば僥倖。直進して機雷の餌食になれば幸い。機雷の隙間を抜ける奴、網を避けて回り込む奴には人類の猛反撃が御見舞される。
海軍が最も奴等に恐れているのは速度の乗った体当たり。多少の浸水は許容できるが深海からの浮上と追撃の猛追は戦艦の耐久性能を超越した衝突を生み出す。
前者は天に運を任せるしか術は無く、後者は機雷の網を張る事で回避。
機雷の炸裂音でソナーによる索敵は不可。目視による索敵が数多の双眼鏡によって行われる。
『巡洋艦シェラフィム接敵、弾幕を展開! 駆逐艦マイズリーは取り付かれ、船員が応戦中!』
イソポッドは強固な甲羅を有するも、その独特な泳法により腹を天に向ける。
20mm機関砲や30mm砲が艦の到る箇所より掃射。船員による機関銃の応射も加わり、露呈する敵の腹を抉る確率を極限まで高めていく。
取り付かれた駆逐艦は有事の時の設計が組み込まれ、甲板を抉りながらも張り付くイソポッドを機関砲が攻撃を加える。
狙うは甲羅の隙間より覗く腹。船員が重機関銃や手榴弾を持ち出して船や船員の被害を無視した攻撃を絶え間なく与える。
巡洋艦シェラフィムに迫っていたイソポッドは取り付く間近に弾幕の掃射を一身に浴びて撃破。
駆逐艦マイズリーでは複数の船員の特攻により、腹の下で炸裂した機雷缶の衝撃を浴びるイソポッド。
身体を丸め、海へと潜水。深い海の底へと姿を消して行く。
『ソナーに感! 十一時方向に壱! 輸送船に向かっています!』
各々が陣形を保つ事のみを連携とし、各々の艦はそれぞれ独自に敵と戦闘を繰り広げて行く。
そうしている間に機雷の網を避け、輸送船へと狙いを定めたイソポッドが一体。ソナーに反応。
『信号弾を打ち上げろ!』
各々の戦艦より立ち昇る光の弾。それぞれが独自に勘付いて狼煙を上げている。
そうしている間にも輸送船へと迫るイソポッド。最も豊富な餌に在り付く。
怖い音より辿り着いてはしゃいでか、海中より大気の海へと跳躍。目前には野晒しにされた餌の宝庫が存在した。
「食事のマナーが成っていないな」
前菜は見目麗しい女性。餌の指に挟んでいる苦無の腕が振るわれた。
四肢の関節を突かれ、一部では脱落。思わぬ苦痛に狙いが逸れる。そうしている間にも前菜は槍を構えて投擲していた。
「出直して来る事だな。お相手するのはその時に。盛大に、な」
身体を貫かれ、制御を失った御身が狙うべき目標を超越して海へと落着。盛り上がる水柱に輸送船の巨体が大きく揺れ動く。
女性は、
伊嵯那美は未だに戦火を迸らせる艦隊を見遣る。既に機雷の網は解かれ、接近戦を繰り広げていた。
絶え間なく輸送船へと放たれる光学信号。各々の戦闘状況が伊嵯那美へと伝えられ、彼女はそれに応えるべくして船尾へと駆け出す。
「―――仕事を始めるとしようか」
跳躍。甲板より碧く広い大海原へと身を投げる。後頭部に一つに結わえる艶やかな漆黒の髪が大きく靡かせて着地。
正確には着水。だが伊嵯那美に当て嵌めるとすれば"触水(ふすい)"。海の波が蠢く砂丘となり、伊嵯那美の世界を構築する。
伊嵯那美は駈け出した。
関連項目
最終更新:2008年11月25日 18:22