◆Chapter1
地上より遥か上空に浮遊する天空要塞都市の最奥、主神殿玉座の間。
太陽皇帝たるライダーとそのマスターである少年は其処にいた。
「来るさ。」
堂々たる態度で玉座に座しながら、ライダーは答える。
英霊六騎招聘の宣告より、もうじき24時間が経過する。その時以来、少年は神殿内にいた。
一睡もしておらず何も口にしていないのだが、体調に不良はなく、寧ろ普段より力が漲っている。
サーヴァント・ライダー。神王たるインカが神殿内に在るだけで、陣営を同じくする少年には
神々の加護がある。
サーヴァントと繋がれたパスにより、魔力が奪われるどころか逆に満ち溢れる。聖杯戦争の常識すら太陽皇帝には通じない。
玉座前には巨大モニターの数々。荘厳な輝きに彩られ、天空都市の内外を映像として投写している。
中心のモニターには、六騎の英霊が上空を仰いぐ姿が映されていた。
かつてライダー手に入れた聖なる水晶板、『神羅万晶(ススル・プキオ)』。
ライダーが望めば、未来すらも映し出す、魔法の神器。
故に、太陽皇帝は知っていた。六騎の英霊が、一縷の望みに賭けて敢えて王の都に足を踏み入れることを。
「未来は一定ではない。無論、彼らがこの道を選ばぬ未来はあった。
しかし結局は選んだ。察したのだろう。我が天空楼閣に乗り込まぬ限り、自らが聖杯を掴む機はないとな。」
確かに、その通りだ。この全長数キロメートルに及ぶ天空要塞都市を破壊する手立てなどあろうはずもないし、
そもそも、この超宝具は普段は雲上に姿を消しており、場所の把握も困難。
これも、太陽の皇帝(インカ)が建造の際に込めた、不朽であれという概念に由来する能力に他ならない。
都市の主たるインカが没しても、不朽の神秘は潰えず、数百年に渡って征服者達の眼から逃れていたのだ。
「何だマスターよ、まだ腑に落ちぬ顔をしておるな。問うてみよ。」
「ああ、そもそも、何で奴らを呼んだんだ。」
確かにこの都市はライダーにとって絶対的アドバンテージとなるだろうが、
それでも他の英霊六騎を同時に敵に回すのは暴挙に思われた。
しかし、ライダーはそんなことかと微笑を浮かべ、
「何を抜けたことを申すか。仕方あるまい。無辜の民を戦火に巻き込まぬことが我がマスターの望みであったのだからな。」
「なっ―――。」
「さあ、英霊達を招待しようでないか。
マスターよ、泰然と座して覧じるが良い。そなたのサーヴァントの戦いを。」
ライダーがそう告げると、少年は神殿内で最も強固な部屋へと転移された。
戦に臨むインカを間近に見ては、気絶は免れないという配慮ゆえ。
ライダーより遣わされた飛行型石獣兵の背に乗せられ、英霊達は上空に浮かぶ都へと近づく。
「これは……。」
―――『不朽の天空楼閣(マチュ・ピチュ)』。かの太陽皇帝が建築したという伝説の聖都市。
遠目であってもその威容は伺い知れたが、接近することによって更なる脅威が英霊達の総身を震わせる。
都市を隈なく覆う、芸術的なまでに精巧な巨石の城壁群。
それより迸る紫電の網は、城壁の及ばぬ空中部を半球状に包み、文字通り羽虫の一匹すらも通さぬ鉄壁を為していた。
思わず
ランサーは呟く。
昨日、アーチャーは語るところによると、いかなる宝具を持ってしてもあの天空要塞都市を堕とすことは叶わず、
逆に、ライダーはこちらを滅する手段が幾らでも持つ恐れがあるという。
流石に眉唾ではあったが、今間近にこの超宝具の護りを見ては、前者については正しかったとランサーも認めざるを得なかった。
飛行石獣兵が「城門」の前に集うと、ひとりでに重々たる扉が開け放たれた。主を愉しませる賓客を歓迎するかの如く。
六騎が石獣より降り、都へ立つと、その背後で城門は閉じられた。王に仇なす逆賊を逃さんとするが如く。
彼らを招聘したライダーは何処にいるのか、探す必要もない。
都市の中央、黄金に飾られた大神殿から放たれる濃密な神気が、太陽皇帝の在り処を物語っていた。
英霊達が言葉もなく歩みを進めようとしたその瞬間、轟音と震動が響き、凄烈なる光が目を眩ませた。
◆Chapter2
日本より遥か彼方、500年以上前に、山々の中に栄えたとある小国に、1人の王子が生まれた。
壮健であった頃、数々の戦に勝利した偉大なる父王、自らにも流れるという太陽の血統を誇りに思い、
王子は自分の才にかまけず、武に置いても勉学に置いても弛まぬ修練を積んだ。
民は誰もがこの王子を次代の王へと望み、王子もその自負を抱いたが、王には怠惰な長兄が選ばれた。
偉大であった父王はこの頃には老いて気力を失い、長子制度に拘る貴族(オレホン)達に逆らうことが出来なかったのだ。
そして間もなく、小国は脅威に晒される。古来よりの太陽の民の大敵たる蛮族が、
愚かな長兄が新王に着いたのを好機と見て、総力を上げて侵攻に及んだのだ。
父と兄はあろうことか国を捨てて逃亡し、主都には途方に暮れるオレホン、民、そして王子が残された。
王に見捨てられた民は指導者を求めた。まだ少年であった王子に救いを求め、縋りつく。
王子の決断は早く、明快だった。王に見捨てられた哀れで無力な民の為に戦うことに、一つの躊躇もなく、
それには自分を王位に着けることを望まなかったオレホンも当然含まれていた。
敵軍との会見も虚しく、戦端は王都
クスコ前に開かれた。
雲霞の如き狂声の民を率いるは、 剛将ハストゥ・グァラカ。対する王都の守りは士気低い僅かの民兵。
勝敗は火を見るよりも明らかであり、誰もが絶望を抱いていた。―――ただ1人を除いて。
王都の前に掘られた幾つもの落とし穴も大した効力を持たず、蛮族達は猛りながらその足を踏み入れる。
そして、迎え撃たれる。ただ1人のまだ幼さすら見える王子によって。
投石機によって砕かれる。短剣によって刻まれる。槍によって穿たれる。盾によって圧される。
あらゆる武器を使いこなし、自身の数倍もの体躯の蛮兵を倒していく。
そう、落とし穴は蛮族を無力化する為にあらず、兵の大半を、自身の元へ誘導するため。
猛勇なる蛮兵達も、鬼神の如く荒れ狂う若党の前に戸惑い、躊躇い、やがて初めて恐怖という感情を覚える。
やがて王子は武器すらも捨て、素手で敵を屠ってゆく。屠る。屠る。
攻め入る敵兵を屠り尽くした先に、まだ数多残る蛮族を征する為に、討って出る。
戦いの最中に際限なく湧き出る未知の力を、少年は自然と受け入れていた。
己が心臓が、脈打つ度に炎の如き血潮が全身を巡り、魔力が溢れ、神気が生まれる。
受けた負傷が瞬時に快復してゆく。その力を己がものとして支配しする。少年は理解する。この力の源はなんであるのか。
王子は自らの国と血統を誇っていた。しかし、同時に疑問もあった。
太陽の御子である神祖は、何故在り処を地上に定めたのか。
歴代の王達は、偉大なる太陽の血を継ぎながらも、何故異民族との戦に苦戦し、王国版図の拡大がままならぬのか。
全て、全てわかった。神祖が地に立った理由も、紡がれてきた王達の歴史も。
「―――即ち、全ては唯一の王(サパ・インカ)の誕生と目覚めの為に!」
宣言が成されたと同時に、王子の心臓は『煌帝神臓(サパ・インカ)』へと真に完成を果たす。
この瞬間より、王子は確信を持って唯一なる太陽の神王となる。
黄金の陽光が迸る。伝説に過ぎなかった現人神の顕現。
しかし不退転の誓いを立てた狂声の民は特攻する。 己が纏う祖獣の誇りにかけて。
対する王は高らかに謳う。歴代初めて、真なる王としての覚醒を果たした少年にクスコ全土が震える。
天より光が落ち、数え切れない路傍の石塊が集い、重なり合わさり、人獣の巨兵が現れる。
「王よ、我らをお率い下さい。我らは、御身を助く為に生まれたのです。」
全ての父祖たる創造神に贈られた神兵軍。これ程の奇跡を目の当たりにしても、王は驚く様子もなく答えた。
「無用だ。そなたらはここで散り、王都に浸入した敵兵の駆逐と、我が民兵の防衛支援に務めよ。
敵本陣を壊滅させるのは、朕1人で事足りる。」
もはや戦いは戦いと呼べぬものとなり、兵の殆どを殲滅された蛮族は、遂に降伏した。
王に見捨てられた民を最後まで見捨てず、戦い抜き、奇跡を起こした少年を皆が崇めた。
もはや誰1人疑わなかった。この御方こそが、真の王であると―――。
◆Chapter3
地上に置ける永き生の中、数々の偉業を成し遂げたインカにしても、最も苦難に満ち、最も栄光に溢れた記憶。
瞑目から覚めた皇帝は自問する。何故インカたる己が召喚されたのか。何故、ここに至り栄光の記憶を想起したのか。
一つ目の答えは明瞭だ。唯一の王たるこの身は、如何なる聖遺物を持ってしても召喚に能わず、
縁故による召喚も、例えこの身と同じく太陽の血統を持つ者であろうと不可能。
召喚を可能とする程に我が身と縁故を結び得るのは、
かつての己と同じく、卑小の身で無辜の民を救わんとする、身の程知らずしか有り得ない。
二つ目の答えも既に己は手にしている。即ち、これより始まる戦も、かつての初陣と同じく苦難に満ち、
そして必ずや最後には、我こそが勝利の栄光を掴むのだということを―――!
「はははははは!面白い!血が湧き立つぞ!かつての朕が如き未熟者を主に擁し、かつてなき強者との戦に臨むとは!」
「良いぞ!ならば朕は、あの時の若造の胸の高鳴りのまま、最大最高の力を持って迎えよう!」
「―――そして、勝利の栄光の暁には、真の陽の光を民に与えん!」
そう、攻め入るのは彼で迎え撃つのは我である。しかし、挑戦するのはこの己だ。
君臨者である神王が挑むということは、即ち絶対の勝利を意味している。
「陽は昇った!開幕の刻だ!」
「大地よ震撼せよ、天よ覆れ!『世界変革者』たる朕の降臨に相応しく、世界は今、革新する!」
「―――煌帝神臓(サパ・インカ)の名の元に!」
真名解放。彼の英霊を唯一の王足らしめる証にして、太陽の宝具。
これまでとは比較にならない熱を伴った鼓動が、神殿内に木霊する。
その熱が魔力が、王の座す玉座へと流れ込み、そして―――。
輝く主神殿『煌帝神殿(コリ・カンチャ)』より黄金の神気が駆け巡り、都市全域を満たしていく。
黄金光が随所に建てられた神殿群を通過する度に、その輝きが増してゆく。
その威容は、太陽皇帝が再建したかの帝国主都、天空都市よりも高み在りし、黄金湛える聖なる太陽郷(クスコ)の如く。
そしてその最奥にして頂点に立つは、全インカの『世界変革者(
パチャクテク)』。
「朕は此処に在る!宇宙の万象は此処に集う!故に、此処が、世界の中枢である!」
太陽の神王が宇宙の臍たる『神髄の御座(カパック・ウスヌ)』に在る時、即ち其処こそが帝国主都、宇宙の中枢となる。
唯一の王たるインカは、ただ一人で帝国の顕現を可能とする。
天空都市を構成する無数の石塊が怒濤に蠢き、『聖遺の守護巨兵(プルラウカ)』として立ち上がる。
主神殿より目覚めた聖遺物(ワカ)が、かつて信仰された姿を取り戻す。
星の力秘めた水へ、火へ、大樹へ、風へ、宝石へ、獣へとなり、都市中に転移し、侵攻者を待ち受ける。
―――そして、主神殿を護るのは、ライダーと出自を同じくする、十二柱の太陽の化身!
「
竜殺しの槍兵よ、我が腕を穿って見せよ。アラビアの聖剣使いよ、我が足を斬り落として見せよ。」
「中華随一の弓取りよ、己が神話を再現し、我が分身たる太陽たちを射抜いて見せよ!」
「宇宙の中枢たる神域へと辿り着いた暁には、太陽皇帝の全霊との拝謁を与えん!」
宣言の最中、主神殿が燃え上がる。その炎が弾けて散り、熱量砲(ワラカ)と浮遊砲台(ボーラ)の形となり、
王に仇なす蛮兵たちに狙いを定めた。
ここに、此度の聖杯戦争に置ける、最終決戦が、幕を開けた。
◆Chapter4
戦いは、佳境へと向かっていた。城門から太陽皇帝の待つ大神殿への距離は数キロメートル。
名の通った英霊ならば、瞬く間に踏破することも可能な距離だ。
しかし、太陽郷と化した天空都市中では、 英霊達にとってすら、その数キロメートルがまるで世界の果てへの道の様に遠い。
語るまでもなくその道のりは困難を極めたが、意外なことに、都市は六騎の力を弱体化させる類の機能は有していなかった。
無論、キャスターの結界などは発動は制限されたが、セイバーの保有する
天使の加護は、概ね正常に機能していた。
全域が並の神殿以上の神気を漲らせながら、いかにも違和感のある事柄であったが、英霊達にとっては幸運だった。
これは、天空都市が太陽郷としての力を発揮したならば、 敵対者の力を削ぐことすら必要ないという太陽皇帝の絶大なる自信のためか。
それでも、絶え間なく襲い来る帝国の守護者達の前に、英霊たちは傷つき、倒れていった。
帝国の危機に現れた無数の岩石の兵士に、南米各地でそれぞれ神として崇められ、 後に太陽神の眷属となった数多の精霊種。
いずれもがサーヴァントにとっても強大な難敵であることに加え、 常に光弾を放つ熱量砲群にも対処を強いられる。
「―――圧政者の威光を破壊するのは、私の火薬こそが適していよう。」
アサシンは最初に脱落したが、己が命を燃料にした爆破宝具による壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を持って、
六騎の進路を阻んでいた『天咢雷翼(サクサイワマン)』と『聖域の峡間(オリャンタイタンボ)』の城壁群に亀裂を入れ、僅かな光明を見出した。
「未だ収めぬ修験の極み。その秘奥を御覧じろ。」
キャスターが頼みにしていた二体の夫婦鬼神は、他の英霊の援助を行いながらも、
数多の石獣兵『聖遺の守護巨兵』を再生不能なまでに粉砕したところで果て、キャスター自身も術を行使して戦ったが果てていった。
「■■■■■■■■■■■―――!!」
バーサーカーは熱量砲群の大半を引き受け、総身の盾壁を持って無効化した。
更にランサーから一時的に貸し与えられた衣服をコピーし、精霊からの攻撃も、石獣兵からの攻撃も不死身の如く耐えたが、
それぞれ百体以上の石獣兵が融合して生まれた三体の大神獣の前に圧殺された。
倒れた英霊は三騎。生き残り、王の座す大神殿を目前に立つもまた三騎。
そう、七騎のサーヴァントの内、三大騎士が健在を誇っていた。そして、英霊を待ち受けるのもまた英霊。
太陽の血を宿し、それぞれが戦場で伝説を築いた王(インカ)達。彼らは使役されるのではない。
その全員が、最初に唯一の王(サパ・インカ)として目覚めたライダーを誇り、自らの意思で護る為に蘇ったのだ。
その戦意、その戦力共に、これまでとは比較にならぬと弓兵は見通す。
「各々気を引き締めよ。セイバー、ランサー。彼奴ら、万全であればライダー本人に匹敵しかねん者が2、3はおるぞ。」
アーチャーが重々しく口を開く。これまでは主に後方支援を担った為、三騎の中では負傷は少ない。
しかし、絶大なる威力を誇る矢を湯水の如く撃ち放ってきた為に膨大に魔力を消費し、余裕はない。
「おい、そりゃホントかアーチャー?」
「――つまり、最高に燃えるってわけだな!」
ランサーが明朗に応じる。戦意はまるで衰えないが、バーサーカーと共に最前線で戦い抜いた肉体は満身創痍。
竜の毒血をも防いだ自慢の衣服も、愛した妻の髪で編まれた外套も、原型を留めていなかった。
「無論、ここで屈するわけにはいかぬさ。帰ってやることが残っているからな。」
セイバーはあくまで実直に答える。
相対した全ての敵を一太刀で斬り裂きながら、未だ一滴の汚れもない宝剣に反し、やはりその身体は傷だらけだ。
しかしその眼には揺らぐことのない決意が秘められていた。
気炎を吐きながら前方から歩み寄る王の英霊。
後方、左右より石獣兵と精霊(ワカ)軍。
上空からは再量産された熱量砲と浮遊砲台。
三騎士はこれまでに増して更なる困難な戦いに身を投じる。
◆Chapter5
迫り来る石造の帝国守護軍団。此処、大神殿前に至るまでに多くの石獣兵を粉砕したとはいえ、
広大な都市中の石畳が守護巨兵となって押し寄せる。その数は体感にして、無尽に思われた。
間合いに入ってきた石獣兵五体の攻撃。頭、胴、手足と狙いを散らし、こちらの回避を困難にする。
木偶の戦闘にはあり得ない、命宿りし者の攻撃。その膂力、速度、戦闘知能はサーヴァントを打倒し得る。
そして何より、ライダーの力によるものか、生半な破壊では幾度でも復活しよう、死なずの体。
故に、アーチャーたる我も一切の容赦なく、主を守るべく押し寄せる兵達を粉砕しなければならない。
「ふっ!」
首を捻って頭部への攻撃を躱し、手に持った弓を横薙ぎに振り抜き、勢いのまま回転。
四体の兵の攻撃が届く前に、五体全ての霊格を一撃で破壊。流れる様に十本の矢を番えて空を仰ぎ、
九王と戦うセイバーとランサーを頭上より狙う浮遊砲台群を狙い、射る。
50台以上の浮遊砲台を撃墜したことを確信し、即座に石兵軍へと向き直り、突進。弓を振るって破壊する。
「はあああ――――っ!!」
此処までの戦闘で抑えていた魔力消費を使い果たす勢いの全力戦闘(フルスロットル)。
とはいえ、宝具でない通常の矢でも無闇に放つことは避けたい。
もとよりこの手にある弓は、神獣・魔獣を屠る為の神の兵装『万斤丹弓』。強力な神秘に加え、単純な重量だけで兵器となり得る。
それを鍛え重ねた技量で振るえば、帝国の神兵といえども、粉砕出来よう。
しかしやはり、弓の本領である射撃でなければ打倒出来ない相手もいる。
石獣兵一体ずつではやはり相手にならぬと判断したのか、兵達が重なり組み合わさり、融合する。
生まれたのは、ジャガー、ピューマ、コンドルといったインカの聖獣を象った、石造の巨獣の三体。
先の交戦でバーサーカーを圧殺した個体に比べればまだ小型だが、それでもその戦力は、高位の幻獣の域にある。
何より厄介なのは、この大石獣は霊格を破壊しても、身体を構成している別の石獣兵が新たな霊格の代わりとなること。
つまり、撃破には正真正銘の粉砕が必要だ。セイバーの持つ聖剣の様な、ごく僅かの例外を除いての話だが。
ピューマの咆哮。威嚇ではなく、その音圧を持って此方の肉体を握り潰す制圧攻撃。
そのまま、二体が襲撃する。巨体となって、敏捷性は落ちるどころ向上している。
辛うじてコンドルの嘴を回避するも、その先には四足獣の牙と爪。既に番えていた矢を放ち、迎撃・撹乱し、攻撃を躱す。
息もつけぬ間にコンドルが再び来襲するも、これも迎撃。
敏捷性は高くはない身でありながら、高速の巨獣を退け続けられるのは、生前積み重ねた獣殺の経験故か。
しかしこのままでは圧倒的に不利。ピューマの爪を弓で受け、あえて弾き飛ばされることで距離を得ると、
矢には魔力を込め、力の限り引き絞り、放つ。唸りを立てる矢はコンドルへ着弾。
命中箇所から、全身へと亀裂が走り、微塵となった。
ただ一点を穿つ筈の鏃を、全体への粉砕兵器と化したのは、無窮の絶技。
また別種の爆砕効果の矢で迫り来るピューマを射抜き、粉砕する。
二体の巨獣を撃破しても、尚も潰えぬ雲霞の軍勢。そして再集結しつつある浮遊砲台。
アーチャーの孤独な戦いは続く。しかし屈するわけにはいかない。
己より更なる絶望的な戦いを、セイバーとランサーに課したのだから。
彼らを信じ抜き、その時が来るまで倒れる訳にはいかない。
身体と思考は戦に没頭しながらも、アーチャーの脳裏に過るは、生前の記憶。
昔も今も、結局己は試練に挑み、獣を屠っている。しかし大きく違いものがある。
かつては人々を救う為に戦ったが、今はただ自分の為、己の願いの為に矢を放っている。
以前ならば考えられなかった。民衆を救う責務こそが、己に弓を強く引かせるものと疑うことすらなかったが、
しかし自分の為に戦う今、決して弓が弱くなりはしない。
本当は生前も、人の為と嘯きながら、自分の為に弓を引いていたのではないか。
一射で十体以上の兵を吹き飛ばしながら苦笑する。
数時間前、共闘の盟を結んだ英霊たちと語り合った時の自分の言葉を思い出す。
「―――人々に感謝され、王に賞賛され、誇らしかった。これこそ我が使命と定め、また才に溢れた後継者も育てた。」
「魔獣を屠り、人を救えばそれでいい。そうすれば誰もが我を敬愛し、全てが上手く行く、そう信じていた。」
「だが何よりも愛した妻は我を捨て、技の伝授に心血を注いだ弟子は我を殺した。」
「使命にかまけた故に彼女の心は離れた。」
「技ばかりを鍛え上げ、心を育てなかったばかりに報いを受けた。」
「飛んだ笑い草だ。」
「千里を見通すと謳われた我が眼は、最も身近な、最も親愛なる者達すら見ていなかったのだ。」
「彼女たちへの恨みはない。しかし彼女らを裏切らせるに至った己こそに悔いがある。」
「故に、我が聖杯に望むは第二の生。人と語らい、人と解り合い、人と決裂し、そうして生きていきたいと。」
「我は、人と語り合い、第二の生を歩みたい。」
―――実のところ、この眼は、他者どころか自分自身すら見ていなかったのではないか。
人々の為、使命の為と聞こえは良いが、結局はそれは己が定めた、己の為の戦いに帰結する。
当然、それ自体は悪くない。ただ、己の蒙昧さに呆れ、苦笑が漏れる。
「莫迦は死んでも治らぬ、か。」
新たに来襲するのは、巨体のジャガー。インカが征服した一部族が祀っていた精霊の一体だろう。
聖遺物(ワカ)が主神殿へと飾られたことによって太陽神の眷属となり、その霊格はより高まっている。
魔力を込めた矢の連射も咆哮で掻き消され、爪の攻撃を回避するも、四足の巨体が回転、
しなる尾が超音速で全身を打ち付ける。吐血。浮遊砲台が砲弾を放つ。
弓を振るって弾き飛ばすも、体の動きが止まる。好機と見て跳びかかる巨獣。
「だが、死んでも治らぬ莫迦ならば。」
しかし、頭上から降りかかった矢の雨に射抜かれ、巨獣は地に縫い止められる。
アーチャーが空中の浮遊砲台を狙って外したと見せかけた矢群は、威力はそのままに、射手の元へと回帰したのだ。
精霊獣が倒されたと見てとるや、石獣兵は四方からの投石によりアーチャーを狙うが、
獣達の
連携攻撃に比べれば捌くのは容易い。動き回りながら、新たな石獣を組み立てんとする石獣兵の群れへ射撃し、破壊する。
「生きて、その莫迦、治すしかあるまいよ。」
弓の英霊は、小さくささやかな、しかして強固なる願いを胸に、新たに矢を番えて引き絞る。
◆Chapter6
「爆ぜろ!食い破る爆角(ゲイルソーラ)!」
かつて竜をも屠った豪槍の爆裂。通算四度目、ランサーの最後の宝具解放を持って、
十二代目王の誇る宝具、黄金の大綱、質量兵器インカは内部より爆散。
これにより、残る九人の太陽の化身は大幅に弱体化することとなった。
あくまでライダー・パチャクテクの分身として、護衛として蘇った彼らは、
インカ王の誇る唯一性を失っており、その力には既にして制限がかかっていた。
それを補っていたのは黄金の大綱。それにはインカ全史の概念が込められている。
大綱はその質量で猛威を振るい、時に堅牢なる盾として力を発揮したが、
その真価は、ただ顕現しているだけでインカ史の担い手たる王達の力を強固に支える概念武装としての力。
しかしそれ故に、その支えが破壊された時の反動も大きい。今や、好機はここにしかない。
「アーチャー、今だ!」
セイバーが叫ぶ。押し寄せる石兵軍、浮遊する熱量砲群を一手に引き受けている弓の英霊に呼びかける。
アーチャーが前線で戦う二人に課した条件は二つ。件の大綱を消滅させること。
十二の王の内、三人を討ち倒すこと。それが叶えば、残る九人は己が仕留めると、そうアーチャーは約束した。
遥か神代、人々を灼熱の地獄より救う為、神の座すら捨てて地上に降り立った救世の英雄は、そう誓った。
果たして、条件は満たされた。新たな傷を負いながら、セイバーは三人の王を斬り伏せて見せた。
ランサーは宝具の連続使用によって大綱を破壊して見せた。
二人の英霊による捨て身の戦いにより、アーチャーは勝機を引き寄せたことを確信する。
九つの矢を番え、真紅の宝弓を引き絞る。させまいと石獣兵が迫り、空中からは熱弾が放たれる。
最早、そんなものは障害にすらならない。飛んで火に入る虫の如く、太陽に近づき堕ちた神話の青年の如く、
アーチャーに近付くものは掻き消え、あるいは溶けていく。
それこそ太陽そのものの光熱は、アーチャー自身ではなく、番えられた九つの矢から発せられていた。
『―――千斤神矢・陽!!』
そして、遂に放たれる。撃たれた矢は太陽の九王へと突き進む。
弓神とも謳われたかの英雄の宝具は、太陽殺しでありながら、太陽の属性を宿す。
灼熱の地獄を秘めた、救世の矢。その威力は一つ一つが紛れもなく対城宝具。
その超威力の灼熱が、都合九度、ほぼ同時に炸裂する。熱波と熱波が呼応し、破壊力が更に跳ね上がる。
辛うじて直撃を避けた王すらも、跡形を残さず消し飛ばす。
太陽の血統の王たちが太陽の光熱を持って、ただ一人残らず焼き尽くされた。
指向性を持たされた爆炎と爆風は、守護者達の後方の大神殿へ向かって猛威を奮い、
『不朽の天空楼閣』そのものを大いに揺るがした。
「―――やれやれ、他人の勝利の礎なんて柄じゃねぇんだが。」
「案外悪くねぇかもな。ただ、この戦を謳う暇もないのが残念だ。」
ランサーが軽口をこぼす。この勝利を見事引き寄せた立役者である槍の英霊は、しかしその半身が黒炭となっていた。
直撃はせず、退避もしたにも関わらず、アーチャーの宝具の破滅的威力は、
僅かな余波のみで王達の近くにいたランサーを焼いたのだった。ランサーの肉体が消滅していく。
宝具を限界まで使用して魔力が枯渇したランサーには、アーチャーの宝具の余波は決定的なトドメとなったのだ。
しかしこれは、三騎で示し合わせていた結果でもあった。アーチャーは予め、対城宝具を保有していること、
味方が巻き込まれることを厭わず、機を見ればこれを放つことを明かしており、二騎もそれを了承していた。
「じゃあなセイバー、アーチャー、ここまで来たんだ、絶対勝てよ。」
ただ己の勝利を求めた英雄は、残された者に勝利を託し、ただ誇りある戦いを望んだ英霊は、
生前にも得られなかった、誇り高き戦死を遂げた。
◆Chapter7
消滅するランサーに対し、果たして、太陽皇帝の在処たる『煌帝神殿』は健在であった。
対城宝具の九連鎖爆風を浴びて欠損すらもない理由は、主神殿の前に砕け散った大量の石の瓦礫。
ライダーが残る全ての城塞群を展開していたことに他ならない。
九王を護るまでには至らなかったものの、これ程の展開速度を誇るのは、
神王の命令によって石塊が自ら組み合わさって城塞が建築されたという伝説に由来するためか。
「我が分身を灼き尽くし、あまつさえ太陽郷の盾たる城塞を砕くとは。」
破滅の権化たる征服者達が破壊を諦めた堅牢。現代の技術を超えたオーパーツと呼び称された超文明の結晶。
生前数多の大建築事業を成した太陽皇帝にあっても、最大最高の傑作たる『天咢雷翼(サクサイワマン)』。それが今、破砕されたのだ。
「見事と言うしかあるまい。」
口元を笑みに歪ませながら、ライダーは呟く。主神殿を除く、天空要塞都市のおよそ全機能を持って挑戦した。
帝国主都・太陽郷の守護神たちをもって迎え撃った。それは即ち、帝国そのものとの戦を意味していた。
帝国の力は、頂点に立つ唯一の王によって変わる。
帝国の落陽の時代、 二人のインカが互いに王を名乗って争ったことで、王の座は唯一性を失い、
空前の版図を誇った帝国は、その広大さに反し、急速に力を失っていった。
神々と
精霊の加護は消え、あらゆる神秘が失せ、民は惑い、海の果てより来たりし征服者達を神と仰ぎ、
自ら破滅を招くに至った。そう、つまるところ王とは国そのもの。そして英霊六騎が挑んだのは、最大最強の帝王パチャクテク。
かの帝王には、過去の威光のみならず、未来の栄光ですらもが寄り添う。
いかなる英雄豪傑と言えども、神威満ちる太陽郷の中に在っては、時待たずして形も残さず朽ちるのが必定だ。
―――しかし、ここに例外が存在した。幾多の奇跡を重ね、数多の死線を越え、二人の英霊が此処、太陽皇帝の喉元へと辿り着いたのだ。
この結果は『神髄の御座』にて待つ神王にとっても驚嘆に値する。
『神羅万晶』が示す未来はそのほぼ全てが六騎の全滅であったが、
たった一つだけ映し出された、王への道を、英霊達は見事引き寄せてみせたのだ
「我が帝都、我が手足、我が分身を持ってしても阻むこと叶わぬか。」
散っていった四騎への敬意、生き残った二騎への最大限の賞賛。
しかし、神王として、皇帝として、彼らに齎すべきは、褒美でなかった
「サパ・インカは征服者である。導き手であり、救い手である。」
「統治者にして君臨者。そして、裁定者である。」
そう、如何なる理由があろうとも、賞賛すべき武勇の持ち主であろうとも、王に刃を向けることは許されない。
ましてや国土を破壊し、守護者達を蹂躙し、あまつさえ神王の分身たる太陽を射落とす不敬には、
相応の裁きを下さねばならない。
「太陽は光と暖かきを持って民に安寧を齎す。しかし、恵みばかりが太陽に非ず。」
「時として、驕り昂ぶる小さき者どもに灼熱の神威を持って罰を与えたもう。」
ライダーの生前、太陽の処女と密通し、帝国に反旗を翻したとある豪傑に対してすら下されなかった極刑の裁可。
神王の意思により、主神殿が組み変わる。二人の咎人へ道が開く。
―――そして、王の手元に現れたるは、長方形に刻まれた石柱。
審判の時。神王在りし日々に太陽を繋ぎ止め、帝国に繁栄と安寧を与えた至宝が、眩き怒りに染まる。
光を集め、石柱そのものが光となる。既に照準は定められた。
如何なる回避を試みようと、 裁きの光は、咎人を必ず焼き尽くす。骨も、魂も、英霊の座に残る記憶さえも
「故に、朕は全霊をもって示さねばならない。王の怒りを、神の怒りを、天の怒りを。」
今執行される、天の刑罰。国さえも滅ぼす灼熱の輝きが、太陽皇帝の宣告によって解き放たれる。
「即ち是れ――――陽神の憤怒(インティ・ワタナ)を。」
◆Chapter8
九柱の王を撃破した宝具の余波、砂塵と熱波が収まりきらぬ内に、セイバーは音を聞いた。
それは目前に在る大神殿から響く、重厚なる石壁の音。
王の英霊を遣わしたライダーが、更なる追撃の為の何かをしていると感じ取り、
宝具解放により消耗したアーチャーを庇うようにセイバーは剣を構えた。
ランサーと同様、自身もアーチャーの宝具の余波の範囲にいたが、
近くの石壁を、固有スキル・
四徳の盾による
エンチャントの発動を持って
一時的に防御宝具化し、何とか軽傷で済ませた為、戦闘に支障はない。だが――
「まずい、逃げろ、セイバー!」
膝を付き、疲労困憊に達したアーチャーが声を絞り出す。先の対城宝具九矢同時射撃は自身の残存魔力を使い果たし、
超一流の魔術師であるマスターの供給魔力も吸い尽くし、令呪の二重使用による魔力充填すらも瞬く間に底をついていた。
しかしその状態にあっても、弓の極みにある英霊の眼は既に見通していた。
砂塵を隔てた先に起こった大神殿の変形と、その深奥にて立つライダーの偉容を。
そして、その手元にある石柱が何を起こし得るのかを。
「ライダーは、奴は、対国宝具を放つつもりだ!」
「なんだと―――?」
応じるかの様に、姿を現わす、砲台と化した大神殿。奥には確かに立つ神殿の主。
今にも放たれんとする大魔力砲。対国宝具。超威力を誇る対軍・対城宝具をも凌駕する絶滅の一撃。
これを前にしては、選ぶ一手は回避のみ。セイバーは驚愕から瞬時に思考を切り替え、
次に取るべき行動を即断、実行に移そうとするその刹那。
後方で、弓を引き絞る音を、聞いてしまった。
アーチャーの眼は、ライダーの手元に在る宝具がどれほど危険なものかを一瞬で見抜いた。
千里眼スキルによる眼力だけではない。かつての神界の住人として、自身も大威力宝具を持つ者として、
何より数多の戦いを潜り抜けた英雄としての経験が、その本質を捉えたが為。
同時に、アーチャーが見抜いたものはもう二つ。それはこの大神殿が備えた恐るべき神威。
例え放たれる魔力砲を回避出来たとしても、あの神殿に足を踏み入れることは、
この魔力砲と対峙するに等しい死地への歩みとなる。
そして、その大神殿の神威が、 魔力砲を放つ今この時だけは、全機能を停止していることを!
―――今しかない。
乾坤一擲にかける決意のもと、アーチャーは残る最後の宝具を弓に番える。
マスターへの念話により、最後の令呪の使用による魔力充填を要請。認可受領。
瞬間、枯れ果てた己の全身に魔力が巡る感覚。
十全には程遠くとも、何とか最後の宝具の解放が可能な状態にまでは持ち直した。
ライダーの光輝の魔力砲が此方に届く前に、何としても―――。
「アーチャー、それはまだとっておけ。」
しかし、その矢先を遮ったのは、白い装束。ここまで同盟を組み、最後まで共に生き残った剣の英霊だった
「馬鹿な、退け!何故お前が」
「アーチャー。」
「任せろ。」
幾多の信者を導いた
カリスマの為せる業か、大英雄たるアーチャーをも黙らせる、有無を言わせぬ物言いと佇まい。
アーチャーが賭けに出たのと同じく、セイバーもまた、この短い数瞬に不退転の決意を固めていた。
そして、前方より放たれた裁きの光。余りの眩さに、真正面から立ち向かうセイバーの視界が白に埋め尽くされながらも、
その視線に一切の迷いはない
「我が神の他に神はなし、我が父は神の使徒なり。」
振り上げた剣も高らかに、誇らしげに謳い上げる。それは告白であり、宣誓であり、祈りである。
「我が剣に勝る剣はなく、我に勝る戦士はなし。」
そして、振り下ろされる、白き曲剣。天界にて鍛えられた神造兵装。聖剣の頂点に立つは、『二つに裂かれたもの』。
「この信仰を捧げん―――至高剣・断裁真髄(ズルフィカール)。」
◆Chapter9
極光。轟音。激震。咎人たちが一国をも滅ぼす太陽フレアの魔力砲に飲み込まれ、ライダーは勝利を確信―――。
直後、耳に届いたのは有り得ざる音。
「雄雄雄雄オオオォ―――!」
雄叫び。確かに聞こえる、剣の英霊の健在を証明する、闘いの歌。
見れば、形なき筈の神威の太陽フレアが、斬り裂かれ続けている。
二つに裂かれた光の束は、あらぬ方へと走り、彼方へと消えてゆく。
剣を握るセイバーは当然のこと、背に控えるアーチャーも未だ五体満足のまま。
ここにきて初めて、ライダーの顔が驚愕に固まる。未来を識る神王が、想定を遥かに越えた英雄の力に慄く。
「ふ、ふはははは。」
「見事だ、聖剣使いよ!その信仰、その叛逆、まさしく我が天の怒りを受けるに相応しい!」
しかし王は嗤う。僅かに残っていた慢心も油断も捨て、更なる全霊を注ぎ込む。
主神殿のみならず、都市中の魔力を集束し、己が鼓動が産み出す魔力流をありったけ『陽神の憤怒』へと。
「オオオオオオオオオォォォ―――!」
セイバーが叫ぶ。己が肉体を魂を、信仰を、全てを剣に込めんと柄を握り締める。
対城宝具ですらも相殺叶わぬ超威力を斬り裂くことを可能とするのは、
白き至高剣に与えられた特性、対城級のエネルギーを小さき刀身に凝縮させたが故の過重負荷(
オーバーロード)。
しかし、ライダーの砲撃の規格外の威力と熱は、瞬きの間にセイバーの命を削り抉る。
固有スキル・四徳の盾による天使の加護の自律稼動、及び
自陣防御の発動を併せ、辛うじて命を繋いでいたが、
ライダーの誇る固有スキル・太陽礼拝がその効果をも減退させており、セイバーまさしく紙一重の際まで追い込まれていた。
果たして、天命は誰に味方したのか、その時は来た。
セイバーの命が尽きるより先に、ライダーの魔力砲が光の放出を終えたのだ。
セイバーには永劫とも思えた攻防は、僅か数秒間程の間の出来事だった。
剣の英霊の頂点に立つ大戦士は、確かに神王の裁きの光をも斬り裂いてみせたのだ。
しかし。
「なん、だと?」
主神殿に向けて充填されていく神気、魔力。その膨大さは、再びの砲撃が先程の超威力に劣らぬものと、明瞭に告げていた。
そう、此処なるは宇宙の中枢たる『煌帝神殿(コリ・カンチャ)』。陽が天に昇っている限り、主たる神王の心臓が鼓動を刻む限り、
何度でも都市の機能は復旧を果たす。それは、都市の要たる主神殿も例外ではない。
あと十秒もしない内に魔力砲の充填が完了する。対するセイバーは立つこともままならず、
肉体の自壊を抑えることしか出来ないでいる。だが―――
「よくぞやった、セイバー。あとは、我に任せよ。」
大魔力砲装填の最中、ライダーは見た。セイバーが力尽きた姿を。そして、背後に立ち、弓を引き絞るアーチャーの姿を。
先程アーチャーは神話に語られる宝具を使い果たした筈だが、その姿から感じ取れる濃密な神気は、
紛れもなく宝具を解放しているに違いない。無窮の腕を誇るアーチャーの射撃からの回避は不可能。
『陽神の憤怒』に力を回している今は、防御も迎撃もままならない。
ならば、今手元にある極少の日輪をそのままに、早撃ち(
クイックドロウ)の勝負に賭ける。
天の怒りを放つ前に、彼の矢が我に届いたとしても、『煌帝神殿』、『煌帝神臓』、固有スキル・
皇帝特権を併せれば、
仮令霊格を破壊されようとも瞬時の修復は容易。受けきり回復し、然る後に三度なる魔力装填を持って、咎人を灼き尽くさん。
ライダーの
高速思考による決断が為されたと同時に、アーチャーは、その矢を放った。
弧は描かず、ただひたすらに、真っしぐらに標的へと。
機、満ち足り。
一度は宝具解放を取り止めたのは、この時のため。
一つ間違えばアーチャー諸共、光に消し飛ばされていたであろう、危険な賭け。
セイバーは見事、約定を果たして見せた。ならば、次は己が見せよう。中華最高の射手たる英霊が誇る、太陽殺しの矢。
その真名は―――。
『千斤神矢―――陰。』
狙いは、ただ一つ。千里眼が見通した、小さき太陽。
一つの都市たる超巨大宝具をも顕現維持する、莫大な魔力の源へ。
◆Chapter10
世界が、凍りついていた。
宇宙の中枢たる大神殿が沈黙していた。
天空都市至宝たる『太陽を繋ぎ留める石』が光を失っていた。
全帝国の主たる神王、パチャクテクの心臓が鼓動を止めていた。
あらゆる熱を奪う、絶対零度の矢に穿たれたが故に。
最後に残された、十本目の矢。
神話に置いて語られることのなかったその矢こそが、太陽を射落とす前の、真の宝具。
辺りに蔓延した熱気を貫きながら、白銀の軌跡を残しながら、前方のライダーへと経たずに命中した矢は、
気炎を吐くライダーの核たる心臓を凍結させ、それに連なる都市の全機能をも停止させていた。
『煌帝神殿』の加護を持っての修復は不可能。『煌帝神臓』そのものの自己再生も不可能。
皇帝特権による治癒・回復スキルでも手がつけられない程に、心臓は凍結し、ライダーは力を失っていた。
「見事だ。」
人も魔も、神すらも凍てつかせる太陽殺しの矢に穿たれたライダーは、しかし微笑んでいた。
今日何度目かもわからない、賞賛の呟きと共に。
「聖剣使いよ。そなたの信仰の白き輝きは殺戮の為にあらず。其れはまさしく、民を導く救いの光輝。」
裁きの光をも斬り裂いた至高剣の輝きは、神王が民に齎した光と同様に。
故にこそ、数多の信仰を眷属とした太陽の神性であっても、決して灼き尽くすことは叶わない。
「朕が太陽の神威をもって灼熱を奮わば、我が敗北は必定であったな、堕天の弓取りよ。」
未来を識る神王すらも凌駕したのは、秘中の矢をもって己が神話を乗り越えた、太陽墜としの救世の御業。
勝利者達への賞賛を紡ぎながら、ライダーの凍りついた肉体は瓦解し、粒子となって霧散していく。
落陽の時。天に昇った太陽は在りつつも、地上に降臨したもう一つの太陽は今ここに消滅する。
ライダーは地上に視線を向ける。セイバーとアーチャーが主神殿に辿り着いた時点で、
飛行型石獣兵に乗せて天空都市より離脱させた己のマスターへ向けて。
「さらばだマスター。幼き日の朕と同じ眼を持つ少年よ。そなたは確かに、我が主であった。」
眼を瞑り、宙を仰ぎ、世界に向けて。
「朕はここに沈む。しかし悲しみはない。惜しみもない。」
「小さき者が、また無辜の民を救わんと天に手を伸ばす時が来たならば、朕は幾度とて現世に現れん。」
「―――陽は、また必ず昇るのだから。」
そう残して、此度の聖杯戦争に置ける最強のサーヴァント、ライダー・パチャクテクは消滅した。
◆Chapter11
ライダーの消滅と同時に宝具の崩壊が始まる。黄金の光を失い、不朽たる天空要塞都市が震撼し、崩れ、瓦解してゆく。
これ程の大質量がこのまま地上に落下すれば、未曾有の大惨事となる筈であるが、
主たる神王と同様に、都市の全てが粒子となって消えていく為、地上への被害の恐れはない。
その足元を支える石畳の揺れを感じながら、アーチャーは片膝を付いたままのセイバーに視線を寄越した。
「勝ったぞ、セイバー。」
「ああ。」
沈黙。最強の敵たるライダーが消滅し、残るサーヴァントは此処にいる二騎のみ。
ここまでの道中、共に戦い、背を預け合った両雄だが、あくまでその関係は一時的な同盟である。
ライダーを倒した今この時点では、既に二騎は敵対関係に戻っている。それは二騎共が理解していた。
しかし、一方は最早、既に。
「セイバー、何故あの時、我を庇った?」
アーチャーは理解していた。セイバーが、あくまで己個人の勝利を優先するならば、
ライダーのあの大魔力砲に真正面から立ち向かうべきではなかったことを。
ライダーが二度目の砲撃を可能としていたこと、ライダーの座す大神殿が極めて危険であったことから、
結果としてはライダーを仕留め得るのは、あの時しかなかったことは確かだ。しかしそれはあくまで結果論だ。
「私はただ、唯一なる神の御加護と我が信仰が、ライダーに屈する筈がないと、その確信があっただけだ。」
「そう、か。」
その通りだ。セイバーの神への信仰の結晶たる至高剣は、確かに太陽皇帝が誇る最大攻撃をも斬り裂いた。
そして今も尚、その刀身の輝きに一点の曇りはない。
セイバーは一つ、大きな溜息を吐く。それが合図であったかの様に、その肉体が粒子に分かれ、消えてゆく。
これまで敗退していったサーヴァントたちと同じく。
神兵と、精霊と、大神獣と、王の英霊と戦い抜いた。
その満身創痍の体で、奥の手であった宝具解放及び、 禁じ手であった四徳の盾の多重発動。
これらの過負荷に加え、神王の裁きの光に灼かれ、
最早いかなる手段を施しても消滅は免れない程に、致命的に消耗していた。
それでも、未だに肉体の原型を保っていることに、アーチャーは心中で敬意を抱く。
「今生の願いを果たせないのは残念だが、悔いはない。私は確かに神への想いを示すことが出来た。」
セイバーは漸く立ち上がり、アーチャーに向き直る。笑みはないが、その表情は晴れやかそのものに見えた。
「だがアーチャー。私があの時、あの決断を下した契機は、お前と語らったことかもしれない。」
セイバーはその言葉を最後に消滅した。異教の神秘たるアーチャーに対して、彼は激励の言葉など持ち合わせない。
しかし、その眼は、確かに語っていた。
―――お前の願いが叶うことを、祈っている。
完全に崩壊、消滅する天空要塞都市。太陽在りし帝国が沈み、此度の聖杯戦争の勝利者が決定した。
勝利者は、二人。
強大極まる太陽皇帝に対し、その心臓を射抜き、唯一生き残った英霊。太陽墜としの大英雄・羿 。
そして、現界して二日経たぬ内に聖杯戦争を終結に導き、ただの一人も無辜の民の犠牲を出させないという
マスターの願いを叶えた神王、太陽皇帝パチャクテク。
太陽の神王は沈み、太陽墜としの英雄は現世に残る。
―――しかし、彼らの勝利は、同様に比類なく、世界を輝かせていた。
end
最終更新:2016年11月09日 00:27