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セシリア「わたくしが主役でしてよ」③
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meteor089
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セシリア「わたくしが主役でしてよ」③
107 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:36:10.63 ID:0oJu9aKh0
「…………」
セシリアにしてみれば、酷いとしか言いようがない。一夏はどうして、同じチケットが送られていたはずなのに、それを鈴にあげてしまうんだろう。チェルシーからひと月前に、大英博物館が協力している展示が有ると聞いた。一夏と千冬にも送られている事を聞いた。博物館なんてとはじめは思ったけれど、期限が近付くにつれて、二人で出掛けるいい口実なのに誘ってくれない事に少し切なさを感じていた。もしかして姉弟で行ったのだろうか?それならそれでいい。そうも思い始めていたけれど……今朝になってみれば、それは鈴に渡されていた。
(きっと、ご都合が合いませんでしたのね)
今夜就寝前に会った時にでも、少し拗ねてみるのもいいかもしれない。きっと一夏は都合が合わなかった事を謝りながら、ぎゅっと抱きしめてくれる。お詫びにと少しキスの時間を長くしてくれるかもしれない。そんな風に考えていた。
108 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:37:00.11 ID:0oJu9aKh0
「はあ、更にここからバス、ですのね。やはり車を呼ぶべきだったのではなくて? ――鈴さん、さっきから何をきょろきょろしてますの?」
普段二人で駅前へ買い物に行くときはやたらと車を呼べとごねる鈴が、今日は頑なに公共機関での移動を主張した。今日は駅前で終わりじゃない、更にバスに乗らなければいけない。セシリアは日本のバスがどうにも馴染めなかったし、待ち時間が勿体無い。こんなときこそ車を呼ぶべきではないだろうか。
「え?あ、あは、あはは、ナンデモナイヨ!」
しかも、今日の鈴はすこぶる怪しい、何か考えがあるのはさすがに分かるのだけれど。何があると言うのか。別に鈴の策ならそう心配することではないかと問い詰めはしないけれど。
「えーと、あ!いた!――じゃない! ねえねえセシリア、アレって一夏じゃない?」
鈴が指差す方向を見ると、駅前のカフェに確かに一夏の姿が見える。機嫌も体調もすこぶる良好、と言った感じだ。鈴の台詞がやや棒っぽいのが若干気になるけれど、些事である。
(あら……別に一夏さん、ご都合が悪いようにも見えませんわね……??)
「何してんのかしら?いってみましょ」
「え?ええ……」
そこから先は、セシリアはあまり覚えていない。ただ、一夏の後ろには楯無先輩がいて、一夏への殺意を意識するより早くトリガーを引いていた。
109 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:38:02.51 ID:0oJu9aKh0
――――
「まぁ、鈴さん……聞こうじゃございませんの。いいわけを」
激高する鈴を、少し冷静になったセシリアが制す。一夏がそんな事するわけがない。きっと、事情があったに決まっている。問答無用でぶっ放した事は、恋人である自分を差し置いて鼻の下を伸ばしていたのだ、狙撃の一発や二発は仕方がない筈だ。今、セシリアにとって最も重要な問題はもうそこではない。
「い、いいわけって……と、とにかく、セシリアが怒るのはもっともだ。ただ信じてくれよ!楯無さんがああいう人だってのはセシリアだって分かってるだろ、俺だってやめてくれって言ったんだよ!」
「鼻の下伸ばしてたくせに」
セシリアに制止されて《双天牙月》を収めた鈴が、相変わらずむすーっとした顔で一夏に突っ込みを入れる。
「なっ!り、鈴!そんなわけねーだろ!?伸ばしてねーよ!」
「のーばーしーてーたー!アタシ見たもん!」
「―― 一夏さん?今はわたくしへの言い訳の最中でなくて?」
「ッ! はい!」
鈴とやったやってないの口論を始めそうになった一夏の耳に、さっき冷静になったはずなのにもう沸点近くまで威圧感を纏い始めたセシリアの声が届く。その隣では鈴も思わず背筋を伸ばしていた。今、セシリアにとって最も重要な問題はそこでもない。
110 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:39:21.52 ID:0oJu9aKh0
「それで?」
「え?それで……ええっと、それで…………」
一夏は、セシリアが怒っている理由を知らない。ただ、そこは一夏の非ではない。最終日まで博物館に誘ってくれなかったというのは、そういったものは全て千冬ファイアウォールで止められてしまっていたし、今日、そのファイアウォールから渡されたチケットで一夏はセシリアを誘うつもりだった。ただ、気を使うあまり誘いにくくて鈴に渡すことを頼み、セシリアがここに来ると鈴から聞いてここで待っていただけなのだから。だが、セシリアにとって今最も重要なのはもうそこですらない。
(あ、あれ?楯無会長の事じゃないのか……?な、なんで俺こんなに激怒されてんだ!?……そうか!)
「あ、ああ!確かめ合ったよ!それは間違いない、誤解って言ったのはその、違うニュアンスで……!」
今朝も愛を確かめ合ったと言う言葉を誤解と言ったかのような言い方をした。鈴がその反応でキレてる理由は大方一夏にも想像がつく、要は一線を越えたかもしれないことに鈴は怒ってるのだろう。それは誤解だ、一夏もセシリアも、いつ超えてもおかしくはないが朝や就寝前の時間はない。時間が足らない。かといって堂々と「鈴が俺たちが毎朝ヤッてると誤解してる」とは言えない、言えるわけもない、でもセシリアなら今の説明で分かってくれたはず。愛を確かめ合ったことは否定していない。鈴も誤解だったとわかる筈だ。
「……」
しかし一夏の期待をよそに返って来たのはむすっと口を結んでじっと一夏の目を見つめるセシリアの表情だった。セシリアにとって、期待するものにはまだ足りていない。でも、怒りは収まっている、だからセシリアは、じっと一夏の瞳を見つめるし、何も言わないで待っていた。
(あ……あれぇ……)
肝心の一夏がそれに気づける人なら、一夏ではないのが問題なだけだ。
111 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:39:55.00 ID:0oJu9aKh0
一方
(愛を確かめ合うって、言い方が悪いのよ、まったく……やっぱ一夏コロス!コロス!コロス!コロス!大体待ってるだけでなんでこうトラブルを呼び込むのよあのバカ!計画が台無しじゃない!…………あれ?計画?)
「――――っあ”!!!」
毎朝そんな青少年の青の字が違うような事を自分の許可無くしてるなんてぶっ殺す。という感情に燃え上がっていた鈴だが、どうやら勘違いだったことは理解。ふと我に帰れば、怒りのあまり本来の目的がトンでしまっていたことに漸く気付く。鈴は、まさかの本人がチケットを持っているなんていう思いもよらない事態に遭遇し、一夏との約束を本当の意味で果たしていなかった。
112 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:40:52.44 ID:0oJu9aKh0
――
鈴ちゃん『あれー、一夏ー。どこか行くの?』
バカ『え?なに言ってんだ……?博物館へ……』
セッシー『あら!奇遇ですわね、わたくしたちもこれから博物館へ行く所でしたの』
鈴ちゃん『よし!じゃあ三人で行こう!決まり!』
バカ『え、おいちょ―― ぎゃふん!』
セッシー『おかしな鈴と一夏さん』
鈴&セッシー『あははうふふ』
――
(やばああぁぁぁぁあああイ!!これじゃこうはなら無いじゃないのよ!!)
113 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:42:22.88 ID:0oJu9aKh0
とりあえず二人を会わせ、『偶然一人で博物館に行こうとして駅前にいた一夏』も一緒に行こうということにすれば結果オーライ、一夏が約束が違うと言ったら殴って黙らせればいい、アタシが行かないとは言ってない。想定ではこうだった。
「あ” ……なんて、鈴さんどうしましたの?立ったまま寝ていびきでもかいてまして?」
「そんなヒキガエルみたいないびきかいてないわよ!ってかいびきなんかかかないわよ!!」
何とかして軌道修正しなければいけない。突然上がった鈴の声に少し驚いたように一夏から視線を外したセシリアに返しながら鈴は思考をめぐらせる。どうにかして一夏に約束が果たせなかったことを悟らせないように、三人で博物館へ行かなければいけない。
(……考えろ、考えるのよ…………あれ?)
114 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:43:03.71 ID:0oJu9aKh0
(そういえば……)
鈴は何かを見落としている事に気付いた、一夏の約束を守ろうとするあまりに本質を失念していないだろうか??
「……もうっ!ここは……愛してると囁いて抱きしめるところですわよ!!」
痺れを切らしたセシリアはずいと一夏に一歩近づいて、顔を近づけ一夏に迫る。
「ぃいッ!?こ、ここでか……!?」
(そもそも……)
「じゃ……じゃあ……いくぞ、セシリア」
「……はい、来てくださいまし」
セシリアは結局来たんだから別に、チケットを渡せなかったとしてもいいんじゃないだろうか?
「セシリア……大好きだ、世界で一番……あ、愛してる」
「今噛んだから、もう一回……ですわ♪」
むしろ、チケットが一枚多くなったのだから普通に私も行くー!で万事解決なんじゃないだろうか?騙そうとした罪悪感から変な策を練ったが、この際二人きりにしてやれなくてもいいじゃないか。どうせこの二人は……。
「ぃいっ……し、しょうがねーなぁ……セシリア、愛してるよ」
「わたくしもですわ、一夏さん、お慕い申し上げております」
「って! こらあああぁぁぁあああ!? さっきから何やってんのよ!このバカップル!」
115 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:44:10.74 ID:0oJu9aKh0
鈴が真剣に考え込んでいる脇ですっかり二人の世界に突入してイチャイチャし始めていた。二人揃ってほっておけば勝手にこの調子だ。駅前のカフェで堂々と。尤も、IS学園の生徒、それも専用機持ちとくれば、誰も咎めない。※勿論学園に連絡は行くので帰ってからは推して知るべし。
「なんですのぉ?愛を確かめ合っているのですわ。ああ、一夏さん♪」
「ちょ、セシリア……流石にここじゃ……後で、な?」
「……はい……」
ISを持ちだしてまでの痴話喧嘩は、すっかりなりを潜めている。もう何もかもがばかばかしくなって、深々と溜息を吐いて、鈴は、その感情に内心はっとして、勢いよく首を左右に振った。本当に犬も食わない。
「ったく!とにかく、さっさと行くわよ?見る時間無くなっちゃうんだから!」
鈴は腕時計の時間とバス停の方向を交互に見ながら二人に言う。
「……どこへですの?」
「どこへ行くんだ?」
「どこへ行くんだ?」
「なんっであんた等同じこと言ってんのよ!?博物館よ! 博 物 館 !一夏に渡してくれって頼まれたけどセシリアもチケット持ってたんだし三人で行きましょ?全く、余計なこと考えないで初めからこうしてればよかったのよ……」
肩の荷が下りたと脱力しながら、片目を閉じて明るい声で笑う鈴。だが、
「……ぇえ? ……鈴さんのチケットを一夏さんに返して鈴さんは回れ右じゃございませんの?」
一夏に抱きついたまま不満そうに眉根を寄せて返すセシリアの声はとっても嫌そうで。
「何よ!そのイヤっそ―な声!酷くない!?あたしがどんだけ……! あったまきた!絶対ついてく!とりあえずいいから離れなさいよ!さっさと行くわよ!」
「なんですの!?あ!ちょっと、引っ張らないでくださいまし!馬に蹴られたいんですの!?雨に濡れてしまうじゃありませんの!」
「ほら、一夏も早く会計済ましてきなさいよ!早くいかないとバスが出て行っちゃうわよ?」
鈴の言うとおり、駅を始発とするバスがロータリーに現れた所だった。
「……え?俺お冷しか飲んでねぇよ」
「とんだ迷惑客ねあんた!」
116 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/24(月) 00:44:36.35 ID:0oJu9aKh0
――――
一方
「さて、ボーデヴィッヒ」
「はっ!教官!」
「満潮前には回収してやる、反省しろ。そして今日見たものは忘れるように。いいな?質問はあるか」
波打ち際の岩場に、鎖で縛られた掃除用具入れが置かれている。じき、潮が満ちてくる頃合いだ。
「はっ!教官!一つだけ、自分のカメラは!」
「 忘 れ ろ 」
「――ッ!」
さらば我が愛機、既に腰の辺りまで水に沈み、荒れる波に揺らされながら、掃除用具入れの中でラウラは慟哭の叫びを上げるのだった。
120 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/30(日) 23:27:17.70 ID:MuD5RbRP0
「……何でこんなことになってんだよ……」
三人での博物館は、流石に館内で騒がない程度の常識は三人ともが持ち合わせていたようで、さほどの騒ぎは無く。いかにもなお嬢様とどう見てもユニクロな男のカップルである事を差し引けば、普通の国際カップルと女友達にしか見えなかっただろう。売店の前にさしかかるまでは。
折角だからお土産買おうと鈴が売店に走り、恥ずかしいからおよしになってとセシリアがその後を追う。一夏は走る彼女の尻を見る。なにもおかしい事は無い。こういった偶然の積み重ねは時折一夏も写真に残してみたいと思う。今度ラウラに
「だっからさー、なーんでわかんないかなぁセシリアは?」
「鈴?この、イギリスの国家代表候補生にしてオルコット家当主のわたくしにそんな珍奇なものが似合うと思いまして!?」
普段口論の絶えない二人も、こんな場所であればそこは分別のある、IS学園生徒、ひいては国家代表候補生であるという自覚から気を引き締めて……。
「いやですわよ、そんなラフレシアの髪飾りだなんて!」
「いいじゃない、着けてみなさいってば!原寸大じゃないんだから」
気を……な……あ、ウツボカズラだ。
121 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/30(日) 23:28:00.33 ID:MuD5RbRP0
「原寸大の髪飾りだったら今すぐにでも無理矢理黙らせて差し上げましてよ?だいたい展示を見ませんでしたの?あのようなグロテスクなものが私に似合うはずが有りませんわ!?」
「何よ!いいからつけてみなさいってば!それから鏡を見て判断しなさい?」
「ねえ?一夏さん」
「ねー?一夏」
「ねー?一夏」
「ウツボカズラにも穴はあるんだよな…… へ?なんか言ったか??あ、えっと、どっちでもいいんじゃねぇかな……なんて」
「一夏さん!!!」
「一夏ァ!!!」
「一夏ァ!!!」
「ひっ……わ、悪かったよ、え、えーっと??」
一夏は経験で理解していた。こんな時に論争の内容を確認するのはご法度だ。『何の話だ?』なんて言った日には総スカンを食う。こんな言い合いなんか日常茶飯事だ、交際を始めてからも一夏は時折セシリアの部屋の前に『通りかかる』事が多いのだけれど、中から声が聞こえたと思ったら、ビネガー味のポテチの是非について口論していた。つまり、今回もどうせくだらない事だ。
122 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/30(日) 23:28:36.47 ID:MuD5RbRP0
「あ、あー……俺は少し臭みがあるのも嫌いじゃないぞ?」
「鈴さん、折角ですからそれはいただきますわね。店主!ラフレシアの香水はございますかしら!?」
「香水はやめてセシリアッ!同室に少しは気を使ってぇぇえ!!」
「離してくださいましっ!わたくしは身も心もあの香りに……ッッ!」
「ぃいッ!?ラ、ラフレシアぁ!?」
ラフレシアの香水を購入しようとするセシリアとそれを必死に止めようとする鈴。有名な話だが、ラフレシアとは世界最大の花であり、マレー半島周辺に咲いている。イギリスの植民地建設者にしてシンガポールを創設した"ナイト"であるサー・トマス・スタンフォード・ラッフルズが発見した。キモイ大きさ、グロイ見た目、汲み取り便所の臭いに喩えられる腐臭と、ちょっと普通は近付きたくない類の花だ。いかにも触手が生えて虫は余裕、人くらい食べそうに見えるかもしれないが、別に取って食ったりはしない普通の植物だ。
「あ、あー、セシリア?」
「一夏さん、待っていてくださいまし、今夜からはラフレシアの香りに包まれたわたくしに……」
「一夏!もー!!あんたが変なこと言うから!!」
「お、俺のせいかよ!?」
反射的に鈴にそう言い返しはしたものの、実際、セシリアがそう判断するに至ったのは自分のせいだ。
(ビネガーの話じゃなかったのか……)
抱きしめた時にほんのり香る薔薇の香りも好きだ。いつも少し違う香水を微かに香る程度に上品に身に着けているのも好感が持てる。ほんのりラフレシア臭がするのは流石に一夏も勘弁願いたい。
123 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/10/30(日) 23:29:26.90 ID:MuD5RbRP0
「せ、セシリア。その香りもそう、悪くは無いかな、なんて思うけれど……セシリアはやっぱりいつものセシリアの香りでいてほしい……そっちのほうが、抱きしめたくなる……から」
「……ぅっわ……ちょ、流石にベタ過ぎ……」
横で鈴が軽く引いた眼差しで見ている、ベタで悪かったな。
「……一夏さん……!分かりましたわ!わ、わたくしもその、正直ラフレシアの香りは流石に、と思ったのですが、一夏さんが喜んでくれるなら……と。ふふっ、一夏さんはいつものわたくしの香りで抱きしめたくなってくださってるんですのね?ふふふっ!」
セシリアは両の瞳をキラキラと輝かせ、胸の前で指を組んで間近に駆け寄って見つめてくる。軽く引いた目の鈴がそんな様子のセシリアを見て深々とため息をついてから腕を組み、顔を背ける。
「……」
しかし、一夏が対応に困っているのか無言で何もしないのに気付き、イライラした様子で一夏を睨み、小声でささやく。
「何やってんのよ、一夏」
「え、何って……」
「そこは無言で抱きしめてってサインでしょうが!」
「げふっ!?」
鈴の華麗な回し蹴りが一夏の背中にヒットし、よろけた一夏は自然と正面のセシリアに凭れ掛かるように抱きつくことになる。そのままセシリアを博物館の床に押し倒しかねない勢いだったが、セシリアが踏み止まった。予測していたかのようにがっしりと。
一夏の腕が背中に回されたのを確認してからセシリアも腕を一夏の背中に回し。その右手は鈴だけに見えるようぐっと親指が立てられていた。
(グッジョブですわ!)
(アンタの狙いなんかお見通しなのよ)
プライベートチャネル。ではない。ずっと計算ずくだったわけでもない。ただ鈴には、一夏のベタな台詞を聞いた時点でセシリアがどうするのか、どうしたいのかが理解できた、それだけの事だ。ならば鈴は不本意でもそれに乗る。
売店のおばちゃんの生暖かい視線や、来賓扱いのチケットを持っていたイギリス国家代表候補生の少女が相手で注意も出来ない警備員(33歳・独身・魔法使い)の視線を浴びながら、二人は抱き合ったまま、時折互いの名前を囁き合うばかりだった。
そんな二人を見守りながら、鈴は満足げに微笑んでいた。
133 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/11/07(月) 00:54:24.25 ID:kJwp1Zsc0
「ったく、いつまでやってるのよ」
結局二人の抱擁は、10分ほどで鈴の手で強制的にぺりっと剥された。当然のようにセシリアはむっとしていたけれど、鈴にとって珍しかったのは、一夏の不満そうな顔だった。
(やれやれ、これじゃ完全にお邪魔虫じゃない?ははっ)
自虐的な思考ではあったけれど、実の所鈴にとっては少しばかり嬉しい話だった。一夏のことはセシリアより昔から知っている、小学校高学年から中学生の二年間を一緒に過ごして来たのだ。唐変木・オブ・唐変木ズなんて異名を欲しいがままにしていた一夏が、あの一夏が、セシリアと抱き合って、それを無理矢理剥されるとむっとするのだ。それだけ想われている事を感じてセシリアは今どれだけ幸せな気持ちだろう?
「幸せそうな顔しちゃって?」
セシリアの傍に行き、にっひひーと、悪戯めいた笑みを浮かべながら、一夏に聞こえないような声で囁きかける。はっとした顔で鈴の顔を見返すセシリアの、半分にやけつつ恥ずかしがる表情がとても可愛らしくて、鈴は笑みを深める。
「そっ!そんなこと……ありますケド……」
赤くなって否定できないセシリアの腕をとり、歩き出す。もう博物館の順路も終わりだ、結局お土産は買えなかったけれど別にお土産はどうでもよかった。楽しい一日を過ごせた、引っ張らないでと抗議しながらも笑いながら共に歩く友を見れば、その感想が共通のものと実感できて、鈴は上機嫌に博物館の扉をくぐる。
136 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/11/07(月) 03:04:12.62 ID:kJwp1Zsc0
「わぁ、綺麗……」
館内にいるうちに、雨は上がって、空はまばらな雲間を斜陽が紅く照らしていた。それが余りにも綺麗で、素直に言葉が出る。
「ふふっ、鈴ったら子供みたい、語彙が有りませんわね」
単純明快に、思った事をそのまま口に出す鈴の言葉尻に半ば反射的にセシリアが口を挟む。もはや習慣、ただそれは少し失言だった。内心にしまったと口を噤むももう遅い。
「な、なによー!じゃあアンタはどうなわけよ?綺麗だと思わないワケ?情緒がないわねー」
少しむっとしたような顔で鈴は問い返す。綺麗なものを綺麗といって何が悪い。鈴は鈴で、どうしてセシリアがそんな事を言ったのか、ついぞ出た失言と判っていて回答を絞る。
「なっ!?そ、そんな訳ありませんわ!?……ぅぐ……え、ええと、う、美しい夕暮れですわね」
そう言われてしまうと、語彙がないと言ってしまった手前、セシリアもただ綺麗だと言うに言えなくて、言い方を変えては見るものの、セシリア自身分の悪さに悔しそうに鈴を見る。
「そっちの方が語彙がないんじゃないの~?」
「う……ぐ……」
セシリアが反射的にこちらをからかったのがいけないのだ、悔しそうなセシリアを見下すように顎を上げて勝ち誇り、まんまとやりこめたと満足げに笑っていると、ふと、約一名の姿が見えない。
「あれ?セシリア、一夏は?」
「あれ?じゃありませんわ!鈴さんがさっさとわたくしを引っ張って来たんじゃありませんの……確かにお姿が見えませんわね、まだ中にいらっしゃるのかしら……」
「んー……一夏に限って迷子って事ァ無いでしょうし……ほっといてもバス停にでもいれば来んでしょ」
セシリアは一度博物館の方を振り返り、確かに、博物館からバス停まではほぼ一本道、特に問題もないだろうと考えてから鈴に頷きを返し、雨上がりの道を二人で歩き始める。
137 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/11/07(月) 03:05:58.48 ID:kJwp1Zsc0
「あーあ、もうすぐクリスマスねぇ」
「もうすぐって……鈴さんは少々気が早いのではなくて?まだまだ先ですわよ」
「何言ってんのよ、このくらいあっという間よあっという間。ま、アンタは待ち遠しくてまだまだ先なのかもしれないけれど?」
「ふふっ、そうですわね。でもクリスマスの前にテストと試合が有りましてよ?部活のほうだって」
「ぅえ、ヤな事思い出させないでよ~、あーあ、この前の小テストやばかったのよねぇ……」
畳んだ傘を手持無沙汰気味に、歩きながら足で先をコツコツと蹴りながら、鈴は空に向かって溜息を吐く。
「またですの?全く、国家代表候補生がまた赤点ギリギリだなんて流石に笑えませんわよ?」
「そりゃまぁ、そうなんだけれどさぁ……」
鈴は口を尖らせる。実際セシリアが言うように余り笑える状況ではない。ただ、鈴も決して馬鹿ではない、元気だからなれる程国家代表候補生は安い看板ではない。世界最大の人口を誇る巨大国家中国でその地位につくという事はセシリアが言うところのエリート、専用機まで与えられたまさにエリート中のエリートというわけだ。当然学力も高い。良くある授業内容の変化についていけていないというやつだった。
「ISの教練はわかるのよ、教練は……」
「だったら簡単でしょう、特に試験勉強なんてパズルのようなものですわ、答えが用意されているのですから」
「そんなに簡単だっていうならセシリア教えてよー、ね?」
「いやですわ、ご自分でやってこその試験、それに折角教えようとしてもどうせまた寝てしまうんでしょう?」
やれやれと掌を上に向けて顔を左右に振る仕草を見せながら、にべもなくセシリアが返す。持った気品から些細な仕草でも酷く挑発しているように見えるあたり、気品とやらもあまり持ちすぎるのも考えものか。
「ぐぬぬ……ふんだ、あったまきた!いーわよ!もう頼まないから!期末の学年トーナメントであたったら覚悟しときなさいよ!」
ビシ、とセシリアに向け指を突き付ける、小柄な身体から溢れんばかりの負けん気の強さが見せるそんな仕草がとても鈴らしい。期末の学年トーナメントとは、ISの操縦にも慣れてきた一般の生徒たちも交えたトーナメント形式のイベントで、個人戦で行われる。尤も、至極当然のごとく専用機の保有者が勝ち上がるものであり、半ばデモンストレーション的なイベントとなっていた。
「なんですの?人の親切を……! ふん、無様に地面を転がるのは鈴さんの方でしてよ?」
「なによ!」
しかし、三年生は一人、二年生は二人しか専用機持ちがいなかったが、今年の一年生は何度も繰り返しているが専用機持ちが7名、更に全員が亡国企業や謎の無人IS等が相手の『実戦経験』を持っている事からも今年の一年生トーナメントは数日かけて行われる異例の事態となっていた。
「なんですの!」
138 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/11/07(月) 03:44:16.64 ID:kJwp1Zsc0
話を戻そう。互いに、口論しているようにしか見えない二人だが、本人たちは周囲が思うほどの喧嘩はしていないつもりというのが迷惑というもので。
「あ、バス来た」
「一夏さん……どうしてしまったのかしら」
「どうしよ?一本見送る?」
まさにこの二人は、あれでなんら口論も喧嘩もしていないと互いが思っている典型だった。
「……お前らなあ……何喧嘩してるのかと思って隠れちまったじゃねえかよ」
少し離れた植え込みの陰からのそのそと一夏が出てくる。
「どうして隠れるんですの?」
セシリアが不思議そうな顔で問う、鈴はと言えばどうして隠れたのか判るのか、わざわざ隠れていた事を宣言してセシリアに突っ込まれる一夏の鈍さに目頭を押さえていた。
「……え、ええっと、いや、邪魔しちゃ悪いかなーと、思ってさ??はは」
勿論嘘だ。
本当は、どちらかの味方をさせられるのが面倒くさかった。それは勿論セシリアの味方だけれど、授業の変化についていけてない人種としては鈴の言い分もわかる、というか一夏も教えてもらいたかった。ここはセシリアに何とか折れてもらいたい。かといって鈴の味方をしようものならセシリアの怒りゲージが一瞬で振り切れるであろうことも想像に難くなかったからだ。
「……」
いつもはちょろいセシリアがじーっと訝しげに一夏の顔を覗き込む。もしかして藪蛇を踏んだだろうか?なんて今更一夏は考えているのだから始末に負えない。
「はー……お二人さん、運転手さん困ってるわよ!乗るならさっさと乗る!」
道中のバス停ではないから本当は少し余裕があったが、バスのタラップを途中まで上がった鈴が一夏に助け船を出す。つまらない事で時間を取られるのも嫌だったし、どうせこの二人の事だ、ほっとけば雨降って地固まるよろしくその場でいちゃつきだすに違いない。
「はっ!わ、わたくしとした事が……失礼いたししましたわ!乗ります!」
「お、俺も!」
(……一日に何回雨降ンのよ)
やれやれと嘆息するのも何度目か、もう鈴はその回数を数えるのもおっくうになっていた。三人を乗せたバスは、雨上がりの夕焼けの中、学園に向かう帰路についたのだった。
139 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/11/07(月) 03:47:29.06 ID:kJwp1Zsc0
―――― 一方その頃
140 :IS ifストーリー Cecilia Alcot ◆l5R7650ANI [sage saga]:2011/11/07(月) 04:23:46.79 ID:kJwp1Zsc0
満潮に近くなった海岸の懲罰房(廃棄ロッカーを鎖で巻いたもの)に入れられたラウラは、もはや首元まで迫る水面に必死に顎を上げて呼吸を確保していた。
こんな事になってしまっているのには千冬の誤算が有った。確かに前回懲罰房送りにした一夏は満潮でも沈んではいなかったが、ラウラは比較的小柄な体形をしている。勿論泳げないわけではないのだが、縛られていては満足に立ち泳ぎさえできない。そして、何もしなければラウラは浮かない。専用機持ちを例にとって説明すれば、
ラウラ ・・・潜水艦
鈴 ・・・やや浮くそぶりは見せるが沈む
簪 ・・・浮く
シャル ・・・余裕で浮く
セシリア・・・余裕で浮く
モッピー・・・戦艦
鈴 ・・・やや浮くそぶりは見せるが沈む
簪 ・・・浮く
シャル ・・・余裕で浮く
セシリア・・・余裕で浮く
モッピー・・・戦艦
このような序列が存在する。このままいけば嫌が応にもラウラは溺れる事になる。
「……浸水だと!馬鹿な、これが私の最後と言うか!認めん、認められるか、こんなこと」
波が顔を被おうとしたその時、外から鎖を引き千切る鈍い音と、聞きなれた友の声が響いた。
「――ラウラ、『貸し』ておくよ?」
明るく優しい声色が聞こえる。恐らく《ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ》を展開しているのだろうその人物にロッカーごと持ち上げられ、浸水していた海水がロッカーの外へ流れてゆく。
「……ふっ、助かったぞ……シャルロット……」
助かったからと、のんびりはしていられない。ラウラは次の一手を素早く考え始めていた。
――データは一つではないのだから。