第一部 Secret Beauty
プロローグ
この世界を創造したのは、四十八種の龍である。
神とも呼ぶべき四十八種の龍は、それぞれが自らの力を以って世界を創造した。
『天照の龍』はこの世に光をもたらし、『大地の龍』はこの世に大地を創り、『大海の龍』は命の源となる水を与え、『極光の龍』は命を育み、『血啜の龍』は死を与え給うた。
天地創造の神話にかくあり。
龍の創りし大地に龍の創りし命が根付き、龍の創りし糧を得て龍の創りし死を迎える。
人々は龍の加護のもとに暮らし、龍を神として崇め称える。
そう、人という種が知恵を持ち、文明を築き、力を得るまでの、僅かな間。
人という種のなんと愚かしきことか。力を与えられ、それに慢心する。なんと人々は造物主たる龍に刃を向けた。
だが脆弱なる人の身よ、神に刃を向けることの愚かしさに気付くが良い。不死なりし龍は人の身にして狩ることあたわず。龍を殺すことなどできるはずもなく、挑んでゆく愚者の屍がただ積もってゆくばかり。
天地全てを司りし龍に勝つことなど、誰ができようぞ。
それが世の無常であるはずだった。望んでも敵うことなどできぬ。龍は最強であるがゆえに龍なのだから。
そう、それが当然であるはずだったのだ。
人はそれを愚者と呼ぶかもしれぬ。それを罵るやもしれぬ。
だが彼らは、そのような無常を認めはしなかった。
ゆえに彼らはただの一度限り、他の誰も達成することなかった『龍殺し』の栄光を得たのだから。
中央公園の噴水前で、吟遊詩人が声高らかに歌っている。
もう幾度となく聞いた物語に、少女は軽い苛立ちすら覚えながら嘆息した。
年の頃は十七、八と見える少女である。陽光に映える銀色の髪は肩口で切り揃えられ、同じく切れ長の双眸に存在する瞳も銀色をしている。新雪のような肌は病的なまでに白く、その全身を包んだ黒の服とは対象的だった。
チッ――と小さく舌打ちする口許から、見え隠れする鋭く尖った犬歯。
中央公園を通り過ぎる人影は、誰も吟遊詩人の声に耳を傾けてはいない。当然だろう。こんな話、この国に住む人間ならば誰だって知っている話なのだから。
「はー……」
鈴の鳴るような声音で、溜息をつく。
吟遊詩人は相変わらず、声高らかに歌っている。それは天地創造の神話などではない。
現実に、五年前に発生した『龍殺し』の英雄の物語だ。
四人の英雄が『甲鱗の龍』ティアマトーを倒し、その証よして龍の牙、龍の爪、龍の鱗を持ち帰ってきたという。不死なる存在の龍は、死すと共に眠りにつくのだ。その間に証として、龍の体の一部を持って帰ることこそ龍殺し。
当然、神を倒した四人の英雄は、それぞれが偉大な栄誉を得た。
一人は、まさしくこの国の王。残る三人は、それぞれが大手のギルドを構えている。
そんな――少女とは、一見何も関係ないようなことを心中で考えながら。
少女の思考は、唐突な声に中断された。
「失礼します。『紅姫』アイル様でしょうか」
唐突な声音は、背後から。少女はさして驚いた様子もなく、振り返る。
そこに立っていたのは、鮮やかな彩りのチャイナドレスを着た女性だった。絹のような長い黒髪は腰ほどまであり、鉄のように表情のない整った顔立ちをしている。切れ長の眼差しと事務的な口調に、冷たさを感じずにはいられない。
「ええ、そうだけど?」
「お待たせしてしまい申し訳ございません。私、ソレンセンと申します。国王の使いで参りました」
少女――アイルの答えに、やはり同じく無機質な口調でソレンセンは返した。
「別に構わないわ。それより早く行きましょ。王は宮殿にいる?」
「はい、先ほど隣国より戻られたばかりでございます。不詳私めが、『紅姫』を案内するよう仰せつかりまして」
アイルは立ち上がって、腕を組んだ。そして、やはり鋭く尖った犬歯の見える口許をにやりと歪ませる。
それを見ても、ソレンセンは全く動じる素振りを見せない。相変わらず無機質な抑揚のない口調で、さらに続けた。
「では、こちらへ。馬車を用意しております」
「ふーん。用意がいいわね。今回の内容は、期待していいのかしら?」
ソレンセンの促す方向へと、歩く。
アイルは笑みを浮かべながら、昂揚感と期待に満ちていた。
to be continued