永夜儚月抄 ◆Ok1sMSayUQ
しんと凍てつくような青白い光を放つ満月が、夜をいっそう恐ろしい舞台へと仕立て上げているのか?
それとも、方々に散った戦いを望む輩の殺気が、月ですら冷たくしてしまうのか?
そんなことを考えながら、蓬莱山輝夜は己の知覚を少し広げてみる。
木々を揺らし、肌身を通り抜ける風は決して冷たくはない。けれども、どこか生暖かさを含み、耳朶に浸透する風音はどこか生物の息吹めいたものを感じるのだ。
人間は夜になると感覚の大半を失う。視界は狭くなり、色彩は判然としない。人間を襲うには絶好の機会である。
いや、人間だけではないのだろう。あらゆる生物、この穢れた地上に住まう命あるものたちが己の生存をかけて過ごす夜という、それは戦いの時間だ。
だからすぐ近くに何者かの胎動を感じる。影のごとく忍び寄り、我が身の隙を狙って牙を突きたてようとするのは――
それとも、方々に散った戦いを望む輩の殺気が、月ですら冷たくしてしまうのか?
そんなことを考えながら、蓬莱山輝夜は己の知覚を少し広げてみる。
木々を揺らし、肌身を通り抜ける風は決して冷たくはない。けれども、どこか生暖かさを含み、耳朶に浸透する風音はどこか生物の息吹めいたものを感じるのだ。
人間は夜になると感覚の大半を失う。視界は狭くなり、色彩は判然としない。人間を襲うには絶好の機会である。
いや、人間だけではないのだろう。あらゆる生物、この穢れた地上に住まう命あるものたちが己の生存をかけて過ごす夜という、それは戦いの時間だ。
だからすぐ近くに何者かの胎動を感じる。影のごとく忍び寄り、我が身の隙を狙って牙を突きたてようとするのは――
「ああ、貴女だったの忘れてた」
「急に走り出さないで。何事かと少し焦ったわ」
「月が見たかったのよ。どこでも変わらないわね、やっぱり」
「急に走り出さないで。何事かと少し焦ったわ」
「月が見たかったのよ。どこでも変わらないわね、やっぱり」
くるりと振り返り、輝夜は仏頂面に少しだけ険を滲ませている己の従者に向かって微笑した。
八意永琳。かれこれ数百年か千年かは一緒にいる、『元』月の賢者にして『現』輝夜の従者である。
もっとも地上に移り住み、隠居同然の生活を過ごしながらも永琳の聡明さは劣ることを知らない。
聞けば大抵のことは知っているし、解説を交えて話してくれる。ただ、分かりやすいかというとそうでもない。
学者によくある、やたら難解な言葉を交えての話ばかりだから曖昧に頷いていることしかできない。
だから賢者の言うことはなんでもかんでも正しく聞こえてしまうのかもしれない。
八意永琳。かれこれ数百年か千年かは一緒にいる、『元』月の賢者にして『現』輝夜の従者である。
もっとも地上に移り住み、隠居同然の生活を過ごしながらも永琳の聡明さは劣ることを知らない。
聞けば大抵のことは知っているし、解説を交えて話してくれる。ただ、分かりやすいかというとそうでもない。
学者によくある、やたら難解な言葉を交えての話ばかりだから曖昧に頷いていることしかできない。
だから賢者の言うことはなんでもかんでも正しく聞こえてしまうのかもしれない。
「いいえ、変わっているわ。あの満月は天蓋に描かれた絵のようなものよ」
「絵なの? へえ、だったら素晴らしい才能だわ。私でも見間違えるなんて」
「そうね、とても素晴らしい才能よ。……あのスキマ妖怪の業とは思えないくらいに」
「絵なの? へえ、だったら素晴らしい才能だわ。私でも見間違えるなんて」
「そうね、とても素晴らしい才能よ。……あのスキマ妖怪の業とは思えないくらいに」
珍しく引っかかっているものを含んだ声だった。永琳でもそういうことがあるのかと思い、輝夜はくすくすと笑った。
こういうことが度々あるものだから、地上も捨てたものではない。
一昔前は穢れた地上とひとくくりにして嘲笑っていたのに、歴史を進み始めた途端こうも変質するものなのだろうか。
こういうことが度々あるものだから、地上も捨てたものではない。
一昔前は穢れた地上とひとくくりにして嘲笑っていたのに、歴史を進み始めた途端こうも変質するものなのだろうか。
「余裕なのか、暢気なのか……全く、輝夜も動じなくなったわね」
「失礼ね、どっちでもないわよ」
「失礼ね、どっちでもないわよ」
ぷうと頬を膨らませてみせると、固い表情が霧散し、苦笑の色へと変わる。
それを見て、ようやく永琳もいつもの顔つきに戻ってきたかと安心した気分になった輝夜は、先ほど永琳が口に出したスキマ妖怪のことを思い返す。
八雲紫という、神出鬼没で派手な格好をした、よく分からない妖怪。輝夜自身はあまり面識がなく、以前宴会に呼ばれたときに顔合わせをした程度である。
そういえば、あのときの宴会も永琳はひどく驚いていたような気がする。尋ねてもはぐらかされてしまっていたが、もしかするとあの時も「分からない」ことがあったのかもしれない。
聡明な賢者は理由のない不可思議を認めたがらないものである。それだけが永琳の弱点だと輝夜は思っていた。
と、評した割に、輝夜自身も今回の事態の道理については見当がついていなかった。
これも一種の月面戦争なのだろうかと考えはしたものの、そうであるならばこんな遠回りなやり口ではないだろうし、紫個人の復讐としても、やはり装置が大袈裟に過ぎる。
そもそも永琳に分からなくて輝夜に分かるはずがないのであるが、不思議と輝夜は考える気分になっていた。
それを見て、ようやく永琳もいつもの顔つきに戻ってきたかと安心した気分になった輝夜は、先ほど永琳が口に出したスキマ妖怪のことを思い返す。
八雲紫という、神出鬼没で派手な格好をした、よく分からない妖怪。輝夜自身はあまり面識がなく、以前宴会に呼ばれたときに顔合わせをした程度である。
そういえば、あのときの宴会も永琳はひどく驚いていたような気がする。尋ねてもはぐらかされてしまっていたが、もしかするとあの時も「分からない」ことがあったのかもしれない。
聡明な賢者は理由のない不可思議を認めたがらないものである。それだけが永琳の弱点だと輝夜は思っていた。
と、評した割に、輝夜自身も今回の事態の道理については見当がついていなかった。
これも一種の月面戦争なのだろうかと考えはしたものの、そうであるならばこんな遠回りなやり口ではないだろうし、紫個人の復讐としても、やはり装置が大袈裟に過ぎる。
そもそも永琳に分からなくて輝夜に分かるはずがないのであるが、不思議と輝夜は考える気分になっていた。
「ねえ、永琳は見当くらいはついてるの? 今回の黒幕」
「……ごめんなさい。恥ずかしいけれど、今のところはまるで思いつけないの。動機も目的も不明ときては……」
「……ごめんなさい。恥ずかしいけれど、今のところはまるで思いつけないの。動機も目的も不明ときては……」
今のところは、などと言うあたり、いずれは分かってみせるという賢者らしいプライドが垣間見える。そういう意味では永琳も分かりやすい手合いである。
ただ、彼女の場合は本当の智慧者であるから虚勢でも何でもないのであるが。
ただ、彼女の場合は本当の智慧者であるから虚勢でも何でもないのであるが。
「道楽、ってわけでもなさそう」
「ありえなくはないけど……自称でも『紳士』ならこんな野蛮な真似はしない。彼女ならもっと利口なやり方を思いつくはずよ」
「そっか、野蛮すぎるから永琳にも分からないのね」
「……『殺し合い』なんて私でも思いつかないわよ、もう」
「ありえなくはないけど……自称でも『紳士』ならこんな野蛮な真似はしない。彼女ならもっと利口なやり方を思いつくはずよ」
「そっか、野蛮すぎるから永琳にも分からないのね」
「……『殺し合い』なんて私でも思いつかないわよ、もう」
嘆息交じりに首を振られる。これまた滅多に見せることのない姿に輝夜は可笑しい気分になった。
そう、ここは色々な意味で異常だった。見知った顔はいくらかいるものの、基本的に幻想郷内のどこでも見たことのない異形の数々に、見知らぬ土地。
決して逃れえぬ殺し合いのルール。三日限り行われる、生存者二名を賭けた壮絶な共食い。
たった数十名の、観客もない寂しい死の舞踏会である。
と、そこで輝夜はふと、頭の中で形にした言葉に疑問が浮かんだ。
そう、ここは色々な意味で異常だった。見知った顔はいくらかいるものの、基本的に幻想郷内のどこでも見たことのない異形の数々に、見知らぬ土地。
決して逃れえぬ殺し合いのルール。三日限り行われる、生存者二名を賭けた壮絶な共食い。
たった数十名の、観客もない寂しい死の舞踏会である。
と、そこで輝夜はふと、頭の中で形にした言葉に疑問が浮かんだ。
「ねえ、永琳」
「どうしたの。何かものすごい大発見をしたって顔をしてるけど」
「そういえば、私達って死ねるのかしら」
「どうかしら……」
「どうしたの。何かものすごい大発見をしたって顔をしてるけど」
「そういえば、私達って死ねるのかしら」
「どうかしら……」
反応自体は早かったものの、僅かに声を詰まらせたのを輝夜は聞き逃さなかった。
永琳は真っ先に気付いてはいたであろう。自分達は蓬莱人。どんなに時間が経過しようが、どんなに無残な殺し方をされようが決して死ぬことのない『永遠』を備えているのである。
正確に言えば、死ななくなったのではなく自らの歴史を止めたと言うべきか。変化することを忘れた身体は、どんなに手を尽くそうが消滅することはないのだ。
が、件の紫は殺し合いをしろと言っている。死なない自分達が脱落することは不可能であるはずなのだが、この矛盾はどうしたものだろう。
紫が何がしかの術を用いて、自分達の不死をなくした可能性。自分達以外の参加者全てが、実は不死を打ち破る術を備えている可能性。
輝夜が思いついたのはそのくらいのものだったが、果たしていずれであるのかは文字通り『死』に足を踏み入れてみなければ分からないであろう。
そう。死ぬか、死なないか。試してみなければ結論は出ないのである。かと言っても試すわけにもいかない。だから永琳は口を濁した。結論の出ない問答は学者の嫌いな分野であるからだ。
だが逆に、輝夜はすぐに「自分達は死ぬであろう」という結論を出していた。明確な理由があるわけではない。ただ、死ねる可能性があると分かった瞬間、輝夜は嬉しくなったのだ。
永琳は真っ先に気付いてはいたであろう。自分達は蓬莱人。どんなに時間が経過しようが、どんなに無残な殺し方をされようが決して死ぬことのない『永遠』を備えているのである。
正確に言えば、死ななくなったのではなく自らの歴史を止めたと言うべきか。変化することを忘れた身体は、どんなに手を尽くそうが消滅することはないのだ。
が、件の紫は殺し合いをしろと言っている。死なない自分達が脱落することは不可能であるはずなのだが、この矛盾はどうしたものだろう。
紫が何がしかの術を用いて、自分達の不死をなくした可能性。自分達以外の参加者全てが、実は不死を打ち破る術を備えている可能性。
輝夜が思いついたのはそのくらいのものだったが、果たしていずれであるのかは文字通り『死』に足を踏み入れてみなければ分からないであろう。
そう。死ぬか、死なないか。試してみなければ結論は出ないのである。かと言っても試すわけにもいかない。だから永琳は口を濁した。結論の出ない問答は学者の嫌いな分野であるからだ。
だが逆に、輝夜はすぐに「自分達は死ぬであろう」という結論を出していた。明確な理由があるわけではない。ただ、死ねる可能性があると分かった瞬間、輝夜は嬉しくなったのだ。
「やっぱり、そうなのね。私達は死ぬことができるかもしれないんだ」
月明かりの下、長い黒髪を風に躍らせて輝夜はくるくると舞う。
咎めもせず、呆れることもなく、永琳はただ輝夜の踊る姿を見つめていた。絶句しているのかもしれない。
咎めもせず、呆れることもなく、永琳はただ輝夜の踊る姿を見つめていた。絶句しているのかもしれない。
「死ぬってことは、私達は生きてる。生きているのよ、永琳。こんなにも素晴らしいことはないわ」
生きて、生きて、しかし生きることすらできなかった自分達は、今この瞬間を駆け抜けている命になっているのだ。
心臓の鼓動、唇から漏れる吐息、己が身に流れている血の暖かさ。全てが脈動し、一体となって現在に収斂してゆく。
何にもなれない永遠はなくなり。なにかになれる可能性が残されている。
ひとしきり舞った輝夜は、少しだけ息を切らし、世の男性が見惚れずにはいられないほどの笑顔を永琳に差し向けて、言った。
心臓の鼓動、唇から漏れる吐息、己が身に流れている血の暖かさ。全てが脈動し、一体となって現在に収斂してゆく。
何にもなれない永遠はなくなり。なにかになれる可能性が残されている。
ひとしきり舞った輝夜は、少しだけ息を切らし、世の男性が見惚れずにはいられないほどの笑顔を永琳に差し向けて、言った。
「私のやりたいことが決まったわ」
そして、姫の口調で告げる。
「この《異変》を解決するわよ、永琳。今を生きている人間として、幻想郷の一員として、為すべきと思ったことを為すわ。ついてきてくれるわね」
不死であるかどうかだとか、この企みの先にある目的がどうであるかは輝夜にとっては瑣末な事柄だった。
ようやく真の地上の住人として、幻想郷に住まう者としてやれることがでてきたのだ。
生きて、生きて、そして死ぬかもしれない。けれども、それがたまらなく嬉しい。
だからこれは、命に対するほんの少しの手向けというものだった。
そうした情緒と感傷を抱けるほどには、自分は地上というゆりかごで育てられてきたのだから……
ようやく真の地上の住人として、幻想郷に住まう者としてやれることがでてきたのだ。
生きて、生きて、そして死ぬかもしれない。けれども、それがたまらなく嬉しい。
だからこれは、命に対するほんの少しの手向けというものだった。
そうした情緒と感傷を抱けるほどには、自分は地上というゆりかごで育てられてきたのだから……
「……お供いたします。どこまでも。それが私の為すべきと思ったことですので」
恭しくかしずくと、永琳も臣下の声を以って応じた。
こうして、彼女が畏怖と敬意を抱いた声を寄越してくれたのはいつ以来だっただろうか。
地上に降り立つ前、幻想郷にいる間。どの記憶を探っても、いつだって永琳は教育者というような顔ばかりだった。
本当に珍しいことばかりだ。地上の人間達は毎日こうなのかもしれないと思うと、ますます今の状況に喜びを感じるのだ。
こうして、彼女が畏怖と敬意を抱いた声を寄越してくれたのはいつ以来だっただろうか。
地上に降り立つ前、幻想郷にいる間。どの記憶を探っても、いつだって永琳は教育者というような顔ばかりだった。
本当に珍しいことばかりだ。地上の人間達は毎日こうなのかもしれないと思うと、ますます今の状況に喜びを感じるのだ。
「さあ、行きましょう。えーっと、この近くって何があったっけ?」
「はい、確か……」
「待って、思い出せそう」
「はい、確か……」
「待って、思い出せそう」
答えようとする永琳を押し留めて、輝夜は額に指を当てながら少しだけ見ていた地図の内容を思い出す。
山の近くにあった施設。文字を見ただけで心地よい気分になれそうな、それは確か……
山の近くにあった施設。文字を見ただけで心地よい気分になれそうな、それは確か……
「温泉! そう、温泉よ! 温泉といえば『命のお洗濯』よね! 私一度やってみたかったの!」
「……姫様。《異変》は?」
「何を言ってるの。まだ何もわかってないんだから、行きたいところに行くのが一番よ」
「了解です、輝夜」
「……姫様。《異変》は?」
「何を言ってるの。まだ何もわかってないんだから、行きたいところに行くのが一番よ」
「了解です、輝夜」
永琳は大きく溜息をついた。溜息は幸運を逃してしまうという。どのくらいの幸運が逃げていったのだろうか。
まあ、そんな瑣末事も温泉に浸かれば気にしなくてもいいだろう。温泉は思わず「極楽、極楽」と口に出してしまうほどの心地よさがあるらしい。
言霊を自然に吐き出してしまうほどの温泉が、輝夜は本当に楽しみだったのだ。
まあ、そんな瑣末事も温泉に浸かれば気にしなくてもいいだろう。温泉は思わず「極楽、極楽」と口に出してしまうほどの心地よさがあるらしい。
言霊を自然に吐き出してしまうほどの温泉が、輝夜は本当に楽しみだったのだ。
「いつまで突っ立ってるの。動かなきゃ物語は始まらないわ。早く始めるわよ」
やれやれという風に首を振って、立ち止まっていた永琳もようやく後をついてきた。
温泉は山を下ってすぐ近くにある。少し歩けばすぐだろう。
月下の散歩から始まる異変解決というのも風情があると思いながら、輝夜は従者を引き連れて進み始めた。
こうして、蓬莱山輝夜と聡明な従者の物語は、まずは「楽」を貪ることから始まったのである。
温泉は山を下ってすぐ近くにある。少し歩けばすぐだろう。
月下の散歩から始まる異変解決というのも風情があると思いながら、輝夜は従者を引き連れて進み始めた。
こうして、蓬莱山輝夜と聡明な従者の物語は、まずは「楽」を貪ることから始まったのである。
【D-5/山頂付近/1日目-深夜】
【主:蓬莱山輝夜@東方儚月抄】
[主従]:八意永琳@東方儚月抄
[状態]:健康
[装備]:なし
[方針/行動]
基本方針:《異変》を解決する。
1:温泉で命のお洗濯!
[主従]:八意永琳@東方儚月抄
[状態]:健康
[装備]:なし
[方針/行動]
基本方針:《異変》を解決する。
1:温泉で命のお洗濯!
【従:八意永琳@東方儚月抄】
[主従]:蓬莱山輝夜@東方儚月抄
[状態]:健康
[装備]:なし
背負い袋(基本支給品)、不明支給品x4
[方針/行動]
基本方針:輝夜に付き従う。
1:やれやれ……
[主従]:蓬莱山輝夜@東方儚月抄
[状態]:健康
[装備]:なし
背負い袋(基本支給品)、不明支給品x4
[方針/行動]
基本方針:輝夜に付き従う。
1:やれやれ……
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