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彼女を巡るエトセトラ

今回はこんなお話です。時間軸としては「交差する、点と線」と「二人の神」の間の話です。



「……何だ? 今日は火波もトキコもいないのか」

登校して教室を覗いた啓介は、いつもなら真っ先に目に入る2人組の姿がないことに気付いた。元気一杯のトキコと、どうもそんな彼女に想いを寄せているらしいスザク。色々とアンバランスな2人組が、今日はそろって不在。

(逢引きか?)

一瞬、本気でそんな事を考えた。と、1組を見た時の違和感にも同時に気がついた。

(そういえば、今日はスイネもいなかったな)

アースセイバーの仲間のひとり、二度に渡って謎のバイクスーツに襲われた少女。襲撃そのものは最近ないが、油断は出来ない。もしかすると、何かの任務に就いているのかもしれない。

(ま、何にしても。俺はまず、真衣のことが優先か)

いつものように席につく啓介は、トキコの葛藤を、スザクの変化を、スイネの危機を知らない。



「ランカちゃん、退院おめでとう」
「ありがとう、真衣ちゃん」

白波家。ようやく調子が戻って退院を許可されたブランカ・白波は、待つ者のない自宅へ久々に戻っていた。
父の姿は未だなく、母も既に亡い。今この家の主は、ランカ一人。

そんな彼女の数少ない友人の一人、最近新しく出来た友達の名前は、蒼崎 真衣。自分共々名義上はウスワイヤ預かりとなっている、「流れ」を操る能力者。
その真衣が、ゲンブの計らいで遊びに来てくれていた。

「でも、無理はダメだよ? 体が弱いんだし、ただでさえ病み上がりなんだから」
「うん」

微笑ましい2人を、壁際に座るゲンブが眺めている。真衣は一応、現在は啓介の「監視」下にあるのだが、彼の本業は学生。そのため、登校中はこうしてゲンブが代行するのだ。

(今の所暴走の気配はゼロ、と)

死への恐怖をトリガーに覚醒・暴走する、真衣の「流動制御」。正しく使えば、それは強力な力だ。流れるもの、それは全て真衣の味方。それは水であり、電気であり、風であり、血液であり、果ては時間さえも。
しかし、今の彼女ではそれを制御しきれない。事態が落ち着き、彼女が全てを受け入れられるようになるには、まだ時間がかかる。

(それまでは、こうして見張らねばならんか……締まらん話だ)

ため息をつくゲンブは、仲間の一人が呼び出しを受けて走っているのを、知らない。





どさり、
鞄を取り落とした。

「な……んだよ、これ……」

走っている最中に突然かかって来た、スイネからの連絡。彼女は僕のアドレスを知らないはずなのに、どうして? まず困惑が先に立った。しかし、直後に送られて来た思念、スイネの部屋の場所が頭に浮かんだ。
そこに向かって全力疾走したのが、ついさっきまでの話。
そして、
今、
僕の前に、

傷つき痛んだ、トキコが眠っている。

頭の中を駆け巡るのは、形にならない思考の断片。

―――なぜ? どうして? 何があった? どうして、トキコはこんなに傷ついている? どうして、そんなに、何かに怯えたような表情をしている?

しばしの時をおいて、僅かながらの理解が及ぶ。

(――――誰かが、トキコを、傷つけた。スイネが見つけて、助けて、連れて来た)

そこまでだったけど、僕には十分だった。
トキコを傷つけた。こんなにまで、怯えさせた。――――僕が敵とするには、十分以上の理由だった。

(許さ、ない)

紆余曲折を経て赤に戻った自慢の髪が、ざわり、と揺れるような錯覚を覚える。

(絶対に、許さない)

多分彼女は、こんな姿をスイネ以外に今見られるのは嫌だろう。そう思って鞄を拾いなおし、僕は踵を返してその場を後にした。




「スザク」
「!」

さすがに今日は学校に行く気にならなかった。携帯で欠席の連絡をし、鞄を家において街を歩いていると、背後から誰かに話しかけられた。聞きなれたこの声は、

「……マナ」
「久しぶり、ね」

最近姿を見なかった、黒の少女のものだった。

「ストラウル跡地に付き合って。話がある」
「? あ、ああ」

マナから話を振って来るとは珍しいこともある。少々驚きながらも、僕は後を着いて言った。



跡地についた僕に、開口一番マナが切り出したのは、

「スザク、ハッキリ言う。あの子に関わるのは、もうやめた方がいい」
「!?」

トキコから離れろ、というものだった。

「ど、どうして!?」
「忘れたわけじゃないでしょう? あの子はどこまでもホウオウグループ。あなたとは相いれない」
「そんなことはない、マナ」
「いいえ、それは違う。交わした約束は、いずれ戦う事が前提。その時が来るとすれば、それはホウオウグループとの決戦。それであなたが負ければ、あなたの道はそこで終わる。あなたが勝ったとしても、アースセイバーを、秩序の護り手を敵に回した彼女に未来はない。あなたは、闇に向かって進んでいるだけ」
「……そんなことはわかってる。それでも僕は、あの子が好きなんだ」
「なぜ? どうしてそう思うの?」

妙に強い調子で言うマナに、僕は。

「……誰かを好きになるのに、理由がいるのか?」





―――驚いた。
いつものスザクなら、ここで「それは……」と答えに窮したはず。あの赤い髪といい、今日のスザクは何か違う。

「どうした、マナ?」
「え……」
「どうしても何もない。気が付いたら好きだった。それだけさ。理由がいるなら、あとからいくらでも付け足せばいい。違うか、マナ」
「そ、れは……」

今度は私が窮する番だった。どうしたんだろう、本当にいつもと感じが違う。迷いや恐れが消えて、肩の荷が下りたような、そんな涼やかな感じがする。

「というか、マナ」
「?」
「この間、僕にトキコとのことでアドバイスをくれたのは、他でもないお前だったよな? どうして、今になってそんなこと言うんだ?」
「う、そ、それは」
「詰まるってことは、何か言えない理由があるんだな?」
「そ、その」

完全に詰んだ。というか、簡単に説き伏せられると甘く見ていた。
いつものスザクは、強いようでいてその実「自分」がなくて、誰かのアドバイスがそのまま行動の指針になっていた。
だけど、今の彼女は違う。以前ほどの「強さ」は感じないけど、何だか……そう、しっかりしている。
自分の足で立って歩き始めた子供というか、そんな感じがある。自分で自分を律している、そんな感じがする。
答えに困っていると、ふ、とその表情が和らいだ。

「でも、ま、いいよ。事情はわからないけど、僕を心配してくれたんだろ?」
「………」
「それが本当なら、それでいいよ。ありがとう、マナ」

そう言って、スザクは微笑んだ。まるで、自由を取り戻した鳥のごとく。

(……あの事は、言わない方がいいかな)

彼女に言うには憚られる事実が、三つある。
目下、彼女の想い人であるトキコを痛めつけたのが、他ならぬ彼女の父親であり、彼は能力犯罪者を収監する監獄の番人であること。
彼がトキコに対し、スザクの写真とエンブレムで「警告」を送った事。
そして、未だ不確定ではあるが、トキコを―――予想だが、潜入以前の「狂信者」に戻そうとしているらしいこと。

もしそれが実現すれば、スザクはまた、大事なものを失う事になる。
下手をすると、彼女は二度と立ち直れない。それだけは、スザクの仲間として、受け入れられない。

(だから、先んじてトキコから離そうと思ったんだけど……)

考えて見れば、スザクはトキコの素性や先の事、一切合財を承知した上で恋路をひた走っていた。説き伏せられるはずもなかった。
と、

「……マナ、どうしたんだ? やけに深刻な顔してるけど」

気遣わしげな声がかかった。だけど、この事をスザクに言う訳にもいかない。
どうしようと困っていると、向こうから答えが来た。

「……言えないなら、それでもいいよ。僕は、しばらくトキコから離れておく」
「え……」
「今のあの子は、多分、僕に会う事を拒むと思う。だから、しばらくはスイネやお前に任せるよ」
「わた、し?」

ああ、と頷くスザク。赤い髪が、風に揺れる。

「――――頼む。トキコを、守ってくれ」

これ以上ない真剣な瞳で、彼女は私に、大切な人を託した。
だから、答えは一つ。

「――――任せて。私の全てをかけて、あの子を守るから」





「ク、ク、ククククク……」

その時、ヴァイスは人目につかぬ場所で、含み笑いを抑えきれずにいた。
気まぐれに立ち寄ったある場所から、遠く目にしたのは、自分もその噂を聞く、ある男の暴虐。そして、その男がいかに人として歪み、プライドを持っているかを知った。

「素晴らしい。なんと、素晴らしい」

久方ぶりに面白いものを見つけた。いや、そんな言葉では足りない。
自分が好むのは、エゴを抱いた人間が、エゴによって破滅する姿。両親がそうやって破滅したのを見た時、得も言われぬ感覚が胸の奥に湧きあがって来たのを、15年経った今でも思い出せる。
そこへ行くと、あの男はどうだ!?

人を人とも思わぬ傍若無人な振る舞い。
己を中心とする傲慢な考え方。
自らの基準にそぐわないものを淘汰する器。

――――そんな男が破滅する時、いったいどんな表情をするのだろうか。破滅など考えていないような、あの男が終わりを迎える時、どんなものを見せてくれるのだろうか。

不意に、肩が震える。しかしそれは恐怖ではない。顔に浮かぶのは、紛れもない、喜悦。

(ああ、楽しみだ。楽しみで仕方がない。シギと言いましたか、アナタは一体、どのように破滅するのですか……!?)

そうして、す、とその姿を消す。
まずはどこから始めよう。すぐに壊れてもらってはあまりにつまらない。ゆるりと、ゆるりと、蟻地獄のように、少しずつ追いつめ、最後の最後で完全に壊してしまおう。

そんなことを考えつつ、壊れた男はいずこかに消えた。



彼女を巡るエトセトラ


(朱雀は友に愛を託した)
(道化師は標的をその眼に捉えた)
(先に待つは何か、誰も知らない)


余談、とある喫茶店。

「エイト。誰かが、言っていた」
「はい?」
「空を飛ぶ『鳥』は、いつか必ず墜ちると」

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最終更新:2011年03月27日 01:37