Chapter 11 : o_rgasm r_ed z_one

(投稿者:怨是)




 今、ゼクスフォルトはシュナイダーの個室のドアを叩いている。
 直属の上司であるヴォルケン中将の協力を得て、シュヴェルテに関する良からぬ動きはほぼ全体に浸透していた事が判明。
 ほか、問い詰めて出てきた情報は僅か。
 嗅ぎ回っている事を知られ、抹殺計画は足早に実行されたのである。
 先日の出撃の際、シュヴェルテを探してもどこにもおらず、通信機越しに「戦死した」と伝えられただけだった。


 新聞の第一面に大々的に載せられた光景が、脳裏に焼きついている。
 ジークフリートの大剣が、シュヴェルテを串刺しにしていた、あの光景を。

 殺したのはジークフリート。
 となれば、教育担当官のシュナイダーによる指示もあったという事である。
 MAIDと担当官は常に一心同体かつ以心伝心の関係が求められる。
 明確な伝達を、スムーズに。
 ならばこそ、背後にシュナイダーの影がちらつく。




 ――何もかもが、遅すぎた。
 何もかも、度が過ぎていた。
 帰還した時の、シュナイダーの澄ました横顔を思い出すだけではらわたが煮えくり返る。
 シュヴェルテは殺された。
 ジークフリートが殺したのだ。
 新聞にも、そう書いてあるではないか。
 そう、シュヴェルテは殺されてしまった。
 何故だ?
 俺が何をしたっていうんだ。
 俺はただ、自分の信念を貫くために戦っていただけなのに。

 スパイの嫌疑なんてでっちあげだ!

 アンタの仕業か、シュナイダー。
 アンタの仕業なら……


「開けろよ……!」


 明確な殺意を懐に忍ばせつつ、一思いに銃殺するのではあまりに足らない。

 もう一本腕を引っこ抜いて、目玉をもう片方くり貫いてやる……
 そのあとガラスにダイヴさせて、あの澄ましたツラをグチャグチャにしてやろうか……!
 腕っ節なら負けない。

「おい! 開けろよ!」

 せっかく起床時間目安の1時間も前に早起きしてシュナイダーの部屋へ向かったのだ。
 朝食を済ませる前に話をつけねば。

 苛立たしげに、しかし、静かにドアは開けられた。
 湿度200%の冷たい瞳がこちらを覗く。

「何の用だ」


 相手は10歳近く歳年上だが、それが何だ。
 震える拳をドアに叩き付け、新聞記事をシュナイダーの鳩尾にぶつける。
 すんでのところで手を押さえつけられたが、知ったことか。
 ゼクスフォルトはそのまま捲くし立てた。


「新聞記事は見ただろ。わかッてるよな?」

「……それがどうかしたか」

「しらばっくれんのもいい加減にしやがれよ、ヴォルフ!」



 ジークフリートがシュヴェルテを一刀両断したのなら、背後に貴様……ヴォルフ・フォン・シュナイダーが居る!
 貴様の泣きっ面を拝むまで、ここで殴り続けてやる!
 アザをもう片方のツラにも増やしてやろうか?
 さぞやバランスが取れてるだろうよ!
 シンメトリーだ、喜べよ!


「私怨、か。軍人の自覚が問われるな……」

 こめかみの血管が破裂した、ような気がした。

「元はといえばアンタが仕掛けた喧嘩だろうが!」

 ドアを蹴破り、目の前の男の胴体に右ストレートをお見舞いする。
 勢いで吹っ飛ぶシュナイダーは左腕を引っかけ、備品などの割れる音が聞こえてきた。


「アンタがジークフリートにやらせたんだろうが! 新聞記事にキッチリ書いてあるぞ、ジークがシュヴェルテを……」

 片腕とはいえ、流石のシュナイダーも鈍っていない。
 ゼクスフォルトの無計画に繰り出される拳を、片手でいなす。
 右拳と左の掌がぶつかり、乾いた破裂音――空気の圧殺される音が高く響いた。

「何かと思えば」


 こめかみの血管がもう片方、切れる。
 シュナイダーの無防備な右側面に蹴りを入れるも、空しく掠る。
 即座に右拳の感触が消え、シュナイダーからの蹴りが入った。
 体勢の崩れたゼクスフォルトを背にし、シュナイダーは反転。椅子を手に取る。
 いくら質素で軽量な椅子とはいえ片手で持ち上げるには少し重たい。
 が、およそ190cmの彼の体格に加えて、長い片腕生活で鍛えられた筋力なら、あるいは。

「“何か”で済まされるかよ!」

 膠着状態には絶対に持ち込ませない。
 ゼクスフォルトが少しずつ歩みを速め、飛び込むようにして椅子に掴みかかる。


「俺にとって、シュヴェルテは、エミアは“何か”じゃ済まされない!
 済まされちゃいけないんだよ! アンタはどう思う!」

 椅子を引っ手繰ろうとするも、緩やかに振動が肩へ伝わる以上の進展が無い。
 急ぎ、手を離し、相手のバランス崩壊を狙う。

「アンタは、自分の愛する存在が突然いなくなったら、それが誰かの陰謀によるものだったら!
 穏やかでいられるか? 人として、人格を持った一人の人間として、許せるかよ!」

「……一般論としては認める。が、それがお前の行為を正当化する理由にはならん」


 三本めの、こめかみの血管が破裂する。

「この期に及んで、まだ他人事ってか。この野郎……!」

 破裂ついでに、咄嗟につかんだ陶器を顔に叩きつけた。
 甲高い破裂音と共に、シュナイダーの残った片目に温く茶色い液体がかかる。
 その内容物が紅茶であろうとコーヒーであろうと瑣末な問題だ。
 避け切れなかったシュナイダーは、思わず椅子を落としてしまう。

「ぐ……」

「わざわざ質素な椅子にした甲斐があったな。え? シュナイダーさんよォ!」

 奪った椅子で、シュナイダーの胸部を殴打する。
 力の篭った一撃は、視界の失せた彼を伏せさせるには充分だった。
 仰向けに倒れた所に、視力が回復する前に馬乗りになる。
 片腕の彼では起き上がるまでに時間と筋力を要するだろう。
 しかも視界を潰して、上から乗っかれば、あとはこちらのやり放題である。

「シュヴェルテが死んだ、この先の毎日を、この世界を、アンタはのうのうと過ごすつもりなんだな?!」

 まずは右の拳で一撃。

「俺の苦しみを、そうやって涼しい顔で! 他人事みたいにしやがって!
 口を開けば軍規だの何だのって! アンタは、人を愛したこと無いから、そういう事が云えるんだ!」

 一撃、一撃。

「アンタは、大切な人が死んでも悲しんだことがないから、そういう態度でいられるんだ!」


「デカいの一発お見舞いするぜ。これは死んだ、シュヴェルテの分だ!」

 眉間に当てた拳は、見事にシュナイダーの額を割り、既に満身創痍の彼に新たな傷口を切り開く。

「残りは、そうだな……! アンタが今まで知らんぷりして踏ん付けてきた、色んな人々だ」

 一撃、一撃。
 往復する拳は、確実に頬を狙う。



 アザの部分を集中して殴り続けたが、シュナイダーは無反応に受け入れるだけだった。
 少しは痛がるそぶりも見せてくれたって良かろうに。
 逆に、逆に、それはゼクスフォルトの怒りを更なる過熱へ導いて行く。

 マグカップの破片を叩き付けたり、腹部に蹴りを入れても、何も云わない。
 沈黙の表情で、既に回復した視界をこちらに向けるだけだった。
 何か云えよ。
 何か云えよ……
 何か云ってみろよ!

「何か云ってみろッてんだよ! ヴォルフ・フォン・シュナイダーァァァ!」

 左手で胸倉を掴み上げ、壁に叩き付ける。
 右肩を引いた所で顔を上げたシュナイダーに、勢いを殺された。

「――これで満足か?」

「ッ、この!」

 彼の双眸は真っ直ぐ、ゼクスフォルトを見据えている。
 その表情からは俄かに心中を察する事を許さなかったが、ゼクスフォルトの怒りに着火するには充分すぎた。
 絶対に泣くまで終わらせない。
 柱と左腕でシュナイダーを固定し、衝撃を逃さず伝える。
 その歯の全てを吹き飛ばしてでも殴り続けてやる。
 歯茎に一撃を食らわせてやる。

 46発、47発、48発……

「これだけ殴っても耐え続けるアンタが憎い、これだけ殴っても意識の飛ばないアンタが憎い!」


 49発、50発、51発、52発、53発、54発――しかし。
 数人のブーツの音が背後から響き、拳の勢いは羽交い絞めによって抹殺された。

「ゼクスフォルト少佐! 何をしているんだ!」

 ヴォルケン中将の怒鳴り声が背後から響く。
 何をしているって、決まっているだろう!
 ゼクスフォルトは暴れに暴れ、シュナイダーの靴底に軽く入れた蹴りを最後に、反省房へと連行されていった。

「離せ、俺は、こいつを殴る! もっと、もっと殴って思い知らせるんだ! 俺が、どれだけ、苦しんでいるか……!」

「落ち着け! だからといって直情的な暴力が許されるわけじゃないだろう!」 


「どいつもこいつも俺の邪魔ばっかしやがって! いっそ死ね! こんな国、滅んじまえ! クソ! クソ!」

 怒号は、しかし空しく、廊下に響き渡った。
 怪訝と哀れみ、蔑みの視線が、怒号の爆音をかき消してゆく。
 この後、アシュレイ・ゼクスフォルト少佐は、ホラーツ・フォン・ヴォルケン中将の計らいにより、粛清を免れる。

























「シュヴェルテの輸送は済んだか?」

「ええ。ばっちりです」

 二人の隊員は、夕暮れの空を背にしてコーヒーブレイクを嗜む。
 戦場へ輸送するわけではない。それなら通常、教育担当官のアシュレイ・ゼクスフォルト少佐が同行する筈である。
 ――ではこれは命令違反なのか。

 そういう事でもない。これは上官命令である。
 シュヴェルテならびに、アシュレイ・ゼクスフォルトの度重なる突出を憂いた者による命令である。
 何もかもが遅すぎた。

 コアの出力を極端に弱めることによって病人程度に身体能力を落とし、再教育によって娼婦に仕立て上げる。


 MAIDは、妊娠しない。
 望まぬ妊娠を避け、なおかつMAID特有の打たれ強さを持つ。
 娼婦の素材としては実に、素晴らしい素質ではないか。
 思考停止になりやすい性質もそうだ。
 上手く騙せばこちらのものである。

 シュヴェルテにとってエントリヒ帝国の存在意義は死んだ。

 アシュレイ・ゼクスフォルトは彼女にとって、もう死んだ。

 信じ込ませるのにどれだけの時間がかかったか。


「不良品はどんどん“死んだこと”にしちまえばいい。こんだけ再利用すりゃあガッポリ稼げるんだ。
 戦力としてのMAIDなんざ、ジークがいりゃあ充分だろ?」

「極端な話ですがそうなりますね。一度の戦闘に費やされる金額はかなりのものになる」

 戦闘だけに限らず、コアを摘出して他の素体に再移植するのも手間となる。
 基本言語以外の全てがリセットされてしまうのなら、いっそ金稼ぎの道具にするほうがいい。

「処女じゃなかったが、まぁ上モノだったのは間違いない」

「アシュレイ君と“よろしくやっていた”のですからね」

 しかも、MAIDは加齢による外見の変化も無いというのだ。
 これ以上の素材がどこにあるというのか。
 立派な平和利用である。
 兵器として作られたMAIDの、有効な平和利用なのである。













「この戦争が終わったら、MAIDを片っ端から慰安婦にすりゃあいいんだ。
 男のMALEにゃ、土木作業でもやらせときゃいい。
 国際司令部の偽善者共はヌルすぎるんだ。MAIDなんざ宝石突っ込んで動かしてるだけの、ただの死体だろうが」

「罪悪感でしょうよ。死してなお、兵士として働かせることへの……ね」



最終更新:2008年12月06日 19:08
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