終わらない夢の中で

(投稿者:Cet)



 少女が一人、泣いていた

 後は皆死んでいたので少女は一人だった

 赤い赤い町の中で、一人だった

 赤い赤い世界の中でも一人だった

 少女は泣いたが、当然、誰も助けにきてはくれなかった



 少女はそうして悲しむのを止め、かわりに恨みを抱くようになった

 全てを奪った誰かに恨みをこめた

 奪ってやる

 やがてその想いも形を変えた

 奪ってやる、が

 殺してやる、に変わった

 奪うのも殺すのも少女にとっては一緒だった



 殺してやる

 殺してやる

 殺してやる

 殺して



 やがて想いは飽和を迎え

 一つの世界が存在を終えた


 言葉が欲しかった。
 少女は言葉を与えられた。
 ここはどこだろう。

「成功です!」
「やったなアンダーソン君、とりあえず君、何か彼女に話しかけたまえ」
「え、そうですね……気分はどうかな?」
 私の名前は何?
「え、名前?」
「そうだな……」


「何故Gと人々は殺しあうのですか?」
「え、それはその、Gが人を殺すからかな」
「違うような気がします」
 少女は青年と白い直方体の建物の間を縫う道を歩いている。
「きっと人間の方がGを怨んでもいるはずです」
「そりゃそうだよ、さっきも言ったけど」
「初めに手を出したのはどっちなのでしょうね」
「難しい質問をするね」
 青年は立ち止まった。
「普遍的な理由があると言う訳だ」
「そういうわけでは、ありま、す」
 どっちだよ、と青年は笑った。
 少女はすこし恥ずかしそうにする。
「じゃあアレだ、憎しみを止めるにはどうすればいいかを僕達は模索しなければならない。そうだろう?」
「そうなります」
 少女はそっぽを向いて答えた。理想論を二人して語る気はそもそもなかったのだ。
「でもそれは仮定の話です」
「分かってて言ってるんだよ、まあ、そうだな」
 もし君が、言いながら青年は空を見上げた。
「もし僕と周りの人々皆含めて死んでしまったら君はどう思う?」
「難しいことを聞かないで下さい」
「悲しんでくれる?」
 かなしい。
「よく、分かりません」
「あはは、そんな顔しないで、もしもの話だから」
「今それは不謹慎です」
 分かってるよ。青年は答えた。
「でも、もしそうなったらきっと悲しむと思う。教授も、メリッサさんも、ルベルドも皆みんな死んじゃったらきっとね」
「そうだと、思います」
 少女は不意に青年に抱きしめられたいと感じる。果たしてそれは押し黙ることで禁じた。
「まあ、そんなことにはならないよ」
「どうして?」
「君の理屈だと、最後に皆が笑った時が本当の最後だから」
「そうなんですか?」
 そうだよ、青年は笑う。
「いつか、本当にいつか、Gと人が仲良くできる世界が来ればいいね」
「どんな世界ですかそれ」
 少女は呆れた。
 そして諦めた。
 自分の感情の行き先を指定するのは、不可能だった。


 自分の感情がどこに行くのか分からない。
 例えば業火の中、彼女は泣いていた。
 泣かないと誓ったのに、最後の最後に笑っていたいと感じたのに。
 少女は泣いていた。

 悲しい。
 悲しい。
 悲しい。

 青年の遺体の傍で泣いた。

 かなしい。


 その感情の行き先を決定するのは何だろう。
 人が人であるために必要なものは何だろう。
 それがよく分からなくなった瞬間に彼女の意識はどこまでも透明になっていった。

 かなしい。
 かなしい。かなしいという言葉を古典的に解釈すれば
 愛しい
 そういうことになる。
 だから
 感情の行き先を、決められるならば
 そんな世界になればいいと、彼女は感じた。

 運命が廻りだす。



 初夏の日差しが滑走路に照りつける。滑走路脇の椅子に腰掛けたシュワルベとその傍らに立つシーアは、空を仰いでいた。
「とまあそんなことをたまに、ごくたまにだが、思ったりする訳だ」
 シーアは言う。つまりだ、このささやかな幸福がふいに消えてしまう可能性。
「よく、分かりません」
 ふむ、と一言。
「例えばシュワルベ君、キミ一人を残して皆死んでしまったら辛いだろう」
「まあ、そうですね」
「例えばトリア君を一人きり残して皆死んでしまったらどうだろう」
「……悲しいです」
 そうだろう、シーアは空を見上げる。少女たちが訓練の最中で、乾いた打撃音が時々地上まで響いてくる。
 シーアは微笑む。
「まあそういうことだよ、抱きしめても構わないか?」
「はい……いいえお断りします」
 シュワルベは若干取り乱しつつもえんじ色の翼を広げる。

 シーアはそれを目を細めて見送り、やれやれと呟いた。


最終更新:2009年03月01日 01:08
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