(投稿者:八咫)
これはある別れの話。
戦場を去る者と残る者。
そして……生きゆく者と逝きゆく者の。
「…久しいな。ここで『君』の顔を見るのは」
漆黒の鎧に槍を持ち一人、前線司令部屋上から眼前に迫る山並みを見つめる女性に彼は声をかけた。
……彼女の名は『
ブリュンヒルデ』。エントリヒの軍神の異名を持つ同国最高のMAID。
気配に気づいたのか、ゆっくりと振り返る。
「えぇ、久しぶりですね」
白鉄の鎧に白の陣羽織、腰と背中に1本ずつ剣を吊るした人物に彼女は答えた。
……彼の名は『皇呀(おうが)』。桜蘭皇国より派遣されてきている男性型MAID。
傍から見れば以外な組合せだと思われるが、これでも数多くの戦場において共に鞍を並べて戦ってきた戦友同士である。
皇呀はゆっくりと歩みを進めるとブリュンヒリデの隣に並び立つ。
「我が聞くのもなんだが、ここに『君』が来ていると言う事は新人育成の方は順調ということか」
「えぇ、万事滞りなく」
「……そうか、少しは楽になるな」
お互い肩を並べたまま眼前の山並み…グレートウォール山脈を見つめる。今もあの山脈のどこでは人間と「G]との激しい戦闘が繰り返されている。
二人の間に沈黙がおちるが、ふと考えてこの人物が用もないのに自分の所に来る人間ではないことを思い出す。
「何か私に用があったのではないのですか?」
隣に立ち黙ったままの皇呀にブリュンヒルデは声をかける。
その声に反応してか、皇呀は眼前の山脈を見つめたまま口を開く。
「あぁ…先日、国から帰還命令があってな。まぁ、アレの件で一時的なものだ。 また戻ってくる」
「そうですか」
『アレ』とは飛翔能力のことだろう。合点が言ったという風に彼女は答えた。
しかし、わざわざその事だけを言いに着たのかと言う疑問も浮き上がってくるが、まだ続きがあるらしく、皇呀は言葉を続ける。
「でだ…」
そう言って彼はブリュンヒルデの方を向きながら小脇に抱えていた兜から小さな薔薇の花束を取り出した。
「これは?」
「不謹慎だとは思うが、別れ際の餞別と再会を願ってな……あと、これも預けておく」
そう言って彼は、自身が戦闘時につけている仮面をその花束と一緒に差し出した。
「…ありがとう。…それと、お預かりします」
(本当に『君』は強い人だ。叶うならば次に会う時まで生きていてほしいと願ってしまうのは我の勝手だろうな……)
「え?」
受け取る一瞬に微かに聞こえた呟きと寂しげな笑みが漏れたのを、彼女は見逃さなかった。おそらく彼本人は自分がそんな表情を浮かべたと言う事に気づいていないだろうが。
「ん、どうかしたか?」
奇妙な反応をされたため不思議そうな顔はされたが、何事も無くさらりと答える。
「いえ、なんでもありませんわ」
「…そうか、では、次は戦場(いくさば)で逢おう。またな、ブリュンヒルデ」
そう言うと相手が受け取ったのを見て満足したのか、彼は背を向け先ほどきた方へと歩き出す。
「…えぇ、貴方もね。皇呀」
彼女もまた去り行く背に声をかけると、しばらくその方向を見ていたが、ふと何気なく渡された花束に視線を落とすと、微かな違和感に気がついた。「…?」
無作法とは知りつつも彼女は包装を解き中を確認してみることにした。
そして見つけてしまった。
『ソレ』は咲き誇る赤薔薇の中に隠されるようにしてあった。
「……………」
思わず漏らした微かな呟きは、山脈から吹き降ろす風にかき消され、手の中の蕾の薔薇は微かに揺れた。
1940年某日、この日が言葉を交わした最後の日となり、二度と二人は戦場で会うことはなかった。
関連項目
最終更新:2008年12月23日 23:19