猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

キツネ、ヒト 03

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キツネ、ヒト 3話



 喧騒の厨房。様々な話し声。恐らく自分に対する汚い言葉。アキラは少しだけサイズのデカイ白衣に黒いサロンを巻き、持てる数限界の皿を持ち店内をちょこまかと走り回る。
 バー・アルビオン。アキラの職場であり、学校でもある。

「この料理人間くせぇぞ!」
「はい!ごめんなさいいまからおふろ入っててきますっ」
「ねぇアキラ私のトコ来ない?毎日気持ち良くしてあげる」
「いえ!おれにはもったいなすぎるお言葉です!」
「なぁアキラ、ココナートさん今日空いてるかな?」
「ココナートはよていがあるみたいで、大変もうしわけありませんっ」

「アキラ大変にゃ!お金と術符がすりかわってあー嘘にゃ怖い顔するにゃ」

 要芽との約束を果たすため何とか仕事を探したが、ヒトオスの仕事は要芽に叱られる様な物ばかりで、最後に助け船を出したココの提案から、多少は健全な仕事に就く事が出来ていた。
 季節は夏。アキラが落ちて来てから二年と半年が過ぎていた。

「よぉアキラ君。レダはきちんと金を払ったか?」
 ランチの多忙時間を越え、ターンテーブルからCDを取り替えながら巨大な牛がアキラに話し掛ける。
 その牛は立派な二本の角に派手な墨を入れ、短く苅られた黒い体毛の下には筋肉がうごめいている。
 鼻に通された巨大なピアスを鳴らしながら、スピーカーから流れる曲に合わせ「ロメオー」と満足気に笑った。
「よくわからないいいわけをして帰っちゃいました。つかまえたんですけど、なんかすごく、かわいそうなかおされて」
「あの猫め何回目だ!ローストビーフにしてやる」
 彼の名前はD,D。本人から聞いた訳では無いが、客に呼ばれている所を聞いて、アキラはそう認識している。
「あれは許される天才だな!しかし俺は違う」D,Dが蹄で器用にマッチを擦ると、無駄に太い葉巻に火を点けた。
「ローストビーフだ!」
「それは無理だね」ココがニヤニヤしながらグラスを拭く「レダの駿足にお父さんの鈍足は追い付けないよまず無理だね」
「ココナート!猛牛と言う言葉が向こうにあってな」「ちょっと、デカイ図体で暴れるな!」

 既に解っている事ではあるが、二人が親子だという真実だけは今だにアキラは信じられなかった。
「お!疲れたかアキラ君。元兵士も子供は子供だなっ」サロンの端で額を拭くアキラを見たD,Dが笑う。
「べ、別につかれてません!」
「それは頼もしいな!」
「こーひー入れたから一服しよう」落ち物のインスタントコーヒーをココが器用に入れる。
「激甘で頼む」
「あ、あまめで」
「軟弱者共め」



 何時もの時間、何時ものタイミングで彼女はアルビオンのチャイムを鳴らす。
「お疲れ様アキラ君」要芽がフレアスカートから伸びる尻尾とシャツから伸びる少しだけ日焼けした腕を同時に振る。
「カナ?あと少し!たぶんあと少しでおちつくからまってて」アキラがぱたぱたと答える。
「こっちで待ちなよ」働いてる風のココがバーカウンターから手で招く。
 じゃあ。と言いながら要芽がアルビオンに足を踏み入れると途端にガヤと鋭い口笛が飛び交い、本人は照れ臭そうに落ち物のパイプ椅子に腰掛ける。
「良いのう良いのう、わしのカルトもアキラくらい可愛らしければ良いんじゃがのう」
 要芽が声の主を見ると、酔っ払った子供みたいな女の子がバタバタと騒ぎ、やたら迫力のある男に思い切りゲンコツを喰らい引き擦られていくスリリングな展開繰り広げられた。

「ちょ、大丈夫なのかな?」ココに耳打ちする。
「ん?あれ?平気平気。あれが二人の良い状態」
 ココが何やら爽やかな香りを放つ緑色の果実をグラスに搾りながら、顔の前で空いた手の平をパタパタとやる。
「これなぁに?」
「うちの新作落ち物メニュー。もひーと」
「もひーと?」
「はい!酒は抜いてあるから」
「ありがと」
「ど?ど?」ココの瞳が眼鏡の奥で輝く。
「あ、おいしい・・・」
「だろ?暑い季節に最高だろ?」
 調子が良い時のココは疑問符が付くよね。要芽は心の中で呟き、「最高だね」と笑顔で返した。

「アキラ君、大分馴れてきたね」
「ああ。それに此処は、何となく常識から外れた・・・自分に屈託のある連中が集まってるから、多分それが良いのかもね」
「みんな何かを抱えてる」要芽がグラスの中の氷を弾く。
「でも進む以外道は無い」ココが細巻に火を点ける。 

 オーダーが重なったのか厨房から野太い悲鳴が響く。「ココナート!お父さん乳が張ってもう駄目だっ」
 厨房の入口から熱気のせいで軽くシェイプしたD,Dがブンブンと前足を振る。要芽と目が合うとニヒルな笑顔を浮かべ、ココと目が合うと瞳を潤ませた。
 それを見たココはシャツのボタンを二つ外す。形の良いバストが顔を見せ、ゲスト達からおおと声が上がる。
「みんなゴメン。お父さん半泣きだから手伝わなきゃ」少しだけ眼鏡を下げたココが薄い笑みを向けながらわざとバストを強調させた。
「D,Dだらしねーぞ!」
「いかちぃのは見た目だけか!」
「ココはかわいいなぁ!」
「これカルト。おぬしは見るでないぞ」
 集中放火を受けたD,Dがただでさえ小さい目を更に小さくし、まぁまぁと前足を動かす。
「いいか?俺に、任せろ」
 猛然と厨房に消えるD,Dをニヤニヤと見るココに要芽が声を掛ける。
「大丈夫なの?」
「平気平気。あいつ汗臭くなるのが嫌なだけだから」

 要芽がグラスの底に残った液体を音を立てない様に飲み干した時にアキラが声を掛けた。
「カナおまたせ。おそくなってごめん」アキラは歩み寄るとお疲れ様ですとココに頭を下げる。
「白衣のアキラ君見れたから大丈夫」きっと盛んに揺れている尻尾がぱしぱしと音を立てた。
「ココも帰る?」
「いや、今日はこのまま研究所に行く」
「そっか、倒れないでね?あ、お会計」
「大丈夫。アキラの給料から天引き」
「だいじょうぶ。おれにまかせろ」
「じゃあ・・・甘えちゃえ」
 帰り際ココがアキラに重大な表情で「良いか上手くやれよ?」と囁いたが、アキラには何の意味か良く解らなかった。

 蒸し暑い夜の空気に混ざる冷たい風に、私は目を細めた。二歩先には後少しで自分の身長を抜いてしまいそうなアキラ君が、身体の一部の様にも見える自動小銃を持って歩いている。
 彼の首には、木製の輪。この世界での奴隷の証であり、所有者と所有物を決めるつまらないアイテム。
 アキラ君は気にしていなかったけど私はこれを付けるのが嫌だった。でも昔、帰りの遅い彼を心配してココと外で待っていた時「ああ」と辛い声を出した彼女の目線の先に居る、彼の姿を見た事が私に決断させたのだ。

 ぶすぶすと煙りを上げる小銃。彼とそれ以外の血と、何かが焦げる臭い。月に照らされた彼の白目だけが異様にギラギラと輝いて、私は初めて彼を怖いと思った。
「何、があったの?」彼は視線を合わせず、入れ違い様に「さらわれたからにげた」とだけ答えた。
 結局この件は、下町とは無関係の人売業者の仕業だったらしく、ココの友人と、レダという女の子達が「困った時はお互い様にゃ」と手を回してくれた。
 その日以来、外出の時はあれを直接、私の手で付ける様になった。ちくりと痛む私の心を見透かすのか、あれを付ける時アキラ君は必ず私を気遣ってくれるけど、私にはそれが辛かった。

「背、伸びたよね」私は彼と一歩距離を詰める。
「二人がおいしいごはんつくってくれるから」彼は振り向かない。
「私とココの料理、どっちが美味しい?」少しだけ意地悪な質問。
「うう、カナはいじわるだ」彼が少し怒った様に振り向いてくれる。可愛いな。
 そのうち上手く切り替えされちゃうかな?と考える。ちょびっとだけ寂しくなる。
「カナのおみせはどう?」
「良い感じだよ?お店の人も優しくしてくれる」
 私は最近、ココの紹介で故郷の輸入雑貨を扱うお店で働き始めた。ホント、ココには貸しを作りっ放しだ。
「カナはやさしいしきれいだから、しぜんと人があつまるんだよ」
 アキラは自然と人を照れさせるよね。と、心の中で突っ込んだ。
「じっかにはかえらないの?」
「私はもう橘の人間じゃないから」
「そうなの?」
「そうだよ」
 いっそ如月要芽になっちゃおっか?と言いかけたけど、自分の首を絞めそうなので飲み込んだ。
 もう一歩近付いてアキラ君の隣を歩く。昔は私を見上げていた彼も、今は顔を向ければ視線がぶつかるくらい大きくなった。
 カッコイイな、と素直に思う。勿論可愛いのが大きいけど、たまに見せる横顔が私をドキドキさせてる事に彼は気付いていない。

「アキラ君彼女とか作らないの?」
「おれにんげんだ」
「そうだけど、ほら、ココとか」
「あの人、おれのことからかうのにじかんをかけすぎだよ」
「常連客の犬の女の子は?」
「このまえマウザーにこくはくされてオーケイしてた」
「えっ、アキラ君の先輩のあのマウザーさん!?」
「うん」
「そ、そっか」

 酷く安心している自分に私は驚く。最近、彼を見ている私の情緒は随分不安定だ。彼は子供?弟?友達?それとも・・・・・・と言うかどうしたんだ今日は!変に熱いし、上手く考えられない。
「カナふらふらしてる」
 多分、なんの感慨も無く腕を捕まれ、絡まるアキラ君の指の感触に、私の尻尾がぼわっ!と膨らむのが解る。
「カナはかれしとか作らないのか?おれ、カナのかれしならなかよくする」


 尻尾の変わりに激しい感情が膨らんでいく。私は彼の手を振り払うと更に一歩前に出て、通せんぼしていた。
「どうしたんだカナ」
「アキラ君は、私の事どう思う?」私は何を言ってるんだろう。
「かおまっかだよカナ」君のせいなんだよ。
「私は、お母さん?お姉ちゃん?友達?」私は何て言って欲しいの?
「たいせつなひとだ」
「私もアキラ君が大切だよ?でも、上手く説明出来ないけど、大切な人なの」


 私の身体が勝手に動く。アキラ君を抱き絞めて、鼻先が触れ合う距離で彼の瞳を見詰めている。流石に恥ずかしいのか、彼の顔がどんどん赤くなって行く。もう駄目だ。熱い。もう、あ、だめだ・・・・・・。
「私、多分、アキラ君が・・・」

 良く知っている匂いに、若い汗が混ざった不思議な香りが意識をくすぐり、私は目を醒ました。膝裏とお腹に優しい熱、そっか。私、今アキラ君におんぶされてるんだ。

「おんぶ?」
「あ、すごいびっくりしたんだよ?」
「わっわっわ!」
「あばれるなよ落ちちゃう落ちちゃう」
「あ、う、うん」
「きゅうにたおれたからびっくりした」
「私が?」
「たぶん、ココがおさけを入れてたんだ。あたま、いたくない?」
「す、少しだけ」
「よっぱらっちゃったんだな。あるける?」
 私は少し考える。「ごめん頭痛い」この温もりを手放したくないよ。
「わかった」
「ごめんね?」
「おれに、まかせろ」

 会話が途切れて、静かになる。彼が少し考えてから「おぼえてる?」と。私は「えっと、なにかな?」と嘘を付いた。残酷な現実を突き付けられそうで、私はしらばっくれた。
「そっか」彼の顔は見えない。
「どうして?」踏み込んでみる。
「な、なんでもないよ」見えない表情の変わりに彼の体温が上がる。
「そっか」それが可愛くて、私は捕まる腕の力を強める。

「ねえアキラ君」
「なに?」
「私達の前から、居なくなったりしないでね?」
「ほかにいきれないよ」アキラ君が笑う。
「いいから。居なくならないでね?」
「・・・・・・やくそくする」
「うんっ」私は嬉しくて彼を強く抱き締める。恥ずかしいけど、今は、これで良いのかな?
「あ、あのカナ、あの」
「ん?」
「むねが、すごいあたるんだ」口にしたのが原因か、また彼の体が熱くなる。
「ん?もしかして、えっちな気持ちになっちゃう?」
「ちっちがうよ!」
「アキラなら、いいよ?」わざと呼び捨てにしてみる。
「ば、ばか!」もうそういうのが解る年頃になったんだね?

 結局二人で笑って、私は「大丈夫だよ」とアキラ君の背中から下りて、変わりに手を繋ぐ。ココやこの世界の人から見たら不思議な関係、もしかしたら頭がおかしいなんて思われるかもしれないけど、私は幸せを逃したくなくて少しだけ強く彼の手を握って歩き出す。

「あついよカナあついよ」
「いいのいいのっ!」


 私がココに借りを返すため彼女の眼鏡を隠すのは、また別のお話。

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