Give me a power! ◆b8v2QbKrCM




「……これで全部かしら」

ブレンヒルトは机に並べられた物品を見渡した。
旅館の一室、それなりに広い部屋に備え付けの机は、今はデイパックに収まっていた品物で埋め尽くされている。
先ほど流れた放送で呼ばれた死亡者名は、ブレンヒルトもナナリーも知らないものばかりだった。
死亡者の知人には失礼だが、安堵を覚えなかったといえば嘘になる。
しかし、六時間で十五人の命が奪われたという現実は大きい。
これまで危険人物に出会わなかったことが幸運なのであり、これからが本番だといえるだろう。
そこでブレンヒルトは互いの所持品を確認しあうことを提案し、ナナリーもそれを受け、今に至っている。
付近一帯の地形などが描かれた地図。
いつ壊れてもおかしくないようなコンパス。
何の変哲もない紙と鉛筆。
水入りのペットボトルと食料品が大量に。
六十五人分の名前が記載された名簿。
余分な機能が付いていないシンプルな時計。
どこにでもあるような懐中電灯。
ブレンヒルトはナナリーも把握できるように、一つ一つを手に持たせながら名称を呼んだ。
これらはブレンヒルトの荷物にもナナリーの荷物にも入っていたものだ。
恐らく全参加者が与えられている基本的な物資なのだろう。

「それと、ナナリーのバッグだけに入ってたのが、この鞘ね」

ブレンヒルトはナナリーからソレを受け取り、じっくりと眺める。
概念兵器の類ではないようだが、ただ美しいだけの鞘というわけでもなさそうだ。
ナナリーがデイパックから黄金の鞘を取り出したとき、ブレンヒルトはその美しさに思わず目を奪われた。
光り輝く黄金の地金に、目が覚めるほど鮮やかな青の琺瑯で装飾された、細長い三角形に近い形状の鞘。
戦争の道具たる剣を収める武具ではなく、宝物庫の最奥を飾る至上の宝ではないかと思わせられる。
"全て遠き理想郷――アヴァロン"
鞘の銘はアーサー王の伝説で知られる妖精郷の名である。
その真なる所持者が、かのアーサー王その人であることを、この場の誰が知るだろう。

「鞘だけしかないというよりは、鞘だけでも何かの効果があるってことかしら」
「そうなんでしょうか……」

ナナリーはブレンヒルトから返された鞘を抱きしめた。
不親切なことに、鞘には使用方法の解説などは添えられていなかった。
嫌がらせのつもりなのか、それともただ持っているだけで意味があるため不要だったのかは判断できない。
せめて剣も付けてくれればいいのに、とブレンヒルトは心の中で毒づいた。

「それで、私のバックに入っていたのが、これと……これ」

デイパックから二つの支給品を取り出して、順番にナナリーへ手渡していく。
最初に、切っ先が十字に分かれた形の槍。
特殊な能力を持つわけではないようで、ナナリーへの説明も楽だった。
次に――白い結晶の入った小瓶。

「アンフェタミン……説明書によると、言い訳のしようがないくらいに直球の危ない薬ね」

一般に広く知られている麻薬といえば覚醒剤だろう。
アンフェタミンとはその一種である。
日本国内で主に流通している覚醒剤はメタンフェタミンだが、アンフェタミンもまた同様の効果を持つ。
吸引、注射、経口など様々な服用方法があり、その中でも注射が特に危険とされる。
追い詰められたらこれで現実逃避をしろとでもいうのか。
こんなものを支給したギラーミンの思考を疑わざるを得ない。

「支給品はこんなところね。それじゃあ、そろそろ出発しましょうか」

三つ目の支給品――ARMSコアなる金属製の球について、ブレンヒルトはその存在を秘した。
ナナリーにはこのような支給品があった事実すら伝えないことにしたのだ。
ブレンヒルト自身、これの機能について、他人に説明できるほど理解していないというのが大きな理由だ。
中途半端な説明で彼女に不安を抱かせるわけにはいかない。
それに加えて、説明書きに記載されていた文言が、あまりにショッキングな表現だというのもある。
ともあれコアはブレンヒルト以外の目に触れることなく、デイパックの奥に追いやられていた。
ブレンヒルトがナナリーの車椅子に手を掛けて、廊下に連れ出そうとした瞬間――

「……ブレンヒルトさん、何か聞こえませんか?」
「えっ?」

ナナリーに言われ、耳を澄ます。
微かだが、確かに物音が聞こえてきた。
明らかに何者かが旅館の中を移動している。
ここは森の中に佇む旅館なのだ。
自分達以外にも休息を求めて訪れる者がいてもおかしくない。
問題は、それがどんな人物なのかということである。

「ナナリーはここで待っていて。私が見てくるから」
「はい……」

ブレンヒルトは十字槍を両手で持ち、廊下に出た。
その背中を、光を失っているナナリーの変わりに見送る眼差しがひとつ。

「あの女から逃げるなら今だぞ」
「逃げるなんて……そんな!」

肩越しに掛けられたネモの言葉を、ナナリーは首を振って否定した。
しかしネモはその否定を更に否定する。

「さっきも言っただろう。あの女はナナリーを騙しているんだ。
 "善意"なんて見せ掛けに決まっている。いつお前を殺そうとするか分かったもんじゃない」

ナナリーはうつむき、沈黙した。
信じたいという気持ちと、疑わしいという気持ちがぶつかり合い、喉を詰まらせる。
動かない脚の上で拳を握り、肩を震わせる。
どれだけの時間、そうしていただろうか。
やがてナナリーは顔を上げることなく口を開いた。

「……それでも、私はあの人を信じます」
「ナナリー!」
「だって! ……もし、ブレンヒルトさんが私を殺すつもりなら、出会ったときにそうしているはずでしょう?
 車椅子から落ちて動けなくなっていた私を、簡単に……」

ナナリーはブレンヒルトとの出会いを思い返しながら言葉を紡いだ。
ネモは『殺し合いという状況下で車椅子の少女を助けるメリットがどこにあるんだ?』と言っていたが、それは逆だ。
メリットもないのに助けたという事実こそが、彼女の善意を裏付ける証明なのだ。
少なくとも、ブレンヒルト本人が直接的にナナリー・ランペルージを害することはないといえるだろう。
仮に――万が一にも彼女がネモの言うような人物であったとしても。
打算で自分を助けたのだとしても。
『今、彼女が自分を助けてくれている』という事実は変わらないのだ。

「私はブレンヒルトさんを信じます。たとえ……男湯を覗くような人だとしても……」
「それは何か……違う」



   ◇ ◇ ◇



廊下は狭く、薄暗い。
建物の内部へと入り込む通路だからだろう。
陽光を取るための窓はひとつもなく、オレンジ色の間接照明だけが光源となっている。
落ち着いた雰囲気は良く出ているのだが、こういう状況ではあまりありがたくない。
ブレンヒルトは槍を抱えたまま、慎重に曲がり角の向こうを覗き見た。
物音の主が殺し合いに乗っているのか否かは分からないが、可能なら見つけられるよりも先に見つけたいところだ。
そちらの方が、どういう展開になるにせよ、有利に事を運ぶことが出来るだろう。
ブレンヒルトは廊下の先に誰もいないことを確かめてから、曲がり角をゆっくりと曲がった。
十字槍の切っ先が壁に掠って、表面を少しだけ削り取る。
槍はここの廊下には不釣合いなサイズで、気を抜いたら矛先が壁や天井にぶつかりそうになってしまう。
大きな音を立てて相手に気付かれてしまうようなミスだけは避けたい。
――静かだ。
時折、遠くから何かを漁るような音がするだけで、話し声などは聞こえない。
自分の呼吸音が廊下に響いているのではという錯覚すら覚える。


……ジジ、ジ……


消えかけの照明が点滅し、廊下に微妙な明暗のコントラストを映し出す。
光源のぶれに合わせて影も揺らめき、まるで意志をもった別の生き物のようだ。
ブレンヒルトが一歩踏み出すたび、影も同様に歩を進める。
廊下には二、三メートル置きに照明が備えられている。
複数の光源は複数の影を生み出し、それぞれがブレンヒルトと同じ動きをする。
ある影は床に伸び。
ある影は壁に伝い。
ある影は足元に溜り。
ある影は――ブレンヒルトが寄り添う壁に張り付いて、その身を掴もうとするように蠢いている。
紛れもなく自分自身の写し身であるにも関わらず、そうではないような違和感。


……ジ、ジ、ジ……


少しずつ、足音を立てないように、慎重に進んでいく。
廊下には扉と壁、そして照明が等間隔に並び、無機質な風景を構成している。
本来は宿泊客が寝泊りするエリアなのだろうが、今はまともな客など来ているはずもない。
ただひたすらに静かで不気味な空間があるだけだ。
切れかけの照明の点滅は、心臓の鼓動のように規則的で、それでいて今にも止まりそうだった。


……ジ、ジ、……


幾つも壁に並んだ照明のうちの一つだけが消えかけているだけなというのに、
廊下に染み渡る陰鬱な空気が桁違いに濃くなっている。
点滅しているのは、ブレンヒルトがいる位置よりも更に先、左手へ曲がる角の傍の照明だ。
さっきも角を曲がり、向こうにもまた角が。
つまり、ちょうど廊下はカタカナの"コ"の形をしているようだ。
視界の悪さもそのせいなのだろう。
角の先に何があるのか分からないというのは、ひどく不安を煽る状況だ。


……ジ……


数十秒の時間を掛けて、消えかけの照明の真下にまで辿り着く。
壁に背を当て、這うような速度で、耳を澄ましながら、ゆっくりと足を進める。
照明の明暗のスパンは段々短くなってきていて、今にも消えてしまいそう。
――何かと似ている。
ブレンヒルトは不意にそんなことを思った。
幾つもの電灯が並ぶ廊下の中で、ひとつの電灯が、今まさに消えようとしている。
曲がり角の直前で立ち止まり、壁のぎりぎりに左腕を押し付ける。
ここを曲がっても誰もいないなら、ナナリーのところに戻ろう。
それで、すぐに旅館から出て行こう。


…………


ブレンヒルトの頭の上で点滅していた照明が、ついに消える。
消えたのはひとつだけ。
けれど確実に、廊下は暗さを増している。
息を吸い、そして止めた。
高まる心音に押し潰されそうになりながら、少しずつ身体を晒していく。
視線を正面の壁から、左へ、左へ――



青白い光が、迫っていた。



――何かと似ている。
そう思った理由を、ブレンヒルトはようやく理解した。


廊下には、幾つもの照明が光を放っている。
そしてここには、幾つもの命が集まっている。


廊下では、ひとつの照明が消えかけていた。
そしてここでは、ひとつの命が消えかけている――





――ブレンヒルトの身体を、灼熱の感覚が貫いた――



   ◇ ◇ ◇



「よぉし、よしよし! 死んだか? 今ので死んだか?
 んなわきゃねーよな! さっきから会う奴会う奴普通じゃねぇんだ!」

興奮冷めやらぬといった様子でラッド・ルッソはまくし立てた。
バズーカを担いだままで大仰に腕を広げ、狭い廊下を堂々と闊歩する。
名も知らぬメイドとの戦いと、秘められた力の覚醒――だと本人は思っている――がもたらした興奮は、
あれから暫く経った今でもラッドの心を昂らせていた。
森の中で見つけたオリエンタリズム溢れる建物に入り込み、先客と遭遇するや否や、
そこにいるのがどんな奴なのかも確認せず、出てきたと思った瞬間に撃ち込んでいた。
もしかしたら一撃で殺してしまったかもしれない、などという考えは微塵も頭にないようだ。

「そこにいる誰かさんも普通じゃねぇんだろ?
 ひょっとしなくても『自分は死にません』とか考えちゃったりしてるんだろ?
 だったら決まりだ。俺が殺す。俺がブッ殺す」

返事を待つつもりなど毛頭ないようだった。
少しばかり速めの足取りで、廊下の角へと歩を進める。
ラッドの前に伸びる廊下は火災直後のように焼け焦げていた。
レッドカーペットならぬブラックカーペットとでも表現すべきだろうか。
焦げているのは何も廊下だけではない。
規則的に並んでいた扉はとこどろころ燃え尽き、室内の様子が窺えるようになっている。
それどころか奥の壁はものの見事に穿たれて、部屋の入り口と出口が一つずつ開通してしまっていた。
砲弾による破壊にしては明らかに異常だ。
……そう。
バズーカから放たれたのは、砲弾ではなく青白い熱線であった。
ラッドはバズーカの砲身をばんばんと叩き、誰も聞く者のいない独り言を続ける。

「にしてもコイツにこんなことが出来るなんてなぁ。
 中に入ってた貝? 巻貝? それ入れ替えてみたらスゲェ威力じゃねぇか!」

"燃焼砲(バーンバズーカ)"
雲の海と雲の島で構成される上天の世界、空島。
ラッドが用いているこのバズーカは、元々そこで使われていた武器である。
風を溜め込む"風貝(ブレスダイアル)"に可燃性のガスを封じ込め、バズーカからそれを解き放つことで高温の砲撃を繰り出すのだ。
故にラッドが知る常識から遥かに逸脱した品であるはずなのだが、どういうわけかラッドはそれを平然と受け入れていた。
尤も、自分の身体が常軌を逸した再生能力を得たというのに、凄まじい思考転換で納得してしまったラッドのことである。
もうバズーカが火柱を吐いた程度では驚きにならないのかもしれない。

「でもよ、こんなに強力ってことは、弾数少なかったりしてな。そうだったら勿体ねぇよな。
 こういうモンは大勢集まってるところにブチ込んだりしたほうが楽しそうだしよ」

ひとりで語りひとりで納得して、ラッドは普通の"貝(ダイアル)"と入れ替えたときと逆の手順で、バズーカから"風貝"を取り出した。
代わりに最初から入っていた"貝"をセットし、バズーカを肩に担ぎなおす。

「隠れてんのか? 隠れてんだろ?」

角の向こうに潜んでいるであろう標的に呼び掛けながら、焼けた廊下を無遠慮に歩いていく。
さっき少しだけ見えた体は小さかった。
恐らく子供か女のどちらかだろう。
そのどちらだとしても、ラッドが殺しを躊躇うことはないのだが。
曲がり角で一旦立ち止まり、心の中で3カウント。
飛び出すように右手の廊下に身を晒し、同時にバズーカのトリガーを引いた。

「……あぁ?」

ラッドは困惑と疑念の入り混じった声を漏らした。
真っ直ぐに飛翔した砲弾は、何もない空間を突っ切って奥の壁を爆砕する。
しかしラッドの視線はそんなところには向けられていない。
ちょうど目と鼻の先、ひとつだけ消えた電灯の真下に、子供で女にしか見えないモノ倒れ伏していた。
床には刃物の部分が十字型になった槍とデイパックが投げ出されている。
少女の身体の左端は黒く煤けていて、その面を上に倒れているものだから、ぱっと見だと丸焦げになったようにも思える。
だが殆どは壁や床が燃えた際の煤であり、実際にはそこまで広い範囲が焼けているわけではないらしい。
精々が脚の何箇所かが斑に火傷しているのと、顔の横にうっすらとついた焦げ目。
後は長い髪の毛が一部焼けてしまっているくらいで、他の焦げや焼け跡は衣服についたものだ。
――いや、それともう一箇所。
あまりにもさりげなくて、初めからそうであったのかどうか区別がつかないほどの外傷。
少女の左腕は、肩口から先が消えていた。

「おいおい、もう死んじまったのかぁ? イマイチ殺し甲斐がなかったじゃねぇか。まぁいいけどよ」

ラッドは名も知らぬ少女の身体を踏み越えて、廊下の更に奥を目指すことにした。
さっきの放送によると死亡者は十五人。
自分が殺した三人を除くと十二人。
思っていた以上に、他の連中も殺しに参加しているようだ。

「十五人かぁーーー、皆さん頑張りすぎじゃねぇの?
 あと五十人しかいないじゃねーか。まだ四人だぜ、俺が殺したの。
 もっともっと殺して殺して殺しまくりたいのよぉ!
 ……だったら急がねぇとなぁ。急いで次探さねぇとなぁ!」

廊下に投げ出されたデイパックには目もくれない。
心は既にまだ見ぬ標的に向かっているようだ。

「んん……?」

十字槍の柄を跨ごうと上げた足が、何かに引っかかった。
目線を落とすと、片足の足首に小さな手がしがみ付いていた。
指に力など全く入っていない。
口が何か言おうとするように動いているだけで、意識があるかも怪しかった。
ただ我武者羅に指を絡めているに過ぎず、ラッドが軽く足を振るだけで振り払えてしまうだろう。
しかしラッドは足を止め、楽しそうに振り返った。

「なんだ生きてんじゃねぇか!
 よっし分かった! 改めてブッ殺――」

ぐらり、と。
ラッドの身体が揺れる。
突如として宙に投げ出されたかのように、自分の意思に関わらず、全身が重力に引っ張られていく。
少女に折り重なるように倒れこむ直前、ラッドは見た。
足首から綺麗に切断された、自らの両足を。
受身も取れずに倒れるラッド。
その背中を突き破り、鋭い刃が姿を現した。



   ◇ ◇ ◇



ここで死んでしまうんだと思った。


――それは嫌だった。


無力なまま、殺されてしまうんだと思った。


――それは嫌だった。


ナナリーをひとりぼっちにしてしまうんだと思った。


――それは嫌だった。


ナナリーを守れずに死んでしまうんだと思った。


――それは嫌だった。


だから縋った。
恐怖はなかった。
躊躇いもなかった。
ソレは意外なほど簡単に、私の中に入っていった。
そうしたら、声が聞こえた。


『力が欲しいか』


――私は、答えた。





「はぁ……はぁ……はぁ……」

薄暗い廊下の中、ブレンヒルトは自らに圧し掛かった重りの下から、どうにか這いずり出た。
重りの正体は、一人の男。
両足を切り落とされ、胴体を貫かれ、動かなくなっている。
……見覚えのない顔だ。
けれどこいつが自分を奇襲して左腕を奪った張本人で間違いない。
きっと殺し合いに乗って、無差別に人を襲ってきたのだろう。

「……左、腕」

ブレンヒルトはぺたんと床に座り込み、広げた両手に視線を落とした。
失くしたはずの左腕は、異形のモノへと変わり果てていた。
全体が金属的な質感の甲殻に包まれて、五本の指はどれも鋭い爪と化している。
指先から肩まで、どこを見ても右腕とは似ても似つかない姿だった。
そして何よりも目に付くのは、手首の外側から垂直に生えた細いヒレのような刃だろう。
倒れてきた男を貫いたせいでべっとりと血糊に汚れている。

「"騎士(ナイト)"かぁ……」

ナナリーを助けようと決めた。
自分がどうなろうと、守り抜こうと決めたのだ。
――"騎士"
そんな自分にはお似合いの名前だろう。
もう無力を嘆く必要はない。
今までの力は振るえなくても、この新しい力でナナリーを守ることができる。
そのとき、ブレンヒルトの背後で、死んでいたはずの男が身を起こした。

「痛ッ……。人間超えてなかったらヤバ――」

それ以上は言わせなかった。
振り向きざまに左腕の刃を振るい、男の顔面を真横に分割する。
脳には達していないだろうが、眼球は確かに断ち切った。
そのまま男に覆い被さり、体重を乗せて、切っ先を胸に突き立てる。
肋骨を断つ手応え。
胸筋を引き裂く感触。
肺臓を潰す音。
やがて切っ先は廊下に至り、そこで止まった。
男の身体がびくんと震え、口から鮮やかな血が散った。

「…………」

ブレンヒルトは男から腕の刃を引き抜いて、足を縺れさせながら脇目も振らずに駆け出した。
自分を待っているナナリーの元へと。
あるいはこのとき、一瞬でも振り返っていれば――


尚も起き上がろうとする男の姿に気付けたかもしれなかったというのに。



   ◇ ◇ ◇



こういうこともあるのかと、ミュウツーは素直に考えた。
目の前には焼け焦げた廊下と大穴の開いた壁。
そして、自分自身の血にまみれた男。
先に現れた来訪者から遅れること暫し、新たな来訪者が旅館に入り込んできたことを、ミュウツーは誰よりも早く察知していた。
しかしそれでも彼の決断は変わらなかった。
対象が一人増えたに過ぎず、来訪者同士で殺しあってくれれば喜ばしい、という程度のことだ。
そして期待通り、階下で戦闘が始まった。
戦闘そのものは短く、派手な爆発が二度起こったという以外のことは二階からは判別できなかった。

それで勝負が決し、どちらか或いは両方が死んだのか。
もしくは痛み分けで終わってしまったのか。

そこだけははっきりさせておきたいと思い、ミュウツーは一階に降りてみることにした。
――そして今に至る。

焼けた廊下には男が一人のたうっているだけで、戦った相手の姿はない。
恐らく、相手とは先に訪れていた女のうちのどちらかだ。
ここで男との戦闘に勝利し、さっさと移動してしまったのだろう。
そんなことよりも、気になるのは男の傷だった。
これほどの傷を負っても動く気力があるというのも大したものだが、問題はそこではない。
男の傷は、次第に塞がりつつあるのだ。

(人間が"じこさいせい"を使えるのか……?)

疑問に思考を傾けたのも一瞬、ミュウツーは落ちていた十字槍を拾い上げ、矛先を男に向けた。
ポケモンの傷を癒すことができる人間がいるのだ。
自分の傷を癒すことができる人間がいてもおかしくはない。

(…………)

ポケモンの傷を癒す人間――イエロー。
かつてマスターと共に四天王と戦った人間だ。知らぬ相手ではない。
その名が十五名の死者の中に含まれていた。
きっと悼むべきことなのだろう。
しかしそれは後でもできる。
参加者を殺し続け、生き残った後でも……
突然、男が跳ねるように立ち上がった。

「……ひゃはははははははっ! やっぱ普通じゃなかったなぁ!
 不死者に人間台風ときて、今度は左腕が刀になる女ときたか!
 いいぜいいぜいいぜッ! お前も直々にブッ殺してやる!」

口からは治り切っていない肺からの出血が迸り、床に赤い斑点を描く。
繋がり掛けの両足からも血が滲み、二箇所に渡って貫かれた胴体からは生々しい肉が覗いている。
潰された眼球も光を感じるほどには戻っていまい。
腹の貫通傷は通常なら死に至ってもおかしくないが、再生能力があるならば問題にはならないだろう。
胸の方も、人間の臓器の位置を考慮すれば心臓は無事に違いない。
ミュウツーは十字槍を下げた。
この男の狂喜はミュウツーに向けられたものではない。
そもそも奴はミュウツーの存在に気付いてすらいないのだ。

(まだ殺さないほうが得だな……)

この男は殺しを求めている。
ギラーミンが定めた最初の期限まで――残り約十八時間。
現在までの死亡者――十五名。
理想的なペースだが、これがいつまで続くかは分からない。
こういった輩を生かしておけば必ず殺害数を稼いでくれるだろう。
ミュウツーは壁に空いた大穴に目をやった。
焦げ付いた大穴は部屋を貫通して外まで通じているようだった。
自分の身体の傷も、流石に完治とまではいかないが大方癒えている。
少なくとも戦闘に支障はない。
今追うべきはあの女達だ。
この男と交戦した以上、ここに長く居座るとは考えにくい。
ミュウツーは十字槍を携え、旅館の外へ飛び出していった――










【B-7/温泉宿1階 大部屋/1日目 朝】
【ナナリー・ランペルージ@ナイトメア・オブ・ナナリー】
[状態]:健康
[装備]:全て遠き理想郷(アヴァロン)@Fate/Zero、車椅子、ネモ
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
1:ブレンヒルトを信じる
2:バトルロワイアルを止める
※ナナリーを守る。ブレンヒルトは信用しない(ネモの思考)
※参戦時期はサイタマ事変前
※『全て遠き理想郷』はある程度の防御力の強化、受けたダメージのワンランクの軽減、治癒力の向上に制限されている。



【B-7/温泉宿1階/1日目 朝】
ブレンヒルト・シルト@終わりのクロニクル】
[状態]:疲労(中)、左半身に火傷(小)、左腕欠損(ARMSで代替)
[装備]:汗で湿った尊秋多学院制服(左袖欠損)、ARMS『騎士(ナイト)』@ARMS(左腕に擬態)
[道具]:支給品一式、アンフェタミン@Fate/Zero
[思考・状況]
1:ナナリーを守りながら旅館から脱出する
2:1st-G概念を行使できるアイテムを手に入れる
※森林破壊者、男湯銃撃者を警戒しています。また双方とも別人だと思っています。
※ラッド・ルッソを殺害したと思っています。また、ラッドの名前は知りません。
※ARMSコアの位置は左胸です。





【アンフェタミン@Fate/Zero】
覚醒剤の一種。
作中では切嗣がこの薬効で七十時間に渡って不眠で活動し続けた。
使用済みの状態しか描写されていないので容器等の外見は不明だが、
ここでは結晶の状態で小瓶に入っているとする。
戦闘においては有用な薬効もある一方、危険な薬物であることに変わりはない。




【ARMS『騎士(ナイト)』@ARMS】
炭素生命体と珪素生命体のハイブリッド生命体で、ナノマシンの集合体。
コアを移植された人間の肉体の欠損部分を自らの細胞で補い、擬態する性質を持つ。
その部分は使用者の意思で戦闘形態へと変形することができる。
第一形態のナイトの場合は、鉤爪とARMS中最硬とされるブレードが武器。
進化することで形状も変わっていく。
ARMS全体に関する詳しい設定については割愛。

金属としての性質を持つため、電気に弱い。
移植された人間は「治癒速度の向上」「一度受けた攻撃に対する耐性」「身体能力の向上」などの恩恵を受けられる。
ロワ中ではこれらの能力の低下、並びに進化の制限といった補正を受ける。

ナイトはオリジナルARMSと呼ばれる分類であり、固有の意思を持つ。
騎士という名に相応しく非常に理性的かつ高潔で、純粋に誰かを守りたいという心に反応する。
ただし初期段階ではARMSの意思が表にでてくることはほぼないと思われる。





【B-7/温泉宿1階 廊下/1日目 朝】
【ミュウツー@ポケットモンスターSPECIAL】
【状態】:小ダメージ(じこさいせい中)
【装備】:機殻剣『V-Sw(ヴィズィ)』@終わりのクロニクル、アデルの十字槍@BACCANO!
【所持品】:基本支給品一式、不明支給品0~1個(確認済み)
【思考・行動】
 1:マスター(カツラ)を救う為、24時間以内に参加者を32人以下まで減らす。
 2:女達(ナナリーとブレンヒルト)を追う。
 3:男(ラッド)には殺害数を稼いで貰う。殺すのは後回し。
 3:魅音かハクオロが細胞を移植し、自分を追ってきたら相手をする。
 ※3章で細胞の呪縛から解放され、カツラの元を離れた後です。
  念の会話能力を持ちますが、信用した相手やかなり敵意が深い相手にしか使いません。
 ※念による探知能力や、バリアボールを周りに張り浮遊する能力は使えません。
 ※傷は80%ほどまで治癒しました。
 ※名簿を見ていないため、レッドサカキの存在を知りません。
 ※放送により、イエローの死亡を知りました。
 ※ギラーミンに課せられたノルマは以下のとおり
  『24時間経過するまでに、参加者が32人以下でない場合、カツラを殺す。
   48時間経過するまでに、ミュウツーが優勝できなかった場合も同様。』
 ※カツラが本当にギラーミンに拉致されているかは分かりません。偽者の可能性もあります。
 ※V-Swは本来出雲覚にしか扱えない仕様ですが、なんらかの処置により誰にでも使用可能になっています。
  使用できる形態は、第1形態と第2形態のみ。第2形態に変形した場合、変形できている時間には制限があり(具体的な時間は不明)、制限時間を過ぎると第1形態に戻り、
理由に関わらず第1形態へ戻った場合、その後4時間の間変形させる事はできません。
 第3形態、第4形態への変形は制限によりできません。
 ※男(ラッド)と戦った相手が「左腕が刀になる女」であると知りました。





【B-7/温泉宿1階 廊下/朝】
【ラッド・ルッソ@BACCANO!】
[状態]:両足切断、腹部貫通、胸部貫通、両目損壊 以上全て再生中 不死者化
[装備]:ワイパーのバズーカ@ワンピース、風貝@ワンピース
[道具]:基本支給品一式
[思考・状況]
 1:あのギラーミンとかいう糞野郎をぶっ殺す。
 2:そのためにこの会場にいるやつを全員殺す。とにかく殺す。
 3:ギラーミンが言っていた『決して死ぬ事のない不死の身体を持つ者』(不死者)は絶対に殺す。
 4:左腕が刀になる女(ブレンヒルト)も見付けたら殺す。
 5:ギラーミンが言っていた『人間台風の異名を持つ者』、『幻想殺しの能力を持つ者』、『概念という名の武装を施し戦闘力に変える者』、『三刀流という独特な構えで世界一の剣豪を目指す者』に興味あり。
【備考】
 ※麦わらの男(ルフィ)、獣耳の少女(エルルゥ)、火傷顔の女(バラライカ)を殺したと思っています。
 ※自分の身体の異変に気づきましたが、不死者化していることには気付いてません。



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最終更新:2012年12月02日 18:34