This Speed Never Ends(前編)◆Wott.eaRjU
D-4地下・地下鉄駅構内に四人の人間が一堂に会している。
生まれ育った環境は異なり、本来は出会う筈もなかった四人。
その場を支配する空気には残念ながら穏やかさは見られない。
一瞬でも目を放せば何かが爆発を起こしそうな程に危うい。
確かなことはひとつ。今から起こるのは――闘争の幕開けだ、という事だろう。
そして車両の残骸の山の上に人影があった。
「死ね」
一人目――ミカエルの眼の使徒、ラズロ・ザ・トライパニッシャー・オブ・デス。
両目を細めて、口元を歪ませながら取った行動は一つ。
ソードカトラスを握った右腕を前へ向けたかと思うと即座に発砲する。
地下鉄駅内という閉鎖的な空間もあり、発砲音が広く響く。
『持っていく力』、エンジェルアームの力を封じた弾丸が飛んでいく。
「ヒャッハァ!」
二人目――とあるマフィアの殺し屋、
ラッド・ルッソ。
下品染みた笑いを軽快に飛ばし、彼もまたラズロと同様に動く。
右肩に担いだバズーカの砲口を向けた。
数メートル左に居るラズロの方ではなく、彼が銃口を向けた対象と同じ方へ。
続けて引き金を振り絞った。銃器を扱う手つきとは思えない程にあっさりと。
二人の一連の動作を経て、数発の銃弾と一発の砲弾が残りの人影へ向かう。
「――ッ!」
三人目――『超電磁砲(レールガン)』の異名を持つ少女、
御坂美琴。
驚きに満ちた声を零し、自分が狙われている事に気付く。
ラズロとラッドの言動からなんとなく予想する事は出来ていた。
しかし、あまりにも早い。早すぎた。
逃げろ、と盛んに本能が叫んでいるのがわかるが咄嗟には身体が動かない。
ならば抵抗するしかない。
当然自分はこんな場所では死にたくはないし、相応の力も持っている。
右腕に意識を傾けて、自分だけの力をイメージ。
死にたくはない。どこかで死んでしまった『あいつ』のようには――
思い出してしまった。
こんな時に何故かは自分ですらもわからない。
『あいつ』はこんな風に誰かと戦って死んでしまったのだろうか、と。
そう考えてしまう自分が別の誰かであるかのようにも思えてしまう。
『あいつ』――
上条当麻が自分にとって特別な存在だったかのような感覚。
心地よいのか悪いのかと思う以前に、ただただ困惑するしかなかった。
そしてその困惑は確かな遅れとなる。
浮き彫りになったものは反応の遅れ。
結局御坂はその場から一歩動く事も、何一つの抵抗も出来なかった。
強いて言うならば呆然と前を見ることぐらい。
やがて御坂の身体に銃弾と砲弾が喰らいつく事だろう。
この男が居なければ、確実に。
「ラディカル・グッドスピード、脚部限定ッ!!」
そいつは四人目――最速のアルター使い、
ストレイト・クーガー。
クーガーが口を開くや否や、流れるように一閃の軌道が宙に描かれた。
同時に音が一つ二つ三つと連続する。
それらは金属が何かとぶつかって弾かれた音だ。
続けてすっかりとひしゃげた銃弾がパラパラと地に落ちた。
そしてクーガーの右足が己の存在を示すかのように真っ直ぐと上を向いている。
俺に捉えれらないものはない、とでも言っているように。
更にクーガーはそれだけで終わらない。
高く蹴り上げた右足を戻し、間髪入れずに前方へ踏み込む。
ラッドの放った砲弾との距離を詰めて、己の体躯を跳ばす。
今度は左脚を向けて、表情には一切の恐怖などは浮かべずに。
只、自信という感情だけをサングラスの下に潜めて左脚を大きく振るう。
「遅い! 俺を仕留めるには速さが足りない!」
左脚を、紫色の装甲を纏わせた左足で砲弾を蹴り返す。
同時に挑発染みたセリフを添えるところから余裕があるのだろう。
ラズロとラッドはその言葉に答えるよりも先に、身軽に後方へ跳ぶ。
瓦礫の山を蹴り、砲弾の炸裂を見届ける猶予すらもある。
このぐらいの芸当はどうという事はない。
幾ら傷を負っていようがラズロとラッドの身体は特別なものだ。
そして二人もクーガーと同様にこれだけで終わらせるつもりはなかった。
「相変わらずだなぁ、ストレイト・クーガー! それでこそ殺り甲斐があるってモンだ」
ラズロがクーガーと戦うのは初めてではない。
今も鮮明に覚えている、忌々しい敗北の記憶が脳裏に浮かぶ。
だが、竦むことなくラズロはクーガーに向けて再度引き金を引く。
殺意と、そして憎しみをエンジェルアームの力に乗せて、一切の躊躇は見せずに。
もう一度戦える。今度こそ必ず殺す。殺せないわけがない。
どことなく嬉しげな表情を浮かべるラズロは只、ドス黒い感情を胸に潜めて戦闘を続行する。
「おいおいおいおいおいーーーなに? なにしてくれてんのお前?
いや、スゲぇよ。まさか蹴り返してくるなんてマジスゲぇ。じゃあ、もっと楽しもうぜ!」
一方、ラッドの方もまた笑みを漏らしていた。
自分が撃ち放ったバズーカの砲弾の結末は予想を外れたものであった。
全く動じることなく、逆に蹴り返してきたクーガーに対し思わず興味が惹かれる。
趣味の悪い列車で突っ込んできた時に抱いた感情も忘れてはいない。
どんな感情か、とは最早言うまでもない。
それは明確な殺意。舐めた真似をしてくれたクーガーは殺す。
追撃のバズーカを発射し、さも興味深そうにクーガーの次の行動を観察。
そして再び放たれた凶弾に対し、クーガーは――
撤退した。
「――え?」
ただ逃げたわけではない。
後ろへ転換し、アルターの力を以って加速。
ラズロとラッドの方へ背中を向ける格好になりはしたがそれも一瞬の事だ。
数メートル走り切った事でAA弾とバズーカの砲弾から逃れる。
ついさっきまでクーガーが居た場所の付近は眼もあてられない状況に。
コンクリートが粉々に砕け、砂埃として宙に漂っている。
もし、巻きこまれていたら――顔を青ざめながらもそう思わずにはいられなかった。
間一髪でクーガーにより抱き抱えられ、この場に似つかわしい声を上げた御坂は呆然と前を見ていた。
「あ、ありがとう……」
「なに、気にすることはありませんよ」
取り敢えず礼の言葉を告げる御坂の表情は微妙なものだ。
引きずられるように声のトーンもどことなく低い。
電撃を喰らわせてしまった事がどうにも気がかりなのだろうか。
あまり良い礼の仕方でない事は確かだ。
しかし、クーガーはそんな御坂のよそよそしい返事を気にした様子はない。
いつも通りに、たとえ年下であろうが女性に対して相応の礼儀を以ってクーガーは言葉をかける。
但し、その時間はあまりにも短いものであった。
クーガーは直ぐに御坂からは眼を逸らし、前を見据える。
「しぶてぇな。ほんとうにしぶてぇ」
難なく着地し、残骸の山を駆け出したラズロの姿がクーガーの視界に入る。
片腕しかないものの、器用に新たな銃弾を装填を行うあたりが流石殺し屋というべきだろう。
また、装填した弾丸にAAの力はなく至って通常のものだ。
弾の節約のためなのかもしれない。
そう。クソッタレのクーガーを仕留めるため、必ず殺せる瞬間のための温存――なのかもしれない。
残弾に余裕のある銃弾を半ば乱射気味に撃ちながら、ラズロは更に速度を上げる。
御坂を抱えている事もあり、クーガーの動きにはほんの少しの隙があった。
好都合だ。密かに感想を零しながらラズロは銃口を向けて、狙いをつける。
そんな時、ラズロは自分の横から何かが迫っている事に気付いた。
「……なんだ、おまえ」
ソードカトラスの銃底で衝撃を受け止め、目の前の『ヤツ』に疑問を問う。
果たして問うと表するほどに礼節があるとは思えない。
それもその筈だ。発した言葉に最大限のイラつきをこれでもかと滲ませている。
ニヤニヤと、何を考えているかわからない笑みを見せている男に対して。
唐突にバズーカの砲身で殴りつけてきた、ラッドが確かに其処に居た。
「なぁ、てめぇの左腕可笑しくね? 綺麗スッパリ千切れてんのに……もしかして治ってるんじゃねぇの、それ」
「あん? てめぇみてぇなチンピラと一緒にすんな。ミカエルの眼舐めんじゃねぇよカスが」
売り言葉に買い言葉といったところか。
不快感を押しつけるようなラッドの問いに対し、ラズロもまた口汚く答える。
しかし、分からない話でもない。
確かにラズロの左腕は、持ち前の再生力により今も修復が行われている。
その事はいい。が、何故ラッドがわざわざ口に出すのが不明瞭だ。
自分と同じようにクーガーを標的にしていたのではなかったのか。
ラッドに殺されるつもりも心配もないが、邪魔をされた事で当然腹立たしさはあった。
それも殺意を孕ませた、とても生やさしいものではない。
一方、ラッドの方はラズロの様子を眺め、どこか得心がいった顔を浮かべた。
「あーわかった。ミカエルの眼がなんだか知らねぇし、てめぇが俺みてぇに目覚めちまったのかも知らねぇしぶっちゃけ興味ねぇや。
だが、こいつだけは言える。てめぇさ、実は余裕あんじゃねぇのか?
実は俺もあのおっさんも嬢ちゃんも全員ブッ殺して一人だけ生き残る……そう思ってんのか?」
「わけわかんねぇヤツだな。つか、当たり前だろ? 俺がてめぇら如きに殺られるわけねぇだろうが」
「……やべぇ、お前最高だわ」
沸々と、ヤカンに入れた水を煮沸させるようにラッドのテンションは上がっていく。
何もラズロが口にする事は真っ赤な嘘というわけではない。
今までの立ち振る舞い、更には憎らしい程に膨れ上がった自信がラズロの言葉に真実味を持たせる。
ラッドもその事を認識しており、そして確信した。
思わず今以上に力が入り、ラズロとの距離が近づく。
「決めた。てめぇは――ブチ殺す!」
それは絶大的な死の宣告。
力任せにバズーカの砲身を振り下ろす。
ソードカトラスだけでは耐え切れず、ラズロは止む無く離脱。
叩くべき対象を失ったバズーカが砂塵を生みだす。
その粉塵の中でラッドは確かに笑っていた。
火がついた。さながら何かのスイッチがついたような様子さえ見せている。
一方のラズロも黙ってはいられない。
「ハッ、やってみろよ――クソが!」
再び吐き出された銃弾がラズロの意思を現していた。
◇ ◇ ◇
「……こいつはラッキーだな」
ボソリとクーガーが呟く。
前方数十メートル程か。
其処には一迅の台風もとい戦闘が広がっている。
それはラズロとラッドの戦いの証。
生憎、介入者など一人たりとも許す雰囲気はなかった。
銃弾と砲弾、そして互いに殺しを楽しむかのような言動が飛び交う。
今のところ二人に致命傷はない。
やがてクーガーは後ろを振り返る。
「お嬢さん、お名前を教えてくれますか?」
「……み、御坂――」
「おっと、こいつは申し訳ありません。
私の名前はストレイト・クーガー。ズバリ! 文化の神髄を追い求める男です!!
先程の俺の力はラディカル・グッドスピード。素晴らしいでしょう、何よりも速さを愛する私に相応しいアルターです。
ん? しまった! アルターの事についてまだ何も言っていませんでしたね。ああ、なんてコトをしたんだ俺は!
説明の不手際、それは時間のロスであって即ち人生の浪費にも等しい――ぎ、ぎゃあ!!」
「ご、ごめんなさい……」
御坂が謝った理由には彼女の能力が関係していた。
途中で話しが脱線し、唐突に捲したてたクーガーの身体に何かが走った。
それは俗に超能力ともいうべき力、御坂が得た『レベル5』の能力。
力は最小限に――話を進めるためにあくまでもちょっと黙って貰うために。
しかし、クーガーが予想以上に大きなリアクションを取ったため御坂はたじろぐ。
元々クーガーに対し能力を使うだけでもやりすぎだろうかと考えていたため、申し訳なさで一杯になる。
「いえいえ、謝ることはありませんよ。さぁ、気を取り直してどうぞどうぞ」
「み、御坂美琴。その……色々とごめんなさい」
だが、クーガーに怒りを見せる様子はない。
その事実が御坂に安堵を齎すが、再度謝罪の言葉を口にしたのは彼女の性格さ故の問題だろう。
出会いが出会いだったため、未だにクーガーへの警戒は完全に消えていない。
よって少し口調がぎこちなく、他人行儀なのも仕方のない事であった。
寧ろクーガーの方もその事を察しているようで、彼も愛想良く振るまっている。
そして取り敢えずの自己紹介が済み、クーガーが期を見計らったように口を開く。
「それでみさとさん、一つ相談なんですが……担当直入に言いましょう。今すぐこの場から逃げてくれませんか?」
「え?」
思わず口を半開きにして御坂は驚いたような顔を見せる。
自分の名前が間違っていることに対する指摘すらもおざなりにさせる程に。
今の御坂に出来ることといえばただただクーガーに疑問の眼差しを送るしかない。
「実はあのモヒカン男にはちょいと腐れ縁がありまして。それにもう一方のヤツも相当に危なそうだ。
だから、俺があいつらを止めてやりますよ。この俺の速さでね」
「だ、だったら私も――」
クーガーの申し出に思わず御坂は声を張り上げた。
確かにあの二人の男は危うげな印象がある。
しかし、二人のうち一方、ラッドの方は元はといえば自分を狙ってきていた。
故に関係のないクーガーにラッドの相手をさせるのはどうにも気が引ける。
ラッドがここまで来たのは自分の責任だ。
ならば自分が責任をもってどうにか片をつける。
そう思った、その瞬間――
唸るような大声が響いた。
「どこ行くんだ、てめぇらあああああああああああああああ!!」
背筋が凍るような、ラッドのドスが聞いた声が。
◇ ◇ ◇
ラズロは殺す。
殺り合いの最中に聞いた、この男の名前をラッドはきっと忘れないだろう。
だが、ラッドの標的は何もラズロだけではない。
ラズロを蹴り飛ばし、一旦距離を取り、そしてラッドは大きく跳躍する。
目標はもう一人の対象へ、そいつはどこかの仮装大会にでも出てくるような服を着た男。
両脚に奇妙な光を纏い、尋常ではない速度を見せつけたクーガーその本人。
あの自身に打ちつけられた顔が苦痛に歪み、死んでいく様はそれはそれは愉快なものだろう。
しかし、忘れてはならない。
この場にはもう一人殺してやりたい相手が居る事を。
ラズロ以外に、そしてクーガー以外に。
その名は――御坂美琴、たった今クーガーに名前を告げた少女。
彼女もまたラッドの標的の一人であった。
(舐めやがって……クソアマが)
御坂は言っていた。
『死んでなかったんだ』――と自分に向けてポツリと。
何も不自然な言葉ではないだろう。
御坂にとってラッドはどう考えても友好的な存在ではない。
ただ、問題であったのはその言葉に含ませた感情だ。
御坂は言った。先刻の言葉を、何故かホッとしたように。
ラッドにはその理由が分からず、同時に許せなかった。
(ずいぶんと余裕あるじゃねぇか、おもしれぇ)
ラッドには御坂の事情など知る由もない。
だから、ラッドが認識する事実は『殺されかけた相手に無事を喜ばれた』事のみだ。
たとえ御坂がまた殺人を犯してしまったのではないかと、思いあぐねていたとしても関係はない。
只、ラッドは殺意に身を投げ出す。
バズーカのダイヤルを換えて砲身を向ける。
マニュアルが正しければ、砲弾ではなく一本の熱線が発射される事だろう。
そしてその熱線を女に。自分に詰まらない同情を与えてくれた御坂にくれてやる。
やがて起こるであろう未来のビジョンがラッドにいいようのない高揚感を齎す。
しかし、ラッドの眼前に広がったものはまた別のものであった。
「衝撃のファーストブリットオオオオオオオオオオオオーーーーーッ!!」
それはラディカル・グッドスピードにより迸る虹色の輝き。
クーガーの第一の弾丸であった。
◇ ◇ ◇
まるで予期していたような構図であった。
クーガーはラッドの方へ向けて跳び、そして一発の蹴りを放った。
只の蹴りではない。それはクーガーの得意技の一つ。
踵に備えられたピストンにより跳躍し、更にアルターにより強化された跳び蹴りを放つ。
『衝撃のファーストブリット』の直撃を受け、ラッドは壁に叩きつけられた。
生まれたものは強すぎた勢い。心配する理由もない御坂ですらも思わず息を呑んでしまう程の威力だ。
一部分ではあるが崩壊を起こした外壁の山に埋もれたのだろうか。
既にラッドの姿は肉眼では確認出来ず、動く人影も見られない。
恐らく気絶――それはこの場に居る誰もが思った事であった。
「さぁ、行ってください、みさとさん。
こんな危険な場所にレディをいつまでも留まらせてしまうのは文化的ではありません。
それに俺は死にませんよ。何故なら俺の速さを捉えるコトなんて誰にも出来やしない――あの人以外にはね」
依然としてクーガーの口調はどことなく軽い。
されどその言葉から確かな意思が御坂には感じられた。
上手くは言葉に出来ない。
出会って碌に時間が経っていないにも関わらず、クーガーの言葉が力強いと思える。
この人ならやれる。見た目以上に広い背中がそう言っている。
そしてその背中が今はこの世にはいない、『あいつ』のものと何故かダブって見えた。
「わ、わかったわ」
「いい返事です、みさとさん。そうだ、こいつを預かってもらえますか?
自分で持っているとどうにも落としそうなのでね」
意を決し、駆けだそうとする御坂にクーガーが振り向きざまに何かを投げる。
それはタイム虫眼鏡、
蒼星石のローザミスティカなどが入ったデイバック。
クーガーの得意とする戦いはアルターを使用した高速近接格闘戦。
用心を兼ねてという事なのだろう。紛失することのないように御坂に託す。
そんな御坂は一瞬、戸惑ったような顔を浮かべる。
逃がしてくれるだけでなく、持ち物すらも貸してくれるというのだ。
何から何まで世話になってしまった自分が情けない。
だが、ここでクーガーの意思に背けば更に申し訳がたたない。
「……絶対に預かってる。だから、その……クーガーさん……」
「おっと、最後まで言わないでください、みことさん」
「と、というか私の名前はみこ――あれ?」
「合っているでしょう」
漸く口に出せた言葉。
が、散々に間違えたくせに今度は合っていたため何も言えなくなる。
美琴はついバツの悪そうな表情を浮かべてしまう。
少し余裕が出来てきたのだろうか。
年相応の、少女特有のあどけなさが微かに見えていた。
しかし、御坂はいつまでもこの場に立ち止まるわけにはいかない。
そしてそれはクーガーも同じことであり――彼は最大限の速度を以って加速した。
サングラスをクイっと上げて、不快感は感じさせない笑みを御坂に向けた後に。
「また会いましょう、みことさん! 今度は笑顔の貴方が見たいなぁと、どこぞのバカヤロウが思っていると覚えてくださいな!」
ラディカルグッドスピートの補助を受け、ラズロの方へ疾走するクーガー。
最早クーガーを止められることは出来ず、御坂も止めるつもりもない。
ならばどうするか。答えは案外と直ぐに出た。
デイバックをしっかりと担ぎ、下腹に力を込める。
「忘れたくても覚えてるわよ、バカ!」
どうも年上とは思えないクーガーに向けて一声叫び、そして御坂は駆けだした。
クーガーの意思を無駄にしないためにも、生き残るためにも。
元来た道を頼りに全力で走る。
頬を撫でた、ひんやりとした冷気が一際肌寒く思えた。
◇ ◇ ◇
「気分はどうだ?」
「ん~……なにがだ?」
既にどこからどこまでが列車の残骸かすらも判らない。
所々不自然に抉れ、ボロボロになった地下鉄のホームでラズロとクーガーが今も対峙している。
互いに無傷というわけではない。
クーガーの身体には数発の銃痕が、そしてラズロの身体には打撲により青く腫れあがった傷が痛々しい。
それらの負傷をクーガーはアルターで、ラズロは自前の再生力でやりくりしている。
そんな状況に僅かな膠着が訪れた時にラズロが意味深な台詞を吐いていた。
「劉鳳だったっけかな。ゼツエイとかいう人形を使うヤツだ。てめぇと同じ服を着たアイツは俺は殺した」
「……何が言いたい?」
あくまでも冷静に、目の前のラズロがどれほどに憎らしい存在に見えても。
クーガーに動じた様子は一向に見られない。
少なくとも表面上では、たとえラズロが何を言おうとしているのかが予想はついても。
クーガーは只、低い声でラズロに答える。
一方、満足がいったのかいかなかったのかは定かではない。
只、笑いを我慢しきれない様子でラズロが続けていく。
「なんつーか滑稽だよな。二人揃って俺に殺されるなんてよ。
てめぇら、なんのために呼ばれたんだろうなぁ――ってな。やっぱさ、俺に殺されるために呼ばれたんじゃねぇか?
ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「おーおー、たいした自信だなぁ。ラズロ……!」
やはり聞くまでもなかった。
そう言うかのようにクーガーはホームを歩き、ラズロとの距離を詰める。
距離は十分、ラディカル・グッドスピードの加速でなら問題ではない。
そうと決まればグズグズしている暇はない。
ラズロを黙らせる
総身を一迅の風に変えるかのように、クーガーは急速接近を経て右回し蹴りを放つ。
しかし、やがてクーガーは己の目を疑う事になった。
「おせぇな」
ラズロは少しだけ身を後ろに傾け、クーガーの蹴りを避わした。
更にそれだけでは飽き足らずクーガーに向けて蹴り返す。
銃を使わずに、クーガーがやったように右脚の回し蹴りを選択したのは余裕の現れに違いない。
そう。今のラズロにはクーガーの速さが見切れていた。
寧ろこうなることは遅すぎたくらいだろう。
薬物投与、そして肉体改造により強化された五感。
ミカエルの眼に同じ手段は二度と通用しない――たとえ制限という足枷があれど、その異常性は消えていない。
身体を逆九の字の形に仰け反りながらもクーガーは踏み止まり、直ぐに顔を上げた。
「感謝しろよ、出血大サービスだ」
ラズロの声、そして何処からともなく轟音が響き始める。
見ればラズロがデイバックから何かを出している。
物理法則をものの見事に裏切った特別製のデイバック。
そこから飛び出すものは――圧倒的な暴力の塊であった。
「見せてやるぜ――こいつをな」
要塞。もしく戦車と評すべきだろうか。
両側に備えられた、大きな車輪が地下鉄のホームにめり込む。
更にいつの間にか手綱を繋がれた二頭の巨牛が雁首を揃えている。
それらこそが遥か以前、ゴルディアス王がゼウス王に与えし神獣、“飛蹄雷牛”(ゴッド・ブル)
間髪入れずにラズロは飛び乗る。玉座を模した、その兵器の全てを司る場所へと。
第四次聖杯戦争に於いてライダーのクラスに召喚を受けたサーヴァント、征服王イスカンダルこそが本来の持ち主。
“神威の車輪(ゴルディアスホイール)”がその姿を見せる。
小金色の輝きを従わせながら、やがてゴルディアスホイールはクーガーの元へ突貫。
「ガッ!」
宝具のあまりにも規格外な能力に驚きを隠せなかっただろう。
避ける事は叶わず、クーガーの身体がいとも容易く吹き飛ばされる。
ホーム内には止まる事も出来ず、今は一両の列車も通過していない線路の方へ。
だが、距離の関係からか神威の車輪にそれほど加速が掛っていなかったのが幸いしたのだろう。
叩きつけられる瞬間、クーガーは器用に反転し、少し体勢を崩したもののしっかりと着地した。
そして、ゴルディアスホイールに跨ったラズロに対し一瞥をくれる。
ほんの一瞬の沈黙。巨牛がホームを蹴り、力任せに線路へ降り立つまでの時間はあまりにも短い。
再度向き合うクーガーとゴルディアスホイール。クーガーが次に打つ手段は意外なものであった。
「あん?」
思わずラズロは眼を疑った。
どうせ真っ向から向かってくるであろうと思っていた。
だというのに、当のクーガーは――
「悪いなぁ、ラズロ。このストレイト・クーガー、分の悪い賭けはあんまり趣味じゃないのさ。
そういうわけでまた会おう。お前が生きていたらなぁ、ハーッハハハハハハハハハハハハハハ!」
ラディカル・グッドスピードを纏い、一目散に線路脇を走っていく。
一度もラズロの方を振り返る事もなく、バカ笑いを見せつけながら。
呆気に取られたラズロだが、やがて気を取り直したかのように手綱を握りしめる。
「待ちやがれ、ストレイト・クーガアアアアアアアアアアーーー!!」
ラズロがクーガーの後を追うのはさも自然であった。
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最終更新:2012年12月04日 02:05