(投稿者:神父)
狙撃兵は孤独だ。
時として彼らは、味方にさえ憎悪されなければならない。
ザハーラ領東部戦線。起伏しつつ広がる岩石砂漠は、今日もひどく暑い。
褐色の肌をした小柄なMAID―――
どりすは、巨大な狙撃銃を担いで岩山を登っていた。
弾倉やその他砂漠で必須の携帯品も含めれば、その装備は150kg近くにまで上る。彼女の華奢な肩にはいささか過大であった。
「ちっくしょう……」
岩肌から振り返ると、遥か彼方に砂塵でぼやけた神楽の姿が見えた。
できるだけ早く狙撃ポイントに腰を落ち着け、彼女の支援を行わなければならない。
機甲部隊の攻囲を破った一群のGが突出、撤退する自動車化部隊を追ってこの峡谷へ接近しつつあった。
どりすは足がかりを見つけ、礫に足を取られぬよう注意しながら再びよじ登り始めた。
一歩踏み出すごとに、スリングベルトを介して斜めに背負った狙撃銃ががたがたと音を立てる。
彼女は忌々しげに銃を見つめ、嘆息しそうになるのをこらえてから再び歩を進めた。
EARTH製試作型13.5mm対G狙撃銃。全長2200mm、重量60kg……MAIDにしか運用できない怪物である。
20mm弾用の大型薬莢を絞り込んで作られた専用の13.5mm強装徹甲弾は2km先のGの甲殻を悠々と貫徹しうる。
だがそのメリット以上にこの銃は使い難かった。
専用弾を使用する事による補給の困難。過大な爆発力に対処するための構造強化とそれに起因する重量の増大。
射撃精度を確保するために長大な銃身が非分解式とされている事も実戦運用に問題を投げかけた。
この銃は、ただ非実用的な長距離狙撃ができるというだけの、駄作であった。
(駄作……そうだ、あーしも……)
近接戦闘、近距離戦闘、中距離戦闘……不適格。
指揮、後方支援……不適格。
特殊能力……皆無。
彼女にとって、ただ狙って撃つだけが他のMAIDと同程度にできる事だった。
虚勢を張ってエースを自称しているが……陰で他のMAIDたちが何と言っているか、彼女も知らないわけではなかった。
ややあって、岩山の頂上に達したどりすは肩から銃を下ろし、適当な突起を見つけてバイポッドを引っかけた。
メード服が汚れるのも構わず腹ばいになって照準眼鏡を覗き、焦点距離を調整する。神楽はすでに会敵予定地点まで進出していた。
どりすはまたもや出遅れた事に舌打ちし、遊底を引いて弾丸を薬室へ送り込んだ。照準眼鏡には何十もの
ワモンが映っている。
比較的大型の個体に照準を定め、一拍の後、銃爪を絞った。
轟音。
マズルブレーキから噴出する硝煙が十字を描き、礫を巻き上げる……岩石砂漠でなく砂砂漠であれば視界はゼロになっていただろう。
彼女はワモンが四散したのを確認し、左腕を伸ばして遊底を作動させる。
照準眼鏡の向こうでは先ほどの一発を合図に神楽が吶喊を開始していた。
「……あーしも負けちゃいられねえ」
八重歯を噛み合わせながら呟く。彼女の強い訛りを聞きとがめるものは誰もいなかった。
先ほどと同様、大型の個体を狙って調子よく仕留めていく。それと同時に、神楽の背後に回り込んだGがいないかにも注意する。
数分も経たず、弾倉の中身、十発を撃ち尽くした。眼鏡から目を離し、弾倉を交換する……空になった弾倉も投げ捨てたりはしない。
この補給線の延びきった最前線では弾倉すらも無駄にはできないのだ。
再び照準眼鏡を覗き込み、ボルトを引いて銃爪を絞る。
異音。
どりすの背筋に寒気が走った。ジャムだ。
嵌合を解除する手ももどかしく、弾倉を引き抜いて薬室を覗く。そこには焼けた薬莢が半ば潰れた状態で引っかかっていた。
「ちくしょう、なんでボルトアクションでジャムるんだよ!」
一瞬の躊躇も許されなかった。
彼女は薬室に手を突っ込み、潰れた薬莢を掴んだ。グローブが焼け、手のひらに火ぶくれが浮き上がる。
唇を噛んで声を抑え、取り出した薬莢を放り捨てた。
左手が震える。鋭利な薬莢の縁で切ってしまったのか、人差し指の中ほどから派手に出血していた。
彼女は右手で弾倉を戻し、再び射撃体勢に入った……震える左手を握り締め、ボルトを見据え、浅く息を吸って歯を食いしばる。
「……嫁を守るのは、旦那の務めだもんな」
傷を負った手でボルトを握り、流れる血にも構わず力一杯引いた。
炎天に焼かれたボルトは、火傷を負った手のひらを容赦なく、二重に苛んだ。食いしばった歯の隙間から喘鳴が漏れる。
「神楽が頑張ってるんだ……このくらい、大したこっちゃないんだ……!」
―――事実はまるで正反対だった。
13.5mm強装徹甲弾に使用される装薬は特に膨張率の高いもので、その発熱特性と薬室内での圧縮によって薬室と薬莢の温度は数百度に達する。
彼女がやった事は、燃え盛る暖炉に手を突っ込んで赤熱した火かき棒を握り締めたに等しい。苦痛でないはずがない。
「あーしにしかできないんだ……!」
時間にして一分も経っていなかったが、突然の援護中断は神楽を困惑させ、Gを勢いづかせるには充分だった。
照準眼鏡の彼方の彼女はワモンに包囲されており、その輪はじりじりと狭まりつつあった。
どりすは神楽を背後から襲おうとするワモンに狙いを定め、銃爪を引いた。十字照準の先で、甲殻が飛び散った。
神楽が驚いて振り返り、何が起こったかを知って笑みを浮かべる。戦闘中だというのに、手でも振りかねない様子だ。
どりすも八重歯を見せてにやりと笑い、焼けるような―――実際、焼けているのだが―――痛みをこらえ、遊底を作動させた。
……戦闘は、その後数分で決着した。
Gの体液で汚れた刀を拭き清めつつ、神楽が峡谷へ戻ってきた。
どりすは左手を背に隠し、無事な右手を振って彼女を呼んだ。
「いっつも思うけどさ、神楽ってほんとにその……えーと、ローラニアン・ソードじゃなくて……」
「刀?」
「そうそう、カタナだっけ……それ、大事にしてるんだなあ」
「だって、本当に大事なものなんだから当たり前じゃない」
「そういうもんかなあ……カタナをきれいにする暇があったらまず身体をきれいにした方がいいんじゃねえの?」
「……言われてみれば、確かに」
至近距離でGを叩き斬っていれば体液を浴びるのは至極当然の事だ。
それを回避できるのはよほど体捌きの巧みなMAIDか、あるいは焼き切るタイプの刃物を持ったMAIDに限られる。
「でも、それを言ったらどりすだって砂まみれだけど」
「……あっ」
左手を庇いながら岩山を下るのに必死だったおかげで、汚れを払う事など忘れていた。
「うわっ、あっちゃこっちゃに砂入っちゃったぜ……参ったなあ」
右手でメード服の表面を払うが、隙間に入り込んでしまった砂には大した効果もない。
と、慌てた拍子に背後に隠していた左手を上げてしまった……無論、神楽はそれを見逃さなかった。
発止とばかりに手を掴み、目の前に引き寄せる。
「あ! どりすったら、怪我を隠しちゃだめじゃない」
「げ、ばれちった」
「ばれたも何も、怪我したらすぐに手当しないと……ほら、手を引っ込めないで」
「……へいへい」
神楽は水筒を出し「ちょっと痛いけど我慢してね」と言って、貴重な水を惜しげもなく使ってどりすの手を洗った。
彼女は傷口を素早くあらためると、軍支給の救急箱から膏薬と包帯を取り出し、手際よく処置を済ませた。
くるくると包帯を巻く神楽の姿を見てどりすは不意に彼女を抱きしめたくなり、しかし左手がふさがっているために肩を抱く事で妥協した。
「えへへ」
「へ? どりす、どうしたの?」
「いやさ、こうやって手当してもらってるとホントにあーしの嫁って感じだなって思ってさ、だったら怪我すんのもたまには悪くないかなあって」
「もう、何言ってるんだか……射撃が途切れた時には本当に心配したんだから。横合いからGに襲われたんじゃないかって……」
「悪い悪い、ちょっとこいつの調子がいまいちでさ。でも、なんとかなったろ?」
「うん、後ろに回ったGを撃ってくれたおかげで助かった。
……ね、私の事をお嫁さんだって言うなら、旦那さまとして、これからも守ってくれる?」
恐らくは冗談であろう神楽の問いに、どりすは固まった……だがそれも一瞬だけだった。
冗談であれ本気であれ、彼女の答えは最初から決まっていた。
「あったぼうよ! あーしに任しときゃ、
ヨロイモグラが来ようがドラゴンフライが来ようが大丈夫! 神楽にゃ傷一つつけさせねえぜ!」
「……信じてるからね?」
「そんな疑うなって。大船に乗ったつもりでいてくれよな」
神楽は不安げな顔を見せたが、どりすが包帯を巻き終えた左手の親指を立ててみせると、彼女と一緒に微笑んだ。
笑みを浮かべたどりすは……内心では心配していた。今日の一件は本当にきわどいところだったのだ。
本当に、神楽を守りきれるのだろうか……否、守りきらなければならない。彼女にとって、それだけが自らの本当の務めだった。
もっと訓練に励み、銃の手入れもこれ以上ないほど丁寧にしよう―――どりすはそう心に誓い、神楽とともに峡谷を後にした。
夕刻を迎えた砂漠は、急速に熱を失いつつあった。
狙撃兵は孤独だ。
だからこそ彼らは、戦友を心から愛するのだ……。
(挿絵提供:オルサ様)
後書き
メードダスで
サバテを描いて頂いたので、創作には創作でお礼をしたいと申しましたところ、
では自分の投稿人物で何か書いてみてはどうか、との蜥蜴様のお言葉。
早速どりすと神楽で一本書いてはみたものの、ひどくキャラクタリティがズレてしまいました。
いや、なんか、その、申し訳ありません。ホントはどりすはもっと優秀な子です。神楽も百合っ子じゃありません。多分。
あと何か他に言うべき事があったような気がしますが思い出せないので以下次回。
感想返信
08/12/03
- という訳で読ませて頂きました。神父様の小説ですね。
スナイパーと言えばシモ・ヘイヘ! とか言ってる私はまだ未熟者なのでしょう
スナイパーらしさと少女達の戯れという相反する要素が
上手くマッチングしていたことと思います!
夫婦の自然な会話が秀逸でした(大いに語弊アリ
この世界の『結末』を視ている人がいる中で
見事に『過程』を描いていると思います。
おぉっと批判してる訳じゃありませんぜ、なんていったって私も今
終末的連載を企画中なのですから(宣伝
何はともあれ面白かったです、ハイクオリティ!
ええと、スレ板の方もコメントと一緒に返信する事にします。引用の形がこれでいいのかどうかあやふやですが。
スナイパーと言ったらジャッカルですよエドワード・フォックスですよ。なに架空の人物は数に入りませんか。
この手のジャンルだとやはり華々しい戦いってのがメインなんでしょうが、少女の泥臭い戦いを描きたくなったんでこういう形になりました。
読み切りを前提に書くと前後の繋がりをそれほど深刻に考えなくていいから楽ですね。『過程』ってのはその辺の関係もあるのかもしれません。
- 焦熱弾道13.5>これだけの文量の間に戦場の空気とキャラ同士の絡みを上手く納めている辺りGJ! 俺も短くて分かりやすい文を心がけんといかんなー ちなみに神楽もどりすも俺の嫁だ! -- (ジンキ[隊長]) 2008-12-02 01:01:16
書きたいとこだけに集中してがりごり書いたんでかなり短くなっちまいました。まあ読みやすいと言えば聞こえはいいんですが。
文量がこれで適当かどうかっつうのがいまひとつわからないんですよねえ。
あ、重婚は犯罪ですよ!(何
- 焦熱弾道13.5>まさかどりすがこれほどガッツのある娘だったとは…。これは誰にも嫁にやるわけにはいかんな!w 百合はいい、心が洗われる…。 -- (蜥蜴@管理者) 2008-12-03 00:19:22
お前にうちの娘はやれん!ですねわかります。ジンキ様、誠意の見せどころですよ!(ぉ
ガッツがなけりゃああんな怪物は運用できますまい…しかし60kgって書きましたけど、イラスト見るともっとありそうな感じですね。
あと百合云々は神楽に「旦那さま」って言わせたかっただけなんです私はノーマルです信じてくださアッー
09/04/03
- 焦熱弾道13.5>その状況が綺麗(?)に想像できる・・・・なんという。 なんだか神楽の精神年齢が高く感じたんだ -- (Kreiv.) 2009-03-15 12:03:25
子供っぽい性格を書けないとも言います。(ぉ あと私の好みが割と上方向なんでその影響もry
登場人物
最終更新:2009年02月11日 19:28