彼女たちはもう見えなくなるチャイルドフォーティフォー ◆John.ZZqWo



例え、どれだけ絶望の現在(いま)に立ち向かったとしても、私は過去(うしろ)から来る刃に殺されるのだ。



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ギシ、ギシ……と古い手作りの椅子が軋みをあげている。
ゆっくり、小さく、けど確かに、ギシ、ギシ……と軋む音を立てていた。

十時愛梨は一人、雑多な物が詰め込まれ少し埃臭く、倉庫とも物置とも言える狭い部屋の中に押し込まれていた。
持っていた武器は鞄ごとすべて没収され、手を後ろに結び椅子へと縛り付けられている。
まるで映画に出てくるスパイか捕虜のような扱いで、それは実際にそうだった。

ギシ、ギシ……。

相川千夏双葉杏の二人は部屋のすぐ外で捕まえた十時愛梨をどうするか、その処遇を相談しているようだ。
かすかな声が漏れ聞こえてくるが、何を言っているのかはわからない。
相川千夏は十時愛梨に仲間になることを提案した。揉めているということは双葉杏はそれに反対なのだろう。
十時愛梨はそれに賛成だと思う。
何故なら、解き放たれればまず真っ先にあの二人を殺してしまおうとそう思っているのだから。

ギシ、ギシ……。

いっしょに誰かと協力し合おうなんて気は最初から毛頭ない。体のいい駒にされるつもりもない。
ただ、……ただ殺し合いをしていたいだけなのだ。ゲームの結果や戦略に、自分の命にすら興味はなかった。
今を、止まった針がもう一度動き出すまでに残された灰色の猶予時間――そこにどれだけ留まれるのか、それだけだった。

ギシ、ギシ……。

椅子を揺する。十時愛梨は手を縛る縄を棚に投げ出されたままだった鋸の刃でゆっくりとゆっくりと擦っていた。


ゆっくりと……ゆっくりと……。



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「デメリットは認めるわ。……けど、この機会を逃すと万に一つの勝ち目すら消えてしまうかもしれない」
「……そうは言うけど、杏、生きるか死ぬかみたいなギャンブルはしたくないんだよねぇ。千夏さんもそういうタイプじゃなかったかな?」

それはそうだと、相川千夏は思う。
普段ならギャンブルはしない。最初に立てた方針も、できるだけ安全に勝ちの目を広げるための方針だった。
今現在、島の中に残っているアイドルの内でも自分たちの“スコア”は低いほうだろうと思う。
それもなにも、消極的だという選択をしてきたのは間違いを犯さないため、死というリスクを最大限排除するためだった。

「もう、そうも言ってられない。……そもそもが、ギャンブルをしないというのが正しくなかった」
「その心は?」
「この殺し合いの最終局面。つまり、最後の生き残り同士が決着をつけるという時、そこを私たちは軽視しすぎていたのよ」
「……うーん、まぁ、それはねぇ。漁夫の利が基本コンセプトなわけだし?」
「ギャンブルをしないではなく、いつギャンブルをするかが問題だったのよ。最終局面における戦力の拡充の為にね」
「ま、確かに対戦ゲームでも逃げ回るなら逃げ回るで最低限決着をつけられる武器の確保は当然だもんね」

相川千夏の懸念。
危険のない集団に潜り込みだまし討ちすればよい……などと言ってられるピリオドはもう過ぎているのではないか。
だとするならば、いやそうでないとしても、直接対決となった際の武器の確保は十分か。
これらは、先ほど流れた5回目の放送により更に深刻な問題となっていた。

放送で読み上げられた死者の数は9人。その中にはかつて千夏が襲った集団の名前が並んでいた。
向井拓海小早川紗枝松永涼
それなりのリスクを払い、殺そうとしてしかし殺せなかった3人。
どう生き延びたかはわからないが、まさかあの後それぞれが別々に生き別れたということもないだろう。
ならば、3人いっしょに呼ばれたのなら3人いっしょに殺されたのだ。少なくとも3人、またはそれ以上の人数で。

小部屋に十時愛梨を押し込め、放送が流れてきた時、死者の発表で相川千夏は顔を青くした。
まさしく懸念したとおりに強力なライバルが他に生き延びている。
そして、千川ちひろの口から語られた“役割”という言葉。
その時、相川千夏は隣でいっしょに放送を聞く双葉杏の隣で辛うじて唇を噛まず、ただ無言でいることしかできなかった。
透けているのだ。自分たち、ストロベリーボムを持たされたライバルの存在はとっくに島中に周知されている。

二人、交代で休んでいる間にゲームの盤面は戦略や判断でどうこうできる地点を過ぎ去っていた。
しっかりと休みを取っておけば持久力でゲームを有利に進められる。そんな盤面が現れる間もなくゲームは終わろうとしている。

「これは、最後のチャンス……よ。
 少なくとも、集団を殲滅できる別のライバルは存在し、私たちのこれまでの戦略ももう通じない。
 いや、私たちが殺す側に回っているというのはもう誰もが知っていると考えるべきね」

相川千夏の言葉に双葉杏は机の上を見る。十時愛梨から没収した拳銃と機関銃だ。

「武器、だけでいいんじゃないかなぁ……。
 杏はあの子のこと信用しきれないんだよね。いつ裏切られるかってビクビクするのはいやだよ」
「……よく言い聞かせればいいし、二人のどちらかが監視していればいいだけの話よ。
 それに強力な武器は私たちが持っていれば、彼女もおいそれと――」
「だからー、それが負担じゃん。絶対、杏たちのパフォーマンスが落ちるよ。人数が増えてもトータルじゃ損だって」
「……それはっ」

しかし彼女の言うとおりだとも相川千夏は思う。数時間前なら自分もきっと同じ判断をしただろう。
だが事態は逼迫している。リスクを無視してでも最大限の効果が出るところに掛けなくてはならないのではないか……。
これまでの冷静で理論的に正しいはずの判断が間違いであった、からこそ、相川千夏の思考は揺れに揺れている。

「冷静になんなよ。
 いざ裏切られた時さ、杏たちが勝っても銃弾の一発でも喰らってたらその先はないよ。生身なんだからさー。
 どうせ賭けるならさ、強力なライバルたちが同士討ちするとか、実はもう重症を負ってるとかそっちに賭けようよ。
 そっちのほうが絶対いいって」

この子は何者なんだろう。相川千夏は自分を見上げる双葉杏という存在に改めて疑問を浮かべた。
なにか、決定的に自分とは違う。
同じ人間ではないような、そんな振る舞いをする年齢よりもひどく幼く見え、そのくせどこか老成しているような不可解な人物。

「あ、あなたは……どうして、そこまで平静でいられるのかしら? それこそ、これはゲームじゃないのよ」
「ゲームだったら杏はもっと必死になってるよ。勝つか負けるかは自分次第だしね。でもこれは現実じゃん。
 だったらなるよーにしかならないって杏は思うな」
「そういう、考え方もある……のね」
「だいたい、千夏さんは失敗したかもってことにビビりすぎだと思うんだよねー。
 いいんじゃないかな? これまでに失敗があっても。そんなの当たり前のことだしさ。意地になることはないよ」

いつか、どこかで似たような言葉を聞いたなと相川千夏は思った。
誰から……なんて思い出すまでもない。自分にこんなことを言える人物は一人しか思い当たらない。

“いーじゃん、かっこつけなくても。失敗したらそれは話のネタになるしー。それよか、いっぱい新しいことしたいしねっ☆”

意固地になっていたのだろうか。
自分はこれまでの行動を省みて、ここで新しい判断ができる。ゆえにこれまでも決して本当の間違いではなかった。
そう言いつくろい、自分を正当化するための判断を自分はしようとしていたのか。

果たして正解はわからない。それこそ“なるよーにしかならない”だ。だが、少しだけ相川千夏は冷静になれた。



「……わかった。確かに私には焦りがあったようね。あなたの言うことにも一理ある。判断はまだ保留しましょう」
「どういうこと?」
「まだ“彼女”の話を聞いていないわ。あの子が殺す側に回った理由もね。それも判断の材料にするべきよ」
「んー……まぁ、それだったら、いいかなぁ」

互いにそれぞれが納得をした。というところで、ちょうどよく場面に変化が訪れる。
相川千夏と双葉杏が見る窓の外。そこに連れ立って歩く諸星きらり藤原肇の姿があった。






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諸星きらりに手を引かれキャンプ場へと戻ってきた藤原肇はそこで信じられないものを見たと目を見開いていた。
清い朝の光に満ちた森の中、ログハウスの前に諸星きらりが言っていたとおりに双葉杏が立っているのだ。
こちらを見て、にこやかな表情で手を振ってさえいる。
それはまるで、昨日に諸星きらりが作った泥人形が命を持ったのではないかと、
そんな御伽噺めいた発想を信じてしまいそうになるほどの、場違いで唐突に幸せそうな光景だった。

諸星きらりは止める間もなく双葉杏の元へと駆け寄る。
それはそうだろう、双葉杏の存在こそが彼女にとって最後に残った心の拠り所なのだから。
例えその笑顔がひどく白々しく、手を振るほうとは逆の手を不自然に身体の後ろに隠していたとしても。

双葉杏は間違いなくアイドルを殺す側の人間だ。
そして、ログハウスの扉の前でこちらを伺う、同じく不自然に腕を後ろに隠した相川千夏もそうに違いない。

仁奈ちゃんを殺されて、岡崎さんと喜多さんを殺されて、絶望して、何度も逃げて、その度に耐えて、
それでも更に目の前で何人もが死んでゆくのをなすすべなく目撃し、とうとう本当にこれが絶望なのだと、
希望が絶えるとはこういうことなのだと知って、そして……あげくの果てが“これ”なのか。

藤原肇にはもうなんの感慨もなかった。揺れ動くだけの感情が胸の中にもう立っていなかった。
双葉杏に勢いよくしがみつく諸星きらりに彼女はなんの警告をすることもできない。
麻痺した思考は現実に対してひどく鈍く、そう思いついてもそれが本当に正しいことなのかもわからないのだ。

しかし、動揺は顔に出たのだろう。藤原肇は僅かに顔を歪めた相川千夏の表情を見てそれを悟った。
こちらが彼女たちが殺す側の人間であると知っていることを、彼女たちも察した。

「……………………」

言葉はない。手も、足も動かない。
全身が、頭と心の中までもがひどく怠けていた。もう身体の中のどこにも沸き立つというものがなかった。
今更でも取り繕ってみようだとか、一人でも逃げ出すべきだとか、思考だけは辛うじてあるのに身体が動かない。


パンと、小さく乾いた銃声。


爆竹が弾けたような音がすると、双葉杏にしがみついていた諸星きらりの背中に真っ赤な染みがじわりと広がってゆく。
その意味がわかるのに、悲しいくらいに心は震えなかった。どこか、そこには安心すらあった。
ゆっくりと、彼女の大きな身体が傾ぎ、地面へと崩れ落ちる。
さっきまでと変わらない笑みを浮かべたままの双葉杏。ちっぱけな彼女の血に濡れた手には一丁の拳銃。


もう一度、パンと小さく乾いた銃声。






銃声は絶望の足音。一度の足音ごとに、絶望は後ろから追いついてくる。






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気がつくと相川千夏は身体を傾げていた。くたりと折れた膝が木の床につき、ゴッと振動が身体に伝わる。

「……………………?」

視界が斜めに、カメラを回転させるようにぐらりと傾き始めてようやく自分が撃たれたのだと理解が追いつく。

しかし、何故?
彼女は諸星きらりを撃った。これまでに交わした打ち合わせのとおりに。つまり、それはそういうことではないのか。
例え親友に会おうとも殺しを続行すると、その決意を形として表明したのではないのか。
それとも、今が彼女にとって自分を裏切る適切なタイミングだったというのか。
見限られてしまったのか。それとも十時愛梨へと乗り換えるのか。

それでも腑に落ちない。腑に落ちないことがひどく情けない。なにに対しても正しい理解がなかったと、そう言われるようで。
結局のところ、自分は利口なふりをしていただけの愚か者だったのだろうか。
ただ臆病なだけでなにも一人では成すことのできない、所詮ただ小賢しいだけの女だったのか。

「…………ッ」

せめて一矢報いようとするも、もう銃を握った腕が動かない。まるで身体の動かし方を忘れてしまったかのようだった。


死ぬ。こんなにもあっけなく、失敗の理由もわからずに死んでしまう。


だったら――


「(…………殺し合いなんてしたくなかったのに)」






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藤原肇の前で相川千夏が短い階段を音を立てて転げ落ちる。
隠していた手には機関銃が握られていたが、そんなことよりも双葉杏が彼女を殺したということが驚きだった。
意味や、話の流れが掴めない。自分のまったく与り知らないところでこの二人の間に確執があったのか。
自分も殺されるのだろうか。いやきっとそうに違いない。けどそれでも逃げ出そうという気力は沸いてこなかった。

双葉杏はどこか肩の荷が下りたという風な顔をすると、普通にこう言った。

「ねぇ、杏を殺してよ」

意味が、わからない。
どうとも反応できないでいると彼女はまたもこう続けた。

「仁奈ちゃんの殺したってことにしたんだからさ、今更杏のことを殺したってかまわないでしょ?」

彼女は血に濡れた手と、諸星きらりからの返り血で染まったシャツを見せつける。

「きらりを殺した正真正銘の犯人だよ。こう見えて杏はひどい殺人鬼でさ、他にもいっぱい殺してるんだ」

双葉杏はにこりと、凄惨な場面にはそぐわない笑顔を浮かべる。
日常の中の普段話のようなままで殺してくれと言う。

藤原肇はなにも答えることができなかった。
ただ言葉だけが頭の中で反響している。
“仁奈ちゃんを殺したことにした”、その言葉が何重にも重なり頭の中を埋め尽くす。あの時の、あの言葉。

あぁ、まただ。またそこからだ。嘘が、人を殺す。自分の吐いたひとつの嘘が巡り巡って誰かを死なせる理由になる。

「嫌だ……」

心からの声だった。
もうそんなことはいやだ。自分は自分を作り変えたんだ。新しい器を作ろうと砕ける度に心をこねなおして。
間違っていた自分を省みて、誰かを正しく救おうと、自分をもう一度正しく輝かそうと、
その試みはその度に絶望に踏み潰されて、何度も挫けそうになって、とうとう粉々に踏み潰されて、もう絶望して、
なのにまた自分が吐いた嘘が自分を責める。行く先のどこにも現れ、未来を阻み、可能性を潰す。

人を殺したと、そんな嘘を吐いた罪は本当に人を殺したことよりもなお罪深いのだと、そう言うように。






「……そっか」

双葉杏は軽くため息をつくと、拳銃を自身のこめかみに当てた。

「怖いから自分のは人にやってもらおうと思ったんだけどね。じゃあ、ばいばい」

そしてそれがなんでもないことのように引き金を引いた。






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双葉杏には最初から“未来”がなかった。
双葉杏はこの殺し合いで生き残ろうと僅かばかり知恵を絞ったが、その生き残った先には何もなかった。
双葉杏は最初にそう考えたとおりに、この殺し合いに巻き込まれた時点で終わっていたのだ。
アイドルとしての双葉杏は終わり、殺し合いに巻き込まれた双葉杏がそこに新しく生まれた。

殺し合いに巻き込まれた双葉杏にはどう考えてもこれまで考え目指してきた楽をして生き続けるという未来はない。
例え生き残ったとしても、そこにはより辛い殺し合いに生き残った双葉杏としての人生しか残っていない。
だから、殺し合いに生き残っても双葉杏はその先の人生を生きてゆくつもりは最初からなかった。

生き残ろうと躍起になっている人物はよっぽど生き汚いのか、将来から目を逸らしているのかと思ったし、
ことここに到ってもアイドルだからと殺し合いから目を背けている連中に到っては理解するのもおぞましかった。

それでも双葉杏が生き残ろうと思ったのはささやかな反抗心、僅かばかりの復讐心からだ。
生き残ればこの殺し合いを企画した人物に文句のひとつでも言えるだろうと、そんなくらいの気持ちだった。



……きらりには会いたくなかった。絶対にこうなることがわかっていたから。
水族館できらりのことを聞いた時、きっときらりは自分を探し回っているに違いないと思った。
自分の身を案じ、精一杯に心配して、心臓をどきどきさせて島中を駆け回ってるんだろうなって。

このキャンプ場できらりの作った下手な人形を見て、それは確信に、いや確信以上のものに変わった。
きらりはこんな場所でも変わらずに自分のことを愛してくれてる。我が身のように案じ、一番に思っていてくれる。

悲しいに違いない。不安でたまらないに違いない。
この殺し合いという悲劇にも心を痛めているに違いない。その悲劇を何度も目の当たりにしてるかもしれない。
そんなのも嫌だった。千夏が言った通りに、自分の預かり知らないところで勝手に死んでくれればよかった。
だったら、自分もきらりもこんな悲しい目には会わずにすんだはずだから。

けど、会ってしまった。
きらりは想像したどんな姿よりも傷ついていた。ぼろぼろのぼろぼろのぼろぼろのすたずたのそれ以上のひどい姿たった。

「杏ちゃん! 杏ちゃん! 杏ちゃん!」

犬のようにしがみついてくるきらりは全身血塗れで、どうしたらそんなことになるのさって言いたくなる有様で。
もう自分の名前しか呼べない口、焦点のあってない目は、どうしてそこまで頑張っちゃったのさって怒りたくなるくらいで。
すぐに、すぐにでも楽にさせてさげなくちゃいけないって思った。

誰かはこう言うかもしれない。死ぬことはなかった。生きていればまだ別の可能性があったかもしれない。
そんなのは――嘘だ。
そんなのはきっと苦しみや絶望を馬鹿にしている。杏やきらりのことをちっとも理解してない人間の言葉だ。
ただのきれいごとでしかない。自分が少しはましな人間だって、そう思いたい人間の戯言だ。

ふざけるな! 馬鹿にするな! 杏たちがどんな人生を生きてきたのか、どんな未来を思い描いてきたのか。
そのためにどれだけ努力したのか。どれだけの辛さを無視しようと、我慢して生きてきたのか。
ほんとに杏ときらりがお気楽なだけで生きてきたと思っているのか!

杏はこんなだ! きらりはあんなだ! でも、それでもきらきらしたものを目指したんだ!



でも、殺し合いに巻き込まれて全部終わった。すぐに取り返しもつかなくなった。
それは自業自得だって、それは自分でもわかってるしどう思ってもらってもかまわない。そんなことはもうどうでもいい。

杏ときらりはこの世界からさよならする。

最後に自分のしたことへの後始末とちょっとした親切心で千夏さんを道連れにしてね。きっと彼女もこのほうがいい。



じゃあね、ばいばい。杏の人生は最低最悪だったよ!






……でも、嫌なことばっかりじゃなかったよ。だから、生まれ変わりがあるなら次はもっとうまくやるよ。






【諸星きらり 死亡】
【相川千夏 死亡】
【双葉杏 死亡】


 @


十時愛梨がようやくに縄を切り終え、外に出れた時にはすべては決着した後だった。
彼女が手を下すまでもなく……などというのは彼女が失態を演じ虜囚の目にあっていたことを考えると随分な言いようだが、
ともかくとして、十時愛梨が慎重にドアから外を覗いた時、そこには“動く者”は一人として存在しなかった。

結局のところ、殺しあっているのだから手を組もうが友情があろうが最終的にはこういうことになるのだ。
一見して不可解な現場ではあったが、十時愛梨はあまり深くは考えなかった。
相川千夏のことも双葉杏のこともよくは知らない。二人がどういう関係でどういう理由で手を組んでいたのかも知らない。
自分のせいで二人の間になにか食い違いが起きたのかもしれないが、それでもどうでもよかった。

残りの人物についても同じだ。
何の感慨もなく、十時愛梨は泥に顔を埋めている相川千夏の手から自分のものだった武器を回収するとそこを離れた始めた。
拳銃と機関銃、それと鞄の中の弾丸。元々のものだけを取って、それ以上のものには手をつけない。
なんとなくそれは違う行為だと思えたし、なにより元々あるものだけで十分だった。

「………………暑い」

気づけば陽の位置ももう高い。雲ひとつない空は今日がとても暑くなるだろうことを予感させていた。
十時愛梨は、影を求めるように再び木々の生い茂る向こうへと歩いてゆく。






【D-5・キャンプ場 ログハウス付近/二日目 朝】

【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(12/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×2】
【状態:絶望】
【思考・行動】
 基本方針:絶望でいいから浸っていたい。優しさも温もりももう要らない。それでも生きる。
 0:…………。
 1:みんなみんな、冷たくなってしまえ。
 2:ニュージェネレーションはみんな殺してあげる。できれば凛、卯月の順に未央の所に送ってあげる
 3:終止符は希望に。



 @


「どうしてここで……?」

まだ悪夢が続いてるのかと渋谷凛は思った。しかしどれだけ経っても覚める気配はない。
それどころか、ひどく荒唐無稽で白けたその感じがこれが現実なのだということを嫌でも思い知らせてくれる。

相川千夏と双葉杏。水族館で会った二人だ。
諸星きらりと藤原肇。同じく水族館の傍で会った同じ仲間たちだ。
探していたはずの人物たち。さっきまでいた病院に迎えにいくはずで叶わなかったはずの者たち。

4人。揃ってログハウスの前で血を流し地面に伏せている。
4人ともこんなところで死んでいたらしい。
けど、先刻の放送では呼ばれなかったから、死んだのはついさっきのことらしい。
自転車で道を行く途中、遠くに銃声を聞いたのは15分か20分ほど前のことだっただろうか。

「なんで……?」

なにもかもがわからない。
ただ、4人が死んでいるだけ、4人に死ぬ理由があって、もう取り返しがつかないことだけが事実としてそこにある。
今更どうすることもできない。どうするべきか、どうしてあげたいのか、どう思ってあげればいいのかもわからない。
彼女たちは、少しでもこの場で心残りだったことに決着をつけられたのだろうか?

「………………」

ただ放り捨てられただけみたいな4人の下へと一歩ずつ地面を踏んで近づいてゆく。
もしかすれば彼女らを殺害した者が近くに潜んでいるかもしれなかったが、静かすぎて思い浮かびもしない。
そして、

「…………あっ!」

駆け寄る。
死んでない。藤原肇は死んでいない。

「ねぇ!」

抱き起こし、声をかける。半分土で汚れた顔はまるで陶器のように白い。
服は血塗れだったが、どこからか血が流れ出てる様子もなく、彼女自身は大して怪我をしていないようだ。
けれど、なにかに巻き込まれたようで、今は気を失っているらしい。

「ちょっと、大丈夫!? ねえってば! 起きてよ!」

体温も低くマネキンのような藤原肇に向かい渋谷凛は目覚めてほしいと何度も声をかける。
彼女を思ってではなく、ただ悪夢と変わらない現実を生きる道連れを求めて。






【D-5・キャンプ場 ログハウス前/二日目 朝】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:『空』】
【思考・行動】
基本方針:卯月にあって、話をして、笑顔をみる、それが、『役割』
 0:なにが起きたのか説明してよ!
 1:卯月に会う。


【藤原肇】
【装備:】
【所持品:基本支給品一式×3、アルバム、折り畳み傘、拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)
       USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、吸収シーツ×5枚、車のキー
       不明支給品(小梅)x0-1、不明支給品(涼)x0-1 】
【状態:絶望】
【思考・行動】
 基本方針:???????
 0:――――――
 1:『はじめ』の私は……


※諸星きらりの死体の傍に、支給品の入ったバックが落ちています。
 「基本支給品一式x1、かわうぃー傘、不明支給品x1、キシロカインゼリー30mlx10本」

※相川千夏の死体の傍に、肥後守が落ちています。

※双葉杏の死体の手に拳銃(シグアームズ GSR(5/8))が握られています。

※ログハウスの中に相川千夏と双葉杏の荷物が落ちています。
 相川千夏:「基本支給品一式x1、ステアーGB(16/19)、ストロベリー・ボムx7、男物のTシャツ」
   双葉杏:「基本支給品一式x2、ネイルハンマー、.45ACP弾×24、催涙グレネードx2、不明支給品(杏)x0-1」


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相川千夏 死亡
双葉杏 死亡
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最終更新:2018年07月02日 19:53