Drastic Soul◆Wott.eaRjU
エリアC-4、駅事務所内。
奇妙なサングラスを掛けた男がその場に立ち尽くす。
男の名は
ストレイト・クーガー、通称“最速の男”。
生き様はまさに己の道を地で行く男。
常に速度を求め、文化をこよなく愛するという文学的な面も併せ持つ。
出身はロストグラウンド。
とある超常現象により隔離されたかつての日本の横浜。
その地の治安を守る特殊警察組織、HOLY部隊でも特別なスカウトを受けた、俗に言う選ばれた人間。
HOLY部隊に於けるクーガーの日常の一コマ――彼はお得意の話術を以って同僚に話しかける。
絶やさない軽口は周囲に人間を困惑させ、その反応をさも面白そうに眺める。
しかし、クーガーの事を嫌悪する人間は多くはない。
理由は簡単。
強引に己のペースに持っていこうとも、クーガーには人望があった。
それは少し歪んだ育ち方をした、一人の少年を慕わせる程に暖かった。
肉親は居ない、信じられる者は誰一人として居ない。
それでもその少年――
カズマはクーガーだけは信じるに値する人間だと思っていた。
何故ならカズマは見出したのだから。
クーガーの持つ強さ、そして同時に他者を思いやる優しさを。
自分の前を歩き、そして意地でもその道を突き通す姿に憧れたのだ。
いつも冷静に、とてつもなく頼りになる存在――アニキ。
そう。クーガーは今も昔も『アニキ』と呼ばれるに等しい男であった。
「すまねぇ……俺としたコトが……」
だが、今のクーガーには生憎いつもの軽口を叩いている余裕はなさそうに見える。
お世辞にもアニキとは言うには少し物足りなさを感じてしまう程だ。
柄にもなく、テンションが下がりきった声を零す。
意気消沈とした様子。驚きと後悔に似た感情が声色から窺える。
事実、クーガーは己の不甲斐なさにやるせなさを感じていた。
クーガーの目の前に広がるものは思わず目を背けたくなるような光景。
十代――実際は六、七十年程生を全うしてきた少年の凄惨な遺体が一つ。
フィーロ・プロシェンツォ、一人の参加者がかつて確かに其処に居た証。
その死体の周囲には赤と白の液体が床に広がっている。
血液や脳漿が入り混じった事による産物の量はあまりにも多く、嫌でも眼につく。
思わずクーガーは俯くように視線を落とす。
クーガーがフィーロの事について知っている事はあまりにも少なく、名前すら知らない。
フィーロがこの殺し合いに乗っていたか、乗っていなかったも当然知る由もない。
しかし、それでもクーガーはフィーロの死に対し悲しさを抱く。
自分が間に合えば――己の速さが足りなかったせいで一人の少年は死んだ。
只、その事実だけで、後悔の感情でクーガーの頭が一杯になるには充分過ぎた。
何分経ったかも判らないままやがてクーガーは歩き出す。
そして同時に思う。
自分が此処まで運び、そしてフィーロを撃った女性の事を。
「……あの女、とんだ爆弾だったってコトか。そしてこの俺がまんまと爆発させちまった……か。
ハハ、劉鳳やHOLYのあいつら、カズマにはとてもじゃないが見せられねぇミスだな……」
バラライカ、本名はソーフィヤ・イリーノスカヤ・パブロヴナ。
クーガーは傍の壁に背を預け、呟くように言葉を紡ぐ。
バラライカの事についてもクーガーに知っている事は殆どなく、案の定名前も知らないままだ。
気絶していたバラライカが、これ程までにも早く意識を取り戻すとは思わなかった。
そんな事は今更言って遅すぎる。
故にクーガーは正面から己の失態と向き合う。
一瞬の内にやる事をやり終え、何処かへ逃げ出していったバラライカ。
絶好の頃合いを図ったかのような勢いのある行動――炸裂<エクスプロード>
まさに大量に火薬を詰め込んだ爆弾の爆発が盛大に炸裂した状況。
名前も知らないバラライカに対し、クーガーは密かに脅威を感じていた。
更に理由はそれ以外にも存在している。
「あの力、壁に自分の身体を通す力は……アルターの応用か? だとしたら相当厄介な代物だな……」
バラライカがフィーロの奇襲に成功した理由。
それはひとえに壁を通り抜ける――通り抜けフープの力によるものと言える。
22世紀、ネコ型お手伝いロボット用に作られた秘密道具の一つ。
しかし、クーガーは通り抜けフープの力をバラライカ自身の能力であると推測する。
そう。クーガーの言葉を借りるならアルターの一種。
物質変換の能力の一環、多種多様な異能こそがアルター能力。
故にクーガーはこう結論づける。
一本の輪っかによって半身を壁から覗かせたバラライカ。
輪っか――通り抜けフープは
橘あすかのエタニティ・エイトと同じようなものだろう。
そしてその力はバラライカがやってみせたように物質の間を『何らかの』方法で行き来出来る。
あの輪っかが人体に及ぼす影響はわからない。
だが、用心に越した事はないだろう。
今度再会する際には、バラライカの持つ輪っかには最大限の注意を払っておこう。
クーガーはそう考え、やがて徐に両眼を閉じる。願うは己のアルターの発動。
直ぐにバラライカの後を追いつかなければ。
既に時間はそれなりに経ってしまっている。
これ以上無駄に時間を使わないためにも――
そう思い、クーガーはアルターにより駆けだそうとする。
そんな時、一つの声が何処からともなく響いた。
「さて時間だ――」
第一回の定時放送。
『途中で自分が新たに禁止区域を指定する』と言っていたギラーミン言葉をクーガーは思い出した。
◇ ◇ ◇
放送で発表された内容。
新たに追加された三つの禁止エリア、そして15名の参加者の名前。
6時間の間にこの場で命を落とした人物を指す名前の羅列。
その中にクーガーの知っている名前が一つだけあった。
「な……んだっ…………て?」
黒い、奇妙なサングラスがあと一歩のところでずり落ちる。
口を半分程に開き、クーガーは次の言葉を続ける事が出来ない。
最早隠しようのない。
クーガーは表情一杯に只、驚きを全面に押し出している。
たった今聞いた名前。
あまりにも予想外過ぎた。
ある人物の名前――その人物の死がクーガーに到底信じられなかった。
「……どうして、お前が……劉鳳……」
劉鳳。クーガーと同じHOLY部隊隊員、A級のアルター能力者。
意固地なまでに強い正義感に塗り固められた一人の青年。
荒削りではあるが確かに光るものを感じさせ、実際に進化を果たしていった男。
こいつならやれる。
劉鳳と、そしてトリーズナー――カズマの二人のアルター使い。
ロストグラウンドの未来を切り開く事が出来る存在。
クーガーは確信していた。
だが、劉鳳は死んだ。
正面から戦って死んだのか、不意打ちを喰らったのか、それとも命を賭して誰かを庇ったのか。
わからない、わからない事が多すぎる。
やがてクーガーは徐に腰を落とし、天井を見据えながら叫ぶ。
「ッ! うおおおおおおお――りゅうぅぅぅほおおおおおおおお!!」
突如上げた大声を皮切りに、クーガーはアルターを発動する。
碧色の輝きが煌めき、クーガーの両脚が紫色の外部装甲が覆う。
ラディカルグッドスピードを脚部に纏い、クーガーは不意に右足を振り上げた。
長く、真っ直ぐと伸びられた先には事務室の壁。
少し老朽化している、コンクリート製の壁に向かって右脚を突き出す。
理解出来ない、意味がわからない行動でしかない。
だが、確かにわかる事は一つだけあった。
轟音をバックミュージックにし、大穴が空いた事務室に一人立ち尽くすクーガーは。
クーガーは劉鳳の死に対して――
「――バカヤロウがあああああああああああああああああああああああああああッ!!」
只、大きな怒りをぶつけていた。
それはギラーミンではなく、劉鳳を手に掛けた参加者に向けたものでもない。
あくまでも対象は既に死んだ身である劉鳳一人。
いや、きっと先の二名にも怒りを覚えている事だろう。
劉鳳は同じHOLY隊員であり、一人の仲間であるため当然の感情だ
だが、あまりにも大き過ぎた。
彼ら二人に対する怒りよりも劉鳳への、彼がこんなところで命を散らせた不甲斐なさが許せなかった。
クーガーがそこまでの感情を惜しげもなく造り出す理由。
そこには一人の存在――女性の影があった。
「お前が此処で死んだらあの人はどうなる!? あの人は……お前にぞっこんな水守さんはきっと今でもお前を待っている!!
最高の人だ! 惚れ甲斐がある! まさに文化の神髄……俺の残りの人生全てを注ぎ込むに値する!!
だがッ! お前が死んじまったら……あの人は悲しむに違いねぇッ!!」
水守――桐生水守。
ロストグラウンドと対立する本土側からやってきた研究者。
劉鳳の幼馴染であり、同時に彼に好意を寄せていた女性。
ロストグラウンドと本土、そしてアルター使いとアルターを持たない人間達の争いの根絶を願っていた水守。
水守自身にはアルターのような力はない。
しかし、固い信念の基に行動を示していく水守の気丈さにクーガーは惚れていた。
そう。惚れ込んだのだ。彼女の助けがしたかった、出来る限りの手伝いはして見せた。
HOLY部隊により監禁状態に置かれた時も、自らの危険を顧みずクーガーは水守を救った事もあった。
結局、水守の心がクーガーの方へ完全に傾くことは結局なかった。
しかし、クーガーは自分に振り向かない水守を、恋仇である劉鳳を恨んだ事など一度もない。
何故ならクーガーはそれでも満足であったから。
自分が認めた女性が、愛する人と一緒になれればそれで良い。
水守を本気で愛していたからこそ、本心からそう思っていたのだから。
「そうだ! 水守さんがあの小さな肩を震わせて、大声で泣きじゃくるのはわかってる!
俺には、このストレイト・クーガーにはそいつがどうにも我慢できねぇ!!なぁ、俺はどうしたら良い、劉鳳!?
優しい言葉を掛けるか? 何も言わずにこの胸を貸してやるか? それとも彼女の寂しさを紛らわすために、抱いてやるか……違うな。
そんなんじゃねぇ、俺にはそんなコトすらも出来やしねぇ。俺は水守さんに会わせるツラがねぇ……どのツラ下げて水守さんに会えば良いんだ……」
言葉の奔流は止まらない。
無意識的に両の拳を力強く握りしめる。
口元に綻びはない、上下の奥歯が互いを削り潰すようにぶつかり合う。
クーガーの想い――劉鳳が居なくなった今、代わりに水守と愛を育もうとは一片も考える筈がない。
只、劉鳳凰への怒りは耐えがたいものであり、同時に許せなかった。
水守がこれから抱くであろう悲しみの根本――劉鳳をむざむざと死なせてしまった自分自身への憤り。
直接的な原因はクーガーにはない。
しかし、守れた可能性はあった。
ラズロやバラライカに時間を取られずに、最速で劉鳳の危機に駆けつけていれば――
そう思ってしまえば、どうにも納得のいかない感情がクーガーを支配する。
やがて柄にもなく、フラフラと背中から無事な壁を背に、クーガーは座り込む。
生じた衝撃でサングラスのズレが大きくなり、床に落ちてしまうがクーガーは気にしない。
只、呟く様に言葉を吐き捨てる。
「ギラーミン……そして、劉鳳を殺したヤツは……許せねぇ。 必ず俺が……!」
大きくはない呟き。
まるで自分の意思を確認する様な呟き。
その言葉に秘められた決意の大きさは、ギラーミンの名前を間違える事なく言っている事からわかる。
きっとこの先も少なくともギラーミンの名前を間違える事はないだろう。
今ままではたった一人の少年のためにこんな大掛かりな事をした、ギラーミンを茶化す意味合いもあったからだ。
しかし、今回の事でそんな気は失せた。
必ず倒す――決意は揺らがない。
先ずはバラライカを追って、知り合い達と合流しよう。
方針は決まっているのだが、クーガーはもうすこし時間が欲しいとおぼろげに感じた。
もう少し、もう少しだけこの心を落ち着けるだけの時間を――
それは今まで常に最速を目指していた男が減速を求めた瞬間であった。
時間という流れの減速を、ほんの少しだけの減速を。
【C-4/駅・事務室内/朝】
【ストレイト・クーガー@スクライド】
[状態]:深い悲しみ、左肩、右脇腹などに銃弾による傷(アルターで処置済み)
[装備]:HOLY部隊制服、文化的サングラス
[道具]:なし
[思考・状況]
0:女を捜す
1:ギラーミンに逆らい、必ず倒す。
2:無常、ラズロ(リヴィオ)、ヴァッシュ、ルフィ、バラライカ(名前は知らない)には注意する
3:カズマ、橘あすかとの合流。弱者の保護。
4:劉鳳を殺した人物を探し出し、必ず倒す。
【備考】
※病院の入り口のドアにヴァッシュの指名手配書が貼ってあります。
※ギラーミンの名前を今後間違えるつもりはありません。
※
ヴァッシュ・ザ・スタンピードの手配書×二枚に『モヒカン男と麦藁帽子の男に気を付けろ byストレイト・クーガー』とメモ書きされています。
※C-4駅事務室入り口にフィーロの荷物が落ちています。
※通り抜けフープはバラライカの能力であると思っています。
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最終更新:2012年12月02日 06:01