すくわれぬもの(You can not save me) ◆GOn9rNo1ts
『悲劇は1%の悪意と99%の偶然で構成されている』
◇ ◇ ◇
空に煌めく綺麗な星々が、死で乱れる世界を天上から照らしていた。
キラキラと存在感を遺憾なく発揮している一等星。
その隣にちょこんと座っている儚げな五等星。
年の離れた兄弟のように寄り添う二つの星。
明るさはまるで違うが、彼らの発する色彩は何処か似通って見えた。
少し離れた場所では、二等星と三等星が互いを引き立てながら光っている。
他にもたくさん。数え切れない星々が、夜空に偏りなく満ちている。
そして、一際大きく見える金色の星。
月。『地球の周りを回る』衛星がこの地を大きな瞳で見つめている。
それはここが地球上の何処かであることを示しているのか。
もしくは、今見えている情景が作り物であることを暗に知らせているのか。
月は何も語らない。箱庭の中に蠢く無数の生物をただ、平等に照らしていた。
人間も、動物も、化け物も、等しく月光は受け入れる。
涼しげに、もしかすると冷ややかに。
薄暗い雲のベールを纏いながら、矮小な星のアクセを見せつけながら、存在している。
そして今、五等星の輝きがふっと消えた、気がした。
「ねーねー?」
「……なんでもありませんわ、
アルルゥ」
闇の中、一つの建物が堂々とその輪郭を顕わにした。
映画館。現実と幻想の狭間。創造と想像で作られた物語の終着点。
朝から晩まで多種多様の人が入り乱れるそこは、とっくに閉館していたようだった。
中は真っ暗。恋人達の囁き声も聞こえぬ、完全な無人地帯。営業拒否も甚だしい。
ナイトショーはこれから、という時間にも関わらず早々に店じまいとは何事か。
もちろんそんなことは微塵も考えずに、騎兵の英霊、ライダーは堂々とその自動ドアをくぐった。
己の城に帰った王の佇まいで、何の憂いもなく前を征く。
後に続くのは夜目にも黄色の髪が目立つトラップマスター、
北条沙都子。
大きな映画館に口を小さく開けながら、小さな歩を進めていく。
沙都子の服をピタリと浅く掴み、映画館を物珍しそうに眺める獣耳、アルルゥ。
まだ赤い目蓋を擦りながら、「ねーねー」の後をただついて行く。
しんがりを務めるのはシカゴのマフィア、ルッソ・ファミリー子飼いの解体屋、
グラハム・スペクター。
溝に泳ぐ魚の眼を拡大し、そのまま貼り付けたかのような濁った瞳が前を征く征服王を睨め付けた。
これまた無人の駅を飛び出し、彼らはエリアにしてGー6に位置する映画館へと足を運んでいた。
探知機を見るに人の、首輪の気配は感じられない。
だが、先程、駅で見つけた怪しいフィルム。隠し部屋。
フィルムは中身を確認しておきたいし、この映画館にも秘密の何かが隠されているかも知れない。
そんな打算と期待を抱き、王と少女達と解体屋は足を踏み入れた。
チケット売り場。二つの椅子が窓口に向かい、しかしそこに座る受付は影も形もなく。
売店。ポップコーンも作られずジュースも汲まれず、メニューだけが寂しげにご注文を持ちぼうけだ。
通路、廊下。人の生理現象を満たすための青と赤の標識があり、上映中の映画の宣伝ポスターが所々に貼られている。
『とある道具(アイテム)の無能力者(レベル・0)』『六軒島連続殺人事件第一章』『踊る人形、黙する境界』
『越佐大橋を封鎖せよ!』『コードオレンジ・全力のジェレミア』『全裸男』etc……
そして、幾つかある上映室。何かを隠すならばここが一番だろうが、生憎特別なモノは見つけられない。
怪しい立て看板も無ければ、隠し通路も見つからない。
ただ、百を超える椅子達が永遠に始まらない上映を待ち望んでいるのみ。
行儀良く、物静かに鎮座するそれらを尻目に、彼らは最後の上映室を後にした。
収穫、無し。
肩を落とすこともなく、当たり前だ、と言わんばかりにソファに腰を落とす征服王。
グラハムは暇をもてあまし、そこらにある機械を解体し続けている。
沙都子はそれを不安げに見やるが、何も言わないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
さて、これからどうしようか、という空気が流れる最中、アルルゥの口が開いた。
「ねーねー、ここなに?」
それは、もしかすると今更過ぎる質問だったかも知れない。
映画館とは何か。予備知識も無い、そもそもテレビさえ知らない者になんと説明すればよいか。
沙都子はしばし言い淀んだ末、当たり障りのない返答を返すことにした。
すなわち、ここは物語を発信するところなのだと。
楽しく、悲しく、痛快で、メロドラマな物語を見て、聞いて、感じる場所なのだと。
えいが、とはそういうものなのだと、まだ自分よりも幼い少女に講釈をたれる。
アルルゥはやはり、幾つかの単語(例えば、メロドラマ)は理解できず首をかしげていた。
しかしそれでも、己の気持ちを吐露することは躊躇わなかった。
もしかしたらそれは、好奇心という隠れ蓑で覆われた逃避だったのかも知れない。
父を失い、ともだちを失い、さほど時間が経たぬうちの出来事である。
今時で言う現実逃避。楽しいものに逃げ、辛い現実を忘れることがどうして責められようか。
アルルゥは子供である。子供は時に、自分でも理解できない我が儘を言うものだ。
「みたい」
と、ただ一言を、純粋無垢な心は発した。
◇ ◇ ◇
グラハム・スペクターは解体狂だ。
機械を空中でジャグリングしながら一つ残らず綺麗に分解する事なんてお手の物。
使用するものが己の手からよくある小型レンチになろうが、人の腕ほどの大型レンチになろうが。
この男は鼻歌交じり、狂った話を意気揚々と続けながら機械を分解し続けられる。
大きなパーツも小さなパーツも関係なし。この男の前ではいかなる機械も遊び道具同然だった。
同然だった。しかし今、彼の前にはどうしても分解できない『壁』が立ち塞がっている。
首に巻き付く不快な感触。本来は家畜やペットに使用されるべきもの、首輪。
流石のグラハムも、初めて見る機械をそう易々と分解することは出来ない。
それが繋ぎ目一つ無い、摩訶不思議なものだというなら尚更だ。
しかも、下手をすれば死んでしまう。グラハムはまだ死にたくはなかった。
我が物顔で首に居座る強敵に少々の苛立ちを抱えたまま、グラハムは半日以上を過ごしてきた。
そんな彼の目の前にある機械は、まるで壊してくださいと言わんばかりの精密機械。
人目見た時から分かった。これは『壊しがいがある』
機械が俺を呼んでいる。壊して、分解して、と声高らかに欲している。
軽やかなステップを踏み、小型レンチをポケットから取り出し……
しかし、と彼はかぶりを振るい、商売道具を片付けた。
「すまない、俺はお前を壊してやれない。全部終わったらすぐにでも壊してやりたいところだが、今はその時ではない」
これはまだ駄目だ。彼女の為に、自分は鬼にならねばならぬ。
グラハムは大人だ。子供の我が儘には付き合ってやるものだと分かっている程度には。
今までロクに口も聞いていなかったアルルゥが何かを望んだ、それは喜ばしいことに違いない。
望むとは前進すると言うこと。立ち止まらないと言うこと。
絶望に引き留められず、生きていく意志を表す第一歩だ。
アルルゥとの第一接触は、あまり良いものではなかった。
見知らぬ自分とライダー(ざまあみろだ)に警戒心を顕わにした、あの時。
沙都子曰く、会ったときから固い表情がデフォルトだったらしいが、彼女に近づき「や」と拒絶された時はそれなりに凹んだ。
もっとも、その後にともだちと父の訃報を聞き泣き叫んだ彼女を宥めるのに、凹んでいる暇などなかったが。
知り合いの死は悲しいものだ。いくらあっても慣れるものではない。
それが唯一無二の父親ならば尚更のこと。グラハムはグラハムなりに彼女のことを心配していた。
普段の軽口を少々押さえる程度には、だが。
「おっと、そろそろ始めるか。楽しい楽しい物語を……」
持ってきた幾つかのフィルムの内、適当にひっつかんだ物をその機械にセットする。
グラハムは解体狂だ。それは機械の構造に精通していて初めてその意味を成す。
別に壊すだけが彼の能ではない。ただ壊すことが楽しいだけで。
だから彼は目の前の機械、俗に「映写機」と呼ばれる物の使い方を一瞬で理解した。
既に解体の手順を三パターンは頭に浮かべ、恍惚の笑みを浮かべている。
壊す時を今か今かと待ち望みながら、男は躊躇いもなく始まりの○を押した。
入れられた短めのフィルム。
タイトルだけで内容までは想像できないが、少なくともB級スプラッタものではないだろう。
グラハムはラベルに書かれた題名を見て、濁った瞳を弓なりに引く。
それはこの場において皮肉となるのかも知れないが、心を休めるには良い物だと、勝手に思う。
「さて、俺もあっちに合流するか……楽しい、楽しい話を鑑賞しに、な」
彼女たちの喜ぶ顔を想像し、賛辞の言葉を浴びせられるところまでを妄想しながら革靴は部屋を後にした。
遠ざかっていく足音を聞くのは動く映写機。油臭い男の残り香。そして、回るフィルム。
幾つもあるフィルムから数十分の一の確率で選ばれた運の良い幻想。
日の目を見ることはない他のモノの嫉妬を心地よさげに浴びながら、それは踊る。踊る。
試行錯誤の末名付けられた、この世界で一つの彼の名前は。
『幸せな未来』
◇ ◇ ◇
「すいませんライダーさん、貴重な時間をこのようなことに……」
「なあに良い良い、どうせBー4は禁止エリアにされてしもうたからなあ。
こっからGー4、Hー4は程近い。少しくらい道草を食っても時間はあり余る」
アルルゥに頭を下げさせ、己も身を低くしながら、沙都子はイスカンダルの背中を追った。目指すは先程入った部屋の一つである上映室。グラハムはフィルムを探しに何処かへと消えていった。
入った先にあるのはやはり暗闇、そして沈黙。
本来ならば十ダースの人が入り乱れるこの場所にあって、たった三人というのは何処か坐りが悪かった。
椅子達の無言の視線に目を逸らしながら向かうは背中の先。先導者の征く末。
これ幸いとばかりに2人分の椅子にどかりと腰を下ろした征服王の横に、小さく座る女児二人。
位置はやはりど真ん中、中央、分かりやすい特等席だ。
「それに、ただの道草とは限らんよ。やもすると、我ら以外の参加者がここに寄るかも知れん。
余はともかく、お前達にここしばらくは堪えただろうて。たまには気分を洗濯せねばな。
あれだ、ポジティブシンキング、リフレッシュというやつだ」
雷鳴のように響く太い声。大男はやはり声も大きかった。
豪快に笑う髭丈夫に頭の中で二度感謝を述べながら、沙都子は己の横に目を向ける。
アルルゥ。自分と同じく大切な存在を失い続けている少女。
見える表情は相変わらず起伏に乏しく、何を考えているのか読みにくい。
元々こういう娘だったのか、それとも、相次ぐ悲劇に変わってしまったのか。
分からない。出会ってからさほど過ぎぬ関係である以上、表層は読めてもその奥まで覗けない。
いや、もしかしたら覗くのが怖いのかも知れない、と考えると自らが急に矮小なものに見えた。
これでは行けない、と萎んだ気持ちを引き締める。
自分が頑張らなければ行けないのだ。「ねーねー」である自分が。
「ふ……ふわぁぁ……」
そう誓ったばかりなのに、身体は正直だ。
欠伸を噛み殺しながら、こちらを見たアルルゥに少し紅潮した頬で微笑みかける。
柔らかな椅子の背もたれに頭を預け、放心した状態。少し眠たい。
いつもなら部活を終え、梨花と野菜炒めを食べ終えている時間帯だろうか。
零時から気絶した時を除いて動きっぱなしの脳が休息を叫ぶ。
映画が始まるまでどれくらいだろう、アルルゥに起こして貰えばいいか。
ぼうっとした頭がやけに重たく、少しだけ、と目を閉じた。
☆
夢を、夢を見ていた気がする。
とても悲しくて、辛くて、目を背けたくなるような、そんな夢を。
夢の中の私は、大切な人を崖の上から突き飛ばしていて。
夢の中の私は、大切な人を橋から突き落としていて。
夢の中の私は、大切な人を包丁で刺し殺していて。
『どうして、こんなことに……』
誰かの声がした。いや、あれは自分の声だ。
忘れていた、いや、体験したはずのない記憶が夢幻世界を流れていく。
一欠片の惨劇が大量に。塵も積もれば山となる。
耳を覆い、目を閉じたが、無駄だった。夢に常識は通用しないらしい。
嫌な悪夢だ、と心の底から思った、その時。
大きな大きな闇が、夢の中の視界を覆った。
ひそひそと、無数の何かが黒靄の中で言葉を紡いでいる。
それは誰の声だったか。聞いたことがあるような、無いような。
それは、誰かの誹謗中傷だったかも知れない。
それは、言いようのなく黒い、負の塊だったかも知れない。
それは、全てを疑う悲しい叫びだったのかも知れない。
それは、死の間際に発せられた醜い断末魔だったのかもしれない。
もしかしたらそれは、私の妄想だったのかも知れない。
くすくすと、嘲りを顕わにしながら、闇は嗤った。
おかしな話だが、その時私は、確かに闇の『口』が開いたのを見た。
『沙都子、貴方も“こちら”にいらっしゃい』
気付けば、私はいつの間にか生えた両足で地を蹴っていた。
必死に走る。前だけを見て。手を前後に振り、スピードを維持する。
呼吸が辛い。足が重い。夢の中なのだから、その辺はご都合主義でも良いだろうに。
後ろを振り向いてはいけない。見たら後悔するような気がして。
何か、ひんやりとした冷気が、ぴた、ぴたと音を立てながら迫ってきているような気がした。
『“こっち”に来たら楽になるのに』
冷気が口をきいた。いくら駆けようがそれは耳元から離れてくれなくて。
頭を振るも、効果はない。ねっとりと、じっくりと、耳を通り頭まで。
甘い、毒々しい蠢きが内側で侵攻を始めている。
走っていたと思っていたが、気付けば前に進んでなどいない。
自分の足も手も何もかもが見えず、視点さえも曖昧だ。
身体が此処にあるという感覚さえも希薄になって、それでも何かから逃げたくて。
ただ、夢の中で藻掻きながら、私はあるかどうかも分からない口を開け、叫んだ。
「助けてっ、■■■■――――!」
誰の名前だったかは、自分でも分からなかった。
☆
「ねーねー、ねーねー、ねーねー!」
「……えっ?」
薄ぼんやりとした覚醒の中、視界を先程までとは違うものが埋めていた。
スクリーンに映るのは、無為の闇ではなく何処か見覚えのある風景。
画面に流れていくのは澄んだ水色、深い緑、空を覆う橙の雲。
アルルゥの声と共に聞こえるのは、懐かしい調べ。
ちょろりちょろりと小川のせせらぎ。
温かな風が森を撫で、ざわざわと木々が呟きを漏らす。
人々が奏でる雑踏の音楽。買い物帰りの主婦達が井戸端会議の五重奏を織り成した。
そして。
『くっそー。今度は絶対に行けたと思ったのに……』
懐かしい声が。
『油断したのが敗因だねぇ圭ちゃん。沙都子は我が部活の中でもとびっきり、はったりが得意だからね』
聞こえてくる。
『全く、圭ちゃんは私の沙都子のことを甘く見すぎです』
それはとても楽しくて。
『はぅ~、ランドセル背負った圭一君かあいいよぉ~、おっ持ち帰りぃぃぃぃぃぃ!』
『圭一、かわいそかわいそなのです☆』
そんなに時間が経っていないのに、何故か懐かしい。
『お~ほっほ。まだまだですわね、圭一さん!』
もう戻らない、幸せな日々。
◇ ◇ ◇
『今日のゲームはチーム対抗神経衰弱だっ!』
『クジで誰と組むか決めるんですよ』
『よおーし、俺が一番乗りだ……②!』
『①……それじゃあ私は梨花ちゃんとだね』
『『③』』
『って私と詩音かぁ、ひひひ、これじゃ勝負は決まったようなモンかなぁ』
『……と言うことは、私が圭一さんとですのね。精々、わたくしの足を引っ張らないように気をつけてくださいませ?』
『言うじゃねえか……この
前原圭一の驚くべき記憶力を前にいつまでもそんな口が叩けると思うなよっ!』
それは何でもない、とある田舎に住む子供達の日常を描いた映画だった。
紅一点ならぬ黒一点、明るさとノリの良さを持ち前に少女達と仲を深めていく転校生、前原圭一。
都会と比べると少ない、だけど皆が仲の良い子供達をまとめる男勝りの委員長、『部活』のリーダー、
園崎魅音。
『かぁいいもの』に目のない優しき心と、名探偵と刑事に渾名されるほどの観察眼を持つ少女、
竜宮レナ。
時には子猫のように、またある時には子狸のように振る舞いその容姿で他者を欺く知能派、村のアイドル、
古手梨花。
園崎魅音の双子の妹、見た目は全く変わらずともその強かさは姉をも上回る姉御、興宮から遊びにやってくる
園崎詩音。
そして、彼、彼女たちと共に生活を送る少女、北条沙都子。
彼らの日常は青春という二文字で輝いていた。
授業が終わると始まる『部活』で日が暮れるまで遊びほうけ、そんな日がずっと続いていく。
時には喧嘩をし、時には隠し事をしたりもするけれど、彼らは満ち足りた生活を送っていたに違いない。
この映像を見ただけでそれが分かるというのだから、このフィルムを作った人物はさほど腕が良いのだろう。
そんな映画を見ているのは、現時点においてたったの二人。
がらんとした上映室に気兼ねすることもなく、白い幕に映る『物語』を鑑賞している。
二人は一声も喋らず、模範的な客としてのつとめを果たしているようにみえた。
少女達の嬌声、少年の間抜けな叫び。蜩が我関せずと言うように雌を呼ぶ叫びを発している。
『何が驚くべき記憶力ですの!結局圭一さんのせいで私まで罰ゲームを……』
『だ、だってよぉ。まさかトランプ4ケースも使ってやるとは夢にも……』
『甘いねえ圭ちゃん、我が部活で普通の神経衰弱をすると思うとは、修行が足りないよ』
『見ていないところでカードを動かし放題っていうのも最初から気付くべきでしたねぇ』
『圭一、沙都子、かわいそかわいそなのです』
『はうぅぅぅぅぅぅ、圭一君も沙都子ちゃんもかあいいよぉぉぉぉぉぉ、おっもちかえりいいいいいいいいいいいい!』
『ヤバイっ、逃げるぞ沙都子!』
『ちょ、ちょっと圭一さん、そんなに強く腕を引っ張らないで……』
二つの影の間に流れた沈黙を、不意に破る音がした。
静かに、だけど確かに、片方の影が無挙動で立ち上がる。
トイレに行きたい、というには見えず、事実その場を離れようともしない。
その表情はどこか呆けているようで、それでいて、何かを覚悟しているよう。
行儀悪く組んでいた足を地に下ろし、目線は己の横の席に。
しかし、もう片割れは映画の視聴に熱心なせいか、顔を一ミリも動かさない。
待つ。待つ。待つ。反応、無し。
立った方は歯軋りを漏らしながらも、隣の大男に己の意思を表明した。
「おっさん」
「なんだ」
「殴ってくれ」
「よしきた」
ようやく流れた会話と共に、流れるような裏拳が男、グラハム・スペクターにぶち込まれた。
そのまま椅子に換算して十あまりの距離を空中で過ごし、落下。背中に鈍い衝撃。
力を入れたように見えないただの裏拳が、人を一人、盛大に跳ね飛ばしていた。
普通の人間が見ればCG合成映像としか思えない光景を、しかし今は見ている者もなく。
裏拳を叩き込んだ男、イスカンダルは何事もなかったかのように映画鑑賞を再開した。
叩き込まれた方、グラハムも何ら疑問を抱いていないように、身体をふらつかせつつ、元の椅子に座り込む。
『さあ沙都子、これからカボチャだけじゃなく、ナス、ピーマン、アスパラガスも制覇していきましょうね』
『冗談はごめんですわー!』
クライマックス。園崎詩音と北条沙都子が笑い合っている映像を最後に、それはプツンと切れた。
制作スタッフや俳優の名前などが流れる時間は、無い。当たり前なのかも知れないが。
時間が過ぎ、何も映らなくなった一つの世界。
あり得たかも知れない未来であり、あったかもしれない過去。
そして、今はもう望むことが出来ない現実を克明に写しだしていた。
二人は上映室を後にして、自販機の前に設置されていた長いすに尻をおろした。
とっくの昔に解体されていた機械の中から、温くなっているコーヒーを二つかみ。
返す手でライダーに放り投げ、残った方に手を付ける。
「しかし殴っておいてアレだが、圭一の件も沙都子の件もおぬしに責任はないと思うぞ?」
「人の自己満足にケチつけるんじゃねえよ」
プルタブを開け、一気に流し込む。
顔が歪むその苦さは無糖ブラックのためか。それとも己の犯した所行のせいか。
口内に流れ込む黒い液体は彼を激しく責め立たせる。じわりじわりと身体の芯に染みていく。
それを甘んじて受けながら、飲み干した。大きく一息を吐く。
舌の苦みは消えて行けども、苦い後悔は後から後から着いてくる。
ましてや、心の傷などというモノは永久保存ものの苦みだろう。
ちょっとしたら戻ってくる、と顔を背けながら出て行った少女の背中を思い出し、空になった缶を握りつぶした。
「さて、そろそろ本命にいくとするか?」
「……ああ、そうだな」
疲れているだろうから預かろう。
そんな建前と共に預かった北条沙都子とアルルゥのデイパック。
駅内の隠れた部屋にて発見した一枚のフィルム。『はじまり』と書かれたそれ。
一言で言うと、胡散臭いに尽きる。
わざわざ殺し合いの場に隠し部屋、そして映画を見るための道具を用意する意図がつかめない。
グラハムもイスカンダルも、これは何かの罠では無いかと珍しく意見が一致した。
この世界は不思議で満ちている。
サーヴァントは受肉出来ず、無くなるはずのない宝具が奪われ。
魔物、と形容できそうな大きな蜂や意志を持つ岩、それらを収容するボール。
象へと変貌する奇妙な剣に、挙げ句の果てには質量保存を無視する鞄。
映画フィルムと侮るなかれ。どんなことが起こってもおかしくはない。
例えば、見た者が発狂して、人殺しに快楽を覚えるようになるだとか。
例えば、映る映像の中から本物の化け物が現実に現れたりだとか。
何が起こるか分からないモノを、守るべき二人の少女に見せるわけにはいかなかった。
「しかしまあ皮肉なものよな、策を弄せずしてあの二人と離れることが出来るとは」
「おい、次言ったらぶっ壊すぞ、おっさん」
「冗談の一つや二つ言わせろい、それに、いつかは分かることだろうが」
帰ってこない日常。
戻れない今までの世界。
それは、いつかは実感しなければならない。
例え、今から誰も欠けずに元の世界に戻ったとしても。
今までに欠けた人間は、そこにはいない。あるのは非情な現実。
ただの子供にはあまりにも辛いそれは、今見せるべきではなかったのかも知れない。
だが、その後悔さえも過去のもの。取り戻せないもの。
うじうじしている暇があったら動け、とグラハムは自分に喝を入れる。
あの二人と離れたおかげで、こそこそすることもなくフィルムを確認できることもまた事実。
今はただ、胡散臭いアレを確認することが重要である。
「命の恩人Aの友人……いや、北条沙都子。
後で会ったら百万発は殴らせてやる。だから今は……」
呟いた一人言は伝えるべき相手には届かず、廊下の奥に吸い込まれた。
その沈黙を返答として、二本と二本、合計四本の足は少女達の安寧を望みながら歩き出す。
重たい足音を響かせながら、解体屋と征服王は映写室へと足を踏み入れた。
【G-6映画館内 /一日目 夜中】
【チーム名:○同盟ライダー組】
1:主催者の打倒。
2:E-2駅からG-7駅に向かい、映画館、消防署、モールを訪れ21時までにB-4民家へ向かう。禁止エリアの場合H-4、G-4へ。
2:
サカキ、
ミュウツー、片目の男(
カズマ)、赤髪の男(クレア)、リヴィオ、ラッド、電気の少女(美琴)を警戒。
クレアという女性、佐山、小鳥遊、アルルゥ、ヴァッシュを信用。アーチャーはやや信用。
ハクオロも一応信用。 真紅は情報不足で保留。
【ライダー(征服王イスカンダル)@Fate/Zero】
[状態]:魔力消費(中)、疲労(中)、腹部にダメージ(大)、全身に傷(小)および火傷(小) 腕に○印
[装備]:包帯、象剣ファンクフリード@ONE PIECE、
[道具]:基本支給品一式×3 、無毀なる湖光@Fate/Zero
イリアス英語版、各作品世界の地図、ウシウシの実・野牛(モデル・バイソン)@ワンピース、
探知機、エレンディラのスーツケース(残弾90%)@トライガン・マキシマム
ヤマハV-MAX@Fate/zero 、支給品×2<アルルゥ、仗助>
不明支給品(0~1)<仗助> 、ひらりマント、
トウカの刀@うたわれるもの
[思考・状況]
0:怪しげなフィルムを確認する。
1:バトルロワイアルにおいて自らの軍勢で優勝。
2:首輪を外すための手段を模索する。
3:北条沙都子とアルルゥを守る。
4:サーヴァントの宝具を集めて戦力にする。
5:有望な強者がいたら部下に勧誘する。
【備考】
※原作ギルガメッシュ戦後よりの参戦です。
※臣下を引きつれ優勝しギラーミンと戦い勝利しようと考えています。
本当にライダーと臣下達のみ残った場合ギラーミンがそれを認めるかは不明です。
※
レッド・レナ・チョッパー・グラハムの力を見極め改めて臣下にしようとしています。
※『○』同盟の仲間の情報を聞きました。
※自分は既に受肉させられているのではと考えています。
※ブケファラス召喚には制限でいつもより魔力を消費します
※北条沙都子、アルルゥもまずは同盟に勧誘して、見極めようとしています。
※現在の魔力残量では『王の軍勢』をあと一度しか発動できません
※別世界から呼ばれたということを信じました。
※会場のループを知りました。
※アルルゥのデイパックを預かっています。
【
グラハム・スペクター@BACCANO!】
[状態]:疲労(中) ダメージ(中) 青いツナギ姿(いくらか傷) 腕に○印
[装備]: 包帯 小型レンチ スモーカー大佐の十手@ONE PIECE
[道具]:支給品一式、(一食分、水1/10消費。うち磁石は破損)、スペアポケット@
ドラえもん、かぁいい服
海楼石の網@ONEPIECE、
クリストファー・シャルドレードのデイパック
レッドのニョロ@ポケットモンスターSPECIAL、 支給品一式×2<沙都子、
翠星石>、グラン・メテオ@ポケットモンスターSPECIAL、
翠星石のローザミスティカ@ローゼンメイデン、翠星石の亡骸首輪つき、
蒼星石の足@ローゼンメイデン
雛苺のローザミスティカ@ローゼンメイデン、オープニングの映像資料@○ロワオリジナル
カビゴンのモンスターボール@ポケットモンスターSPECIAL、ゴローニャのモンスターボール@ポケットモンスターSPECIAL
[思考・状況]
1:怪しげなフィルムを確認する。
2:北条沙都子とアルルゥは守り抜く。
3:
ウソップやレッドを殺した者を壊す。
4:イスカンダルに敵意。
5:殺し合い自体壊す。
6:ラッドの兄貴と合流、交渉。兄貴がギラーミンを決定的に壊す!
7:イスカンダルの勧誘は断固拒否。
※レッドたちがクレアを信用していることを知りません。
※『○』同盟の仲間の情報を聞きました。
※ライダーからの伝聞により劇場での顛末を知りました。
※クリストファー・シャルドレードのデイパックは、便宜的にグラハムが預かっています。
中身……大きめの首輪<ドラえもん>、基本支給品一式<
エルルゥ>、マスケット銃用の弾丸50発
アミウダケ@ワンピース 、サカキのスピアー@ポケットモンスターSPECIAL
庭師の如雨露@ローゼンメイデン、グロック17@BLACK LAGOON(残弾0/17、予備弾薬15)
悟史の金属バット@ひぐらしのなく頃に
※北条沙都子のデイパックを預かっています。
あるるぅはただ、えいがをみたかっただけなのに。
「ねーねー、ねーねー!」
あるるぅはたのまれてたから、えいががはじまったらねーねーをおこしてあげた。
ねーねーがこっちにもあっちにもいた。こっちのねーねーはすごいおどろいてた。
ねーねーはすごくかなしそうなかおで、でも、むりやりわらいながらでていった。
あるるぅははじまったえいがをすごくみたかったけど、でも、なぜかねーねーのことがきになって。
「ねーねー、どこー?」
だから、らいだーに「さがしてくる」っていったら「そうか」っていわれて。
あるるぅはねーねーをさがしている。
あのおとこのこ、おんなのこたちは、ねーねーのともだちだったんだろうか。
あっちのねーねーはとってもたのしそうにしてたのに。
こっちのねーねーはいつでも、どこかかなしそうなかおをしてた。
「ねーねー、ねーねー、どこー?」
もしかして、あるるぅのせいなんだろうか。
あるるぅがいつもないてるから、ねーねーはかなしいきもちになったんだろうか。
わからない。でも、ねーねーがすごくかなしんでることはわかる。
あるるぅはいつもたすけてもらってばかりいたから。
こんどは、あるるぅがねーねーをたすけなきゃいけない。
そうしないと、ねーねーもどこかとおくにいってしまうきがして。
「ねーねー、ねーねー、ねーねー!」
だからあるるぅは、ねーねーをさがしている。
ねーねー、あなたはいま、どこにいますか?
【アルルゥ@うたわれるもの】
[状態]深い悲しみ、ダメージ(小)
[装備]無し
[道具]無し
[思考・状況]
0:ねーねーを探す
1:もう誰とも別れたくない
2:鳩………
※ここが危険な場所である事はなんとなく理解しましたがまだ正確な事態は掴めていません。
※放送の内容を理解しました。エルルゥ達の死も認識しています。
北条沙都子は、スタッフ専用の女性用トイレの個室に独りで隠っていた。
何度も流した涙を再び目に溜めて、小さな嗚咽を漏らしながら。
もう会えない彼らのことを思い、自分の弱さを嘆き、泣いていた。
沙都子は何故か知っている、識っている。
自分は仲間達に励まされ、暴力を振るう意地悪な叔父に抗ったことを。
その世界で、彼女はすべきだったこと、困難に立ち向かい、戦うことを学んだ。
電話越しに貰った、確かな勇気。揺らぐ事なき救済の気持ち。
兄の勇敢さを知り、己の愚かさを知り、そして、意志があれば変われることを知った。
だけど、彼女はそれを知っただけで、実際に行った訳ではないのだ。
沙都子がこの地に連れてこられる前に見た最後の光景は、叔父がこちらに下卑た笑みを見せながら歩いてくるところで。
だから彼女は、『始まる以前から』絶望と恐怖を抱きながらバトルロワイヤルに参加させられた。
その結果の、暴走。恐ろしい容姿のクリスを前に逃走。追いつかれると躊躇なく攻撃。
もしも翠星石の頑張りが、別の世界を思い出す奇跡が無ければ、失意のまま死亡していただろう。
試練は乗り越えられてはいない。
帰ったところであの叔父が待っている。
あの奇跡で見た仲間達は、もう半分もいない。
夢で見た闇により最も身近な驚異、叔父のことが思い浮かび。
現実で見た光により、最も身近な仲間、圭一、魅音、詩音がもういないことが思い浮かび。
(泣いちゃ駄目です、私はアルルゥのねーねーなんですから……)
感情が瞳から決壊する前に、彼女はその場から逃げ出していた。
アルルゥに泣くところを見られたくなくて。
己が弱さを、あの純粋な目でじっと覗かれることが怖くて。
今まで守られ続けていた沙都子は、始めての「守る側」として間違った道を進みつつあった。
辛いこと全てを背負い、アルルゥの前で弱音一つ出さず、「ねーねー」として有り続けようとした。
それこそ、自分が「ねーねー」としてあるべき姿だと思ったから。
幼き弱き少女がそんなことを続けられる筈がなかった。
彼女が選び取ったのは茨の道と言っても過言ではない。
思いっきり泣く。思うがままに叫ぶ。それは己の感情をぶちまけると言うこと。
海の底よりも深い悲しみを世界に伝播するということ。
燃えさかる火炎のような怒りを世界にぶつけるということ。
内に眠った感情の奔流を開放し、そして、それを出し切るということ。
それが出来ない、いや、沙都子の勝手な義務感によって、しない。
ひょっとしたらそれは、義務感という言葉で包んだ、只の我が儘。
自分が強くなったことを証明したくて、必死で行った只のやせ我慢。
一日にも満たぬ短い間に起こったあまりにも多くの悲劇は、心を少しずつ、少しずつ削っていた。
「ひっく……うう、っく……」
意志に反して流れ続ける、温かなしずく。
ぽたり、ぽたりと、自制を超えた悲嘆の証が落ちていく。
早く止まって。早く終わって。願いは届かず、望みは果てなく。
しゃくりあげ、嗚咽が誰にも聞こえないよう必死で堪え。
泣き虫は、思うように泣けない世界で、一人戦っていた。
アルルゥの「ねーねー」で有り続けるために。格好悪い感情を抑えるために。
悲しみは我慢するものではなく、乗り越えるものだということも気付かぬまま。
独りで、独りぼっちで戦っていた。
【G-7駅前 /一日目 夜】
【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康、L3、深い悲しみ
[装備]:無し
[道具]無し
[思考・状況]
0:今は……
1:絶対にアルルゥを守り抜く。
2:ライダーとグラハムについていって、部活メンバーの生き残りと合流する。
3:真紅にローザミスティカを届ける。
水銀燈には渡さない。
4:鳩に付けた手紙が無事に梨花達に届きますように。
※参戦時期は『皆殺し編』にて、帰ってきた北条鉄平と出会った直後です。
※名簿は確認したようです。
※雛見沢症候群の進度は具体的には不明。L5まで進行した場合、極度の疑心暗鬼と曲解傾向、事実を間違って認識し続ける、などの症状が現れます。
説得による鎮静は難しいですが不可能ではありません。治療薬があれば鎮静は可能ですが、この場にあるかどうかは不明です。
※真紅、蒼星石、水銀燈に関しては名前しか知りません。
※アルルゥの名を仗助から聞きましたが、アルルゥの家族の詳細についてはまだ把握していません(エルルゥ=姉のみ把握しました)
※ゼロと情報交換しましたが、どこまで教えられたかは不明です。
※映画館に行けばDISCの中身を見ることが出来ると思っています。
※地下道には何かがあるのではと考えています。
皆が皆、誰かを救うために行動している。
だけど、必ずしもそれは最善の実を結ぶはずがなく。
彼らの間に生じたズレは微妙に、少しずつ、大きくなっていく。
悪戯な運命が惨劇を加速させ、擦れ違いの連続が惨事の芽を育てていく。
四つの歯車が完全に噛み合わなくなった時、生じるのは機能停止か、分解か。
血の如く真っ赤な一の目を六の目に変える救い手は、果たして存在するのか。
機械仕掛けの神(Deus ex machina)《悲劇終焉装置》なんてものは、現実にはないのだけれど。
◇ ◇ ◇
『もしもこの世に神様ってのがいるのなら、そいつはよっぽど性悪で、意地悪で、人間みたいな奴なんだろうね』
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2012年12月05日 03:08