猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

万獣の詩断章01b

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万獣の詩 断章『セトの息子達』 第1話(後編)

 
 
=―<A-6 : cowardly lion : 14 years ago PM 7:17 >─────────────────=
 
 
「よう! イェスパー」
「ッ!」
 ガチャリとドアを開けて入ってきたオレに対して、ビクリと身を竦めるヘビっ子。
 …挨拶だなぁ、仮にも命の恩人に対して。
「調子はどうだ? ん?」
 言いながらズカズカ寝台に歩み寄ると、途端に寝台の端に逃げようとしやがる。
 なんだなんだ、オレが一体何したってんだ、ええコラ?
 
 どっかりとダブルどころかトリプルくらいありそうな寝台の横に座ると、
 観念したようにこのガキは身動きを止めて大人しくなった。
 もう陽は沈んでの宵の内だけど、廊下や中庭の篝火の照り返しで室内は明るくて、
 そいつに照らされてこいつの左頬のガーゼが痛々しい。
 さすがにだいぶもう腫れは引いてきたが、一昨日なんてもう酷かった。
 誰だよこんな……って、オレが殴ったんだっけな。
 
 …………。
 …ったく、歯が2,3本飛んだくらいで大げさなんだよ! ガクガクブルブル!
 どうせヘビって歯生え変わるんだろ? むしろ乳歯抜けて良かったじゃねぇか。
 なのにそこまで怯えてよ、お姉さんちょーっとショックだぞ?
 
「ほら! 『治療』してやるから、脱げ、脱げ!」
「…………」
 そう言ってせかしてやると、無言で睨んだままモタモタと上着に手をかけ出す。
 うわー、陰気なガキ。
 何か言いたい事あれば言えばいいのに、ジト目で人の事睨んで来て。
 …まぁその余裕めいたツラが、でも今日はいつまで持つか見ものだけどなぁ。ニシシ。
 
 胸と背に貼った『心気充実』『陰陽相和』の符をぺりぺりと剥がすと、
 すこーしこいつが痛痒そうに顔を顰めた。
 ちぃっとばかり糊でかぶれて跡が赤くなってるが、まぁ無視できる範囲内だろ。
 
 オレ様が張った結界のおかげで、今のこの部屋の氣脈は実に清涼なもんだ。
 三日前と比べてもう段違い! 明らかに部屋全体が明るい!
 空気も重苦しくない! ランプの炎色は素直に暖かさを醸し出して!
 ――なのにこいつの体内の氣は、大きく【陰】に傾いたまま。
 折角貼った符も、大して効果はあげてねぇときてる、
 『心気充実』はともかく、『陰陽相和』の方に関してはからっきしだ。
 
 やっぱりあれだね、「病は気から」じゃねえが。
 本人が助かりたくない、生きたくないと思わない限りは、こんなもんだわな、うん。
 絶望と後悔の中で、こいつが死と滅びの淵を眺め続ける限り、
 どんだけ周囲に陽気が満ち溢れてようと、それはこいつの身体を巡らない。
 自身が欲して無ぇ、拒んでんだもんな。
 
 これじゃ結界解除したら、おそらく半年と経たずに元通り、
 …『助ける』って事でおふくろさんと契約した以上、それはオレのプロ意識に関わる。
 あんな宝石貰っちまった以上は、最後まで面倒見てやんねぇとな。
 ……さて、じゃそういうわけで。
 
「なぁイェスパー」
 鱗に覆われた背中に指を乗せながら。
「お前、おっぱい好きか?」
 
 
 ――……。
 
 
「おっ?!」
「いや、おっぱいだよおっぱい。胸。乳。女の子のおっぱい。好きか? 嫌いか?」
 おお、流石に反応が劇的だな。
 鱗顔の変温動物だってのに顔を赤くして、口パクパクさせて。
「好きか? 好きだよな? 好きか、そーか好きか。見たいよな? 触りたいよな?」
「えっ? あっ? うえっ?」
 肩を掴んで畳み掛けると、目を白黒させやがって。
 ……うん、意外と面白いな、これはこれで。
「触りたいよな? そーか触りたいか、よーしそれじゃ出血大サービスでご開ちょ
「だ、だだだダメですッ!」
 
 道服の襟に手をかけたところで、今まで無言だったガキが唐突に叫んだ。
 実に三日ぶり、二人きりで顔を合わせてる限りでは始めての言葉らしい言葉。
「……ほぉ? なんでダメなんだよ?」
「……っ」
 でもオレが意地悪く聞き返すと、途端にまたおしのように口を閉じちまう。
 …こりゃ多少強引だが、でもこじ開けるにはこれしかねぇっぽいな。
「理由がねぇんなら別に脱いじまっても構わ
「あ、え、えあッ!」
 再び襟に手を掛けて合わせに手を掛けた所で、引き攣ったような声を上げて。
 
 
「……え、えっちぃから、だめです……」
 
 
 膝の上で握り締めた拳と、同じくらいきつく目を閉じて。
 顔を真っ赤にしながら、息も絶え絶えの声。
 
「……ふ」
「……?」
「ふふっ、ふはは、ぶははははは、ハハハハハハハハハ!」
 いきなり笑い出したオレにこいつはビクッとするが、でももう抑えられねぇ、これは。
「ウヒャハハハハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハ!!」
 いい。いい。いいイイ好い良い実に善し!
 精通もまだのガキに悪戯なんて、正直ちょっとって思ってた部分も実はあったが、
 …うん、まあでも、『たまにはいいか』、…なぁ?
 『後学のために』ちぃっとばかし試してみるのも、悪くぁなさそうだ♪
 
「ははは、おいお前、じゃあ聞くけどよ、なんでえっちぃのはダメなんだ?」
「……え?」
 意表を突かれたようにヘビの眼が輝き、どこか間の抜けた声が上がる。
「えっちぃのは悪い事なのか? いけない事なのか? なんでだ?」
「そ、…そ、れは……」
 言い淀んで、でも表情乏しいはずのその顔に宿るのは明らかな疑念。
 …うん、この辺はまぁ、やっぱりこの年頃のガキだな。
 親と一緒にお風呂に入るのは恥ずかしいとか、そういうのを覚え出す年頃だ。
「…ス、スケベだし、ヘンタイだし、エロくて、エッチで……い、いけない事です!」
「『なんで?』」
「み、みんなが……」
 ――みんなが言ってるから。――大人の人達がそう言ってるから。
 捻りの無ぇ答えだが、でもまぁこんなもんだろうと思う。
 『ダメなものはダメ』っていうその理屈に疑問を持って何かと反抗心を抱くのは、
 もうちょっと成長してからの、先になっての話。
「なんでスケベで変態で、エロくてエッチだと悪者って事になるんだよ?」
「…え? …あ、う、…あ?」
 答えられない、答えられないからこそ……騙くらかすには、都合がいい♪
 
「いいかっ!」
「うあっ?!」
 ガシリ、と肩を掴むと怯えたようにこいつが眼を見開くが、
 
「人間は皆えっちいんだ! ヘビも、ライオンも、大人も子供もお姉さんも!」
 ――アイヤー、ワタシ、間違ッタ事、言ッテナイアル。
 
「『すけべー』『えっちなのはいーけないんだ』ってお前の事バカにする友達や、
王様やってるお前のお父さん、お母さんも、実は皆スケベな事が大好きっ!」
「うっ、うそだ!!」
「嘘じゃないっ!!」
 ――ハイハイ、ワタシ、間違ッタ事、言ッテナイアルヨー。
 
「あのネコの国の血塗れ女王や、死んだ冷血帝や、2000年前の征服王だってな、
でも小さい頃は物陰に隠れてこっそりえっちい本をドキドキ読み漁ったり、
親に隠れてマスターベーションしたりもしてたんだよ!!」
「う、うそ……」
 ――だってにんげんだもの。
 ふろーらも、ざっはーくも、りゅかおんも、うんこするし、おなにーするよ。みつを。
 
「だからな、誇っていいんだぜ? おっぱい……大好きだってよ!☆」
 きゅぴーんと指を立てて、白い歯を見せながらカッコよく決めるオレ様。
「男の子だからえっちなのは当然なんだ! 胸を張れ!!」
「…………」
 ぽかんとしてるこいつの肩を、バンバンと二度叩いて勇気付けてやった後。
 
「じゃそういうわけで、ほい、ご開帳~♪」
「わああああああああっ?!?!」
 
 
 バッと道服の上をはだけただけで、思いっきり顔を真っ赤にして眼ぇ逸らす。
 なんだなんだ、まだサラシも取ってねえのに、気の早ぇ。
 ……んでもって、どっこい指の間からチラチラこっちを見ちまってる辺り、
 ふふん、効いてるな効いてるな、さっきまでのオレ様の鼓舞が効いてるな?
 ははん、こぉーの男の子めっ♪
 
「ほれ、触ってみ? ん? 触ってみ?」
「いやっ?! だ、だめええええ!!」
 腕を掴んで引き寄せるや否や、ジタバタしての精一杯の抵抗。
 なんだ、普通の男だったら諸手を上げて喜ぶようなシチュを、贅沢なガキだなー。
 なんか悲鳴まで女のガキみてぇのはとりあえず横に置いとくとして、
 さてまぁ、ここは無理矢理触らせてもいいんだが。
 
「おいおい、――『逃げる』のか? 弱虫イェスパー」
 …それじゃやっぱり、面白くねえよなあ。
「また逃げるのか? 目を逸らして、嘘をつくのか、嘘つきイェスパー?」
 ぎしり、と隠した両手の向こうでこいつの瞳が固まるのが見えた。
 
「――どうして真実を認めない?」
 ランプの炎に照らされるのは、上半身裸の、やせ細った小柄の蛇体。
 健康的な美少年……というには少々やつれ過ぎてるし、
 儚げな美少年……とはお世辞にも言えない毒々しい鱗模様とまんまのヘビヅラ。
「――どうして本当の事を真っ正面から見ようとしない? 怖がりイェスパー」
 それでもゆっくりと顔を覆っていた手のひらを下ろして、
 こっちの方を見たその無表情なはずのヘビの瞳は。
「……なんで立ち向かわない? 真実に」
 確かに昏い情念と、黒い憎悪に染まっていた。
 
 強くなりたくても、なれない奴の憎悪。
 強くなれないのに、無神経に強くなれと要求してくる強い奴に対しての憎悪。
 ……ああ、いいねぇ、いーい憎悪だ。
 妬みと嫉み、捻くれといじけ、拗ねと諦めに満ちた、歪みまくった感情。
 
「…本当はお前もえっちぃヘビなんだろ?」
 ただそう言ってしな垂れ掛かってうなじに息を吹きかけると、
 途端に身を竦めてうろたえるのがお子ちゃまで。
「女の子のおっぱい見てると、ドキドキするんだろ?」
 冷たく乾燥した鱗の肌に、熱くて柔らかい女の生肌を押し付けてやると、
 ああホラ、みるみる動転して目を回して。
 
「ち、がっ――」
「違わないだろ、ほーら、ココこんなに硬くしちゃってよぉ?」
「うっ、うわっ、あっ!」
 寝間着の上からテントを触ると、下に隠れたものがビクンと大きく蠢動した。
 
「なんだぁこんなお前、ちんちんおっきしちゃってよ、エロい子だなぁ」
「えろ……っ?!?!」
「男の子のおちんちんは、ドキドキしたりえっちぃ事考えちゃったりすると、
こんな風に大きく硬く立っちゃうんだって、知ってるはずだよなー?」
 軽くさすさすしてやると、それだけで正直な反応、むくむく大きくなりやがって。
 ……つーか、でかいな、ガキのくせに。
 最近のガキは発育がいいとかよく言うけど、あれホントだったんだな。
「案外、隠れて女の人の裸が書いてある本でも読んで、
ちんちんおっきしながらハァハァしてたりとかすんじゃねえの?」
「しっ?! っしてないしてない! してないッ!!」
 うっわぁ分かりやしー反応。真っ赤になって、目ぇーひん剥いて。
 なんだ、病弱で虫も殺せないような顔しといて、意外と早熟なんじゃねえか、
 このムッツリスケベのマセガキめ。
 
「嘘つくな、認めろよ。なんで認めない? なんで目を逸らす?
お前エロい子だろ? スケベだろ、女の子の胸や股が気になるえっちい子だろ?」
「いやっ、やああああっ?! はっ、ははうえっ、母上えぇっ!!」
 何かもうむちむちぐいぐいズボンの下でいってるモンの大きさを確かめようと、
 さりげなく引っ張って下ろそうとしたら、すっげぇ必死で抵抗された。
 いやいや、「やああああ」ってお前、どこの女の子だよ、しかもちょっとマザコンか?
 おまけに、
「うっ、グスっ、…うっ、うあっ……」
 あーあ、泣くほどの事でもない、メスガキじゃあるまいし、ウブなヘビだよ。
 ……ったく。
 
「で、そうやってすぐかあちゃんに助けを求めるわけか」
 ズボンを掴む手を離し、スッと後ろに身を引いて。
「ダメダメだなぁ、イェスパー?」
 距離を取って見下してみれば、おーおー、やっぱすげぇ怒ってる怒ってる。
 泣きながらその蛇眼で物凄いガン飛ばして、喉からシューシューシューシュー。
 ……でも結局、睨んでシューシュー威嚇するだけなんだろ? っはは。
 
「【勇気】がないな、お前の中には、これっぽっちも」
 抉るように挑発してやると、でもそんな憎悪に滾った瞳が違う何かに歪む。
 ――自己嫌悪。――悲壮。
「そう、【勇気】がない」
 ドス黒い情念を引き篭もらせた瞳が、けれどスッと視線を下げた。
 何かの激情にギリギリと奥歯が噛まれて、涙を溜めた瞳が泣きそうに歪んで。
 
「でもな、イェスパー」
 だけど優しく、ここはあくまで優しい声で。
「一つ、いー事教えてやる」
 なんせバカな子供を諭して導くのは、人生の先輩である大人の役目だかんな。
 
 
「…【勇気】が心の中にないのは、お前もオレも、世界中の誰もがおんなじだ」
 
 
 ハッとして視線を上げたこいつの瞳に、オレはにやりと笑ってやる。
「だって【勇気】は――
 そう、勇気は。
 
 
――何も無い所から生み出して、搾り出すもんなんだからな」
 
 
 無言が支配した刹那の間の中。
 アホみたく口を開ける、こいつの頤(おとがい)に指を走らせる。
「オレが憎いか、イェスパー?」
「あ……」
 緩慢な、けれど安らかに死に向かうはずだったこいつの世界を壊したのはオレだ。
 偽りとはいえ、それでもかけがえなかった友達を壊したのはオレだ。
「憎たらしくてたまらないか、イェスパー?」
 くるくると動いた蛇の眼が、困惑を表すようにしないはずの瞬きを数度した。
 ランプの明かりの照り返しを受けるこいつの表情は、思いっきり複雑で。
「そうか、なら上等だ、話は早い」
 答えを聞くまでもなく、指を顎から肩へと走らせる。
「憎んでいいんだ」
 地を這う卑屈なヘビ如きに、視線を逸らす暇は許さない。
「その『憎しみの炎』を、『憎い』って気持ちを、じゃあ【勇気】に変えてみせろ」
 百獣の王の、名に掛けて。
 
「言ってやるんだ、『ふざけるな、納得できない』って」
 憤怒の炎は、それでも強力な原動力だ。
「言ってやるんだ、『それがどうした、何が悪い』って」
 憎悪の炎は、それでも未来を変える力になる。
 …これがガキ向けの絵本なら、怒りや憎しみは悪しき物って教える所なんだろが。
 でもやっぱりオレは思うんだよね、それは人間に不可欠なモンだって。
「病弱で、みそっかす王子で、幽霊が見える、気味の悪い子で何が悪い?」
 情けや優しさじゃ、その圧倒的な火力は生み出せねぇ。
「おっぱい大好きで、女の子の裸に興奮するスケベで、えっちい子で何が悪い?」
 赦しや肯定では、けれど変えられも救えもしないものがある。
「抗ってみろよ」
 その時に必要なのは、【水】じゃない。
「抵抗してみろ」
 その時に必要なのは、【炎】だろ。
 
「…確かに生まれた時は臆病だったかもしれねぇ」
 両肩に手を置いたまま、オレはこいつの金の瞳を覗き込む。
 ここが真剣な所、正念場だからだ。
「でもじゃあお前は、臆病に生まれて、臆病なままに死んでくのか?」
 瞳孔の小さいまん丸のその眼に、何度目かの動揺が走る。
 ……ただし今回は『逃げ』の動揺ではなくて、『迷い』の動揺が。
「最後まで怖がりのまま、嘘つきのまま終わるのか?」
「ん……」
 問われた言葉に、明らかに『イヤだ!』という波動が帰ってくる。
 そりゃそうだ、だって男の子だもんな、お前も。
 ――強くなりたいだろ。自分の国の将軍や王様みたいに。
 ――勇敢な子になりたいだろ。物語の中の勇者や英雄みたいに。
 ――嘘つき呼ばわりされたくないだろ。皆に賞賛され褒められたいはずだ。
「それじゃ母ちゃんも泣くよ、泣いちゃうな」
「……っ」
 ――優しいお袋さんを泣かして困らせるような、酷い人間にはなりたくないはずだ。
 ――だって、お前も、男の子だもんな。
 
「立ち向かってみろよ、どうせ長くない命だと思って、死ぬ気で頑張って」
 気がつけば瞳の中には、弱いながらもの決断の色が在る。
 おお、いい目だねぇ、かっこいいぞ男の子!
「嘘つかないで自分に正直になってみろよ、どうせ死んだら恥も悪口も無ぇんだし」
 そうさ、要は考え方の問題だって。
 『どうせもう長くないんだから、無駄なんだし全部諦めて何もやらない』のも、
 『どうせもう長くないんだから、むしろはっちゃけて暴走してみる』のも。
「勇気は、勇気だけなら、お前でも手を伸ばせばすぐ手に入るんだぜ?」
 たとえ後5年しか生きられなくても、後3年しか生きられなくても。
 それでも遅すぎるって事はない、勇気だけなら瞬時に無限に生成できる。
 
 
「さて、それじゃあ――『問うぞイェスパー・ユルング』」
 ひらりと手をかざして、指を一本。
 賢人・識者同士が問答をするように、礼法に習って問いかける。
「『勇気を持って、嘘偽りなく答えるがいい』」
 ごくり、と鳴るのは、こいつの喉。
 勇気を出そうと、出してみようと振り絞っている勇敢な男の子の喉。
「『お前は――…」
 
「…――おっぱい、ホントはすっごい興味あるな?」
 投げかけられた問いに。
 くわっと目をまん丸に見開いて。
「………………あ、あり、ます」
 顔を赤く染めながらも、恥じらうように震える声が洩れた。
 
 
 ……よっしゃ! 論点のすり替え成功ッ!!
 イヒヒヒヒヒヒ、まじめな顔しちゃってよ、これだから純粋なガキは騙し易ぃね♪
 伊達に路銀に困った時に偽の仙丹売って食い繋いだりとかしてねぇぜ?
 オレ様に掛かればざっとこんなもん、
 詐欺と詭弁は万国共通、道士の、錬金術師の、魔法使いの得意技よぉ!
 
「――触ってふにふにとかしてみたいか!?」
「し、してみたいっ」
「よぉーしおっぱいおっぱい! よく言ったッ! 偉いなッ、頑張ったぞッ!!」
 うんうん、ほーら感動感動。
 薄幸病弱少年と異種族のお姉さんが、おっぱいで結びついた感涙のシーン!
 マジでオレって先生とかの才能あるかもね、超凄腕じゃねえ?
 おっぱいおっぱい! おっぱいおっぱいおっぱい!!
 
 ……さてと。
 じゃ、いただきむわーす♪
 
 
 
=―<A-7 : rainbow serpent : 14 years ago PM 7:44 >───────────────=
 
 
 導かれるままに伸ばされた手が、ふに、と柔らかい物に触れる。
「うわぁ……」
 きつく巻かれたサラシの上からでも、溢れんばかりの体積と弾力の塊。
(お、おっきい…。母上のよりおっきい!)
 恐る恐るといった調子で綿布に指を這わしながらも、でもしっかり比較してる息子。
 余命薄弱の儚い身の上と思わせて、とんだエロヘビも居たものである。
 さては初恋の相手は母親か。
 そしらぬ顔で、でも胸の大きい人を見てはチラチラ盗み見ていたに違いない。
 
「ホレ、サラシの上から触ってねーで、解いてみろよ?」
「え…? ……で、でも」
「ホラ、ここをこうやってほどいてだな、後はぐるぐるぐるぐる……」
 サラシの結び目を解き手渡されては、やや躊躇したように腰を引かせるが。
「勇気出すんだろ? 男の子なのに、スカートめくりと似たような事も出来ねえのか!?」
「…!! …う、うんっ!」
 けしかけられては打たれたように、震えぎこちないながらも綿布をほどき出し、
(…ぼ、ぼくだって、女の子のスカートくらいめくれるっ)
 ……しかし【勇気】が微妙に違うモノにすり替えられている事に、
 どうして自分がこんなドキドキしてるのか、よく分かってない彼には思い至れない。
 ちなみに言う間でもなくやっている事はスカートめくりよりも遥かに重犯罪行為で。
(は、はぁはぁ、ハァハァハァハァハァハァハァハァh(大興奮))
 ……色々と将来が不安なエロガキである。
 
「う、うわあ」
 そうしてもう自分でもワケが分からないくらい興奮してドキドキして、
 ハァハァが止まらない目に飛び込んできたのは、紛う事無き巨なる乳。
「ところでオレのおっぱいを見てくれ。こいつをどう思う?」
「す、すごく……大きいです……」
 神の降臨に立ち会ったように、畏敬の念に打たれた少年が言うと同時に。
「おっぱいも……『乳首』もっ、母上のよりずっと大きいっ!!」
 
 
 ――いぇすぱーの こうげき
 ――りんは 85ぽいんとの せいしんてきな だめーじを うけた
 ――むじゃきな あくいが こころを えぐる……
 ――きょにゅうでも にゅうりんの おおきな ちちは みぐるしい ちちッ!
 
 
「……は、ハハハ、おっぱいが大きいと、当然乳首も大きくなっちゃうのさ」
「……? そうなんですか?」
 遠い目をして言い訳がましい赤毛の獅子に、首をかしげて子蛇が訊く。
「…お、おうさ、男だって身体の大きい奴ほど、ちんこも大きくて当然だろ?」
「…そ、そういうものですか?」
 それは間違いだし、巨乳でも美小桃乳首の女性はいるのだが――…
 …――まぁそれは置いといて。
 
 
――< Lynne in >─―
 
 
「そ、それよりもホラ、触ってみろよ?」
「う、うん」
 話題を逸らす意味でも先を促すと、今度は意外とあっさり触れて来やがった。
 ひんやりと冷たくて硬い、ハチュールイの手の感触。
「……なんか、すごい、熱い、んですね」
「そりゃまあ、な」
(厳密に言やぁ冷たい方が少数派なんだけどな)
 そんな事を考えながら、ぺたぺたと興味津々で触るこいつを眺め続ける。
 
 ――沈黙。
 
 ――沈黙。
 
 ――沈黙。
 
 ――沈黙。
 
 ――沈黙。
 
「……いや、お前、何か言えよ、何か」
「えっ?」
 あんまりの無言の空白に耐えかねて、思わず苦言も呈しちまった。
「会話の間が持たねぇだろ、何でもいいから感想とかよ!?」
 大人の男ならここで口説き文句の一つもべらべらと垂れ流してくれるんだろうが、
 興味津々な様子のガキの行動ってだけに、これはこれでやりにくいと気づいて。
 
「え、えーと、……おっぱい大きくて、乳首も大 「「それはもういいよ」」
 うんざりして制する。
 てか、なんで繰り返すんだよ同じ内容を。
 
「もっとこう、色とか、手触りとか、大きさ以外にも言う事幾らでもあるだろ?
あとただひたすら撫でてるだけじゃなくて、もっと色々試してみりるとか」
「え、ええ? そ、そんな……」
 たじたじとした様子で戸惑うこいつの、頭をポンと一つ叩くと。
「人に言われなくても自分で考えて行動する訓練ッ!」
「…………」
 叩かれて、でも困惑を隠せないながらに、必死にオレの胸と向かい合うこいつ。
 ――何だか本格的に先生と生徒、女王様教室っぽくなってきたな、
 ――でもその割にはあんまエロくねえし……と油断してたら。
 
 ぼふっ
「ぬおぅっ!?」
 
 胸の谷間に挟まるひんやりとした異物。
 こ、このガキッ、
「うわぁ、すごい、暖かいです…」
 ぱ、『ぱふぱふ』!!
 こ、この野郎、この時点で誰にも教えられずともそこに到達しやがるとは、
 どういう天賦の才だよコノヤロウ?!
「…やわらかーい……」
「そ、そうか…」
 胸の谷間に挟まった違和感(※冷たい)にどうも落ち着かないでいると、
 
 ――ちゅるっ――
「のわあぁあっ!?」
 
 な、な、な、
「味も……うーん……みてみよう」
 舐めっ……いきなり!?
 いきなり谷間に舌技か! 大胆だな!! キスもまだのガキの癖して!!!
 って、ちょ、ちょっ!? こらっ!
 
 ――ちろ、ちろ、ちゅっ、ちゅる、ちゅる、ちろ――
「甘…しょっぱ…いや甘い、かな? ほんのり」
「…っっ」
 
 ……こ。
 子供こえー! ガキこえー?! ちょっと行動読めないんだけどコイツ!?
 すみません、無知って事を、恐れを知らないって事を侮ってました、反省してます。
 うわー、オレどうしようね、こんな積極的なアプローチ……って、
 
 カリッ
 
「いでででででで!!」
「!?」
 握られた拍子にこいつの爪が乳首を引っ掻いて、情けないけど悲鳴が洩れた。
「ちょっ、お前、もうちょっと優しく、優しく!」
「ご、ごめんなさいっ」
 訴えるオレに対して、こいつは萎縮したように身を離して。
 ああ、いや、これじゃまずいまずい。
「…い、いや、いいんだいいんだ」
 ――やりにくいなぁ、意外と。
「……失敗したら、それを経験に生かしてやり直せばいいんだからな」
 
 ぱちくり、と目を瞬かせるこいつに対して、一つ大きく息をつくと。
 
「乳首はな、女の子の身体の中でも特に敏感な所なんだ。だから優しく扱わないとな」
「そ、そうなんですか……」
「お前だって、キンタマキーンってやられると痛いだろ? 蹲っちゃうだろ?」
「は、はいっ」
「それくらい痛い」
 
 ……ものすごい痛そうな顔をされた。
 そ、そんなに痛ぇのか。…いやオレは、結局無い以上は分かんねぇんだけど。
 …おお、そうだ、キンタマ痛いと言えば。
 
「ただし、優しく触ればどっちも痛くない。…イェスパー、」
「?」
「お前下も脱げ。オレも脱ぐから」
 
 ――途端にバッとズボンの裾を押さえて、顔を真っ赤にあとずさりするこいつ。
 何だよ、そんなにさっきズボン引きずり降ろそうとしたの根に持ってんのか?
 
「バカ、だっから何を恥ずかしがる事があんだって言ってるだろ? いいか!?
人間、生まれて来た時は素っ裸だし、死ぬ時は裸通り越して灰なんだぞ?」
 大手を振って、でもガキにしか通用しねぇようなムチャクチャな理屈。
 ……だがだからこそガキのこいつには効果テキメンで、
 むぐ、と口をつぐんで押し黙るこいつに。
「それに最初に言っただろ、『治療』だって」
 そうとも、これは病気を治すために必要な事なんだぞ、と。
「ち、ちりょ……?」
「おうとも、今までのはまぁ心の準備、これからする事の予行練習さ」
 やましい事は何一つ。仕方ないんだぞって。
 
「獅子国式の魔法……陰陽(インヤン)相和って言っても、お前分かんねぇだろ?」
「う、うん」
「これをやるには、できるだけ合間に邪魔の無い状態……まぁ要するに素っ裸で
男と女が身体を密着する必要がある、その方が効率がいいんだよ」
 本当に。
 こんな時、【魔法】ってのはつくづく相手を丸め込むのに便利な言葉だよなー。
 ……いや、一応オレ【魔法使い】だし、
 それに『嘘』は言ってない、間違った事は言ってないんだけどよ。
 
「だからとにかく脱げ、ほれ」
「うわ、あ、あ」
 業を煮やしたオレが自分の『下』に手を掛けると、
 何だか裏返った声を上げてヘビが目をぱちくりさせるが、知った事か。
 下着ごとまとめて脱ぎ捨てて、丸めて後ろに放り投げ。
「…それとも何か?」
 全裸で仁王立ちしながら、ビシリと硬直してるこいつを指差してやった。
「女が勇気出しておっぱい晒したのに、男が恥ずかしくてちんこ晒せねぇってか?」
 ……いやいや、痴女じゃないぜぇ? オレは。
 
 
――< Jesper in >─―
 
 
――『よぅ、イェスパー』
――『死人に囲まれての王様気分、これ全部お前が造ったのか?』
 最初はキライだった、イヤだった。
 意地悪そうで、乱暴そうで、彼の事を笑ってバカにしそうな、頭の悪そうな人で。
 
――『お前は嘘つきじゃないよ、イェスパー』
――『クソが! 母ちゃんの目の前で言ってみろよ、死にたいですって!』
 でも。
 どの辺りからだったのか。
 
――『ほら! 治療してやるから、脱げ、脱げ!』
――『おっぱい好きか? おっぱい好きか! そーかそーか、よーし好きか!』
 胸に芽生え始めた想い。
 イヤでもキライでもない、よく分からないけど心地よいもの。
 
――『立ち向かってみろよイェスパー、どうせ死ぬんだ、何が悪いって』
――『臆病に生まれて、でも臆病なまま死にたいのか?』
――『お前だって男の子なんだろ?』
 何故こうも素直に彼女の言うがままに行動してしまっているのか。
 ノンケでも食っちゃうような人に、ホイホイついていってしまっているのか。
 
――『エロくて何が悪い!』
――『おっぱい大好きで何が悪い!』
――『胸を張れ!!』
 彗星のように彼の世界に現れたこの女の人に対し、
 急速に胸の中で膨れ上がっていく怖いくらいの躍動する気持ちは何なのか。
 
――『勇気は、無くてもいつだって搾り出せるもんなんだぜ?』
――『…失敗したら、それを経験に生かしてやり直せばいいんだからな』
――『イェスパー』
 
 
 脱いだのは、道理を感じたから。
 なるほど、女の人が何よりも見せるのが恥ずかしいはずのおっぱいを見せたのに、
 男である自分がおちんちんを見せるのを恥ずかしいなど、平等じゃない。
 ましてや彼女は既に下まで脱いで全裸になっているのだ。
――『人間、生まれて来た時は素っ裸だし、死ぬ時は裸通り越して灰なんだぞ?』
 実際彼女の言う事は、どれも逐一もっともで。
 
 ……だから勇気を振り絞って下の衣服も脱いだのに、
「うわっ、デカ!?」
 ぶるんと布地に引っかかりながらも出てきたものに向けられた言葉に、
 故にこそイェスパーは傷ついた。
「ちょっ、オイオイ、ガキの持ちモンじゃないだろこれ、ズル剥けかよ!?」
「あっ、やっ?!」
 無造作に伸ばされた手が、しかし壊れ物を扱うように彼のそれに触れる。
 誰にも、母親にさえ触られた事の無い部分に走る、熱く柔らかい女の人の指。
 さっきからギンギンに上を向いて天を突き、
 全然元に戻りそうにないグロテスクな肉の塔がビクリと震え。
 ……何か得体の知れない、感じた事も無い“変な感覚”に胸がざわめいた。
 
「大人顔負けかよお前、成長期もまだなのにどういうチンコしてんだ」
「あっ、は、あ!」
 あけすけない物言いと共に、さすさすと根元から雁下までを擦られる度、
 その未知の感覚はイェスパーの身体に淡い小波と泡立ちを立て。
 でも。
「あうっ、ぅっ、…そ、……そんなに、酷い、ですか…?」
「へ?」
 涙が零れたのは、快感からではなく、羞恥と悲痛から。
「そんなに、ぼくのおちんちん、皆と違う……普通じゃない、ですか…?」
「え? お前、何……あ。…ああ、あーっ、そうか!!」
 指の動きが止まる。
 
「お前ひょっとして、それでオレにちんこ見られたくなかったの?」
「…………」
 涙目でこくりと頷いた表情は、彼女の予想が概ね間違いでない事を表していた。
 
 
 ――『違う』という事は、イェスパーぐらいの子供達にとって非常に大きな事だ。
 『皆と同じじゃない』という事は、彼らが最も恐れ、また最も迫害する事。
 一人だけ目の色や髪の色が違う子供がいじめられるように。
 学校のトイレでうんこする事が、男子小学生にとって最大級のタブーであるように。
 
 
「そうか、お前、…なるほどなぁ。お前らくらいの年頃じゃ、確かにそうなるか」
 露見したのはもう少し幼い頃、皆と一緒にお風呂に入った場での事。
 最初の二、三度の入浴で、
 イェスパーは自分の性器が他の子供達のものと比べて明らかに異質であり、
 大きさも形状も違うことを思い知らされた。
 当然それは彼のいじめられる要因の一つへと転化される事となり……
 ……エロいから恥ずかしいというのは、だから漠然とした理由に過ぎない、
 本当に彼が拒んでいたのは、『皆と同じじゃない』のを知られる事。
 
「ぼくの、そんなに、普通のと比べて『違い』ますか?」
 実際『違う』という事は、常にイェスパーの中で恐怖・怯懦と共に在った。
 視えないものを視、持たないモノを持ち、常ならざる生まれと宿業の上に座し、
 『異質の力』こそ持てど『圧倒的弱者』である彼は、
 それ故に純粋だが残酷な、子供達のコミュニティ内にあっての格好の標的。
「…そんなに、いけないですか?」
 たとえ『選ばれた人間』『類稀な業物』『千人に一人の逸材』と言われても、
 それでもそんなもの要らないと嘆き拒んだ事だろう。
 違う事が、一緒じゃない事が、――同じになれない自分が嫌いだった。
 皆と同じになりたかったのだ。
 
 ――今この瞬間までの彼だったなら、だが。
 
 
「ああ、ダメだろな」
 ――――。
「ただし10年後になれば、話は別だ」
 即断の拒絶にぐらりと揺らぎかけた彼の思考貫いたのは、妙な付随。
 ……10、年、後?
「おちんちんの大きい男はなぁ」
 首を傾げる彼を異にも介さず、一糸纏わぬ姿の彼女はにやりと笑って。
「大人になったら女の子に超モテモテなんだぞ!?」
 
 ――面食らった。
 聞いた事がない、そんな話。
 少なくとも『彼のこれまでの人生の中では』、誰からも、どの本からも、
 そんな知識を得た記憶はない。
 
「ヘビどころか、世界中の男共がお前を畏怖と羨望の目で見るようになるぜ?
いやだってお前これね、トラとかクマとも張り合えっぞ? ヘビのくせに」
「う、うん……??」
 
 ――『畏怖』? 『羨望』? ヘビだけに限らず、世界中の男から?
 …武芸や魔術に優れての英雄勇者や、叡智と学識を讃えられての賢者偉人、
 人を牽きつける魅力や決断力を讃えられての偉大な王の話なら、
 イェスパーも図書室の昔話や物語、偉人伝や古事で読んだ事があるけれど。
 …『おちんちんが大きいから』という理由で畏れ敬われた人の話なんて、
 正直何かの冗談、ギャグにしか聞こえない。
 『子供心に』『彼が生まれてからの10年間、培って来た知識に照合する限り』では。
 
「あ、お前、ウサンクサって思ってるだろ? 信じてねぇな?」
「いっ?! いえっ、そんな事…っ」
 …だからなんか嘘っぽいなあと思っていたら、見事に指摘されギクリとした。
 
「そうだな、じゃあお前アレだよ、小さなおっぱいと大きなおっぱい、どっちが好きだよ?」
「え? …そ、それは、大きなおっぱいの方が……」
 うん、そうだ、おっぱいは大きい方が好き。
「おっぱいは大きい方がいいってか?」
「う、うんっ」
 着衣の上からでもそれと分かる盛り上がり、大きな起伏。
 それが大きければ大きいほど、おちんちんが。
 突き出ているほど、ゆさゆさたぷたぷしているほど何ていうんだかもう興奮。
「じゃあ何でだ?」
「…へ?」
「なんでおっぱいは大きい方がいいって思うんだよ?」
 
 それは……そういえば何でだろう?
 考えた事もなかったと、イェスパーは改めて目をパチクリさせた。
 
 何でだか分からないけど、でもとにかく大きいおっぱいにハァハァしてしまう。
 特に理由はないけれど、とにかく大きいおっぱいに胸がきゅんきゅん高鳴るのだ。
 しかしそれは何故かと考えると……うん、理屈に心当たりが無い。
 理由は無いが、でも何となく大きなおっぱいが好きなのだ。
 大きなおっぱいさえあれば、理屈なんて要らない!
「『特に理由はないけど、でも大きなおっぱいが好き』、……そうだろ?」
「…うん、うんっ!」
 ――『何だか知らんがとにかくよし!』
 この一言に尽きる!
 
「なら女の子にとっての『おっぱい』、男の子にとっての『おちんちん』!
女の子が大きなおちんちんを好きだったとして、何がおかしい事があるッ!」
「!!!!」
 
 刹那天啓!
 イェスパーの全身に、稲妻に撃たれたかのような衝撃が走り抜けた!
 ……彼くらいの年代の子供にとって、
 『女の子のおっぱい』とはすなわち『男の子のおちんちん』と同じくらいの等価交換、
 「おまんこ>おっぱい」になるのは、通常はもう三年くらいしてからの話である。
 (※ ただし「ぱんつ」「ぱんてぃー」はこの限りではない。「おっぱい」に匹敵する)
 
 究極のおっぱい=至高のおちんちん。
 であれば男の子が女の子の大きなおっぱいに別に理由がなくとも興奮する以上、
 女の子が男の子の大きなおちんちんに興奮したとしても別におかしくはない。
 ましてや女の子達って、そもそもがおすましさんだ、
 男の子達のリーダー、ガキ大将が、
 スカートめくりとかやらかしたり、ちんことかうんことか言ってるのを見て、
 「やーねぇ」と眉を顰めて女の子同士で固まっているけど。
 ……でも彼がそうだったよう、本当はエロい事に興味津々だったとしても、
 おかしくはない……ような気がする!!
 
 『皆と違う』という事にただ怯えるだけだったイェスパーの心に、
 まさにその時、未だかつてない新規の普遍の真理が刻み込まれた。
 
 すなわち、――おおきいことは よいことだ――
 
「何より他でもないオレ自身が、お前のみたいな大きいチンコ大好きだぜ!」
「ほ、ほんと!?」
「おうともよ! お前のおちんちん、最高のおちんちんさ!」
 おまけに今まさに目の前にその想起を裏付ける実例がいるともなれば、
 これはもう何をためらう必要があるというのか?
 公 式 確 立 !
 証 明 完 了 ! !
 
「ほれ、だからオレの大きいおっぱい触らしてやるから、お前の同じくらい
大きいちんこも触らせろよ、これでおあいこ、二人ともハッピー!」
「う、うん! …うんっ!」
 『これでおあいこ』!
 なんと素晴らしい言葉だろう、それは両者が対等公平である事の証!
 お弁当のウインナーとミートボールを交換するが如き、
 何だかよく分からないけど子供心に、理屈も通ってもっともらしく思える文言で……
 
 …かくしていたいけな少年は、(まんまと)痴女の毒牙の犠牲となる。
 
 
 
=―<A-8 : desert candle : 14 years ago PM 8:01 >────────────────=
 
 
「ん? どうだ? おちんちん気持ちいいか? ん?」
「あっ、き、気持ちいいです! おちんちん気持ちいいですっ!」
 鱗のない長くて細い指がさわさわと膨張した自分の肉棒を撫で上げる度、
 未知の心地よさに瞳を蕩かせながらイェスパーは叫んだ。
「ほーれほれ、これならどうだ、んー?」
「あっ、や、やああぅっ」
 睾丸をたふたふといじくられると、何とも言えないむず痒さとこそばゆさが走り。
 ただ決してそれは嫌ではない、甘い羞恥が彼の身体を焦がす。
 抱きついた両腕に感じる背中、うずめ擦りつける頭に感じる乳房は、
 どちらもしっとりと柔らかく、
「あ、きっ、きれいです」
「おお?」
 病魔に臥している時のとは、また別の頭をぼんやりとさせる熱っぽさ。
 泉のように心から溢れる想いも、抑えきれずに口をつく言葉も、
 どれも彼が初めて体験する衝動だった。
「ほのお、みたいに」
 ランプの火に照らされて、彼の黄黒斑の褐色鱗がキラキラと輝く。
「おねえさん、まるで炎みたいで、綺麗です」
 
 首から上だけ見ればマダラだと言われても信じられる、男役めいた不敵な顔立ち。
 切れ長の瞳と、いい加減に切った散切りの髪に、
 ただしちょこんとはみ出した半月の耳が不思議な愛嬌を与えていた。
 ヘビの女性にはないその『頭髪』というものは、それこそ炎と同じ真紅をしていて。
 尾ていから伸びる尾の先にも、同じくまるで蝋燭の炎のような。
「おっ、このー、いっちょまえに口説きやがってぇ」
「ん……」
 こつんとぐりぐりやられながら、けれど少年は胸一杯の気持ちに目を細める。
 このお姉さんは、悪い人ではない。
 ちょっとガサツで強引なところはあるけれど、でもいいお姉さんだ。
 何より、もう一つ炎。
 
(……ん)
 ちらり、と盗み見た目下に、見える下腹部、太股の間。
 尻尾と同じような、赤い茂み。
 男の子であれば男性器がある、しかし何も無いその部分がどうしてか妙に気になって、
 イェスパーはちらちらとそこを盗み見ていた。
 こんなにおっぱいおっぱい!しているというのに、今更何が――
「――気になるのか?」
「!! ……ん」
 またビクッとしかけて、でも素直に頷くのは、既に全面の信望を寄せているから。
 この人なら笑わない、疑問に答えてくれるはずだと信じてるからだ。
 
「そうさなぁ、じゃあそろそろ頃合かな」
 そう言って身を離し、のっそりと立ち上がった彼女の股座は、
 うんと子供の頃に見た記憶がある女の子達の筋のようなつるつるの股間と違い、
「いいか、よく聞けよ」
 アケビのようにうっすらと開き、そうして何だか濡れているようにも見えた。
 
 
「これからお前のちんぽをオレのおしっこする所に入れる」
「――っぇえええええええええッ!?」
 
 驚愕。
 真っ先に思い浮かんだのは、『汚い』よりも『痛そう』という感想。
 
「む、無理だよお姉さん! 絶対入らない、裂けちゃうよ!!」
「バカ、生娘ならともかく、百戦錬磨のオレがンな羽目になるわけねぇだろ!」
 なにせ『おしっこの穴』に入れるのである。
 絶対入るわけがないと、それこそそう確信して少年は言ったのであるが、
 でも目の前の彼女はどうにも妙なニュアンスで返事を返した。
 ……百戦錬磨、修練を積めば、何とかなるようなものなのだろうか?
「本当は陽根ってくらいだから、野郎のペニスにぶっ挿されるのが一番なんだが、
さすがにそりゃ可哀想っていうか、この歳で尻穴貫通はアレだしよ……(ブツブツ)…」
 何やらよく分からない難しい事を言ってるから、ひょっとして……
「……あ、あの。ひょっとして何かの魔法の儀式なんですか?」
「ん? ああ、いや、…そりゃ魔法の儀式っちゃ魔法の儀式なんだがよ」
 魔法か。
 なら仕方ないな。
 魔法だし。
 無理っぽそうだけど、きっと何とかなるんだろう。
 魔法だもの。
 獅子の国風の魔術や医術は全然知らないけど、こんな風なのもあるんだね。
 魔法的な。
 
「い、痛くないんですか?」
 ただ、それでも未知で正体不明なものは、万人にとっての畏怖と恐怖だ。
「男の方は大丈夫だよ、なんせ刺す側なんだし。
むしろ痛い目見る可能性あるとしたら、刺される側な女の方なんだが……」
「ええっ!?」
「……けど安心安心、オレはもう数え切れないくらいやって来て慣れてるから」
 寝台に押し倒されて、上に跨られながら、安心を促すようそう言い聞かされる。
 今までに何回もやってるんだったらそりゃ大丈夫に違いないのだろうが……
 ……でもやっぱり怖いものは怖かった。
「ビョ、ビョーキとか、バイキンとか入っちゃったりしませんか?」
「だいじょぶだって、ションベンの穴なんてこれで案外綺麗なもんだよ」
 股の間の赤い翳りが視線に入って、やっぱり何故かどきっとした。
 ごくりと喉が鳴り、どうしてかますます自分の排泄器官が固く上向きにそそり立つ。
「…大体尻の穴に挿したり、お腹切り裂いて内臓いじくったりするよりは、
こっちの方がずっと汚くないし痛くもないだろがよ?」
「う……」
 
 くちゅり、と何故か潤みを帯びたアケビの割れ目――記憶にあるのよりも
 グロテスクな件に関しては、でも彼の方も似たようなものなので気にしない――が
 亀頭の先端に押し当てられるに及んで。
 ぞくりと背筋に走った、原因不明の悪寒にも似た発作的な興奮が。
 でも。
 
(――あれ?)
 治療。
 ……チリョウ?
 お医者様はみんな、自分よりも遥かに博識で病気の治療をする人で。
 でもこれは。
 そう言えば『何』の治療だったんだろう?
 『何』を治療しようとしてこんな……
 
 ――ぐぽり
 
 押し倒されて、跨られるにまで及んで、ようやく微かに芽生えた疑問は。
 しかし次の瞬間には、風に当たった塵のように蹴散らされた。
 
 
 
 ――ぐぶぶぶぶぶぶ……
「うあッ!? あ、あ、ぁ、あ!!?」
 何かに丸ごと捕食されるような、湿った灼熱感。
 『本当に入った』事を驚く余裕すらなく、熱く湿った感触に動揺の悲鳴を上げる。
 それは指でいじられていた時の、何倍も強く。
 
「っしゃ、入ったぁ…」
「あ……」
 ぐちゅり、と音を立てて根元まで呑み込まれる感覚。
 低体温の少年にとって、その時特有の灼熱感は恒温種族の非ではない。
 熱めの湯水が、
 しかしみっちりとした肉感と圧迫感を持って押し寄せてくるような。
「あー、やっぱいいわ~、奥までしっかり届いてよぉ」
 絶対にありえないくらい押し広げられたアケビの裂け目と、
 なのに恍惚として痛そうなそぶりさえ見せず顔を赤く上気させた彼女。
 ナニカガオカシイ。
 でもさっきからの非常識の連発で、そのオカシサさえ『普通』に飲み込まれていく。
 
 おまけに“ずずずっ”と。
「うわっ? あ、うっ、動、動かなッ、ぁっ」
「へえ? 何でだよ? 痛いわけじゃないんだろ?」
 ゆっくりと引き抜かれては、悲鳴も上げる。
 ただでさえ締め付け搾られるようなのが、
 おちんちんの先端のでっぱった所に引っかかって、傘裏を刺激して。
「い、痛くない、けどっ、でもぉ…っ」
 全身が炭酸水みたいに泡立つような感覚。
 脊髄を走る、ぞぞぞっとした刺激。
 股間の屹立を中心に広がるそれは、しかし決して苦痛や不快ではなく。
 でもそんな感覚を彼は知らず。
 だから戸惑い、だからやめて欲しいと願ったのだが。
 
「あぁあうっ!」
「…っふ」
 無慈悲にも“じゅぶり”と、先端の嵩がまで抜けかけたところでまた落とされる腰。
 こつりと先端が何か行き止まりに当たって、びくりと全身が何故か震えた。
「あ、あ……」
「…いいじゃねえか、痛くねぇなら。」
 そうしてまた、ゆっくりと持ち上げて、重力に任せて落とす。
 ゆっくりと持ち上げて、重力に任せて落とす。
 絡み付いて、引っかかり。
 押し分けて、擦り上げる。
 じゅぽじゅぽと恥ずかしい音が嫌でも耳に入ってしまう中、全身に感じるのは熱さ。
 ――性器を包む肉襞と、跨り圧し掛かる太股と尻肉との、『炎』のような熱さ。
 
 それはまさしく捕食の構図、弱肉強食の一つの縮図。
 卑しくも地を這う矮小なヘビが、獅子の前足に首根っこを押さえつけられ蹂躙される。
 しかも。
 
「…なぁお前、そういや女の子とチューした事あるか? チュー?」
「…ふ、え?」
 シーツを掴んで快楽に耐える彼に、更に何をしようというのか。
「キスだよキッス、昔話で王子様とお姫様が呪いを解くのにする奴だよ」
「そ、そんなの……」
 あるわけがない、と言おうとした所で。
 不意に屈みこんで来た彼女の唇が、彼の口端に軽く触れた。
 
 意識が、石のように固まる。
 
「……今やってるコレ、男女交合での陰陽相和のミソはな」
 聞こえない。
 聴こえてはいるのだが、頭で認識できてない。
 今の少年の脳内には、ただ口元に触れていった熱く柔らかい感触しかない。
「密着するのもだが、本懐は互いの精神的ガードが解かれた状態で、
相手の内側に入り込んでの体液の交換、心気の混合と交換にあるんだわ」
 しっかり股間を捕食されつつ、なんか難しい事を語りかけられたが、
 それも彼の頭の中を左から右に通り過ぎるだけだ。
 
 流石にキスくらいは意味を知ってる、
 ……というかむしろ彼にとっては、今やってる行為よりもキスの方が重大事件だ。
 それは女の子にとっての一世一代の非常に大事な行為で、
 そういう意味では男にとっても、少なからずたいへん重要な行為だと。
 コイビト同士とか、ケッコンを約束した者同士がする事であると。
 
 もうおムコにいけない。
 これはもう責任を取ってもらってきちんとケッコンするしかない。
 あ、でも、それはもう願ったり叶ったりかな?
 ……いやいや、自分は何を考えているんだろう、こんな、こんな――
「――鼻で息しろよ?」
 
 
 予備動作なしの二度目の口付け。
 ただしその舌先が半開きの口を割り、口内にまで侵蝕して来た時、
 イェスパーのパニックはついに頂点に達した。
 反射的に口を閉じてはいけない、噛んではいけないとは咄嗟に思い立ったものの、
 (彼の牙には毒がある)
 しかし逆に言えばそれは完全に相手の為すがままになるしかないという事。
 
 ザラザラとしたネコ科種族のヤスリのような舌が、彼の口内、
 歯茎の裏や歯の裏などを擦りあげ、舌に巻き付いては縦横無尽に絡め取っていく。
 騎乗位の姿勢から屈み込み、倒れ込んで圧しかかってきた彼女の身体、
 乳房の重さと柔らかな肉体の熱さが頭の中を真っ白にして。
 自然流し込まれた彼女の唾液を発作的にごくりと飲み込んでしまい、
 でもその瞬間頭の中に浮かんだのは、『汚い』とか『苦い』とかいう感想ではなく、
 圧倒的な羞恥と興奮。
 背徳の―― 子供心にも何となく分かる、イケナイ歓びだった。
 
 下半身を捕食され、胸板を捕食され、口腔までも捕食されて。
 なのに剛直に絡み付いてくる肉襞は温かく、
 押し付けられる乳房は柔らかく、口腔を蹂躙する舌は気持ちいい。
 
「……おいおい、両手と尻尾がお留守だぞ?」
 僅かに外された口に、至近距離からの視線でそう囁かれては、
 もう反射的に真っ白に塗り潰された頭で、何をすべきか、していいのかを理解する。
 二本を腕を覆い被さる彼女に背中に回して、より強くその肉体を抱き寄せる。
 腕に感じる背中の感触と、より強く胸に感じる双丘の感触。
 そこに第三の手とも呼べるような太くて長い蛇の尾が、
 それこそ獲物を締め付ける大蛇のように、女の胴体へと一回り半巻きついた。
 
 こうなるともういっちょ前に、
 『絡み付くように』と揶揄されるような、ヘビ族独特の情交そのものだった。
 口の端から唾液が滴り落ち、
 女の会陰部からの粘液が竿を伝って睾丸から股下まで垂れても見向きもしない。
 ぐちゅぐちゅという淫靡な音、絡みつく粘膜を、ただ貪るだけ。
 
 
 
 それから五度、熱烈な『でぃ~ぷきす』を繰り返した後。
「ほれ」
 頃合だなと思って、口を離すとそのままぐるりと身体を入れ替える。
 オレの身体を上から下へ、こいつの身体を下から上へ。
「ぅ……?」
「次はオレが黙ってるから、お前が動かして、チューして来てみ?」
 ぼうっとして、目の焦点の合ってないこいつにそれを促す。
 
 …精通もまだで思春期前だったのを、でも今だけは普通に助かったと感じたね。
 これが多感な年頃に突入してたら、もうちょっとややこしかったかもしれねえ。
 
 ひんやりと滑らかな蛇腹が、オレの身体に圧し掛かってくる感触。
 ぎこちない腰つきで、それでもピストン運動を開始する。
 誰にも習ってねぇのにその動きを選ぶ辺り、やっぱり本能ってのはたいしたモンだな。
 同時にくぱっと開けられたヘビ口、細くて長い舌が今度は向こうから入ってきて、
 二股に分かれた先っぽが器用にオレの口の中を舐め回した。
 ……ちょろっと細長い分、でも筋肉の塊らしくて意外にも強靭で力が強い。
「んふ……」
 …正直に感想を言えば、お世辞にも上手とは言えねえギコチナイ動き、
 キスも抽送も「次は頑張りましょう」だったんだが、まぁ最初だしこんなもんだろ。
 第一ヘビとは実際にシた事ぁ無かったし、
 どんなモンなのか余裕を持って感覚を掴んどくにはにはちょうどいい相手。
 
 ――ヤる前は低体温ってのがちょっとネックかなとも思ったんだが、
 なんてこたねぇ、意外とひんやりして気持ちいいな。
 ……アソコん中までひんやりってのが本音を言やちょっち違和感あるが、
 まぁでも夏場、熱い時にヤるんだったらこりゃ悪くないわ。
 鱗の感覚も案外酷くねぇっていうか、「ぬめぬめ」でもなきゃ「ザラザラ」でもない、
 「すべすべ」とも違うけど「サラサラ」「パラパラ」してるっつーか……
 …んー、あれだな、ゴザとかタタミの上でごろごろする感じ?
 うん、つか結構気持ちいいわ。マジで。
 
 ……何よりアレだね、尾っぽがエロい。
 長くて、太くて、鱗で、筋肉の塊で。
 うねうねぐにぐに、巻きついて腹や脇をこそぐってく感触がエロいエロい。
 エロいなー、ヘビの尻尾。
 
 と。
「あっ、はっ、ぁ」
 くたりと口を外して頭を肩に乗せてきたガキが、そこでとうとう音を上げた。
「…なんか、くる……」
 流石に初めてじゃ、ここらが限界。
 ……限界らしいが、へこへこ動かす腰の動きをやめない辺りがやっぱりエロガキ、
 何かが『来る』のを感じて怯え、それでも貪るのを止められないみてぇで。
「なんか……なんか、あっ、あッ、あ!」
 取り憑かれてるみてぇに動かされるこいつの腰に脚を回してやって、
 それにびくりと痙攣したこいつが、一際大きく腰を震わせると。
「うわ、あああっ、っあうッ!!」
 
 未だ熟さぬ幼い生殖器官は、精液を作り出し排出するまでには至らない。
 結果擬似的なオーガズム、
 痛みを伴うくらいの鋭い快楽の衝撃と痺れが、イェスパーの下半身を強く覆った。
「が、ぅ……」
 初めて体験するその感覚に、少年はただ恐れ、がくがくと腰を震わせて。
 ……ただし同時に、うっとりと。
 
 
 
 
 
 ――生きたいと思った。
「それじゃあ明日の晩に、また寝る前にな」
 ただでさえの病み上がりに、初めての『体験』でぐったりと寝台に横たわる彼に、
 でも脱ぎ捨てた着衣を再び身に纏いながらお姉さんが言うのを聞いて。
 ――生きたいと。
 ――明日の晩まで生きたいと。
 
「起き上がれるようになったら、術とかも特別に教えてやんよ」
 ランプの明かりで逆光になりながら、軽快に。
 明るい声、力強い声、光に満ちた声。
「お前の力を制御する方法、変なモンから身を守れる位の簡単なのだけどな」
 この人が魔術の先生になってくれたら楽しいだろうなと、普通に思えた。
「なぁに、この調子で行けば、すぐに立って歩いて元気な身体になれるって」
 普通にそれを、面白そうだと胸躍る気持ちで迎える事ができた。
 
「……しっかしホント、なーにが『大人になるまでは生きられない』、だよ」
 希望の光。
「ヤブだなぁ、お前を見立てたその医者は」
 希望の『炎』。
 
 ――イェスパー・ユルングは、だからこの時から変わり始めた。
 思慕と、憧憬と、そうしておそらくは小さくも確かな、恋慕という名の炎によって。
 
 
 
=―<A-9 : in the backstage : 14 years ago PM 8:52 >───────────────=
 
 
「……あの、」
 ここから大人の会話、
「……終わったんですか?」
 大人の世界。
 
「ああ、終わったよ。そりゃもうばっちり筆下ろし済ませて来たっての」
「そ、そうですか…」
 俯くヘビの女、
「にしても本当に良かったのか? ホイホイやらしちまって。
オレは精通前のショタでも構わず食っちまう女なんだぜ?」
「ええ、いいんです」
 物憂げに微笑んで声を返す。
 
「私もイェスパーぐらいの頃にはもう、
輿入れに備えてヒト召使いを相手に房中での作法を叩き込まれていましたから」
「そ、そうか……って、いや、そういう事じゃなくてだな」
 平然ととんでもない事を言うヘビの声に、逆にライオン方があんぐりと口を開けかけ、
「もっとこう、オレみたいなチンピラを簡単に信じていいのかっつーか、
供もつけないでこうして部外者と並んで歩いてもいいのかっつーか――」
「あら? だって貴女は悪い人なんかじゃないでしょう?」
 そのままぷつりと会話が途絶える。
「現に身を危険に晒してまで私とイェスパーを助けようとしてくれたじゃないですか」
 応じる言葉はない。
 
「……どうだか。案外本当は悪い人なのかもしれねぇぜ?」
 ややあって再度紡ぎ出された声は、
「これまでのは全部あんたらに取り入るための八百長で、
実はあんたを亡き者にするために送り込まれた暗殺者だったりしたらどうすんだよ?」
 どうしてか突き放したような、少し暗いものを帯びていたが。
「信じるも疑うも、ないんですよ」
 ――――。
「私に、取り入るだけの地位が、暗殺するだけの価値があるように見えますか?」
 ――……。
「第19夫人ですから。そんなものですよ」
 …………。
 
 
 一つだけの月が、冷え切った砂漠の空に輝いていた。
 
 
「……私ね、忌み子なんです」
 唐突に。
「……あの子と同じ、『生まれてくるはずのなかった』人間なんです」
 淡々と。
「出会って数日の方に、いきなりこんな話をするのも失礼かもしれませんが」
 まるで八百屋で大根でも注文するかのように。
「うちの王家の、かつて第三王子だった兄上と、先代女王だった母上。
……その二人が、私の父と母……なんだそうです」
「…………」
 継ぐ二の句を探しあぐねて言葉もないライオンの女を前にして、
 彼女よりも明らかに幼いヘビの母は、
 まるで何でもないかのようにとんでもないカミングアウトをぶちかます。
 
「物心ついた時から、塔の中にいました」
 異常だった。
「数人の家臣に囲まれて、小窓から毎日外の景色を眺めながら暮らしていて……」
 嘆くわけでもなく、恨むわけでもなく。
「…窓から見える風景と、書物の知識からしか外の世界を知る事ができなかった」
 憤懣や自嘲さえ匂わない。
「その内、花嫁修業の名目で色々な稽古事が始まって……」
 己の不幸を餌にしての、自己憐憫や哀れみを乞う姿勢すらそこにはなくて――
 
「でもそんな中ででした、『彼』に出会ったのも」
 ……?
「ユルルングルに嫁ぐ事だけが全てだった私に、『彼』は色んな事を教えてくれた」
 ……彼?
「『彼』だけが……私を……――に見てくれた」
「おい」
 
 ――それでもそこには、『痛み』がある。
 
 合わせた視線のその奥に、ライオンの道士は確かに彼女の『痛み』を見た。
 
「誰だよ、『彼』って」
「…………」
 濁され詰まった言葉の先にあるのは、狭く短いながらも彼女の人生。
 彼女の過去。彼女の来た道。彼女の思い出。
「……そうして嫁いで、輿入れして、あの方の胤を授かって」
 問いかけがはぐらかされたのを、責める気持ちは起こらない。
 誰にだって触れられたくないモノや領域、忘れたい過去があるのは事実だから。
 ……リン自身がそうであるように。
 
 
 ――月が、月が。
 
 
「…結局私、本当はよく分かってなかった、あまり実感もできなかったんです。
まぐわいの結果子が出来るって事も、母親になるって事も、漠然としか」
 それは懺悔だ。
「十月十日、お腹が大きくなるにつれて色々苦しい事や大変な事が多かったし、
お産の時もとにかく痛くて苦しくて、ただ早く終わって欲しいとしか思えなくて」
 少なくともリンには懺悔に思えた。
「……でも生まれたあの子が『たぶん助からない』って聞かされた時、
黒ずんでぴくりとも動かないあの子を見た時、どうしてか目の前が真っ暗になって」
 リンは、“我が子を愛さない母親はいない”というお約束の言葉は信じない。
 愛のない行為で生まれてきた子にも、集団レイプの結果の父親の分からない子にも、
 それでも母親は無条件に愛を注ぐといった美談の類を信じない。
「そうしてあの子が『奇跡的に助かった』って聞かされた時、
もぞもぞ動いて、弱々しいけど私のお乳を飲んでくれた時、私、わたし――」
 我が身に置き換えて、自分がそこまで懐の深い人間になれるとは思えないから。
 そこまで慈悲深くも寛容な人間が、現実に実在するとは思えないから。
 だから。
「私、母親失格なんです」
 ――なぜ彼女がそんな事を言い出すのか、分からない。
「……あの子が『呪われた子』なのは、私が『呪われた子』だったからなんです」
 さっぱり分からない。
 
「呪われた……って、アホかあんた、何そんな根拠もなく演技の悪
「だって!!」
 叫びが夜気を切り裂く。
「…私のせいじゃないですか……」
 肩を叩こうと伸ばした手は、空しく宙を掻く事しか出来なかった。
「…貴女の言った通り、あの子が『半分死んで』生まれてきたのは……、
…私が禁忌の果てに生まれてきた子供だったからじゃ、ないですか…」
 
 
 そうだ。
 『近親相姦で生まれてきた子供には美形が多い』
 『近親相姦で生まれてきた子供には高い魔力持ちや天才的才能の持ち主が多い』
 濃すぎる血がもたらした恩恵。
 今更言うまでもなく、影の歴史の繰り返しで知られてきた経験則。
 でも同じくらい有名な事実に。
 『近親相姦で生まれてきたガキには不具やカタワ、奇形が多い』
 『近親相姦で生まれてきたガキには狂人や精神異常者、知的障害者が多い』
 
 私は後悔している。
 私は後悔している。
 救うべきものをこの手で救うことができなかった事を。
 未来開かれていたはずの未来をこの手で閉ざしてしまった事を。
 一人の人間の人生を潰してしまった事を。
 一人の人間の人生を台無しにしてしまった事を。
 
 
 
「…お願い、します」
 沈黙の後の、か細い声。
「あの子を……あの子を助けて……」
「……ああ」
 その願いは聞き届けよう、それがぼくの役柄なのだから。
 
「…お願い、します」
 次を繋ぐ哀願。
「あの子を……あの子を、ここから連れ出して――」
「それは出来ねえ相談だな」
 しかしその願いは聞き届けられない、それはぼくの役柄に反する。
 
「どうして!? 対価を要求するのなら支払います、だから――」
「悪いが」
 ぼくは客人(マレビト)。
「…オレは弟子を取らない主義なんだ、こればっかりはな」
 ぼくは異邦人。
 
「…ここに居てもあの子は幸せになれない……」
「それはあんたが決める事じゃない」
 ぼくは客観の介入者。
「…私じゃあの子を幸せにはできない!」
「それもあんたが判断する事じゃない」
 ぼくは達観の第三者。
 
 
 
 とはいえ。
 
 
 
「…心配すんな。あれが自分の力を制御できるようになるくらいまでは居てやるよ」
「………ぅ」
 この物語を一話完結で“終”にするには、あまりにもあいつの力は大きすぎる。
 制御の術を教えず放置しておけば、いずれ災いを引き起こすのが確定なくらいに。
「一度『助ける』って依頼契約を結んだ以上、その内容分の働きはしないとな」
「…………」
 ……だから別に誰かさんを重ね合わせてるわけじゃあないが、
 まぁ少しだけ、……少しだけな。
 
 
「……本当に」
 月が明るい砂漠の上。
「私あの子に、何も母親らしい事してあげられないのね……」
 オレは必死で苦笑を堪える。
「――親子だねぇ」
「…え?」
 気まぐれを起こしたのは、この親子があまりにもどうしようもないせいだという事にして。
「……なんでもねぇよ」
 過去に蓋をし、一つしかない月を仰いだ。
 
 
 
=────────────────────< 断章『セトの息子達』(上) 了 >───=
 
 
 
 
 

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