第5話
殺される…。
そう思った時、ミラクルの脳裏で思い出達が溢れ出した。竜殺しの時。国王になった時。もっと昔のことも。
そしてあの時の誓い…この星で一番『綺麗な』国を作る。まだ果たせていない。
尚徳がミラクルの髪を掴み、顔を上げさせる。
「懺悔は終わったか?」
「…まだ…」
かすれた声。ミラクルは笑おうとしたが、顔が引きつっただけだった。
「あの世で懺悔の続きをしろ」
その声はあまりにも冷たすぎた。恐怖がミラクルの脳を支配する。恐怖を感じたのは『甲鱗の龍ティアマト』と対峙した時以来だった。1年ほど前のことなのに、ずいぶん昔のことに思えた。
ミラクルは瞳を閉じた。増大する恐怖。それは死に対してか、誓いを果たせないことに対してか。もうどちらでも良かった。
「あなたこそ」
葉奏の声。
「あたしにとどめささなかった事を後悔しなさい」
尚徳が掴んでいた髪を離したのが分かった。瞳を開く…同時に床とキス。相変わらず痛みは感じなかった。代わりに嫌悪感が胸いっぱいに広がった。
葉奏と尚徳が再び格闘戦をはじめていた。葉奏の回復の早さに驚いた。もしかしたら治癒魔法も使えるのかもしれない…心の中で呟いた。
ミラクルは少し、葉奏に嫉妬した。人生の大半を費やし、魔法のみに打ち込み、やっと極めた詠唱省略魔法アルテママジック。ヴァンパイアというだけでそれを使うことができる。そして格闘技に治癒魔法。“鍛錬すれば”ミラクルを抜くことも可能だろう。
さすが、魔王と呼ばれた龍の子孫だけのことはある…ため息をつきたかったが、そんな余裕はなかった。
葉奏は押されていた。治癒魔法で傷を癒したが、所詮は気休め。葉奏の治癒魔法にくらべたら、僧侶になりたての若者の治癒魔法の方がまだマシ。
すいぶん長く戦っているような錯覚。体のいたる所が悲鳴をあげる。満身創痍。集中力が途切れそうになる。途切れたら…そこで終わり。なんとかこらえる。
と、尚徳が戦闘態勢を解除した。暗器を使うのかもしれない…頭の中で警報が鳴り響く。
「どういうつもり?」
「私の負けだ」
尚徳は自分の左手を見つめ
「言うことをきかなくなった」
安心したように呟いた。
奇妙な感覚。負けたと言っているのに、尚徳はどこか嬉しそうに見えた。
「油断なんてしないわよ…」
葉奏は戦闘態勢を崩さず、集中も解かない。
「本気で負けだ。好きにしろ」
尚徳はその場に座り込む。隙だらけ。
本当に終わったの? …そう思った時、一気に集中が解けた。力が抜け、葉奏も床に座りこんだ。否。倒れこんだと言ったほうが近いかもしれない。
「…そっちも満身創痍か…」
尚徳はふっ、と微かに笑った。
「先に負け認めたんだから、今更暗器なんて使わないでよね」
「心配するな…そんな気力は残っていない」
「そういえば、好きにしろとか言ったわよね?」
「ああ、殺したければ…殺せ」
葉奏はにっ、と笑い
「あたしの家来になりなさい」
ためらうこともなくそう言った。
尚徳は少し驚いたような表情を見せ、声を出して笑った。葉奏は少しむっとしたが、何も言わなかった。
「家来か、それも悪くない…」
そう言った尚徳の顔を、葉奏は一生忘れないだろう。暗殺者という名の冷たい仮面の下の素顔を。
誰か忘れてやしませんかぁ〜!?
何故か意気投合している葉奏と尚徳を見て、ミラクルが心の中で叫ぶ。
尚徳は煙草に火を付け、まったりしはじめた。葉奏は治癒魔法で傷を癒している。
うちは無視かい!?
いまだに体の感覚が戻らない。泣けるものなら泣いて訴えたかった。解毒薬をくれ! と。
「あ、尚君」
葉奏はすでに尚君呼ばわり。
「そこの王様、治してあげて」
あぁ、マイハニー、うちのことを忘れてなかったのね!
ミラクルは体が動くようになったら、速攻で葉奏にハグハグしようと誓った。
「放っておいてもそろそろ切れる」
尚徳の無慈悲な一言で、ミラクルは地獄に叩き落された気分になった。例えるなら、天女がおいでおいでをしていて、行こうとしたら鬼に首根っこを掴まれ地獄に戻されたような…そんな感覚。
「そう、じゃあいいわ」
あっさりと、葉奏が言い放った。
…姫…いつか必ず、もう一度ベッドでいじめたるぅ!
声にならない叫び。葉奏が噛み切ると誓ったなど知らないミラクルは、妄想を膨らませることで薬が切れるまでの時間を耐えた。
to be continued