第一部 Secret Beauty
第1話
アグス王国首都オリジンベル中央には、悪趣味なまでに煌びやかな宮殿が存在する。
元々は隣国、ダイダ・ロス帝国の植民地であったこの地は、五年前に独立を宣言した。それがただの独立であったなら、ダイダ・ロス帝国も認めはしなかっただろう。それが認められたことには、理由がある。
まず国王、ミラクル・シュドラ・ル・アグスが旧アグス王家の血を引いている正当な後継者であるということ。
そして何よりも、ミラクルという男が龍殺しの英雄であったからこそなのだ。
龍殺しの名誉は大きく、それに乗じた国民までもすべてを止めることは、帝国には不可能であった。それゆえに、こうやって首都の中央へと煌びやかな宮殿を建てることで、王の主張をしたのである。
そして――また同じく悪趣味なまでに煌びやかな玉座の間で、アイルは立っていた。
本来、目の前にいるのは王であり、アイルは国民の一人でしかない。本来ならば頭を垂れて跪かなければならないのだが。
「やっほ~、ひーめっ。ひさしぶりー。もぉ~、なんであんまり来てくれないのさ~。うち寂しいんだよー?」
こんな王が相手では、そんな気にならないのも当然だろう。
アイルは軽く頭を抱えながら、溜息混じりに腕を組む。
「で、一体何の用? ミラさん」
「んも~、つれないなぁ。そんな仕事の話ばっかしないで、奥でうちとハグハグしようよ~」
目の前の王――ミラクル・シュドラ・ル・アグス。
こんな威厳も何もないような軽いノリの王だが、他国からは『アグスの狸』と呼ばれているのがアイルには納得できない。
「あ、それともベッドより外の方がいい? もぉ~、姫ったらうちの趣味分かってるぅ~」
「仕事の話がないなら帰るわ」
さらりと受け流してきびすを返し、玉座に背を向けさっさと脱出しようと扉へ向かい。
「あ、ちょっ、ちゃんとあるって~」
「だったら早く本題に入ってよ」
半眼でミラクルを睨みつけつつ、再度腕を組む。
ミラクルはやれやれ、といった風に肩をすくめて。
「まったくぅー、姫ったらつれないんだからさー。ちょっとくらいうちに付き合ってくれてもいいじゃん」
「本気で帰るわよ?」
「いやいや、そんなに長く付き合ってくれとは言わないからさ~。ほら、一晩くらい。ね、今夜どぉ?」
「ほ・ん・き・で・か・え・る・わ・よ・?」
「……ゴメンナサイ」
しょぼん、とミラクルが頭を下げて、ぽりぽりと頬を掻きながら、改めてアイルと向かい合う。
拗ねたように口を尖らせているが、全く可愛くない。
「はー……ま、本題なんだけどさー。街道沿いのさ、ナーガの遺跡あるっしょ?」
ナーガの遺跡。
その名前に、アイルは聞き覚えがあった。オリジンベルから東の町ティレルまで続く街道沿いにある、さほど大きくもない遺跡だ。これまでに何度か調査隊が入ったという話を聞いたことがあるが、それほど重要な遺跡ではないはずだとアイルは記憶している。
「……ナーガの遺跡っていうよ、ゴブリンの巣穴でしょ。あそこがどうかしたわけ?」
「そうそう。まぁ、最後の調査隊が入ったのが十年以上前だからねー。今じゃ完全にゴブリンが住み着いてるんでしょ? うち行かないから全然分かんないんだけどさー」
そう、ゴブリンの根城になってしまっているほど、価値がない遺跡なのだ。
ゴブリン自体が下級の魔物で、駆けだしの冒険者などには丁度良い相手である。かといって、ゴブリンの爪だの牙だのを持って帰ったところで二束三文であるし、財宝を溜め込んでいるという話も全く聞かない。だから誰一人討伐なんて行かないわけで、今や完全に根城になってしまっているらしい。
現にアイルも、街道を歩いていてゴブリンの群れに襲われたことがあるくらいだ。
「実際、根城にしてるらしいわよ。そのナーガの遺跡がどうかしたの?」
「うん、まー過去の調査記録なんかを調べてたんだけどさ。あ、調べたのはうちじゃないよ。うちはそんな面倒くさいことしないしさー。調べてくれたのはぜーんぶソレンちゃん」
あははー、と呑気に笑うミラクルに、ソレンセンの苦労が偲ばれる。
「えとねー、十年前の調査記録ではね、『地下二階、地上二階の神殿』ってあるのよ。でもねー、ナーガの遺跡建設当時の資料ではね、『地下四階、地上二階の神殿』ってあるんだよねー。まー多分、二階に隠し階段でもあって、当時の調査隊はそれ発見できなかったんじゃないかなー、ってね」
「……へぇ」
アイルが、口許を吊り上げる。
「だから、あたしに地下二階から四階まで調べてこいってわけね?」
「人の話は最後まで聞くー。んとねー、この前にさ、この資料見ちゃったからね、調査隊送ったんだー」
ミラクルは渋い顔で、頬を掻く。
「でもね、だーれも帰ってこないわけ。ああ、調査隊って言ってもさ、一応『月影旅団』の方に正式に調査依頼出して行ってもらったんだよ。国軍からも選抜隊を編成してねー。それが誰も帰ってこないなんてさ、おかしいと思わない?」
それは確かに、おかしい――アイルも、眉根を寄せた。
名高い冒険者ギルドにして龍殺しの英雄が一人、『戦乙女』システィーナの創立した『月影旅団』の面々が、ゴブリン程度に負けるわけがない。
だが帰ってこないということは、つまり殺されたか、それに等しい状態だということだ。
間違いなく、そこには『何か』がいる。
「……つまり、調査依頼じゃなくて討伐依頼ってこと?」
「そーゆーこと。報酬ははずむよん。金貨五十」
「き、金貨ごじゅ……!?」
驚きに、思わずアイルの声が裏返る。
アグス王国の通過は単純で、金貨一枚で銀貨百枚、銀貨一枚で銅貨百枚、銅貨一枚で木銭百枚、という換算になる。例えて言うなら、王国軍所属の一般兵士が月収銀貨二十枚なのだ。その価値は推して知るべし、であろう。
「その代わり、討伐失敗時にはなーんも出ないかんね? 調べてきましたー、ってだけじゃ銅貨一枚も出さないよん」
「……なるほど、成功報酬、ってわけね」
嫌な予感が、背中を走る。その理由など分からない。ただ、嫌な予感がするだけだ。それでも。
「……受けるわ」
そう、答えた。
それが破滅の道なのかどうかは、着いてから判断すればそれでいい。
to be continued