かけがえのない想いと引き換えに ◆yX/9K6uV4E



――――思い出したことがあるかい、子供の頃を
    その感触 そのときの言葉 そのときの気持ち 
    大人になっていくにつれ、何かを残して、何かを捨てていくのだろう





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「おっはよーー!」

あたし、姫川友紀は思い切り元気よく事務所の扉をあけた。
珍しくオフの日が二日続いての休み明け。
今日から仕事と言う事で張り切っている。
だって、フラワーズ4人揃っての仕事だから。
最近四人とも忙しくて、全員勢ぞろいする事なんてなかくて。
だから、わくわくしてたんだ、今日、この時を。

そう思って、扉を開けた、のに。

「あぁ……おはよう、友紀」
「おはようございます……」

其処にいたのは、深刻そうな表情を浮かべていたプロデューサーとちひろさん。
そして、その背後には

「おはよう、いい朝だね、友紀ちゃん」

手のひらをひらひらと振って、笑う藍子ちゃん。
にこやかなんだけど、少し困ったような。
少なくとも、これから楽しく皆で仕事するって雰囲気じゃない。
あたしは気になってプロデューサー達に尋ねてみる事にした。

「……どうしたの?」
「ああいや……ちょっとな」

そうやって、差し出されたのはくだらないゴシップ誌。
政治家やスポーツ選手、そしてアイドルなどの芸能人のスキャンダルを面白おかしく書きたてるやつだ。
それが全部真実ならいいが捏造やガセネタなんてよくある話。
あたし達アイドルもよく被害を受けている。
本当にやめて欲しい……って、まさか。

「誰がかかれたの!? あたし!?」

今、話題になっているって事は、それは間違いなくフラワーズのことだ。
最近……人気が出始めてから、少しずつ狙われている。
あたしが居酒屋で泥酔してたやつとかすっぱ抜かれたのもあった。
幸か不幸か、成人してたし迷惑かけてた訳でもなく潰れていただけなので、たいした騒ぎにもならなかった。
あたしならありえる話って流してもらえて。
だから、あたしも気をつけまーすって済んだ話でもある。
あるが、大学の事とかそこそこに突っ込まれると困ることは多い。
なので今回もまたあたしかなって思ったのだけれど。

「いや……」
「……私です」
「えっ、うそっ」

困ったように控えめに手を挙げたのは、藍子ちゃんだった。
そんなの、信じられる訳がない。
あたしならいざ知らず、藍子ちゃんにそんな隙があるとは思わなかった。
なのに、どうして。
こじつけのガセなのかと思うと

「私の過去のことが書かれていたので」

藍子ちゃんの一言で、全てを察してしまった。
以前聞かせてもらったことがあって。
いつまでも芽が出ないアイドルだったこと。
引退間際まで追い詰められていたこと。
そして大切な仕事を抜け出してしまったこと。
全部、包み隠せず話してくれた。

その時、あたしは信じられないといったけど、真面目に語る藍子ちゃんの様子で真実だと思った。
だって、今の輝いてる藍子ちゃんを見ると信じられなかったから。

「友紀、見るか?」
「……一応」

プロデューサーに雑誌を渡されて、ざっと目を通す。
藍子は元々売れなかったこと、これは事実。
一回、逃げ出したことがあること、これも事実。
プロデューサーが変わったのも、これも事実、ただし藍子から無理やり変えさせた訳じゃない、むしろプロデューサー側の無理な要望だ。
それに連なり、藍子が売れっ子プロデューサーに媚を売ったなんて事実無根のガセネタだ。
けれどまるでそれが真実であるように煽り書き立てているのに、あたしはとても腹がたって。
苛立ちながら、思いっきり雑誌を握りつぶした。

「こんなふざけた記事……ひっどいよ!」
「……そうだな」

プロデューサーも若干怒っているようだった。
それはそうだ、なんだって自分が選んだのを曲解されてるんだし。
藍子ちゃんも怒っているだろうと其方を向くと……えっ。

……なんだろ、不思議な顔をしていた。

困ってるんだろうけど、何故か笑っていた。
でも、それは…………なんだろ……上手く……いえない。

「それで、どうします?」
「変に反応してもアレだしな。ゴシップ誌の中でもレベルの低いし、影響力もないだろう」
「でしょうね」
「書かれている藍子の過去も、今のご時勢ネットを調べれば出てくるし、それに下積みアイドルがあるのは普通だしな」
「それがないアイドルなんていませんもの」
「俺と藍子の憶測は下種のかんぐりって……まあ、わかるだろ。反応するだけ無駄」
「つまり?」
「無視だ、無視。徹底的に無視。反応する価値もない」
「ですよね、じゃあ、藍子ちゃんも友紀ちゃんもそういうことでよろしくお願いしますね」

あたしが藍子ちゃんに戸惑ってるうちに、ゴシップ誌の対応は瞬く間に決まった。
実際無関心、無反応を貫くが正しい。
藍子ちゃんの過去は事実だけれども、極端な話調べればすぐに解ることではあった。
下積みがどんなアイドルだってあるのは間違いないし、それがいってしまえば長いだけ。
プロデューサーとしての事も邪推に過ぎない。何より、藍子ちゃんの性格や普段を考えればありえないこと。
そうファンも思うだろう。そこら辺、このゴシップ誌は元々信頼に欠けている三流だ。
だから無視すれば風化されるし、そもそも注目されない。

「はい、解りました」
「うん……」

なんだけど、感情が上手く纏まらない。
こんな風に書き立てるモノに、苛立ちをぶつけたい。
違うって思いっきり否定したい。
心の中が嫌なもので渦を巻いてて、全力で掻き毟りたくなる。

なんで、なんだ。
藍子ちゃんはこんなに頑張ってるのに。
こんな優しい子をどうして、こんな風に書いてるんだ。
ふざけるな、ふざけるな。

「藍子ちゃんは……悔しくないの?」
「えっ」
「こんな風に書かれてさ」
「でも、仕方ない事ですから」

そういって藍子は困った風に笑った。
まただ、またそんな風に笑う。
藍子みたいなまだ幼い子が、仕方ないの一言で済ませていいんじゃない。
悔しい、嫌だって大声で言ってもいいんだ。
あたしやプロデューサーに。

なのに、そうやってまるで全部飲み込むように、笑う。
諦めているのか、我慢しているのかわからないけど。
笑って耐えていい事じゃないんだよ。
まだ、子供でいていいんだよ、藍子ちゃん。

「あー、もう!」
「ふぇ!?」

無理やり抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩いてあげる。
多分あたしがどんなに言葉を重ねても。
きっとこの子は笑みを崩さないだろう。
何故そうなのかは、聞かない。聞いても答えてくれない。
彼女なりの身の守り方なら、それでいい。

それが、きっと、フラワーズのリーダーという重責を荷ってる子の守り方なら。
守る為に得たひとつの答えなら。

「いい子だなぁ、もう」

それを否定せずにいよう。
正しいとも間違ってるとも言わず。
そのまま受け止めておこう。
そう思った。

そして、あたしは

「うん、守ってあげる」

守ってあげようと思った。
一番の年上として。
重責からひとり逃げたあたしのけじめとして。

あらゆる悪意から守ってあげたいって思ったんだ。

だって、少し震えてるんだもの。
藍子ちゃんの背中。
だったら。

傍にいて守ってあげたい。

「今日の仕事、楽しみだねーっ!」
「……うん!」

そして、ずっと楽しい事考えていよ。
一緒に、楽しい思いを忘れずに。

あたしの、あたし達のフラワーズを。


ずっと、守り続けるんだ。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「……そんな馬鹿な」

千川ちひろの放送を聞いたあたしは愕然として、膝をつく。
ここに来て、一気に死者が加速したなんて。
余りに呼ばれる数が多すぎる。
そこに、北条加蓮神谷奈緒が混じっているのは致命的過ぎた。

あの二人は間違いなく殺し合いに乗っている。
二人で行動しているのは辛いが、それでも殺せる悪役だった。
なのに誰かに殺された、あたしが殺せる子だったのに。

「……くっそー!」

思い切り、ガンと地面に拳を叩きつける。
病院にいた面子も死に、どんどん少なくなっている。
現状、生き残っている悪役は、相川千夏と双葉杏組、和久井留美、そして十時愛梨
藍子が救いたがってるが知ったことか。
皆が助かるまでノルマは三人。
やらなきゃ、やらなきゃ。
あたしがこの手で、殺さなければ。

そうやって、あたしは大人になることを選んだんだ。
もう一歩たりとも引けない。
もう二度と振り返って前の道を進むことなんて出来やしないんだよ。

たたきつけた拳をそっとひらく。
思い切り強く握り締めていたせいで、真っ赤になっていた。
それはひとり殺したあたしの手が、紅く染まっている。
もう戻れない事を暗示しているみたいで。

茜ちゃんを、日野茜を殺した。
悪役じゃなかったのに。
でもどうしようにもなかったんだ。
あんなところで止まる訳にはいかない。
だから、だから。

そして、こんなあたしは二度ともう、あの子を抱きしめてあげる事は出来ない。
あの子は、きっと誰よりも真っ赤な血で染まっちゃいけないから。
あの子は綺麗なままで、あたしは汚れた。

あの子の隣で、一緒に微笑みながら歩いていく道は捨てて。
あの子を守るって思いだけを抱えて、残して。

あたしは、もう進むしかないんだよ。
あたしは、もういくしかないんだよ。

生き残りも少ない。
殺せる人間は更にもう。
もしかしたら、もう選別なんてしてる時間なんてないかもしれない。
そして、あたしはもう、最初から道を踏み外している。

でも、だけれども。

それでも、これだけはやり遂げないといけないんだ。


それが、あたしが手に入れた。


「大人になった、証拠……なんだから」


行こう。
もっと先へ。
あの子を抱きしめる事が許されなくなっても。
それでも、全ては、あの子達のために。


あたしは、ころしていくしかないんだよ。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






――時間は待ってはくれない
  にぎりしめても ひらいたと同時に離れていく




――――――そして………………






【G-4/市街/二日目 朝】


【姫川友紀】
【装備:特殊警棒、S&W M360J(SAKURA)(3/5)、S&W M360J(SAKURA)(5/5)、防弾防刃チョッキ、ベルト】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)、
       .38スペシャル弾×38、彼女が仕入れた装備、カードキー】
【状態:疲労、しかし疲労の割に冴える醒めきった頭、若干の焦り】
【思考・行動】
 基本方針:FLOWERSの為に、覚悟を決め、なんだって、する。
 0:前にしか進まない。
 1:“悪役”としてFLOWERSとプロデューサーを救う。
 2:助ける命と引き換えに誰かを殺す。出来る限りそれは“悪役”を狙う。
 3:まずはこの近くにいるはずの十時愛梨を探す。
 4:学校、または総合病院に向かう。
 5:緒方智絵里も狙う。


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最終更新:2018年07月02日 19:52