砂塵に紛れし静寂の妬み

(投稿者:エルス)




 砂塵に塗れ その楯を構えよ
 熱砂に蝕まれ その剣を握れ
 他を護れ その命燃やし尽くすまで




 夜の砂漠とグレートウォールの寒さを比べたらグレートウォールの方が寒いだろうが、昼と夜の温度差を考えれば体感温度はどちらが低いか、答えは砂漠だ。
 それに孤立した際の生存確率やら何やらを合わせて見れば結局どちらも同じような数値になるのだろうなと、エテルネ公国バナール社製の装甲車に閉じ込められているシリルは思った。
 閉じ込められているというのも現在、外は砂嵐が吹き荒れており、視界20mも効かない最悪の状態だからだ。勿論監視員は外で頑張ってくださっているのだが、正直無駄な努力と言ってもいい。
 シリルは配属されて半年も経っていないので見た事は無いが、昼には熱風を伴う砂嵐が時たま発生し、人間や動物を窒息させると言う。考えただけで寒気がする。
 ザラザラとした砂に塗れて苦しんで窒息する自分の姿を不意に思い描いてしまったシリルは今頃星空を絶賛鑑賞中であろうヘルの事を思い出し、舌打ちをした。
 隣のギー・ルヴォア二等兵が眠そうな顔を此方に向ける。手元の懐中時計を見れば時刻はザハーラの標準時間で深夜の2時45分、眠くない方が不自然だ。

「どうかしましたか?」
「いや、何でもねぇ。ただ下らねぇと思っただけだ」
「僕もそうですよ、さっさと帰ってフェリシー宛てに手紙を書かないと」
「ヒューヒュー、今時ガールフレンドとは羨ましい限りで御座います。ルヴォア二等兵」

 シリルの見事なまでの棒読み台詞にギーは少し顔をしかめた後、被っていたヘルメットを外し、前頭部側に貼り付けられている写真を眺めて小さく溜息をついた。
 ホームシックに掛かっているならさっさと荷物を纏めて帰ってしまえとシリルは言いたかったが、ギーのブルーな雰囲気に呑まれて言えなかった。
 ドンヨリとした空気が装甲車の中に広がっていく。『G』の出す瘴気が流れ込んでいるんじゃないかとシリルは一瞬本気で考えてみたりもした。
 20分も経つと40秒毎にギーが溜息をつくようになり、元々気の長い方ではないシリルも舌打ちと貧乏揺すりを頻繁に起こすようになっていた。
 そんな中、装甲車がゴンゴンと何かに叩かれた。

「ルヴォア二等兵、それとシリル、交替の見張り番のご到着だ」

 野太い声が7mmの装甲を通して響き、ギーとシリルはガッツポーズをして、軽く背伸びをした。
 直後に25mm対戦車砲塔に備え付けられている上部ハッチから砂と共に腹の出っ張りが特徴のギュスターヴ・ボージョン曹長が滑り込んできた。
 ギュスターヴは水筒をグイっと一気飲みし、きついアルコール臭のする息を吐いた。
 任務中に酒は御法度だが軍規なんて糞喰らえと言う連中が多い部隊なのでギーもシリルも顔をしかめただけで注意しなかった。
 ギーが欠伸を噛み殺しながらアクセルを踏むと水冷直列4気筒ガソリンエンジンが唸りを上げ、装甲車が移動を始めた。
 心地よい震動に混じって時たま車体がガツンと強く揺れる。
 昨日、戦車中隊がここで全滅したと言うから砂に埋もれていた残骸でも当たったのだろう。

「ルヴォアぁ、ミスってすってんころりんは無しだぜぇ」
「分かってますよ、それよりもギュスターヴ曹長は酒を控えたらどうですか?マロボイト大佐に報告するのは曹長なんですよ」
「ありぇぁ?そうだったか?シリル」
「ギーが言うなら間違いねぇよ、何たって軍規違反一度も無しでガールフレンドもちなんだからよ」
「ルヴォォアぁ、お前先輩を差し置いてなぬぃにがガールフレンドだぁとぉ?」
「こらシリル!あぁ曹長、暴れないで下さい、運転中ですからああぁぁあ」

 曹長の太い腕がギーの首に回されるのを横目にシリルはもう一度舌打ちした。
 ザハーラ東部国境戦線は激戦区だ。事実人員の損耗率は高く、補給物資も優先的に回してもらえる。
 その戦線のエースの事をまた思い出したのだ。現在進行形で絶賛以下略のヘルである。
 彼のジークフリートに迫る圧倒的制圧力、鬼神の如き破壊力、後にはただ形を変えた砂丘のみが広がる。
 そこに一人、空を見上げ、ただ突っ立っている少女。威厳と名声に塗れたジークフリートとは対照的だ。
 一切の装飾が省かれている黒い支給服に味方を巻き込む広範囲攻撃のヘル、象徴的な装飾の施された特性の服を着、そのパワーでヨロイモグラ級を叩き斬り、味方の戦意を上昇させるジークフリート。
 そこまで考えたシリルはブンブンと頭を振り、前にヘルにジークフリートとの違いを説明した時の事を思い出した。
 女性とは上手く話せないシリルが不思議とヘルとは話せたので、つい饒舌になってしまい。その話題に行き着いた。
 軽く10個程ベラベラと話すとヘルは何時もの無表情そのままだったが、何故か怒っているように見えたのだ。
 物好きな彼女のファンでも居ればその時、4mm程目が細められていた事に気付いたかもしれなかったが。
 兎に角、ヘルという孤独なトップエースは無感情そうに見えて結構傷つきやすかったりする訳であった。
 そこでシリルはヘルがシクシクと泣いている所を想像し、赤面した。
 男なのだからしょうがないと言えばしょうがないが、想像したヘルがあまりにも女らしかったからだ。

「おぉおぉ、シリルよぉ。何妄想して赤くなってんだぁ?」
「ち、違う。何も妄想なんて――」
「へぇ、僕を散々おちょくっといて、一人妄想ですかぁ」
「ギー、てめぇ……」

 握り拳を顔の横まで上げたシリルが何やら不穏な空気を感じ、表情でギーとギュスターヴに伝える。
 『G』の類ではない、瘴気が感じられないし、何よりこの刺す様な威圧感は『殺気』だ。
 となると、命知らずの盗賊の類か理性の打っ飛んだメードのどちらかしかない。

「ギー、ちょっくら急いだ方が良かったりしねぇか?」
「いや、駄目だシリル。どうせ追いつかれてしまう」
「おい、こちとりゃ戦力ってのはシリルくらいしかいないんだぞ」
「曹長は酒飲みですけれど、この装甲車の25mm砲位扱えるでしょう?」
「うぁあ、多分な」

 ゲップ混じりに応えるギュスターヴはそれでも真剣で、さっきまでの御気楽な表情から物事を考える時の表情――眉間に皺を寄せ、下唇を噛む――に変わっていた。
 シリルはもう一度舌打ちをした。偵察だからと気を抜いてエストックを置いてきていたのだ。
 だが、シリルの武器はエストックではなく自らのコアエネルギー――命を燃やして青白い剣と障壁を作り出す能力『ミストルティン』だ。グリーデルのライラと同じコアエネルギーを操作する特殊な系統。
 即ちシリルの武器は自分自身であり、エストックなど必要ないように思えるが、この『ミストルティン』はコアエネルギーの消耗率が高く、体力を搾り取っていく代物だ。
 そしてシリルが体の悲鳴を無視して戦う際には『ミストルティン』の能力はまるで機械がショートしたかのように使えなくなる。
 これは長期戦に不利な欠点であり、無理が日常茶判事の戦場において厄介この上ないお荷物だ。

「畜生め、居るかわかんねぇ気配に脅えんのは柄じゃねぇかんな。ギー、そのゴーグル貸せ」
「了解、出来るだけ無茶無しにお願いします」
「無理言うなよ、ブラザー。曹長、腹引っ込めてくれ」
「グットラックだ。糞餓鬼」

 その声を背中にシリルはハッチを開け、砂と塵が吹き荒れる外へと出た。
 黒いコートがバタバタと騒がしい音を出し、口の中にジャリっと砂が入る。
 舌打ちするのも面倒になったシリルは所々フレームの凹んだゴーグルを掛け直し、目を凝らした。
 毒づこうと開きかけた口にまた砂が入り込み、苛立ったシリルが次に感じたのは背筋が凍るような殺気と風の音に混じる殺人的な音だった。

「オハン!!」

 姿勢を低くし、右手をハッチに添えて、左手を斜め上方にかざすと青白い『壁』が現れ、何かをガンッと弾いた。
 続いてごうごうと吹き荒れる砂嵐の中から黒い影が弾かれた何かを空中で掴み、シリルに叩きつける。

「オートクレール!!」

 ハッチに添えていた右手を影に突き出し、そこから青白い『剣』が何かを弾く。
 尋常ではない衝撃が身体を突き抜けたが、影はもう二度目の攻撃に入っている。
 腕を大きく振り上げ、そして咆哮と共に下ろす。たったそれだけの行為で青白い剣に白く発光する罅が入り、シリルの手首を痺れさせた。
 力、スピード、どちらも尋常ではなかった。

「Ahhhhhhhhhh!」

 影が何かに向けて咆哮する。シリルはその獣染みた声質に哀れだと思いながら剣を引き、また壁を出す。
 シリルと影は装甲車の上で激しい攻防を繰り広げている。中のギーやギュスターヴは肝を冷やしっぱなしだろう。
 第三撃で左手の壁にも蜘蛛の巣状の罅が入る。軽く舌打ちしたシリルは右手に球状に圧縮したコアエネルギーをその影目掛けてアッパーの要領で叩き込んだ。
 影は吹き飛び、気配が消える。

「はぁはぁっ、手間取らせやがって、クソが」
「おぉおぉ、結構な腕前でぇ」
「曹長、シリルにどうなったのか聞いてくださいよ」
「ぶっ飛ばしてやったぜ、アッパーでな」

 ハッチから上半身だけを出しているギュスターヴはキョトンとした後、大声で笑い始め、ギーも静かにクスクスと笑いはじめた。
 シリルもどうせなら笑いたかったが呼吸が荒く、出来そうにも無かった。
 剣と壁の形成とそのダメージによる補強、そして最大パワーで叩き込んだ球状のコアエネルギー、とんだ疲労のフルコースだ。
 この最大威力の一撃もあのライラには遠く及ばない。そう考えるとまた舌打ちをした。
 口に入り込む砂を何と無く、思い切り噛締めた。ジャリと嫌な音が鳴る。


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最終更新:2009年03月05日 00:39
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