猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

続虎の威16

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続・虎の威 16

 

 誰も見ていない。だが誰もが見ている。そういう状況だった。
 店にひしめくネコたちが、まばらに見える雑多な種族の男たちが、女たちが、ありとあらゆる“人間”たちが、ただヒトであるだけの少女を見詰めている。値踏みするような好奇の視線で。押さえられない情欲の表情で。舌なめずりをしながら目を輝かせている。
 ブルックは息を呑んでいた。薄絹一枚を纏って目の前に立つ少女の体に。白く柔らかな身体に痛々しい、赤紫色の痣の数に。加減を忘れた客の仕業なのだろう。細くくびれた足首が、そして今にも折れそうな手首が特に酷く、痣の上から痣を重ねたような色になっている。
「それが今から女を抱くトラの顔?」
 困ったように千宏が笑った。自分がどんな表情を浮かべているのか、ブルックには想像する事もできない。舞台の上にベッドが一つ。その上に座る少女。少女の首には粗末な首輪。眩暈がしそうだった。どうかしている。全てがどうかしている。
先ほどのネコの女の声が、せりの方法を客たちに説明しているのが遠くに聞こえていた。だがこちらの話し声は、舞台の外には漏れないらしい。話し声は遮断されても、純粋な声だけならば通ると言う仕組みがどういうものかは分からないが、ともかく『嬌声』は聞こえても『会話』は聞き取れないという事実が大事だった。
「俺……」
 口元を覆う。ブルックは低く呻いた。
「勃たねぇかも……」
 千宏が目を瞬き、自分の体を見下ろして顔を顰めた。
「……貧相だって言いたいわけ?」
「ちげぇよ! だってお前……だってよ……」
「なに……今更怖いの?」
 呆れたような声色で、しかし怒ったように千宏が睨む。違うと答えようとして、しかしブルックは口をつぐんだ。そうとも、自分は怯えているのだ。こんなにも弱々しいくせに、ネズミよりも脆弱なくせに、こんなふうに平然と身体を投げ出す存在にどう接していいのかわからない。
 そして、何よりも吐き気がするのだ。金で千宏を抱いた男たちに対して、おぞましさに近い感情を覚える。
「テペウは抱いてくれたよ」
 思わず、ブルックは千宏を見た。穏やかな表情で、甘い思い出を語るように千宏は目を閉じる。
「すごく優しく抱いてくれた。あたしの身体を見ても、傷を見ても、痣を見ても、何も言わずに抱いてくれた。だって見て分かるでしょう? かすり傷だもの」
 傷一つ残らないよと千宏は笑う。
 ブルックは鼻の頭に皺を寄せ、ゆっくりと深い溜息を吐いた。随分と昔に、腕のない女や盲目の娼婦を抱いた事がある。どちらの女もはっきりと「気を使われる方がかえって辛い」と言っていたのを思い出し、ブルックは腹を括った。
 自分の役割は分かっている。トラに抱かれても平気なメスヒト。ならば自分でも壊さずに抱けるだろうと、このショーで多くの男に思わせるのが大切なのだ。
 ブルックはそっと伸ばし、傷をつけぬよう気をつけながら千宏の頬を爪でなぞる。その手を千宏が優しく掴み、ふかふかとした体毛を楽しむように強く頬を押し付けた。
「トラの手って好きだな」
「そうか……?」
「うん。大きくてもふもふ。ちょっと肉球硬いけど」
 ブルックは千宏を見つけた路地裏を思い出す。千宏は、果たして覚えているだろうか。そんな事を思いながら、そっと柔らかな唇に触れてみる。
「覚えてるかな、ブルック」
 ふと、遠い昔を懐かしむように千宏が唇に笑みを刻んだ。
「ここにきて初めてキスしたのは、あんただった」
 ブルックは息を止めて目を見開く。瞬間、千宏がベッドから腰を浮かせて伸び上がり、ブルックの唇を軽く音を立ててついばんだ。
「あの時の続きをしよう。泣いて震えるあたしを優しくあやして慰めてよ。怖くない、怖くないっていいながら、甘やかすみたいにあたしを抱いて」
 ブルックの首に腕を絡め、千宏がぴたりと体を寄せる。
「やめろよな……」
 ブルックは苦い表情を浮かべ、出来る限りの優しさで細い体を抱き返した。
「自己嫌悪で萎えるだろうが」
 あの時ブルックは、何故千宏が泣くのか分からなかった。何故怯えているのかも理解できなかった。だが今ならば理解できる。この生き物はあまりにも、恐らくはトラの赤子よりも弱いのだ。
 だからこそ、今はぞっとさえする。こんなに大勢の目の前で抱かれる事に、トラの男に抱かれる事に、その結果顔も知らぬ誰かに抱かれる事に、ほんのわずかも怯えた様子を見せないこのヒトに。
 薄絹の上からくすぐるように爪を滑らせ、首筋に鼻面を埋めて臭いをかぐと、不思議な甘い香りのほか何の臭いもかぎ取れなかった。ずっとそばにいるはずなのに、ハンスの移り香さえしない。
「香水だよ。臭いを消してくれるんだって」
 はっとして顔を上げると、千宏のどこか呆れたような表情にぶつかってブルックは目を瞬く。まるで心を読まれているような気分だった。ヒトの中には魔法を扱えるようになる者もいるらしいが、ひょっとしたら千宏はそうなのではないかとさえ思う。
「他の男の臭いがついてると、気持ち悪いでしょ?」
 千宏が子供のように小首をかしげ、ブルックはもう溜息をつくことしか出来なかった。
「……恐れ入ったよ」
 そして、改めて自分の仕事を思い知る。
 処女のように優しく抱くのでは意味がない。千宏という商品を魅せるのだ。これが“欲しい”と思わせるように、性奴隷として、ヒトとして。
 薄絹の胸元を止めるリボンを解くと、柔らかな布は音も立てずに千宏の肌を滑り落ち、細い腕に絡まるようにしてベッドの上に広がった。
 いつもローブを着ているせいか、千宏の肌は濃いミルクのような、淡く甘そうな色合いをしている。舌を伸ばして鎖骨を舐めると、ざらりと音がして皮膚が少し赤みを帯びた。こういう時、トラのヤスリのような舌が少し嫌になる。唾液をたっぷりと乗せた舌で小ぶりな乳房を味わい、舌先を尖らせてその頂をつつくと、千宏の肩が小さく跳ねた。乳房に顔をうずめるようにして肌の柔らかさを堪能しながら、細い腰をそっと撫でる。
丁度くびれの位置にも、まだ新しい痣があった。悪戯心に軽く押すと、千宏が小さく呻いて眉を寄せる。咎めるように睨み付けてくるのを平然とした笑顔で受け流すと、千宏は小さく舌打ちをして視線を逸らした。
 ただ、それだけの動作だ。けれどもちらと観客席に視線をやれば、客たちが驚いたように囁き合っているのが見える。
 ヒトである千宏がこんな状況にありがら、まるで人間のように振舞う事がいかに異常なことかを、この場にいる誰もが理解していた。そして、恐らく千宏自身が誰よりもそれを理解しているのだろう。
 本当に――。
「恐れ入るぜ……」
「そりゃどうも」
 憎まれ口を叩く千宏の腕を引き、ベッドの上に四つん這いにさせると、腕に絡みついた薄絹が柔らかな音を立てる。視界に揺れる尻尾がないのが妙な感じだった。きゅっと締まった尻の肉を揉みしだき、本来ならば尻尾の付け根にあたる部分を舌でなぞる。指の腹でそっと下腹部にふれると、じっとりと湿り気を帯びた茂みの奥からとろりと溢れてくる物があった。何度か指を前後に滑らせると、それはブルックの手の平に滑り落ちて糸を引く。指を浅く埋めて身を起こし、小さな体に圧し掛かるように千宏の耳に唇を寄せると、ブルックは低く囁いた。
「焦らして欲しいか? それともすぐに突っ込んで欲しいか?」
 答えようとしてか千宏がわずかに唇を開いた瞬間、ブルックは二本の指を深くまで突き入れた。
浅く切るような息を吐き、千宏が声も無く背を反らす。肩を震わせてベッドのシーツをキツく掴み、千宏は悔しそうにブルックを睨み付けた。
「博愛主義者が聞いて呆れる……!」
「そうか? これが俺の愛し方だ。おおむね好評だがな」
「ちょっと! ちょ、あ……ぅあ……指、まって、つめ……が……ぁ」
 きしる程強く歯を食いしばり、千宏が髪を振り乱して喘ぐ。
「爪がどうした? いてぇのか?」
 間違っても傷をつけぬようにと、爪の先は丸く削ってある。快楽にうるんだ瞳で悔しげに歯軋りする千宏の耳に舌をねじ込み、奥まで突き入れた指をゆるゆると動かすと、千宏はブルックの腕を掴んで逃れようとするように身悶えた。
 少し、気分が乗ってきた。ブルックは千宏から指を引き抜くと、千宏を背中から抱え込むようにして胡坐を組んだ。そして、観客に向かって千宏の両足を大きく開かせて見せる。流石に驚いたように目を見開き、千宏が足を閉じようとしながら叫んだ。
「や、やめてよばか! こんなことまでしなくていい! こんなサービスいらないって!」
「そう言うなよ、ほら客は喜んでるじゃねぇか」
 真っ赤になってきぃきぃ叫ぶ千宏に、観客席を指差して見せると、千宏が困り果てたように視線をさまよわせる。黙り込んで大人しくなった千宏をいい事に、ブルックはズボンの中から自身のものを引きずり出すと、愛液でとろとろに蕩けた千宏の秘部にこすり付けた。
 ひゃあん、と子供のような声を出し、千宏がぞくぞくと肩を震わせる。逃げられぬように千宏の両膝裏に腕を回し、そのまま何度も上下に揺すり上げると、千宏が意味を成さない嬌声を上げながら身を捩る。
 それを食い入るように見詰めている観客たちに奇妙な優越感を覚えながら、ブルックは千宏の首筋に歯を立てた。決して噛み切ったりしないよう、だが押さえ切れない興奮をこめて顎に力を込める。その瞬間、千宏が切なげな悲鳴を上げて身体を震わせ、爪先を丸めで脚を大きく跳ねさせた。
「……いっちまったか」
 ぐったりと脱力し、ブルックの胸に背を預ける千宏にブルックは低く囁く。先ほどまで噛まれていた首筋へ心配そうに伸ばされた千宏の腕を、ブルックは自身の首に絡らませるように引き上げた。
「けどこっからが本番だよな。ええ? そうだろう?」
「っ……ぁ、は……あぁ……」
 固く立ち上がった乳首を爪の先でなぶりながら、震える白い腿を尻尾でくすぐってやると、千宏がいやいやと首を振る。
 熱い吐息をこぼす小さな唇に半ば誘われるように舌を伸ばし、ブルックは千宏の口腔を犯しながら唾液を注ぎ込んだ。苦しげに喉を上下させる千宏の下腹部をそっとなで、達したばかりの秘部を指でなぞる。逃げるように跳ねる腰を抱きこんで指を浅く埋め、ねっとりとした液体を絡ませる柔肉を左右に広げると透明なしずくが滴り落ち、喉の奥で千宏が呻いた。
 限界まで硬くなった己自身を、そっと沈めるようにあてがうと、千宏の指が強くブルックの毛皮を掴む。位置を調整しながらゆっくりと千宏の腰を引き寄せながら、ブルックは背にじっとりと冷や汗が滲むのを感じた。
 狭くて締りがいいだとか、そういうのとは性質が違う。引き裂いてしまいそうな恐怖感が首をもたげた。口腔から舌を引き抜き表情を伺うと、千宏が潤んだ瞳で見つめ返してくる。その口角が、ふいについと引き上げられた。唇の動きだけで、しかしはっきりと千宏が言う。
 こわいの? と。
 かっと、熱の塊が思考を焼くような感覚に捕らわれた。挑発されたのだ。裸の女に、ベッドの上で。それならば乗らなければ、答えなければトラじゃない。だが今腕の中にいる生き物はヒトで――。
 だけど千宏は、トラの男を挑発したらどうなるかなんてとっくの昔に知っているはすではないか。
 次の瞬間、ブルックは千宏の腰を強く掴み、遠慮も気遣いも無く千宏を最奥まで貫いていた。千宏が喉を反らせて悲鳴をあげ、ブルックの首に絡めた腕に力を込める。指がもがくように毛皮を掴んで引きむしり、深く皺の刻まれた眉間に脂汗が滲み出していた。
「これでご満足いただけたか……?」
 気がつくと、ブルックの声もかすれていた。ヒトの小娘相手だというのに、こちらにも余裕がない。返事を促すように腰をゆすりあげると、千宏が弱々しく甘い声とともに涙をこぼした。
 そして言うのだ。きっとこの女は言うのだろう。小さな舌を震わせ、カタカタとなる歯の隙間からまるで搾り出すように。
「冗談……こんなんじゃ、ぜんっぜん、満足なんか……」
 千宏が最後まで口にする前に、ブルックは自身を千宏からギリギリまで引き抜き、そして乱暴とも言える強さで再び奥まで突き入れた。
 ブルックの首に回されていた千宏の腕がするりと解け、逃れたくてもがくようにブルックの腕に添えられる。
「どうした。まだ全然か? ほら、どうした答えろよ」
 千宏が歯を食いしばり、鋭くブルックを睨め付ける。まだこんな表情ができるのかと思うと、ひどく楽しかった。
「辛くなったら自分で言えよ……? なあ、分かってだろ? トラはその気になりゃあ一晩中だってやり続けてられるってよ。もう限界です、お願いやめて、壊れちゃうって言わなきゃあ、俺が飽きるまで終んねぇからな」
 低く囁き、ブルックは再び千宏をうつ伏せに押し倒す。奥を抉るように浅く腰を動かすたびに、千宏の口から嬌声とも悲鳴ともつかない声がこぼれた。
「あ……あ、あぁ、あ……ひぅ……あっ……!」
 千宏がシーツを手繰り寄せ、口に含んで声を堪える。
 突き上げるたびにぎゅうぎゅうと締め付けられ、搾り取られるような感覚に腰が震えた。
 多くの女を抱いてきた。その女たちと比べてみても、千宏の体が特別勝っているとは思えない。だがこの楽しさを、この娯楽を提供し続けてくれると言うのならば――確かに、少しだけ“欲しかった”。
 赤く上気した身体。熱に浮かされたような頬。だと言うのに立ち上るメスの臭いは薄くて、まるで人形を抱いているような奇妙な背徳感に襲われる。
「チヒロ……」
 名前を呼ぶと小さな肩を震わせ、千宏はシーツに突っ伏していた顔を上げた。間違いなく生きているのだ。意思があり、頭だってブルックよりもいいのだろう。
 千宏が少しだけ唇を開いて舌を出した。体格差のせいでかなり苦しかったが、思い切り背を丸めて応えてやると、千宏が夢中になってブルックの舌を舐める。そのままゆるゆると腰を揺すると、千宏が髪を振り乱して悶えた。
「あた、し……もぅ……も……あ、あぁ……!」
 限界か。少し惜しいが仕方がなかった。
「じゃあもうちょっとだけ辛抱してくれな。すぐ終らせるからよ」
 唇を引き結び、控えめに千宏が頷く。その千宏の腰を両手で掴み、ブルックは激しく腰を振りたてた。
「あぁああぁ! うあ、あ、あ……や、やぁあ……!」
 シーツに深く爪を立て、折れんばかりに背を反らせて千宏が叫ぶ。何度めの絶頂か分からない、だが今までで一番大きい快楽の波に千宏が飲まれるとほぼ同時に、ブルックも低く呻いて腰を深く突き出した。
 弾けるような解放感。直後に、波が引いていくような虚脱感。ぐったりとなった千宏から萎えたものを引き抜くと、ごぼりと音を立てて大量の白濁が溢れ出した。自分の吐き出したものが透明な愛液と混ざり合い、千宏の内腿を伝い落ちて行く様にすぐさま勃起しそうになり、慌ててそこから視線をそらす。
 するすると上から幕が下りてくるのを横目で見て、ブルックは溜息を吐いた。
「チヒロ、大丈夫か?」
 加減はしたつもりだが、出来なかったような気も少しする。声をかけると、思い切り不機嫌そうな千宏に睨み付けられてブルックは仰け反った。
「……今まで抱かれたトラの中で一番乱暴だった」
「んな……! おま、そんな……乱暴になんかしてねぇだろ! 今まで一体どんなトラに抱かれてきたんだよ!」
「アカブ。テペウ。その他もろもろ」
 黙るしかないブルックである。
「サディスト!」
 鋭く言って、千宏はブルックに背を向ける。謝るべきだろうか、だが謝るのもなんだかシャクだと、ブルックが取るべき態度に迷っていると、千宏が肩で大きく息を吐いた。
「けど、おかげでいいショーになったよ……たぶんだけどさ」
「あ……あぁ……」
「ありがとう……あんたに頼んでよかったよ」
 そう言って、ブルックに背を向けたまま立ち上がった千宏に、ハンスが毛布をもって駆け寄ってきた。
 そのまま千宏はハンスの胸に頭を押し付け、あれやこれやと注文をつけはじめる。それを黙って復唱するハンスの姿は、護衛と言うよりもまるで従者のようだった。だが不思議と、そんな二人の姿がしっくりくる。
 どこかぼんやりとした気分で二人の姿を眺めていると、はたとハンスと目があった。
「仕事は終わりだ。そこでさっきのネコが待ってる。報酬を受け取れるはずだ」
「……あぁ」
 行け、と言外に言われているのを察して立ち上がり、ブルックはふと千宏を見た。
「……じゃあね。ブルック」
 その言葉が、すとんと胸に落ちてくる。随分とあっさりした決別の言葉だった。だが、あまり悪い気分はしない。
 ブルックは笑って、ハンスが嫌な顔をするのも無視して千宏の頭をくしゃりと撫でた。
「またな。千宏」
 千宏は顔を上げなかった。
舞台を後にして報酬を受け取り、ついでにネコの甘い誘いを断って夜の歓楽街に戻ってくる。
 カブラの意地。カアシュの脚。ハンスの立場。それらを何一つ、どうすることも出来なかった自分。
 それを千宏は。あの、ヒトは――。
 人混みをぬってしばらく歩き、ブルックはふと立ち止まると同時に大声を上げて笑い出していた。

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