第一部 Secret Beauty
第2話
「さすが姫だねぇ~。受けてくれるって信じてたよ。あー、でもさ。やっぱ危険だし、一人じゃ行かない方がいいと思うよ~。別にうちが命令して、一個小隊つけてあげてもいいけどさ?」
まるでアイルの心を読んでいたかのように、ミラクルがさりげなく言う。
確かにアイルは、一人で行く気だった。冒険者ギルドに所属しているわけでもない自由契約の身であるし、かといって別に人を雇うほど財政に余裕があるわけでもない。それに、何より。
「いらない。足手まといはいらないから」
「あーらら。んー、でもさ、でもさー。やっぱ姫に死なれちゃうと、うちと寝覚めが悪いってゆーか、ほら、いずれはベッドを共にする仲になるわけだし、やっぱ生きててほしーんだよね~」
「寝言は寝てから言って。それにあたしは『紅姫』。この国に五十人といない、『覇位』よ」
にっ――とアイルが笑う。
覇位。それはミラクルの定めた、『覇王の階位』に起因するもの。
優秀な成果を修めた冒険者には、国王より直々に階位を与えられ、それに見合った二つ名を与えられるのだ。アイルならば『紅姫』、ミラクルならば『高位魔術師』といった、それだけで自らの紹介ができるような二つ名を、名乗ることが許される。
「んー、それでもさぁ、あんまし言いたくないんだけどね……」
はー……、と溜息をつくミラクル。
アイルは奇妙なミラクルの様子に、訝しげに眉根を寄せた。
「『月影旅団』の方に所属してる子なんだけどさ、『戦う兎』って知ってる?」
「『戦う兎』?」
唐突な意味の分からない質問に、思わず鸚鵡(おうむ)返しをしてしまう。
「そりゃ知ってるに決まってるじゃない。『月影旅団』でも『戦乙女』システィーナ、『悪食』シュヴァルベに次ぐ実力って言われてる覇位でしょ? 『戦う兎』ティファーナっていえばかなり有名な冒険者だし、下手するとあたしも負けるかも……」
「あの子、死んだよ」
――え?
予想だにしなかった答えに、アイルの全身が硬直した。
「あー……ごめんね。いやー、死んだって確定したわけじゃないんだけどさ。ほら、さっき言ったでしょ? 調査隊送ったって」
「聞、いた、けど……」
「あの調査隊のリーダー、『戦う兎』ティファーナに依頼したんだよねぇ」
眩暈を、覚えた。
まさか。そんな。嘘だ。『戦う兎』が。あの強かった覇位が。そんなまさか。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。まさか、とんでもない依頼を受けてしまったのではないか。『戦う兎』ですら戻ってこれないような、そんな場所に向かうなんて――。
アイルは頭を抱えて、大きく深呼吸をした。
今はとにかく、落ち着こう。
「……今更、依頼拒否はできないわね……。信用問題にもなるし」
「んー? 別にいいよん。姫だけに頼んでるわけじゃないし、『七魔団』と『幻蒼』にはとっくに依頼しちゃってるし。さすがに『月影旅団』には断られちゃったけどね~。あ、『月河』には送ってないなぁ」
アグス王国大手四大ギルドの名前を出され、また気が遠くなる。
つまり――相手は未知数で、かなりの強さを持っているうえ、他の冒険者と競わなければならないということ。
報酬が高いのも頷ける。むしろ、まだ足りないくらいだろう。
「……いいわ、やってやる。それであたしが討伐すれば、『戦う兎』より上だって証明できる」
でも、それでも。
アイルのプライドに賭けても、依頼拒否はしたくなかった。
死の危険が伴う冒険なんて、今までだって何度もやってきた。それが今更怖くてやめるなんて、論外だ。
「はー……姫ってばガンコなんだからぁ。まー……うちはついてけないし、せめてソレンちゃん貸したげるよん」
「……はい?」
間の抜けた声は、ミラクルの隣から。
そこには、アイルとミラクルの会話を、延々と黙して聞いていたソレンセンの姿。
余程意外だったのだろう。鉄面皮は歪み、眉根を寄せ、口を半開きにしている。
「ああ、安心してね姫。ソレンちゃんってこう見えてさ、うちの侍女っぽいけど本当は護衛隊長なのよ。実力についてはうちが保証するから安心するべしー」
「あの……陛下、そんな話は全く伺っていませんが……?」
完全に行き違っている二人。アイルもまた驚きに、口を挟めずにいた。
「あー、でも姫とソレンちゃんの二人だけでも、やっぱ不安だよねぇ。姫二人なわけだし、お付きのナイトが欲しいとこだよね。うーん。だーれーにーしーよーうーかーなーっと」
「あの……ですから私は承諾した覚えも……」
「あ、そーだ。ディスとか年がら年中ヒマそーだし頼んでみよっかー。お付きのナイトは剣士のほーが絵になるんだけどなぁ……ま、弓でもそれなりに絵になるしいっか。それじゃソレンちゃん、ディスに連絡……」
「人の話を聞かんかいぼけぇぇぇぇぇっ!!!!!」
ソレンセンのどこからともなく取り出したハリセンが、ミラクルの脳天に見事なクリティカルヒットを放ったのは、丁度三秒後。
「はぁ……はぁ……仕方ありませんね。陛下の命とあらば、『紅姫』と行動を共にいたしましょう」
目の前には、返事もできないただの屍のようなミラクル。
アイルには口を挟むことも止めることもできなかった。ソレンセンのハリセンが、何故ハリセンでそこまでのダメージを与えられるのか疑問に思うほどの猛威を振るってミラクルを襲ったのは、およそ二分間。
思い出したくもない恐怖に、アイルですら身を震わせる。
抜粋すると。
「ちょっ……ソレンちゃ……!」
「じゃかぁしいわぼけぇっ! 何様のつもりじゃおらぁっ!」
「お、王様……」
「黙れっつってんだろうがこのカスがぁっ!」
「ちょっ、ほ、本気で……し、死ぬ……!」
「うるせぇ死ねいっそ死ね死んで俺に侘びろっ!」
「た、たんま……! ぐ、ぐふっ……」
と、いう主従の関係を超えた愛の鞭に、ミラクルが倒れたのは言うまでもない。
「では『紅姫』、私は陛下のご命令に従い、伝達を行ってまいります。では失礼」
「あ……は、はい」
思わず敬語になるアイル。
完全に口調も表情も性格も壊れたソレンセンを見た者としては、それが的確な判断だろう。
だって怖いもん。
to be continued