その日、
霧波 流也は探偵事務所を後にして出歩いていた。目的地は特に決めていない。
というのも、
「は~、やれやれ。忙しいったらありゃしねえ」
ここ最近立て込んでいた案件が一段落したからだ。中でも最近一番の大騒ぎだった美琴の一件についての後処理が廻って来たおかげで、ここ数日は寝る暇もなかった。そんなわけで、息抜きを兼ねて散歩に出かけた、というわけだ。
「しっかし、あのブラウって奴は何者だ?
ヴァイスの奴とそっくりなカッコしやがって、まぎらわしいったらねえな」
珍しく口調が荒くなるのは、ブラウのことをまだよく知らないためだ。ただ、知っていても胡散臭いのは同じだが。
そんなこんなでぶらぶらと歩いていると、見覚えのある場所に出た。
平原、そしてその真ん中に立つ一本の大木。
百物語組の顔(?)馴染み、アカノミ。
「欲望の巨木」という怪談によって存在を定義された、怪異の中でも際立った異端の一人。
『……あぁ、「東」か。何か久しぶりだね』
「? ……何かあったのか?」
妙に重い声音が気にかかり、何か起きたのかと問うてみる。帰ってきた答えは、彼の仲間の一人であるキリという怪異が消滅した、というものだった。
とはいえ、流也はキリとあまり面識がない。
「うーむ、聞いたことはあるが……そいつが?」
『ああ……。それで……』
さらにアカノミは、少し前にミナから伝えられたことを含め、現在の動向を話した。
具体的には、彼らの主である春美の能力を利用し、百物語の後に現れる最後の怪異としてキリを呼び戻そう、という作戦が進行していること。
その途中で一部のメンバーが仲たがいを起こしたこと。
だが、その位置には「青行燈」なる先客が存在し、先行きが不透明なこと。
それらに関する情報が
カイムを通じて謎の男からもたらされたこと。
「……ちょっと来ない間にかなりヤバいことになってるな」
『それだけじゃないんだよ』
続けて語られたのは、同じく百物語組である
タマモと、彼女が拾ったという「おりん」なる女の子を巡る一件。聞き終えた流也は、「むぅ」と唸り腕を組んだ。
「……まさに混沌、ってわけか。色んな勢力が次から次へ出てきやがって、頭が痛えぞ」
『元々いかせのごれ自体にそういう傾向はあるけれど……』
「それにしたってこれは異常だろ。前に話したみたいに、いかせのごれ自体が『アンバランスゾーン』と言えるけどよ、それを差っ引いても現状はどうかしてるだろ」
『それは同感だけどね……』
珍しく疲れたような声音で、「欲望の巨木」は呟いた。
「俺もどうにかしてやりたいが……星の姐さんが此処の所忙しくてな。動くに動けねえ」
『大変なのは「南」と「北」もみたいだよ、「東」』
「は?」
同時刻、ウスワイヤ。
データ取りの続きで模擬戦を行っていたスザクは、相手をしていた隊員が退出するのを目で見送りつつ、大きく息をついた。
この新しい力―――ついさっきまたも現れて去ったブラウ曰く「焔天朱鳥」―――にも随分と慣れたが、一番の変化である飛行能力についてはまだまだ訓練の余地があった。
「飛べる能力者って意外と少ないんだよな……誰に聞けばいいんだろう」
思いつつ、頭の中にこれまで出会って来た能力者たちを思い浮かべる。
彼らと出会った時の出来事が次々と頭をよぎる中、ふと彼女の頭を疑問が過った。
「……あれ?」
それは、彼女とゲンブがいかせのごれにやって来た頃。あれから随分と時間が経ち、自分もゲンブも大きくなった。
それは事実だ。だが、そこに当然付随する、もうひとつの事実。
「……今、何年の何月何日だ? 僕がここに来てから、どれくらい経った?」
普段、気にしているはずなのに自然とスルーしている、年月日。計算だけならあれから10年少々経っているはずだが、当時何年だったかが思い出せない。とりあえず今の日付を見ようと携帯を取り出し、開く。
「えーっと……」
ディスプレイに表示された西暦を見て、頭の中でさっと計算――――
「……!?」
――――しようとして、強烈な違和感が襲った。
(……どういうことだ!? この日付から10年前なら、いかせのごれはまだ封じられていたはず……それじゃ、どうして僕はここに!?)
(いや、それよりも高校に入ってどれくらい経った? 今僕は2年生……)
(ちょっと待て、待ってくれ!! あれから4回近く新年を祝った覚えがあるぞ!? どういうことだ、一体どうなって――――)
「!! ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」
思考が核心に至ろうとした瞬間、スザクを凄まじい頭痛が襲った。割られた頭をさらにハンマーで殴りつけられているような、筆舌に尽くしがたい激痛。呼吸すらままならず、遠のく意識の中に声が響いていた。
―――考えるな。
―――答えは出ない。
―――出す必要はない。
―――然るべき時まで、今を謳歌せよ。
「――――!?」
突然世界が戻って来た。見回すが、誰もいない。
どうやら模擬戦の後、疲れて少し居眠りをしてしまったらしい。
「……少し休むかな」
体をほぐすように動かしつつ、スザクも訓練区画を後にした。
「それにしても飛行能力かぁ……誰に聞こうかな」
――― 一つの事象がリセットされたことは、誰も知らない。
多忙の東、飛翔の南
(彼女の抱く疑問)
(それに答えが与えられることは)
(―――この先も、ない)
最終更新:2013年03月03日 20:52