■二章「見えない目 - fantasia eye -」
「いや…、あの、そう、見詰められると…、困る」
「あ!? ダンゴモチ嫌い!?」
「………………………好き」
ニューデイズ建築仕様のリビングルーム。ちゃぶ台の向こう側にはニューマンがいる。
「ねねねね、なら食べて? これすごい美味しいの!」
「いや、あの…、あぅ、…うん」
爪楊枝の刺さったダンゴモチを一個、口に運ぶ。…モギモギ。
「やぁああああん! 410! 410! 見てみて! 430がモギモギしてるの! かわいいよー! かわいいよーーー!」
「主殿…、私は目が見えぬと知っておるでしょう…」
…何なんだ、このニューマン女…。
410はニューマンの隣で、やはり目を閉じたまま―どうやら本当に目が見えていないらしい―、微妙な顔でお茶を啜っている。
「最近は黒服のおっかない顔した人たちばっかりでねぇ。困ってたのよ。どうせ来るなら、貴方みたいな可愛い子の方が嬉しいに決まってるわ」
「私の方が可愛いですから」
両肘をついての頬杖の上に顎を置いてニコニコしているニューマンに、410はぼそりとしたツッコミを入れる。
ちょっと待て。この私を無視したハイペースを何とかしろ。
わかってんだよな? こいつら、私がガーディアンズ諜報部のモノだってこと。
諜報部なんて、表側だけの組織じゃねーんだぞ? 都合悪いことを全部「無かったこと」にする為に、「ちょっとコイツ殺してきて」的な仕事だってやる平気でやる人間なんだぞ?
そんな私に、何でお茶とダンゴモチ出してんの? 何で私、それ食っちゃってんの?
…。
「アンタらアホか!? あれか!? アホの子か!?」
私は思わず声を上げていた。
「失礼なこと言わないの。あと、女の子がそんな言葉遣いしちゃダメ」
ちょんっ! と、ニューマンの細い指が私のおでこを突く。
…何なんだ…、何なんだよ…、コイツと410は!
「聞けぇっ!」
どばん! と私はちゃぶ台に手をついて立ち上がり、
「アンタんトコの410を貰い受けに来た! 諜報部はその謝礼に1000万メセタを用意している! 悪い話じゃねーだろう!? 売れよ! そいつを!」
ここにいると流される! 仕事! そう、私は仕事に来たんだ! ダンゴモチ美味かったけど!
「うわー、凄んでも小さーい…」
「そりゃパートナーマシナリーですから。私と身長変わりませんよ、主殿」
「真面目に聞けぇえええええええええええええええええええッ! お茶とダンゴモチなんか出してんじゃねー!」
「…君も食っておったではないか」
「う゛」
私ぁ『狂犬』だぞ!? ワンオブサウザンド! 誰もが恐れる諜報部の隠し刀だぞ!? 何でこいつらフツーなんだよ! 何でお茶啜りながら雑談してんだよ!
「聞いてるわよ? 至極普通に。ぷくく、でも、貴方があんまり可愛いから。そりゃぁ、お茶とダンゴモチくらい出すわよ。…でもね?」
ニューマンは湯飲みのお茶を一啜りすると、立ち上がる私を見上げて、笑って、
「結論だけ先に言うわね?」
途端、
「…え…?」
ニューマンのその形相が、途轍もない憤怒の色を浮かべる…!
「1000万メセタ? ふざけないで。…世界中のメセタを目の前に積もうが、私は410を手放す気なんかないわ!」
肌を叩くようなその気迫に…、私はいつの間にか、すとんとその場に腰を落としていた。
…気迫負け…? うそ…、この私が…?
「主殿。…気を落ち着かせくだされ。身に障りまする」
「大丈夫よ。…これだけは、しっかり言わないと」
ニューマンはそう言って、肩に手を置いてくる410の髪をそっと撫でていた。
私は…、手を握る。ぎゅうっと。この手の中の何かを、目一杯の力で握りつぶすように。
「…ワンオブサウザンドって、知ってますか?」
「話だけにはね」
量産されるパートナーマシナリーの中に生まれる、奇跡的な「欠陥品」。
天文学的な確率の上に生まれる、疫病神に取り憑かれたパートナーマシナリー。
「私はそれです。…そして、貴方の所持する410もまた、…ワンオブサウザンドです」
「どうにもそうらしいのよねぇ…。変だなー、とは思ったのよ」
「その性能は異常です。人の手に余るモノです。言うなれば、疫病神憑きの欠陥品。…いずれ必ず、貴方に不幸を呼び寄せる」
しん、と、場が静かになった。…庭先の落ち葉の上に、新しい落ち葉が降り積もる音が聞こえるような、そんな静けさ。
「私はたちは普通のパートナーマシナリーじゃない。…バケモノだから」
「…言い直しなさい」
「え?」
思わずの私の一言に、ニューマンは私に顔を向けると、
「私の410はバケモノでもなければ欠陥品でもない。二度とそのような物言いは止めなさい。そして、貴方もそう。…自分で自分をバケモノなどと言うことはお止めなさい」
…凛と、そう言い切った。
その表情に…、怖気にも似た、衝動が走り抜けた。…桁違いの苛立ち!
「アンタはきっと、ソイツの本当を見ていないんだ! 私の本当を知ってるか!? ディ・ラガンの眉間を一発でぶち抜いた! 同僚の本当を知ってるか!? マスターに乱暴されて! 咄嗟に反抗して! 一瞬でマスターを挽肉にしちまった! どこが普通だ! どこがバケモノじゃないってんだ!」
そうだ。きっとそうだ。…こいつはワンオブサウザンドを知らないだけだ。
甲斐甲斐しく身に回りの世話をしてくれるパートナーマシナリーが、その皮を被ったバケモノだって、知らないだけだ! そうでなきゃ…、そうでなきゃ…、
そんな優しい言葉…、言えるもんか―…。
「…知ってるわ」
ぜぇぜぇと息を荒げる私の耳に…、ぽつりと。
「この子が普通じゃないことくらい知っている。…そして、この子は、貴方が思っている以上に『普通ではない』ことも、知っている。知ってて言っている」
ニューマンは、410の頭を撫でていた。開かない瞼を伏せたまま、何を言わずに座している410の髪を、何度も優しく撫でながら、
「でもそれでも、私はこの子が大切なの。今までずっと一緒にやってきた。だから、…最期まで、ずっと一緒にいたいと思っている。それだけのことなのよ」
私は、何も言い返せなかった。
奥歯を噛んで…、席から立ち上がる。
「今日は、これで失礼します」
「また遊びに来て? ダンゴモチ、まだまだ沢山あるわよ?」
ふりふりと手を振るニューマンは、また、穏やかな顔に戻っていた。
私は…、やはり拳を握りしめたままだった。
くそ…、くそ…! 私、なんでこんなヤツにですます口調で話してんだよ…!
何やってんだよ私は…!
ちくしょう。…ちくしょう。…ちくしょう…。
こんな仕事引き受けるんじゃなかった。こんな場所に、来るんじゃなかった…。
* * * *
私の値段は、10万メセタ。たったそれっぽっちです。
私のかつてのご主人様は、とてもプライドの高いお方でした。
私の不出来をお叱りにはなられません。
『主たるもの、従者の不出来には寛容であれ』
そんな言葉の似合う方でした。…そして、ご主人様が寛容であるが故に、私は有能であろうと努力したのです。
立派で尊大なご主人様に見合う、無二のパートナーであるように。
そして…、そんな私の放った一発の銃弾は、ご主人様の自尊心を粉々に打ち砕いてしまいました。
ご主人様が全力を尽くして打ち倒そうとしたディ・ラガンを、私はただの一撃で絶命させてしまったのですから。
それからの数日は…、まるで針の筵(むしろ)そのものでした。
ご主人様は私と目を合わせようとはしませんでした。
何を言っても、曖昧に頷かれるだけでした。
ご主人様は、狂ったようにトレーニングに打ち込まれました。
私はパートナーマシナリー。それも、こと戦闘においてはお荷物扱いされるGH-430。
やがて、その私に、生涯を掛けた訓練を持ってしても追い付けないと悟ったご主人様は…、
たった10万メセタで諜報部との取引に応じ、…私を売り払われました。
それが『狂犬』の過去。
一匹の、ただただご主人様が大好きだった犬が、…人殺しの世界に身を置くようになった理由。
…呆れるくらい、つまらない昔話だ…。
* * * *
「…ほれ」
木の下から聞こえた声と共に、枝の上で寝そべっている私の目の前に、芋が投げ寄越された。
私は思わず両手でそれを受け取って、握りしめて…、
「あッッッッちいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「…む、言うのが遅かったか。焼きたての芋だ、熱いぞ」
「遅ーんだよ! マジ遅ぇんだよ! 火傷するかと思ったわァッ!」
ふーっ! ふーーーーっ! 私はじんじんと痛む両掌に息を吹きかける。
「今日も懲りずに木の上で監視か。ご苦労なことだな」
枝の上から見下ろすと、木の枝を削った簡素な杖を頼りに、私が身を置く大樹へと歩み寄ってくる410の姿が見えた。…盲目のパートナーマシナリー。
「君が来てから一週間目になるな、主殿が申しておったぞ? 遊びに来てくれないのか、とな?」
「ざけてんじゃねーよ、私は仕事で来てんだ。ダンゴモチ食いに来てんじゃねぇ」
木枯らしの吹く枝の上で、私は二つに割った焼き芋にかぶりつく。
うはー、芋甘ぇー。あったけー。うめー。…モギモギ…。
「…しっかり焼き芋を食いながら言う台詞ではないな?」
「う゛」
「…少し、聞きたいことがある」
410は、私が寝転がる大樹の根元に、腰を下ろしたようだった。
「君は、どう『普通』ではないのか、聞かせてはくれまいか」
「口調」
「それはお互い様よな」
…うん、納得。なんだ、自分で口調が変なこと、気付いてんのか、410。
「リミッターの無いフォトンリアクターと、その異常な過負荷に耐えうる、アホみたいな強度のアクチュエーター。それが私の『欠陥』だ。…それが故の、ワンオブサウザンドだ」
「…たった、それだけか…」
「あ?」
ぽつりと呟いた410の言葉に、私は枝の下を覗き込む。410はそんな私の気配を察したようで、相変わらずの閉じた瞳のまま、真っ直ぐに私を見上げてくる。
「…君が来る以前の黒服共がな。ワンオブサウザンドが如何にバケモノかを切々と説いていってくれたお陰で、私も主殿も、どうにも妙な妄想に取り憑かれていてなぁ。…夜な夜な人の生き血を啜るとか、水を掛けると分裂するとか」
「私はドコのバケモノだ!?」
「はははは、気に障ったなら謝ろうぞ? …少し安心した。何だ、ただのパートナーマシナリーでしかないじゃないか。…どこがバケモノだ」
「…一言命じられれば、人間が一呼吸する間に100人殺せる。…それのどこが、バケモノじゃないってんだ? …お前」
「それは命じる主の問題だ。…君のせいではない」
何故なんだろう。…今、凄く…、胸が…、熱くなった。
風は、まだ寒い。それでもこうして木の枝の上にいると、その風の中に、微かな春の匂いを感じられる。…そのうち、ちょうちょも飛ぶのかな…。
「未来が見えるんだ」
「…は?」
唐突な一言に、私はきょとんとする。…今、410のやつ、なんつった?
「視覚センサーを代償にする超感覚。だがそれだけじゃない。…これは、主殿と、私と、そして今これを話した君しか知らないことだが。…私の目はな、未来を見るんだ」
そうか、うっかりしていたな。今日だったか、君が来るのは。
…そして、この子は、貴方が思っている以上に普通ではないことも、知っている。
「…馬鹿言えよ。そんなの聞いたこともねぇ」
「まさしく馬鹿な話だ。未だに自分で信じられん」
木の上から410を見下ろすと…、410は、そっと、自分の瞼を掌で撫でていた。
「元々は見えておったのだよ、この両目は。ある時、ふと自分は他の者よりも遠く広く見えていることに気が付いた。それは日を追う事に益々精度を増していき…、私が己の『異常』に気付いた頃には…、奇妙な出来事が起こり始めていた」
* * * *
今見えている光景に、これから何が起こるのか。それが、見えるようになった。
この場に誰がやってくる。その者がそれから何をする。
私の目は、まるでそれらの出来事を先取りするかのように見て…、そしてそれは、何一つ違わず現実のものになった。
そして、やがてあるとき、ふっつりと、私の目から光が消えた。
何度もGRM社で検査を受け修理をされたが、…数日と経たず、私の目からは光が消える。
「見る」以外のセンサーが異常な感度を出すようになったのはこの頃だ。
しばらくすれば、見えずとも困らぬようになった。…ならば、これはこれで良いと思っていたのだがな。
だが、見えなくなった私の目は、いつの間にか、別のものを見るようになったんだ。
真っ暗になった私の世界は、時折、遠い先の未来まで見出すようになっていった。
数時間後、数日後、数ヶ月後、時には、数十年も先のことさえも。
初めは便利だと思ったのだよ。余計な危難を避けることが出来るだろうし、大きな厄災を未然に防ぐことが出来るかも知れん。…主殿も、私の目があれば、より多くの人を助けられると言ってくれた。受け入れてくれた。
だがな…。
私が見通す未来は、私たちがやれるべき手段の、その先の出来事なんだ。
どんなに手を尽くしても、私が見た結果は変わらなかった。
『私たちが未来を変えようと努力した結果に起こった未来』。
…私の目は、きっとそれを見ているんだと思う。
そんな私をパートナーマシナリーに持つが故に、主殿は、奇妙な役目を担ってしまったんだ。
見えた不幸を取り除こうと二人で努力して、変わらない結果に落胆するのと、
見えた不幸に目を瞑り、その結果の悲劇を目の当たりにするのと、
それが同じ価値だと、主殿は割り切れぬ人だった。
私が見る他人の不幸は…、それがそのまま、主殿の不幸になった。
…はは、私がGH-410だというのが良くなかったんだろうな。私の顔は正直過ぎるらしい。飄々と嘘が言える他のパートナーマシナリーたちが羨ましい。
誰かの不幸を「見」てしまうと、それを隠そうとしても、主殿には気付かれてしまうのだ。
『話して?』
『…お止めください。…また、変えられぬ未来を見るだけです…』
『1000回未来が変えられなくても、1001回目には未来が変えられるかも知れない』
『頑張ろう? だって、私たちはガーディアンズじゃない』
主殿の周りからは急速に人が減った。
当然だろう? 不吉な未来を口にしては付きまとい、そして結局、不幸のただ中に立つ。お前のせいだったんじゃないのか、と、後ろ指を指されながら、な。
それでも未来を変えようとして、…ただひたすら、誰かの為に。
忌み嫌われるのは主殿ばかりだ。その後ろをちょこまかついてくるパートナーマシナリーの目が、未来の不幸を見たせいだなんて、誰にもわかりはしないのだからな。
* * * *
「…こんなパートナーマシナリー、疫病神どころか…、死神だ…」
ぎゅうっと…、410は自分の膝を抱いて、膝頭に顔を埋める。
「私の目は不幸を見る。そしてそれを主殿が肩代わりする。…そして主殿だけが不幸になる。ははは、本当はな、いっそ売り払って欲しかったんだ」
自虐的に、410は笑った。
「私がいなくなれば主殿は幸せになれるだろうし、何より、この目で他の誰かを不幸にしてやりたかった。主殿を忌み嫌った連中に、主殿が味わった苦悩を分けてやりたかった。変えられぬ未来を突き付けてやりたかった」
長く話して…、疲れたのか、410はそれからしばらく、黙ったままだった。
私は半眼でその姿をしばらく見下ろして…、再び太い枝の上に身を転がす。
「…今からでも、私らんとこ来るか…? …疫病神は疫病神どうし…、それなりに、やってるぞ…?」
頭の後ろで指を組んで…、私は空を見上げていた。
随分と長いこと、410の返事を待って、ただ、無言で。
「一年前なら、迷わなかったろうな。主殿が何と言おうとも、パートナーマシナリーの行動則に反しようとも、君のようなものに手を差し伸べられたなら、…出て行ったさ」
「…ん?」
「見えてしまったんだ。…見ぬつもりで、必死になって見えない暗闇を掻き集めて、どうかそれだけは見せないでくれと」
410は言う。春間近の、冷たい風の中。
「あと一月ほどで、主殿は死ぬんだよ」
風が…、ざぁっと、ミズラキの山々の枝葉を鳴らす。
「一年前にそれを見た。…そして二ヶ月前、主殿は病に伏せった。不治の病だと聞かされた。涙など出なかった。一年前に出し尽くした」
「…主の最期を、その傍らで、か」
言う言葉に、返事はなかった。…私は身を転がし、枝の下を伺う。木の根に腰掛ける、盲目のパートナーマシナリーを見下ろす為に。
410は私の方を向いていない。…ミズラキ保護区の遠い空に、閉ざしたままの瞳を向けて、
「知っておるか? 430」
「何を」
「ここは「オハナミ」の名所だ。本物のオハナミの名所なのだ。主殿はオハナミが好きな方でな。…見せてやりたい。だが、開花にはまだ早い。…花が咲くが先か、主殿の命が散るが先か…」
「…見えてんじゃねぇのか。お前に目には」
問い掛けに、410は笑いながら首を横に振る。…ひどく、寂しそうな、その顔で。
「全てが見えているわけではない。…だからこその最後の願いなんだ。主殿に…、最後にオハナミを、見せてあげたくてなぁ…」
開かない瞼の隙間から、ひとしずくの涙がこぼれていくのが、見えた。
「こんな疫病神を可愛がってくれる主殿を…、どうして神様は大事にしてくれないんだろうなぁ…」