アットウィキロゴ

狂気と翼のオラトリオ

いかせのごれ高校用務員、桐山 貴子は戦慄していた。
なぜなら、目の前にある男がいたからだ。
鋭い緑の瞳、背中まで伸びた黒髪。
ホウオウグループ開発部―――――ゼア。

「どうも、3年ぶりですか? お元気そうで」
「―――――!!」

丁寧な物腰で話しかけられた瞬間、全身がこわばって動かなくなった。抗えない恐怖によるものだ。
トキコとの話でちらりと出たのだが、この男、能力者らしい。ただの一般人に過ぎない自分など、塵と変わりない。
そもそも、なぜゼアがこんな所――――いかせのごれ高校まで堂々と現れたのかが疑問だった。
その理由は―――思い当たる節があった。しかし、それは当の本人から否定された。

「そう警戒せずに。私がここに来たのは、何も報告を止めているあなたを粛清するためではありません」

気付かれている――――それがわかり、喉がからからに乾く。しかし、ゼアの方は全く意に介していない。

「不思議ですか? フフ、トキコと言い、あなたと言い、我々を……なにより、あの方を甘く見過ぎですね。その程度のことは、既にわかっているのですよ。この学校だけでも多くの潜在能力者が存在し、なおかつ、あなたもトキコもそれを故意に報告していないことを」
「そ、れは……!」
「言い逃れは出来ませんよ? まあ、だからと言って、あなたをどうこうはしませんが」
「なぜ……」

聞いてしまってからしまった、と思った。それで相手の気が変わったらどうするのだ。
戦慄する貴子の前で、しかしゼアは言う。

「あなたは末端の構成員に過ぎず、しかも取り立てて能力を持たない平凡な人間。我々はその程度の人員なら確保の当てはいくらでもあります。ならば」
「ならば……?」
「わざわざあなたを殺すという、無駄な手間をかける必要はありません。放っておけばいいのです」

見逃されている。その事実にやっと理解が及び、タカコはへなへなとその場に座り込んでしまった。それを見降ろし、開発部の男は呟く。

「離反するならご自由に。もっとも、その後の居場所があるかは知りませんが」
「!!」
「理解したようですね。では、これにて」

言うだけ言って踵を返し、さっさとその場を立ち去るゼア。残されたタカコは、静流が通りかかって声をかけてくれるまで、その場を動くことが出来なかった。



「鳥さん、とーりさん、あーそーぼっ」
「だから、何で僕が……」

教室で席に座る僕は、いい加減しつこいトキコのアプローチに辟易していた。何だって僕にここまで関わるのか。

(なあ、わかってるのか? 僕はお前の敵なんだぞ?)
(違うよ~。鳥さんは友達だもん)

どこがだ、と言おうとして止めた。学校にいる時のトキコは、一人の学生に過ぎないからだ。それ以外で何をしているのか、僕は知らない。
ホウオウグループとして動いているのかもしれないが、単独行動をしている以上調べる方法がない。この時ばかりは組織に属していないことが痛い。シスイ当たりに訊いて見ようか?
知りたい。何をしている? どこにいる? 何を考えている? 何がしたい? 何がほしい? 何が望みだ?
僕は、お前を――――。

「ッ!?」

慌てて思考を中断した。――――僕は、今、何を、考えていた?
ふと気付くと、体にかかる重みがない。振り向くと、トキコは既にスイネやののかとガールズトークに花を咲かせていた。

「……こうして見てる分には、普通の子なんだけどなぁ」

その裏に隠れた狂気を知る僕としては、どうにも警戒が解けない。そもそも何がしたいのかさっぱりわからない。
僕の恋路を邪魔するかと思えば、時に人を巻き込んで応援しようとする。ホウオウグループである以上敵―――そう断ずるには、トキコはあまりに不可解な存在だった。
どうするにしても、彼女の動向やその裏の真意を知らねば対応にならない。そのためにも目が離せない。離すわけにはいかない。離したく――――。

「……待て。どうしたんだ、火波 スザク。お前は何を考えているんだ」

妙な方向に跳びそうになった思考を引き戻す。というか、トキコを警戒するだけのことに、何でこんなに理由が必要なんだ。殺意すら抱くほどの相手をここまで気にする理由は何だ。

「……敵、だからだよな」

それしか浮かばなかった。――――この辺にしておこう。どうも今日は調子が変だ。
この後は音楽の時間だ、ネイロの演奏でゆっくりと癒されるとしよう。



――――素直な人は長生きする。誰かがそう言っていた。
だから私は、鳥さんが好き。強いし、面白い。何だかんだ言って、学校の中では決して手を出して来ないし。
笑顔も泣き顔も悪くないけど、一番好きなのは鳥さんの怒った顔。ぶつけられない怒りが高まるのを見るのは、何となく楽しい。

「んん~、たまには自分で探してみるもんだね~」
「? トキコさん、何か言いました?」
「なんにも~」

首を傾げるスイネちゃんを軽くかわして、再び話に戻る。目の前のこの子もそうだけど、素直な人はいい。下手に意地を張る人はつまんない。リオ君もそうだった。
この間、ユーイちゃんにぶつかった不良を皆殺しにした後のリオ君に言ってあげた。

『…リオ君さー、もしあの人にユーイちゃんを殺せ、て言われたら、殺せる?』

そしたら面白いぐらいに詰まってた。正直だといいことあるよ、きっと。
……まあ、その後の片付けと証拠隠滅やらされたのはちょっとあれだけど。

「……それにしても」

このいかせのごれ高校は、ちょっと妙だ。悪夢持ちだけでも20人を軽く越えてるし、それ以外含めれば全校の4割近く能力者がいる。タカコか私が報告すれば真っ先にアイ辺りが動きそうなものだけど、その気配はまったくない。

「……なんか、別の用事かな?」

ま、考えても仕方ない。グループの一員って言っても、私は特段重要な事を知らされてるわけでもないし、今まで通り楽しい事でも探そうかな。……と思ってたら鳥さんいなーい!!

「鳥さ~ん、待ってよ~」

さっきまでのことはすっかり忘れて、鳥さんを探して走る。



いかせのごれ高校訪問から数日たった夜。私は今、ストラウル跡地の「アンバランスゾーン」にいる。
目的は、ここの地下にある「ボルカノン」の予備機の移送。そして、姿を消した実験体の始末。

「意外と不甲斐なかったですね、バツ」

既に死んだ……否、姿を失ったかつての同僚に呟く。一号機を任された身でありながら、あっさりとアースセイバーの者に倒されたという。私は映像でしか見ていないが。

「部長も今はいませんし……再開発するとなれば私の仕事ですか。やれやれ、機械関係は専門外なのですがね」

誰に何にか呟きつつ、操縦席に乗り込んでモードを切り替える。元々この機体はバツの能力「マンダラオペライズ」を前提に設計されたため、それ以外の人間は手動で動かすしかない。あいにく私にはそんな技能はないので、助っ人を連れて来てある。

「スキュアロウ、お願いします」
「任せな。キヒヒ……」

スキュアロウ・バルカンチ。元自衛隊と言う異色の経歴と、六つの腕という異形の姿を持つ新入り。本来水中戦担当なのだが、兵器の扱いにもそれなりに秀でるため、ホウオウ様に願い出て連れて来たのだ。
運転はこれでいいとして、問題は外。アースセイバーにも目をつけられているポイントだけに、警戒はし過ぎるということはない。ましてや、先日暴走したギルギガントを撃破されているのだ。

(あれは痛かったですね……戦力としては大きかったのですが)
「リイ、どうですか」
『……誰もいません。出すなら今です』
「わかりました」

外で見張りをしているリイに確認を取ると、どうやら誰もいないらしい。好都合だ、今の内に運び出すとしよう。攻撃するならともかくとして、移動するなら夜。幸い終電までにはまだ時間があるが、ゆっくりはしていられない。

「行くぜ、ゼアぁ?」
「どうぞ」

車両先端のライトがともり、続けてそれを乗せるレールごとゆっくりと上昇を始める。やがてそれは、跡地近くにある廃棄されたポイントに接続される。

「リイ、乗りなさい」
「はいっ」

外で見張りをしていたリイを乗せ、右手で指示を出す。それに伴い、ボルカノンはゆっくりと前進を始めた。やがてスピードが見る間に上がり、ガタン、ガタンと規則正しい揺れと共に、列車は爆走を始める。

(この分なら、アンバランスゾーンをすぐに抜けられますね)

そう思った矢先だった。全周モニターの中に、接近して来る一機の戦闘機が映ったのは。



「おい、どういうことだよ、シスイ!! 何で今頃ボルカノンが!!」
「知らないって!! とにかくホウオウグループなら止めて、倒す!!」

ラー・プロトタイプΣに乗る僕達は、眼下を疾走する連結型装甲戦車「ボルカノン」を追撃していた。かつてケイイチが倒したはずの敵だ。
操縦を担当する都シスイと、隣に座る闇野 光一が言い争っているのを横目に、僕は隣にいる人物を何とも言えない目で見ていた。

「トキコ。どうしてここにいるんだ」
「鳥さんこそ何でいるのー?」

この機体はウスワイヤで管理されているシスイ専用機であり、トキコはホウオウグループ。つまり、下で走っている電車を持つ連中の仲間だ。何をしに来たのか……。

「妨害か? それなら僕は容赦をしない」
「鳥さん追いかけてただけだよ? そしたらこうなっちゃった」

――――今一つ信用し難いが、トキコはよくも悪くも裏表がない。黙っている事はあっても嘘はつかないから、ひとまずここは信用しておくことにした。

「で、鳥さんはどうしているの?」
「玉木先生の口添えとシスイの頼みだ。それに、ホウオウグループとあれば僕が行かないわけにはいかない」

幼少の一時期とはいえ、僕は彼らに身を寄せていた。これはせめてもの罪滅ぼし―――そして、「奴」を見つけ出すための一つ。もっとも今回来たのは、何度か共闘したシスイへの助力でもある。
幸いと言うか、後部に座る僕らの会話は前の2人には聞こえなかったらしく、自分たちの話をしている。

「見つけたはいいが、どうするんだ?」
「ケイイチさんの時と同じだ、まずは……えわっ!?」

突然機体が激しく動いた。揺さぶられてトキコに覆いかぶさった僕の耳に、遠くから轟音が響いた。

「撃って来たぁ!?」
「わかってたけどやっぱり戦闘用か!! ならば!」

ガシャン、と音。続けて、

「くらえ―――――っ!!」

シスイの叫びと共に、閃光が立て続けに走る。見下ろすと、列車に次々と穴があいて行く。が、先頭車両に弾丸が差しかかった途端、甲高い音を立てて跳弾した。

「き、効いてない!?」
「前と同じだ、通常の弾丸じゃダメだ!! バスターキャノンを使うぞ!!」

光一の宣言に伴い、機体の一部が展開して砲塔に変わる。と思った次の瞬間、そこから光条が放たれる。トキコがのんきに「わぁー」などと感嘆しているが、それはひとまず無視。先頭車両に狙い違わず直撃した光は、

「「!!」」

しかし数秒後、まったく効果のないまま無効化され、四散する。

「これでもダメか!?」
「くそっ、ケイイチさんはどうやってあれを引っ繰り返したんだ!!」
「記録じゃ、ミサイルをうまく誘導したってなってるが……」
「無理だ、俺にそんな腕はない。どうすればいいんだ……」

嘆くシスイだが、向こうは攻撃の手を休めてはくれない。ミサイルをバルカン砲で撃ち落としながら追いかけるが、これでは埒が開かない。逃げ切られてしまう。僕の能力では、ここからじゃどうしようもない。

「まずいぞ、外に出られる!!」

光一の切羽詰まった叫びが響いた、その時だ。

不意に、ボルカノンが浮いた。

シスイのそんな声が響いたと思った次の瞬間、ボルカノンは走っていた勢いそのままに大クラッシュを起こし、横転・脱線して停止した。
何が起きた、と僕達が空中で停止したΣから地上を見渡すと、

「あっ、アラタだ!!」
「え?」

思わず覗きこんだその先には、月明かりの下に佇む少年がいた。視線を移すと、ボルカノンが浮いたちょうどその場所に、五芒星型の巨大な盾が斜めに展開されていた。あれで脱線させたのだろう。
呆然としている僕達のもとに、さらに通信が入る。

『シスイ、光一、無事? アラタは間に合ったみたいっすね」
「「シノさん!?」」

モニターに映ったのは、茶色の長い髪を、後ろで一つに束ねている若い女性だった。僕も以前見たことがある。
「知識の悪夢」によって森羅万象を見とおす頭脳を得た、ウスワイヤの「歩く図書館」こと、シノさんだ。

『ボルカノンが突然現れたって報告が入ったから、まさかと思ってアキヒロさんに言ったけど、本当だったとはなー。ともかく、無事なら何より』
「すみません、わざわざ。それより、この後は?」
『Σを降りて迎撃態勢。第二形態が来るっすよ』

まさに、その時だった。横転していた先頭車両が展開・変形し、側面から六つの足を出現させて跳躍、地面に降り立った。

「出やがったか……」
『多脚型高機動戦車「ダルセノン」。防御性能はさっきまでと同じだから、まずはΣから降りて戦うこと。光一の能力が攻撃の要になるから、気をつけて』
「了解!」
「よし、降りるぞ!」

言うが早いか、Σは全速で後退を始める。廃ビルの陰に降り、そこから一気に飛び出す算段だ。ただ、問題が一つ。

「……トキコ。お前はどうする」
「んー?」

こいつだった。仮にもホウオウグループである以上、邪魔をしないとは思えない。

「僕たちと来るのか?」
「もうちょっと考えてから決めるー」

話にならない。とりあえず、邪魔になるならまとめて倒す、ということだけ決めて、シスイ達について外に出る。
ガシャガシャと音を立て、ダルセノンが振り返った。



「アースセイバーが2人、いや3人……それに……フフ、因縁ですね」
「ゼアよぉ、そろそろやっちまうぜ?」
「まあ待ちなさい。少し話がありますので。……出ます」

言い残して飛び降りようとしたが、リイが話しかけて来た。

「待って、私も行きます」
「リイ、それはいけません。確かにあなたは『ナイトメアアナボリズムの悪夢』によって強力な戦闘力を持ちますが、いかんせん実戦経験が足りなすぎます。まして、今回は集団戦です」
「で、でも」

言い募ろうとするリイを制止し、さらに私は続ける。

「それに、悪夢……即ち『過ち』を吸収しているということは、それだけの数の『夢人』があなたに繋がりを持っているということです。残念ですが、あなたを実戦の場に出すのは現状、リスクが大き過ぎるのです。わかって下さい、リイ」
「……はい」

沈鬱な顔で、リイが俯く。不憫だとは思うが、こればかりは納得してもらうほかない。

「あなたの仕事はここまでです。『転送の悪夢』で先に帰っていなさい。任務のことを聞かれた場合、私に振るように言っておくことです」
「はい……」

頷いたのを確認し、私は窓からさっ、と飛び降りた。



「!」

ダルセノンの窓から飛び降りて来た人物を見て、僕は瞠目した。それは、僕にとって因縁の姿だったからだ。

「ゼア……」
「お久しぶりです、スザク。求める答えは見つかりましたか?」
「あいにくと、まだだ」
「そうですか。フフ、それは残念ですね」

欠片もそんなことは思っていない口調で、ゼアは言う。
この男は、僕が4、5歳の時からホウオウグループにいるのだが、どういうわけか、あれから10年以上経つというのに容姿がまったく変わっていない。それに、ここに出て来た理由もわからない。こいつは開発部所属で、しかも生物兵器が専門だった。戦闘力はなかったはずだ。それなのに、なぜここに?
だが、それを見透かしたかのように、若き天才は嗤う。

「なに、あれから力を手に入れたのですよ。少しばかり、扱いづらいですがね」
「力、だと?」
「ええ。まあ、詳しくはこれからお教えしますよ。……スキュアロウ、戦闘開始です」
『キーッヒヒヒヒ!! 行くぜ、行くぜ、行くぜェェェェェッ!!』

突然、そんな声が響いた。と思った次の瞬間、ダルセノンが一気に跳躍した。そして、空から声が降る。

『スタービングチルドレン、ってかぁ!! キヒヒヒッ!!』
「「「!!!!」」」

戦慄が走った。クラスターミサイルの掃射攻撃だ。まずい。あれをまともに喰らっては終わりだ。

「危ないっ!!」

線路の上にいたアラタが立て続けに星型の盾を飛ばし、ギリギリで全弾防いでくれた。だが、肩で息をしているのを見ると、負担が大きいようだ。当分は戦えないだろう。

「くっ、これ以上は!!」

腕を一振りし、真紅の龍義剣を呼びだす。「龍義真精・偽」が発動し、目の端に映る髪が真っ赤に染まる。
いざ、戦闘開始――――!!


「おらあああっ!!」

先手を打ったのは光一だった。ダルセノン目掛けて両手からレーザーを乱射する。しかし、それは割り込んで来たゼアによって止められた。―――その手から広がる、緑色の鏡によって。

「龍義鏡!? まさか……!!」
「フフ、そのまさか、です。これが、私の『悪夢』ですよ」

最悪だった。能力があるのだろうと予想はしていたが、よりによって「龍義真精の悪夢」とは。僕の「偽」は根源が違うため効くだろうが、オリジナルと同じスペックであろうあの力と真っ向からぶつかれば負ける。
しかも、ダルセノンを同時に相手取るとなると勝率がガタ落ちする。ケイイチですら一対一で苦戦したと言うのに、他に敵がいるとなるとなおさらだ。

「どうしました、もう終わりですか?」

くつくつと、ゼアが嗤う。

「では、こちらからも行かせてもらいましょう」

そう言って構えた両手の間に、光の球体が発生する。――――龍精落!!

「砕け散りなさい」

瞬間、光の渦が放たれる。距離が災いした。避ける暇も、避けようと考える暇も、なかった。
――――だから、助かったのは、あいつのおかげだった。

「ふっふふ~」

楽しそうに笑顔を浮かべている、トキコ。拳を突き出している。
意外そうにそちらを見ている、ゼア。トキコが砕いた瓦礫の破片を受け、額に一筋、血が流れている。
そして、光の渦はあらぬ方向に逸れ、廃ビルの上層を粉砕していた。

「何をするんですか」

かける問いは意外そうに、

「邪魔したの」

返す答えは楽しげに。

「なぜ、そんなことを?」
「だって、鳥さんが死んじゃったら、毎日つまんなくなるもん」
「なるほど」

同じホウオウグループであるはずのトキコの妨害にも、ゼアは何ら動揺していない。むしろ、それが当然であるかのような余裕さえ浮かべている。その意味をはかりかねていると、

「あなたが何をしようと自由ですが、さすがに任務の邪魔をされては困りますね。少し遊んであげましょう」

言って、腕を一振り。龍義剣が展開され、緑色の刀身が力強く輝く。――――勝負所、ということなのか。
同じ事を考えたのは僕だけではなかったようで、光一とシスイがそちらに行く。

「おっと、その子だけじゃねえぜ」
「能力があったとは知らなかったが、助けてくれた以上は味方だ。好きにはやらせない!!」

アースセイバーの2人が、トキコをかばうように立ち塞がる。しかし、

「あなた達の相手は別にいますよ。――――スキュアロウ、その2人をよろしく」
『キヒヒッ、おーうよ!!』

今になってやっと落下して来たダルセノンを、間一髪で2人がかわした。そこから突撃を開始した虫型戦車を迎撃しつつ、2人はだんだん遠ざかって行った。
そして、残ったのは3人。

「さて、始めましょうか」
「言われずとも!」
「いやっほー♪」



ゼアとの戦いは、まさに死闘と呼ぶべき代物だった。
開発部所属ゆえに身体能力こそ然程ではないものの、悪夢によって再現された龍義真精がそれを完全にカバーしていた。
龍義剣同士が打ち合い、弾かれる。トキコがそこ目掛けてダッシュをかけるが、ゼアは近距離から完璧なカウンターを繰り出して吹き飛ばしてしまう。

「トキコ!」

叫んでから驚いた。なんで、僕は敵のはずのトキコを心配してるんだ?

「人を心配している場合ですか、スザク」
「ッ!」

気付いた時には龍精落が襲いかかって来ていた。全力で横に跳躍し、かわす。僕の龍義鏡はオリジナルと違い、物理攻撃を弾き返す代わりに炎や水などを素通りさせてしまう。つまり、真反対の性能なのだ。
よしんば跳ね返せたとしても、龍精落ではサイズが違いすぎて無理だが。

「避けましたか。では」
「ゆっだん大敵~!!」

躍りかかったトキコの蹴りが側頭部に炸裂し、ボールのようにゼアの体が跳ね転がった。並大抵の人間ならあれで即死するはずだが、相手はホウオウグループの幹部クラスレベルだ。
果たして、ゆっくりと立ち上がる。

「むう、セットが乱れます」
「あれ~? 効いてない?」
「十分効きましたよ。一瞬意識が飛びました。ですが、まだまだですね」

ちっとも効いているようには見えない態度と口調で、悪夢の龍を従える男が嗤う。

「では、こちらからも行きましょうか」
「来い……ッ!!」

一気に間合いを詰めて来たゼア目掛け、僕もダッシュをかける。そこからは熾烈な剣戟の嵐。
龍義剣と龍義剣が火花を散らし、常人には視認すら難しい速度で閃き、乱れ舞う。
普通ならここでどちらかが力尽きるところだろうが、僕には奥の手があった。
空いていた左手を振り、そちらにも赤い刃を現出させる。ここに来て初めて、ゼアの顔に僅かながら驚愕が浮かんだ。

「む!?」

「おおおおおおっ!!」

龍義剣二刀流――――僕の切り札の一つだ。ゼアの悪夢はオリジナルを完璧に再現しているが、それは裏を返せばオリジナルの弱点をそのまま引き継いでしまっているということだ。僕の「偽」はパワーこそ劣るが、反面オリジナルにない様々な「応用」が効くという利点がある。そして、その一点において、僕はゼアを上回っていた。

「ちいっ!」

猛攻に耐えかねたか、ゼアがバックステップで距離を取ろうとする。しかし、既にその後ろにトキコが回りこんでいる。気付いた時には対処の時を逸していた。

「てぇりゃー!」

両手で繰り出した大雑把なパンチが、自分から突っ込む形になってしまったゼアの背に直撃する。骨の折れる嫌な音と共に、

「む、おおっ!?」

その体が思い切り吹き飛んだ。そしてその前に、僕は既に「溜め」を終えていた。
――――決める!!

「終われッ!! 龍・精・落―――――ッ!!」

生命力を媒介に威力を倍加させ、真紅の奔流を放つ。
体勢を立て直そうとしていたゼアは、その奔流の中に呑み込まれていった。



「……やれやれ、ここまでやられましたか」

全身をエネルギーの奔流にさらされ、ボロボロになったゼアには、もはや戦う力は残っていないと見えた。
僕としては、直撃を受けて生きているのが驚きなのだが。

「……偽とはいえ、龍義真精じゃトドメを刺しきれないのか」
「さて、どうですかね」

この期に及んで、ゼアの態度からは余裕が消えていない。だが、もはや勝敗は決した。
先ほど、向こうの方から大爆発の音が聞こえた。どうやら、シスイ達もやったらしい。
とはいえ、僕もトキコももはや余力がない。

「ボルカノンは爆散しましたか……スキュアロウは脱出したようですね。任務失敗ですか……」

そのまましばらく黙考した後、ゼアはすっ、と身を起こした。

「この場は退きましょう」
「逃げるのか、ゼア」
「ええ。この場でやられてしまっては、また『姿を成す』までに時間がかかりすぎますからね。またお会いしましょう。――――狂夜、頼みます」

そう言った途端、ゼアの姿が消えた。ハッとして廃ビルの一つを見ると、月光を背に佇む一人の男の姿があった。そして、その男はこちらを一顧だにしないまま、ゼアを抱えて何処かに逃げ去った。

「……勝った、か」
「勝った、勝ったー。鳥さん強ーい」

僕自身疲労困憊だったが、まだ何とか動ける。対して、隣のトキコは地面に転がり、まったく動けないようだ。
「破壊衝動(ブレイクダンス)」……どうやら、ゼアのカウンターによるダメージが意外と大きかったらしく、戦闘が終わったことで高揚でフォローできなくなったようだ。

「……トキコ、一つ教えろ」
「なーに、鳥さん?」
「何で、僕を助けた? ゼアはお前の仲間だろう?」

末端に近いとはいえ、トキコは純然たるホウオウグループの一人。ゼアに手をかけるということは、完全な反逆だ。大丈夫なのか、と一瞬思ったのは絶対に気のせいとして、とりあえず聞いて見る。

「仲間だよ? でも鳥さんと遊ぶ方が楽しいしー、ゼアの言う事は難しいしー」
「………」
「それにー、鳥さんが死んじゃったらホントにつまんないしー」
「………」

何も言わず、トキコを抱き上げる。

「ほえ?」
「じっとしてろ。家に送ってやる」
「ホント? ありがとー、鳥さん」
「勘違いするな、お前のためじゃない」

それだけは釘をさしてから、僕は腕の中の少女を見降ろす。

「理由や経過がどうあれ、お前は僕を助けてくれた。その借りは返す」
「律儀だねー」
「性分だ。……ところで、お前の家はどこだ」

考えて見れば、僕はトキコの家を知らなかった。しかし、

トモコ先生の家の近くー」
「…………」

予想外の答えが返って来た。………学校からならともかく、ここから向かっていては夜が明けてしまう。
仕方がない。

「……非常に不本意だけど、僕の家に泊めてやる。文句は言うなよ」
「鳥さんの家!? わーい、スイートタイムだー」
「待て! なんでそうなる!?」

あーだこーだと騒ぎながら、僕はふらふらと家路についた。



なお、シスイ達はΣのシステムに不備が起きたらしく、野宿する羽目になってしまったのはここだけの話。



数日後。

「とーりさーん、あーそぼー」
「……」

いつもの如く跳びついて来るトキコに、僕は答えを返さない。

「あれー、どうしたの?」
「……トキコ、大丈夫なのか」

そんなことを口走ってしまっていた。しかもなぜか抑えが効かない。

「大丈夫って?」
「仲間に手を上げただろう。何かなかったのか」

思わず口調が暗くなるが、トキコはいつもの如く明るい。

「何にもなかったよー。それよりあそぼー?」
「……」

無邪気なものだ。狂気と紙一重とは思えないほどに。その手で命をいくつも奪ったとは考えられないほどに。
僕は、トキコが嫌いだ。トキコがやって来たことを、許さない。
だから、言う。

「トキコ」
「んー?」
「一つだけ、言っておく。お前はいつか、僕の敵になるのかもしれない」
「しれないねー」

その無邪気な笑みに、僕は冷たい笑みで言う。


「その時――――お前を殺すのは、僕だ。だから、アースセイバーにも、ホウオウグループにもやられるな。もう一度、言う。お前の命は、僕がもらう。他の誰にも、渡さない」


「………」

しばらくぽかん、としていたトキコだったが、ややあって笑みを浮かべる。先ほどまでとは質の違う、明らかな狂気の笑みを。

「いいよー? その代わり、その時に鳥さんを殺すのは私だから。だから、他の誰かにやられちゃやだよ?」
「言われるまでもない。お前を殺すまで、誰にもやられるものか」

相容れない。だけど、分かりあえないわけではない。
「その時」、君の命をもらう――――その一点において、僕らは分かりあうことが出来る。
予鈴が鳴る。ののかに呼ばれ、トキコが慌てて席に戻る。
その背を見送る僕の胸中には、正人に向けるそれとは違う――――敵意混じりの歪んだ愛情が、芽生えていた。



「手加減などするものではありませんね。おかげで負けてしまいましたよ」

某所。包帯だらけのゼアは、百済小学校に潜入している幹部を訪ねていた。――――アイ。
今は「ミズハ先生」を演じている途中のようだ。

「ふん、開発担当が出しゃばるからだ。龍義真精が使えるからと言って、いい気になるな」
「ごもっとも。これからは大人しくしているとしましょう」
「物分かりがよくて結構。ところで何の用だ? 見物に来たわけでもあるまい」
「ええ。ホウオウ様から、トキコに関する命令を承って来ましたので」

主の名を出した途端、アイの表情が変わる。命令を待ちうける、駒のそれに。

「……トキコだと? 奴のことで? あの方は、何と」
「『為すがままに任せよ』と。つまりは、好きにさせておけ、とのことですね」
「……どういうことだ? 奴はお前の任務を妨害したはずだろう。なぜ処分されない」
「さて、そこまでは。我らが神の心を測るなど、人の身ではとても」

答えを返しかねているアイに一礼し、ゼアはさっさとその場を去った。


(さて、スザク。あなたが奴……「異能殺し」を見つけるのが早いか、我々が企図を成就するが早いか。ここからは競争です。スタートダッシュが、肝心ですよ)


――――それもまた、日常の一コマ。



作者 登場人物
スゴロク ゼア火波 スザクトキコリイ都シスイスキュアロウ・バルカンチ闇野 光一桐山貴子玉置静流高嶺 利央兎榛名 有依ネイロシノ緑音ののかスイネアラタ七谷 狂夜

投下順

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年06月14日 22:04