時に絆さえ心を縛る◆SqzC8ZECfY



がぶりと食らいつく。
ぎちぎちと圧をかけて引きちぎり、がつがつと上下の歯をぶつけ合うようにして噛み砕く。
飢えを満たすことだけしか考えない猛獣の食事そのもの。
ギラついた瞳は誰も寄せ付けない獰猛な光を宿す。
それは物理的な飢えではなく、魂の飢えがいまだ満たされない渇望の眼光だ。
野獣の如きその男、名前はカズマという。
彼は飢えていた。渇いていた。
どうすればその飢えが、渇きが満たされるのかも分からないまま、彼の心は葛藤の迷宮を彷徨っていた。
水をぐびりと飲み干し、口内で噛み砕いた食料をまとめて臓腑へと流し込んだ。

「……っは、……ふぅ」

大きく一息。
だがその表情には満たされた様子は無い。
どうしようもなくイラついていた。
腹を満たせばマシになるかと、自棄食いのように、支給された食料を胃がパンパンになるまで詰め込んだ。

「…………くそったれ」

イラつきは収まらない。
原因は分かっている。結局は自分の心の問題なのだ。
しかしだからといってそれをコントロールできるほどカズマは器用ではない。
むしろ不器用極まりないといっていい。
いつだって誰にも頼らず、自らの力で道を切り開いてきた。
そういえば聞こえはいいが、結局は誰かと歩みを合わせることができないということでもある。
ろくでなしだのごく潰しだのと言われてきたが、全くその通りだ。
それしか知らないし、それしかできない。
だから貫く。
前を見て進み続けるだけだ。そのせいで道の途中に色々とこぼれ落としてしまったとしても、背負って進み続けると決めた。
だけどそんな自分にも、そんな大馬鹿にも大事なものができた。
いくら馬鹿だってそれがとても大事なモノだってことぐらいわかる。
それが奪われた。だからぶちのめして取り返す。
単純極まりない理屈にすぎない。
だがそのためには多くのものを捨て去らなければならない。
なんの関係もない奴らを傷つけなければならず、己の望まぬ戦いに挑まねばならず、そんなことのために唯一無二の誇りであるこの拳を振るわなければならない。
いつだって止まらず、目の前に立ち塞がる理不尽の壁を突き破って生きてきた。
例え世界の全てを相手にしようともそれが自分だ、それがカズマだと言い張ってきた。
だが――打ち破るべき壁が見えない。
それは目の前にあった。
だがあまりにも朧。
それが本当に正しい道なのか、その先に本当に目指すべきものがあるのか、蜃気楼を目指して進んでいるかもしれないような頼りない感覚。
迷いが、消えない。


『さて、時間だ――――』


どこからともなく聞こえてくる声。

「この声! ……あの野郎!」

カズマは顔を上げて空を見る。
そこには何も写ってはいない。


   ◇   ◇   ◇


散々身勝手に喋り散らした挙句、声はやがて聞こえなくなった。
その声が聞こえる前はそうであったように、たちまち静寂が侵食を開始して辺り一帯を音のない世界へと戻す。
そこにギラーミンの説明を受けて禁止エリアに×印をつけた地図、そして参加者の名簿用紙をくしゃくしゃになるまで握り締めて立ち尽くすカズマの姿があった。

「…………へっ」

口元を歪めて吐き捨てた。
懐から取り出したペンダント。
だがその鎖の先に繋がっていたであろう、何らかの装飾物がない。
チェーンだけ握り締めた拳を目の前にかざして、そこに誰かがいるかのようにカズマは言葉を紡ぐ。

「やっぱりくたばってやがったかよ……くそがっ!」

それは本来、桐生水守という女性が肌身離さず所持していた首飾りだった。
カズマの支給品としてデイパックに入っていたものだ。
そして今は何も存在しないチェーンの先には、薄紫色に輝くクリスタルのようなものが付いていたはずだった。
それは先刻、カズマの目の前で跡形もなく消え去った。
カズマには分かっていた。
そのクリスタルがアルターの結晶体であると。
そしてそれを作ったのが誰であるかも。
幾度となく全身全霊でアルター同士をぶつけ合ってきたカズマだからこそ、その言葉に出来ない微かな波動を感じることが出来た。
そしてそれが真っ二つに割れて砕け、消失しようとしたとき――――そのアルターを創造した者の命が尽きかけていたと理解した。


――ざまぁねぇな。絶影を持つ劉鳳さんよぉ。


――身体が半分ばかし吹き飛んだくらいでテメェは立ち止まんのか?


――テメェが言う正義ってのはそんな簡単に終わるものなのかって聞いてんだよ!


――テメェもそんなもんかよ。変わらねぇ……そこら中にいる口だけ野郎と変わらねぇよ。


――じゃあな劉鳳。テメェには失望させてもらったぜ。


――ハッ、まだまだ元気じゃねぇか。なら立てよ! 立ってテメェの力を見せてみやがれ!


――そうだ! それを待ってたんだ! ムカつく奴がいるんだろ! やれよ、やっちまえ! ブチ壊せ! テメェの前に立つチンケな壁をよぉ!


クリスタルに向かって怒鳴り散らした。
そう、劉鳳だ。
こいつを作ったのはムカついて仕方がない、あのすかしたHOLY野郎に間違いない。
そしてそいつが無様にくたばりかけている。
ざまぁないと嘲笑ってやった。
人にえらそうに正義だの毒虫だのと説教くれやがって、この程度かよ――と。
するとその次の瞬間にはクリスタルが光に包まれた。
まるでその光がカズマの言葉に言い返しているようだった。




――俺は、俺の信じる道を行く……!  それが俺だ……絶影を持つ劉鳳だ!




そうだ。
こいつは壁だ。
カズマの前に立ちはだかるどでかい壁だ。
だからこいつはこうでなくてはならないのだ。
クリスタルが輝きを増した。
それは命の光だと、何の根拠もなくそう思った。
そしてやがて目も眩むほどの輝きとなった刹那。




――――砕けて、消えた。




カズマが今、手にしているのはその残骸だった。
劉鳳のアルターが消えたということ。
つまりは奴自身の命が消えたということに他ならない。
だからギラーミンの放送にもカズマはなんら驚くことはなかった。

「だがその壁も……なくなっちまった、か」

呟きはそよぐ風に溶けて消えていった。
壁というよりも鏡と呼ぶべきだったのかもしれないと、今更ながらに思う。
劉鳳はカズマに良く似た部分があった。
生まれも育ちもまるで違うが、一本気で、何処までも不器用で、自分の信じる道を愚直なまでに貫き、生きてきた。

「あいつは最期まで信じる道を貫いた……だったら俺はどうなんだろうな……」

こんな殺し合いに乗るような真似が自分の信じる道であるはずがない。
死ぬのが怖いわけじゃない。何もせずに死ぬのが怖い。
なんの証も立てないまま朽ち果てるのは、それだけは死んでもゴメンだ。

「……けどよ…………また大事なモンを失うのが怖いんだ…………」

それはまるで懺悔のようだった。

「君島が逝った……アヤセも……ネイティブアルターの奴らも……牧場のみんなも……」

己の道を貫いたその結果。
抱えたものは次々零れ落ちていった。
そして劉鳳までもが先に逝ってしまった。
そして最後に残った少女、由託かなみ。

「誰も残らないってことは、何の証も立てられないのと同じじゃねえのか……」

最後に一人。
他に誰も立つ者のいない地で凱歌をあげたとして、その栄光を誰が知る。
その証を誰に示す。

「わりいな、メカポッポ……俺はトリーズナーなんかじゃねえよ……」

名を呼んだ。
その心に刻んだ名前。
その拳に刻んだ魂。


「俺はシェルブリットのカズマ……こうと決めたら曲がることも引き返すことも出来ねえ……ろくでもねえ鉄砲玉だッッ!!」






【H-4 北部/1日目 朝】



【カズマ@スクライド】
【状態】:疲労(小) 墜落による全身に軽い負傷 砂鉄まみれ 右腕に痛み 右目の瞼が上がらない 右頬に小さな裂傷(アルターで応急処置済み)
【装備】:桐生水守のペンダント(チェーンのみ)
【道具】:基本支給品一式(食料を二食分、水を1/3消費)、ランダム支給品0~2
【思考・状況】
1:とにかくあの野郎をぶん殴る。(誰かはよく分かっていない)
2:優勝狙い。
3:次に新庄、伊波と出会ったら……
4:メカポッポが言っていたレッド、佐山、小鳥遊に興味。
※ループには気付いていません
※メカポッポとの交流がどんな影響を及ぼしたのかは不明です。
※参戦次期原作20話直後。
※何処へ行くかは次の方にお任せします。




【桐生水守のペンダント@スクライド】
カズマに支給された。
劉鳳が幼少時に形成して水守にプレゼントしたアルターの結晶をペンダントに加工したもの。
劉鳳本人とシンクロしており、死線をさまよった際には消滅しかけ、蘇生した際には元通りになったりしていた。
劉鳳が死亡したため、今はチェーンの部分しか残っていない。




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Believe カズマ 微笑みの行方(前編)


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最終更新:2012年12月02日 06:04