猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

夜と昼がある

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だれでも歓迎! 編集
 あれは確か、サフの引っ越し祝いの日だったと思う。
「ちーもそろそろ大人だから、旅にでようとおもうの」
 骨付き肉を頬張り、顔を脂塗れにしているのを拭き取った口からそんなことを聞いたのは。
 幼くて小さくて可愛い顔は、至極当然といわんばかりの表情を浮かべていた。
 スナネズミの風習とか、そういうものだろうと私は推測し、しばらく考える。
 ネズミはヒトと同じくらい、成熟が早い。
 小学生低学年のころの自分と照らし合わせれば、あっさり答えは出た。微笑ましくて顔がにやけてしまう。
「そういえば、アフリカの方では成人の儀式にライオンを一人で倒すというのがあるそうです」
「大人同伴なら構わん。行く前に連絡しろ。学校をさぼるな」
「同伴はキヨちゃん以外でね」
「僕らの知ってる人じゃないと駄目だよ」
 0.1秒ぐらいだった。
 早過ぎて、どう考えても6歳は大人じゃないとか、なんで私除外とか言う暇もなかった。
 チェルは明るくわかったーと答えて再び顔を脂塗れにしていたので、その話はそのまま終わり、それから少し時が過ぎ


 ***** 

「で、猫ヒゲ薬局でちょっと買い過ぎちゃってさぁ~アハハウフ」

 がちゃん
      ツー・ツー・ツー

「がっくーん!がっくぅーん!あああー」
 遠話のコードに巻きつけた指を変な方向に捻り、悲鳴を上げる黒ウサギ。
 足元には、効果バツグンという噂の魔法薬が入ったダンボールの山。
 配送員は、うんざりした表情でその山を見つめている。
 隣で待っていたネズミは、あくびをひとつした。
「すみません、もう一回使わせて下さい!え、もちろんコレクトで」
 必死に大学への再通話を行おうとするウサギの横で、ネズミが周囲を見回し標識を見上げる。
「あっがっくん!あのね!いいの買ったよだから切らないで話をきいてぇー!ヒト用のもあるんだってば!」
 悲鳴と哀願を織り交ぜ、必死に説得するウサギをよそに、ネズミは人差し指を上げて風の向きを見た。
「なんか、こっちよりあっちのほうが面白いカンジがする・・・かも」
 そうしてチェルは小首を傾げくるりと方向転換し、三番通りの方角へ歩き出した。

 ジャックはこの日、大人用女児パンツを手に入れることとなる。
 *****

「ちーがーいーますぅー誘拐じゃないですぅー姪っ子ですぅー」
「あのね、ジャックはオンナアサリの旅で、ちーはオメツケヤクなの。メイってなに?」
「え、何それ聞いてないよオレ。姪っていうのは、自分の兄弟の子供のことだよ」
「ああっちーしってる、じゃあジャックはちーのおじさんなんだ!」
「・・・おにーさんがいいなぁ」
「ウルセー!いい加減黙れ!お宅らここどこかわかってる!?ケーサツだぞ!?しばらく臭い飯食うか?」
 寒風吹き込む古びた警察署その一角で、怪しさのあまり通行人から通報された垂耳黒ウサギ男とスナネズミの少女が、警察官の忍耐力耐久テストを実施していた。
 真ん中のちょっと傾いだ机の上には、古びたスタンドに照らされた大量のストッキングとお子様向け以外のオモチャ。
「コレはお土産ですよ。レシーラ教会とかのオネーサマに」
 きょとんとした表情のチェルをよそに、ジャックはニヤリとして指を器用にくねらせ卑猥な仕草をする。
 毛に覆われ顔が、見る見る間に引きつる。
「し、し、シスターがこんなもの使うわけないだろー!!」
「ははは。ご冗談を。そりゃーもうずっこんばっこん」
「やめろぉぉぉぉ!!」

 その後、身元保証人としてとある修羅場中の作家が呼ばれ、結果その作家の担当は、全裸土下座を二日と十八時間ほど行なった。

 ***** 

「やっぱ先生ぇって涙目で見上げられるのサイッコーだよねぇ♪」
「いやいや、頬を赤らめてポカポカ殴ってくるのもなかなか」
 列車の中、出会った垂耳の紳士ととろけた会話が窓から流れてくる。
 うっかりお近づきになってしまいツッコミ続けて疲労困憊のヒト少女は座席で居眠りし、好奇心と体力が無限大なネズミ少女はワクワクした顔で流れる風景を食い入るように見つめていた。
 季節柄侘しい田園風景のど真ん中の中で唯一の建造物である駅に列車が止まる。
 のんびりとしたアナウンスが、出発時間を告げ、短い停車時間に用を済まそうと列車内で喧騒が広がった。
 ここぞとばかりに、軽食やらお土産物やらを持った小汚い子イヌ達が列車に群がってくる。
 近くの貧農の子供たちは、こうした時間を利用し小銭を稼いでいるのだ。
 群がる子イヌから乗客たちがフランクフルトやら果物や干物などを購入していると、不意に黒い影が差した。
 黒い影は見る見るうちに大きくなり、慌しい羽音と共にワイバーンが列車の屋根に舞い降りる。
 ワイバーンの手綱を屋根にかけ、ホームに小包を抱えたネコ少女が颯爽と着地した。
 疲れ、汚れた顔をした子イヌ達の目に、憧れの光が灯る。
「ちわー!小熊運輸でーす!ウサギのジャックさんいらっしゃいますか?」
 列車の端のほうから声を掛けていくのに気がつき、物売りたちに張り付いていたチェルがジャックの服を引き顔をしかめる。
「ジャックよばれてるよ?」
「もう、ずっこんばっこんデュフフフ  え、ナニ」
 慌てて顔を戻すも、つつーっと糸を引いた涎が黒い毛皮に落ちる。
「あ、行っちゃった。あのお姉ちゃん、何か用みたい」
「もうすぐ出発時間だから、行った方がいいだろうね」
 爽やかに買い入れた骨付き肉を齧りながらアドバイスする紳士に、ジャックは窓枠からホームに降り立ち、左右を見渡す。
「あ、そこの少年、その黄色いの頂戴、え、50バクトゥン?ははは10でしょ」
 いきなり値切りをはじめたウサギに呆れた表情を浮かべるネズミ少女の肩を叩くヒト少女。
 苦労人らしく連帯感を持ったようだ。
「あ、ウサギ!もしかしてジャックさんですか?」
 ホームの端から大声で問いかけるネコの少女に振り返るウサギ男。 
「そーでぇっす!何々ナンパ?ヤダオレ困っちゃう☆」

「・・・お姉ちゃん、トランプしよ?ちーババ抜きも七並べも大富豪も得意だよ」
「あ、懐かしい、先生もやりましょうよ」

「小包です。ここにサインと、念の為身分を証明できるものをお持ちですか?」 
 わらわらと列車内から飛び出す売り子達を避けながら、もそもそと懐を探す。
 車掌が安全確認を終え、列車に乗り込む。
「えーっと、旅券でいいかな。つか、え、キヨちゃんから?何だろ。てゆーかぁ、凄いね列車に追いつくなんて」
「ええ、この路線は一日一回しか列車が来ないので」
 呑気に会話をしていると、列車は扉を閉め、しゅぽーと汽笛を鳴らし動き出した。


 遠のく列車とその屋根に停まったままのワイバーンを見送る二人。
「メ、メルカバぁ・・・・」
 がくりと両手をつくネコ少女に黒いウサギが慰めるように手を掛ける。
「仕方ない、お嬢さん次の列車(翌日停車予定)が来るまでオレと一緒に夜のエイプリルフールでも」
 無駄に白い前歯が夕闇にキラリと光った。

 *****

「やぁ、助かっちゃった☆ごめんね専門違うのに。ホラこーゆーのって信頼できる業者を探すのがタイヘンじゃぁん?」
 フリフリ踊る黒いウサギを前に微動だにしない店主。
 色白の肌にボリュームのある白銀の髪をした少女は氷のような冷ややかさを保ち、切れ長の黒い瞳だけが時折背後を気にするように動く。
 彼女は、落ちモノ商としては歳若く、商才を持っていると一部で有名だった。
「しかも美人さんでオレ大・感・激♪だから値下げして」
「これ以上、値下げたらこちらも商売にならないので無理ですね」
「ハハハご冗談を。前回払った手付けだけでもカナリの金額だし」
「無理です」
「横流ししないし、落ちコレにも宣伝しとくよ!」
「無理です」
「オレ、こう見えて顔広いから恩売っとくと得だよ?あ、面積の話じゃないからね。だから値下げ」
「無理です」
「」
「無理です」

 当分の終わらなそうだということを見取ったチェルは、暇つぶしに店内を観察し始めた。
 黒ネコの使用人が少女を監視しているのを意識し、外套から細長い尻尾をフリフリさせる。
 頭を振れば、赤い大きなリボンがチラチラとゆれ、少し面白い。
「あっちょんぷりけ」
 謎の呪文だが、わかるヒトにはわかるらしい。
 大きなヒト用の甲冑や、腕が数本ある木彫りの人形、鮮やかな彩色の大皿などが飾られている。
「こういうのもらって、うれしいのかなー?」
 首を傾げるが、疑問に答えるべき相手は無駄な努力をしている。
「おねぇちゃんは、こういうのほしい?」
 いきなり振られた黒ネコは、一瞬ぎょっとしたように尻尾の毛を膨らませ凍りつく。
 特に返答を求めていなかったチェルは、しばらくその整った顔をみつめてから、ドレスを着た人形に目をやった。
 相変わらず、話は膠着状態のままだ。
「ねぇねぇ、白いおねーさん」
 小さな手で店主の上着の裾を掴み、小首を傾げる。
「おねーさんは、こういうの落ちモノの事、いっぱい知ってるの?それともヒトのお友だちが教えてくれるの?」
「え、え、ヨー・・・企業秘密です」 
 一瞬崩れそうになったのを何とか繕いうも、畳み掛けるネズミ少女。
「あのね、ヒトのお友だちでこまってる人いる?ジャックなら、ヒトも診察できるよ。オマケしてくれるなら、病気とか、ケガも得意だし、お薬もあるから、わけっこできるよ?」
 そういって、黒い鞄からヒト用と書かれた医療品を出してみせると、氷の彫刻が溶けた。
 大きな尻尾が左右に大きく振られ、小さめの耳がピンと突き立つ。
「しょ、少々お待ちください。ニュクス、お茶出しておいて!ねぇヨー!」
 転げるように店の奥へ走りこむ店主を見送る黒ウサギ。
 その瞳は徐々に輝きを失い、ヘドロまみれの底無し沼のように暗い。
 垂れた耳は、店の奥で行われている会話をキャッチしてピクピク動いているが、次第に緩慢になってきた。
「アレ、なんだろ。オレ急に買い物嫌になってきた・・・くそぅ・・・オレも、もふもふしたいっ!!」
「ちーも、もふもふしたい!」

 数日後、某大学の講師の下へ『家庭の医学』が届いた。
 分厚い表紙は、濡れたのか皺が寄り、文字が滲んでいたという。


 ***** 


 息が白く濁るのを見て、ワタアメのようだと思う。
 大陸最北部、エロい手、ずるい手、汚い手を使って辿り着いた国は、ウサギの王国だった。
「すごい、ジャックがいっぱいいる」
 右を向いても左を向いてもウサギがいる感想を素直に述べる少女に保護者は一瞬止まる。
「でもオレが一番イケメンだよね」
「えっ」
「えっ」
 しもやけ防止の耳当て帽子を被ったネズミ少女は、全身を防寒具で包み丸々としている。
 押したらそのまま転がっていきそうだ。
「ねぇねぇこの帽子、耳がぶかぶか」
「オレが一番イケメンだよね?」
「あ!テレビだ!ねぇねぇイヌのおじさん、しゅざいのひとー?」

 ******

 アシャトーマは、国土が狭く国内全土に魔方陣が張り巡らせてある。
 魔力伝導を妨げないため、常に道路は清掃員が巡回し目立つようなごみは殆ど存在せず、建物も多少の汚れはあっても他国に比べ、段違いに清潔に保たれている。
 国全体に秩序があり、法則が存在している。
「ここ、迷子にならなそう」
「まぁ大声で叫べば、たいてい見つかるしねぇ」
 先ほど購入したタイヤキで口周りをアンコまみれにしたチェルが呟くと、タコヤキ蛸抜きを貪っていたジャックが頷く。
 昼下がりの時刻、路面電車を待つプラットホームは乗客もまばらだ。
「ほら、電車来るよ白線の内側までお下がりください」
「馬いないのにうごいてる!スゴイ!」
「はっはっはー。靴は脱がなくていいよ」

「あ、お外もみえる!」
「はっはっはジャンプしない。網の上に座るのも手摺りにぶら下るのも禁止だよー」
「みてみてーあのおうち!あのおねえちゃんはだかで首輪付けてヒトのお兄ちゃんに抱っこされてるー」
「畜生、クーデレ騎士付とかマジ格差社会っていうか、カーテン閉めろ」

 ******

「さーじゃあ次はどっちに行こうかな」
 所々毟れた不揃いの髯を風に弄らせ、ズタボロになったコートを羽織った黒いウサギが遥か遠く、雪原の彼方を見つめる。
 隣に佇む小さなネズミの少女は、不思議そうな表情を浮かべ尋ねた。
「ねぇねぇジャック、なんでそんなにボコボコなの?」
「それはね、初々しいイヌの女の子のメイドさんが居たんで、お近づきになろうとしたら実はオオカミの戦士だったからだよ」
 ちなみに周囲からはただのSMプレイのだと思われた。
「それじゃあ、なんでそんなにお土産物いっぱい買ったの?」
 厳重な国境線、重厚な城門の一角には、配送業者が暖をとっているのが遠くに見える。
 その近くには配送受付カウンター。長い列を見る限り、まだ順番が回らないようだ。
「それはね、オレがキヨちゃんにちーちゃんと行くって、言い忘れたからだよ」
「ちー、パパにはジャックと行くって言ったよ?」 
 先日届いた手紙は、業務連絡と保護下にある少女の注意事項、そして一行の警告。
「大惨事夫婦喧嘩が勃発したらしいよ」
「次で四回目だね」

 その頃、人のいいグィンガム助教授は、講師のオティス先生の愚痴を聞いていたが、途中からのろけになったので、おごるつもりを割り勘に変更した。

 *****


 ありったけーのおもいをむねにー♪

 賑やかな喧騒、薫り高い香料、楽器を爪弾く音と共に、澄んだ歌声が耳に届く。
 天幕のあちらこちらから、様々な音が響きわたり、一種の音楽のようだ。
「噂のにゅーうぇーぶドコー。アル君と深めた産婦人科の知識を生かせる患者様はおりませんかー!」
「いやぁ、先生腕がいいね」
「ありがと。おねえさまも相変わらず色っぽいよ」
 機嫌よく上衣を直すヤギの老人に、泣き真似をしながら軟膏を手渡す。
「じゃあ、コレを清潔にした患部に一日一回塗って下さい。一ヶ月もすれば、ベリっと全部剥がれます。
サービスするから、他の子にもオレの宣伝してね!」
「ウチは自由恋愛主義だからね」
 苦笑いを浮かべる老人にがくりと肩を落とす。
 その横を、チェルが通り過ぎる。
 その腕には玩具や食べ物が溢れかえり、ご機嫌だ。
「ちーいっぱいアメもらったのあるから!あっちでとりかえっこしよ!」
「そのリボン見せてね」
「いいよー!このユーちゃんのクッキーおいしいね!」
 歳の変わらないヤギの少女達と、楽しげに話しながら広場に向かう姿を眺めポリポリを頭をかく。
「若いって、いいなぁ~いや、オレも若いけどね!?28だしね!」 
 虚空に向かって必死になる黒ウサギに、老婆が笑う。
「アタシも五歳若けりゃほっとかないんだがねぇ」
「ざんねぇーん!」
「ま、今夜はスキャッパーの殿様の前でやらなきゃならんからそれどころじゃないがね。ニューウェーブも忙しいんだよ
 細かい事は、明日ハダル様に訊いとくれ」

 *****

 ヤギの旅一座の隣には、別の楽隊が天幕を張っていた。
 明るい日差しの中、そこの一角だけが異様な雰囲気を醸し出している。
 見張りらしき天幕の外で楽器奏でているトリの黒い羽根には輝石や暗闇に光る塗料で鮮やかに彩られ、赤い鶏冠とともによく目立つ。
「ちーちゃん、近づかないでね」
「えー」
 不満そうな顔をする少女に、白い歯を剥き出して威嚇する。
「だって嘴にわざわざ口紅塗ってるんだよ!?ムラサキの!」 
「カッコイーじゃん。知ってる?ぼーかるの人はフランスゴなんだって」
「どういう意味?」
「しらなーい。あ!あのお面の人だよ!すみませーん!サインくださいーキヨカさんへって」


 ***** 

 ごとごとと山道を荷馬車が進む。
 山盛りに載せられた干草をソファー代わりにウサギとネズミは優雅にランチタイム。
「ほら、ちゃんと野菜も食べないとだめだよ」
 チーズの塊を握り締め、無心に食べる少女に大人らしく注意するウサギ。
「そんなこといっても、やさいばっかりじゃんー!」
 膨らむ頬をつんつんとつつくと、ネズミは怒って小さなこぶしを振り回した。
 ところが、勢いをつけすぎ握った拳からチーズが飛び出す。 
 チーズは荷台を超え、山道へ転がっていく。
「ああああー!ちーのチーズ!!」
 そう叫ぶと、少女は迷わずチーズへ飛び掛る。

 そしてそのまま山道を乗り越え、崖から落ちた。


 *****

「えー違いますーネズミ幼女を探すただの一般ラビットですー」
 小さな耳と短い尻尾のネズミの衛兵達が弓を構えたまま、胡散臭そうな表情を浮かべる。
 対するウサギのコートは既に穴だらけだ。
「いや、ホント人探しで、あのーこれくらいのラブリーチャーミーな おおおお!きょ、巨乳姉妹だと!」
 爛と輝くディープグリーンに、臨戦態勢を取っていたネズミ達が凍りつく。
「ニクイッおのれ乳ブルジョワジー!打倒格差社会!!」

 なんとか永久追放で済んだ。


 *****

「あ、このあかいのカワイイね!フリソデ?さわっていい?」
「これは売り物だから駄目じゃ」
 あっさり断られ、小さな頬が膨らむ。
 木々に囲まれた洞窟の中、薄暗い空間に小さなスナネズミと小さなネズミ達が居た。
 スナネズミよりも小柄で、毛色も濃いのが珍しいのを何とか押さえ、躾けられたとおり、礼儀正しく振舞う。
 山深い国、目にするものは初めてのものばかりだ。
 この国の住民であるネズミ達は、あまり外を出歩かず国内で商いをしている。
「イノシシって、つよいの?」
「そうじゃのぅ…追われたら、太い木の上に上るしかないの」
 出された乾栗をひとつ口に含む。
 硬いのを無理やり噛み砕くと甘い味が口の中いっぱいに広がり、恍惚の表情になる。
「こここ、これおいしいいぃぃぃ!ね、こうかんこしよ!ねっねっね!」
 ポーチに入っているネコ国のリボンや飴、ヤギの装飾品を取り出し床に並べる。
 どれも色合い鮮やかで、目麗しい。
 ネズミたちの瞳がきらりと輝く。

 結果、だいたいぼったくられた。

 ***** 

「アレ、もしかして、ここって理想郷?」
「ゆーとぴあってナニ?」
 市場で白虎から購入したプリンに舌鼓を打ちながらチェルが尋ねる。
 温暖な気候のため、衣類は新しく購入した薄手の物になり動き易い。
 二人とも輝石で彩られた帽子に腕輪に足環に首飾り耳飾が動くたびに音を鳴らし、
見るからに観光客といった風情を醸し出しているが、周囲がそれに注意を払う様子も無い。
「まずね、女の子はみんなパッツンパッツンエロエロ!メシが美味い!野菜も果物も新鮮で安い!
イイモノも安い!あと意外と治安がいい!問題はただひとつ!肉臭い!」
「プリンおいしいー」
 ケプっと漏らし、他の露天で購入した糖蜜のケーキに手を伸ばす。
「オレも食べよーっと☆いやぁ!夜も楽しみだなぁ♪」


 ジャックは、三日で十キロ肥えたので、虎の国に移住することを断念した。


 ***** 


 緋色の布が掛けられた長方形の台の上には、漆塗りの小さな盆に素焼きの湯呑みが二つと、空き皿に竹串が三本。
 薄暗い茶屋の奥には、古びた紙が幾つも貼り付けられているのが見える。
 そういえば、団子を出したきり店主は姿を見せない。
「そして予想外の露出度の低さに驚きを隠せないオレ。庶民はミニユカータじゃない?じゃない?」
「ろしつど」
 豆大福をくわえたままチェルが見上げる。
「ミニスカとか、ないよね。ムネチラがないハラチラもない」
「あのおじちゃん達は?」
「ふんどしだねぇ・・・」
 荒んだ眼差しで、汗止めと最小限の衣類を纏った道路工事夫を眺め溜息をつく。
 横を過ぎるキツネの女性達は、夏には遠いということもあって、おおむね肌を見せない服装をしていた。 
 何か見えないかと凝視していると、ゴミを見るような視線を返される。
「なんか、月も違って見える気がするよね。あっちはもうだいぶ暖かいのかな~」
「ちーはまだ寒いよー」
「はっはっは。もふもふするかい?」
 猫国を出る前よりも横に成長した黒い巨体を一瞥し、少女は吐き捨てる。
「ジャック、最近なんかヘンなにおいするからヤだ」
 天を仰げば、春の薫る白みを帯びた空に薄く姿を見せる月。
 ジャック、泣かない!だって男の子だもん★
 そう言い聞かせ、タプタプした二の腕でそっと涙をぬぐう。
「キヨちゃんの生まれたところって、こういう感じらしいよ。字もあっちだしね」
 墨で書かれた品書きは、大陸共通語なのでかろうじて読めるが、微妙に間違っているのが気にかかる。
 裏を返せば、見慣れぬ文字。
「客商売にもかかわらず、このぞんざいさはどうなの。まさか国民総ツンデレ!?」
 とりあえず叫んでみたが、反応はない。
 品書きをひっくり返しながら口を動かしていた少女が、チラリと見上げる。
「ちーねぇ、教えてもらったからわかるよ。これが、「お」で、こっちが「き」なの」
 顔をしかめながら、つかえつかえ話すも目線は下がり、尻尾がせわしなく動く。
「そーいえば、キヨちゃん、しょっちゅう空見上げてたねぇ~ここ、懐かしく思うのかな」
 狐国と比べれば、犬国猫国は、言葉はもちろん、文化も風俗もかなり違う。
 まるで、異世界だ。
「でもね、カグヤヒメじゃないから絶対大丈夫だって言ってた」
 握りすぎて、飛び出した苺大福を口に運びながら呟く。
「けど、キヨちゃんの大丈夫ってさぁ」
 涙目で睨まれていることに気がつき、苦い緑茶を一気に飲み下し、熱さにむせる。
「ち、ちーちゃん?」
「ジャック、キライっ!もーウチかえるぅぅぅ!!」
「あっちょ、おちついて、あっいやっちょ!あい、イイイテテテテテテテ!」

「と、いうわけでネズミガールのホームシックを治す方法を教えて下さい」
 それはそれは見事な、寸分の隙も無い土下座だった。
 相対するのは作務衣姿のキツネのマダラ。
 木造の家屋に漂うのは、嗅ぎ慣れぬ薬草の匂い。
「知ってんだよ。オレ、この長耳を嘗めたらイカンよきみぃ!」
 がばりと顔を上げ、正座のままずずっっと詰め寄り髭同士が触れ合う距離になる。
「ほらぁ~治療法は違えど、一応本業は一緒じゃなぁい?し、か、もっロリネズ同士じゃーないですか!
 まさに!なんと奇遇な!まさに穴キョ!」
 ばっと手を広げ、そのまま尻を蹴られて畳に突っ伏す。
 犯人は、あかんぺーをして襖を勢いよく閉めて走って逃げていく。
 奥から、きゃあきゃあと騒ぐ声。ネズミ同士で気があったようだ。
 髭のまばらに生えた顎を擦り、しばらく思案したマダラはウサギの隣に置かれた黒い大きな鞄に眼をやった。


 *****

 いのしし

 *****


 目を開ければ、青い海白い砂浜。

「ここはダレ?オレはどこ?」
 問いに答える相手がいない。
 見上げた空を長い翼の鳥が滑空しながらアホーと鳴いている。
 喉は塩で焼け、体はギシギシと痛む。瞼を擦り、全身に塩と砂が張り付き、不快で仕方ない。。
 顔に張り付く長い物は・・・自分の耳だ。引っ張ると、痛い。
 状況を把握しようと周囲を見渡すと、まず目に入ったのは・・・


 体育座りしている短パン一丁の白いトリ。

「ここは競泳水着の遮光眼鏡ッ娘でしょ!?いや、ツルペタとかボクっことか開発中美女もいいけどーー!」

 *****

「ふぅーん。じゃーおにーちゃんも旅のとちゅうなんだ。ちーといっしょだね」
 遊覧船の甲板で、白いリボンを靡かせ一足早い夏を満喫しているネズミ少女の隣に立つ中華服の青年は、遠い地平線に目をやった。
「連れの人、落ちたけど」
「ジャックだから」 
 青年はしばらく沈黙し、海を見つめた。
「そーいえば、おにーちゃんはライオンと戦うんでしょ?もしかしてマサイゾクなの?」
「え…?」 

 観光客の風に捲られたスカートを覗こうと甲板で滑り込みそのまま海へ墜落したウサギは、魔窟経由でネコの国へ無事帰国した。


 *****


「うーみーはひろいなーおーきー―イヤァァ!ごめんなさいっ許してぇ!いやぁ!フナムシは嫌ァァ!!」
 虚ろな瞳の端からほろりと大きな涙が零れる。
 長い耳は白い地肌を露わにし、赤剥けた皮膚が痛々しい。
 建物の隅で頭を押さえ、ガタガタと体を震わすウサギが一人。
 そこはとある港に近い下町。
 ウサギの座り込んでいる一角だけ異様な雰囲気を醸しているので、半径10Mほど人気が無い。
 そんな中、小さなネズミ少女だけが、事態を打開しようと足掻いていた。
「ジャックしっかりして!そのままじゃアマミのクロウサギだよー!」
 無理無理腕を引っ張り、動かそうと試みるも、完全に脱力仕切った体は梃子でも動きそうもない。
 仕方なく腕を放し周囲を見渡し危険が無いことを再度確認、ポーチから飴玉を二つ取り出し、一つ口に含む。
 もうひとつは、半開きの口に押し込んで、水筒の水も流し込む。
 完璧だ。
 半開きの口から大半の水は出てるし、飴で喉を詰まらせかけているが、なんら問題は無い。
 腕を組み、目を閉じて飴玉をカジカジと砕きながら考える。
 ごくん。
「そうだ!こまった時のヒトダノミだ!」
 小さな耳と長い尻尾をピンとさせて叫ぶ。
「ジャックまっててね!助けてくれる人さがしてくる!」
 そういうと、彼女は猛烈な勢いで町の中心部に向かって駆け出した。

「断る」
 竹を割るような一撃。
 いわゆる一刀両断。
 黒猫耳に黒髪、黒瞳、黒尻尾のネコマダラ青年が面倒臭そうにそう言い放ち、後ろも見ずに去ろうとするので、
チェルは慌てて買い物籠にしがみつく。
「でも、お兄ちゃんヒトでしょ?ヒトは助け合うからヒトだって、ジャックがいってた!
 あと、人という字は、片方が楽してるように見えるけど、無いとやっぱり立てないからまあちょっとぐらいは我慢だって!」
 ずるずると引きずられながら、必死で説得しようと試みる。
「あのね、ジャックはウサギだけど、ヒトダスケもちょっとしてるから、今ちょっとだけ助けてほしいの!
そしたら今度お兄ちゃんとか、お兄ちゃんのおともだちがこまってる時、ちーが助けるから!」
 石畳に当たる足は、大人の手で包んでしまえるほど小さい。
「絶対」 
 言い切った言葉の強さに足が止まる。
 青年は、魔力も牙も持ち合わせていない少女を見下ろした。
 小さなネズミは、ネコのマダラの姿をしたヒトを真っ直ぐに見つめ返した。

「まだか?」
「えっと、ね。あっちの一番向こうなの」
 手を繋ぎ倉庫の中を突き進む二人。
 夕焼けに向かいチェルは指を伸ばした。   
「あのね、あそこ・・・」
 彼女の指差した先には、キツネ少女達を元気に追いかける黒いウサギの姿が!
「尻尾モフモフさせてぇー!」
「い、いやぁぁああぁー!アキラ君助けて!」
「あっ!おぬし!は、早くこやつをなんとかするんじゃ!」
 繰り出す符は何故か水に濡れたり蜘蛛の巣に掛かったりし、無効になる。
 それを見た少女達は変質者に追いかけられる恐怖と混乱で普段の聡明さをどこかに落としてしまったようだ。
 焦った声を上げる巫女服の少女と、それよりいささか体の発育がいい二人のキツネ少女を心底楽しそうに追いかける黒ウサギ28歳(自称)。
「・・・アレか?」
 半眼で尋ねる青年に、少女の肩ががくりと下がる。
「ごめんね、お兄ちゃん。すぐ片付けるから」 
 チェルは小さく溜息をついて、懐から細い筒を出した。
 腰のポーチを開け、リボンと飴をより分け、小さな薬入れから軟膏に浸かった針を筒にセットする。

 プッ


「カナさん、アケカゼさん。ごめいわくをおかけしました」
 ぺこりと頭を下げる子ネズミに憔悴した風の二人は同情した表情を浮かべたまま首を振った。
「おぬしも大変じゃな」
「あのね、倒れてるの見つけて、私が気付けの符を使ったら、辺りの魔素と魔力が混乱しちゃったみたいで、ああなったんだと思うの。こっちこそごめんね」
「とんでもないです。ありがとうございました」 
 まさかアレが普段の姿とは言えず、曖昧な笑みを浮かべる。
 同情に満ちた二人の瞳の中に映る自分の表情には見覚えがあって、また郷愁に駆られた。


「そういえば、なんでこやつがヒトだと知っていたんじゃ?」
 巫女服の少女が腕組をして無い胸を張り尋ねる。
 確かに青年の付けている超高級付け耳と尻尾は本物志向で、外見から見破るのはかなり困難だ。
「魚屋さんにここらへんでヒトいませんか?ってきいたら、教えてくれたよ」
 彼女は黙り込み、眉間に皺を寄せる。
 付け耳の意味が無い。
 チェルは小首を傾げ、少女と明日の昼食の献立を考えている青年を見比べ朗らかな表情を浮かべた。
「あのね、アンズより梅葉ヤスシらしいよ?」
「誰じゃ、ソレ。案ずるより生むが易しじゃろ」
「そうソレ。あのね、だいじょーぶ。ウチもおんなじだけど、ふーちゃんちのおじさんもおばさんも、
肉屋さんも魚屋さんもお惣菜屋さんも商店街の人はみんな、まかせろー!って言ってくれたから」
 それじゃあ、ありがとーまたね。
 そういって、去りゆく小さな背中を見つめたまま、巫女服のキツネ少女は立ち尽くす。
 瞬きをして言葉の意味がゆっくりと浸透するのを待つ。
「それって、割とダメダメじゃないかの・・・」
 彼女の呟きは、潮風に紛れて消えた。 


 *****


 朝食は、とろっと黄身のこぼれる目玉焼きに、茶色い焦げ目のウィンナーとぱっくり口を開けた大きな二枚貝。
 ワッフルとフレンチトースト、香ばしいポテトフライにかかるのは塩味の効いたとろけるチーズ、それからカリカリに焼いた小エビ。
「野菜が足らないよ!野菜が!」
 チェルは無言でフォークをウィンナーに突き刺した。
 小気味いい音をたて、肉汁が皿に飛び散る。
 グラスのミルクを一気に飲み干し、目前の黒ウサギを洗い忘れた雑巾を見るような眼差しでねめつける。
「あっその眼つき・・・!えー挫けないよオレ!あいそーなしの♪・・・あ、コレじゃないやえーっと」
「おきたら知らないところにいました。おうちちょっこう馬車は?」
「寝ている間に臨時フェリーに乗ってみました☆ほら、海草も超・新・あっやめて!そんな太くて大きいの無理だよぉッ」
 口元にウィンナーを押し付けられ、脂が頬を伝う。
「イヤ、ホラ。お土産に時計買うの忘れててさぁ~さすがにあっちは無理だからね」
 無意味にポーズをつけてウィンクするウサギに、溜息をひとつ。
 食堂の外、ガラス越しの暗い空に遠く見える時計台。

 ここは自治港ナアト。時計台が名物だ。

「だんだんキヨちゃんに似てきたよねぇ~あーヤダヤダ。料理の腕と男の趣味は似ちゃ駄目だよ」
 チェルは無言で仕上げにデザートの三段重ねホットケーキの最後の一口を頬張った。
 視線の先には、商店の壁を垂直に駆け上がる人影が見える。
「時計台は一部立ち入りできるみたいだから、そこ行ってーあと街は遺跡弄ってるみたいだし、ちょっと見たいなー♪」
「ヤだ」
 ナフキンで口をゴシゴシと擦ると、皿を重ね席を立つ。
「ココ、なんかシッポがびりびりする。ヘンだよなんか」
 不安げに尻尾を撫で、落ち着かない様子で周囲に目をやるチェル。
「ソーリャータイヘンダー」 
 ジャックは平然とした口調でワカメサラダを頬張った。
「確かに、臨時フェリー出すのも急に乗客が詰め掛けたからって言ってたしねぇ~」
 閑散としたホテルの食堂を見渡し、垂れた耳を傾ける。
「ちょっとだけ外でて帰ろうか?」
「すぐ帰ろうよ」
 小さなネズミは尻尾の毛を逆立て、ふるふると首を振った。 

「じゃー今度は、こっちの道ー」
「いゃぁぁぁぁもう…やだよぉかえろうよぉ」
 顔をべしょべしょに濡らし、嗚咽を漏らすネズミを笑顔で引きずるウサギ。
「もう~しょうがないなぁ♪ちーちゃんは。じゃあ、右と左どっちがいい?」
 そういいつつ、地図に印をつけ、白墨で壁に手早く魔方陣を書き付ける。
「うぅぅ・・・み、みぎの方がマシ・・・」
 目の縁をごしごしと擦り荒い息をつく少女をひょいと抱き上げ、ジャックは迷わず左の道へ進む。
 声なき悲鳴に垂れ下がった耳がぴりぴりと震える。
「やっぱ海かなー?こういうとき、がっくんいれば役に立つのになー」
 腕から飛び出そうと大暴れするチェルを巧みに防ぎつつ、周囲を見回す。
 かなりの広範囲に渡る警戒区域。
 古びたレリーフに指を走らせると、鈍く光る護法陣。
 遺跡が流用されただけのことはある。
「ねぇねぇちーちゃん」
 腕の中で小さく丸まり、歯の根が合わないほど震えるネズミに呼びかける。
「そんなにヤバイ事が起きそうなのに、ちーちゃんは一人で逃げちゃっていいの?いやまー所詮ネズミだから仕方ないカナ☆」
 路地から見上げた空は、誰かの瞳とよく似た鉛の色。
「ここで一人だけ逃げたら、人たくさん死ぬだろうね。でもネ・ズ・ミ・だ・し、しょうがないよね~♪」
 唇を噛み締め、嗚咽を堪えて涙を拭く。
「キヨカなら、にげない?」
「オレ、キヨちゃんじゃないから~わかんなぁ~い★」
 ふざけた言葉を吐く口にパンチ一発。
「さっさとおろして!せくはらきんし!」
 怖さで強張る体をぐっと伸ばし、顔を上げる。瞳に宿る輝きはとてもとても尊いもの。
「はやくいこう!いちばんこわいところに。それで、はやくキヨカのごはん食べるの!」
 早口で言い切り、震える足で地団太を踏む。
 怯えに強張った顔に浮かべる笑みが、近しい誰か、遠い記憶の残滓に重なる。

 あのこのめはとろけるようなあまいいちごににていた。

「オレもあのビミョーな味が、懐かしいような全然懐かしくないようなカンジだよ」
「なら食べなくていいよ。ちーが食べるから」
 もう声は震えていない。
 震える拳を抱きしめて立ち向かう小さな姿の背中を叩く。
「大丈夫、ホラ、オレ一応保護者だし」
「・・・うそっぽい」
 ネズミがこんなにも怯えるのは理由がある。
 理由があるなら、それを探り解決することだって出来るはずだ。
 知らず知らずのうちにウサギも同じような笑みを浮かべている。


 不安げな表情で空を見上げる住民達の中、冷静な表情を浮かべた占星術師が地図と術具を仕舞い込む。
「確かに間違いない。大殺界というヤツだな皆殺しだ」
「さっすがゴルゴラたん。オレも苦労した甲斐があったよ☆」
 汗を拭く仕草で疲労度をアピールしてみるが、あいにく誰も相手にしない。
 思わずしゃがみ、ののじを描いてみるが、風が吹きつけるばかりだ。
 臨時子守を買って出た巨乳クモ美人に付き添われ、地下室で寝ている幼女が羨ましい。
「オレも巨乳枕ほしい」 


 *****


 覚悟を決めた人々が空を見る。

 厚い雲をつき抜ける歪な銀影。

 それは街と海の境目掛けまっすぐに墜ち、蜘蛛の術式結界に捕らわれ、宙に留まる。

  割れる 

        そして


            お  ぞ  ま  し  い  も  の  が 


「ナルホド。死の雨か」
「ここは孵らない卵といっておこーか☆ハンプティダンプティはごめんだよ」
 パチリと扇を閉じ、眇めるネコにウサギは笑う。

「イッツ ショータイム♪」

 拡散する寸前、次の結界が作用する。
 蕾から咲き誇る花のように次々と展開する結界は様々な種族による多様性に富んだもの。
 幾重にも重なる花弁が、それらは舞い散る粒子を一つ残らず絡めとり、再び閉じる。

         ―― 圧縮 ――

 白い繭に包まれた悪意は身を捩り、ゆっくりと世界へ生まれようとする。

 ウサギは微笑み、魔力を開放した。
 古代遺跡の護法陣を利用し、一区間を一つの巨大な魔方陣に変える。

 効果は、物質変化 

 死を孕んだ卵が風化する。
 硬い殻に囲まれたまま、石へ変わる。

 質量の重さに体が軋む。
「こりゃヤバイやばいってマジヤバイ。長くは持たないよ。お嬢さん」
 膝を付きそうになるのを堪え、震える顔で笑う。
 魔方陣を維持する為に魔力が失われ、急激に体力を消耗する。
 周囲の魔素を取り込もうにも端から消費し体が自壊。
 細胞が崩壊し毛細血管が破裂する。
 ぬるぬると滴る血がモザイクを汚し補助結界を無効化する。
 脳が白く染まる真白く吹雪く凍える体震える指こぼれる血はあのときのように霞のように消え失せ

 ぼくはきみのことがいとしくていとしくてきみのいないせかいなどいらないのに

 赤い視界の中で、海から飛び出した優美な青い影が宙を舞うのが見えた。

 彼方に翳む星と月と太陽と、

 きみはもういないのにそれでもせかいはこんなにもうつくしいから

 昼の終わり、夜の使者のような黄昏の輝きが彼女を後押しする。

「――88(アハトアハト)スクエアッ!!」

 ぼくはまだきみをあいしてる


 *****

「そういえば―あのウサギの名前、なんだっけ?」
「えーっと……あ、入塔帳に書いてありますね。ガエスタル。女の子の方は…書いてないみたいです」
「じゃあ、その名前、今度の評議会で出しておこうか。一応」


「ところでちーちゃん」
 ニヤニヤしながらウサギが歌うように語りかける。
 フェリーが揺れるので、必要以上にふらふらとしているが、あまり普段と変わらない。
「そろそろキヨちゃんのこと、ママって呼んであげなよ」
「ほっといて!!!」
 顔を赤くして照れる小さなネズミのとび蹴りは、なかなか威力があった。
 威力があったので、柵に腰掛けていたウサギはそのまま波間に飲まれる。
「いやぁぁぁ!しょっぱいのいやぁぁぁあぁぁーー!」

 10分後無事保護されたウサギは、大変大人しく自宅へ帰宅したとか何とか。



 *****おしまい

ストッキング 猫国製は破れにくい

1バクトゥン=¥5 wiki用語参考

落ちコレ=落ちモノコレクター

家庭の医学 後年、大陸共通語に翻訳され、身近なヒトの為の医学手引書として廉価で出版される事となる。

楽隊 外見はパンクでメタル。ボーカルはマダラという噂。

吹き矢 達人ともなれば、一撃で猛獣を倒すことも可能!ただし、効果が出るまで時間が掛かることも。

偽名は基本。


大人とは、裏切られた青年の姿である。太宰治





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