「霧谷三佐……何をしているんですか」
「こっちの台詞だって」
ストラウル跡地。廃ビルから降りてきた「三佐」こと霧谷 操……
アルニカは、ニット帽の少年の問いにそう返した。
「しかし、君があの『アルマ』とはね……ゲンブ君の知己らしいから、もう少し年食ってるかと思ったんだけど」
「ゲンブさんはあれでも二十なんですが」
忘れがちだがゲンブも若造である。
「まあ、それより」
「何をしていたか、っていうならこっちが尋ねたいね。ここで何があったの? 大体は一哉君から聞いたけれども」
「実は……」
アルマが語った内容は、一哉がアルニカに話したものと大体同じだった。一連の話を受け、ふうむ、とアルニカは腕を組む。
「一哉君が投げられたのはそれでか……それでその、美琴、だっけ? その子が正気を失っているっていうのは……」
「恐らくは何らかの能力の影響を受けたものかと。俺の情報網では、彼女は苛めを受けてはいましたが、全く意に介していない……というか、そもそも苛められていることにすら気づいていなかったので」
暖簾に腕押し、糠に釘状態だったらしい。では、何の要因で?
「能力、なのかねぇ?」
「その可能性が高いかと思われます、三佐。それと」
背後に立つ少女、
夜波 マナに目を向けると、彼女はアルニカに向けて小さくお辞儀をし、続きを促す。
「彼女からの情報で、この一件の黒幕が判明しました」
それは?
「最重要危険人物認定、
ヴァイス=シュヴァルツです」
「な……」
思わず絶句した。能力者どころか人間とすら言い難い、壊れた倫理観の持ち主。人を思いのままに操り、使い潰して捨てる最悪のシナリオライター。
その男が、今回の事件の犯人だというのか。
「三佐。自分はこの後、
崎原 美琴の捜索及び保護に当たります。よろしければ、協力を願いたいのですが」
「ボクは構わないよ。けど……」
アルニカが気遣わしげに目を向けるのは、背後に立つ少年・一哉。
その彼が、意を決した風に口を開く。
「僕も、連れて行ってください。このまま放っておけない……!」
「…………」
しばしの黙考を経て、アルマは一哉に応えた。
「わかった。ただし、自分の身は自分で守れ。今の彼女は、見境がない。俺の方も余裕はない」
「はい!」
返事を待っていたかのように、ここまで沈黙を通していた海猫が4人を見回し、毅然として言った。
「そうと決まれば、行動開始だね。あの子を見つけて手を打つのは、早ければ早いほどいい」
「そうだな。まずは……」
と、アルマが行動方針を提示しようとした瞬間だ。
突如、その携帯が着信を告げた。
「なに?」
これは仕事用の特別製だ。アドレスを知っているのは、ゲンブの他には一人。
「こちらアルマ。冬也、どうした」
『も、もしもし!? た、大変なんです! 崎原さんを今発見したんですが……!』
少し、時間が捲き戻る。
シスイを目的地……ツバメの家まで送ったゲンブは、その足でザルクを自宅に送り届けていた。
「ここまででいいか?」
「はい。すみません、どうも」
ぺこりと礼をするザルクに軽く返し、ゲンブはさて、と
レストランに足を向ける。
が、そうしようとした矢先に携帯がなった。
「何だ、こんな時に……ん?」
鳴っていたのは、内ポケットに入れておいた連絡用のもの。
続けてアルマが報告した事項は、
「なん……だとぉっ!?」
水波 ゲンブを、そのように驚愕させる程度の内容であった。事態を一瞬おいて理解したゲンブは、
「わ、わかった、すぐに向かう!」
それだけ答え、通話を切ると、慌ただしく踵を返す。
そして、一目散に報告された場所へダッシュをかけた。
(ええい、厄介なことになったものだ!)
―――そして、その後ろを追う一つの影。
(何だ、何を急いでいる、ゲンブ……何が起きたというのだ)
「やめろォォォォォッ!!!」
笙子に放たれた黒い星弾が、その叫び声と共に後方から放たれた電撃……否、雷撃に打たれて一発残らず爆散した。
笑みを消した美琴が見やる先にいたのは、両手を突き出したロングコートの男。
「ホントーに見境がなくなってやがるな……」
荒く息をつくその男……
霧波 流也は、美琴に、続いてその傍らに立つ男に、鋭い目線を向ける。
「冬也から聞いた時はまさか、と思ったがな……」
「おや、霧波さんではないですか。ご健勝で何よりです」
「お陰様でな」
姿勢を低くしながら、流也は笙子の前に出る。
「お姉さんよ、とりあえずここは下がりな。アンタの手におえる相手じゃねえぞ」
「そうは……行きません。守り人としても、母親としても、ここで引き下がるわけにはいかないのです」
「守人? それに……なるほど」
自分を奮い立たせるように、笙子は拒否を口にする。そのやり取りだけで状況を大体理解した流也は、何をするよりまず叫ぶ。
「司ァッ!」
「はい!」
美琴とヴァイスが振り向いた後ろには、両手に炎を纏わせた
不動 司の姿があった。既に退路を塞いでいる。
(む、これは少々厄介ですね)
少なくとも、いつもの如く逃げの一手は打てそうにない。せっかくここまで美琴が壊れたというのに、そのためのあと一手を打つだけだというのに。
「仕方がありません。面倒ですが、お相手するとしましょう。そう、
邪魔者は排除しなければ」
「邪魔者……」
その言葉に、誰より美琴が劇的に反応した。
「邪魔、する……消さなきゃ……みんな、消さなきゃ……」
「その通り、邪魔者は消すに限ります。私は後ろの彼を相手にしますので」
言うと、美琴の返事を待たず、ヴァイスはくるりと体を反転させて司に相対する。
「さて……この力、試してみましょうかね」
流也と笙子は、美琴と対峙する。
「お母さんも、コートの人も、ミコトの邪魔をする……邪魔者は、消さなきゃ……」
「……なあ」
「崎原 笙子です」
「俺は霧波 流也だ。それで笙子さんよ、あの子だいぶヤバくねえか? 暴走っつうか、ほとんど狂ってるぞありゃ」
流也の指摘は実の所、かなり当たっていたが肝心な部分で外れていた。現在の美琴は、思考が一点に集中して固定され、それ以外が浮かばない……いわばパニックに近い精神状態に陥っていたのだ。
「……今の私では、恐らく美琴と正面から戦うのは無理でしょう。お願いできますか?」
「OKだ。あのクソ野郎の好きにさせる気はねぇ」
流也が言い終わらないうちに、黒い星弾幕が二人を襲っていた。笙子が咄嗟に星弾を放って散らしたが、それよりも流也が速い。笙子を片腕で抱え、攻撃範囲外に一気に飛び退っていた。そして、彼女を降ろすや否や突撃を駆ける。
「おおおおおおおッ!」
ブリッツフォース……生体電流を自在に操るこの能力で、反射速度を一気に上昇。星弾を人間離れした速度で掻い潜り、首筋に手刀を叩き込む。が、それは突然現れた黒い星に弾かれ、功を奏さなかった。
「ちいッ、さすがに一筋縄じゃいかねぇか!」
流也はこの状態を「フルインストール」と呼んでいる。この時の彼の攻撃速度は不可視の域に達するのだが、それでも防がれるとは予想以上だった。
「邪魔……しないで!」
「悪いな、そうはいかねえんだよ! 第一、親殺しなんか死んでもさせやしねえ!!」
「何で? お母さんはミコトを邪魔するの、だから消すの、それが何でいけないの?」
このやり取りの間に、無数の星弾と不可視の速度で閃くナイフ、そして笙子の援護攻撃が激しくぶつかりあい、相殺している。
状況が非常に厳しいことを見て取った流也は、苦渋の決断を下す。
「笙子さん、ハッキリ言ってあの子は無茶苦茶強ぇ。だから、殺さずってのは考えず殺す気で行くぞ」
「!? 何を……」
「手加減してたらこっちがやられちまう。ヒジョーに不本意だが、本気で殺す気でかかって、それで何とか生かしたまま押さえられるはずだ」
だが実の所、本気で殺す気でかかっても美琴に勝てるかは怪しかった。あの速度に反応して完璧にガードを入れて来るような相手など、正直記憶にない。
が、そんなやり取りをしている間にも攻撃が襲っていた。
「ええい、話もできねぇのか!!」
「もうやめて、美琴! どうしてあなたがこんな……」
「うるさい! 邪魔をする、みんなミコトの邪魔をする……」
言葉が届いているとは思えなかった。声は届いても、意思は届かない。
絶対拒絶の意思と共に放たれた弾幕が、二人を容赦なく打ち据える。
「うおおおおっ!? こ、この!」
「くっ、美琴……」
「消さなきゃ……みんな消さなきゃ……」
譫言のように呟き続ける美琴の周囲に、さらに星弾幕が展開される。しかし、事態はここで二転する。
まず一転、
「三佐! 目標発見!」
「了解、アルマ! ヴァイスはここで押さえる!!」
アルマを先頭に走り込んできた、アルニカ、マナ、一哉、そして海猫。
さらに別の方向からは、
「アルマ! 状況は!」
「見たままだろう、ゲンブ」
アルマの連絡を受けて急行して来たゲンブ、そして彼について現れた謎の影。
その見るからに怪しい風体に、アルマが警戒の声を上げる。
「何者だ?」
「アルマ、こいつは味方だ。
ヴェンデッタという」
答えたのは本人ではなくゲンブだった。だが、今は問答をしている時間が惜しい。
「了解」
そして、もう一転。
「……皆、来ちゃった……さっきの人も……宮藤先輩も、帽子の人も……ミコトの邪魔をしに来た……」
狂気に彩られた呟きと共に、黒の星弾が不気味なほど黒く染まる。まるで、全ての光を拒絶するかのように。
「邪魔者……全部、消えちゃえ……」
そして、
「消えろ……消えろ……消えろォォォォォォォッ!!!!」
美琴のものとは思えない叫びと共に、滞空していた星弾幕が、全周囲に一気に放たれる。
各々咄嗟に防御、あるいは回避を試みる。が、
「ぬおおおっ!?」
背中合わせの形になっていたヴァイスは、その奔流にまともに巻き込まれていた。しかし、ここでさらなる異変が。
ヴァイスの体が一瞬で黒く染まったかと思うと、流体のようになって溶け、消えてしまったのだ。
「何!?」
「ゲンブ、今のは何だ?」
「わからん! 奴にこんな能力は……」
驚愕する一同の中、ただ一人、
「これは……」
アルマだけが、その力を知っていた。
「これは、まさか……」
「知っているのか、アルマ?」
「海猫、これは『ヤミまがい』だ。以前、秋山寺院を襲った『
ピエロ』と名乗る人物……そいつが使った力だ」
その事件はゲンブやアルニカ、流也も星経由だが知っていた。
居合わせた面々が迎撃したのだが、その中にいた
カイムが「閉じられ」、一時生死の境を彷徨う大事となっていたのだ。
「それとは別の力……『ヤミ』という物質を生み出し、それを自在に変化させて様々な行動を可能とする……」
「良くご存知ですね、アルマさん」
「!!!」
背後から声。振り向こうとしたアルマの頭を、裏拳が強打した。
「ぐあっ!?」
ニット帽が吹き飛び、髪が露わになる。立ち上がろうとするその姿を見て、海猫が、冬也が、司が瞠目する。
「え?」
「あ、あの人どこかで……」
「いかん! アルマ、撤退しろッ!!」
「了、解……」
ゲンブの一喝を受け、アルマは物陰に身を隠しながらその場を速やかに立ち去った。アルマの素性はウスワイヤでも極々一部しか知らないトップシークレット。たとえ味方であれ、易々と知られるわけにはいかなかった。
「厄介な御仁が一人減りましたね」
「隙だらけなんだよッ!!」
流也が叫んだ時には既に、不可視の速度で閃いたナイフがヴァイスを薙いでいた。しかし、その体がまたも闇となって溶ける。と思った次の瞬間には、流也は首を掴まれ、思いきり投げ飛ばされていた。
「ぐはァッ!? が、く、くそ、厄介な能力手に入れやがって……!」
再び姿を消し、今度は笙子の背後に現れるヴァイス。間髪入れず、予測していた海猫が躍りかかる。
「アンタみたいな外道には……50Hitコンボだ!!」
海猫の持つ最大級の攻撃パターン、かつては「羅刹行」で無類の格闘能力を誇るゲンブすら瀕死に追いやった必殺技だ。
車いすから飛び出した彼女の一撃目が、現れた瞬間のヴァイスにめり込む。
グギ、と骨が軋む音。
(取った!!)
本体だ。確信した海猫はさらに追撃を加える。アッパーで打ち上げたヴァイスに跳躍で追いすがり、反動と勢いを巧みに利用した連撃を空中で叩き込む。そして、
「トドメだぁぁっ!!」
最後に渾身の蹴り落としで地面に叩きつけ、自分も着地した。が、そこでオーバードライヴの効果が切れ、足から力が抜けて座り込んでしまった。
「ガ、グ、ごは、っ……」
叩きつけられたヴァイスは地面に半ばめり込んで痙攣しており、戦闘能力は奪ったと見えた。
残るは、美琴。未だに暴走が続いており、既に新たな星弾幕が展開され、発射態勢に入っている。
「まずい、今撃たれては海猫が!!」
飛び出したために車椅子から離れ、さらに反作用で動けなくなっている海猫が一番危険だった。このままでは直撃を受けてしまう。ゲンブがフォローに駆けだそうとした時、
「我に任せろ!」
「ここが勝負所ッ!」
ヴェンデッタと一哉が動いていた。ヴェンデッタの放った氷と冷気が星弾に追いすがって凍らせ、それでも届かないものには一哉が割り込み、その体の一部をゲル状に変化させて受け止めた。
「うぐううっ!!」
「三佐、確保を!」
「了解! 海猫君、こっちだ!」
その間隙をついて、アルニカが海猫を確保して車椅子に乗せ、自身も大きく距離を取った。
そして、ここまで沈黙を保った一人、司が、
「捕まえたぁっ!!」
「!!?」
次なる弾幕を用意していた美琴の背後に忍び寄り、羽交い絞めにして動きを封じていた。
「不動、さん、邪魔、する、消え」
もはや支離滅裂な言葉と共に、弾幕を放とうとする美琴。だがそれに先んじて、笙子が司に叫んだ。
「タクトを奪って!」
「!」
司の反応は素早かった。右腕を放すと同時に絡めるようにして滑らせ、美琴の手からタクトを弾き飛ばした。
瞬間、放たれようとしていた弾幕が消え、周囲に静寂が戻った。地面を転がるタクトは物陰にいた冬也がしっかりと確保し、抱えるようにしてその場を離れる。
「いやいや、御見逸れしましたよ皆さん」
突然かけられた声に、全員が振り返った。そこには、全く無傷のヴァイス=シュヴァルツが平然と佇んでいた。
「馬鹿な!? 貴様は海猫が今……」
「あいにくですがね、ヤミまがいをナメていませんか?」
言うや、地面に倒れていたヴァイスの体が黒く染まり、消えた。またも義体だったのだ。
「彼が言うには、このくらいは普通にできるそうですからね」
「おのれ……」
怨嗟の視線もなんのその、とばかりにヴァイスは美琴に目を向ける。美琴も反応し、口を開く。
「負けちゃった……邪魔者、消せなかった……どうしよう……」
「それは仕方がありません。こういうこともあるでしょう」
至極あっさりと言ったヴァイスに、美琴はすがるような視線を向けて言う。
「で、も、不動さんも空橋くんも、みんな、ミコトが邪魔だから……だから、消さないと……」
「ああ、そのことですか?」
ことこの段に至り、ヴェンデッタと司を除く全員が気づいた。
どの案件においても、この男が最終的に狙うもの。
それは、対象となった特定の一人の「破壊」。ならば、ならば、この場においてその一人を、美琴を「破壊」するのにもっとも適した言葉は何だ? それは。それは。それは――――!!!
「!! やめ――――」
ゲンブは遮ろうとしたが、遅かった。そして、ヴァイス=シュヴァルツは言う。
「あれは、嘘です」
美琴の行動を根幹から破壊する、悪魔の一言を。
「え―――?」
壊れた機械のように、司に抱えられたままの美琴は声を漏らした。その彼女に、ヴァイスは容赦なく言葉を投げる。
「そうです。その顔です。ワタシはそれが見たかったのですよ。信じていたものが根幹から破壊された者の、その空虚と絶望の表情が」
「てめえは……!!」
流也の怒りを聞き流し、さらに言う。
「最初に出会ったとき、言いましたね? あなたの友人が、あなたを邪魔に思い、手を回していると」
「そ、そう、そうなんですよね? だから、ミコトは……」
「いいえ、出鱈目ですよ。そんな事実は存在しません」
全く容赦なく、突きつける。
「つまり、アナタの今までの行動は無駄だったのです。思い出してみなさい。手を差し伸べた人を、助けに来た人を、アナタはどうしましたか? 何を以って報いましたか?」
美琴がそれを理解しきる直前のタイミングで、とどめを刺す。
「果たして、彼らは再びアナタを受け入れてくれると思いますか? ワタシでしたら御免ですねぇ」
カタカタと震え出す美琴を見て、満足げに頷く。その彼に、辛うじて立ち上がった流也が問う。
「ヴァイスよ……てめぇ、前に言ったよな? 嘘はつかなくても、言わないことはあるってよ」
「ああ、あれですか? なるほど……では」
そして、彼は嗤った。帽子を片手で押さえ、片手をわざとらしく広げ、
「正直に言いましょう。ワタシは嘘つきなのです」
悪魔の、としか形容できない笑みを、浮かべた。
白き闇の嘲笑、魔術師の崩壊
(演出は成功を収めた)
(この舞台もそろそろ撤収)
(次の脚本を書くとしよう)
(……得てして、現実はそう上手くはいかないものである)
最終更新:2012年07月08日 01:40