猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

犬国奇憚夢日記09a

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犬国奇憚夢日記 第9話(前編)

 
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
 まだ雪の残るレッドウッド軍事演習場。
 ロッソムより馬で30分ほど走った所にあるこの演習場には、頑強な掘割型の射撃練習場がある。
 針葉樹の森を切り開いて作られたこの射撃場は、マサミが特に希望して作られた施設だった。
 ここは弓や努弓などの投射武器と、ヒト用イヌ用を区別しない銃火器用の射撃訓練が可能な構造になっている。
 圧巻は射線距離2000mのロングレンジ射場。
 バレットの為だけに作られた半オープンの長距離射撃的が山の斜面に備えられ、銃火器だけでなくショート・ロングレンジを問わず投射型の攻撃魔法なども使える万能演習場になっている。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・・
 
 伏射・立射・膝射。
 いずれの姿勢でも常に安定した射撃を行える事は、スロゥチャイム家執事の必須能力。
 拳銃であれば30m。ライフルなら100m。狙撃銃などでは300mで射撃訓練を行っている。
 そして、大型対物狙撃銃の射撃必中要求は1000m。人型射撃的の上半身に命中させる事で合格となる。
 気温、湿度、風の流れ。その全てを計算に入れ的を狙う。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・・
 
「いきなり引き金を引くと当たんないよ。もっとそーっと引き絞るんだ」
 
 乾いた射撃音を残し15発も撃って1発も有効射撃になっていないタダの後ろ。
 イヤープロテクターをはずしたヨシは双眼鏡で的を見ながら言った。
 
「狙撃は難しすぎだって。マジで。当たんねーよ・・・・」
 
 泣き言をこぼすタダに代わってヨシが伏射姿勢になった。
 薬室に一発だけ弾を入れてスコープを覗き、レティクルの真ん中よりやや下に的を狙う。
 
「風は左から右へ1m、だから照準修正は左へ1.0ポイント。距離は300mだから上修正3.0ポイント。弾がどこを通るかイメージして」
 
 指を立てて手を上げるのは射撃開始の合図だ。タダは慌ててイヤープロテクターをした。
 そっと引き絞った引き金のシアーが外れる感触まで感じながらヨシは一発目を撃つ。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・・
 
 乾いた音を残し飛んで行った弾丸は、マンターゲットの首の付け根に当たった。
 
「すげぇ・・・・」
「な、当たるだろ」
 
 300m先の的を見るタダは、驚くやら呆れるやら。
 
「兄弟揃ってやってるな」
 
 射撃場の後ろから入ってきたのはポール公。
 イヤープロテクターをしたままのヨシはその声に気が付かず2発目を撃った。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・・
 
 ヨシの引いたボルトにあわせ、薬室から薬莢が飛び出てくる。
 その鈍く光るやけ色が視界の外に消えるとヨシは3発目を装填。
 狙いをつけようとして意識を集中した時、タダがヨシの尻を叩いた。
 
「なんだ?」
 
 イヤープロテクターを外して振り返ると、タダが半分青ざめて指差していた。
 
「兄貴、御館様が」
「え?」
 
 飛び起きて振り返った先。
 ポール公は掘割の射撃室に轟く残響音で耳を叩かれ、両手を頭の上に乗せ耳を押さえていた。
 そして、風向きからだろうか。硝煙の臭いをもろに吸い込み、鼻水を盛大に吹き出して咽ている。
 
「御館様!」
 
 ヘックション!ハックション!
 
「ヨシ、邪魔してスマンな」
 
 ブェックション!
 
「申し訳ありません!大丈夫ですか!」
「あ?なんだって?どこも出かけないぞ」
 
 ヒトよりもはるかに可聴帯域の広い耳を持つイヌにとって、派手に残響音が響くここで耳栓無しに射撃音を聞くのは拷問だ。
 高周波の残響音で鼓膜に異常を来たし会話が出来なくなっているポール公に、ヨシはジェスチャーで意思疎通を図る。
 
「あぁ、大丈夫だ。10分もすれば耳は回復する」
 
 両手を側頭部やや後ろの耳穴付近に当ててグリグリとやる姿は、生前のカナが「かわいい!」と笑っていた姿だった。
 笑いながら両手をポール公の耳に当ててマッサージしていた母カナの姿をヨシは思い出した。
 
「うん、だいぶ回復してきたぞ」
「申し訳ありませんでした」
「あぁ、気にする事は無い。俺のほうが無用心だった。ここじゃ何度もこれをやってるからな」
 
 タダはロッカールームからポール専用と書かれたヘルメット型の耳宛を持ってきて手渡した。
 
「御館様、どうぞ御使いください」
「タダ、どうだ?当たるようになったか?」
「いえ、ライフルなら当たるんですが、マウザーですと難しいです」
「だろうな。ヨシだって当たるようになるまで2年は掛かってるよな」
 
 ポール公の鋭い一言に、ヨシは笑うしかなかった。
 
「御館様、それは内緒にしていただかねば」
「うむ、そうだな。教官には威厳が必要だ。と言うわけで、タダ、俺が言った事は今すぐ忘れろ。思い出すのも禁ずる。良いな?」
「はい、承りました。出来る限り忘れた風を装います」
 
 ゲラゲラと笑い出すヨシとタダ。
 ポール公も釣られて笑い出す。
 
「ヨシ、弾は入っているか?」
「装填済みです」
 
 耳当てを乗せたポール公がマウザーを構えて伏撃の姿勢になった。
 ヨシとタダは慌ててイヤープロテクターを当てる。
 普段はなかなか見せないポール公の真剣な表情。
 長い鼻先が邪魔をしてスコープを覗き辛いと思うのだが・・・・
 
 パッァーーーン・・・・・・・・・
 
 ボルトを引き薬莢を排出したままの状態で、ポール公は銃を床に置き立ち上がった。
 ヨシが双眼鏡を覗いて命中判定をしている。
 
「御館様、推定ですが左胸上部に命中ですね」
「すげぇ・・・・なんで当たるんだろう・・・・」
 
 またも驚いているタダの頭をポール公がポンポンと叩く。
 
「ようは気合と根性だな。それでも射撃に関して言えば俺よりマサミのほうが上手かったぞ」
「そうなんですか?」
 
 驚くタダの隣、銃弾をケースに収め鍵を掛けながらヨシは笑う。
 
「父は銃の射撃に関して言えばスキャッパー一番だとよく笑っていました。でも、剣技はからっきしだったとか」
「そうだな。最初、マサミは剣を触るのも嫌がったからな」
 
 僅かに残った弾を持ってタダは再び射撃姿勢を取った。
 薬室に銃弾を込めてボルトを押し込む。
 その姿にヨシはポール公に耳当てを被せ、自分も耳をふさいだ。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・・
 
 タダの放った銃弾はマンターゲットのどこにも穴をあけることは無かった。
 しかし、音も無くそのターゲット自体が倒れ床に落ちた。
 タダの放った銃弾はターゲットを支える柱を打ち抜いたのだった。
 
「おぉ、有る意味凄いな」
 
 ポール公は笑って言った。
 起き上がってイヤープロテクターを外したタダは恥しそうに笑っている。
 
「あの細いのを打ち抜くんだから、父並ですね」
 
 ヨシも笑いながらそう言う。
 偶然とはいえ300m先の太さ4cm程しかない木の柱を打ち抜いたのだ。
 まだまだ幼いタダは、無条件に褒められて嬉しくない筈が無い。
 
「ヨシ。的を50mに立てろ。その距離で的の柱を狙うんだ。やってみろ」
「はい」
 
 そそくさと射場から出たヨシが走って行って的の位置を変えた。
 僅か50mとはいえ的の柱は細い。
 狙って当てられるかどうかは神のみぞ知ると言った所だろうか。
 
「改めて見ると細いですね。スコープの中でも目立ちません」
「だろうな。でも、お前達の父親は薄暗い中、カナの鎖を射抜いたんだ。しかも、狙撃銃でなくてあっちの突撃銃でだ」
 
 ポール公が指差した先。
 壁に立てかけられたG3にヨシのタダの視線が集まる。
 ヨシは一瞬迷ったが、マウザーを壁に立てかけるとG3を構えて射場に入った。
 
「試してみます」
 
 慎重に伏射の位置を決め、照門越しの照星を的の柱にあわせたヨシ。
 風が叩く草の葉の揺れを見ながら微妙に照準位置を修正する。
 
 ――父さん……ほんとにこれで当たったの?
 
 心の中でつぶやきつつも風が収まるのを、ヨシはジッと息を殺して待った。
 
 ――迷うな。ためらうな。疑うな。迷いは失敗に繋がる。当てると言う強い意志が必要だ。
 
 初めて銃を撃ち始めた頃、父マサミが教えた言葉をヨシは思い出す。
 
 ―― よし・・・・当たるぞ・・・・
 
 ダン!・・・・・・・・・
 
 自動小銃特有の反動を肩に残し銃弾は放たれた。
 勝手に吐き出される薬莢を目で追うことなく、ヨシの目は目標を凝視する。
 
「ヨシ。弾は柱に掠った程度だな。やり直し」
「はい」
 
 もう一度イヤープロテクターをはめてヨシは狙った。
 
 ダン!・・・・・・・・・
 
 バシッ!と生木の裂ける音がして柱が真っ二つに割れた。
 おー!っと声が上がり、ポール公もタダもパチパチと拍手している。
 
「大したものだな」
「父に追いつきましたね」
 
 ちょっと鼻の高いヨシが不用意に口を滑らせた一言。
 ニヤリと笑ったポール公はタダを呼んだ。
 
「タダ、リサを呼んで来い。りんごを持たせてヨシに撃ち抜かせる」
「え?御館様、本気ですか?」
 
 すっとんきょな声を出してタダが驚く。
 しかし、ポール公の顔が笑いつつも本気だった。
 
「あぁ、もちろんだとも。マサミと同じだけの技量なら簡単なものだろ?ヨシ、どうだ?」
「え?あ・・・・、あの・・・・」
「まさか男に二言は無いと思うが・・・・出来るよな?」
 
 しどろもどろするヨシを見てポール公はニヤニヤと笑っていた。
 
「あの、御館様。父が母の手錠の鎖を撃ちぬいたって話を何度か聞いてますけど・・・・」
 
 どうしたものかと思案していたタダだったが、とっさに口を付いて出てきたのはそれだった。
 母の手に掛けられていた手錠の鎖を射抜くだなんて・・・・
 
「父に聞いても母に聞いても詳しく話してくれませんでした」
 
 とっさにヨシも相槌を打ったのだが、実際、マサミに話を振っても適当にはぐらかされて核心を聞いた事は無い。

 それに、まさか本気でリサ目掛けて撃つわけにも行かないし、もし外したら・・・・と考えると薄ら寒いものも有った。
 そんな二人の表情にポール公も何か思うところがあったのだろうか。
 一歩下がってベンチに腰掛け笑いながら髭をいじっている。
 
「まだ紅朱館が立て替えられる前。もっと貧相な建物だった時代の話だ。ロッソムの街には貧民街の粗末な建物が並び、今のように整然とした町並みが出来る前の話。もう随分前のような気もするが、それでも・・・・」
 
 ポール公は不意に空を見上げた。
 無限に広がる紺碧の空はスキャッパーに春が来た事を告げている。
 降り積もった雪が目に見えて減ってきているこの時期。
 農家の主や倅達は春の演習を前に農作業へと勤しむ時期でもあった。
 
 畑が恋うて浮き足立っては演習にも支障が出るし、事故や怪我の元にもなる。
 この時期だけはポール公達支配階層が暇な時期でもあった。
 それもこれも、マサミの執った農業改革の成果でもあるのだが・・・・
 
「それでも僅か40年足らずだ。ヒトには長い年月かも知れぬが、イヌにはそうでもない。まして、ネコにとってすれば、あっという間の出来事かも知れんな」
 
 髭を弄る指がふと止まり、ポール公は何かを思い出したかのように二人のヒトを見る。
 
「お前たち。紅朱館の地下倉庫にある婦人拘束具と言うのを見た事があるか?」
 
 ヨシとタダは顔を見合わせた後、二人して首を振った。
 
「私は見た事がありません」
「あ、兄貴と同じく私も。それってどんなものですか?」
 
 真剣な表情で訊ねる子供たちにポール公は困ったような笑顔を浮かべながら空を見上げた。
 
「あれはなぁ・・・・。まぁ要するに女を捕まえておく為の道具だが・・・・」
 
 ヨシとタダは息を殺してポール公の言葉を待っているのだが、肝心のポール公は困った笑顔を浮かべるばかりで話に困っている。
 
「あの、何か、凶悪な仕組みなのでしょうか」
 
 さすがに痺れを切らしてヨシは訊ねた。
 しかし・・・・
 
「こう、地面から1m位の棒が立っていてな、その棒の地面近くに穴を開け、そこに横棒を通す。でな、縦の棒の先端がな・・・・まぁなんだ、要するにおっ起った男のナニその物なんだよ。でな、女のあそこにそれを突き刺して横棒に立たせる訳だ。横棒は固定せずグラグラするから女は棒の真ん中に立たざるを得ない訳だ。で、そうするとどうなると思う?」
 
 あ・・・・
 短い言葉だけをのこして二人は息を呑んだ。
 頭の中に浮かんだ想像図は多くを語るまでも無い事なのだろう。
 女と夜を共にした経験のある男ならば・・・・
 
「それがまた凶悪でな。女のあそこに突き刺す前に・・・・ほれ、ザシの実の汁を酒で薄めて塗っておく訳だ。女のあそこはひどく敏感に出来ているだろう?、だから、そこにザシの実の汁なんか塗られた日には・・・・女もたまったもの無い。そして、一番凶悪なのは、女は自分の意思で抜けられないんだよ。誰かに持ち上げてもらうしか出来ない。なんせ足場が不安定だから、どっちかの足に体重をかければ足場の棒がずれて腹の奥底を突き刺す事になる。俺が知る限り、それをすると二度と子を生せぬ体になるか、さもなくば・・・・残念な結果になる」
 
 かなり陰惨な話なのだが、語っているポール公はなぜか笑っていた。
 
「あの、御館様。それに母が乗せられていて・・・・父が手錠を切ったのですか?」
「いや、そうではない。実はそれに乗せられていたのはアリスなんだ」
「え゙?」
 
 ぽかんと口を開けて驚くヨシたち。
 ポール公は困った笑いからニヤニヤとしたスケベ笑いに変わっていた。
 
「実はな、お前たちの母カナがフロミアで相当酷い目にあっていたようでな。カナを奪回にしきた連中がそれを持ち込んで来たのだけど、それを見て半分おかしくなってしまってな。それでアリスはカナの代わりにそれに跨ったわけさ。そして、アリスがおかしくならないようにカナが支えていた。でも、賊の連中はカナがアリスを持ち上げないように拘束具の柱を支える床の棒から鎖を伸ばしてカナに手錠をかけた上、その手錠に鎖を通した。アリスが持ち上がらない丈の鎖で、しかもご丁寧に錘付きでな。だからアリスは錘の分まで頑張って立たなければならなかった」
 
 艶本でも見てニヤニヤしているかのようなすけべな笑いを浮かべるポール公。
 その姿は威厳あるイヌの貴族ではなく、ただの一人の男だ。
 
「おかげでその後しばらくアリスが大変でな。俺もマサミも昼に夜に頑張ってアリスの体の疼きを抑えてやったわけだが・・・・まぁなんだ。カナもその一件があったからだろうか、マサミを呼んで夜伽を立てさせても文句を言わなかったし、手を抜いてきたと分かれば烈火のように怒ったものだ」
 
 身振り手振りを交えて説明するポール公だが、聞いている子供たちは呆然・唖然としているだけだった。
 
「それでは、アリス様は・・・・」
 
 ヨシもタダも絶句している。威厳のある貴族としてのアリス女公爵。優しい母親としてのアリス夫人。
 その姿しか知らぬタダやヨシにとって、女の痴態を見せるアリス夫人をイメージ出来ないで居るのはある意味自然な事だ。
 ただ、母カナが主たるアリスを立てるようにして振舞っていたのは、身分階級としての差だけではない事に気が付いた。
 
「御館様。いつぞやオオカミの酋長様がいらした時、酋長様が話された父のあの冬山越えの夜が・・・・」
 
 ヨシの言葉にうんうんと頷くポール公。
 
「あの日。マサミが夕暮れを待たずに雪の峠へと駆けて行った後の話だ。カナはいつもの様に帰宅した後、メルやキックらと夕食の支度をしていた。俺はマサミと一緒に来たヒトの傭兵と話し込んでいてな。アリスは貴族院への報告書を書くために書斎へ行って書類を書き始めていた。そういえばあの日も青い空が広がった寒い日だったなぁ・・・・・・
 
 
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 夕暮れ時の紅朱舘。
 つるべ落としの太陽が山並みの向こうへと落ちて行き、夕闇が音も無くロッソムを埋めていくブルーモーメントのひととき。
 レーベンハイトのオフィスから戻ったカナは、アリスの声と共に居る聞きなれない男の声に驚いていた。
 キッチンの前でメルやキックと話すアリス。
 その手前にはご機嫌なポールと共に見知らぬ声。
 
「アリス様、おかえりなさいませ。私もただ今戻りました。あの、お客様でしょうか?」
 
 カナの警戒は傍目に見ても解るほどだった。
 
「あぁ、カナ、心配する事は無い。マサミと一緒にルカパヤンから来た客人だ」
「あ、そうですか・・・・。それは失礼しました。で、あの・・・・」
 
 もう一人、聞こえるはずの声を探すカナは目を閉じたままだった。
 
「・・・・ごめんねカナ、マサミがどうしても暗くなる前にオオカミの集落へ行くって言うから」
 
 肩をすぼめて申し訳なさそうに言うアリスの声。
 カナにはそれが心底からの言葉だと思えた。
 
「そうですか、あの人らしいですね。でも、今夜は荒れそうです。怪我をしないと良いのですが・・・・」
 
 胸の前で手を包み思案するカナ。
 このヒトの女には勝てそうに無いな・・・・。
 アリスはどこか本質的にそう気付いているのかもしれない。
 自らの地位や名誉などかなぐり捨て、何よりカナを大切にするマサミ。
 どれ程嫉妬したところで・・・・それよりも・・・・
 
「大丈夫よ。魔法のマフラーを首に巻いといたわ」
「うむ、俺も一回だけ使える体力回復の魔術を封じた腕輪を持たせた。恋女房が待ってるんだ。あいつは生きて帰ってくるさ」
「・・・・ありがとうございます」
 
 深々と頭を下げるカナの姿に、ポールもまたカナへのモヤモヤとした感情を断ち切るだけの物を感じた。
 もし、このヒトの女を俺が強引にどうにかしたら・・・・。
 マサミはどうするだろう?俺に決闘を申し込むだろうか?いや、そんな回りくどい事はしないだろう。
 いきなり銃を抜いてバンバンと撃ち始めるだろうな・・・・、昨夜のことが・・・・かなりマズイかもしれない。
 かるく引き攣ったポールの表情をユウジは気が付いていた。
 
「カナ。マサミから預かった物があるわよ」
 
 アリスはカバンの中から10kg程の米を取り出した。
 筋力に余裕の有る獣人故か、その姿はまるでポテトチップの袋を持っているかのような物だ。
 久しぶりに鼻腔をくすぐる米の匂いがカナを笑顔にさせる。
 
「あ!お米の匂いだ・・・・嘘みたい・・・・。アリス様、お食べになりたいメニューはありますか?」
「特に無いけど・・・・あなたの食べたい物で良いわよ。私は米料理を詳しくないから」
「じゃぁ・・・・。うん、お任せください」
 
 ニコッと笑ってキッチンへ入ったカナはキックとあれこれ打ち合わせを始めた。
 アリスはそれを見届けると2階へあがり書斎へと入る。
 なんだかんだで中央へ報告する義務を負うのは、やはり領主たるアリスなのだった。
 そして・・・・
 
「そんで、ユウジはヒトの世界でも傭兵だった訳か?!」
 
 ポールのテンションはまだまだ上がっていた。
 既に小さな樽一杯のワインをポールとユウジは空けていた。
 見事なウワバミぶりなのだが、長く突き出した口をうまく使ってワインを飲む仕草は、ユウジが見ても見事な物だ。
 ご機嫌ねぇ・・・・と呆れるアリスの声も耳に届かず、ポールはワインを煽っていた。
 
「ところで、ポール公はこんな酒を御存知ですか?」
 
 ユウジは懐から銀の小さなスキットルを取り出した。
 キャップをひねって口を開ければ、中からはバニラとチェリーの香りが漂う、何とも良い匂いの酒が入っていた。
 
「それは・・・・どこかで匂いを嗅いだぞ・・・・。えぇっと・・・・そうだ!ウィスキーだ!火酒だろ?美味いんだよなぁ・・・・」
「凄いですね。恐れ入りました。匂いに対する敏感さはヒトでは太刀打ちできませんね」
「それを飲ませてくれないか?少しで良いから!」
 
 ニコリと笑ったユウジはコップに一口分のウィスキーを注いだ。
 
「これはヒトの世界から落ちてきたウィスキーです。こっちの世界ではなかなかここまで出来ないと思います」
「そうか・・・・。うん、そう言われてみるとそうだな。前に匂いを嗅いだのは・・・・王都の酒場だったな。確かに、雑味臭が無いな」
 
 コップを持ち上げたポールは、何を血迷ったかコップの口へと鼻を突っ込みクンクンと匂いを嗅ぐ。
 途端に敏感なイヌの鼻の粘膜からアルコールが入って行くのだった。
 
「うんごわ!」
 
 鼻を押さえてのた打ち回るポール。両手で鼻を左右から挟み、体を揺すって悶えている。
 
「ダイレクトに匂いを嗅ぐとそうなりますよ!。大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ・・・・」
 
 ユウジは一口だけ口に入れると舌の上を転がすようにウィスキーを流し、そしてごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。
 
「そうか、そうやって飲む物か。うむ」
 
 ポールも僅かに口へと注ぎ舌の上を転がした。
 燃えるような刺激が舌の上を流れ、そして飲み込めば喉から胸が焼けるように痛くなる。
 それより何より、鼻から突き抜ける甘い香りの混ざった刺激臭が強烈だった。
 
「これは・・・・、慣れるまで大変だな。でも、この味と香りは癖になる・・・・。美味い!そして素晴らしい!」
 
 変なやり取りをしつつ酒飲み談義で盛り上がるポールとユウジ。
 刻みチーズをクラッカーに乗せ、カナがキッチンから手探りで出てきた。
 
「あ・・・・ ウィスキーの香りだ! 懐かしいです。ポール様、おつまみにどうぞ。そちらの方も」
「お気遣い無くどうぞ。マサミさんの奥様ですね。ユウジと申します。どうぞお見知りおきください」
「ユウジ様ですね。カナです。どうぞよろしく」
「あ、ユウジで結構です。あなたと同じヒトですから。マサミさんとカナさんの護衛をルカパヤンのあの方から命じられてきました」
「そうでしたか。御迷惑をおかけします」
 
 笑って会釈を返したカナは再びキッチンに消えていった。
 
「カナさんは全く見えないようですね・・・・」
「そうだな。見えないフリでもない。本人も相当に・・・・」
 
 何か面白い事でもあるのだろうか。
 カナはキッチンで笑いながら何かを作っていた。
 チーズの焦げる匂いと共に、ソテーパンの上で融けるバターの匂いがたまらなく良い香りだ。
 クンクンと鼻を鳴らして匂いを確かめるポールの仕草はまさに犬だった。
 
「ポール公。ヒトの世界の犬もそうやって匂いを確かめますよ」
「そうか、では、やはり我々の祖先はヒトの世界の犬と同じかもしれんな。しかし、これは良い匂いだ。すきっ腹に効くよ」
 
 待ち遠しい匂いに我慢ならぬポールは、カナの用意したチーズをかじり、ユウジの持参したウィスキーを飲んで酔っていた。
 旧舘の無駄に広いフロアに用意した大テーブルの上。
 バチバチと油の爆ぜる音を立てて並んだのは、キッチンのオーブンから姿を現したカナ特製のチキンドリア。
 新鮮な野菜を刻んだサラダにも、たっぷりとチーズを刻んで振りかけて出来上がり。
 スキャッパーの山葡萄で作られたワインをグラスに注いで並べれば夕食のテーブルに一層の華やぎを添える。。
 メルが缶詰を開けてテーブルにもう一品添えたのは、山椒と山ワサビで味付けされたアカハラのオイルサーデン。
 目が見えれば鍋で飯を炊いたのに・・・・と、カナは残念がるのだが・・・・それでも、今宵のメニューは彩りに満ちていた。
 
「カナ、ほんとは見えるんでしょ!」
 
 などと軽口も飛び出す楽しい夕食。
 前夜の寂しい夕食と比べれば、アリスにとっては何にも変えがたいものなのだった。
 そんな楽しいひとときを一気に現実へと引き戻したのはカイト老だった。
 
「アリス様、ポール様。お寛ぎのところを失礼します」
「カイト、どうした?」
「今朝方より見かけておりました・・・・」
 
 カナの表情が途端に曇るのをアリスは見ていた。
 
「動き出しました。街の三箇所程度に集結しつつあります」
「どういうこと?」
 
 カイト老の報告を遮り言葉を発したアリス。
 ポールは事のあらましを手早く説明する。
 
「カナ。おなか一杯?」
「えぇ、私は。アリス様は」
「私も平気よ。うん、そうね。ポール、手段は問わないから、私の所領を荒らす者を排除して。カナは私と一緒に居るの。いいわね」
 
 肩をすぼめて小さくなっていたカナの手をアリスは握った。
 マサミの手よりも小さなアリスの手だったが、その握力はマサミ以上だ。
 アリスのキツイ視線がポールに注がれるのだが、その視線の先にあるポールの表情は憤怒そのものだった。
 
「カイト、護衛を集めろ。アリスとカナをレーベンハイトに預ける。それから、メルとキックはここで待機だ」
「ポール公。私はここの護衛に付きます。ヒトの世界の銃火器を使いますので御注意ください。」
「うむ、了解した。君も死なないでくれ。もっとウィスキーを飲みたいからな」
「御意。アリス様、カナさん。ヤバイと思ったらここへ戻ってきてください」
「ウン、分かった。キックとメルをお願いね」
「御意」
 
 皆のやり取りを聞いていたポールは壁に立てかけてあった剣に手を伸ばし立ち上がった。
 
「ここはこのままで良い。すぐに動こう!」
 
 ポールが席を立って動き始め、アリスはカナの手を握って紅朱舘を出た。
 建物の外、雪の上がった夜だと言うのに、全く似つかわしくない紅蓮の炎が街中から上がっている。
 貧民街や商店街など、複数の場所から小規模に発生した火災が徐々に延焼を始めていた。
 
「まず火を消せ!、手の空いている者は避難するものを誘導しろ!不審者は見つけ次第捕縛せよ!抵抗するなら容赦するな!」
 
 ポールは大声で指令を発しつつ逃げる町民を観察していた。
 カイト老が厩からつれてきた馬に跨り周囲に目をやると、予想通りその中に立派な角を持つカモシカの男が居るのを見つける。
 
「第1大隊、第2大隊は俺に続け!第3大隊以降は紅朱舘の警備、および市街の消火活動だ!行動開始!」
 
 やぁ!と馬の腹を蹴ってポールは駆け出し、その後を馬に跨った騎士が続く。
 抜刀したポールにあわせ、騎士たちは槍の穂先を揃え全速力で駆けて行く。
 
 敏捷性に勝るカモシカとは言え、街の外れまで走り雪原に出ると6本足の軍馬にはかなわない。
 10人ほどのカモシカ達であったが、イヌの騎士たちは長い槍と剣で一人ずつ首を撥ねて行く。
 
 ドゥ!ハイヤ!
 急停止させた馬の向きを変え、ポールは街を振り返る。
 炎が少しずつ大きくなっており、単なる火災ではなさそうだと感じ始めていた。
 
「炎の魔法を使ったか?それとも・・・・いや、陽動・・・・?」
 
 チッ!
 軽く舌打ちしたポールが再び駆け始めた時、過去に聞いた事の無い轟音が遠くから響いた。
 
 ドダダダダダダダダダダダ・・・・・・・・・
 
 ――なんだこの音は・・・・ユウジか?
 
 ドダダダダダダダダダダダダダダダダ・・・・・・・・・
 
 ――いったいなんなんだ?
 
「軍曹!」
「ヤー!」
 
 ポールの隣をかけていた灰色の体毛を持つイヌが大声で答えた。
 
「急行軍を行う!太刀を納め銃に実弾を装填させろ!」
「ヤ・ボール!」
「落伍したものは消火作業を手伝え!全騎兵駆け足!急げ!」
 
 軍曹が隊の後列に大声で指示を出していると、右隣には金輝種のイヌが後方から上がってきた。
 輝く体毛が美しいイヌだったが、その身にまとう甲冑は傷だらけで歴戦の勇士だった。
 
「軍団長、どう考えてもおかしいです。あれだけの火災を起こしながら6人はありえません」
「やはりそう思うか?」
「はい、そして、街中の消火に手間取る筈がありません。まだ街中に潜んでいますね」
「・・・・突入するのは返って混乱を呼ぶ・・・・」
「そうですね。まずは停止し街を囲むべきかと。街中へ伝令を送り市街の外へあぶり出し各個撃破を図るべきです」
 
 ポールは右手を上げて縦に振り、隊列の整理を命じる。
 続いて各小隊の隊長に集合を命じる指示を出した。
 ややあって騎乗のままポールの周りに小隊長が集まってくる。
 
「まんまと一杯食わされたようだ」
 
 苦々しいポールの顔が街を焼く炎に照らされる。
 舌打ちしつつ隊長達の顔を一通り眺めたポールへ向かって一斉に案が提示される。
 
「軍団長、街を包囲し通り毎に穿孔貫徹突撃を図りましょう。並列突撃では火線を引かれていると軍集団が丸ごと全滅です」
「いや、突撃戦闘では家屋に押し入った賊を見落とします、虱潰しにするべきです」
「むしろ、裏手の駐屯地へ回りこみ、紅朱館側から戦列を作り火力線を引くべきでは」
 
 各意見を聞いているポール。この場合は誰々の意見を採用とするべきではないと士官学校では教えられるのだった。
 じっくり吟味したいところだが、それをするには少々時間が惜しくあった。
 何より、街は赤々とした炎に焼かれているのだ。賊退治か、消火活動か・・・・
 
 ドダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ・・・・・・・・・
 ズダダ・・・・
 ドダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ・・・・・・・・・
 
「これは何の音だと思うか?」
 
 訝しがるポール。各小隊の隊長も不思議がっていた。
 
「おそらく機関砲と言うものではないでしょうか。何度かトラの国製の連発銃を見た事があります」
「しかし、これだけ派手な音でしかも発射速度の速い連発銃は見た事も聞いた事も」
「ヒトの世界の兵器かもしれません。ルカパヤンで何度か聞いた事があります」
 
 顔を見合わせる兵士たちがだんだんと不安そうな表情になっていた。
 これ以上事態の悪化を招いては士気に関わる・・・・
 
「第1大隊は我に続け!第2大隊は紅朱館の裏手に回りこめ!街の前後から虱潰しに圧力をかける!、賊は生かして捕らえよ」
 
 左手を宙に払い各隊に行軍を促し、ポールは馬を返した。
 
「行くぞ!街外れの屯所まで急行軍!急げ!二分の一!」
 
 
                             ◇◆◇
 
 
「いつだったかも言ったと思うが・・・・」
 
 髭を弄る手を止めたポール公は、ヒトの子供たちの頭に手を置いて椅子から立ち上がった。
 
「俺もまだまだ若かった。まんまと一杯食わされて街の真ん中から主力が抜け切ってしまった」
「でも、抜け出たのは2大隊だけでは?」
 
 不思議そうな顔のタダ。
 そう言う部分の矛盾を鋭く指摘するのはこの子の特徴だ。
 ポール公はそんなタダの性格を嫌いではない。
 
「あぁ、そうだ。しかし、スキャッパー駐屯軍の大半は北伐で北部戦線に抜けていた時期だ。従って各大隊とも正規戦力の20%程度しか頭数がなかったんだよ」
 
 ヨシが「あ!」と短く発した。
 
「じゃぁ、実際は2大隊と言っても・・・・」
「そうだ」
 
 ポール公の大きてゴツゴツとした手がヨシの頭をポンポンと優しく叩く。
 
「実際には2小隊と言っても良いだろう。なんせ俺が連れて出た騎兵が全部で70人弱だったからな」
 
 空を見上げたポール公はニヤリと笑うと目を閉じ首を左右に振った。
 きっと何か嫌な事でも思い出しているのだろう。
 ヨシにはポール公のその仕草が父マサミを思い出させるものだった。
 
「自分が見ている目の前で、何の手も足も出せぬまま大事なものを叩き壊される屈辱。それを俺はあの時につくづく味わったよ」
「御館様・・・・。あの、その後、どうなったのですか?」
「タダ、聞きたいか?」
 
 無言で頷くタダの頭をポール公はポンと叩いた。
 
「飯にしよう。紅朱館へ帰るぞ。話の続きはその時だ。ここを片付けろ」
「承りました」
 
 ヨシは頷くとその場を手早く片付け、荷物をまとめた。
 タダがあたふたとする間に、ヨシはほとんどの作業を終えている。
 
「タダ、わかるか?、まずは段取りを考える、そして、無駄な動きを排除する。それが戦場で生き残る秘訣だ」
「御館様、それって戦場だけじゃないですよね?」
「・・・・そうだな」
 
 ニヤリと笑うポール公。
 
「夫婦生活とかにも、いえるかも知れんなぁ・・・・。お前もなかなか大変だと思うぞ?なァ、ヨシ」
「そうですね。マリアと一緒にラウィックへ行くんだから・・・・ミサも居るんだしな。そう考えると父は大変だったんですね」
「・・・・そうだな」
 
 クックックと笑いを噛み殺してポール公はニヤニヤしている。
 
「御館様!馬の支度が出来ました!」
「おぉ!行くぞ!」
 
 話を変えたいタダの呼びかけでポール公はノッシノッシと歩いていく。
 その大きな背中に、ヨシは父の背中を見ているような気になっていた。
 
 
                   *          *          *
 
 
 ヨシとタダが射撃の訓練をしている頃、巨大な紅朱舘は開けられる窓を全部開け、空気の入れ替えを計っていた。
 スキャッパーの厳しい冬を越える為に館の窓は全部二重窓になっていて、冬場は余程暖かい空気が入った時で無い限り開け放たれる事は無い。
 従って、館内の空気は少しずつ澱んでいき、それを入れ替えるのは春の風物詩の一つでもあった。
 
 朝から快晴のロッソムが春に向けて様々に動く一日。
 若き執事が私事で演習に出かけ、それならばとアリス夫人はリサとミサを従え、館の中を歩き回っていた。
 
「リサ。あっちの窓も全部開けなさい」
「はい」
 
 ホールや小部屋だけでなく、トイレや倉庫や作業室の窓まで開け放たれ、一斉に冷たい空気が流れ込む。
 永久浮遊魔法を使ったエレベーターで最上階へ上がったアリスたちは、そこから順繰りに階段を下りて行き地下室までやってきた。
 
 地下の大浴場よりも更に下。陽の入らない地下倉庫の奥の奥。
 館の人間とて滅多に足を踏み入れない封印の間が何部屋かそこにある。
 
「アリス様。ここは・・・・空気が重いです」
「そうね・・・・ここは非常用の井戸や重罪人と死刑囚の牢獄があるからね。もっとも、滅多に使わないけど」
「それだけじゃなくて・・・・なにかこう・・・・息苦しいと言うか・・・・」
 
 色んな気配に敏感なミサは、アリスの袖を握り締め、やや隠れるようにしながら歩いていた。
 妹のようにして育ったミサの肩に手を掛けながら、リサはアリスと共に歩いている。
 その3人が足を止めたのは・・・・
 
「リサ。この部屋の換気窓も開けなさい。中に溜った瘴気を抜かないとね」
「瘴気ですか?」
「うん、そう。この中は色々と・・・・ 良いから開けなさい」
 
 小さなドアを開けて部屋の中へと入ったリサは何かにつまづいて足を止めた。
 饐えたカビの臭いと共に酸っぱいような刺激臭のする部屋。
 
 ――この部屋はアリス様だと入れないわ・・・・
 
 リサはそんな事を思いながら換気窓のチェーンを引く。
 
 ガタッ!
 
 天上付近の小さな窓が音を立てて開くと、薄らボンヤリながら光が入ってきた。
 夜目の効く種族であればともかく、ヒトにとっては真っ暗状態だった部屋が少しだけ明るくなって・・・・
 
「あの、アリス様・・・・ これはなんですか?」
 
 うわぁ~とでも言いたげな表情でリサは困り笑いをしている。
 アリスの袖を握っていたミサも”それ”から視線が切れない。
 
「なんだと思う?」
 
 ちょっと意地悪そうな声色で娘二人に問いかけるアリス夫人。
 なぜかその声は嬉しそうだった。
 
「これ・・・・先端が男の人の・・・・」
「うん、姉さまが言われるとおりですけど・・・・でも、ちょっと小さい」
「そうなの?じゃぁタダ君の方が大きいのかな?」
「え?姉さ・・・・ま? ヨシ兄さまは・・・・」
「でも、これだと下まで足が付きませんけど・・・・」
「ほんとだ!これだと困りますね」
 
 いつの間にかアリスの袖を離して”それ”の前に立っているミサ。
 不思議な物体を挟んで立つリサと共に、その先端を指でつついてみたり、愛しむように撫でてみたり。
 
「これはね、ヨシやタダの母親、カナと私を繋ぐ契りの証」
 
 え?と言う顔でアリスを見つめる娘達。
 アリスは”それ”のところまで歩むと、その先端に指を触れた。
 
「遠い日、カナを奪いに来たカモシカの盗人がこれを持って来たの。女をこれに乗せると自分じゃ出られなくなるからね」
「でも、アリス様・・・・」
 
 ”それ”の隣に立ったリサは自分の股下と”それ”の長さを比べている。
 
「これは長すぎて・・・・」
 
 困ったような、不思議そうな、そんな表情で見ているリサ。
 アリスは”それ”の脇においてあった短い棒を取り上げた。
 
「ほら、下のほうにいくつか穴が開いてるでしょ? この棒をね横に通すのよ、そして、その上に女を立たせる」
 
 アリスは空中で棒を穴に通す仕草をして見せた。
 指で輪を作り、その中に棒を通す。
 そのビジュアル的な印象は、まさに女に差し込む男の・・・・
 
「でも、それですと横に動けば棒が抜け落ちてしまいます」
 
 なにか興味深そうに眺めるミサは、棒の付け根にある穴に指を通していた。
 それもまた、まるで、女の穴に指を突っ込む男のように。
 
「そうよ。だから女は嫌でも真ん中に立ってないと危ないの。でもね、やっぱりこんなのが入れられると気分悪いでしょ?」
 
 しかめっ面で笑うアリス夫人だが、その口調はまるで嫌がっておらず、むしろ楽しそうに聞こえている。
 娘達はそれが不思議だった。
 
「じゃぁ、タダさんのお母様はこの上に乗って・・・・」
「いや、乗ったのは私よ。で、横に落ちないよう私を支えていたのがカナなのよ」
「・・・・!」
「彼女ね、ここに来る前はこれで相当嫌な思いをしたみたいね。これを見たらちょっとおかしくなっちゃって」
 
 懐かしそうに遠くの何かを見る様なアリス夫人の眼差し。
 娘達は次の言葉を待った。
 
「あなた達のようにこの世界で生まれ育ったヒトは感じないのでしょうけど、カナやアヤのように、ヒトの世界から落ちて来ると最初の頃は凄く苦労するみたいね。ヒトならぬ者に抱かれるなど、考えたくも無い事なんだそうよ」
 
 そんなアリス夫人の言葉の一番重要な本質をミサは瞬時に理解した。
 
「つまり、これはお仕置きの道具な訳ですね」
「そう、その通り」
 
 足載せとなる短い棒をブラブラとさせながら、アリス夫人は”それ”の隣にある小さな壷の蓋を取った。
 途端に不思議な酸っぱい臭いが部屋の中に満ちてくる。
 
「アリス様、それは?」
「これはね、お仕置きするのに必要なものよ。ザシの実の汁に酒を混ぜて寝かしたもの」
 
 ザシの実といえば、そのまま齧れば途端に口の中が痒くなる青い木の実。
 その汁は漆のように使う事で食器の上塗りにも使えるのだが、問題は皮膚につけば酷く痒くなると言うことだった。
 そして、その汁に酒を混ぜれば・・・・
 
「これを先端に塗ってね、それで女の中に差し込むの、すると、どうなると思う?」
 
 リサもミサもその仕置きをイメージするのだが・・・・
 まさしくそれは生き地獄と言えるものだ。
 逃げられない棒の上で身を捩じらせ不快感・・・・いや、逃れられぬ快感に耐えねばならず、耐え切れなければそれはそれで地獄・・・・
 思わず膝頭を揃えて股をすぼめ、その太ももを手でさするミサ。
 隣でリサも同じような仕草をしていた。
 でも、そのイメージが頭の中に浮かんだ時、体の奥に妖しい情念の火が付いたのをリサは気が付かないで居る。
 
「あら?あなた達・・・・」
 
 クンクンと鼻を鳴らすアリス夫人がニヤリと笑う。
 
「どっちなの?素直に手を上げなさい」
「あの・・・・」
 
 申し訳なさそうな笑顔で恐る恐る手を上げたミサ。
 
「イメージしたら・・・・ちょっと・・・・凄いかなって・・・・」
 
 ウフフ!
 アリス夫人は何を思ったかミサが着るメイド服のスカートに手を掛け、その先端をたくし上げた。
 
「ミサ、ちょっと持っていなさい」
 
 はい・・・・。と短く答えてスカートをたくし上げたミサが恥ずかしそうにしている。
 アリス夫人が手を伸ばした先。ミサの秘密の花園はしとどに濡れていた。
 指先で軽く撫でれば、ミサは身を捩って短く声を上げる。
 
「ミサ。乗ってみる?」
「あ、いえ・・・・」
「ウン、そうね、私が乗せても意味ないし。タダに持っていかせるわよ」
「え?・・・・・あ、いえ・・・・その・・・・」
「ほんとは乗ってみたいんでしょ?」
 
 赤くなって恥ずかしそうに小さく頷いたミサ。
 アリス夫人は手に持っていた棒でミサの足の長さを図ると、横棒を下の穴に通した。
 
「ほら、下着をおろして」
 
 そう言われるとミサは恥ずかしそうにパンツを脱いだ。
 茂みの奥の割れ目からツーっと糸を引いてプツリと切れる。
 
「よっこいしょ・・・・」
 
 ミサを後ろから抱え上げたアリス夫人は”それ”の棒の先端がミサの穴に入るように、そっと降ろす。
 
「あ!あぁぁぁぁ・・・・・これ・・・・・・・」
 
 横棒に足が乗った状態で手を離したアリス夫人。
 一歩下がってその姿を眺めれば、形の悪い案山子のようにも見えた。
 
「これは婦人拘束具と言ってね。自分からは絶対に抜けられないの」
 
 ジャンプしたくても足を屈めてしまえばより深く貫かれ、何より、入れば入るほど太くなるその付け根が女を狂わせる。
 何も手がかりが無いところでは腕の力で体を持ち上げるわけにもいかず、上に乗った女はただ耐えるしかなかった。
 
「その状態で中が痒くなったらどうなると思う?」
「え?アリス・・・・さま・・・・、これじゃぁ・・・・」
 
 どうやっても脱出できそうに無いその上でミサは手をバタつかせるだけなのだが・・・・
 そうやって動けば動くほど、自分の中をかき混ぜる事になる。
 
「あ・・・・、ねっ・・・・姉さま・・・・ たっ・・・・ あぁ! 助けて・・・・お願いしま・・・・・あぁ・・・・」
「結構辛いでしょ?」
 
 どこと無く意地悪くしているアリス夫人。
 何かを言おうとしているミサだが、口をパクパクとさせるだけで言葉になっていなかった。
 
 
                   *          *          *
 
 
 同じ頃。馬に乗って紅朱館へ帰るポール公達。
 紅朱館の地下倉庫では同じ刻に陰惨なお仕置きが行われているの若き執事二人は知らない。
 ぽかりぽかりと馬を歩かせながらも、その場の話題は母を苦しめた拘束具。
 愛する者が婦人拘束具に跨っているとは露知らず、タダは興味本位の部分が大きかった。
 
「御館様、さっきから考えてるんですが」
「なんだ?」
 
 まじめな顔で聞いてきたタダにポール公は応える。
 
「例の拘束具。女を乗せたら手を離しますよね。後はほっとけば女は勝手にイキまくるってわけなんですか?」
「いや、実際そうでもないようだ。俺もちゃんと見たわけじゃないが、カナが言うには真ん中の棒を軽く蹴ったりしてだな・・・・・」
「それは・・・・随分とまぁ陰湿と言うか・・・・」
「だろう?」
 
 苦々しい表情ではあるが、それでもどこか楽しそうなポール公。
 その笑顔の意味するところは何であろうか。
 ヨシもタダも、苦笑するばかりだった。
 
 
                   *          *          *
 
 
「リサ、真ん中の棒を突付いてみて」
「え?アリス様?それじゃぁ」
「良いから!」
 
 後ろからそーっと近づいて、ミサの中へ突き刺さっている棒を足先で軽く蹴るリサ。
 ミサは口を大きく開け、息だけを吐き出して悶えるが、所在無げな両手は自分の肩を抱くのだった。
 
「奥様・・・・ どうか・・・・ お許し・・・・ ください・・・・」
 
 ウフ!っと笑ったアリス夫人がミサの顔へ手をやり、クイッと顎を持ち上げた。
 
「アリス様、ミサが・・・・壊れちゃいます・・・・」
「大丈夫よ。こんな程度で壊れるようじゃ婦長は務まらないわ」
「でも・・・・」
「カナはこの上で3日頑張ったんだって言ってたわ。獣の男達の言いなりにはならないって意地を張って」
 
 ミサの膣内に突き刺さった棒には、甘酸っぱい蜜汁が垂れ始めていた。
 
「ミサ、夕方には来てあげるからそこで良い子にしていなさいね」
「―――ッ! アァァァ! おっ 奥様・・・・ どうか・・・・ ンフッ!」
 
 冷たく言い放ったアリスの一言にミサは絶望的な表情を浮かべ精一杯の声を上げる。
 ニヤっと笑ったアリス夫人そっとミサに近づくと、後ろに回ってそっと持ち上げ床に降ろしてやった。
 ミサは体を震わせ床にうずくまって、まだ僅かに悶えている。
 
「ミサ。あなたは興味本位で動く事があるわね。次からは慎みなさい。そんな調子でラウィックへ行ったら大変よ」
「・・・・はい。申し訳・・・・ございません・・・・」
 
 ちょっと涙目になりつつも上気して甘い吐息を漏らしているミサ。
 アリス夫人はその頭をそっと撫で、髪をとかしている。
 
「あなたもリサもここで育ったから、この地の常識でものを判断するのよ。でもね、ラウィックにはラウィックの常識があるのよ」
「・・・・はい」
「ヒトは奴隷として扱われる。ラウィックがここスキャッパーと同じだと思ったらダメよ。いいわね」
「申し訳ございません。アリス様」
 
 少し落ち着いたミサをヒョイと持ち上げたアリス夫人。
 小柄なミサとて体重はそれなりなのだが・・・・
 
「あなたもリサも、こうしてよく抱き上げたものだわ。マリアがやきもちを妬いてねぇ。随分意地悪もしたでしょう?」
「あ・・・・それは・・・・」
 
 ミサは黙って俯いてしまった。
 その態度こそ一番の返答なのだが、それでもミサはこうするしかなかった。
 
「ラウィックにはラウィックの常識があるの。だから、あなたはその中で上手く生きて行ってね。マリアにもそう言っておくから」
「奥様・・・・」
 
 堪えきれない何かを我慢しきれず、ミサはアリス夫人に抱きついて泣き始める。
 やさしく頭を撫でるアリス夫人はリサの肩をも抱き、そっと静かに語り始めた。
 
「かつて・・・・マサミの妻だったカナは私にもポールにも心を開いてはくれなかったの。名目上の主従であっただけで、カナは私やポールや、そして、この屋敷の多くの者を拒絶していたのよ。公衆の面前でこれに跨らされてね、助けて欲しいなら奴隷だと認めろって言われたそうね。それだけじゃなくて、病で育たずに死んでしまったカナとマサミの最初の息子も邪魔だったから、取り上げられて殺されそうになるし」
 
 心底忌々しいといった表情のアリス夫人。
 ちょっと俯いて小さく溜息をついた。
 
「でも、あの夜、私はカナと本当の主従になりました。カナの夫マサミの主はあくまで私の父だったジョン・スロゥチャイムと言う存在。私はマサミにとって生涯を掛け育て上げる主から預かった娘だったのね」
 
 少し落ち着いたミサ。
 リサは不思議そうにアリス夫人を見ていた。
 
「リサは不思議そうね」
「はい、あの・・・・奥様がマサミ様にとって・・・・」
「父が死ぬときにね、父はマサミに託していったのだそうよ。世間知らずの娘を頼むって。だから、マサミは父との約束を愚直なまでに守って生きていたの。ポールはどこかでそれに気が付いていたから、どうしてもカナを手に入れたかったのね、かけがえの無い友たるマサミのために、マサミの一番大事な存在を手に入れたかったの。どんな手段でも使ってね」
 
 ちょっと物騒な話になり始めてる気もするのだが。
 娘達の眼差しは真剣だった。
 
「友・・・・なんですか?」
「えぇ、そうよ。ポールにとってマサミは他に比較できない友人だった。軍をまとめ上げその頂点にあったポールは孤独だったのよ。だから愚痴をこぼせるマサミの存在はポールにとってもかけがえの無いものだったわけね」
「そうなんですか・・・・」
「うん。そしてね、あの夜。マサミがオオカミの集落へ掛けて行った夜。ここを急襲したカモシカの一団に対してポールは容赦の無い掃討作戦を始めてね。私はカナの代わりにそれへ跨ってカナを守ったのよ。だから、カナは生涯を掛けて恩を返すって・・・・
 
 
************************************************2************************************************ 
 
 命令指揮系統が一瞬混乱したその最中。
 レーベンハイトのオフィスへとやってきたのは数名のヒトの男達だった。
 ドアを開けたレーベンハイトには、ルカパヤンのあの方の指示で応援にやってきたと早口でまくし立て、事務所の外で警備に当たるイヌ達へはポール公が消化を優先しろと命令した!と騙した。
 そして、ここへはもうすぐ街中のカモシカ達が来るから、ポール公が確保した安全な場所へカナを運べと指示を受けた・・・・と。
 
 あまりに燃え盛る火炎は護衛に就いたイヌの男達が騙されるのに十分だった。
 その場に残され一瞬逡巡したレーベンハイトが見たものは、ヒトの男達が持つトラの国製の拳銃。
 至近距離で撃たれ、別の男が持っていた短刀で腹部をバッサリと切られたレーベンハイトは瀕死の重傷を負った。
 そのまま奥の手術準備室へ押し込まれ、男達はカナとアリスの前に立った。
 
 「さて、では領主アリス・スロゥチャイム殿。どちらか選んでいただきましょう」
 
 糊の効いた背広をバリっと着こなすヒトの男は涼やかな表情でそう言った。
 アリスの背中。カナは小刻みに震えている。
 
「ここで我々に殺されるか。それともあなたも一緒に来るかだ」
「・・・・私とカナをつれて行ってどうするつもり?」
「道中の安全を確保したい訳ですよ、領主殿。あなたの命が我々の安全の担保だ」
 
 唖然としているアリスだったが、背中越しに伝わるカナの震えにアリスはマサミの言葉を思い出した。
 
 ――主人は主人らしく振舞ってください・・・・
 
「一つ訊ねる」
「えぇ、どうぞ。時間はいくらでもあります」
「お前はなぜ同属のヒトを苦しめて平気なのだ?イヌには理解できない」
「それは異な仰せを。それを言うならあなたの背中に居るその女に聞いて下さい。その女がフロミアを抜けた事で、フロミアに居るヒトは皆迷惑している」
 
 アリスの背中に伝わっていたカナの震えが、その言葉にピタリと止まった。
 息を呑む音まで聞こえるのだが・・・・・
 
「どういうことですか?」
 
 カナは恐る恐る声を発する。
 同じヒトに迷惑をかけている。その事実はカナをも驚愕させているようだ。
 
「簡単な話しだ。あなたが抜けた事でフロミアの医局は閉鎖され、医療行為の一切が禁じられた。っと言うより、出来なくなったと言うほうが正しいだろうね。なんせ、あなたをネコの国へと送り出したヒトの医者が全員殺されたから」
 
「・・・・うそ・・・・本当ですか?」
 
 カナの声が震えている。
 あまりにショッキングな話し。
 
「こんな事で嘘をついたって、私には何の得も無い。損な話しばかりだ。貴方の我侭で人間を外へ出す可能性のある事が全部禁止になった。運び込まれる食料はおろか、医薬品から衣類まで大幅に制限を受けるようになった。それだけじゃない。食事の時間も風呂の時間も、便所に行く時だって24時間監視付だ。外部に協力者が居る可能性がある。それを非常に警戒している。そして、僅かでも行動に不自然な点があれば取調室へ連れて行かれ・・・・、すでに5人殺された。いもしない協力者を自白させるために死ぬ苦しみを味わうらしいよ。取調室で攻め殺された人間を墓場に埋める人間が今度は尋問される。自白させるのに失敗した担当官は容赦なく処罰されるので調べるほうも必死さ。妊婦を含む17人が精神に支障をきたし、そのうち3人が自殺をはかった。でも、医者が居ないから治療も出来ないって訳さ」
 
 薄ら笑いを浮かべるヒトの男の眼差しはまったく笑っていない。
 カナの反応を確かめるようにジッと見つめている。
 
「そんな訳で、私を含む5人がフロミアのあのイカレの所長に具申したんだよ。責任もってあの女を取り戻すから、待遇を改善してくれってね。最初はまったく信用していなかったけど、なんか事情が変わったらしく、時々顔を出していた例の高官立会いの下で誓約書にサインした。失敗した場合、逃亡した場合、逃げた女が死んだ場合。私の妻と家族はあの街で・・・・。わかるだろ?」
 
 話しをする男の、だいぶ後退した頭髪の生え際にうっすらと汗が浮かんでいる。
 ぎりぎりの交渉をしている部分なのだろう。男の声はややもすれば震えつつあった。
 
「でも実際、あまり時間は無いわけですよ。タイムリミットは3日後ですし、ここへももうすぐイヌの騎士達が戻ってくる」
 
 男の慌ててる内容が制限時間だけとは到底思えない素振りなのだが、とりあえずは話を先に進める・・・・
 と言うより時間稼ぎをするほうが先決なのだろうかとアリスは考えた。
 しかし、時間稼ぎをすればするほど悪化するものもある。
 しばらく続いていたレーベンハイトのうめき声が止まったと言う事は・・・・。
 
 どうするか考えていたアリスの背中越し。
 カナは決然とした口調でしゃべり始めた。
 
「分かりました。私を連れて帰ってください。ただし、3つ条件があります。すぐにレーベンハイトさんの手当てをする事。街の火を消す事。アリス様を解放し紅朱館へ届ける事です」
 
 その言葉にヒトの男達は笑い出した。
 
「おいおい、あなたが条件付けなんて出来るような身分だと思ってるのか?」
「えぇ、もちろん。駄目ならば私はこの場で・・・・死にます」
「どうやって?ナイフも銃も無いんだぜ」
「このまま前に倒れたらどうなるでしょうね?舌を出し前歯ではさんで顎から落ちましょう。今の私には目が見えにくい。ですから」
 
 フッと笑ったヒトの男は両手を広げ笑い始めた。
 その笑い声が合図だったのだろうか。部屋の中へカモシカの女が入ってきた。
 2本ある筈の角が右側だけ無残に切り落とされていたその女。
 
「さすが、たいしたものね」
「その声は・・・・」
「あなたのお陰でえらい目にあったわよ、自慢の角が切られたらカモシカの国じゃ罪人扱いだわ。こんな女を嫁に貰ってくれる人も居ないし、どうしてくれるのよ。ヒト風情のお陰で私の人生狂いまくりよ」
 
 薄ら笑いを浮かべてやってきたのは、かつてカナの担当だったカモシカの女だった。
 
「あなたの要求はすべて呑んで上げるわよ。その上で、あなたはフロミアに帰りましょうね。あれに乗って」
 
 事務所の窓の外。燃え盛る炎によってシルエットとなり浮かび上がる一本の棒があった。
 カナの弱々しい視力にも見えるその怪異なシルエット・・・・
 
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
 
 カナは突然全供してその場に蹲ってしまった。
 事態を飲み込めないアリスは膝を付いて座りカナの肩を抱く。
 
「カナ、あれは何?」
「嫌なの!あれは嫌なの!お願いだからやめて お願いだから・・・・」
 
 半狂乱で泣き喚くカナだか、カモシカの女は事も無げに続けた。
 
「あなたはあれ好きだったじゃない。あの上で3日も立っていたじゃない。いつでも抜け出してよかったのに。あなたの為にわざわざ運んできたのよ?」
「嘘よ・・・・」
「だってあなたが悪いんでしょ?素直にウンと言えばよかったのに」
 
 勝ち誇ったような笑いを浮かべるカモシカの女。
 アリスはその棒をじっくりと眺める。
 長い棒の付け根から僅かに上、横方向に交差した短い棒がある。
 そして、垂直に立つ棒の先端は男性器を模した張り型状の形をした・・・・
 
 かつて、ヒトの世界にあった物と同じ構造の、実に陰険な役目を負った道具。
 婦人拘束具。
 
「カナコさん。あなたの要求は全部呑んで上げるわよ。すぐにやりましょう。だから、あなたはあれに自分の足で乗りなさい。そして
こう言うんです。私はこれが大好きなので抜かないで下さい。お願いします。ってね」
 
 何がそんなに嬉しいのだろうか。カモシカの女の笑顔は恐ろしいほどだ。
 恐慌状態に陥ったカナの震え具合が一層激しさを増した。
 アレは嫌・・・・アレは嫌・・・・アレは嫌・・・・
 
 カナにとってあれは精神の平静を乱すほどに嫌な記憶を持つもののようだ。
 アリスはそう理解してカナの肩を抱いた。
 
「カナがあれに乗らなくても良いわよ、代わりに私がまたがってあげる」
「え?」
「だから、私を支えていてくれる?」
「アリス様・・・・」
 
 立ち上がったアリスはカモシカの女を真正面から見据えて言った。
 
「そこなカモシカの女」
「おや、高貴な方が何かご用ですか?」
「私の従僕が求めた対価を今すぐ履行しなさい」
「あなたがそれを要求すると言うことは、従僕を差し出すの?」
「従僕?つまりお前はカナが私の従僕だと認めるのか?」
 
 そっぽを向いて勝ち誇ったような笑いを浮かべるカモシカの女。
 緩みっぱなしの頬がアリスの感情に火を付けつつあった。
 
「認めるわけ無いじゃない、だいたい・・・・『黙れ!賤民風情がいい気になるな!』
 
 突然大声で叫んだアリスの威圧にその場の者達が一瞬たじろいだ。
 アレだけ笑っていたカモシカの女ですらも、アリスを見るのだった。
 
「黙って聞いていれば無抵抗の女一人に寄って集って無様なものね。良いでしょう、私も連れて行きなさい」
 
 肉食獣の鋭い視線がカモシカの女を貫く。
 女であっても貴族であっても、イヌはイヌ。
 鋭い爪と牙で得物を噛み殺し、その血肉を喰らって生きてきた肉食獣の本質。
 草食動物であったカモシカなどとは根本的に何かが違うのだ。
 
「我がスロゥチャイムの婦長たるヒトの女が連れ去られて、それを家長が見ていたとなれば末代までの恥。私も同行しましょう。あの
破廉恥極まりない下賤な道具は、誇りも尊厳も無いお前達下賤にはお似合いだ」
 
 どこまでも高飛車な口調でアリスはせせら笑った。
 凶悪と言って良い笑顔を浮かべるイヌの女に、その場のヒトの男達は一瞬たじろぐ。
 それは・・・・イヌの本能として祖先から受け継いできた肉食の獣たる者の本質。
 思考の根本として、他者の命を奪うことへの抵抗感が少ない種族と言う事への恐怖感だった。
 
「面白そうじゃない、私も一度体験してみたいわね。何事も経験だとこの婦長の夫であるヒトの男は私にそう言ったから。カナ、あな
たに代わり私がアレに跨るわよ。だから私を支えなさい」
 
 大きな声でそう言い切ったアリスの表情は笑っている。
 が、しかし。その眼差しには明確な殺意があった。
 
「おい!ふざけんじゃねぇ・・・」
 
 何を気に入らないのか、その場に居たヒトの男は突如声を荒げる。
 しかし、アリスがその男の前に凄い速度で駆けて行き、裏拳で右の頬を殴った。
 ヒトの女に近い体型とは言え、イヌの持つその脚力はヒトのそれとは大きく次元が異なるものだ。
 
 一瞬で距離を詰められたヒトの男は受身の姿勢を取る間も無く殴られ、反対側へ勢い良く吹っ飛び壁に頭を打ちつける。
 その壁には鮮血の跡が残り頭蓋骨を砕かれた男の頭は、空気の抜けたボールのようになりその場へ崩れた。
 
「さぁ!早くやりなさい!火を消しネコの医師に手当てをしなさい!出来ないのですか賤民には!」
 
 上から見下ろすようにゆっくりとものを言うアリス。
 気圧されたカモシカの女は力なく呟くしかなかった。
 
「そんな事言ったって・・・・」
 
 殺意の眼差しを投げかけつつも浮かべていた笑みが、端正な顔立ちのアリスからフッと消えた。
 そこに立っているのは支配者階層の倣岸な冷笑を浮かべる、絶対者としての姿。
 
「約束を守れぬ者に信義を通す必要は無い、所詮は下賤な民と言う事か。嘘や出任せを恥と思わぬあなた達を一瞬でも信用した私がバ
カだったようだわ。そもそも、恥って言葉の意味すら分からないでしょうね」
 
「んだと!」
 
 銃を構えいきり立つヒトの男をキツク睨んだアリスは、銃の存在を意にかえす風でもなくカナの元へと歩み寄った。
 
「カナ、立ちなさい。紅朱舘へ帰ります。私には私にしか出来ぬ務めがあるの。それを果たします」
 
 カナを連れ部屋の出口へと歩み寄るアリス。
 銃を構えたヒトの男が天上へ一発はなった。
 
「どこへ撃っているの? 狙うなら私を撃ちなさい。撃てるならね・・・・。カナ、行くわよ」
「待ちなさいよ!」
 
 金切り声を上げて静止するカモシカの女。
 眉一つ動かさずアリスは言い返す。
 
「お黙りなさい。仮にも私はここスキャッパーの領主よ、謁見願いも無く下賤に会って上げるのだから感謝しなさい。もっと喜んでよ
くてよ」
 
 冷たく言いはなったアリスの言葉に、カモシカの女は精一杯の笑みを浮かべた。
 
「余裕を見せるつもりで微笑むのなら、震える拳は隠しなさい。その無様な角までプルプルと震えているわよ」
 
 これ以上無く冷たい口調でアリスは指摘した。
 カモシカの女は二の句を付ける事すら出来ないようだ。
 僅かな沈黙がその場を支配する・・・・・
 
「手当てをするの?しないの?。はっきりしなさい。時間が無いんでしょ」
 
 女の喧嘩は怖いよなぁ・・・・
 いつだったか、マサミはカナにそう言った事がある。
 そのカナの目の前、アリスはあのカモシカの女と互いに譲らぬ意地の張り合いをしていた。
 
「おい、お前だ。街の火を消しに行け。それから、そっちのお前はあのネコの手当てをしろ。それと」
 
 カモシカの女は部屋の中に居たヒトの男に指示を出す。
 名前を呼ばずに指示を出すのは、何か意味があるのだろうか?
 アリスはそれが不思議だった。
 
「お前だ。そこの生ゴミを始末しておけ」
 
 とりあえず出来る事は全部やったと言わんばかりの顔をして、カモシカの女がアリスに向き直った。
 
「約束は果たした」
「まだ火は消えてないわね」
「消すには時間が掛かる」
「当たり前でしょ。消すだけでも一苦労ね。カナ、行くわよ」
「ねぇ!ふざけないでよ!約束を果たしたでしょ!」
 
 声を荒げるカモシカの女が息巻く。
 しかし、その直後にレーベンハイトを押し込んだ筈の準備室からヒトの男が飛び出してきた。
 
「ネコの医者が居ません!逃げられました!」
「そんなバカな!あの怪我だって言うのに・・・・」
「血の跡すらありません。まるで蒸発したようです」
 
 ドアを開け放った準備室の中がアリスからも見えた。
 確かにそこへ押し込まれた筈のレーベンハイトはどこかへ消えていた。
 
「リコさん。どこへいったんでしょうか・・・・そうとう酷いお怪我な筈ですが」
「そうね。でも、一つ言えることは、あのカモシカの女は約束を守れなかったって事ね。だって居ないんだから」
 
 アリスとカナの会話を聞いたカモシカの女は一層声を荒げるのだった。
 
「ここに居ないなら手当てが必要ないと言うことだ!約束は果たしたわよ!」
「まだ火が消えてない」
 
 アリスは冷静にそう言った。
 目に見えぬ意地の張り合いで3人の女が張り合っている。
 意地とプライドを掛けた争いだったのだが・・・・
 
「カナ、歩ける?表に行ってあの下品なのをここへ持ってきて。ここで跨ってあげるわ」
「アリス様・・・・ダメです・・・・あれだけは駄目です。」
「いーのよ。約束を守るってことがどういう事だか、この頭の悪い女にも教えてあげないとね。これも貴族の務めです」
「でも・・・・、あれは・・・・」
「カナ、従者は主人の言いつけを素直に聞くものよ」
 
 カナが再びボロボロと涙を流し始めた。
 アリスはカナを引き寄せてギュッと抱きしめる。
 
「大丈夫よ。もうすぐ火も消し止められるわ、再建が忙しくなるわね」
「でも、アリス様、それは関係有りません」
「ポールもマサミも・・・・私の夫もあなたの夫も、私たちがお願いすれば一生懸命頑張ってくれるでしょ?」
「えぇ・・・・」
「だから、私たちも頑張ろうと思うの。変かしら?」
「アリス様・・・・」
「さぁ、言いつけた通りにしなさい」
「・・・・仰せのままに、アリス様」
 
 カナは炎の明かりに照らされる中を手探りで歩き、表に行って拘束具を持ち上げ部屋に運び込んだ。
 構造としては簡単なものだし、それに軽量でコンパクトだ。
 だが、見た目とは大きく違うその機能は、女性から見れば凶悪残忍極まりないとも言える。
 
 カナの運んできたその物体をアリスは改めてしげしげと眺めた。
 先端に据え付けられた張り型は取り外し可能の形状で、それこそ大きなものから小さなものまで、アタッチメント式の形態だった。
 
「カナ、これって・・・・何をするものなの」
「簡単に言えば仕置き道具です。ヒトのプライドを叩き壊すための物です」
「でも、なんでそんな事を・・・・」
「アリス様、フロミアに住むヒトの女は2種類いるんです」
「二種類?同じ女でしょ?」
 
 同じ女。その言葉にカナの表情が曇った。まずい一言なのかもしれない。
 アリスも迂闊な一言だったと直感した。しかし、こればかりは本人の口から語らねば・・・・意味が無い。
 
「アリス様。あの街では、ヒトの世界から落ちてきて、あそこへ運び込まれた女を第一世代。フロミアを含むこの世界で生まれた女は
第二世代と区別されています。外見は同じですがその中身はまったく違うと彼らは言います」
「分かった・・・・。つまり・・・・奴隷としての身分を理解しているかどうか?でしょ」
「はい、その通りです。ですから、私のような女はあの街では・・・・」
 
 カナの表情がとたんに曇った理由をアリスは理解した。
 ヒトの世界から来たばかりのマサミがそうだった様に、カナもまた最初は面食らった筈だ。
 そして、この世界でヒトの女は単なる遊び道具以下・・・・・・。
 
 嫌がり、抵抗し、子供のために体を張ったカナが何をされたのか。
 アリスはカナの震える肩をそっと抱いた。
 
「ルカパヤンであなたとマサミが脱出する際、手引きをしてくれたヒトの老人が居ましたね、覚えてる?」
「はい」
「私もその老人に会いました。その時、その老人はこう言いました。自分が死ぬまでにヒトの身分がもっと向上するように、その為の
種をまく。そして、この世界でヒトを無碍に扱えばどうなるか分かるように火を放ち、この世界の常識を根底から打ち壊すってね」
「え?それって・・・・」
 
 アリスの口から出た予想外の言葉にカナは驚く。
 あの老人が夫マサミに手渡した自動拳銃の意味。
 そして、あの街にあったヒトの世界の様々な道具や技術や制度。
 フロミアとは違う意味での・・・・ヒトの世界のミニチュア版。
 
「カナ、細かい話は後よ、よく聞いて。この世界でヒトは奴隷の身分です。でも、私が死ぬまでに必ず今以上の待遇を得られるように
ヒトの身分を向上させるから。最低でもこのスキャッパーだけは、必ず向上させるから。あなたとマサミの子供達や孫達や、その子孫
達が笑って暮らせる街を必ず私が作るから。だから、今は私を支えなさい。あなたの夫がそうであるように、あなたも私の持ち物にな
りなさい。でも、そこらの下賎な連中があなたの体を嘗め回すような屈辱的な仕打ちが2度と無いように、私はあなたを守るから。必
ず守るから。どう?私と契約する?」
 
「・・・・・・・・アリス様。私はフロミアで、あの街でこの世界を生きていく為の事を覚え、ポール様からは婦長を仰せつかりました。でも
私は貴族の務めも上流世界のマナーも何も知りません。それでもアリス様は私を大切にしてくださると言うのですか?」
 
「えぇ、もちろん。スロゥチャイム家は統一戦争以前より連綿と続く公爵家であり、ル・ガルの最高評議会12氏族の一つです。私はそ
の49代目の当主。私は私の家と先祖の名誉とその名に懸けて誓います。あなたは私の大切な家族です」
 
 カナは再びぼろぼろと泣き始める・・・・
 よく泣く娘だな・・・・
 アリスはそう思った。
 
「・・・・アリス様、今の私にはこれしか知る事は無いのです・・・・」
 
 カナはその場に跪き、腰をかがめ手探りでアリスの靴にキスをした。
 
「ご主人様。どうかこの汚いヒトをペットして飼って下さいませ。ご主人様の意に沿うようにいたしますので、どうかご慈悲を」
 
 涙声でそう語るカナの頭にアリスは手を乗せた。
 
「マサミの妻カナ。汝、今日この時より我がスロゥチャイム家の一員として振舞う事を許す。我が家の婦長として私とスロゥチャイム
家を支えよ。汝の生涯果てるときにその奉公を解く。立て」
 
 アリスの乗せた手が頭から離れるとカナは立ち上がった。
 漆黒のメイド服のままだが、この時からカナはアリスの持ち物でスロゥチャイム家の婦長。
 
「カナ、今から言う3つの事はいつ何時も忘れてはいけません。一つ、我が家の名誉をまず守る事、二つ、恥しい振る舞いはしない事、
三つ、私は必ず名前で呼ぶ事。いい?」
「はい、仰せのままに、アリス様」
「じゃぁ、私の後ろに立ちなさい」
 
 胸に手を当て会釈したカナはアリスの背面へ回った。
 主従の関係に収まる事が、今現時点でヒトの身分を最も安定させる事だと、カナもよく分かっている。
 
「さて、まだ外の火は消えていませんが・・・・。どうしましたか?」
「くだらない三文芝居を見ていたら忘れてたわよ」
「あらそう。まぁ、下賤な階級ならば貴族の世界の作法など目にするのも初めてでしょう? 致し方ありませんね」
 
 肩をすぼめて見下したように言うアリス。
 その言葉にカモシカの女は一層気分を害したようだ。
 
「御作法は結構だけど、そのヒトの女を先に登録したのはカモシカの国だから、先行所有権を主張するわ」
「先行権を言うなら我が婦長は執事の妻。ヒトの世界ですでに夫婦になっている。故に先行権を認める事は出来ないわね」
 
 僅か2年の間に身につけた交渉術。
 それの根幹を担うのは全てマサミが行ったぎりぎりの交渉だった。
 手持ちの有利なカードを見せつつ、詰まらないカードで細かな部分の堀を埋めていく。
 その部分をおろそかにすると詰めの段階で出す切り札が軽くなるし、しくじる事もある。
 
 ――アリス様、交渉とはすなわち相手のプライドを目の前で叩き潰す事です。わかりますか?
 ――常に上から物を言えば良いのです。相手が平民ならばそれで良いのです。馬脚を現すまでプライドをへし折って・・・・
 
 いつかマサミが口にした言葉をアリスは思い出していた。
 
「我がスロゥチャイムは王都貴族院の永世評議権を持つ公爵だ。あなたが我が婦長をどうしても連れて帰ると言うなら・・・・」
 
 アリスは腰に下げていた護身用の短刀を抜いて床に突き刺した。
 
「私はこの剣に誓う。国軍を使ってでも必ず奪還する。おまえの国を焼き払おうと皆殺しにしようと、何を躊躇うものか。そもそもイヌは呪われた一族だ。貴族とその家に奉公するものの儀式を三文芝居と笑う劣等群民め。自らの国家と名誉を守る覚悟があるならこの剣を抜くが良い!」
 
 最後は怒鳴り声となっていたアリスの言葉に、カモシカの女もヒトの男達も微動だに出来なくなっている。
 大きな群れとして生きていくイヌの持つ、集団保安心理のその根幹。
 仲間を奪われたなら、どんな手段を使ってでも奪回しに来るその行動原理の恐怖を、他の種族は嫌と言うほど知っている。
 
 うろたえる仕草を見せるカモシカの女に対し、凄みの有る笑いを浮かべたアリスは次にカナを指差す。
 
「学の無いあなたの頭でも理解できるよう簡単に言ってあげるからありがたく思いなさい。このヒトの女は私の従僕たるスロゥチャイム家執事の妻であり、スロゥチャイム家の婦長です。したがって本来ならば自動的に私の持ち物ですが、不幸にもここへ来る前にカモシカのバカな連中が勝手に連れて行き、私の承諾も無いまま勝手にフロミアに登録し、しかも、厚かましい事に勝手に所有権を主張してるに過ぎない。私から見たらそんな程度の問題ね。それが何か問題でも?」
 
 勝ち誇ったように振る舞い、上から見下ろすが如くに一方的な論理でまくし立てる。
 交渉の土壇場は声の大きさで決まるんですよ・・・・
 マサミの言葉を思い出すアリスは楽しくて仕方がなかった。
 しかし、カモシカの女はそれが面白い筈は無い。
 
「ふざけんじゃないわよ!何が勝手によ!先に登録したのは私達なんだから」
 
 金切り声の叫びを上げて精一杯の優先権を主張するカモシカの女。
 しかし、アリスは全く動じない。
 
「だから何?何度も言いますけどね、それを言うならヒトの世界で既にこのヒトの女は我が従僕の妻となっています」
「ヒトの世界の事なんか関係ないでしょ!」
 
 ニヤリと笑うアリスがボソリとカナに呟いた「私達の勝ちね」。
 
「あら、そう。残念ね。なら連れて行きなさい。良いわよ」
「え?」
「わが領地にカモシカが侵入し、私の持ち物を勝手に奪って行ったと王都の貴族院で報告します。さて、それでどうなるかしらね。面白そうじゃない。おまけにイヌの一地方領とは言え、放火行為を働き騒乱を起こしている。これは絹糸同盟にも書かれているイヌの国の戦争発動免責条項の一つ、一方的な侵略行為に当たる筈。それに、そもそも、カモシカの国は絹糸同盟には加わっていないはず。なら、どうしましょうか。2度とこんなことが無いように・・・・40万余の軍団で虱潰しに焼き払いましょうか。フロミアのヒトを解放し、全部イヌの国が取り込んで更に発展を目指すのも面白そうね」
 
 アリスが次々に言い放つ言葉は、カモシカの女には余りに重い意味を持っていた。
 なんとならヒトの女一人の為にカモシカの国を焼き払うと言い切っている。
 カモシカの国内に沢山入り込んでいるイヌの国の国軍兵士や特殊機関の工作員達。
 それらが一斉に動き出したら・・・・。
 
「どうするの、さぁ、早く決めなさい。約束を守るって事がどう言うことだか見せてあげましょうか?」
 
 
                             ◇◆◇
 
 
「じゃぁ、アリス様は結局その・・・・」
「えぇ、その通りよリサ。アレに跨ってあげたわよ。もう最低の感触だったけど・・・・、だって予想より小さいんだ物、アハハ」
 
 あっけらかんと笑うアリス夫人の笑い声だけがその場から浮いているのだが・・・・
 話を聞いていたリサもミサも薄っすらと涙を浮かべていた。その意味するところをアリス夫人は分かっている。
 ただ、分かっているからといってどうになるものでは無いし、まだまだ努力しなければならなかった。
 遠い日。カナと約束した目標は、まだまだ遠いところにあるのだった。
 
「ここで時間稼ぎしないとダメねって気が付いたのよ。だからね、カナに後から抱きつかせて、その手首に手錠を掛けて、鍵を私が飲み込んで・・・・」
 
 え?っと訝しがる娘達を見ながらアリスはなお笑った。
 
「そうなるとカナを外すには私が鍵を吐き出すか、カナの手首を切るしかなかったのね。で、その状態で下着を全部下ろして、その品の悪いものに跨って・・・・でもねぇ~。タイミングが悪かった」
「アリス様。タイミングと言いますと・・・・アレ・・・・の次期だったんですか?」
 
 うわぁ・・・・とでも言いたそうな表情で言葉を返したのはミサだった。
 
「うん、夕方紅朱舘へ戻って来たポールがまぁ見事に埃臭くて、おまけに・・・・もうすぐ両方満月だったしね」
 
 イヌの女の体へ定期的にやってくる現象。端的に言えば発情期。
 ヒトの女と違い、二つの月が両方満月になる時にしか生理の来ないイヌの女には、有る意味で非常に大事な機能と言えよう。
 男女の交わりから出産までを僅か6ヶ月で終えるイヌにとっては、発情期に妊娠する事はとても大切な意味を持っていた。
 
 発情期を迎えたイヌの女が望まぬ妊娠を避ける為。
 そしてイヌに限らず、長い生涯を持つ獣人の女達がバースコントロールをする為。
 事実上それだけの為に、ヒトの男が使われていると言っても過言ではない。
 イヌの女領主が愛した・・・・、いや、愛用したそのヒトの男。
 
「私のこの心と体に悦びを与えられるのは・・・・私の夫と、そして心から愛したヒトの男だけ。だから、私は平気だった。でもね」
 
 ちょっと困ったような表情を浮かべて笑うアリス夫人。
 その時の状況が何となく想像できるだけに、困る問題といえばすなわち・・・・そう言うことだろうか?
 娘達の直球ストレートな眼差しを集めていたアリス夫人が、言葉を整理して何かを言いかけたその時・・・・
 
「たしかここにしまってある筈だが・・・・・
 
 ギィ・・・・
 重い音を残して開いた扉の向こう。
 ポール公は子供達を連れて立っていた。
 
「ん?アリス、どうした?」
「それは私のセリフよ。ヨシもタダも練習は終わり?」
「練習は一休みで・・・・って、おい!」
 
 にんまりと笑ったアリス夫人の表情に、タダはブルっと震えた。
 熟れた女の味わい方をタダに教えたのは、他ならぬアリスだったから・・・・
 
「このメスの臭いは・・・・どっちだ?」
「どっちでも良いじゃないの。色々と知っておかないとダメな事もあるでしょ?」
「・・・・確かにそうだが」
 
 少しだけ恥しそうな仕草のミサ。
 タダはそれにも気が付いた。
 
「ミサ、どうした?」
「うん・・・・ちょっとね・・・・」
 
 ヨシとタダの視線の先。初めて見る女性拘束具。
 見るからに凶悪な機能を持つそれの先端が濡れたように光っている・・・・
 
「ミサ、お前、それに・・・・」
「ちょっとした・・・・出来心よ・・・・」
 
 恥しさにモジモジしながらも上目遣いでタダを見る。
 
「奥様に怒られちゃってお仕置きされちゃった・・・・」
 
 驚いた表情を浮かべアリス夫人に目をやるタダ。
 アリス夫人は有る意味で凶悪な笑顔を浮かべている。
 
「興味本位で振舞うとえらい目にあう・・・・ってね。あなたもミサもラウィックへ行くのだから、自重しなさいって事よ」
 
 タダはそっとミサに歩み寄って肩を抱いた。
 ミサはまだ恥しそうにしつつも、笑顔になっている。
 抗議したいタダだったが、後に部屋へ呼ばれるのも困るし・・・・
 
「リサもミサも話しの続きを聞きたい?」
 
 娘二人は黙って頷いた。
 
「じゃぁ、とりあえず用事を済ませてからね。上に行きましょ」
「そうだな。まずは飯にしよう。そろそろ昼だろう」
 
 アリス夫人の肩に手を掛け笑って歩くポール公。
 ちらりと後ろを振り返ってからアリス夫人の耳元でつぶやく。
 
「どこまで話をしたんだ?」
「私とカナの契りの話し」
「じゃぁ、明け方の戦闘からが続きだな」
「そうね」
「・・・・一番良いところだな」
 
 地下室の天窓を閉めたヨシとタダが部屋の外へ出て、ポール公は扉の鍵を閉める。
 ガチャガチャと重い音が響く地下通路。
 ちょっと後ろに陣取っていたヨシの隣へリサが立った。
 
「リサ、あれに乗ったのは・・・・」
「ミサが乗ったの・・・・でも・・・・」
「リサも乗ってみたかった?」
「・・・・ちょっとだけ、ね」
 
 甘えるようにヨシの腕へと手を掛けるリサ。
 その後ろに居たミサがそっと呟く。
 
「姉さま達は熱々よね」
「ミサ・・・・平気なのか?」
「うん、どって事無いよ。ちょっと恥しかっただけ。あなたが奥様のお部屋から帰ってくるときより平気よ」
 
 ギュッとミサの肩を抱きしめたタダ。
 ミサはされるに任せている。
 
「早く!行きますよ!」
 
 アリス夫人の声に促され皆がエレベーターのゴンドラへ駆け足で集まった。
 ゴンドラの戸を閉め浮遊魔法の掛かったエレベーターが動き出し、その明かりが消えると最下層は漆黒の闇に染まる。
 皆が立ち去り静寂に包まれた最下層。
 拘束具が安置された部屋の二つ隣にはもう一つ封印の間が存在している。
 その中からは微かだが、苦しそうに呻く声が漆黒の闇へ漏れ出ていた。
 それはまるで、誰か助けを呼ぶように・・・・
 
 
                   *          *          *
 
 
 春まだ遠い紅朱館の物憂げな午後。巨大な館の6階にある領主執務室。
 それほど狭いとはいえない部屋なのだが、今日は雪解けの挨拶にやってくる各地の庄屋や商工会の番頭達で溢れかえっている。
 執事修行の真っ最中なタダは部屋の中で順番を待つイヌやそれ以外の種族の来客たちから用件を聞いている。
 かつて同じ立場に立ったマサミは、用件を常に記録し続けるべきと進言した。
 5年10年と経ったとき、かつてどのような問題がこの地に発生し、それにどう対処したのかを記録する事は必ず役に立つと説いた。
 そして、今日はやがて旅立つタダの武者修行的な修練の場となり、事細かな用件を見やすくリスト化する作業に追われていた。
 
「タダ」
 
 ポール公は僅かな間を読んでタダを呼び寄せる。
 
「はい」
「今年の傾向は?」
「えぇ・・・・っと」
「パッと分析しろ。大まかで良い」
「はい、領地境界付近の所有権争いで怪我人が出る騒ぎが2件ある他は争いごとが無いと思います」
「他には?」
「えぇ・・・・っと」
「えぇっとは要らない」
「はい、申し訳ありません。帳簿の不備を訴える商人が数件あります、税金取りすぎですね。それから・・・・あ、越境窃盗団も」
「うむ・・・・窃盗団は騎士団で処理しよう。出納案件はヨシの範疇だ」
 
 立派に伸びた髭を弄りながらポール公は思案している。
 
「タダ、警護班長を呼べ」
「しかし、御館様。この場を離れるわけには」
「分かっている。だから、その方法を考えるのもお前の仕事だ」
「え?」
「執事とはそう言うものだ。15分以内に呼べ。いいな」
 
 ポール公は用件だけ言うとタダの言葉を聴かずアリス夫人の隣の席へ戻った。
 すっかり冷めてしまったティーカップへミサがお茶を注ぎ、アリス夫人らが歓談の声を上げている・・・・
 
 ――どうすればいいんだ?
 
「執事殿、昨年の件なんだが・・・・
 
 来客は次々と用件を言い続ける。タダはそれを整理してメモしながら考えていた。
 
「執事様、御困りですか?」
 
 クローゼット管理をしていた若いイヌのメイドが声を掛けてきた。
 本来は逆の立場なのだが、ベテランメイドはタダに助け舟を出した。
 
「あぁ、そうか、分かった。そう言うことか」
「え?」
「あ、いや、こっちの事。それより警護班長をお呼びして。大至急」
「はい、ただいま」
 
 その後姿を少しだけ見送ったタダ。
 部屋の隅で修行中の若いメイドに説教していたキックがニコリと笑ってOKマークを出した。
 
 ――なるほどね。こう言う事か。
 
 用件を済ませ帰途に着く来客を廊下まで見送り、次の客の受付をしていると警護班長がやってくる。
 
「執事殿、用件は?」
「御館様がお呼びです」
「あぁ、なるほど。うん。執事殿、こういうときは大体で良いから要件を教えてくれ」
「あ、おそらく越境窃盗団かと」
「了解した」
 
 騎士団の担当者はポール公の脇へと進み、あれこれ打ち合わせを始める。
 タダはそれに聞き耳を立てながら、なおも来客の対応に追われていた。
 
 
 同じ頃。
 
 
 領主執務室の喧騒を他所に、執事公室ではヨシが練習に使った銃火器を整備していた。
 分解した火器の部品が並ぶテーブルの上。ヨシは黙々と整備している。
 テーブルの向かい側には手持ち無沙汰なリサが頬杖をついてそれを眺めていた。
 どちらかといえば、アリス夫人から聞いたヨシの母カナのエピソードをしゃべりながら、滑らかに動くヨシの指先と、その真剣な表情を見てウットリと言った方が良いかもしれない。
 
「見てて飽きない?」
「え?全然。平気だよ」
 
 窓の下遠く。
 大手門付近で新たな馬車が到着し、馬寄せの辺りで当番が馬を受け取っている声が聞こえる。
 
「今日はお客が多いな。タダ達、大変だな」
「でも、今日はタダ君にとってもミサにとっても、良い練習ね」
「そうだね」
「それに・・・・」
 
 言葉を切ったリサ。ヨシは顔を上げてリサを見る。
 柔らかく笑みを浮かべるリサがジッとヨシを見ていた。
 
「明るいうちからヨシさんと二人きりなんて滅多に無いから・・・・」
「・・・・言われて見ればそうだね」
 
 分解整備の終わったG3と狙撃銃を壁の保管庫に収めたヨシは首元から鍵を取り出して施錠した。
 スロゥチャイム家の紋章が陽刻されたデコレーターをはめるチェーンネックレス。
 紋章の隣に浮き上がっている文字は漢字で『誠実』と書かれている。
 ほとんど漢字の読めないヨシやリサだが、その意味は分かっていた。
 
「この文字はヒトの世界のものでしょ」
「うん、親父が言うには、親父達の生まれた国の文字なんだって」
「ヒトの世界にも国があるのかしら」
「なんか良く分からないけど、親父が言うには主義主張の違うヒトが分かれて国を作っているそうだ」
「イヌとオオカミみたいなものかしら」
「よくわからない。でも、ヒトの世界じゃヒトより強い生き物はなかなか居ないから、だからヒト同士で殺しあうそうだよ」
「・・・・凄いね」
「うん」
 
 リサの隣、ちょっと離れてそっと腰を下ろしたヨシ。
 父の名が刻まれた部分を見ながら何かを考えている。
 
「なんでヒト同士が殺しあうのかしら」
「親父が言うには、ヒトは争うのが好きだから・・・・なんだそうだよ」
 
 手元を見つめていたヨシの視線がリサに注がれた。
 リサはヨシの目を見つめて笑みを返す。
 
「バカくさいよなぁ」
「うん」
「もっと違う方法があると思うんだよなぁ」
「そうよね。例えば・・・・」
「例えば?」
 
 リサは隣へ擦り寄ってヨシの首の後ろへ手を回した。
 されるがままにいるヨシの目をジッと見つめてから静かに目を閉じる。
 誘われるようにそっと重ねたヨシの唇へ柔らかい感触が伝わり、思わずリサの肩を抱きしめ押し倒した。
 ソファーへと倒れこんだヨシはそのままの勢いでリサの口の中を自分の舌で蹂躙し始める。
 
「なぁリサ・・・・いい?」
「・・・・ここまでされちゃってダメって言えないよ」
 
 微笑みを浮かべるリサ。
 ヨシは彼女のスカートをめくり上げ下着に手を掛ける。
 
「お願いだから・・・・そっと・・・・して」
「うん」
 
 そっとショーツを下ろし露になったリサの茂みへヨシの指が侵入していく。
 蜜壷の中が予想外に湿っていたのはヨシにも驚きだった。
 粘りつく汁を指でいじりながら、ヨシとリサの舌がねっとりと絡み付いている。
 
「ヨシさん・・・・あのね」
「実はミサがうらやましかった?」
「え?あ、少しだけ・・・・。そうじゃなくて・・・・もうすぐ生理なの」
「じゃぁ・・・・」
「上手く狙ってね」
 
 ヨシの首筋を抱きしめ唇を重ねるリサ。執拗にその唇を弄るヨシ。
 フリーになった両手でリサの乳房を愛撫しつつ、ヨシはいきり立った自らのペニスをリサの中へ差し込む。
 静けさに包まれた執事公室の中に淫猥な音だけが響き、ゆっくりと動くヨシの腰にあわせ、リサがユラユラと揺れている。
 ネチャリクチャリと響く水音と共に、口を塞ぎ合わせたヨシとリサの鼻息だけがだんだんと熱を帯びていた。
 
 少しずつ早くなるヨシの動きにあわせ、リサは腰を使ってより気持ち良い所を探していた。
 弓なりに曲がる背中の腰に手を回して両足を抱えたヨシが、リサの中のもっと奥、もっと奥へと押し込めると、たまらずに唇を離したリサがあえぎ声を漏らし、ヨシは慌ててその唇を塞ぎなおす。
 
 唇を重ね前歯を弄るヨシの口から、タラタラと流れ込むよだれまで甘美に感じるリサ。
 焦点の定まらない眼差しで天井を仰ぎ見ていた彼女の耳にヨシの声が甘く響いた。
 
「リサ・・・・いって良いかな」
「うん、きて」
 
 ウッ!と短く呻いてヨシはリサの奥深くへありったけの愛をぶちまけた。
 口を塞いだまま有酸素運動をしたかのように酸素を貪る二人。
 見詰め合ったまま笑い出して、そしてまた愛を確認するように唇を重ねる。
 
「リサ、ジョアンより先に子供が出来るかな?」
「どうだろうね。でも、あなたの子供なら私は欲しい」
 
 涼しい時期だが、服を着たまま動けば汗も掻く。
 それに、甘酸っぱいメスの臭いと生臭いオスの臭いが入り混じって服に染みていた。
 当然、ヒトよりはるかに鼻の効くイヌならば、何をしていたのか一発でばれるだろう。
 
「このままじゃ下にいけないな」
「一緒にお風呂入ろうよ」
「そうだな」
 
 ややぐったり気味のリサを御姫様抱っこしてヨシは執事公室の小さな風呂場へ入った。
 カランからお湯を流しながらヨシはリサを剥いていく。
 立ったままされるに任せるリサはすっかり裸にされてしまい、今度はリサがヨシを剥いていった。
 
「ねぇ、全部出た?」
「うん。たぶんね」
「ほんとに?」
 
 ズボンもパンツも下ろして、露になったヨシのペニス。
 白濁を吐き出し所在無げに垂れ下がっているその先端を、リサの舌先が通り過ぎた。
 一瞬だけピクリと動いたのをリサは見逃さなかった。
 何か壊れやすいものをそっと口に含むように、リサはそっと舌先を這わせてみる。
 
「リサ、時間があまり無いよ」
 
 そういいながらリサの頭を撫でるヨシ。
 リサは笑いながらすっかり口に含んで舐めている。
 再びムクムクといきり立つヨシのペニスがリサを陶酔させた。
 
「ねぇ、ヨシさん。ここへ座って」
 
 風呂場の椅子へ腰を降ろしたヨシの、その腰の上にゆっくりと腰を下ろすリサ。
 過ぎ去った激情がどこからとも無く戻ってきて、ヨシはもう一度リサを揺らし始める。
 カランから流れ出る御湯の音に混じって、リサの声が風呂場に反響した。
 
「アァ・・・・ ウン・・・・・ ウ!」
 
 ヨシの頭を抱きしめるリサ。
 乳房の谷間に顔を埋めるかのようなヨシが、リサの乳房に舌を這わせた。
 
「アァ! ダメ! ン! ヨシさ・・・・ アァァァ!」
「リサ!リサァ!!」
 
 陶酔した表情のままヨシに抱きついたリサの、その驚くほどの力強さ。
 ヨシはその重みを感じながらリサを縦に揺すった。
 
「ン!ンン!!!!ンアァ!!」
「ごめん!いくよ!」
 
 先ほどとは違い、ヨシのペニスの弱々しい脈動を胎内で感じたリサ。
 ヨシはシャワーヘッドを取り外して自分に跨ったままのリサへそっとお湯をかけた。
 
「さぁ、綺麗にしような」
「うん・・・・」
 
 満足そうな笑顔に包まれたリサの体をお湯で流しながら、ヨシはリサの弱いところへ一つ一つ丁寧にキスしていった。
 差し込まれたままのペニスがリサの中で萎えていって小さくなり、そっと抜き放ってやると、リサはちょっと身震いして悶えた。
 
「さぁ急ごう!。もうすぐ夕食だ」
 
 声とは裏腹にモタモタしつつ風呂から上がり、準備を整え夕食の支度にとりかかったのは、音も無くやってきた夕闇に対して、紅朱館があちこちへ明かりを入れる頃だった。
 
 
 [中篇へ続く]
 
 
 

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