ザジちう
かたかた。
かたかた。
かたかたかた。
千雨の細い指がキーボードを叩く。
その無機質な音だけが、部屋の中に小さく、けれど確かに響いている。
外には雪が舞っている。
まるで、去り行く冬が最後の別れを惜しむかのように。
そんな冬の置き土産をしばらく眺めて、もう一度、千雨のほうに視線を戻す。
冬は寒いから嫌いだ、という千雨は、冬場こうしてコタツにノートPCを持ち込んで作業することが多い。
そして僕は、そんな千雨と同じようにコタツに潜って、千雨の作業をずっと見守っている。
真剣な顔で、画面だけをじっと見つめながら、ひたすらにキーボードを打ち続ける千雨。
その様子をただじっと、ずっとずっと、見つめている僕。
「・・・・・・なぁ」
画面から目を離さないまま、千雨が僕を呼ぶ。
「・・・何?」
僕も千雨から目を離さずに答える。
「お前、なんかすることないのかよ? 私がPCいじってるのなんか見ててもおもしろくもなんともないだろ?」
不機嫌とも、どうでもいいとも思える平坦な口調で、千雨が尋ねる。
確かに、他の人だったら、きっと退屈で退屈で仕方ない時間だろう。
けれど、僕にとってのこの時間は違う。
「・・・そうでもないよ」
僕がそう答えると、せわしげに動かしていた指を止め、怪訝な顔をした千雨が、眉をひそめて僕を見た。
その視線を、まっすぐに受け止める。
そんな僕の様子がますますおかしいとばかりに、千雨は首を傾げる。
「・・・お前、それ本気?」
こくり、と頷く。
それを見るが早いか、はーあ、と千雨は大げさなため息をついた。
「あのなぁ・・・お前、もうちょっとなんか別の趣味見つけろよ。 ちょっとでも暇になったらずっと私にべったりじゃねえか」
その言葉に、眉をひそめる。
といっても、きっと誰も気づかないだろうなと自分でもわかる程度にだけど。
「・・・千雨は、嫌かな?」
「・・・は?」
ぽかんと、目と口をまん丸にして固まっている千雨をよそに、もう一度、問いかける。
「千雨は、僕がそばにいると、嫌かな?」
千雨は答えない。
僕は黙っている。
答えない。
待つ。
答えない。
待つ。
答えない。
待つ。
千雨が答える。
「・・・・・・・・・嫌なわけねーだろ」
「・・・なら、いいじゃない」
顔を背けた千雨の答えに安堵して、笑う。
今度はにっこりと、誰にでも笑顔だとわかるように。
――――千雨に、気づいてもらえるように。
「・・・・・・なんだよ、何かおかしいかよ?」
ちらりと、脇目で僕のほうを見た千雨が、怒ったような調子で言う。
顔が赤い、照れてるんだろうか。
「・・・ううん、何もおかしくないけど?」
「なら笑うな、腹立つ」
「嫌だといったら?」
「ぶちのめすぞ?」
怖い怖い、と首をすくめる。
けれど、僕は相変わらず笑ったまま。
そんな僕の様子に、ふん、と鼻を鳴らして、千雨はもう一度キーボードに指を躍らせる。
僕もまた、そんな千雨の様子をじっと見つめ続ける。
ずっとずっと、いつまでも。
外は雪、静かな部屋、大好きな君と二人きりで。
ただこうして、そばにいられる幸せに微笑みながら。