(投稿者:Cet)
真っ白な光景が広がっている
もやがかかっているかのようだ、そこには一本限りの道が
私は歩いている
ずっと、ずっと歩いている
怖くて、後ろを振り返ることができない
だから今なお歩き続けていたのだ
「訓練を受けたい、と?」
ここは
ルフトバッフェ--クロッセル連合軍対「G」独立遊撃空軍--が仮に使用している前線に程近い基地。応えたのは
シーアだ。
「はい。私も皆さんのお役に立ちたくて」
「今のままで十分だと思うが……?」
「今以上に、です」
むん、と勢い込んで言う
トリアに対し、どうも調子を合わせられない。
「そうは言うが……一体またどうして?」
「……そうですね、皆さんを、今よりもっと確実に、助けてあげられるように、と」
ハハ、とシーアは乾いた調子で笑った。
「まあ、そこまで言うなら教えないこともないが」
「有難うございます!」
トリアはそう元気よく言ってのける。しかし何といってもあのトリアだ。
会話上手で空気を読み、騒がず出過ぎずを信条としているはずが、どうしてまたこうも強情に
『戦闘』を買って出ようとするのか、シーアとしては何やら不穏に思えてしまう。
「うん、じゃあ今日の昼頃、中庭に来てくれ。そこで手ほどきをしよう」
「はい、分かりました。では後ほど」
そう言いながら去っていくトリアを見るにつけ、シーアはほとほと困り果ててしまった。
六年、彼女がメードとして過ごした時間の全てだ。彼女はその殆どを戦闘に費やしてきた。
まあそれを除けば少女達の戯れが次点に上がるだろうか、何はともあれ、他人に自らの
持つ戦闘の技術を伝えるなどということは、今までに無かったのだ。
それとも年長者としては、これが年相応というものなのだろうか。シーアはとりあえず
そう考えておくことにする。
ここは
グレートウォール戦線。最近はほとんど常設基地の様相を呈してきたルフトバッフェの仮設基地である。
近頃の戦況には、一概に有利とも、不利とも言い切れないものがある。
敵味方共に人員を裂いている地域においては、熾烈な消耗戦が繰り広げられている一方
防衛や警戒本位で部隊を派遣している地域も少なくはない。要するに全体として緩やかな優勢にあるということなのだが
当然優秀な戦果を記録し続ける精鋭部隊『ルフトバッフェ』には、通常の警戒などといった任務の代わり
最前線における、ドラゴンフライ編隊の突破阻止、などといった困難なものがあてがわれる場合が多い。
そんな任務が日々続いている中で、全体的に優勢などと言っても
正直それはいつ崩れるかどうか分からない均衡状態である、そう断言してしまえるようなものなのだ。
「あー、という訳で私がトリアに教えられるのは、主に近接戦闘だ」
「はい、シーアさんの戦い方はいつも後方から拝見させてもらっています」
この流れは分かっていた、と言いたいようだ。
「分かった、しかしトリア、君はそもそも中距離支援を得意とするメードだろう?」
「はい、でも何事も経験かなと、ご面倒をかけます」
いつも通りの笑みを浮かべ(それは対象の敵意や疑念を払拭する効果がある)、ぺこりと一礼する彼女は
本当にいつもどおりである。詳述したところで反復にしかならない。
「承知した。じゃあ君にはセンスを磨いてもらうことにする」
「センス、ですか?」
「ああ、見たところ君は支援砲火という役割に甘んじているが、しかしポテンシャルは相当なものだと
私は個人的に思っている。そのポテンシャルを引き出すための最初の手ほどきだ」
お互いに立場を分かっているのであれば、指導にも身が入るというものだ。
「……はい」
若干緊張した面持ちでトリアは応える。
「これを持ち給え」
そう言いつつシーアが取り出したのは、二振りの短刀であった。
その片方をトリアへと渡す。
「これから模擬戦をしよう。
なに緊張しなくても構わない、当然エターナルコアの出力は制御する
その上で徐々にステップアップしていこう、では攻め込んで来給え」
「分かりました」
言いながらトリアは短刀を左手で持ち、右手を軽く前に出して、身を僅かに屈めた。
一見するに、力の抜けた、少なくとも素人染みてはいない構えである。
たっ、と踏み込むと、彼女の身体はその身を包むフォーマルな衣服にそぐわず
俊敏にシーアの懐へと疾った。
それを軽く右に身体を反らすことで回避する、躱されたことに気付いたトリアは
慌ててシーアを補足しなおす。
それを一旦落ち着かせる意味も込めて、シーアは微笑んでみせた。
「うん、まあまだ粗があるが、こんな調子でいこう。いずれは刃を交わすことにもなるだろう」
「あ、はい。宜しくお願いします」
では、と会話を区切るとトリアは先ほどと同じように踏み込んでいった。
それを陰から不安げに見守る一つの影がある。
ミテアであった。
「突然どうしちゃったんだろーな、トリアちゃん」
彼女とトリアは兵営において部屋を共用している。いわゆるルームメイトという奴だ。一文字変えると
ルーム・メイド、はい駄洒落。
そういえば最近どこか、思いつめたような表情を見せる時があったような気がする
彼女はそんな風に思い返す、というのも基本的に彼女は周囲を不安がらせるような言動や
行動をしないというのは上述の通りであるのだが
思いつめた表情、というのはその普段の仕草の中で浮き彫りになる。
「何をやってるのかと思いきや」
ミテアの背後から声がかかる。
「剣の手解きとはな、シーアもたまにはまともな事をするじゃないか」
「ら、ララスンさん……?」
彼女の前となると、少しばかり恐縮してしまうのは、宿命だ。
「ああ、ミテア。お前アレを見てどう思う?」
「へ? いや、なんとなーく、不安だな、と」
「全くだ」
言いながら、
ララスン・H・カーンは表情を歪める。しかめる、という以上だ。
「だから戦場には向いていないと言った」
そう言いながら剣技を磨く二人を見据えるララスン。
ミテアは何か言い出すこともできず、再び視線を二人へと向けるだけだ。
何の前触れもなくトリアが転んだ。シーアが剣を取り落として笑っている。
それから一週間が経った。依然として出撃のペースは増え続ける中で、彼女らは暇を見ては剣技に励んだ。
「なるほど」
注意深く、トリアの太刀筋を観察しながらシーアは呟く。
「射撃、格闘のセンスもある。……応用も利く。しかし君にはまだ足りないものがあるな」
「っ、それはっ、何ですか?」
言いながらも向かっていく。刃と刃が音を立てて交差する、軽く受け流すようにして後退するシーア。
「それは、切り札だよ」
言いつつ彼女は身を翻した。
一瞬トリアの視界から消えてみせた。そして次の瞬間、トリアの手元を打ちつけたのはシーアの回し蹴りだった。
「戦場に身を置いて、なおかつ前線に出ようというなら、小手先の技術だけでは対処しきれるものではない。
やはり二手、三手先を見通した戦術というものが必要となる、分かるな?」
「……はい」
少しばかり無力感でしぼんでしまった彼女の表情は、痛々しい以上に可愛らしい。
シーアは情動が蠢き出すのを自覚する。
「すなわち、戦術とは戦闘を順序立てて行うことだと私は心得る。
まあそれを素早く的確に行えるようになれば、戦闘効率は格段にアップする、とまあこんな具合だ。
皆を守る為の心得という奴だな」
言いながら彼女は落ちた剣を拾った。刃を下にしてトリアに手渡す。
「シーアさんも、やはり皆さんの為に戦ってらっしゃるんですね?」
「ん? ああ、まあな。というより善良なる一般少女の為というのが主たる理由なのだが」
と言いながら挑戦的な視線を送るシーア。思わず赤面するトリア。
ふふ、と笑ってシーアは視線を下げる。
「今、私はララスンの奴隷だよ」
「ど、奴隷ですか」
「ああ、彼女は。まあ逆に言うと私の行動原理とも言えるかな。
いや戦場とはかくも寂しいもの、仲間の手助けと熱い抱擁があってこそ、この身も動く」
そう言いつつ拳を固める。何かを確かめるように。
「ところでトリア、抱き締めても構わないか?」
「な、何でそうなるんですかっ!」
いい加減顔のほてりがピークだ。
「いいじゃないか、減るものでもなし……っと、冗談だ」
そしてシーアもまた頬を紅潮させている。
「母のようにだ、頼めるか?」
真摯に笑ってみせる。
「っ……、いいですけど、いたずらしちゃ駄目ですよ」
赤面、今度はお互いに。
「分かってるよ、トリアに嫌われるのは、嫌だ」
言いながら、どこか覚束ない足取りで、トリアに身を任せた。顔をトリアのおなかの辺りに埋め、手を腰に回す。
自然とトリアの手がシーアの背中に回った。お母さん、と小さく囁かれたような気がした。
「射撃、格闘のセンスもある。応用も利く。しかしお前には決定的に足りないものがある」
「それは切り札だ」
「戦場では常に二手、三手先を考えておけ」
※とあるお方の小説の台詞です。
すみません! どうしても使いたかったんです某氏!
最終更新:2008年12月07日 17:48