第11話
葉奏はアルバートの拳を握り砕いた。文字通りに、粉砕。それは葉奏の力ではなく、単に混沌の魔手の力によるもの。葉奏の力は、相変わらず封印されたままだ。
「血も出ないし肉も散らなければ声すら上げない。人でも魔物でもなく、当然龍でもない。哀れな名も無き人形よ…祈れ」
葉奏の言葉を理解しているのかどうかは分からない。たぶん理解できていない。できるはずもないのかもしれない。
アルバートは砕かれていない方の拳で、攻撃を加えようとする。そのアルバートの拳に、葉奏は自分の拳を打ち込む。衝突。衝撃。刹那、アルバートの腕が爆ぜる。拳どころか腕。肩の辺りまで粉々に爆ぜた。
血啜りの破壊兵器…その威力は絶大。千年…いや二千年か…あるいは三千年。時間の感覚など、すでに狂っている。ともかく遥かな昔。この兵器で龍をも滅した。
アルバートがよろめき、膝をつく。もしアルバートに感情という物が存在していたら、恐怖と絶望に彩られ、気が狂っているだろう。
「魂無き愚者よ…懺悔しろ。この私に、この血啜りが姫に背いた罪は重い」
手のひらをアルバートへとかざす。魔力の集中。人の目に映るほど強大で狂悪な黒き魔力が渦巻く。混沌より深い魔力。闇より黒い魔力。喰らいながら暗い中で狂わし躍らせ滅する魔力。
「闇夜で踊れ…ダークナイトダンシング」
解き放たれた黒き魔力。数百のコウモリの様な形へと変形し、アルバートを喰らい尽くす。これもまた、文字通り。アルバートの痕跡、存在、形、何も残すことなく。欠片も残すことなく。喰らい尽くす。
喰らい尽くした跡に残るは、虚しさ。ある種の虚しさ。葉奏はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
突然襲ってきた頭痛。少しずつ激しくなる頭痛。天照の龍の力と血啜りの龍の力が、葉奏の中で暴れる。頭痛。頭痛。頭痛。耐え切れなくなり、地面に倒れこむ。
「早く混沌の魔手を外すじょ」
懐かしい声が聞こえた。忘れるはずもない。頭痛。吐き気。意識が飛びそうになる。
「くぴぴ…お姉様…」
その姿を確認することはできなかった。呟いた直後、葉奏の意識は闇に呑まれた。
「間に合わなかったじょ」
意識の無くなった葉奏を見つめながら、くぴぴが呟く。
「くくくっ…何が間に合わなかったんだ?癒浄の龍、クー・ピニオンクロゥ・ピーツ」
葉奏が起き上がりくぴぴを見つめる。否。それはもう葉奏ではない。あいつの娘ではない。あいつそのもの。
「略して呼べっていつも言ってるじょ」
「怒った顔がまた可愛いねぇ」
的外れの答え。葉奏の姿をしたあいつ…血啜りの龍リュカは、無造作に前髪をかきあげる。その動作に、意味はないだろう。
「このやり取り、もう100回くらいしたじょ」
「そうだったけか?」
リュカは混沌の魔手を外し、ふぅ、と息を吐く。
「そこに転がってる二人を蘇生させてやれ」
「…めずらしいじょ。あんたが蘇生させてやれ、なんて」
ある種の不信感。疑惑。この世に破壊と殺戮をもたらした龍の言葉ではない。娘と血啜り一族以外には徹底的に冷酷非道で極悪非道。ついでに最低最悪。みなまで言えば、冷酷で極悪で最低で最悪でアホで馬鹿でそれでいて頭脳明晰な最強で最狂な嫌な奴。
「なぁに、片方にちっと話があるんでね」
「話…?あんたが?」
「あぁ。俺はな、俺の娘が見聞きし、喋ったことを一切覚えていない。逆もまた然り、だ。…が、衝撃的な出来事ってのは俺にも伝わるのさ」
「…何があったじょ?暴れちゃ嫌だじょ」
暴れられると、困る。止めるのにどれだけ苦労することか。下手をすると眠りにつかなくてはいけないほどの傷を負う。
嫌な思い出が、くぴぴの脳裏をよぎる。例えば羽根をもがれたり、壁に叩き付けられたり、踏まれたり、などなど。その他もろもろ。
「暴れねぇーよ。まぁ俺の娘も年頃だ。いつかは、と思っていたがなぁ。切ねぇぜ…」
ワザとらしく頭を振るリュカ。何のことか分からないけれど、蘇生は元々させるつもりだったので、リュカが暴れないのなら問題は無い。
良い天気だった。眠気を誘う程に。
シャナンとソラは、教会を離れコロシアムへと向かっていた。コロシアムは人里離れた所にあるので、その道程はまさに自然の中を歩く、といった感じでとても心地よかった。
わざわざミラクルと決着をつけるために、400万Gも出して貸しきったコロシアム。多少痛い出費だが、決着をつけるには最高の場所だと思っている。
「良いお天気ですね、シャナン様」
「ああ、まったくだ。少し休憩して行くか?」
「はい。でもその前に、手をつないでもらえませんか?」
「ん…あ、ああ」
少々照れながら、シャナンはソラの手をぎゅっと握る。暖かい。そのまましばらく寄り添って歩く。ある種の幸福。ミラクルのことなど、どうでも良くなりそうな感覚。
「なぁソラ、その木の下できゅう…」
休憩しよう…その言葉は飲み込んだ。
ソラは歩きながら寝ていた。
「歩きながら寝るか…器用な奴だな…」
起こさないように歩くしかないか、と心の中で呟く。とてつもなく難しいような気もするが、なんとかなるだろう。