■三章「ワンオブサウザンド - a defective machinery -」
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ
―ピロン。
「…あ、繋がった」
ニューデイズ、オクトウ・シティ。
安宿に身を置いていた私は、その日の夜深夜に反応した通信機を立ち上げていた。
「よー、440」
通信機が映し出す440の立体映像に、私は安宿の布団の上に寝転んだまま片手を上げて答える。
床の上に布団を直に敷くという精神が信じられなかったが、いつの間にか、私はそんなことは気にならなくなっていた。慣れというものは実に怖い。
「よー、ではありません。…430、貴方、何日定時連絡を怠っていたと思っているのですか?」
「あー? 三日くらい?」
「一ヶ月です!」
珍しく声を荒げる440に、私はぼーっと、思う。そうか、もう、そんな時間が経ったのか。
「おやまぁ」
「おやまあ、じゃないです。…今日連絡が取れなければ、本部に貴方のミッション事故における葬儀の準備を申し立てていたところですよ? 今月は新作の帽子を買ったので持ち合わせが少ないんです。葬儀の費用の立て替えなんてごめんです」
「…ボウシ? いつものと同じじゃん」
「違います! 素材が違うのです! これだから430は…」
布団に寝転がりながら言う私の言葉に、430は呆れたように首を横に振る。
「ミッションは順調に消化中。上部にはそう伝えておていくれや」
「貴方が一つのミッションに一ヶ月以上も時間を掛けているなんて、鵜呑みには出来ませんけれど? …なんか妙に顔が赤いですね? ひょっとして呑んでますか?」
「んー? 呑んでいると言えば呑んでいる…、呑んでいないと言えば呑んでいない…、そんなとこ?」
「わけがわかりません」
っだよ、面倒臭ぇなあ。気を利かせろよ。
私は隠しもせず、通信機の前でお酒をあおって、
「定時連絡、まとめて一ヶ月分。問題なし。狂犬430は良い子にしてます」
「はぁっ…、それを報告する身にはなってもらえませんのでしょうかね…?」
「無理」
「はいはい…」
ま…、その辺は440が上手くやってくれんだろ。…お土産にダンゴモチ買っていってやろうかな。
「…一応、確認です。…ターゲットは本当にワンオブサウザンドでしたか?」
立体映像の中の440が、幾らか表情を改めていた。
私は布団の上でゴロゴロしていた体を起き上がらせ、面倒だけれど、通信機の前であぐらをかいた。
「…間違いない。その所有権を握るニューマンの女も…、410の特異性に気付いている。それでもなお…、説得には応じない。…世界中のメセタを目の前に積んでも、410を譲る気にはならんとさ」
「…前任者の言葉そのままですね。…何か打開策は?」
「なんもねぇ。日々順調にお茶とダンゴモチで過ごしている。…問題は?」
「ありませんよ。…ボケナス」
はぁっ、と、440は隠すこともなくため息を付いて、私にそう言った。…何だかそれが可笑しくて、私は思わず笑ってしまう。
「なぁよぅ、440」
「なんですか?」
私は酒の入った徳利をそのままガブガブと飲み下しながら、
「お前さぁ、なんか夢とかある?」
しん…、と、静かな夜に、それ以上の沈黙が漂った。
「ワンオブサウザンドで、世界征服とかどうですかね?」
「あっはっはっはっはっは」
私たちは笑った。…通信機越しの視線を合わせもせず。…私は上向いて、440は俯いて、それぞれ…、口にする価値もない笑い声を響かせて。
「いいなぁ、それ。…そんでそんで? 440は世界征服したら何をする? そしたら何だって私たちの思い通りになるんだぜ?」
「そうですね。…うん、私はまず、世界中のお菓子を独り占めにします」
「よーし、そんなら私は、世界中の酒を独り占めにしよう。…あはは、いいな」
互いに愛想笑いの…、実に無駄で、実に意味のない数分が、過ぎて…、
「そして…、世界中のお菓子に飽きたら、きっと…」
440は、やはり私と視線を合わせることなく、微かに俯いたまま…、
「…こんな私でも、隣に置いてくれる…、『ご主人様』を捜しに行こうと思います…」
時刻は深夜。…通信機からの声が途絶えれば、物音なんて一つもない。
その沈黙が…、まるで身を切るように、重くて…、痛かった。
「…うん。きっと、私も、…そうすると思う」
私たちはパートナーマシナリー。主が為に生きるモノ。
…なのに私たちは、こんな冗談の中でしか「ご主人様と一緒にいたい」と言えない。
ワンオブサウザンドって、何ですか…? 私たちは、望んでそんなモノになったわけではないのです。
こんな力、欲しかったわけじゃない。…私たちが欲しかったのはたった一つだけ。
ただ平凡で良い、ただ普通のパートナーマシナリーとしての暮らしがしたかった…!
戦闘のお荷物で、合成に失敗して、お腹を空かせてご飯をおねだりして、…そうして頭を殴られて怒られて、…時々撫でてもらって、優しくしてもらって…!
それは…、そんなに贅沢な望みだったのですか…!? 神様!!
「通信、…切る。おやすみ」
440は何も言わず、…ただこくりと頷くだけだった。
私は空になった徳利を投げ出すと、近くにあったマクラに抱き付いて…、ぐったりと布団の上に横たわる。…冬の夜は静かで、冷たくて、透明で、…虚しい。
早く寝よう。早く、何も思わないで済む夢の向こうに、逃げていこう…。
夢の中なら、私はワンオブサウザンドなんて兵器じゃなくて、…ただ、ご主人様の後をついてトテトテ歩いていく、ただのパートナーマシナリーでいられるから。
* * * *
「…最近、庭先で見なくなったな。テメェのご主人様」
「…床の間から起き上がれぬのだ。庭先になど出せぬよ」
私たちは、今日もこの木にいた。
私は相変わらず枝の上。…ここからはコテージの庭先がよく見える。
410は木の根本。手製の杖を幹に立てかけ、地面にせり出した根の一つに、腰掛けて。
互いに、吐き出せば靄に変わる息の合間に、他愛のない会話を繰り返す。
「…あんなに元気だったのにな」
「…床の間でも元気だぞ? 今は薬が良いからな。病に苦しむ者などおらぬよ。…ただ少しずつ衰弱していって…、やがて眠るように、息を引き取るんだよ」
私は…、頬杖をついてコテージを眺めていた。
「私の知り合いは怪我で死ぬヤツばかりだからなァ。…そりゃ痛ェ痛ェと喚きながら死ぬんだ。…それに比べりゃ、なんぼかマシ、か」
空ばかりがやけに高くて澄み切っていて、そこから吹き下ろす風が、心にまで入り込んでくる。…もう、春になるというのにな。
ふん、と息を吐いて、私は枝の上に寝転がる。そして…、ふと気付く。
「なぁよぉ、410」
「何だ?」
ここに来た初日に見付けて、格好の監視ポイントだと根城を構えたこの大樹。
悠々と諸手を広げるように張り巡らせる枝の先端には…、小さな蕾がいくつもいくつも芽吹いていた。中には随分大きな蕾もある。先端が割れ、薄紅色の花びらが顔を出しているものさえも、だ。
「この木、花が咲くんだな。…あ、向こうの枝のはもう咲いてんじゃねぇか」
「…なんだ? 知らずに登っておったのか?」
知らん。ニューデイズでしか見ない植物だとは思っていたが、その程度。
「『桜』と言うんだ。…そしてな。この木の花が満開になるのが『オハナミ』なんだ」
410の声は笑っていた。ささやかに笑っていた。…とても、寂しそうに。
私は寝ころんだまま…、心の奥がズキリと痛んだのを感じる。
「…出来ることなら、私もそれを見てみたいが…、はは、この目ではな」
410の姿を見下ろす気にはなれなかった。
やがて、幾らかの時が過ぎて、410はふと言った。
「君から、すれば」
「あ?」
「私というのは、…さぞ憎らしい存在なのだろうな」
私は答えない。桜の枝の隙間から、高い高い空だけを見上げている。
「君たちの過去を知っているんだ。諜報部の黒服どもが全て話していったからな。ワンオブ…、何と言ったか? …まぁ、そんな君たちが、如何に強大で、一緒にいることが如何に危険であるか、とな」
ささやかな風に、一足先に咲いてしまった花が揺れている。満開にはまだ早い。…何でお前、一人だけ先に咲いちまったんだよ。もう少し待ってれば、周りのみんなと同じに咲けただろうによ。…でも、そうだよな。…そうだよな。
「私たちはパートナーマシナリーだ。その望むところは一つだけ。…主と共にありたいだけ。君たちは無惨な形でそれを引き裂かれたのに、私だけが、未だ主と共にいて…、暖かく迎えられている」
例えそれが、どれだけの苦難の上に成り立っていようとも。
例えそれが、あとたった数日で失われようとも。
だから、こそ、
「花と同じだ」
「…え?」
「花はただ咲きたいと願うだけ。…遅咲きの花が先咲きの花を恨むかよ? 先咲きの花が遅咲きの花を憎むかよ? 一生懸命咲いてる花に、ケチを付けるヤツなんかどこにもいねぇんだよ」
ぎり、と、音が立つ程に奥歯を噛み締めて、
「私たちの中で一人ぐらい、そうやって幸せになったっていいじゃねぇかよ!」
私は、気が付けば、木の枝から飛び降りていた。
滅茶苦茶に怒鳴り散らしたくなる気持ちを何とか飲み込んで、木の根に腰を落としている410の両肩を、思い切り掴んで…、
「なあ…! 幸せになれよ! 胸張って幸せだって言えよ…! 私たちにはもう無理かも知れないけど、テメェにはまだそれが残ってるじゃねぇかよッ! 悟った顔で悲しいコト言ってんじゃねぇよ! 未来が見える!? 何様のつもりだ! テメェ、たかだかパートナーマシナリーじゃねぇか! ご主人様に大事にされてる…、たかだか…、パートナーマシナリーじゃねえかよぉ…!」
そう、たかだかパートナーマシナリー。
この世界にいくらだっている、一つの『命』。
何がワンオブサウザンドだ! 笑わせるな!
そのたった一つが幸せになるのに…、どれだけの苦労が必要だってんだ…!
「変えてみろよ未来を! 神様のちゃぶ台ひっくり返してやれよ! 私たちの不幸が! 欠陥が! 神様に選ばれた結果だってんなら! その神様に唾の一つくらい吐いてやれよ! なぁっ!」
怒ったっていい。
でも、恨んだらおしまいなんだ。そこで諦めてしまうことだから。
だから私も! 440も! どれだけ悪態をつこうとも、本音ではそう言うんだ!
『ご主人様と一緒にいたい』って!
410の肩を掴んで揺さぶって、込み上げてくる思いを突き付ける私に…、
「君は…、優しいな」
410は、その私の手にそっと掌を重ねて、そう…笑った。
「本来ならば、君のようなパートナーマシナリーこそ、幸せになるべきなんだろうな」
「ふざけ…」
「聞いてくれ」
ぐっと、410は私の手を握りしめる。
「私は君が来るのを知っていた。君が如何に危険なバケモノであるかを、黒服どもから聞いた。…だがその現実はどうだ? 君は危険どころか…、こんなに優しいパートナーマシナリーだった」
私の手を握る力が、ぎゅうっと、強く強く、私に訴えかけてくる。
「私は君にこんな話をするつもりはなかった。…当たり前だが、君は私と主殿を引き離す為にやってきた『敵』だ。…必要ならば、勝てぬとわかっていても、戦うことに躊躇いはなかった」
「何…、言って…」
「これは、私と主殿の、最後の勝負だ。神様が作ったレールへの、最後の挑戦なんだ」
410は…、言う。見えない両目で、しっかと、私の顔を正面から見据えて。
「『君は幸せになれ』。君が神様のレールをぶち壊せ。…それが、私と主殿の、最後の願いだ」