「いよいよ、か――――」
ある小さな教会の一室。
白いタキシードを着込んだ刹那は、天井を仰ぎながら小さくつぶやいた。
その顔のあちこちに傷跡が薄く残っているのは、先日の戦いで受けた傷の深さをありありと物語っている。
白いタキシードを着込んだ刹那は、天井を仰ぎながら小さくつぶやいた。
その顔のあちこちに傷跡が薄く残っているのは、先日の戦いで受けた傷の深さをありありと物語っている。
実際、刹那はほぼ“死んでいた”。
全身に刻まれた傷、とめどなく溢れ出る鮮血。
それらをものともせず敵を斬り、裂き、突き、抉る刹那。
彼には、絶対に失えない恋人(ひと)がいた。
全てを捨ててでも護りたい、大切な婚約者(ひと)がいた。
愛する者を背負った彼は、気高い武神のごとき闘気を纏い闘った。
その刹那に、一片の憐憫すら与えずになお傷を刻み命をそぎ落とす敵。
刹那の剣を掻い潜り、その体に“死”を刻み込む悪意を全て倒したとき、刹那の体もまた、力の全てを失って崩れ落ちた。
彼が死の淵に落ちようとした、まさにそのとき。
彼の眼に浮かんだのは、愛しい、愛しい少女の姿。
全身に刻まれた傷、とめどなく溢れ出る鮮血。
それらをものともせず敵を斬り、裂き、突き、抉る刹那。
彼には、絶対に失えない恋人(ひと)がいた。
全てを捨ててでも護りたい、大切な婚約者(ひと)がいた。
愛する者を背負った彼は、気高い武神のごとき闘気を纏い闘った。
その刹那に、一片の憐憫すら与えずになお傷を刻み命をそぎ落とす敵。
刹那の剣を掻い潜り、その体に“死”を刻み込む悪意を全て倒したとき、刹那の体もまた、力の全てを失って崩れ落ちた。
彼が死の淵に落ちようとした、まさにそのとき。
彼の眼に浮かんだのは、愛しい、愛しい少女の姿。
『アホ・・・・・・こんなに傷作って帰ってきて・・・・・・』
――――ああ、やっと・・・一緒になれるんやなぁ・・・・・・
震える体、こぼれ出る涙。
――――もう、何も・・・辛くない・・・幸せに、してやれる・・・・・・
その言葉が彼の意識から消えると同時に、彼の愛刀は、力を失った彼の手から滑り落ちた。
本来なら、刹那はそこで死に、永久に目覚めることはなかっただろう。
だが、天は愛する者のために刃を振るう彼の気高さに心打たれたか、それともいわれなき迫害を耐え生きてきた彼と、彼の愛した少女へのせめてもの償いか。
駆けつけたネギ子達、その中にいた木乃香と木乃雄の治癒魔法の力によって、刹那は死の暗闇から抜け出した。
ただ傷を癒されただけなら、身体を離れかけた彼の魂は戻らなかったかもしれない。
しかし――――――――
だが、天は愛する者のために刃を振るう彼の気高さに心打たれたか、それともいわれなき迫害を耐え生きてきた彼と、彼の愛した少女へのせめてもの償いか。
駆けつけたネギ子達、その中にいた木乃香と木乃雄の治癒魔法の力によって、刹那は死の暗闇から抜け出した。
ただ傷を癒されただけなら、身体を離れかけた彼の魂は戻らなかったかもしれない。
しかし――――――――
「一緒に、暮らそうって・・・結婚しようって、言うたのに・・・・・・っ! 嘘、付きっ、嘘付きぃっ! 眼ぇ、開けてよぉっ!」
愛する少女の、悲しみと絶望がないまぜになった叫び。
――――もう二度と、辛い思いはさせたくない。
――――幸せに、してみせる。
その強い想いが、刹那の魂を呼び戻した。
刹那が眼を開けたとき、彼が愛した少女はもちろん、周りにいた仲間達も、天地を揺るがすほどの歓声をあげた。
大粒の涙を流しながら、「よかった、よかった・・・」とつぶやく者。
お互いに抱き合って喜びを噛み締める者。
言葉を発することなく、ただただ涙を流している者。
自分が“生きている”ことを歓喜する声に包まれながら、刹那は思った。
大粒の涙を流しながら、「よかった、よかった・・・」とつぶやく者。
お互いに抱き合って喜びを噛み締める者。
言葉を発することなく、ただただ涙を流している者。
自分が“生きている”ことを歓喜する声に包まれながら、刹那は思った。
――――ああ、俺は・・・・・・なんて、“幸せ”なんだろう。
死から逃れたから安堵からではない、再び命を手にした喜びでもない。
――――自分の“生”を心から望んでくれる人がいる。
数多の迫害に晒され続けた彼は、ただ、それだけで十分だった。
「どないしたん? ぼーっとして」
「あ・・・ちょっと、考え事です」
眼をそっと閉じたまま、思いにふけっていた刹那を呼ぶ澄んだ声。
そこには、彼と同じ名と純白の翼を持つ少女――――彼と苗字まで同じ、桜咲刹那が立っていた。
(わかりやすくするため、それぞれを「刹那♂」「刹那♀」と表記させていただく。 最後の性別記号は無視していただいてかまわない)
刹那♀が身にまとっているのは、彼女の翼と同じ、どこまでも汚れのない白いウェディングドレス。
これで刹那♂の着ている白いタキシードにも合点がいくであろう。
そう――――二人は、今日この教会で結婚するのである。
しばらく無言で見つめあう二人――――ふと、刹那♀が静かに微笑んだ。
そこには、彼と同じ名と純白の翼を持つ少女――――彼と苗字まで同じ、桜咲刹那が立っていた。
(わかりやすくするため、それぞれを「刹那♂」「刹那♀」と表記させていただく。 最後の性別記号は無視していただいてかまわない)
刹那♀が身にまとっているのは、彼女の翼と同じ、どこまでも汚れのない白いウェディングドレス。
これで刹那♂の着ている白いタキシードにも合点がいくであろう。
そう――――二人は、今日この教会で結婚するのである。
しばらく無言で見つめあう二人――――ふと、刹那♀が静かに微笑んだ。
「えっ・・・ど、どこか変ですか?」
慌てて自分の格好を確認する刹那♂、しかし刹那♀は微笑みを絶やさないままゆっくりと彼に近づいて、そっと、しかし力強く抱きしめる。
「――――ありがとう、帰ってきてくれて」
かすかに震える声で、愛する人の胸に顔をうずめたまま、言葉を紡ぐ。
「もし、貴方が死んでたら、うち、おかしくなってもうたかもしれへん」
初めて出会った、自分と同じ悲しみを知る人。
悲しみに囚われ続けていた自分を、優しく諭してくれた人。
『一緒に暮らしましょう』と言ってくれた人。
悲しみに囚われ続けていた自分を、優しく諭してくれた人。
『一緒に暮らしましょう』と言ってくれた人。
「後でもう一回言うことやけど、今、言わせて」
周囲から、ずっと「化け物」と呼ばれてきた。
大好きな親友といても、その記憶が消えてくれなかった。
怖くて、さびしくて、壊れてしまいそうだった自分。
そんな自分を助けてくれた、彼。
私は、私は――――――――
大好きな親友といても、その記憶が消えてくれなかった。
怖くて、さびしくて、壊れてしまいそうだった自分。
そんな自分を助けてくれた、彼。
私は、私は――――――――
「――――私は、貴方を、愛してます。 ずっと、ずっと、一緒にいてください」
自分の胸で、小さく震えながら、想いを紡ぐ愛しい少女。
自分と同じ迫害に晒され、じっとそれに耐え続けていた少女。
自分の命を投げ捨ててでも、護ろうとした少女。
――――『幸せにする』と誓った少女。
愛する花嫁を抱き返し、刹那♂は答える。
自分と同じ迫害に晒され、じっとそれに耐え続けていた少女。
自分の命を投げ捨ててでも、護ろうとした少女。
――――『幸せにする』と誓った少女。
愛する花嫁を抱き返し、刹那♂は答える。
「はい――――僕は、絶対に貴方のそばで、貴方を護ります。 何があろうと、絶対に」
その言葉に、ゆっくりと顔をあげる刹那♀。
眼に涙をためながらも、彼女は心の底から幸せそうに微笑んだ。
そのとき。
眼に涙をためながらも、彼女は心の底から幸せそうに微笑んだ。
そのとき。
こんこん。
「二人ともー、準備でけた?」
「そろそろ始まってまうで、急いでや~」
「「は、はいっ!」」
静寂が包んでいた部屋に響くノックの音と、その後に続く少年と少女の声に二人そろって素っ頓狂な声をあげ、顔を見合わせて苦笑する二人。
二人を呼びにきたのは、二人の幼馴染である近衛木乃香と近衛木乃雄だ。
この結婚式で進行役を務めることを買って出たのは、幼馴染の幸せを心から願う純粋な気持ちからだろう。
そして、花婿と花嫁の二人は、祝福してくれる人たちの待つ、ドアの外へと歩き出した。
二人を呼びにきたのは、二人の幼馴染である近衛木乃香と近衛木乃雄だ。
この結婚式で進行役を務めることを買って出たのは、幼馴染の幸せを心から願う純粋な気持ちからだろう。
そして、花婿と花嫁の二人は、祝福してくれる人たちの待つ、ドアの外へと歩き出した。
「――――貴方達は、いついかなるときも、互いに助け合い、愛し合うことを誓いますか?」
「誓います」
「――――誓います」
穏やかな光が、ステンドグラスを通して教会の中を照らしている。
神父の役目を務めているのは春日空、その横にシスターの姿で小箱を持って控えているのは春日美空だ。
本来ならば二人がこんな役回りをしていいはずはないのだが、「お世話になった人たちだけで式を挙げたい」という新郎新婦の願いにより、二人がこの役を負うことになったのだ。
そして、神父空の問いに二人が答えたあと、美空がゆっくりと二人の前に移動し、小箱をゆっくりと開ける。
その中にあったのは、いたずら好きな二人が仕込んだ蛙などではなく、銀色に輝く、二つの指輪だった。
やや小さいほうを新郎が、大きいほうを新婦が取り、互いに向き合う。
一瞬、しかし二人にとっては十分な時間見つめあい、互いの指に指輪をはめる。
神父の役目を務めているのは春日空、その横にシスターの姿で小箱を持って控えているのは春日美空だ。
本来ならば二人がこんな役回りをしていいはずはないのだが、「お世話になった人たちだけで式を挙げたい」という新郎新婦の願いにより、二人がこの役を負うことになったのだ。
そして、神父空の問いに二人が答えたあと、美空がゆっくりと二人の前に移動し、小箱をゆっくりと開ける。
その中にあったのは、いたずら好きな二人が仕込んだ蛙などではなく、銀色に輝く、二つの指輪だった。
やや小さいほうを新郎が、大きいほうを新婦が取り、互いに向き合う。
一瞬、しかし二人にとっては十分な時間見つめあい、互いの指に指輪をはめる。
「――――いよっしゃ! これでお二人は夫婦だかんねー、いいなぁーラブラブ新婚生活!」
「あーあ、桜咲がうらやましいぜ、こんな可愛い花嫁さんなんてさぁ。 神様ー、俺にも出会いをぷりーず!」
二人が指輪をはめ終えた瞬間、それまでの空気を吹き飛ばすかのように美空と空が騒ぎ出す。
これまでおとなしくしていた分を取り替えそうかとするようなハイテンションぶりに苦笑いする刹那♂と、それすらも嬉しそうに微笑んでいる刹那♀。
すると出口のほうから、二人を呼ぶ声が飛んできた。
これまでおとなしくしていた分を取り替えそうかとするようなハイテンションぶりに苦笑いする刹那♂と、それすらも嬉しそうに微笑んでいる刹那♀。
すると出口のほうから、二人を呼ぶ声が飛んできた。
「せっちゃーん! そろそろみんなのとこ行ったってー!」
嬉しそうに叫ぶ木乃香の声に答えつつ、二人は教会の出口へと向かう。
扉のところで立ち止まると、木乃香と木乃雄がゆっくりと扉を押し開ける。
そこには――――
扉のところで立ち止まると、木乃香と木乃雄がゆっくりと扉を押し開ける。
そこには――――
「刹那さん、おめでとうございます!」
「桜咲さん、今までみたいに私にからかわれて慌てたりして花嫁さんに愛想尽かされたりしないでくださいよ?」
素直に祝福の言葉を捧げるネギと、ひねくれた言い回しをするネギ子。
正反対な二人だが、心からの祝福が顔に表れているのは同じだった。
正反対な二人だが、心からの祝福が顔に表れているのは同じだった。
「刹那さん泣かすんじゃねえぜ、桜咲!」
「よかったでござるな、刹那殿。 お幸せにでござる・・・ニンニン♪」
「あの時はひやひやさせられたが・・・これで一安心だな」
「ううう、よかったよぉ~」
「ええ、まったくです」
色取りどりの紙ふぶきの中で飛び交う、クラスメイトたちからの祝福の言葉。
刹那♂の世界のクラスメイトも、刹那♀の世界のクラスメイトも一同に会し、幸せな二人を祝っている。
刹那♀は涙を浮かべながらも微笑んで愛する人を見上げ、刹那♂は愛する人に微笑み返しながらそっとその背中を押す。
そして、刹那♀は手にしたブーケを思い切り高く投げ上げた。
ブーケが飛んだ空は、雲ひとつない、美しい青空だった――――――――
刹那♂の世界のクラスメイトも、刹那♀の世界のクラスメイトも一同に会し、幸せな二人を祝っている。
刹那♀は涙を浮かべながらも微笑んで愛する人を見上げ、刹那♂は愛する人に微笑み返しながらそっとその背中を押す。
そして、刹那♀は手にしたブーケを思い切り高く投げ上げた。
ブーケが飛んだ空は、雲ひとつない、美しい青空だった――――――――
蒼穹を駆ける純白の翼。
少女の翼を縛る悲しみの鎖は、少年の想いによって断ち切られた。
自由となった少女は、愛する少年と共に大空に飛び立つ。
――――“自由”という名の青空へと。
少女の翼を縛る悲しみの鎖は、少年の想いによって断ち切られた。
自由となった少女は、愛する少年と共に大空に飛び立つ。
――――“自由”という名の青空へと。