微笑みの行方(前編) ◆Wott.eaRjU







「うそだ、そんなのうそだ……うそにきまっているよ……」

後悔の念に埋もれた呟きが洩れる。
丸身を帯びた青色ボディの持ち主が、あんぐりと口を開けている。
22世紀の技術で製造された、ネコ型お手伝いロボット。
ずんぐりとした躯体を持つ彼――ドラえもんの身体はいつも以上に青ざめている。
そう形容するに相応しい状況であり、そこには相応の理由があった。

「のび太くんが死んだなんて……そんな……」

つい数十秒前に終了した、一回目の放送。
告げられた内容は死者の情報と禁止エリアを示していた。
既に内容は一枚のメモ用紙に書き留め、いつでも見られるようにしてある。
そして死者15人の内には、ドラえもんの知り合いである野比のび太の名前があった。
いや、知り合いなんて言葉では収まらない。
ドラえもんが過去の世界へタイムスリップした原因、そして何よりも二人は固い絆で結ばれていた。
それこそ一言では語り尽くせないだろう。
二人は生活を共にする事で、様々な事を共有し合い、仲間達と色々な冒険までも乗り越えた。
決して断ち切ることは出来ない、何があっても断ち切る事はない。
いつかドラえもんが22世紀へ帰ってしまった後も変わることはない、と二人は信じていた。

だが、ギラーミンは放送を通じ、非情な事実を突きつける。
繋がれていた絆が跡形もなく消えていく。あっけない、あまりにも呆気なさすぎる。
その喪失はギラーミンへ怒りを募らせるよりも、ただただドラえもんを悲しみの底へ叩き落とす。

「……困りましたわね」

そんなドラえもんを見やる人影が一つ。
深青色の髪をおさげにし、首元には大きな鎖が連なる首輪をつけた女性。
彼女はギリヤギナ族の女剣奴(ナクァン)、名簿上でカルラと記載された参加者。
テント前まで運びこみ、失神状態に陥ったドラえもんを半ば無理やり起こしたまでは未だ良かった。
同時に救出した、もう一人の少女を慎重に起こそうとした瞬間、問題が起きた。

その時、運悪く放送の開始と重なった。
放送によるドラえもんの一種の混乱状態の誘発。
気の毒な事だと思う。知り合ったばかりとはいえ協力関係を結んだ仲だ。
慰めの言葉の一つでも賭けてやりたいところだが、そうそう思いつくものでもない。
カルラは所詮、一介の戦士。自分の本来の仕事は荒事の対処――そう思っていた。

(ですけど、結局逃げてるだけですわね。
実のところわたしの方も余裕があるというわけではございませんし……)

静かに、心を落ち着かせるように両目を閉じる。
密かに、ドラえもんに自分の真意を悟られない様に。
彼女らしくもない弱音をカルラは心中で呟く。
今もまるで自分の存在を忘れたかのようにドラえもんは呆然としている。
出来るものならば彼の苦しみを、跡形もなく消してやりたいとは思う。

だが、今の自分には出来ない。歯がゆさが容赦なく襲う。
しかし、あくまでも表面上は冷静さを保つ事をカルラは心がける。
ドゥスクルの時とは異なり、この場にはあるじ様のような自分を率いてくれる存在も居ない。
ならば自分がやるしかない。どんな過酷な状況でも、冷静に他者を束ねる存在に。
そう。だからカルラもドラえもんのように、いつまでも悲しみに暮れているわけにはいかない。
たとえ先程の放送で彼らの死を知っても――その瞬間、カルラは大きく眼を見開いた。

「ドラえもん……その子を連れて、テントの中に入りなさいな」
「え……? どうして――」
「はやく!」

少しだけ声を荒げて呼びかける。
ドラえもんが本当に自分の声を聞いているのかが不安だったから。
虚ろげな表情からは途端に疑問という感情が映し出される。
どうやら理解してくれたようだ、思わず安堵する。
しかし、話はこれで終わりはしない。
そう。未だ何も解決はしていない、重要なのはこれからだ。
己の行動を示すようにカルラは右腕で掴む。
握られしものは白銀の剣。銀の刀身が朝日を浴びて、微かな輝きを放出する。
剣先が向かう方向には――人影が一つ。

「無礼な方ですわね。あなたの殺気……ここからでも感じるコトが出来ましてよ?」

一歩ずつ歩いてくる人影を油断なく観察し、男だと断定する。
若い、流石にアルルゥ程ではないが自分よりは若い。
だが、カルラは依然として警戒する。
たった今紡いだ言葉の通り、男が醸し出す雰囲気は異質なものだ。
危険な臭い――抽象的に言えば、そう表現すべきなのだろうか。
只、この状況に流されたわけではない。
何か、信じるべきものを背負った者特有の気配を感じ取る。

「……そいつは悪かったな」

声変わりは既に終えた、10代後半の男の声。
徐に腕を突き出す――物質変換能力、アルターと呼ばれし力を行使。
カルラにとっては未知の力、訝しげな表情で出方を見ている。
漸く事態を悟ったドラえもんは急いでテントの中へ隠れる。
荷物、そして先程助け出した少女を忘れずに。
しかし、当のドラえもんを視界に捉えている者は誰一人として居ない。

「わたくしの名はカルラ。名乗りなさい、あなたの名を」

カルラは既に前を向いている、向き合う先には言うまでもなく男の姿が映る。
ドラえもんの無事を素早く確認し終え、言葉を放つ。
宣告。告げたものは己の名前、そして相手の名前を問うもの。
殺し合いに乗っているのか?、そんな問答は最早野暮なものであり必要はない。
男が伸ばしていた腕に力を込め、アルターの本質が解放される。
金色の腕、全てを弾丸に込め、力の限り撃ち出す。
それが彼だけの武器でもあり、誇りでもある――シェルブリット、反逆の証。
目の前で起きた出来事にカルラは驚くが、直ぐに気を取り直す。
何故なら理解したのだから。
男の挙動が合図――戦いの鐘を打ち鳴らすものだという事を。
そして男が再び口を開く。


カズマだ」


ネイティブアルター、カズマがカルラへ飛び掛かる。
反逆者<トリーズナー>――敢えてその名は名乗らずに。
一人のアルター使いとして。
喰らいつく様に、愚直な程に真っ直ぐな視線をカルラへ向ける。
殺気染みた闘志を滾らせながら。

◇     ◇     ◇

「い、いったい何が……」

テント内、少女と荷物を運び込んだドラえもんが呟く。
巨大なテント、数拾人程が完全に隠れるぐらいの大きさ。
ドラえもんはテントを織りなす幕にしがみつき、こっそりと顔を覗かせている。
数十メートル先の光景を注意深く見る。
のび太と剛田武がやり合うような喧嘩とは規模が違い、一方的なものでもない。
目を放せばいつの間にか移り変わる、カルラとカズマの立ち位置が物語っている。
戦闘――ドラえもんにとって、この場に集められてから、今まで経験した事がない行為。
それが直ぐ傍で起きている事実が、ドラえもんに恐れを抱かせる。
剣を用いて立ち回るカルラの無事を気遣うのは当然。
しかし、ドラえもんには他にも目を離せない事があった。

「あんなバカみたいな腕で殴られたら僕の身体も……か、勝ち目があるわけないじゃないか……。
15人も死んじゃったのに、僕がいつまでも生きられるとは思えない……」

カズマの持つ異質な右腕が嫌でも目に入る。
カズマの全てともいえるシェルブリットは、ドラえもんにとって恐怖の対象でしかない。
圧倒的な存在感、どんなものでさえ砕いてしまいそうな様子さえ漂わせる。
流石のカルラも迂闊には近づけずに、シェルブリッドの猛攻には第一の注意を払っているようだ。
思わず脳裏に浮かぶ。
シェルブリットの直撃を受けた、自分自身の姿――見るも無残なガラクタの群れ。
そしてその山はいつしか変わりゆき、イメージの中で赤黒さを帯びていく。
残骸から細切れになった肉片へ――機械から潰された人体への変貌。
その肉片の山には木端微塵になった眼鏡が混じっている。
そう。ドラえもんが連想したものは凄惨な死。
のび太がシェルブリットにより絶命する生々しいビジョン。

そんな事はあり得ない。
真っ向からそう否定したいが確証もない。
それどころか可能性は十分に高い。
カズマと名乗った男は明らかに殺し合いに乗っている。
もし、もしの話だ。
此処に来るまでにのび太と出会い、彼を※してしまっていたら。
あの黄金の腕が、彼の全てを押し潰してしまったのなら――
そう考えるだけで、足もとがガクガクと揺れているのがわかる。
しかし、その揺れを止めることも、一歩動く事すらも出来ない。
最悪な状況が何度も何度も思い浮かべながら、その場に凍りついたように立ち尽くす。


「のび太くん……僕はどうしたら…………」


只、あまりにもか細い声を呟く事しか出来なかった。



◇     ◇     ◇



テント外、遊園地敷地内のとある一帯。
ドラえもんが蒼白な表情で眺める最中、戦いは未だ続いている。

「はぁッ!」

剣と拳による何度かの応酬を経て、カルラが右腕を一際大きな動作で振るう。
横へ薙ぐように振り抜かれた事により、一筋の軌跡が生まれる。
間髪入れずに、しっかりと握られた白銀の剣が煌めく。
一閃。目で追う事が、決して容易くはない速さで刃が空を斬る。
その斬撃は力強く振りぬかれた所以によるもの。
勢いを殺すことなくとある地点へ。
目の前の男、カズマの胸元を抉るように。

「ッ!まだまだぁッ!」

しかし、黙って見ている程に、カズマは諦めが良い人間ではない
咄嗟に右腕を翳す。シェルブリットの外殻による防御がなんとか実を結ぶ。
刃とアルターによる装甲がぶつかり合い、互いに火花を散らす。
何も殴るだけしか取り柄がないというわけでもない。
更にシェルブリットの右腕へ力を込めて、前方へ重心を傾ける。
カルラを逆に押し込まんとカズマは前進を続ける。
拮抗し合う力、それぞれの得物と拳がお互いの存在を確かめるように鬩ぎ合う。
ギシギシと軋む音は白銀の剣の方が大きい。次第に釣り合いがカズマの方へ傾く。
いける、思わず抱いた本能的な感覚。
刹那。カズマは不意に右腕を起点に大きな力を感じ取った。

「力較べは望むところですわ」

静かに言葉を紡ぐはカルラ。
どこか口元が歪んだのは気のせいだろうか。
今にも笑い声さえ出してしまいそうな、ほのかに浮かべた微笑。
先刻感じた力、そしてたった今目にした不思議な笑み。
カズマの気がほんの一瞬だけ逸れる。抜け目なくカルラが踏み込む。
シェルブリットを盾にして、カズマと同じ動作を辿る。
只、力任せに眼前から迫りくる衝撃に対抗する。

己の剣が絶えず悲鳴を上げている事など、まるで意には介していない。
そんな様子でカルラは更に力を込め、それらを目の前のシェルブリットへ曝け出す。
お互いの力が再び拮抗し合う――否、一気に通り越した。
女性でありながらも、カズマの筋力を軽く上回る事による賜物。
大の大男が両腕で持ち上げることも叶わなかった、巨大な剣を片手で悠々と持ち上げた事のあるカルラ。
とてつもない怪力を存分に奮い、豪快にぶつけてくる。
カルラは僅かな時間の内に己の全力を振り絞り、カズマのガードを強引に崩す。
体勢がよろけたカズマの鳩尾へ右脚による蹴りを打ち込む。

「ちっ! てめぇ!」

カズマの身体が後方へ大きく後ずさり、カルラが追い縋る様に駆け出す。
カルラは止まらない、カズマは漸く己の身体を止められた。
だが、カズマの戦意の勢いが止まる事は断じて有り得ない。
苦々しく言葉を吐き捨て、シェルブリットの右腕を今度は頭上へ翳す。
息をつく間もなく、カルラが振り下ろした刃が斬り込まれる。
思わず苦虫を噛み潰したような様子を見せるカズマだが、彼とて数々の戦闘を潜り抜けた経験がある。
カルラの異常とも言える力から繰り出される斬撃。
大体の速度、兎に角“とんでもなく速い”事は既にわかっている。
反応が速かったせいか、今度は逆に押し返し、カルラの剣を彼女の元へ突き放す。
少し驚いたような様子を見せたカルラだが、既にカズマには彼女の浮かべる表情に対し興味はない。

こいつは倒すべき相手だ――この場で自分の信念を押し通す為には。
只、それだけの感情を燃え上がらせ、円を描く様に回りながらカズマは右拳を突き出す。
打ち払った時から既に真紅の羽を一枚だけ散らせ、翼を模した突起物を左右へ展開させたシェルブリットを。
それが意味する事は――――新たな衝撃の胎動。


「衝撃の、ファーストブリットオオオオオオオオオオオオッ!!」


ファーストブリット、カズマの誇りの片鱗が牙をむく。
一発目の弾丸に力が注がれ、強大な速度を伴わせて撃ち出される。
強烈な右ストレートがカルラの顔面へ迫りゆく。
対するカルラは白銀の剣を眼前に立てて刀身で受け止める。
片腕ではなく、両手で剣の柄を握りしめるが、勢いを完全に殺すまでには至らない。
シェルブリットが刃に突き刺さった形で、カルラの身体は後方へ吹っ飛ぶ。

カルラの顔面にシェルブリットが叩き込まれる直前の位置での、拳と剣による鍔迫り合い。
金属とアルターが織り成す耳障りな音色が、先程よりも更に大きくなる。
目の前で赤い火花が次々と生まれているにも関わらず、カルラとカズマに動じる様子はない。
二人とも奥歯を噛みしめ、それぞれの意思を己の力に変える。
片方はとどめを撃ち込む力へ、もう片方は逆に押し返す力に。
そして次に口を開く者は――


「うらああああああああああああッ!!」


カズマだ。右腕を振り抜きながら雄叫びを上げる。
カルラと言えども全能ではない、更に強さを増した衝撃が彼女を容赦なく襲う。
遂には支えきれなくなり、まるで弾丸のようにカルラは後方へ弾き飛ぶ。
その速さはグングンと加速度的に上昇を続けて、一向に止まる気配はない。
このまま何処か適当な外壁にでも直撃でもしたら、まず負傷は免れないだろう。
戦に支障が出る程の、致命傷といえる程の傷を負うかもしれない。
テントから向かって右側に位置するお化け屋敷へ確実に近づく。
しっかりとした造り、かなり頑丈そうな
状況は良くはない事は今更言うまでもない。
思わずカルラの表情は青ざめて――はいなかった。

「まったく、たいした力ですこと……ならばッ!」

呟く否やカルラの身体は瞬く間に反転を起こす。
柔軟な動き、戦場で培った勘が、考える間もなく次の行動を教えてくれる。
クルリと回り、逆に自分から壁へ飛び込む。
最早観念したのだろうか。
顔面蒼白な様子で眺めていたドラえもんはそう勘ぐる。

しかし、ドラえもんの意思とは裏腹にカルラの表情には諦めの意思は感じられない。
カズマが先程闘志を曲げなかったように、カルラにも意地がある。
不敵な笑みを浮かべながら真っ直ぐ前を見据える。徐に右腕を翳す。
依然として握られた白銀の剣の刃が返る。
軽く腕を引き、壁に直撃する直前に振り抜いた。
一本の柄を固く掴んだその腕を力強く。

「はあああああああああああああああッ!!」

お化け屋敷の外壁は刃の刀身に較べてあまりにも大きい。
しかし、絶妙な角度から食い込んだ刃が功を奏した。
何よりも圧倒的なカルラの力が急ごしらえで仕上げたブレーキの役目を果たす。
ありったけの力で剣を壁に対し横方向に振り抜き、刃がある程度の中まで貫き、衝撃を相殺する。
斬りつけるのではなく、力任せに叩きつけると言った方が正しい。
本来の用途ではない。きっと白銀の剣をこしらえた職人は涙を浮かべる事だろう。

だが、そんな事は当のカルラにはどうでもいい。
周囲に響きわたる轟音が激突の凄まじさを嫌でも物語る。
勢いは明らかに緩まっていき、やがてカルラは剣を引き抜く。
またもや乱暴に、剣を壁の中から手元に引きもどすや否や軽く蹴り飛ばす。
強烈な打撃を受けた事で外装の一部が崩れ、埃や破片がパラパラと落ちてゆく中、カルラは降り立つ。
程なくしてゆっくりと姿勢を起こし、再度カズマと向き合う。
互いの顔を見合わせ、ほぼ同時に口を開き出す。


「しぶてぇな、アンタ」
「あら、骨があると言ってほしいものですわね」


ある程度の距離で立ち止まり、シェルブリットを構えるカズマ。
白銀の剣を片手に持ち換え、前方へ刺すように剣先を向けるカルラ。
交わされた言葉とは裏腹に、場を支配する雰囲気は未だに緊張を含む。
目視により互いの距離を図り、己にとって最善の位置を模索する。

「そうだな。確かにアンタは骨がある、闘い甲斐があるってもんだ。
だけどよぉ……俺はこんなところで折れるわけにはいかねぇ……!」
「奇遇ですわね。わたくしも似たようなものですわよ」
「ああ、わかってるさ。負けられないんだろ、アンタも?」
「ええ、そのためには精々足掻かせてもらいますが」
「けっ、違いねぇ……だが――」


飛び交う言葉が両者の口元から流れる。
何かを認めたような笑みが二人から自然と零れ落ちる。
しかし、それも一瞬の事。直ぐに彼らの目つきに鋭さが戻り出す。
カズマが言葉を言い掛ける、視線をとある方向へ向けて。
やがてカズマの次の声が響き始めた瞬間――変化が起きた。


「限界みたいだぜ、アンタの剣はな……」


そう。カズマの言う通り、既に限界に達していたのだろう。
カルラが今まで振っていた、白銀の剣の至る所に亀裂が走り出す。
その数はあまりにも多く、かなりの長さを持ち、崩壊の兆しを見せる。
音をたてて刀身が崩れ落ち、一瞬の内にカルラは柄だけを握りしめることなった。





◇     ◇     ◇





「カルラさん…………」


未だテントから顔を出したままのドラえもんが不安げな声を洩らす。
戦闘に関しては素人であるドラえもんにも今の状況は判る。
今まで使っていた武器が完全に沈黙したのだ。
対してカズマのシェルブリットは未だに健在だというのに。
逃げよう――そう叫んで、カルラと共に此処から逃げ出したい気持は強かった。
しかし、カルラ一人なら兎も角、自分がカズマから逃げられるとは思えない。
そもそもドラえもんは動こうと思っても碌に動けない。
未だのび太死亡によるショックも癒えていないためだ。


「そんな顔をしないでくださいな、ドラえもん」


一方、カルラの様子にそれ程の変化はない。
刀身が消失した白銀の剣からは眼を放し、ドラえもんに言葉を掛ける。
横を向いたまま、まるでそよ風を頬で感じるかのような仕草で。

「のび太さんのコトは残念だったと思いますわ。
ですがお忘れなく、何もあなただけが哀しさを覚えたわけではないコトを」
「そ、そうだ!カルラさんも……ごめん、僕はのび太くんだけに気を取られて……」
「……謝る必要はありませんわ」

ドラえもんは漸く思い出す。
カルラから聞いた、彼女の知り合い達を、そしてそれらの名前が放送で呼ばれた事に。
それも一つだけでなく、記憶が確かであれば三つも。
カルラが彼ら彼女らとどんな関係だったのか、ドラえもんはその全てを知っているわけではない。
しかし、見当はつく。三人の知り合いの死を一度に知れば、悲しい筈に決まっている。
少なくともカズマのような男とここまで闘う事は出来ないだろう。
或いは闘いで忘れ去ろうとしていたのか。
そう思える程にカルラは気丈に振舞い、決して弱音のようなものは見せなかった。
同時にドラえもんは自分自身が情けなく思え始めた。
武器が壊れようともカルラは闘いを止めようとしないのに、自分は一体何をしているのだろうか。
戦闘に参加出来ずとも自分にも何かやるべき事が、やれる事はきっとある筈なのに。

「兎に角、この場はわたくしが預かります。少し手間取るかもしれませんが待っていてください。
彼女を連れて、わたくしたちが初めて出会ったあの場所に……いいですわね?
ギラーミンを倒す――あなたの誓いを為すためにも走りなさい、ドラえもん」

ドラえもんの背中を押すかのようにカルラは言葉を紡ぐ。
ドラえもんの心の内を汲み取ったのだろうか。
カズマに位置を特定されないために、二人だけが判る位置を待ち合わせの地とする。
出会った場所――それは観覧車の一室。
ドラえもんは理解し、直ぐに頷く。

「わかったよ、カルラさん。ぼく、ぼく頑張ってみるよ……のび太くんが出来なかった分も、ぼくは……!」

言うや否やドラえもんは駆けてゆく。
テント内で休ませていた少女を担ぎ、両手にデイバックを持つ。
自分の分と少女が持っていた分を取り落とさない様に、テントから飛び出した。
後ろは振り返らない、それ程までにカルラの事を信頼しているのだから。
しかし、カズマには黙って見過ごすつもりはない。
ドラえもんへの追撃を行おうと構えるが、視界の隅にとあるものを捉えた。

「なんだ!?」

思わず身を飛ばし、飛来してきたものを大袈裟な動作で避ける。
なまじ勘が鋭いがために、カズマはそれの軌道から完全に離れる。
程なくして地に落ちたものは一本の柄、白銀の剣の成れの果て。
只、飛んできただけではカズマはここまではしなかった事だろう。
だが、柄はあまりにも速い速度で迫ってきたため、カズマはそうせざるを得なかった。
投げた主はドラえもんではなく、勿論――カルラだ。
そして持ち前の瞬発力を生かし、カルラはテント内に飛び込んでいる。
今度こそ逃がすわけにはいかない。
思うや否やカズマはシェルブリットを地面に叩きつけ、その衝撃を利用し、跳び上がる。
宙に浮いた体制のまま、カズマはシェルブリットを再度前へ突き出す。


「ちっ! 撃滅の、セカンドブリットオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


撃ち出されるは二発目。二枚目の真紅の羽を糧にし、セカンドブリットをテントへ叩き込む。
テント全体を覆う布製の幕を貫き、ただ一点を殴りつける。
其処はカルラが現在立っていると思われる地点。間髪入れずに衝撃が湧き起こる。
確かな手応えを感じるが、同時に違和感を抱き、カズマは訝しむ。
人体を殴りつけた感触ではない。
もっと固い、何か金属のようなものとぶつかったような感触。
やがてカズマは悟った、己が感じた疑問の正体を。

「まだですわね」

悠然と立ち尽くすはカルラ、微笑を浮かべながらカズマを見やる。
カズマの両脚は未だ地についてはいない。
カルラが翳したものが、テント内に置いてあった彼女の支給品がシェルブリットを受け止めているのだから。
白銀の刀身が朝日に輝く、二メートル程の大剣。
しかし、それでいて重量は約3キログラム程しかなく見た目とは釣り合わない。
内部構造に特殊な機構が――“1-st・G”と呼ばれた世界での技術によって成されている。
機殻剣と呼ぶに相応しいその剣からは、神々しい神秘さが醸し出される。
約七千倍まで面積拡張された剣を握りしめ、カルラが再び口を開く。


「つきあって貰いますわよ。もう少しの間は……ね」


聖剣――聖剣グラムを翳し、カルラは再びカズマとの闘いに挑み始める。



◇     ◇     ◇



「ハァ、ハァ……大丈夫かなぁ、カルラさん」

観覧車前に息を切らせながら戻ってきたドラえもんが呟く。
荷物は持たずに手ぶらであるのは、再び観覧車から離れたせいだ。
周囲に危険な人物が居ないかを確認するために、一時的に少女と荷物を隠した。
円柱状の小さな操作室に戻り、彼女の様子を確かめようとする。
未だ名前も知らない少女。
のび太よりは年上のようだが外見は幼い。
殺し合いに乗っているとは到底思えず、保護すべき対象に違いない。
元々世話好きな性格もあり、ドラえもんはそう確信する。

「そうだよ。せめてこの子だけでも僕が守ってあげなくちゃ……!」

ずっと失神していたため、彼女は先程の放送は聞いていない。
禁止エリアの発表もあり、先程の放送の内容は自分達には重要な意味を持つ。
故に自分には、少女に対し放送の内容を伝える義務があるとドラえもんは考えた。
もしかすれば知ってる人の名前があったのかもしれない。
だとしたらきっと彼女はショックを受けることだろう。
心が痛むが仕方ない。その時は自分が――彼女を勇気づけよう。
此処まで自分を逃がしてくれたカルラの行為を無駄にしないためにも。
未だにのび太の一件が忘れられないが、ドラえもんの決意は固い。
球形の手を伸ばし、操作室のドアを開けて、少女に声を掛けようとする――
瞬間、聞き慣れない音が周囲に響いた。


「――え?」


何かの映画で聞いたような音が鳴り、同時に頭部の辺りに衝撃が走った。
殴りつけた感覚に近いが、それにしてはいやに面積が狭い。
ピンポイントというべきか。
かなりの衝撃ではあったがドラえもんの全身は機械で構成されている。
お手伝い用ロボットであるため、様々なトラブルに対抗できるようにその強度は十分なものだ。
いきなりの事もあり、後方へ倒れ込みはしたが気は失うほどではない。


「ど、どうして……?」


しかし、ドラえもんにはそれよりも頭から離れない事があった。
尻もちをつき、驚きのあまり両眼を大きく見開いている。
只、前を食い入るように見つめている。
たった今起きた衝撃的な出来事がドラえもんの意識を独占していた。
そう。感じた衝撃――小さな痛みは一発の銃弾によるもの。
今もドラえもんの視界に映っている拳銃から撃ち出されていた。



「ずるいなぁ。えらい丈夫やん……でも、あきらめへんよぉ、わたしは」


発砲した人物は件の少女。
クラスメートからは大阪とヘンテコな渾名で呼ばれている。
この殺し合いに乗った一人の参加者。
春日歩、それが彼女の名前――そして再び引く。
既に一人の少年の命を奪った、右手に掛けた引き金を引き絞る。



「――ごめんなぁ」



その行為に躊躇いはなかった。







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最終更新:2012年12月02日 16:33