太陽と月と星がある 第十八話
風が涼しくなり、夏の気配も遠のいた今日この頃。
ここは日本と気候が違いますが、秋は空が高いという事と食べ物がおいしいという事は共通しているようです。
「天高く 馬肥ゆる 秋」
この場合は、ヒト肥ゆる秋 でしょうか。
御主人様は私に太れと言うので、それもいいかもしれませんが、そうすると服を丸ごと買い換えなくてはいけなくなるので困ります。
ただでさえ、ぶかぶかだったはずのナース服を少しきつく感じ始めているというのに……。
キケンです。
今のジャックさんからのお給料では、これ以上の出費は賄いきれません。
……困りました。
「キヨちゃんキヨちゃん」
今日も今日とてジャックさんはエロ雑誌を読んだり、官能小説を音読したりしていたはずなのですが、珍しく耳を半分ほど立てて目を煌かせています。
「オレちょっとバカンスに行こうと思うんだけど!」
「いってらっしゃい」
「ううううううう妹が冷たいよぉぉぉぉおおぉぉぉ」
そう言って床へ押し倒し、太腿にすがりつくジャックさん。
膝裏に頬ずりするのはやめましょう。
というか、私は喉が痛いのです。マスクつけたほうがいいかもしれません。
「ほらさぁ、よーやく涼しくなってきたし?オレとしてもそろそろリフレッシュ!みたいな」
ヒトの足にのの字書くのはやめましょう。甘噛みも禁止です。
「やっぱりね、こう真面目に毎日働いているわけだし?」
どうやらウサギの真面目とは、エロ雑誌の発売日に本屋へ猛ダッシュしたりすることを指すようです。
「まぁ、そんな風に過ごしてると、気持ちがダレるっていうか、NEWナース服探しの旅!ていうか?漲るパッション全力投球☆みたいな」
じょしこーせーみたいな口調が心底キモイです。
「遅れてきた夏休み!ひと夏(期間無期限)の思い出をオレは作る!!」
そっと足を引き抜こうとしましたが、あっさりバランスを崩されうつ伏せになる私。
毎度綺麗に掃除しているからいいものの、何故私はこう床に縁があるのでしょうか。
毎日のように突っ伏す床が冷たいです。
季節の移り変わりを床の温度で感じます。
ジャックさんは抵抗できないのをいい事にガブガプと咬んだりしていて大変キモイです。
「所でキヨちゃん」
ひとしきり足を撫で回した後、満足そうな溜息をついたジャックさんは、真面目な表情を作って私の顔を覗き込みました。
「スッパツは邪道だと思うよ!」
とりあえず、全力で蹴った。
***
翳り始めた陽に照らされた小さな体に似合わないリュックサックには、ぎっしりと教科書やノートが詰め込まれていて、重そうで危なっかしい。
「今日ねー作文で花丸もらったよ」
学校の帰りと、買い物がたまたま被ったため、手を繋いで帰宅する私たち。
本当に、たまたま。
偶然。
小さな手を握って今日あった事を聞いて、晩御飯の話をして明日の話をする。
ジャックさんが旅行に出たと聞いて、チェルはつまらなそうに鼻を鳴らして、私の手をぎゅっと握った。
「ジャック、おみやげもってかえってくるかな?」
現金な発言に笑ってしまったけど、チェルも楽しそうだから問題はないみたいだ。
「おかし持って早くかえってくるといいねぇ」
頑張れジャックさん。
サンタクロースよろしく大きな袋を背負っている姿を想像したら、なかなか様になっているような……。
ネコの国にクリスマスってないんだろうか。
プレゼントを枕元に置いたら絶対喜ぶ。
御主人様は嫌がるだろうか。
バレンタインと七夕は反応していたから、案外いけるかもしれない。
御主人様はヘビの国だし、私はこっちの事をあまり知らないから、行事とかに疎くなってしまうけど、こういうイベントは色々やってあげたい。
ジャックさんが居れば色々訊けるのに。
今夜出発すると言い出して荷造りを始めてしまったから、何も出来なかった。
こっちの人は気が早いのか、ジャックさんはそんなに旅行に行きたかったんだろうか。
ジャックさんが帰ってきたら、相談してみようか。
色々考えてニヤニヤしていると、チェルが丸い瞳をきょとんとさせてみていた。
「キヨカ、楽しそう」
バレてた。
頭をぐしゃぐしゃさせると、小さな顔が緩む。かわいい。
嬉しくて撫でていると、咳が止まらなくなってきた。
顔をそむけ咳き込む私を心配そうな顔で覗き込むので、笑顔を作って誤魔化す。
「だいじょうぶ?」
「だいじょーぶ」
見上げる顔の柔らかい頬をぐにぐにして笑わせる。
「あ、そうだ。あのねー明日お休みだからって、ふーちゃんがね……」
チェルがお友達の家にお泊りという事になってしまって、結構寂しい。
台所で色々していても、賑やかな声が聞こえないと作り甲斐がないし……。
サフはアルバイトだから、多分帰りは相当遅い。
勤務時間はそろそろ終わりのはずだけど、ニキさんとデートしたりするから結局帰りは遅くなる。
ここら辺は歓楽街から少し外れているので、事件に巻き込まれるっていう心配は少ないけど……。
デート……。
二人が成長するにつれて、どんどんそういう事が増えるんだろうなと思うと、気落ちしてきた。
私、どんどん要らなくなる。
二人が成長するのは、とってもいい事なのに、そういう事を考える自分が嫌だ。
色々考えていたら咳が出てきたので、念の為に診療所から持って帰ってきたマスクをつけた。
ヒトの風邪が人に伝染するかどうかは、ジャックさんも判らないそうだけど、万が一という事もある。
御主人様に伝染したら大変だ。
のろのろと晩御飯の仕度をしていると、少し熱も出てきたらしく頭がぼんやりしてきた。
誰も居ないと緊張感が無くてよくないのかもしれない。
何か、仕事を作ろう。
そうだ、えーと……
***
時にはイヌよりも厚い毛を持つネコの中には、暑い昼より涼しい夜を選択し夜間業務に励む人々がいる。
需要には、供給を。
お客様なら神様です。
漆黒の夜の帳に覆われる時分、最小限の明かりがついた店内に毛並みのいいイヌの少年が床掃除に励んでいた。
「サフー 暇、なんか芸しろよ。芸」
カウンターに、頬をつけ億劫そうに言う彼女の言葉にモップを動かす手が止まる。
「店長はじめ出勤予定者が風邪で寝込んだから人手が足りなくて、休みなのに出勤になったの誰」
振り返りもせず尋ねると、億劫そうな欠伸の後にのろのろとした返答。
「サフー」
「ニキが事務やる分、宅配をいつもの倍以上やってるの誰」
鼻を鳴らすと、あまりの人員の少なさに常連から哀れみの眼差しと共に差し入れられた見舞いの菓子の匂いがした。
「サフわーん」
カリカリと、お菓子を齧る音。
それ、僕の分なんだけど。
「新月で暗いから、夜番一人じゃヤだって、職権乱用して引き止めたの誰」
カウンター越しに鼻を突き合わせ金色の瞳をじっと見据えると、白い尻尾がパタパタと床を叩いた。
「……にゃー …ん」
甘えた掠れ声に負けて耳の後ろを掻くと、小さなゴロゴロが聴こえる。
掃除を諦めカウンターの後ろに回ると、待ってましたとばかりにしなやかな体がタックルしてきた。
「今日、ちょー寒いじゃん?毛皮毛皮」
喉を鳴らし、顎の下に顔をこすり付けられ押し負けて床に座り込むとそのまま上に乗っかられた。
「一応、まだ仕事中なんだけど」
「こんな晩に来るのは、強盗か恋人いないヤツだけじゃねー」
にゃふっと笑って、シャツをめくりあげ尖った爪を毛皮に突き立てる。
「ちょっと背伸びたな」
軽くキスしてから背中のホックを外し、チャックを下ろす。
あっという間に褐色の肌に下着が眩しい姿になった。
「まだ晩御飯食べてないね」
「後で屋台行こうぜ」
寒くなってきたとはいえ、昼はまだそれなりに暑い。
鎖骨のくぼみを舐めると夏の名残の味がした。
「屋台って?」
下着の隙間に指を入れて柔らかい色合いの部分を丹念に愛撫しながら尋ねる。
向こうもその気になってるのがわかって、早くも下半身に血が溜まりつつあるのが判った。
「ラーメンのっばっ ちょ んっ」
もどかしげに開いた唇は、さっき食べた砂糖菓子の味がした。
小さな舌と絡ませ零れそうな唾液も一緒に嘗める。
こんなときのニキの表情は、凄くえろい。
「ね、いい?」
尻尾の付け根を強く握ると甘い悲鳴が上がったので、フリルのついた下着をずり下げてそっと角度をあわせた。
白くて薄い毛に覆われたそこは薄く濡れ、雌の匂いを立ち上らせている。
同じくらい濡れた金色の瞳がとがめるようにきゅっとすぼまった。
「ナカダシ禁止だかんな」
返事をせずに濡れた部分に中指を慎重に差し込み熱い部分をゆっくりとかき回すと濡れた水音と一緒に締まるのが判った。
指を増やし中をほぐす傍ら、尻尾の付け根を強弱をつけ握ると膝ががくがくと震えだす。
ホックを外して茶褐色の先端を噛むと甲高い悲鳴が上がった。
笑うと悔しそうな表情で睨まれる。
「早漏の癖に」
「その早漏におねだりしてるくせに」
今度こそ怒りの表情になり、肩を押された。素直に床に転がるとそのまま乗られた。
赤黒く起立したものを太腿で挟まれ、指先でゆっくりと擦り上げられると重さとじれったさで荒い息が洩れた。
ネコならではの柔軟な体を駆使され、先のほうだけザラザラとした舌で舐められて思わず目を閉じる。
あえて焦らす仕草が小憎たらしいので、お返しに柔らかな双丘を撫でたり、谷間を指先で弄ると抗議するように尻尾が左右に揺れた。
「ごめん、でそう」
「バカ我慢しー――」
同時に来客を知らせるベル音が店内に響き渡った。
多分、今日も全力で土下座決定。
***
帰宅するとキヨカがマスクをつけていた。
差し出された白くて細い指に握られたチラシを受け取り、いつものように鞄を差し出す。
いつものように地味な装いにエプロンを着け、編み上げた髪にマスクが不釣合いで思わず凝視していたが、チラシを指差され仕方なく目を落とした。
赤と白の二色刷りのチラシには「大特価 魔洸TV大画面云々」裏には、懸命に書いたらしい文字。
「かぜのため、こえがでません。ごじょうしゃください?」
薄く隈を作った目が点になり、チラシをじっと見つめた。
「……ごようしゃ?」
聞くに堪えない、痛々しく掠れた声に思わず顔を顰める。
「もう喋るな。黙ってろ。あと、チビ共はどうした」
用意周到に複数の紙が取り出され、溜息が洩れた。
こんなものを準備するくらいなら、もっと自分に気を使えと言いたい。
子供ではないので、そこまで口出ししようとは思わないが……心配になる。
本当に風邪だろうか。そういえば、昨日から少し咳き込んでいたか?
『チェルはおとまりです』
「泊り…?どこにだ」
学校における交友関係、泊まりに到る経緯と近所の悪餓鬼の名前が複数書かれた補足チラシが追加された。
しかし、なぜそんなに矢印が入り組んでいるんだ。
みればイヌらしい名前や、ネコではありえないであろう名前もちらほらと出ている。どうやら子供にとって種族の壁は薄いらしい。
泊まり先は知った名前だったので安心した。
いざとなれば、即座に駆けつけられる距離だ。
最後に差し出されたチラシには『はつおとまりなので、ιんぱいです』
「そうだな」
同意するとこっくりと頷かれ、全力で抱き締めたい衝動に駆られたが、堪えた。
代わりに額に掛かる前髪を掻きあげ、温度を計る。
チェルと同じくらいの温度だから、平熱だろう、多分。
ついでに閉じられた目蓋とそれを縁取る睫を軽く撫でてから手をどかすと薄く潤んだ瞳で上目遣いされた。
なんとなく頭をそのまま撫でる。おうとつのない丸い頭はヘビと同じように撫でやすい。
「ジャックのバカはどうした。アイツなら咳止めぐらい持ってるだろう」
頷くと同時に咳き込む細い体を見て、ようやく玄関に居たままでは体を冷やす事に思い当たる。
何でさっさと言わないんだ。
『ジャックさんから』
糊付けされた封筒から出てきた薄紙には見慣れた文字で簡潔にこうあった。
『ちょっと千人斬りの旅にでます』
細切れにしてゴミ箱へ叩き込んでいると、夕食の準備をしていたキヨカが更にチラシに書き記し差し出してくる。
『おぼれてきたなつやすみらしいです』
黒いウサギが海に沈む風景を想像したら、少し気が晴れた。
うるさいのが三人も居ないと、必然的に食事中も静かになる。
普段ならあれこれと料理の説明をしてくれる彼女が口を利けないとなれば、食べる事に専念せざるをえない。
マスクを取った顔は、予想よりも血色が良く、本当に喉が腫れているだけらしい。
そういう訳で、当然食事も早く終わる。
最近はいかに仕事を家に持ち帰らないかに心血を注いでいるので、食事も終わればすることも無く、余裕があるので普段はしないような事にも手が回る。
居間に山積みになっていた乾いた洗濯物をテレビを聞きながら畳んでいると、皿を洗い終わったキヨカが入り口の所で立ち尽くしていた。
呼び寄せると床に座り、近くの洗濯物を畳ながらちらちらとこちらを窺ってくる。
三角の布を手に取った瞬間、えらい勢いで奪い返された。
目を見開き、マスク越しに荒い呼吸音。
しばらく考えて、先ほどのものがなんだったのか、思い当たった。
大学ともなれば年頃の男女が大勢いる。
どいつもこいつも好奇心が強く、享楽的なネコの国。
人気の無い物陰では喘ぎ声が聞こえるし、油断してると避妊具を踏んだり、学生がマタタビを実験室で爆発させて教員含めて乱交状態になり、収拾に終われたこともある。
服装だって、夏場ともなればきわどいを通り越して全裸同然だっている。
つまり何が言いたいかといえば
恥 じ ら い 最 高 !
一瞬、アイツの気配を感じ、悪寒が走った。
これ以上のことを考えるのはやめにして、賑やかなテレビに目を移す。
やけに暗い画面に派手なネオン、妙な効果音。
『特攻東部警察!きょうはすぺしゃるです』
チラシが切れたのか、字の練習をしているノートをちぎって渡された。
真剣にこちらを見てくる様子から鑑みるに、どうやらこれが見たいらしい。
「好きにしろ」
何が面白いのかテレビを真剣に観る彼女の顔はマスクで覆われ、表情もわからないのでうかがい知る事はできない。
ソファーに寝そべりぼんやりと横顔を眺めていると、不意に顔がこっちを向いた。
しばらく見詰め合ったあと、ギクシャクとした動きで台所から茶菓子と酒を運んでくる。
気が利く。
テレビの騒々しい音だけが部屋を占めている。
僅かばかり開いた窓から流れ込む夜気は、砂漠に比べれば温いのに部屋の中が少し寒い気がする。
床に正座してテレビを凝視している細い姿も両脇を占める毛玉が居ないと違和感がある。
「おい」
振り向いたのでソファーに腰掛けさせると、落ち着かないのか体を動かしていた。
枕は柔らかくて心地いいというのに、動かれると頭が揺れて落ち着かない。
「動くな」
大人しくなったので、足に触ってみる。ちょっと、肉がついたか?
いや、まだまだだな。
今日、何か買って来れば良かったか。
女の並ぶ店で買うのは嫌なんだが……でも買うと喜ぶからな。
まだまだ細い体を見ると、この前の映画を思い出して憂鬱になる。
ナニが待遇改善の為、だ。
アレを観た連中の感想はな「同じ事を試してみたい」だぞ。
女優のファンとかいう連中は途中発情して、最後は号泣していたが。
テレビの中では、妙な服を着たネコ女が繁華街を走っている映像が流れていた。
落ち着いた男の声で『御禁制のナインイレブンの闇取引の情報を掴み、夜の街を駆ける継承権第十何位の姫君』なる説明。
王家の暇潰しの一環を取材するとは、つくづくこの国は平和だ。
その背後には洒落た服装のマダラと、スーツのネコ男達、画面が切り替わり、映ったのは不思議な内装のクラブだった。
暗い店内に様々な色の照明が灯され、薄着の女が盆を持って愛想と媚を売っている。
『このクラブは、ヒトの世界のクラブを模したものだけあって、客は富裕層ばかりであり、同時にナインイレブンの顧客でもあるのだ』
偏見だろう、それは。
暗い画面の中、さり気無くネコ女を守る位置に立つ少年は、良く見ればマダラではなかった。
髪があるからヘビではなく、尻尾が無いからそれ以外でもない。
首には細い……首輪ではないものが巻かれている。
キヨカはテレビを食う入るように見つめ、身動きしない。
「あっちのクラブというのは、本当にああいうものなのか?」
本当は、そんな事に興味は無い。
ややあって差し出されたノートの切れ端には、相変わらずの文字が並んでいる。
斜めの角度だと、余計読みにくい。
『みかいねんはにゅうてんきんく。らいかとかどらむはああいうらんじ』
誤字が多い。そんなに気になるのか。
名残惜しいのを我慢して頭を上げ、顔を寄せた。
無粋なものをどうにかしたい。
多少遠慮しつつマスクを引っ張るが、キヨカはテレビから目を離そうとしない。
画面の中で少年とスーツが黒服を追い散らし、ネコ女は犯人らしい男を踏みつけ、朗々たる声で罪状とやらを読み上げている。
下らない道化芝居だ。どこが面白いんだ。
「キヨカ」
こっちを向け。
「あの子供はオマエより年下なのか?」
「中学……年下です。多分」
掠れた声の返事。
字を書くのも惜しいらしく、即座に画面に戻った。
退屈凌ぎに周囲を見ればノートが目に入る。
引き寄せ、中を見ればノートの大半が細かな字で黒く埋まっていた。
見慣れた文字もあれば、見当もつかないような文字もある。
「おい、これはなんと読むんだ?」
「えーっと、かんぴょぉぉおぁあっわわわわわきゃあああ!!!」
取ろうとするので届かない位置で掲げると、必死になって手を伸ばしてきた。
「ななっなんで持ってっ!」
よほど見られたくない事でも書いてあるのか、床を跳ねて取ろうとしてくる。
普段の落ち着いた動作の欠片もなく、バタバタと暴れる姿が新鮮だ。
手で体を押さえ、ギリギリの所でノートを振って見せるとジタバタと悶えていて面白い。
「少しぐらい、構わないだろう」
からかいを込めてそうそう言うと、悲鳴ともうめきとも取れる小さな叫びをもらし、子供のように暴れる姿が珍しく、新鮮で……
華奢な身体が水から揚げられた魚のように跳ねる。
だがこの暖かくて柔らかいものを離すことなど絶対に無理なので、そのまま。
「だッ…ジャックさんみたいな事しないで下さいッ!」
やはりアイツは一度、キッチリと絞め折る必要がありそうだ。
***
御主人様がダメっぽい。
多分、みんな留守だから寂しいんだろうなと思うけど、膝枕とか、どうでしょうか。
いいけど。
御主人様に膝枕とか、なんか、アレだ。アレみたいで心臓によくない。
いいけど。
テレビの特番でネコのお巡りさん達が麻薬組織とドンパチしているのを観ていたら、やけに御主人様が絡んできた。
いいけど。
うっかり体を寄せたくなってしまうので、あえて目をテレビにやった。もふもふなお巡りさんは見てて楽しい。
制服じゃなくてスーツだから、刑事さんなのかもしれない。
テレビだから良くみえてるだけかもしれないけど、やっぱりああいうお仕事の人はカッコイイ。
お父さんもああいう風に頑張っていたんだろうかと思うと、自然と姿勢を正しくしてしまう。
そんなワケで、真剣に観ていたら、御主人様が私のノートを手に取っていた。
ノートは基本的には字の練習用だけど、まあちょっとだけ色々書いたりはしてる。
日本語とか、忘れないように、日記というほどまめに書いているわけではないけど、見られてもいいものでもないわけで。
それを御主人様が……普段無表情の癖に、心なしか凄く楽しそうな笑顔だ。
しかもかなり意地悪い。
尻尾でノートを持ってからかってくる。
ありえん。
御主人様の中の人がジャックさんに乗っ取られたのかもしれない。
途中で力尽きて諦めたら、ちょっとつまらなそうな顔になって背中に腕を回してきた。
長くてたくましい腕は、服越しでもひんやりしているので、微熱のある状態だと非常に気持ちいい。
御主人様の背中は、固いけど広くて安心する。ゆっくりと、心臓が脈打つ音が聞こえる。
ばさりと、髪の毛が落ちた。
指が髪と首筋を触っているのが判って、ちょっと背筋がぞくぞく……気のせい、気のせい。
そういえば、背中半分くらいまであったのを、肩の下ぐらいまで切ってもらって一週間ほど経ちますが、御主人様からは何の反応もありません。
……まぁ、御主人様には関係ない事なんでしょうけど……。
唇噛まれていますが、御主人様はイヌやネコと違い牙らしい凶悪な歯ではないので大変いいと思います。役得ですよね。超役得。
しかも毒とか、ちょっと気を使ってくれてるみたいで。
御主人様超優しい。
あと疑問なんですが、歯って味するんでしょうか。
するはずありませんよねせいぜい歯磨き粉の味ですよね、いやダメですだめです。困ります。
ファーストキスはレモン味とかアレ嘘ですからだから別に何回やったって生臭いだけですよキモイだけですよしかも私なんかだってそのだって。
「……ひゃ ぅ 」
いけません、これ以上はいけません。
頭が何も考えられなくなりそうなのを何とかフル稼働させている間にも、御主人様の手つきが、その。
まずいですやばいですええええっとほらあのそのあの…えー……と……
「あの、でんき…」
ブラウスの四番目のボタンを外す手が止まった。
視界が開ける。
本来なら膝がある場所には柔らかい色合いの尻尾があって、ざらりとした感触と冷たい温度。
こちらを見る訝しげな表情は人のようで…………人じゃない。
あ、そうか。
こっちは、魔洸なんだ。
電気、ないんだ。
だって、ここは……
私、人じゃ、なかったんだっけ。
すっと、頭が冷えてきた。
ここは、寒い所だった。
私、人じゃないんだっけ。
「あの、できたら照明消して頂けると光栄なんですが、どうします?しゃぶってから消しますか?消してからしゃぶります?」
「なんだその二択は!」
別に舐めるんでも噛むのでも構いませんけど。縄はヤだな。跡付くし、痛いし。
ん?もしかして縛ったり踏んだりするのは私の方なのかな?
性癖は外見からじゃわからないし……。
そんな事を考えつつ、寒気を感じてゲホゲホしていたら、御主人様はこちらを睨み、目線を下げ低く喉の奥で呻いてからボタンを直し始めました。
「あれ、やめるんですか?」
「ふざけてるのか」
まぁ、うっかり雰囲気に流されてこんなのに欲情しかけて恥ずかしいとかいうのは、判る気がします。
いくら、男性は出せればいい的なアレでも、ねぇ?
中古はやっぱり、キズあるし、気持ち悪いでしょうしね。
「前もいいましたが、病気は持ってないから安心ですよ?後腐れもないからお手軽だし」
幸い今日なら何が起きても情操教育に悪影響を及ぼす恐れがないわけだし。
む、そう考えるとこの機会は貴重かもしれない。
もうちょっとアピールしておきましょうか。
「あとで掃除しますから、噛んでも撲っても切っても絞めても心配無用ですよ」
スリッパで叩かれた。
「お前、実は俺の事が嫌いだろう」
「まさか。滅相もない」
「ならいい」
いいんですか。そうですか。
身を起こそうとした御主人様の服を引っ張ってちょっと待ってもらい、目の前でスパッツを脱いだ時の御主人様の反応は面白かった。
目が真ん丸で、誰かに似てると思ったら驚いた時のチェルに似てる。
その後、昔取ったなんとかで服を着たまま下着を取ると、見るからに挙動不審になった。
日本の学生なら必須技術なわけですが。
中学校に更衣室なかったし。
御主人様はムード重視…というか、普通はこういう事しないのだろうか。
普通って、どういう風にするんだろう。
客にやるみたいに、一枚ずつ脱いだ方が良かったのかな。
ブラウスの下から触れるように指先を握って肌を沿わすと、そのあとは積極的でした。
……冷たい。
手つきが柔らかいのが、結構意外。
ご満足いただけるほど巨乳じゃないので、かなり不満はあると思ったのに何も言わずにやわやわと触ってくる。
手付きに違和感を感じるのは、御主人様の手がヒトの手に似てるからだろうと、思う。多分。
私、手フェチだし。
毛とか、ホントいらない。
しかし、この御主人様どんだけキス好きなんでしょうか。
二人分の体重でソファーが悲鳴を上げています。
ついでに私の背骨も悲鳴を上げそうです。御主人様重いし。
天井を見ていたら、御主人様も顔を上げ尻尾で照明を消した。
便利だ。
「いいなぁ…しっぽ」
真っ暗な部屋の中で思わず呟くと微かに笑う気配。
軽く腰を浮かすと、尾てい骨を探りそれから更に下へ降りた。
「ここ、どうした」
触って判るグロ部分。
明かり、消してもらえてよかった。
これ見て、急性インポになったら即転売だ。
「昔、ひっかくのが大好きな人が居まして」
普通、商品に傷をつける客は遠慮してもらうはずなんだけど。
ああいう施設の監視する、保健所だか衛生局かなんかのエライ人だったかなんかで、色々目を瞑ってもらう代わりに。
キズモノだけど、希少で高価だったから、ちょうどよかったんだろう。
質感が違うのがわかるのか、執拗に撫でてくる。
いつ爪を立てられるのかわからなくて、緊張しているとかぷりと耳を噛まれた。
喉から小さく声が洩れる。我ながら、今のは悲鳴っぽかった。気をつけよう。
「もう話さなくていい」
言われたとおり、私は黙った。
全体を触って、時々舐められたり、軽く歯を立てられ、尻尾でさわさわされる。
だんだんと場所が限定され、局所のあたりを弄られた。
やけに熱心な動きにヘビの人とやっぱり違うのだろうかという、疑問がよぎる。
……何か、やっぱり変だとか、思われてるのかな……。
女の人でもなく、毛のない大きな手は凄く違和感があって落ち着かない。
なんとなく意図がわかったので、体を少し押して体勢を変えてもらう。
でないと、動けないし。
踏まないように気をつけながら御主人様の鱗を舐めたり、背中の硬い鱗を丁寧に触る。
あと、たぶん、ここらへん。
臍の下から、真ん中に沿って舌を沿わす。
皮膚から、柔らかい鱗に代わって、少し下。
襞のようになっている所を念入りに舐めると出てきた。
どれくらいの力を込めるべきか。
体内収納型という事は、それなりに繊細なんだろうと思い、丁寧に扱うために姿勢を代えそっと手に……。
なんか、多かった。
うっすらと、背中に汗が伝う。
落ち着いて、冷静に冷静に冷静に冷静に。
暗いので当然触感のみだけど、触った感じは普通。
味…も許容範囲。御主人様、お風呂大好きですもんね。清潔な人は大好きです。
毛とか、ホントいらないし。
オーケー大丈夫。
普通が一番です。
口に含んだものは、それなりに反応がいい。……若いなぁ。
先端を探って、すぐに苦しくなってきたので口から離して横から舐める作業に移る。
頑張っている最中、御主人様が体を撫でてくれた。
御主人様は、淫乱だとかヒトの癖にとかまな板だとか人形女だとかボッタくりとか、言わないのでとてもいい。
なんか言わないと怒るわけでもないし。
それにしても、寒い。
まぁ、どうせ動いているうちに暑くなるだろうけど。
久しぶりなので、上手くできるか不安だったものの、御主人様が協力的だったのでスムーズに入った。
黙れって言われたけど、謝るべき、ですね。
「すみません、緩くて」
片方入れててもう片方は素股状態って、どうなんだろうか。
ムリしてでも入れてみるべきだったかな。
「……小さいといいたいのか」
腰を押す手が止まった。
「ああー、そういう発想もありますね。いえ、とんでもない」
「なら力抜け」
肩を掴まれ、ゆっくり前後しながら更に奥へ。
予想した痛みが来なかったのでちょっと拍子抜けした。
いや、小さいとか細いとかそういうわけじゃないんだけど。
違和感バリバリだし。むきゅむきゅしてるし。
出ている方を何とか手で触りつつ、ゆっくりと動かそうとすると御主人様が体を抱きかかえた。
御主人様、息荒いです。尻尾巻きすぎです。ごそごそしすぎ。毛じゃないからいいけど。
私も御主人様の背中越しに足を絡ませる。相変わらず御主人様の体温は低い。
外に出ている方も腹部の辺りでぬるぬると自己主張してるし。
こっちだけ長いという事もないだろうから……これぐらい入ってるのか……。
これって、かなり痛いはずなんだけど、大丈夫なんだろうか、私の体。
「……でそうだ」
「どうぞ」
もしかしてちゃんとご飯食べてるから何か、変ったのかな。
運動も、大してしてるわけじゃないけど、外に出歩ける分増えてる。
そんな事で、変るもんなんだろうか。
だったら私の今までは、なんだったんだろう。
***
シーツがさらさらしていて気持ちいい。
ひんやりした畳の上にねっころがって、裸足で畳の感触を感じるのが好きだった。
あの頃は父さんも母さんもいて、風邪を引くからやめなさいと叱られて
目を開けば、しらない天井。
胸を突く恐怖に体が竦んだ。
ここ、どこ
額と頬を撫でた手が冷たい。頭がぐらぐらする。
「大丈夫か」
ぶっきらぼうに掛けられた言葉に頷き、周囲を見回す。
掃除以外では、めったに入らない御主人様の寝室だ。
最初の頃、夜伽しにいったら速攻追い出されて……なんであの時はダメで今はいいんだろうか。
御主人様は何も身に着けていない。御主人様裸族ですかそうですか。
私の方はなんか着ている。
アレだ、筒っぽい形の寝巻きでダブダブしてる。砂漠では一般的なものだって聞いて、この前御主人様用に買ってきた。
自分と御主人様を交互に見て、しばらく考えたものの何も思い浮かばない。
着せてくれたという選択肢しかないわけだけど。
そりゃそうか、私、沢山傷があって、気持ち悪いし、そりゃ隠しますよね。
けど、それなら終わった後ほっとけば良かったのに、御主人様の寝室に居るってどういうことだろうか。
こっちで続きしてたのかな、
ていうか、私、最後まで頑張れたんだろうか。
……覚えてない。不満、残らなかっただろうか。ちゃんと発散してくれてるといいんだけど。
取り合えず起き上がったものの、目のやり場に困って俯くと頭を撫でられる。
「痛いところないか」
感触とかなんか色々のこってますけど、今までのように痛くはないというのが凄い。御主人様、凄い。
手が離されると、どこかがへこんでいるような気分になった。
「熱がまだあるな」
喋ろうとしたけど、うまく声にならなそうなので黙って頷く。
まだ外は暗い夜明け前。
なのに暗い室内でもわかるくらい御主人様が美形過ぎて、目のやり場に困る。
モテるんだろうなぁ……。
もてなきゃいいのに。
フラれちゃえばいいのに。
それで
「具合が悪いなら、ちゃんと言え。熱あるなんて、聞いてないぞ」
口調のワリに怒ってないらしく、再度撫でられた。
冷たい手が気持ちいい。
「朝までには、直しますから」
どうにか絞り出した声は、我ながらひどい。
「黙って寝て、さっさと治せ」
頭から毛布を被せられ、ベットに押し付けられた。
ちゃんと、言わないと。
朝までには直すから、これからもずっとたくさん働くから
――― だ か ら … …
津波のような眠気が襲ってくる寸前、冷たい指に触れたのだけ覚えてる。