「お姉さんビール御代り!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「ビールが旨い!」「今日の狩りは上手くいったな」「この宝玉売って大金持ちだぜ!」
遠くから喧騒が聞こえる。活気に満ちた賑やかな声と、酒盃を交わす音や食器の音がぼやけて響く。気が付けばブレイヴは、酒場に居る己を認識した。
「ここは…」
音も景色も、霞掛かったかのように鮮明ではない。だが、ブレイヴはこの場所を知っていた。
懐かしき故郷、ポッケ村の集会場酒場。ブレイヴはすぐに悟った。これは夢であると。
「懐かしい…あれから何年経っただろう」
ブレイヴは幽鬼めいて酒場を歩く。そんな彼を咎める者はいない。
ブレイヴが誰かに声を掛けることも無ければ、誰かがブレイヴに呼びかけることもない。
「まるでユーレイだな」
ブレイヴは自嘲し、微かに口角を上げる。ポッケ村を離れ、何年も宛ても無く旅を続けた。
その途上で幾つ困難があっただろう。幾つ命を奪っただろう。
最早、安寧に生きる道すら自ら捨てていった。全ては、探し出すために。たった一人の弟を。
「カンパーイ!」
「いやぁ、今日も成功してよかったよ。ブレイヴ=サン」
不意に、自分を呼ぶ声が聞こえた。ブレイヴはハッとし、声のする方へ歩く。やがて、ブレイヴは足を止め、目を見開く。
「いや、まだまだ未熟。もっと精進しないと」
「兄さんは直ぐにそれだ。もう十分強いじゃん」
「アンタよりは出鱈目じゃないでしょ」
「ああ、違いない」
「・・・何か傷付く」
そこに居たのは、3人の男女ハンターであった。
まだ若い自分。駆け出し時代からの知り合いであるアビー。そして、弟・キール。懐かしき、嘗ての輝かしき日々が、そこにあった。
ブレイヴはただ立ち尽くしてそれも見つめた。思い出した。これは過去の記憶。最後に弟に会った日の記憶。
「そういや兄さん」
「どうした?」
キールが、若いブレイヴに切り出す。
「明日、ちょっと別枠で狩りに行くわ」
「何を狩りに行くんだ?」
「・・・ゴメン。ちょっと言えないわ」
ヤメロ。そのクエストに行くんじゃない。ブレイヴは、手を伸ばそうとした。
そして気が付いた。己の腕が、禍々しい骨の装甲に包まれた赤褐色のブレーサーに覆われていることに。
「極秘…な…か…」
「そう…う…こ……と」
声が、景色が遠ざかる。ブレイヴはなお手を伸ばした。伸ばそうとした。だが、己の体は岩めいて動かない。
やがて、総ての音と景色が掻き消え、ブレイヴの周囲はただ黒一色となった。やがて、そう間を置かずに、ブレイヴの意識もまた、闇に溶けた。
――――
「ここは…」
ブレイヴは呻いた。目を覚ませば、何処とも知れぬ寝台の上で、寝かされていた。
「グワッ…」
起き上がろうとすると、痛みが全身に走った。よくよく体を観察すれば、全身に包帯が巻かれている。
「御目覚めですか」
声が掛かる。良く知る声だ。見れば、寝台近くの小さなテーブル上で濡れたタオルを絞っている一匹のアイルーの姿があった。
雷を思わせる鮮烈な黄色の毛。歴戦の勇士を思わせる潰れた左目。ヨシツネ。それが、このアイルーの名であった。
「俺は…」
「此処に運び込まれて、2日程眠り続けておりました」
ブレイヴの疑問に、ヨシツネはタオルを絞りながら淡々と答える。
「酷い大怪我でございました。何があったのかは存じ上げませんが、かの仮面の狩人達が貴方様を連れ帰ったとだけ、お聞きしております」
「仮面…」
ブレイヴは顔を顰め、思い出した。古代文明の遺跡での死闘、不可思議な黒い幻影、邪悪存在としての復活、虐殺、そして仮面の戦士たちとの戦いを。
そこまで思い出し、ブレイヴは室内の隅にあの赤褐色の鎧が鎮座していることに気が付いた。随分とボロボロであった。
無理もない。あれ程の死闘の後なれば。
「御目覚めとなれば、面会を望む者もありましょう」
ヨシツネは絞り切ったタオルを持って、ブレイヴに歩み寄った。
「ともなれば、御体を清潔にせねば」
「…世話を掛けるな」
ブレイヴは、詫びるように言った。一瞬ヨシツネの動きが止まった。だが、暫くし、努めて冷静に言った。
「拙は、主様が無事ならば、それで満足です」
「そうか」
「…そうです」
「…そうか」
やがて、ヨシツネはブレイヴの体を丁寧に拭きだした。ブレイヴはただ、されるがままであった。
―――
「アイエッ」
ハンター・ユートは暗闇の中に立ち竦む己を見出した。
只の暗闇ではない。己の足場がタタミ5枚ほどの直径の白い円となっており、その縁を囲むかのように、より大きな白い輪が展開していた。
とてもこの世の光景とは思えない。異様なアトモスフィアに気圧され、ユートは背負った赤い輝剣を抜き放ち、周囲を忙しなく見渡した。
「何だ此処は…俺はテオを狩りに着た筈…」
「これが今宵の生贄か……」
「アイエッ!?」
虚空から超自然的エコーのかかった声が響く。気が付けば、外周の白き輪の上に赤い陽炎が6つ揺らめいていた。
陽炎は次第に実体を帯び、6人の赤衣の人間へと姿を変えた。何たる超自然的光景か!
「アイエエエ…何だお前ら」
「今回は誰の番であったか……」
超自然の光景に圧倒され、怯えるユートの言葉に答えず、白髭を蓄えた赤衣の老人が他の赤衣に問いかける。
「確かクリムゾンモンク=サンの番であったか」
「然り。先日は私でありました故」
「おぉ、そうか?」
ユートには理解できぬ不気味極まりない会話が頭上で飛び交う。やがて、輪上より一人が立ち上がり、跳躍した。
「イヤーッ!」
「アイエエエエエエエエ!?」
輪上より降ってきた赤衣の巨躯は、ユートの眼前へと着地した。
修行僧めいた赤衣を纏ったそのスキンヘッドの大男は、ユートを一睨みするとニヤつきながらアイサツを繰り出した。
「ドーモ、初めまして。クリムゾンモンクです」
「ア…ア…?」
「ビビるな生贄畜生」
クリムゾンモンクは凄んだ。
「アイサツせんかい」
「アイサツ?アイサツナンデ?」
「これから殺すからよ!」
「ナンデ!?」
ユートはクリムゾンモンクの言葉に理解が追いつかず、しかして言葉が示す己の未来を察し、失禁した。
「ナンデ?とは下らん質問だ」
クリムゾンモンクはカラテを構えた。超自然の光を帯びた赤い瞳が、ユートの魂を恐怖で鷲掴む。
「テメェは生贄だ。俺達“赤衣の民”の栄えあるメシだ」
「生…贄?」
「そうだ!弱肉強食!テメェらハンターは俺達の血肉になる弱者!それが真理!」
「ふ、ふざけるな!」
ユートは咄嗟に赤い輝剣を振りかぶった!
「何だか分からんが、死ね!」
赤い輝剣がクリムゾンモンクへと振り下ろされる!
本来人へ向けることが不文律の禁忌とされる対モンスター用の武器を人が喰らえば、一たまりもなくネギトロとなるだろう!
訪れるであろう未来の光景に対して、ユートの胸中に罪悪感は無い!輝剣がクリムゾンモンクの左肩へ食い込まんとする!だが、その時!
「イヤーッ!」
CRAAAASH!
カラテシャウトと共に、クリムゾンモンクの全身は雷光に包まれ、その肌を鋼めいた質感を持つ赤色へと変色させる!
左肩からクリムゾンモンクを両断するはずであった輝剣は、逆に中腹から真っ二つに圧し折れた!ナムサン!何たる悪夢的硬さか!
「アイエエエ!?お、俺の剣が!発掘武器が!」
「下らん」
クリムゾンモンクが嘲笑った。そして拳を引き、ワン・インチ距離へと踏み込む!
「得物が良くとも、カラテが籠っとらんわ!イヤーッ!」
「アバーッ!」
ワン・インチ距離で繰り出されたクリムゾンモンクのポン・パンチは、容赦無くユートの紅い鎧を砕き、肉を抉り、背中から飛び出した!
「アバ…アバ…」
吊り上げられたハリマグロめいて、ユートはビクビクと痙攣する。その光景を見て、クリムゾンモンクは顔を顰め、舌打ちした。
「得物が良いだけのサンシタじゃねぇか…つまらん…イヤーッ!」
「グワーッ!」
腹部を貫通した腕を振るい、クリムゾンモンクはユートを地面たる白円に叩き付けた。襤褸屑めいたユートヘ向け、クリムゾンモンクは右腕を向けた!
「早々に済ませるか。イヤーッ!」
「アバーッ!」
カラテシャウトと共に、白い光がユートの体からクリムゾンモンクへと吸い込まれる!
ユートは急速に自分の命が吸われる感触を味わった。ユートの口から、命乞いの絶叫が溢れる。
「ヤメロー!死にたくない!ヤメロー!」
しかしクリムゾンモンクは嘲笑し、更に光の吸収速度を速める!
「ハハハハ!テメェもハンターなら死ぬのは当然だろう!
それとも何か?殺される覚悟も無しにハンターやってるのか?何たる軟弱!脆弱!貧弱!ハハハハ!」
「アバーッ!アババババーッ!?」
やがて、ユートの脳裏に過去の記憶が急速に流れだし、ソーマト・リコール現象が起こる。
取るに足らぬ二流のハンター生活。偶然掘り当てた最高精度の発掘武器。ギルドクエスト管理局から与えられた薔薇色の生活。ひれ伏すモンスター。
圧倒的強者として君臨する快感。金。飽食。女。そんな過去の記憶は、ユートをさらに絶望に追い込む。
こんな理不尽で虫の様に死んでいく事実!屈辱!一瞬、ユートの中で憎悪が揺らめいた。
だが、揺らめいたことすら自覚できず、ユートの意識は闇に落ち、死んだ。
「ふぅ…」
白い光を、生命を貪り食ったクリムゾンモンクは、しかして不満げな表情を浮かべていた。
「なぁ、ルビーアイ=サンよぉ」
「何か……?」
白髭の老人、ルビーアイがクリムゾンモンクを見やる。その目は虹彩から白目に至るまで赤一色であり、宝石を思わす美しくも威圧的な光を宿していた。
「最近の生贄畜生、強さの質が低すぎねぇか?」
クリムゾンモンクはユートの死体へと唾を吐きかけ、ぼやいた。
「食事が楽になったのはありがたいがよ、強者と戦えないとなると、フラストレーションが溜まっちまう」
「仕方あるまい」
クリムゾンモンクの不満に司祭めいた赤衣を纏った男が答える。
「世界の融合により、強者の基準も曖昧になった。
ギルドクエスト管理局の設立により少しは選別できるようになったが、未だ“質の悪い”強者を弾くには時間がかかる」
「なら、とっととハードルを上げて選別してくれよ。副局長様、いや、シナバーゲート=サンよぉ」
「善処しよう」
司祭めいた男、シナバーゲートは表情を変えずに言う。一瞬、クリムゾンモンクは気に入らなさそうな表情を作り、跳躍して己の席に戻った。
「イヤーッ!」
……彼らは“赤衣の民”。嘗て“赤衣の男”と呼ばれた者達。
「極めて強大なハンターの前に現れ、そのハンターを神隠しに遭わせる」と実しやかに囁かれる御伽噺めいた怪人物。
しかしてその実態は、古の時代、科学と錬金術と共に発展し、
そして歴史から葬り去られた技術・魔術により永劫の時を生き長らえ、他者の生命を喰らい続ける外法存在。
世界が融合し、“繋がりし世界”となった際、“赤衣の男”もまた、複数存在することになった。
彼らは何時しか老獪なルビーアイの元統括され、何時しか組織だった行動をとるようになった。
増えたハンターの中から、より効率よく強者を選別するために。ギルドクエスト管理局が良質な発掘武器を持つハンターに高い社会的地位を与え、
ギルドクエストに積極的に赴く様に扇動するのも、強い生命力を持った強者を求める彼らの思惑故である。
彼らの見えぬ手は、有象無象の形で、優秀なハンターたちを探り続けているのだ!
ナムアミダブツ!おお、ナムアミダブツ!そして、今この場に居る彼らは“赤衣の民”の中枢組織・赤い円卓!その構成人数は6人、否、7人であった。
「おや、賑やかですね」
クリムゾンモンクが着席したと同時に、白輪の円卓上に新たな赤い陽炎が出現した。
陽炎は実体を形作り、赤い騎士装束を纏った青年を出現させた。青年は恭しくアイサツをする。
「ドーモ、皆様ご機嫌麗しゅう。レッドバロンです」
「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」
先に居た6人もアイサツを返した。ルビーアイがレッドバロンに視線を向ける。
ただ見るだけで超自然の威圧感を齎す宝石めいた目を向けられて尚、レッドバロンは平然としていた。
「貴殿が遅れるとは珍しい……」
「ええ、少し。気になることが起こりまして」
「気になることだぁ?」
クリムゾンモンクは嬉々とした視線をレッドバロンに向ける。
「何だ?イレギュラーか?」
「恐らくは」
「勿体ぶんなよ若造」
「まぁ、そう焦らずとも」
レッドバロンは優雅な動作で右腕を振るう。すると白輪の中心点に、蜃気楼めいて像が映し出された。
「先日のことです。私はあの忌々しい仮面の戦士達の動向を監視していまいした」
「仮面の戦士……」
ルビーアイは眉を顰めた。
「あの世界修復を目論む邪魔者か……」
「アイツら、遂にやらかしやがったか?」
クリムゾンモンクは獰猛な笑みを浮かべる。
「強いのか弱いのかよく分からん奴らだが、ようやく殺して食えるのか?」
「いえ、残念ながら。今回報告したいのは彼らではありません」
レッドバロンは更に右手を振るい、像を鮮明にする。
「彼らの持つマスクドエナジー。欲望の光は確かにイレギュラー要素ではありますが、現状では大した脅威ではありません」
「そうだな」
赤いコートに身を包んだ女・フレイムダンサーが同意するように言った。
「奴等は力を弄ぶ童。如何に強大な力とて、理を知らねば稚技」
「フォホホ…そうですのぉ」
フレイムダンサーの言葉に、赤いベールで顔を隠した細身の男・ブラッドパペティアーが反応を返す。
「所詮、体系化されぬ脆弱な力。取るに足らず」「その通りです。フレイムダンサー=サン。そして我が師よ」
レッドバロンは二人の言葉に同意するかのようにゆっくりと頷いた。そして、深刻そうな顔を作り、言葉を続けた。
「しかし、奴等が脅威であることも確か…そして…」
レッドバロンは3度、右手を振るった。像は確かな鮮明さを持ち、円卓の7人にその姿を見せた。
それは、赤褐色の襤褸衣を纏った死神めいた男に苦戦する、4人の仮面の戦士達の姿であった。
「これは・・・」
シナバーゲートが、眉を顰めた。彼が表情を変えるのは稀である。
「死神…?」
「いや、これはデスギアとか言う…」
「4対1で圧倒している…?」
円卓内から、口々に声が漏れる。クリムゾンモンクは爛々とした目でその光景を眺めた。そして立ち上がり、吼える様にレッドバロンに問い詰めた。
「レッドバロン=サン!コイツぁ一体!かなりのカラテ強者と見受けたぜ!」
「分かりません。突如として出現し、仮面の戦士達を圧倒した後、マスクドエナジーの光を受けて沈黙しました」
「何だ、つまらんな」
クリムゾンモンクは興味を無くしたかのように座り直した。
「で、この者は何処から現れた……?」
像をじっと見つめた後、ルビーアイが問う。レッドバロンはその問いを待ち望んでいたかのように、仰々しく答えた。
「そこです、今回問題としたいのは!私はこ奴がいつ出現したのか調べましたが、杳として知れませんでした!」
円卓にざわめきが広がる。レッドバロンは更に芝居がかって言った。
「即ち、我ら赤衣の民の与り知らぬ超常存在が、何時現れたのかもわからずに跋扈しているという事!
ただでさえ、煩わしい“結社”共がいるというのに、新たな火種が降って湧いたということです!」
「もしそれが正しいとするなら、それは由々しき事態」
シナバーゲートがルビーアイを見た。ルビーアイは頷き、節くれ立った指でレッドバロンを指差す。
「レッドバロン=サン」
「はっ」
「禍根残すべからず。全てを調べ上げ、その者が我らの脅威となるならば…始末せよ」
「ヨロコンデー!」
レッドバロンは笑い、現れた時と同じように、赤い陽炎となって消えていった。同時に、ユートの死体も赤い陽炎となって消えた。
「宜しかったので…?」
レッドバロンが消えたのを確認し、ブラッドパペティアーがルビーアイに問うた。
「アレは未だ若輩者ですが」
「だからこそ、だ……」
ルビーアイは厳かに言った。
「ここで躓くならそれまでの者だったという事。逆に成し遂げれば、箔が付こう……」
「……ご配慮、痛み入ります」
ブラッドパペティアーは一礼し、紅い陽炎となって消えた。他の円卓構成者達もだ。
ルビーアイは虚空を見て、呟く。
「誰にも邪魔はさせん…私の、我々の永劫は」
そしてルビーアイも、円卓から姿を消した。
――――
「……」
夜、ブレイヴは寝台から起き上がり、寝静まったキャラバンを見つめていた。既に宴で盛り上がる時間も過ぎ、帳の下りた静寂がキャラバンを包み込む。
感傷的な感慨がブレイヴの胸中に襲い掛かる。今朝見た夢のせいか。ブレイヴは過去を想起する。
ブレイヴは極寒のフラヒヤ山脈の麓にあるポッケ村の出身であった。家族は弟が一人。両親は己が成人した直後に雪崩に巻き込まれ死んだ。
生活の糧を得る為、二人はハンターとなった。
やがて弟はフラヒヤ一のハンターとして名を馳せるポッケ村のハンターに弟子入りし、ポッケ村の英雄として大成する。
ブレイヴにとって、そんな弟が誇りであった。
だが、弟はある日、忽然と姿を消した。ギルドからの説明では、極秘依頼を受け成功させた後に忽然と姿を消したという。唯一残った手掛かりは依頼人。
「赤衣の男」ハンター界では都市伝説と化した人物だ。
ブレイヴは直ぐにポッケ村を飛び出し、「赤衣の男」の手がかりを探し求めた。ギルド。マフィア。その他非合法な者達。
幾つもの血を流した。だが結局は何も見つからなかった。まるで霞を掴むかのように。
己の行動は無駄なのだろうか。ブレイヴは自問自答した。部屋の隅に置かれた傷だらけの鎧を見やる。
嘗て己が愛用した甲冑・デスギアに似るが、纏うアトモスフィアは段違いに禍々しい。
ブレイヴはふと、鎧を身に纏った。寒気を覚えるほど軽く、そして冷たい。超常的な現象により生み出された非現実的な鎧。
胴当て。レガース。腰布。ブレーサー。そして、砕けた掛けたメンポと襤褸布めいた眼帯。
ブレイヴは鏡で左目を見た。白目が黒く、虹彩が紅く染まった目を。
外見以外の何らかの変化を朧げに感じるが、ブレイヴはそれを実感できない。この力と鎧は、果たして何らかの天啓となり得るのだろうか。
「何を無意味なことをしているんだか…」
鎧を着込んだ己を見、ブレイヴは無常観を噛み締める。
コンコン…
その時、唐突に宿泊キャラバンの戸がノックされた。
「誰だ」
ブレイヴが警戒しながら戸を開ける。彼は弟を探す過程で手段を択ばず、多くの者から恨みを買っているのだ。開けた先には、ギルドナイトがいた。
「ギルドナイト?」
ブレイヴは訝しんだ。ハンターとして仕事をする以上、ギルドの恨みを買う行為はそれなりに慎んでいるはずだ。
「何用ですか」
「……アバ―」
ブレイヴはギルドナイトに問うた。ギルドナイトはブレイヴを見た。生気の無い朧げな瞳であった。何かがおかしい。そう思うと同時に、ギルドナイトが何かを部屋に投げ込んだ。
火薬量を増量させた小タル爆弾。既に点火している!ブレイヴは咄嗟に窓から身を投げ出した!
「イヤーッ!」
KABOOOM!
窓から飛び出した1秒後、宿泊キャラバンが爆発!ブレイヴは咄嗟に体勢を立て直した。
「イヤーッ!」
ブレイヴ目掛け先程のギルドナイトが抜刀し斬りかかる!
「イヤーッ!」
ブレイヴは回避!しかし回避した先から、7つの刃が迫る!
「「「「「「「イヤーッ!」」」」」」」
「イヤーッ!」
ブレイヴは跳躍回避!近くのキャラバン上に着地!
見上げる16の瞳!ギルドナイト達は対人兵器ピストルを構える!ブレイヴは隣接するキャラバンの屋根伝いに逃走開始!
「「「「「「「「イヤーッ!」」」」」」」」
BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!
(何故だ。何故ギルドナイトが俺を襲う!)
下から襲い掛かる銃弾の雨を避け、ブレイヴは己自身に問うた。無論、答えは出ない。
「アバー」「アバー」「アバー」「アバー」「アバー」
ギルドナイト達は幽鬼めいてブレイヴを追いかける。明らかに異常!
「クソッ」
ブレイヴは吐き捨て、屋根を飛び跳ね逃げる!その様をバルバレギルドの屋根の上から伏せ見る者がいた。レッドバロンである。
「フフフ…精々逃げ回るがいい」
レッドバロンは指先から伸びる透明な糸を手繰りながら嗤った。
「貴様が力を失っているのは既に確認済み…銃を持っただけの兵士を殺せぬのが決定的証左…このまま嬲り殺し、
円卓での地位を盤石にする糧にしてやろう!」
――――
「ご配慮、痛み入りました」
「ほっほほ。まぁ当然のことをしたまでだよ」
業務が終わり、人がほとんどいなくなったバルバレハンターズギルド集会所にて、ヨシツネはギルドマスターが会話を交わす。
ブレイヴの治療のための貸し宿泊キャラバンを用立てたギルドマスターに対し礼を言う為だ。
「優秀なハンターには手助けを惜しまないようにしているからね」
ギルドマスターは手持ちのパイプを吹かす。彼もギルドという組織の運営者の一人だ。何かしらの思惑が無いわけではない。
だが、それ以前にこのギルドマスターは義心溢れる男でもあった。
「困っている人を助けないのは腰抜け」古文書にもそう書かれている。
「明日にはまた復帰もできるでしょう」
「無理をしちゃあいけないよ。彼も、君もね」
「……」
ギルドマスターの言葉を受け、沈黙するヨシツネ。その時。
ターン!
集会所の門が勢いよく開け放たれる!まろび出てきたのはブレイヴだ!
「ハァーッ!ハァーッ!」
「あ、主様!?」
「一体何があったのかね!」
ヨシツネとギルドマスターがブレイヴに駆け寄る。
ターン!
間を置かず、8人のギルドナイトがぞろぞろと侵入してくる!その目は虚ろであり、口からは涎がだらしなく垂れている。異様!
「どうしたんだね君達!君たちに出撃命令は」
「アブナイ!」
ブレイヴは咄嗟にギルドマスターを引き倒した。
「アイエッ!?」
「イヤーッ!」
一瞬後、ギルドマスターの頭があった場所を刃が通過していく。それを見、ギルドマスターは困惑し、恐慌する。
「き、君達!?何故ギルドマスターたる儂に斬りかかる!?」
「一体何が」
「アブナイ!」
ブレイブが咄嗟にギルドマスターとヨシツネの襟元を掴み、入口へと投げ飛ばした。
「主様!」
「「「「「「「「イヤーッ!」」」」」」」」
ギルドナイト達の刃か一斉に突き立てられる!ブレイヴは…ナムサン。回避が間に合わない!全てが胴体に突き刺さる!
「グワーッ!」
「主様ーッ!」
ヨシツネの叫びが遠くに聞こえる。ブレイヴはメンポの中で血を吐いた。音が、景色遠ざかる。
ニューロンが記憶を再生しだす。ソーマト・リコール。生き残る術を探すために。
(憶えておくのだ!ハンターである以上死は必定…)
(弟さんは行方不明に…)
(イアイドーには三つのインストラクションが…)
(た、頼む…何でも話す。だから命ばかりは…)
(ゴメン、言えないんだ…)
気付けば、ブレイヴは今朝夢見た酒場に再び立っていた。キールと若き日の己の背を、ブレイヴは見た。
「言えぬとは…極秘なのか?」
「まぁ、そんなところ」
「…大丈夫なのか」
若き日の己が、気遣う様に弟を見た。弟は苦笑し、おどけるように言った。
「大丈夫だって!俺は無敵のポッケの英雄だぜ?それに」
弟は熱っぽい視線を向かいに座るアビーに向けた。
「結婚する前に嫁さんを未亡人にするつもりはないさ」
「……何?」
若き日の己は目を見開いた。
「お前、遂にか!」
「まぁ、ねぇ?」
そうだった。ブレイヴは懐かしむようにその光景を見た。キールとアビーは交際していたのだ。
高飛車なところのあるアビーと交際すると聞き、最初は狼狽えたが、
互いを支え合う良きパートナーとなった二人を見、何時身を固めるのかとせっついたものだ。
「だからさ」
キールは笑った。何でもないように。飾らずに。
「絶対に帰ってくるさ。無事にさ」
その言葉を最後に、酒場の景色も溶けて消える。闇が訪れる。死が間近か。だが、ブレイヴは慌てなかった。
「そうだったな…」
決然とした目で、闇を睨む。闇は身動ぎ、人の型を成した。それは、死神めいた形であった。デスギア。嘗ての鎧。そして…
「デスチェイサーか」
ブレイヴは死神に近づく。死神は動かず、洞めいた目で見返すのみ。
「俺は死ねん。俺は、俺自身が取り戻したいものを取り戻す。弟を奪った赤衣の男を、決して許さん」
ブレイヴは手を伸ばす。手が届く。死神は消え、一握の闇がブレイヴの手に収まった。状況としては、地底遺跡の出来事の再現だ。
決定的に違うのは、ブレイヴ自身が、この力を飲み干さんとしている点だ。
「俺は死なん…必ず、必ず追いかける。追い付く…否」
ブレイヴは闇を掲げた。闇がブレイヴに纏わりつく。ブレイヴは叫んだ。
「死して尚追いかけよう!インガオホーの果てまでも!だから死よ!力を寄越せ!無慈悲でブルタルな力を!」
闇が弾ける。景色が、集会所に戻る!
「イヤーッ!」
ブレイヴのチョップが8本の剣を砕く!
「アバー」「アバー」「アバー」「アバー」「アバー」
ギルドナイト達が蹌踉めいた。ブレイヴの傷口から黒い超自然の風が吹き荒れる。風はブレイヴの全身を覆った。風は壊れた鎧を修復する。
失われた腕甲がメキメキと音を立てて再生する。そして、髑髏めいたフルフェイスメンポが、顔を覆った。
「イヤーッ!」
ブレイヴは駆けた。少なくともヨシツネの目には一瞬そう見えた。ブレイヴは一瞬で色付きの風となった。風がろうそくの火をかき消す。
「「「「「「「「グワ―ッ!」」」」」」」」
ギルドナイト達の苦悶の声と、倒れ伏す音が闇から聞こえる。
「アイエエ…一体何が」
ギルドマスターは怯えながら何も見えぬ闇を見る。ヨシツネの目には見えていた。闇の中、死神めいて立つ己の主が。
ブレイヴは天井を見据える。その先の闇を。邪悪な気配を!
――――
「馬鹿な」
レッドバロンは狼狽え、切断された8本の透明な糸を見た。
彼は自身の魔術「クグツ・ジツ」によりギルドナイト達を制御下に置いていた。制御の要は透明な魔術の糸だ。
これを脳に差し込むことにより、思考力を効率よく奪えるのだ。だが、一瞬にしてそ糸は両断された。死にかけているはずの標的によって!
「何だ…奴の力は消えたのではないのか!?」
レッドバロンは狼狽えた。そして気付く。強烈な殺意が、真っ直ぐ屋根の壁越しに己へ注がれていることに!
「拙い!イヤーッ!」
レッドバロンは咄嗟に後方へ飛び離れた!
「Wasshoi!」
一瞬後、レッドバロンが立っていた場所の下から何かが飛び出した。
それは赤褐色の襤褸布に身を包んだ死神であった。死神はレッドバロンとは反対の屋根の縁へと着地する。
「貴様」
レッドバロンは一筋汗をかいた。彼は悟る。目の前に居るのは、前に目撃した力をコントロールできぬサンシタではない。力を己が物にした戦士だ。
「ドーモ」
死神は月を背に、両手を合わせ、オジギをした。
それは東方に伝わるイクサの作法にして、魔術師における決闘の作法。アイサツである!死神はアイサツした。
己が名を世界に、目の前の敵に誇示するかのように!
「デスチェイサーです」
「ドーモ、デスチェイサー=サン。レッドバロンです」
レッドバロンはアイサツを返す。魔術師にとってアイサツは重要だ。
彼らは生まれついての名を名乗れぬ代わりに、自らに名付けた新たな名前を誇示する風習が存在していた。
「何故私を襲う」
デスチェイサーは問うた。彼のジュー・ジツの構えに、一切の隙は見いだせない。
「知る必要はない」
レッドバロンは返した。そして腰に佩いていたサーベルを抜き放つ。刀身がエメラルドグリーンの美しいサーベルだ。
デスチェイサーは目を細めた。刀身には、何らかの危険な力を感じられる。
一瞬の静寂。両者の足の筋力が、軋む!
「イヤーッ!」
先に仕掛けたのはレッドバロン!彼は素早い突進からの突きを繰り出す!
「イヤーッ!」
デスチェイサーはブリッジ回避!刀身から感じる悍ましい気配を察知し、敢えて触れるを避ける!
「ヌゥ」
「イヤーッ!」
デスチェイサーは両手で縁を掴み、蹴りを繰り出す!蹴りがレッドバロンの腹部に命中!
「グワーッ!」
レッドバロン後退!デスチェイサーは素早く体勢復帰し、ワン・インチ距離へと滑り込む!ハヤイ!
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
チョップとチョップが鍔迫り合う!両者のカラテのぶつかり合いが衝撃波となり、屋根に亀裂が奔る!そのままミニマルな攻防展開
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
(何だ、コイツは!)
ワン・インチでのカラテ攻防の中、レッドバロンは驚愕していた。
胡乱存在と見込んでいた眼前の敵は、己に匹敵するか、それ以上のカラテの持ち主。何たるカラテか。
そんな力をどこから引き出しているというのか!数え切れぬほどの命を啜り数百年生き延びてきたこの身よりも強い力を!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
両者後退し、カラテを構え直す。レッドバロンはデスチェイサーを見た。紅く光る右目がレッドバロンを見据えた。
「馬鹿な。円卓の…選ばれた赤衣の男である俺が、この様な」
「赤衣の…男?」
不意に、デスチェイサーが構えを解いた。
レッドバロンは訝しんだ。襤褸布めいた眼帯が外れ、左目が露わとなる。肥大化し、白目が黒く、虹彩が紅く染まった禍々しい眼球が。
左目がレッドバロンを見据えた。レッドバロンは恐れた。その左目を。そこから発せられる憤怒と殺意を。
「ひっ」
「オヌシが、赤衣の男…そうか…そうか…そうか!」
デスチェイサーが吼える。歓喜の余り。ついに見つけた、弟誘拐の真なる手がかり!
「オヌシ、今“選ばれた”と言ったな!つまり複数いるのか!赤衣の男は!」
「し、知ってどうする!?」
「無論、殺す!」
デスチェイサーの周囲に黒い疾風が吹き荒れる。骨爪がメキメキと音を立て、殺傷力を高める形へと変化していく。
「弟を攫った憎き敵!オヌシら赤衣の男を、私はずっと探してきた!そうか!そうか!オヌシらは複数居たか!
なれば貴様をインタビューして殺し、その骸を宣戦布告のノロシとしてくれる!」
「な」
レッドバロンは驚愕した。己の身ならず、赤衣の民全員を敵に回すと宣ったこの死神に対して。何たる凶行!何たる狂気!
「自惚れるな狂人めが!」
レッドバロンは片手から4本の糸を高速生成!デスチェイサーへと巻き付かせる!
「イヤーッ!」
「ヌゥーッ!?」
「貴様に殺せるものか!我々を!永遠の栄華を築いていく我ら赤衣の民を!」
レッドバロンはサーベルを構え突進する!アブナイ!例えかすり傷であっても刃に込められた魔術如何では即死だ!
「死ね!狂人め!死ねェーッ!」
「Wasshoi!」
デスチェイサーの背に縄のような筋肉が浮かび上がり、一瞬にして糸を引き千切った!そして刃が当たる寸前で跳躍!
「何!」
レッドバロンは空を見上げた、見た。夜空に舞う死神を。死神は体を上下逆さまにし、レッドバロンの頭を、掴んだ!
「イィイイイヤァアアアアアアーッ!」
デスチェイサーは脚を広げ、無慈悲にプロペラ回転!
掴まれたレッドバロンの頭が、180度…360度…540度…そして…おお、ゴウランガ!720度回転!レッドバロンの頭部がコルクめいてもぎ取られた!
「アバーッ!」
頭を失ったレッドバロンの体が、噴水めいて血を放出し、倒れ伏す。
「アバッ…」
レッドバロンは頭部だけになりながらも呻く。デスチェイサーはレッドバロンを見据えた。
「俺は何も喋らんぞ…」
「別に喋らんでも構わん」
「何?」
レッドバロンはデスチェイサーの言葉に訝しむ。デスチェイサーの左目がレッドバロンの瞳を、その奥の脳を捉えた。
「今知ったが、この左目は表層的な意識を読み取れるらしい…ここまで近づかなければ意味がないようだがな」
「馬鹿な」
「大体わかったぞ…円卓、赤衣の民、そしてギルドクエスト管理局が貴様らの隠れ蓑か」
デスチェイサーは目を外した。そして拳を握る。
「カイシャクしてくれる」
「ヤメテ…死にたくない…」
「その懇願はオヌシが吸い殺してきた者達にするがいい…私は元より、オヌシを許すつもりはない…イヤーッ!」
ワン・インチパンチがレッドバロンの頭部に命中する。レッドバロンの頭部は、トマトめいて砕け散った。
そして砕け散る寸前、レッドバロンは断末魔の悲鳴を上げた。
「サヨナラ!」
同時に、倒れ痙攣していた胴体が爆発四散する!レッドバロンの死により、その身に蓄積されていた魔力と複数の命が暴発したのだ!ナムアミダブツ!
「主様…」
その光景を、集会所から出てきたヨシツネが見つめていた。デスチェイサーは、ブレイヴはヨシツネを見返した。
「ヨシツネ…」
「分かっております、主様」
ヨシツネは己の主を見た。ブレイヴはこれから危険な旅時に出るつもりだ。止まりはしまい。ようやく見つけた、真に弟の行方に繋がる道筋なのだ。
「私が望むのは一つだけです…無事の帰還を」
ヨシツネは悲しさを耐え、ブレイヴの背を押した。
「………すまん」
ブレイヴは短く謝罪し、そして消えた。色付きの風めいて駆けたのだ。
「主様…」
ヨシツネは主の無事を天に祈った。月は黙し、その祈りを見つめるばかりである。
最終更新:2015年11月10日 05:15