コードギアス ナナリーと旅館三騎士 ◆YhwgnUsKHs




 車椅子に座する少女、ナナリー・ランペルージは怪訝な様子でその車椅子を後ろで押しているであろうブレンヒルト・シルトの顔を見上げた。
 いや、正確には『ブレンヒルトの顔があるであろう方向を』だ。目が見えない彼女にブレンヒルトの正確な顔の位置を見上げる事はできないのだから。

 ブレンヒルトは今いるこの場所までナナリーの車椅子を押してきてくれていた。車椅子の進路上にあった枝をどけてくれたり、土に埋まった石が進路上にあれば
迂回させてくれたりと、目が見えないナナリーの案内代わりになってくれていた。
 ちなみに、ナナリーを守る者としてブレンヒルトが現れるまでその役目をしていたネモはブレンヒルトの後方でそれを見ながらとても不服そうにしていた。
 ナナリーにはそのネモの不機嫌な様子もすぐわかった。彼女とネモは繋がっており、ナナリーは目が見えなくてもネモを感じる事はできるし、ネモの感情もなんとなく感じる事ができる。
自分がここまでしてきた役目をブレンヒルトに取られて妬いているのだろう。そう思うと、ネモが少し微笑ましいとナナリーは思った。元の世界ではネモに対してこう思った事はなかった。
ネモ自身がナナリーにとって負の象徴であり、心を開きにくかったからだ。
 閑話休題。


 そんな状況で2人(とネモ)は温泉を目指して進んでいた。だが、突然車椅子を押していたブレンヒルトの足が止まった。
 どうしたのだろう、とナナリーは思ったが、ひとまずブレンヒルトの言葉を待つことにした。
 だが、一向にブレンヒルトは何も言ってくれない。
 ナナリーはそこで本格的な異変を察し、ブレンヒルトに声をかけた。

 そして、今に至る。


 *****

(酷いものね)

 ブレンヒルトは目の前の光景を見つめた。
 自然にナナリーの車椅子を持つ手に力が入った。
 何か感情が沸き立つ。それを握り手を掴む事で発散したい。そんな思いから生じた行為だった。
 目の前の光景を見て、彼女に浮かぶ感情。それは、

(警戒と、純粋な……恐怖、かしら)


 一言で表すなら、『蹂躙』だった。
 2人が抜けてきた、木々が並び立つ夜の森林。
 その太くどこか力強さを感じさせてきた木々たちが……あっけなくへし折れ、あっけなくちぎれ、あっけなく砕けている。木々たちが明らかな破壊を受けた痕跡だった。
 それも1本2本ではない。木々の折れている様は直線状だが広い。
 ブレンヒルトの体よりも太く、丈夫そうな木もいくつも破壊されている。もしも自分たちがこの破壊の中にさらされたなら、あっけなく体はぐしゃぐしゃになり目も当てられない状態になるだろう。


 この惨状が語る事実は1つ。
 このような破壊を行えた者が、この会場内にいる。
 しかも、まだ開始から4時間程度しか経っていないということは、今ここにいる自分たちと破壊者との距離はまだそう遠くはない可能性が高い。

 その事実にブレンヒルトは戦慄する。本当ならば彼女がそこまで戦慄する事はない。全竜交渉部隊とも戦闘を渡り合ったこともあり、戦闘についての自信はある。
 だが、それは自分の力をフルに発揮できての話だ。彼女の1st-Gの魔術を使うには、霊石という青い石が必要だ。霊石さえあれば、概念空間が展開できなくても、『文字の力』の魔術を行使することができる。
 自分が今いる立場は決して安全とは言いがたい。よって、安全の為普段から持ち歩いていたはずのそれが……ここに来てから無くなっていた。

(ギラーミン……理不尽な状況には変わらないから我慢していたけど……これは贔屓が過ぎるんじゃない!?)

 今や自分は、自身の肉体や見知らぬ支給品のみでこの殺し合いという状況に立ち向かわねばならない状態だ。木一本を破壊する事にすら相当苦労するだろう。
 それに対して、そんな自分を上回る、このような破壊を行える者がいる。
 その参加者の元々の力か、それとも支給品の力か。いずれにしても、力の制限されたブレンヒルトにとってその相手は脅威であり、力という点のみにおいては嫉妬を覚える存在でもあった。
 無力と言うことは、それだけで苦痛以外の何物ではないと彼女は知っているからだ。


「ブレンヒルトさん?」
「え?」

 ブレンヒルトはナナリーの声を聞き、我に返った。つい思考に没頭していたらしい。彼女の事をすっかり忘れていた。

「なんだか、突然車椅子が止まってしまったので何かあったのかと思って」
「……」

 ブレンヒルトはナナリーの問いかけを聞きつつも、その少女を見つめてさっきの考えを訂正する事にした。

(いえ、贔屓という意味では……ナナリーの方が酷いわね)

 ナナリーは目が見えない。その上足も動かない。彼女自身がそう言っていた。
 車椅子というサービスがあったとしても、彼女が殺し合いにおいて目が見える健常者よりも圧倒的に不利なのは間違いなく、それは誰でもわかることだ。
 なぜ彼女のような存在をこんな場所に放り込んだのか。優勝を期待しているのか? バカな、あり得ない。
 考えているうちにブレンヒルトは更に自分のギラーミンへの怒りが高まるのを感じた。
 正直、ナナリーを死なせる為に参加させたとしか思えない。
 さっき会った時も車椅子に乗るナナリーを見てブレンヒルトは自分の目を疑った。見つけた人物を嵌める為の演技かとも思ったくらいだ。
 だがナナリーは目の前で転倒し、車椅子から転げ落ちた。その様子は明らかに演技ではなかった。

 もしナナリーを見つけたのが自分ではなく、優勝を目指している誰かだったら……間違いなくナナリーは殺されていただろう。
 目の前の惨状を起こした者なら、より簡単にナナリーなど赤子の手をひねるように破壊できてしまうだろう。

(それだけはさせない)

「なんでもないわ、ナナリー。空を見上げていたらだんだん明るくなってきたからつい思い出したのがいただけ」
「大切な人ですか?」
「ええ、大切な……猫よ」
「猫さんですか?」
「ええ。早く……あの輝く空へ投げ飛ばしてみたいわ」
「か、可愛そうです……」
「大丈夫。安全に投げるから」

 適当に誤魔化し(そのとき空に本当にどこかの黒猫の泣きそうな幻影が空に見えたが無視した)、ブレンヒルトは足を進め、車椅子を押した。
自分が押す車椅子の車輪が回る音が静かな破壊現場にからからと響く。


 ナナリーには嘘をついてしまった。
 けれど、目が見えない彼女に不必要に恐怖を覚えさせたくない。
 自分が『何もなかった』といえば、彼女には分からないのだ。
 それならば彼女の不安を少しでも避けることができる。
 ブレンヒルトは彼女の平穏を少しでも守りたかった。
 少なくともこの先の温泉に行くまでは、彼女の平穏を保ってあげたかった。


 破壊現場を横目に見ながら、車椅子を押し歩きつつブレンヒルトは考えた。
 この破壊を行った者は何者かと。
 彼女の知っている中でこのようなことができるのは……機竜や武神。加えて、概念核兵器の類だろう。
 ブレンヒルトが知っているここにいる参加者2人は、どちらも元々体内等にそれを持っているような特殊な存在ではないはずだ。
となれば会場内、あるいは支給品の中にあると考えられる。しかし。

(どれも扱いを知らない人間が数時間で使えるようなものではないはず。はず、だけど……。
 もしあのギラーミンが何か処置を施したとしたら)

 ギラーミンは自分たちを簡単に拉致するような不可思議かつ驚異的な力を持っている。
 その不可解な力はもしかしたら機竜や武神を簡単に扱えるようにするものもあるかもしれない。
 それに概念の力もある。もしそれすらも、ギラーミンの範疇だとしたら。




 だが進む途中目に入ったものを見て、ブレンヒルトは息を呑んだ。


(なによこれ……)


 それは固い地面に深々と刻み込まれた痕跡。おそらくは破壊の主が残したであろう痕跡の一部。
 半円状に曲線を描き、まっすぐの棒を捻じ曲げたような形。地面に描かれたその形の内側の地面が一段深くなっている。
 足跡と考えるのが自然だろうか。さらにブレンヒルトの考える範囲で、この形から連想できるものが一つある。

(蹄ね)

 馬や牛などの四足歩行の動物の爪が変化した形状、それが今ブレンヒルトの目の前にある足跡として1番しっくりくるものだった。
 だがその蹄の大きさは異常だった。その辺の馬ならばブレンヒルトとてそこまで恐れはしない。だが目の前の足跡はブレンヒルトやナナリーの体よりも大きい。
自分がこの足跡の穴の中で寝そべって、すっぽり入ってしまうに違いない大きさだ。

(蹄でこの大きさだなんて持ち主の動物かなんか自体はどれだけ大きいのよ!
 それに……私の知る機竜や武神にこんな形状の痕跡を残す物はない)

 そこが最大の問題だった。
 ブレンヒルトの知る範囲で考えられた3つの可能性、その可能性を根こそぎ奪いかねない証拠がこの蹄の足跡だった。
 彼女とてすべての機竜や武神を知っているわけではないので100%の断言こそできない。だがこんな足跡を残す物はまずいない、はずだ。
 つまり機竜や武神がこれを行った、という可能性は低くなってしまった。
 概念核兵器も同様だ。概念核兵器だとすれば、この足跡はその持ち主、つまり参加者のものということになる。
 だが、あの説明の場にこんな巨体の人物はいなかったはずだ。
 せいぜいブレンヒルトの近くにいた、ヒゲ面に太い腕の巨漢があの中では最大だと思う。けれどあの男でもこんな足跡を残せるほどの巨体では無かった。
足の形だって人間と同じだった。
 これで概念核兵器の可能性も低くなってしまった。
 となればこの破壊の惨状と足跡を残したものは、彼女の知らない『何か』ということになる。


(知らないことがこんなに恐ろしいことだなんてね……。
 10の概念世界を知って、それなりに色々知っているつもりだったのに)


 足跡、ひいてはその持ち主に対して戦慄を覚えつつ、ブレンヒルトはナナリーの車椅子を押して温泉へと向かう。
 たとえ脅威があったとしても、この破壊を行った者は派手に轟音を立てたに違いない。この木々の壊れようから言って無音で行ったとは考えにくい。
となればここに残っている可能性は低い。他の参加者がゾロゾロ来るのはさすがに避けるだろう。だから温泉にこのまま向かっても問題は無いはずだ。

(もっとも警戒は最大限にしないといけないわね)

 ブレンヒルトはデイパックから棒状の物を取り出すとそれを説明書に従って展開した。
 やがてできあがったのは十字の刃を持つ槍だ。それを右手に構えると、ブレンヒルトはナナリーと共に旅館へ入っていった。


 *****


「ここが女湯ね。ナナリー、私が先に入るから少しだけここで待っていて?」
「はい。わかりました、ブレンヒルトさん」


 ナナリーはブレンヒルトに押され案内されながら、旅館の中まで入ってきていた。
 旅館に入った途端、ブレンヒルトは注意深く警戒しはじめて、玄関からここに至るまで細心の注意を払っているようだった。ちなみに車椅子はそのまま乗っている。
玄関にあったタオルで車輪に着いた土を拭いて、ナナリーを玄関に一旦下ろし、ブレンヒルトが車椅子を床に持ち上げた。ナナリーは女性にそんなことをさせられない、
と思ったがブレンヒルト曰く車椅子はそれほど重くは無かったらしい。加えてブレンヒルト本人も『私やわじゃないから。美術部部長だし』と、まったく繋がっていない
が自信満々に言っていたのでブレンヒルトに車椅子を任せることにした。そして車椅子に乗り直しブレンヒルトの後を追いながらここに至る。


「大丈夫ね。入ってきていいわ、ナナリー」
「はい、今行きます」

 ナナリーは言葉に従い更衣室の中へ車椅子を進めた。
 少し進んだところで誰かの手にそっと体を止められる。当然ブレンヒルトだ。

「ちょっとここに棚が出ているからこっちに周って?」
「ありがとうございます」
「いいのよ。……ナナリーの進路上を遮るこの棚が悪いだけ。軽く切っておこうかしら」
「ブ、ブレンヒルトさん?」
「冗談よ冗談。私の持ってるものじゃ、とても切るのは無理そうだから」

 持っていたら切ったのかな、とナナリーは少し考えた。


「さて……ナナリー?早速服を脱ごうと思うけど……あなた、下はやっぱり脱ぎづらい?」
「ええ……動きませんから」
「わかったわ。私が手伝う」

 そして、ナナリーの下半身をブレンヒルトが掴む感触が――。


 *****


 何かが、来た。


 女に大きな衝撃による攻撃を受け、この温泉とかいう施設を訪れた後暗闇に包まれた2階の一室に隠れて傷を癒していたオレはその声にすぐ気づいた。
 なにしろここにはオレ以外はいない。オレの周りに音が一切ない以上、防音も何もなっていないこの建物ではよほど遠くない限り、1階の声は2階の客室まで充分聞こえる。

 ……声質の違う者が……2人。少し遠いのに加え、喋っていない人物がいる可能性も算段にいれれば、2人以上と踏んでおくべきか。
 聞こえる声はどちらも高めだ。女、子供の可能性が高い。
 複数で行動している以上、この殺し合いには乗っていない可能性が高いだろう。オレのように乗っている者ならば、他人など信用しない。出合った者は全て敵。共に行動するなどまずないことだ。
 となれば……オレは奴らを消す必要がある。乗っているならば、このまま見逃していた。ギラーミンが出した条件は、『24時間終了時点で参加者が半数以下になっている』ことだ。
オレがすべてをやる、という条件ではない以上殺し合いに積極的な奴はそのまま泳がせ他の参加者を減らさせた方が得策だ。だが、そうでないならば生かすメリットはない。マスターを救う可能性を高める為にも、
ここで始末するのが一番だ。

 だがここで問題がある。
 オレの傷がまだ完治していないことだ。
 普段ならば“じこさいせい”を使えば一瞬で治せる怪我も、このフィールドでは何故だか治りが遅く、今やっと体力の半分弱を回復したといったところだろう。
 女子供2人相手に何を臆している、とオレも思うがここにいる参加者は油断なら無い奴らばかりだ。ポニーテールに活動的な服(ただし下半身だけだが)を着た銃撃に優れた女、
仮面で顔を隠しそれほど力が無いにも限らずオレに勝とうと言う意思は確固たるものだった男。そして、オレに腹を貫かれたにも拘らずオレにここまでのダメージを与えた妙な耳の女。
 たった3人。そのたった3人にオレは重傷を負い、逃走を選ばざるを得なかった。
 ここでは一瞬の油断が命取りだ。たった2人の女子供も、どんな力を発揮するか分からない。オレは既に一つ支給品を失っている。できれば体力を完全に回復した状態で挑みたい。
 だが完治する前に奴らがここを立ち去る可能性もある。階下の電気はいまだ点いているから、まだこの建物内にはいるはずだ。だが、それも長くは続かないかもしれない。そうすれば
奴らを殺すチャンスが失われ、マスターを助けられる可能性が低くなる。


 どうする……?


 ******


 心地いい。それがナナリーの温泉に対する第一感想だった。

 温かい湯が全身を包み、疲れてきた心にひと時の安息を感じる。何も着ていない体への直接的な熱がなんとも言えない。
 湯の浮力で動かない足も浮き、そんな浮遊感は体感する自身の重さを軽減させ更に心地良さに拍車をかける。
 加えてナナリーたちがいる女湯は露天になっており、外から来る冷たい空気が熱くなる顔を程よく冷ましてくれている。

「やっぱり温泉はいいわね……温泉はLow-Gの作った文化の極みだわ。そう思わない?ナナリー」
「そうですね……」
(Low-Gって?)

 同じ温泉に漬かっているブレンヒルト(勿論ナナリーにその裸の姿は全く見えない。よって描写なんてできるわけないじゃないですか常考)の言葉にかすかな疑問を
ナナリーは覚えた。思えば、ここに来る前にも彼女は『1st-G』という奇妙な言葉を使っていた。
 ナナリーはここに来るまですっかり聞きそびれていた。
(折角の機会ですし、聞いてみましょう)

「あのわひゃ!?」

 話しかけようとしたナナリーの体に突然何かが触れた。誰かの手だ。ネモは温泉から離れたところでこちらを見ている。ということは。

「ブ、ブレンヒルトさん?何を」
「……すべすべね」
「す、すべ…ひゃう!?」

 またも触られた。
 裸を触られる経験なんて、全然なかったナナリーにとっては声を上げてしまうほどの感覚だ。

「若いだけあって本当にすべすべ……勿論私も若いけど。あのドイツ女より。あのドイツ女より」
「なんで2回もううん!」
「……ごめんなさいナナリー。けれど、これはスキンシップよ。お互いの親交を深める為の。人間は肌と肌の付き合いで親交を深める、と本に書いてあったわ。
 決して、私の中のささやかで小さな愛らしい小悪魔がイタズラ心を刺激しているのではないのナナリー」

「そんなあん! そ、そんなところは……ひうっ! く、くすぐったいです……ああ! そこは

 *****

 何やら外の方でバシャバシャ水音が聞こえる。
 恐らくはさっきの来訪者達だろうが、暢気なものだ。この状況下で温泉に漬かるとは。
 いや、あるいは裸でも襲撃者に対応できる準備が充分ある、という捉え方もできるか。
 どちらにせよ、オレの決定事項は変わらない。

 オレは結局この部屋に潜み続ける事にした。ただし、来訪者の動きによっては対応を変える。

 もし奴らがオレの怪我の完治までここに居座っていた場合、オレは奴らを奇襲する。そう、奇襲だ。マスターの命がかかっている以上、
手段には構っていられない。オレ自身へのダメージを減らすため、不意をついて襲撃する。

 もし奴らが何らかの理由でこの部屋に踏み込んできた場合もほぼ同じだ。ここで待ち構え、入ってきたところを奇襲する。

 もし奴らがオレの怪我が完治する前に、ここを立ち去った場合は……見逃すしかない。ただし、奴らの行った方向は確認して完治の後追いかける。

 ここまでは奴らがオレに全く気付かなかった場合だが……万が一、奴らがオレの存在に気付いたならば……怪我によっては応戦するが、完治前ならば逃走する。
今はオレの身はできるだけ安全にしなければならない。ギラーミンは言った。オレが死んだ場合もマスターを殺すと。オレの死は即ちマスターの死。
オレは絶対に死ぬわけにはいかない。


 オレはデイパックから2つ目の支給品を取り出した。
 オレに支給された2つ目の剣。片刃で長さは身丈程もありそうな大剣。先の戦いでは守りの剣の方が攻めにも守りにも使用できるため優先的に使用していた。
 オレはその機械的な姿の一部にあるコンソールを見つめた。すると、闇の中で淡い光と共にそこに言葉が流れた。

『カエレル?』
(ああ、オレが帰してやる)


 この大剣、説明書によれば名を機殻剣(カウリングソード)『V-Sw(ヴィズィ)』というらしい。
 概念核やらなにやらよくわからない単語は読み飛ばしたが、この剣には意思があり複数の形態があるという。
 4つあると書いてあったが、制限で第2形態までしか使用できない、とわざわざ書いてあった。今の状態が第1形態であり、持ち主の意思により第2形態への変形が可能だという。
ただし、一度変形を行えばその後4時間の間の変形はできないらしい。
 つまりは使いどころを見極める必要のある切り札、というところか。使う時は必ず相手を仕留めなければならない。失敗は許されない。

 そして、この剣の意思。コンソールに表示されている言葉がそれだ。
あの3人との戦闘よりも前、支給品の確認中いきなり浮かんだ『ダレ?』という言葉に、オレは戸惑いつつもテレパシーで『オレはミュウツーだ』と返した。
本来ならばオレはマスターか、よほど心を許した人間、自分の意思を絶対にぶつけたい相手でもなければテレパシーを使いはしない。
今回は、3つ目の理由だ。生死をある程度預ける事になる武器だ。意思の疎通は必要だと思ったからだ。本来ならば音声で疎通する、と書いてあった為、オレとしても駄目で元々だった。
だが念でも意思は伝わったらしく、『ミュウツー?』と、コンソールの言葉がそれを証明した。その後、オレとV-Swは念とコンソール文字という奇妙な会話を繰り返した。

 その結果、V-Swもまた主を持つ存在であり、その主はこの会場にはいないこと。本来ならば主でなければ使えないはずの自身が誰にでも使えるようになっているらしいこと。
説明書の通り、自身の力に制限がかけられていることを知った。
 オレはV-Swに共感を覚えた。共に主を持ち、その主からギラーミンによって引き離されている者同士。V-Swもまた、さぞ主に会いたいであろうということは、
コンソールの文字からも充分伝わってきたし、オレもまたその立場にあるのだからよくわかった。
 だからオレは『オレはここから帰らなければならない。その為には力が必要だ。主以外に使われるのは屈辱に違いないだろう。だが、それをわかって頼む。オレに力を貸してくれ。
オレが優勝し、マスターを助けたときは、必ずギラーミンを殺す。そして奴の力を使ってお前を主の元へ必ず帰してやる。必ずだ』とV-Swに伝えた。
 それをV-Swは承諾し(もっとも、承諾如何に関わらずV-Swは使われる事に関して抵抗はできなくなっているらしい。だが、オレは無理強いをしたくなかった)、今の状況に至る。

(オレのエネルギーを回復に集中させている以上、念による戦いは避けたい。今頼りにしているのはお前だ、V-Sw)
『タヨリニシテ』

 V-Swの答えに、オレの顔は自然と緩んでいた。
 やはり、同じような境遇の同士と共にいて、オレも少し安心しているらしい。

 改めてオレは、状況に変化に対応できるよう、階下へと耳を澄ませ、V-Swをしっかりと持ち、構えた。
 その汚れなき刃を血に染める事に、わずかな心の痛みを覚えた。



【B-7・温泉宿2階客室内/1日目 早朝】
【ミュウツー@ポケットモンスターSPECIAL】
【装備】:機殻剣『V-Sw(ヴィズィ)』@終わりのクロニクル
【所持品】:基本支給品一式、不明支給品0~1個(確認済み)
【状態】:中ダメージ(じこさいせい中)
【思考・行動】
 1:マスター(カツラ)を救う為、24時間以内に参加者を32人以下まで減らす。
 2:体を休めつつ、階下の人物の行動によっては奇襲する。
 3:魅音かハクオロが細胞を移植し、自分を追ってきたら相手をする。
 ※3章で細胞の呪縛から解放され、カツラの元を離れた後です。
  念の会話能力を持ちますが、信用した相手やかなり敵意が深い相手にしか使いません。
 ※念による探知能力や、バリアボールを周りに張り浮遊する能力は使えません。
 ※じこさいせいは直りが遅く、現在50%近くまで回復しましたが、完治まではあ最低でもあと2時間以上必要です。
 ※名簿を見ていないため、レッド、イエロー、サカキの存在を知りません。
 ※ギラーミンに課せられたノルマは以下のとおり
  『24時間経過するまでに、参加者が32人以下でない場合、カツラを殺す。
   48時間経過するまでに、ミュウツーが優勝できなかった場合も同様。』
 ※カツラが本当にギラーミンに拉致されているかは分かりません。偽者の可能性もあります。
 ※V-Swは本来出雲覚にしか扱えない仕様ですが、なんらかの処置により誰にでも使用可能になっています。
  使用できる形態は、第1形態と第2形態のみ。第2形態に変形した場合、変形できている時間には制限があり(具体的な時間は不明)、制限時間を過ぎると第1形態に戻り、
理由に関わらず第1形態へ戻った場合、その後4時間の間変形させる事はできません。
 第3形態、第4形態への変形は制限によりできません。


 *****


「うう……」
「大丈夫か?ナナリー」
「ええ」

 旅館1階、風呂入り口前の休憩用ベンチにナナリーは座っていた。おそらくのぼせた人間用のスペースなのだろう。
 ネモは座らず、近くの壁に寄りかかっている。
 ブレンヒルトは一緒に出た後、『忘れ物をした』と言って風呂へと戻っていった。

「ブレンヒルトさんって……ちょっと変わってるわね」
「素直に変人と言っていいと思うぞナナリー」
「そんな率直に言ったら失礼よ」
「率直だと思っているわけか」
「う」

 気まずそうな顔をしたナナリーに対し、ネモは深くため息をついてから厳しい目を向けた。

「ナナリー。あの女をあまり信用しない方がいい」
「!? な、なんで? だって、ブレンヒルトさんはここまで私のことを守ってきてくれて」
「それがそもそも信用できない。殺し合いという状況下で車椅子の少女を助けるメリットがどこにあるんだ?
 『貴方に私は守らせなさい』など、詭弁に決まっている。人間は自分に得がなければ行動なんてしない」
「で、でも! ブレンヒルトさんは純粋な善意で!」

 ナナリーはつい声を荒あげていた。
 ブレンヒルトに聞こえてしまったかと、口を手で抑えたが、しばらくしても彼女が来る気配はなかった。
 それを見計らったように、ネモは続けた。

「いいか、ナナリー。あの女は既に、ナナリーに2つ嘘をついている。どちらもナナリーの目が見えないことをいいことにな」
「えっ……」

 突然のネモの言葉に、ナナリーも思わず絶句した。
(ブレンヒルトさんが、嘘を……?)


「1つはここに来る直前だ。奴が黙った事があったろう。あの時、この建物の目の前には破壊の痕跡が広がっていた」
「破壊……?」
「木がいくつも根こそぎ砕け、倒れ、壊れている光景だ。まるでKMF(ナイトメアフレーム)が暴れたような、な。
 奴はその惨状を見ていながら、お前の目が見えないことをいい事に黙っていた。『何もなかった』と嘘をついてな」
「でも、それは私を怖がらせたくなくて」
「互いの安全の為にはあらゆる危険を知らせておくべきだろう。ナナリー、奴はお前に破壊者がまだいるかもしれない周辺を何も言わずに進ませたんだぞ」
「う……」

 ナナリーは二の句が続かなかった。
 ブレンヒルトはナナリーを怖がらせたくなかった。そう信じたい。
 けれど、それでもナナリーは真実を全て伝えて欲しかった。
 どんなひどい事も覚悟はできているつもりだ。
 だから、衝撃を受けていたことだけは確かだ。
 そして、ささやかな疑念がナナリーの心に生まれていた。

「もう一つは……ついさっき。いや、今まさに進行中だ」
「進行中……?」


「奴が戻ったのは、さっきまでいた『女湯』ではない。『男湯』の方だ」


【B-7 温泉宿・1階風呂場前休憩所/1日目 早朝】
【ナナリー・ランペルージ@ナイトメア・オブ・ナナリー】
[状態]:健康
[装備]:車椅子、ネモ
[道具]:支給品一式、全て遠き理想郷(アヴァロン)@Fate/Zero
[思考・状況]
1:男湯……?
2:ブレンヒルトを信じる…?
3:バトルロワイアルを止める
※ナナリーを守る。ブレンヒルトは信用しない(ネモの思考)
※参戦時期はサイタマ事変前
※『全て遠き理想郷』はある程度の防御力の強化、受けたダメージのワンランクの軽減、治癒力の向上に制限されている。


 *****

「……酷いものね」

 ブレンヒルトは思わず、先の惨状を見た時感じた感想と同じ言葉を呟いていた。
 なぜなら、目の前に広がる光景も、『惨状』だったからだ。


 ブレンヒルトはこの宿に入ってすぐに電気を点けた。
 もしここに誰かが潜んでいる場合、自分たちの存在を知らせてしまう事になる。だが、その誰かを見つけるには暗いよりも明るい方がいい。
 誰かいるならば、どの道自分たちの存在などバレてしまうだろう。ならば、身を隠しやすい闇よりも姿を見えやすくする光で相手をけん制しておいた方が良い。ブレンヒルトはそう判断した。
 そしてナナリーと共に風呂へ向かう進路上も、槍を構え先に自分が誰もいないことを確認してからナナリーを来させ、慎重に事を進めていた。
 2階に関しては、玄関口に張ってあった宿の構造図を見たところ、風呂への進路上に2階への階段が存在しなかったこと、電気が点いていないことから温泉に入った後でもいいだろうと後回しにしてあった。
 そして廊下の突き当たりの風呂場に辿り着いた。
 休憩用のベンチを間に二つの入り口が存在していた。左側が男湯で右側が女湯、とのれんが物語っている。○印にそれぞれ『男』、『女』と描かれる形で。
 この時もブレンヒルトは誰かが隠れている可能性を考え、ナナリーを入り口前で待たせてまずは男湯から見に行った。
 その時、この『惨状』を見て絶句したがナナリーを長い時間1人にしておくわけにはいかないため、人が隠れられそうな場所を一通り確認して、ナナリーの所に戻った。
 温泉から上がった後、ブレンヒルトは改めて『惨状』を確認しておこうと、ナナリーにはまた不安を抱かせないよう嘘をつき、男湯に戻ってきた。
 そして今に至る。

 男湯脱衣所の中は物品が色々転がっている。誰かがここで暴れたのだろうか。少なくとも、外の破壊者とは別人の可能性が高い。同一人物ならば、ここは部屋の原型すら残っていないはずだ。
だが、部屋自体は健在で、物が散らかっているくらい……。


(……『健在』じゃなかったわね)


 ブレンヒルトは更衣室の壁に近づき、それを見つめた。
 それは弾痕だった。壁に穿った後があり、覗き込んでみるとかすかに金属の輝きが見えた。弾丸が埋まったままになっているようだ。

(間違いないわね。ここで誰かが銃を撃った。
 錯乱して1人で撃ったでもない限り、誰かに向かって撃った、って考えるのが普通でしょうね。
 つまりここで少なくとも2人が争った。しかも、片方は銃を持って)

 ブレンヒルトの脳裏にイメージが浮かぶ。
 自分たちのようにここで温泉にでも入ろうとしていた、男(男湯の脱衣所なのだからその可能性が高い)。そこに乱入してきた誰かが男に向かって銃を撃つ。
 有り体な想像ならこんなところだろう、とブレンヒルトは思った。勿論、襲われた方が反撃に銃を撃った可能性もあるから、一概に今の通りとは限らない。

 ブレンヒルトは足を進め、風呂場の方に向かった。
 異常はすぐに見つかった。脱衣所と風呂場を区切るドアに大きな穴が開いている。

(何かしら、これ……銃弾にしては大きすぎる。
 男の拳くらいかしら……誰かがぶち破った?)

 ドアの穴。これからイメージできるのは……。
 襲われた男が襲撃者から逃れるため、風呂場に逃げ込みドアを閉める。
 だが、襲撃者はドアを拳で貫き……。

(違う……。
 このドア、鍵は内側から簡単にかけられるようになっている。逃げ込んだ人物は鍵を閉めるだけで相手が風呂場に入ってくることを阻止できた。穴が開けられたってドアは閉まっているの
だから問題はなかったはず。穴は鍵を開けられる位置にはないから、鍵を開ける為、ってわけでもないし)

 だが実際はドアの鍵は閉まっておらず、立てこもっていてもおかしくない逃亡者はここにはいない。

 風呂場にも入ってみるが、先に確認したとおり誰もいない。
 死体も転がっていない。
 死体がないということは、結果的にここでの襲撃はここで誰かが死ぬ事態は起こらなかったということになる。
 逃亡者が逃げる事に成功した、ということだろうか。

(これと外の大破壊は関係あるのかしら……。
 ……いえ。可能性は低そうね。あんなことができる奴なら、撃った方にしても撃たれた方にしてもさっさと使ってこんな部屋跡形もないでしょうし)

 ブレンヒルトは踵を返した。
 結局、謎ばかりが生まれて何もわからなかった。ここで一体何が起こったのか、弾痕とドアの大穴だけでは手がかりが少なすぎた。


 これからどうしようか、とブレンヒルトは思った。
 ナナリーのところへはまずすぐ戻る。だが、問題はその後だ。
 温泉を堪能した以上、さっさとここを出るに限るのだが一抹の不安がある。

 2階だ。
 暗闇に包まれたそこに誰かが潜んでいる可能性。
 脱衣所の現場を考えれば銃を撃った犯人かもしれないし、外の破壊者かもしれない。
 撃たれた被害者、の可能性は低いだろう。なぜならここから玄関まで、血痕はまったく見当たらなかった。宿の構造上、風呂場から2階へ行くには迂回して玄関を通らなければならない。
撃たれた者に自分の血痕を完全に拭い去る余裕と技術があるだろうか。

 もし、誰かが2階にいるとしたら……このままノコノコ外に出て行くのは危険かもしれない。銃を持っていたなら2階から狙い撃ちにされてしまう。
 かといって、2階に乗り込んでいくのも危険ではある。なにせ向こうは待ち伏せができる。こちらには近接武器しかないから、更衣室の銃撃者が相手だったならどうにも対抗ができない。
 もちろんただの取り越し苦労で2階に誰もいない、ならば1番良い。そうでなければ、どれもリスクが高いのだから。こちらにはナナリーがいる。車椅子では銃での襲撃に際し、逃げる事も満足にで
きないだろう。
 となれば……1番の策は、ブレンヒルトがナナリーを1階において、自分だけが2階に行き探索をすること。もちろん自分の危険が一気に増えるが……無力なナナリーが危険に晒されるくらいなら、
自分が傷つく方がマシにも思えた。

(ふふっ、いつから自己犠牲精神の持ち主になったのかしらね、私も……)


 ブレンヒルトは苦笑すると、デイパックから小さな球状のものを取り出した。
 それは支給品の1つで、彼女にとって最後の手段ともいえる代物であった。
 それを使った時、自分はどうなるかわからない。
 これもまた彼女の知っている範囲にはないものだ。何が起こるか本当にわからない。

(でも……もう、一度助けた命を取りこぼしたくは……ないものね)

 思い出すのは、かつて故郷で助けた小鳥。
 ナナリーのように、動く手段を失い誰かに食われるしか未来がなかった生物。
 助けた小鳥は……彼女の滅びた故郷と共に、消えてしまった。

 そして、Low-Gでも、小鳥を助けてしまった。
 けれどその小鳥も命の危機に瀕した。
 あの時の絶望感は今でも忘れられない。
 だから、もうあんな事は御免だ。
 自分はもうナナリーを助けてしまったのだから、それを最後まで続けなくてはならない。たとえ、わが身が……。

(ナナリー……あなたは必ず、私が守るわ)

 ブレンヒルトは球をぐっと握り締めると、これからについての思索に意識を戻した。


 その球の説明書には、使用者に対しての配慮がまるでない冷酷な文が記されていた。


『ARMSコア 『騎士(ナイト)』
 生物の頭部、又は胸部に直接当てる事でコアを埋め込むことができる仕様になっています。
 通常でも問題は有りませんが、身体の四肢、一部に完全欠損が存在するとよりお勧めです。このコアのお勧め欠損箇所は、左腕です。
 性能は――』


【B-7 温泉宿/1階・男湯脱衣所/1日目 早朝】
【ブレンヒルト・シルト@終わりのクロニクル】
[状態]:軽度の疲労
[装備]:汗で湿った尊秋多学院制服 アデルの十字槍@BACCANO!
[道具]:支給品一式、ARMSコア『騎士(ナイト)』@ARMS、不明支給品0~1(1st-Gに関連するもの、遠距離攻撃ができるものではない)
[思考・状況]
1:2階の存在を懸念しつつ、これからどうするかを決める。
2:1st-G概念を行使できるアイテムを手に入れる
3:ナナリーを守りながら状況の打開策を考える
※森林破壊者、男湯銃撃者を警戒しています。また双方とも別人だと思っています。
※ARMSコア『騎士』に適性要素があるか、それとも誰でも使用できるのか、性能に関する具体的な制限、騎士自身の意志有無など、は後続の書き手に任せます。








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最終更新:2012年11月29日 01:41