■プロローグ
オハナミ、というルームグッズをご存じでしょうか。
ニューデイズ原産のとある植物を小型培養したもので、元来数日で散ってしまう花を365日満開にし続けるルームグッズです。そして、私のスイートマイエンジェル小ビースト、ご主人様は大のニューデイズ好き。
後は言うまでもないでしょう。
「いや…、しかしまぁ、よくもこれだけ…」
マイルームには、総計11個の「オハナミ」が設置されている。
高額な品ではないのですが、お世辞にも腕が良いとは言えないご主人様は、せっせせっせとお小遣いを貯めて一本また一本と増やし、この光景に行き着いた訳です。
本物のこの植物はもっと大きいもので、「キノコのホダ木」みたいなものがデンと飾られると思い込んでいたご主人様はちょっとがっかりしておられましたが、流石にこうして所狭しと11本も並べるとなかなかのものです。
元々私もご主人様も体が小さいので、間近にすると意外と迫力もありますし。
内装もオハナミに合わせてグリーンクローバー。この部屋はもうすっかりオハナミ会場です。折角ですから、と、今日の昼食はテーブルではなく、オハナミに囲まれて食べました。
うん、なかなか悪くありません。それになにより…。
「…すぴー…、くー…、すぴー…」
ご主人様はオハナミに囲まれてお昼寝中。…atまいひざまくら!!
幸せだ…、幸せすぎる…。羨ましいか? 羨ましいだろう? 羨ましいと言え!
ぶるぶると歓喜に打ち震えながら、私は感涙を噛み締める。
だってもー! うとうとし始めたご主人様に「ひざまくら致しましょうか?」と聞いたら、眠い目をこしこししながら頷いて、太ももの上に頭を置いてくるんだもん!
ここ最近ツイてなかった運気が一気に傾いた感じ! かみんぐ超星運!
もー自分が何言ってるのかわかんないくらい、し・あ・わ・せ。
「はぅ…、はぅ…、おさかな…、たくさん…、はぅ…」
やべェッ!
ぱむっ! と私は思わず鼻を押さえる! 今なんか込み上げてきた! じわって!
駄目ですご主人様! そんな無防備な寝顔が太ももの上にあることですらヤバいのに!
そんな意味不明なキュートボイス吐かないで下さい! 私を殺す気ですか!?
ああん身じろがないでぇ! ふかふかの垂れ耳が太ももに当たって気持ちいいのぉ!
夢でもご覧になっておられるのでしょうか。ご主人様は寝心地の良い姿勢を探す子犬みたいに私の膝の上でもじもじと動いて…、そして…!
「はぅ…、かじきまぐろさん…、はむ」
唐突に太ももに走った甘い感覚に、一瞬目の前が真っ白になる!
はむって! はむって! ご主人様が私のふとももを甘噛みなさるぅううううう!!
おフぅ…ッ! 出る…! これは出る…! かつて無い量が出るッッッ!
がまん! 出来なくてもがまん! 今ここで私が鼻オイル噴いたら、ご主人様のお顔も、その綺麗な白い髪も全部真っ黒にしてしまう! 耐えろ私! 堪えろ430! べ、別のことを!何か別のことを考えろ!
「鼻から溢れたオイルがご主人様を汚す」?
逆に考えるんだ。
「ご主人様をめちゃめちゃに汚すのは、私の体から出た汁」
こう考えるんだ。
―はう…、顔中べたべたなのです…。
―申し訳ありませんご主人様! つ、ついうっかり…! 今お拭きします…!
―いいのですよ、430。430から出たものなのです、汚くなんかないのですよ。
―ああ! そんな、お嘗めになられては…!
―ぁう、ちょっと苦い…。はう、でも、これが430の味…。
これはもう、…出 す し か な い
ちくしょうくそう! 何で白いオイルってねぇんだよぅ!
でもありがとう私の中の見知らぬ髭の人! 今なんか吹っ切れたよ!
万感の思いを胸に、今、私の体から迸る何かが! ご主人様のお顔を目掛けて…!
「こんにちはあー、ビーストさん、430さん、いらっしゃいますかー?」
みゅーん、とマイルームのドアが、開く!
「はぶぅっ!」
ぎううううう! と私は咄嗟に鼻の根っ子を指でねじる!
膝枕してるご主人様に鼻オイル浴びせるPMなんて、目撃されて訴えられたらまず負ける!
「ふはーーーーー、すごーい、一面オハナミですねー」
来客は…、410…! あのクソヒューマンとこのクソPM…!
マイルームのドアを開けるなり広がったオハナミの庭に目をぱちくりさせている。
…初対面の時といい、スキヤキの時といい…、どうもこいつは私に殺されたいとしか思えねぇやな…。
「…何しに来たんですか」
怒鳴ってビビらせて首根っこふん捕まえて押し倒して、零距離射撃で全身バラバラにしてやりてぇところだが…、今はご主人様にひざまくらをしている最中です。刹那的な殺PM衝動より、こっちの方が魅力的。…運が良かったな、ピンク野郎。
「暇だったもので、お茶でもご馳走になろうかなぁって」
「暇って…、貴方もPMの端くれならやることいくらでもあるでしょー…」
不快感ばりばりの視線を向けて言うと、410はやたら冷め切った大人の表情で、
「…私、自分の方の本編にどれだけ登場してないと思いますか? 過去編だからって」
ため息と同時に、斜め下を向いて呟く。…おい、今小声で「死ね420」とか言わんかったか、この小娘…。…こいつはこいつで色々あんだな…、うん、きっと…。
まぁ…、適当にあしらって早々にお帰り願うかぁ…。
「オハナミ見物ならごゆっくり。ただ、ご主人様がお休みになられておりますので、大きな声はお控え下さい」
しぃー、と人差し指を唇に当てて言うと、410にも膝枕で眠るご主人様が見えたようで、苦笑いをしながらこくりと頷いた。
410はてくてくとオハナミの庭を歩いていく。普通の人にはマイルームは狭いと感じるかも知れませんが、私たち小型キャストのPMには、マイルームというのは結構広いのです。
ルームグッズを眺めながら歩いていくのだって、なかなか楽しいもんです。
幾分気を取り直し、私は一つため息をついて、そんな410を眺める。…油圧正常化。OK。
「オハナミ」は開花環境を調整する為にケースに入っているものだけれど、ニューデイズにある本物は、…花びらが雪のように辺り一面に降り注いで、とても綺麗です。
ご主人様の綺麗な髪をそっと撫で付ける。グラールの季節はまだ冬が始まったばかり、本当の「オハナミ」には、まだ随分早い。
ふと410に声を掛けられ、私はご主人様を見下ろしていた顔を持ち上げて…、
あ…、
青空を埋めるは、薄紅色の霞を思わせる、あの花の群れ。
さわりと吹き抜けた風に、無数の花びらが舞い踊る。
そこは、まるで、―幻想の郷。
彼女はその場所にやってきた。…GH-410、識別番号GSS988-B2。
* * * *
「…君には、礼を言わねばならんのだろうな」
* * * *
「430さん?」
「…いえ、何でも」
気が付けば、…私は随分ぼぅっとしていたらしい。
いつの間にか410が私の目の前までやってきていた。
そうか…、そうだったなあ…、アイツも410だったっけな…。
思えば、あれが私の最初の「オハナミ」だったっけ。
「お茶でも出してあげたいのだけれど。生憎この通り動けなくて。入れてきてもらえる? 直にご主人様も起きるでしょうし、三人分で」
「かまいませんよ」
にこりと笑って、410はキッチンの方に歩いていく。
それを肩越しに見送って…、私はご主人様の髪を撫でた。ゆっくり、何度も。
11本のオハナミの、その真ん中で。
さくら さくら やよいのそらは
私は、ご主人様の幸せそうな寝顔を見下ろしながら、
あの時に憶えた歌を、…歌っていた。